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教育の原理2
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イギリス社会と教育
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イギリスはケインズ政策によって完全雇用を達成したが、それ以上の経済成長は慎ましい生活様式により望むことができず、その方向は福祉国家を建設するための様々な方策実施に移行された。国民所得にはつながらないが住みやすい国へと変容していった。イギリスは階級社会と言われているが、言われているほどでもなくフランスや日本よりも階層間の移動は大きい。また保守的というイメージの国だが好奇心が強く新しいもの好きらしい。さらに多くの人は経済学の効用理論どおりに行動する。各人の満足度は自分の持っている物財の数量に依存するから、効用関数を最大にするには各人の物財を満足度ができるだけ高くなるように按配すればよい。つまり自分のものさしで他人を測ったりはしない。したがって和を保つという方法は日本とは全く逆で、他人のことは気にかけずに自分は自分のことをしておればよいのであって他人と距離を保つことが他人に対する最大の思いやりになる。このような意識が経済にも影響を及ぼしている。おせっかいなぐらいのアメリカ式親切はわき道にそれることは少なくて済むが、イギリス式の親切ではいよいよというところまで手を出さないので余計に時間がかかってしまい当然経済効率は悪くなる。また、団体精神を高揚させれば生産性があがり得をするとわかっていても、インディビディアリズムを抑圧するならばそのような起案は承認しない。
インディビディアリズムを大切にする意識は教育体系にも表われている。日本の教育体系は基本的に単一路線であるが、イギリスでも総合化により単線化しつつあるとはいってもやはり複線教育国だ。教育の機会均等とは同じ教育を受けることではない。各人はそれぞれ異なった資質をもっており、教育を受けることによって自分がどんな資質をもっているかを自覚しそれらが育成され伸ばされるのである。
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ルソーの教育思想
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16世紀に発生したフランスの自由主義教育思想は、キリスト教をアリストテレスやプラトンの哲学と結びつけて理論化しようとしたスコラ哲学に対する批判として生まれた。人間は理性によって教育され、正しい判断力をもって生活を営むことができるようにするとしたデカルトやフェヌロンのように教師は子供に対して欠点はなるべく指摘せず、好奇心を引き起こさせるために様々な機会を与える、といった自主性を尊重する教育が提唱されたのである。しかし、実際フランスでは新教の台頭に対抗した旧教のイエズス会が軍隊的組織を背景に訓育的な教育が相変わらず行われていた。18世紀には入るとルソーの登場で自由主義教育思想が復活した。子供の自発性を尊重するといった点ではフェヌロンやその源流となったモンテーニュの流れを汲むものであるが、教師の介入を極端に少なくした消極的教育が特徴である。
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教育相談のありかた
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近年、臨床教育の必要性が重要視されているが、教師はカウンセリングの基本的な考え方や方法、知識などを踏まえた上で、教師として教師にしか出来ない臨床教育を行っていくべきである。教師が行う学校カウンセングは、その子にはその子なりの「心のテーマ」があり、それを一緒に探求し、その子の心の居場所を一緒に探すように進めるべきである。そのために教師は、日々一般的な技術や方法論などを学ぶとともに、学校内部やスクールカウンセラー・家庭・地域などとの連携を強化し、学校内外の生徒の生活全般に渡って密接な関係を築き、「その子なりの個性」を理解できるようにしなければならない。
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ペスタロッチーの教育学
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ペスタロッチーはルソーと同様に、子どもには将来発展する素質が備わっており、この素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育だと考えていた。すなわち、子どもの本性は、既に将来成長する能力を内的に有していて、この能力を自然に即した形で伸ばしていくことが重要であるということである。
またペスタロッチーは、「直感の原理」を教育の重要な柱として考えている。人間は直感と感情をまず知覚し、そのことにより直感と感情それ自体と人間の内的なるものとを外界の対象から分けて、純粋に自由に直感され感じることができる。つまり、直感は全ての認識の基礎にあるので、教育方法はまず直感的でなくてはならない。しかし、直感で受け取ったものはまだ曖昧で混乱しているのでそのような曖昧な直感を明瞭な概念にすることが求められる。
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道徳教育の変遷
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西洋教育思想史にでは当初から道徳教育は、教育課程の真の中核をなすものとしてみられてきた。この頃から道徳教育は教育の中心的特質であったといえる。今日の日本の教育の目的が人格の完成を目指すということになっているように、あらゆる学問や芸術や技術やスポーツなどの技能の向上にしても、それらの学業を通じて学問や芸術や技術を自己実現や社会や人類の福祉に活用できるような道徳的教養人の育成が教育という営みの社会的な存在理由であった。このことは、西洋教育史上のすべての偉大な教育思想家や教育実践家に共通してみられる特徴である。
古代ギリシャのソクラテス(469〜399、BC)にとって、徳とは善についての知識であった。元来、徳は、ギリシァ語の語源では力とか男らしさを意味し、そこから道徳的な意味を持つようになった。したがって、それは常に確実に道徳的理想あるいは法則に従って意思を決定することができる人格能力であった。
プラトン(427〜347、BC)においても、教育の目的は徳への知識能力を神から賜った人を訓練して、有徳な人にする知識を習得させることであった。教育は善についての観念的知識から実践的英知へ導いていくことであり、他のあらゆる知的活動は有徳な人にするための手段であると考えられた。プラトンにとって、あらゆる知識を統一的全体として統合するものは、真や善や美という最高の形相についての知識であり、それゆえに道徳は教育の中心的特質としてみられただけでなく、善もまたあらゆる人間的知識の中核として見なされたのである。
ローマ人クィンチリアヌス(M.F.,35?〜96?)にとってもまた、教育実践の中心的な目的は徳の発達であった。クィンチリアヌスの教育的関心は修辞学教育または雄弁家教育にあった。
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インターネット教育論
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今、世界中で情報化が進んでいます。インターネットを使って、家にいながら世界中の情報をホームページから手に入れられたり、電子メールでいろいろな人と情報のやりとりができるようになりました。今後ますますこのような動きはどんどん進んでいくでしょう。そうなると、インターネットが使えるとことや、情報活用能力はこれからの社会で必要な力となっていきます。
「情報活用能力」とは情報をじょうずにあつかえるようになることのことです。しかし、あくまで情報そのものをじょうずにあつかうことで、コンピュータなどの機器をじょうずにあつかうことではありません。つまり、必要な情報を本やインターネットなどの情報手段を使って集めたり、情報をまとめたり、相手に自分の考え(情報)をじょうずに伝えたりする力を身につけなければいけないのです。
学校の中にはインターネットが急速に整備されています。2001年度までにすべての公立学校がインターネットに接続されることになっており、2005年までにはすべての普通教室からインターネットに接続できるように計画されています。そうなると、すべての学級、すべての授業でインターネットが利用でき、子供たちにとってインターネットが当たり前の存在になってきます。
このように学校のIT化が進んでい目的は、子供たちに情報活用能力を身につけさせ、将来の情報格差をなくし情報化社会の中で活躍できる人材を育成することなのです。
これまで学校でコンピュータを使った学習は、子供たちに操作を覚えさせることが目的とすることを情報教育だという間違った考え方が一部の教育関係者の間にありました。また、算数の時間に計算問題がコンピュータの画面に次々に現れ、子供たちが答えていくといった使い方がありますが、このように子供たちが情報そのものをあつかうような学習に使っていない場合も情報教育に含めて考えられていました。
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部落差別と教育
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?同和教育とは何か
徳川幕府に制定された「士農工商」の身分制度が確定されて以来、「士農工商」の下に「穢多・非人」という人間扱いされない身分として職業・住居・交際など厳しく差別を受け、厳しい税などで圧迫された最下層身分の農民の反抗を防止するためそのはけ口として設定されたらしいが、現在までそれが潜在的に継続されている社会身分問題が同和問題である。
明治時代になって身分解放が布告されたものの、具体的に生活を保障する政策が何ら講じられることもなく、逆に独占権をもっていた部落独自の職業が身分解放によって他の身分の人たちに奪われる形となり貧困状態は相変わらずだった。また、近世以来、同和地区と呼ばれる一定区域の居住を強いられたが、それも改善されることなく現在も社会生活のいろいろな面で差別を受けている。その中で教育に関しては同和地区の人々は未だに教育機会が均等化されておらず、進路の選択自由も制限されている。世界では多民族国家がほとんどで差別といえば人種差別が大半であるが、単民族国家であっても(日本はアイヌ民族も含めて多民族国家という説もあるがここでは単民族国家とする)人種・宗教に関係なく、一部に差別の事実があるということを全面的に認識してもらい、それらを撤廃してあらゆる差別を否定する観念をもった人間を育てる教育活動が大切である。それが同和問題の解決にもつながることになろう。
○同和教育の視点
同和教育の根底には当然、基本的人権の尊重がある。さらにその前提として人間とは何か、人間とはどうあるべきか、はてまた人権とは何かを常に念頭におく必要がある。小学校のころから折に触れてその話題を取り上げ、また、急速に便利になっていく社会で人間疎外という問題が現われている現在、人間模様を描いた著書や映画などを見せたり、特別活動を大いに活用して集団生活を体験させたりして人間性を育てる。
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差別と教育
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生命倫理教育
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まえがき
生命倫理については、大学1年の頃から興味を持っていた。そのため一般教養や演習でも履修してきた。また、生命倫理と同時に、教職科目にも興味を持ち、大学1年から教職コースの履修に励んだ。大学4年次には教育実習も経験し、実際の教育現場に触れることで、ますます教育にも興味を抱き、今回「生命倫理教育」について取り上げることとする。来年度から教鞭をとる私自身にとって大変興味深い分野であるためである。
子どもの問題行動が取り上げられるたびに、学校教育の課題が指摘されている。そして、一学級内の人数削減、ティームティーチングの導入、不登校の児童・生徒への対応、「こころの教育」の強調、文部科学省によるスクール・カウンセラーの学校現場への派遣、カリキュラム・授業時間の削減などが思案される。
このなかで私は「こころの教育」に注目し、その中で「生命倫理教育」をすすめていっては、という疑問を投げかけた。そこで、生命倫理教育の登場から、実践、今後の展望を考えていくこととする。
今現在の日本は、諸外国の就学率よりもはるかによく、教育のいきとどいた国となった。しかし、日本の子どもたちの様子は、すべてが善い人間になっているとは言えない面が多く感じられる。むしろ、子どもたちが悪い方向に向かってしまっているように思えてならない。いじめの多発や、各種の暴力・乱暴などがそうした例として言えるであろう。簡単に言えば、思いやりの欠如を感じる。これは子どもだけの問題ではない。大人の思いやりのなさが子どもに影響を及ぼしているのかもしれない。
このような現状は、一人ひとりの人間のかけがえのなさ、一つひとつのいのちを軽視しがちな点に原因があると思えてならない。私は、一人ひとりの人間が、お互いのかけがえのなさを思い、お互いの生命の大切さを思うならば、もっと温かい社会になっていくと思う。
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論文
教育・心理学
倫理
生命
教育
こころ
生きる力
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