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連関資料 :: 文化

資料:500件

  • 「クラウド」は企業文化改革の試金石
  • 電子書籍貸出サービス 07年の秋は、「貸出の秋」それも「電子の秋」だったといわれるかもしれない、と思わせる出来事があった。この年11月1日、紀伊國屋書店は電子書籍での「貸出システム」の販売を始めた。また11月26日、千代田区立図書館が「電子書籍貸出サービス」をスタートさせた。紀伊國屋書店は大学図書館向け。千代田区は公共図書館でのできごと。 ユーザーは大学や公共図書館で認証されたID、パスワードをもとに、図書館のサイトにはいりキーワードで全電子書籍を横串検索し、リストされた書籍一覧から、興味を持った電子書籍の貸出しを受け、PCから閲覧できる。他の人へ貸出し中なら、予約して順番を待つことになる。あくまで冊子体の本の貸出し形態を、電子版で再現するもの。 ただしこの貸出し形態の再現のために、千代田区の方は自前のサーバーにアプリケーションソフトをインストールし、電子書籍コンテンツを格納する。したがって図書館側にある程度のITノウハウ、またサーバ-負担に耐える容量余裕及び財務的な裏づけが必要となる。 この点紀伊國屋書店のものはASP型で、図書館の負担は小さい。つまり、大元のサーバ-にアプリケーショ
  • 環境 日本 インターネット 企業 情報 経営 電子 社会 文化
  • 全体公開 2009/08/15
  • 閲覧(1,704)
  • 地域研究の文化主義的アプローチ
  • 地域研究において、その大きな立場・思考として、学際的認識と総合的認識とが存在する。このうち総合的認識は、研究対象を全体像として体系化するために、政治・経済・宗教など、内部の様々な要素とその関連性を探るものである。その過程で重要なことは、研究者の視点から対象を見るのではなく、内部の論理によって説明・分析することである。その際に用いられるのが、「文化主義的アプローチ」である。 文化主義的アプローチとは、対象を文化のフィルターを通して理解する分析方法である。つまり、対象地域で起こった事象などを分析する際、その因果関係を対象内部における文化の性格や価値観の中から見出すのだ。 研究者が自身の属する社会以外を研究する場合、両者の社会間には、必ず歴史・地理・宗教・一般的常識などといった文化の相違が存在する。そのため、文化主義的アプローチを意識せずに研究を行うと、様々な事柄の意味合いや影響、またその事柄自体を、研究者自身の尺度で認識することになる。この認識は、その事象をさらに評価・判断しようという作用を持つ。これに対し、文化主義的アプローチでは、分析結果を対象地域の尺度や文化の文脈に求めるため、全ての事柄がその社会における当然の帰結であるという認識にしか至らず、その評価・判断を行わない。この点が、他の分析手法とは異なる最大の特徴である。
  • レポート 国際関係学 地域研究 文化主義的アプローチ
  • 550 販売中 2005/06/21
  • 閲覧(3,924)
  • 文化理解(西欧)「EU統合は・・・」
  • 『EU統合はそこに暮らす人々、ひいては世界の人々の幸福にどのような貢献を果たすと考えられるか。またそれがもつジレンマとは何か。もっとも基本的な目的と具体的な発現状況を要約して述べよ。』 EUは、その前進であるヨーロッパ共同体(EC)を母体として、1991年のマーストリヒト条約を基に1993年に発足した。そのねらいは、ヨーロッパ内での経済、政治、外交、軍事などの様々な側面における統合にあり、現在で27の加盟国を有している。
  • 佛教大 異文化理解 EU 西欧 EU統合 A判定
  • 550 販売中 2008/05/31
  • 閲覧(3,020)
  • 茶道:日本の文化を味わってみませんか
  • 1. 対象となる観光地 宇治と京都を連結したエーリア 京都は日本の伝統がそのまま残っているイメージが強い。日本の美しさを見るのは最も適切であると考える。自分が歴史街道の案内でまわった所の中で印象が残った京都と宇治を対象とする。 残念ながら韓国人の京都の関心度は大阪、東京に比べるとはるかに低い。それで、日本の一番良く味わえるこの地域を、観光を通じて韓国人に知らせて欲しい。 2. 観光客の特性及びニーズ、ウォンツの調査・分析 韓国の20代−30代の女性 1989年1月1日の外国旅行完全自由化により同年の訪日旅行者数が対前年比78.7%増の609,984人になるなど、韓国人の訪日旅行は、87年から91年まで毎年2ケタの伸び率で著しく成長をみせてきた。97年には一国からの訪日旅行者数としてははじめて100万人を突破した。98年は通貨危機の影響で、対前年比28.3%減の724,445人と大幅に落ち込んだが、99年には対前年比30.1%増の942,674人と大幅な回復を示した。
  • レポート お茶 観光商品 戦略
  • 2,200 販売中 2006/01/14
  • 閲覧(2,696)
  • ロシア宗教思想と文化 カラマーゾフの兄弟
  •  ロシア宗教思想と文化のレポートテーマとなるものは三つあるので、それぞれ一を大審問官の物語によるイワンの世界観、二をゾシマ長老の法話によるアリョーシャの考え、三をイワンとアリョーシャの議論とロシアの時代背景と三つに分け、考え議論していきたい。  まずは一番目のテーマである大審問官の章について考えていきたい。大審問官の話はイワンがアリョーシャに話す内容だが、何故イワンはアリョーシャにこのような話をしたのだろうか。それはイワンとアリョーシャの神に対する考え方の違いである。イワンは神など存在しないと考えており、アリョーシャは神は存在すると考えている。このアリョーシャの考え方を否定し自分の考え世界観を表すために、イワンはアリョーシャに対して大審問官の話をしたのだろう。  大審問官の話は復活したキリストと大審問官なる老人との対話である。しかし対話というよりは、大審問官がキリストに対して様々な問を出しキリストを問い詰めているように感じられる。しかもこの大審問官の問に対してキリストは聞いているのみで反論をしないのでキリストがいかなる考えをもっていたのか分からない部分がある。キリストは以前悪魔に三つの問を迫られたことがあった。一つは、石をパンに変えてみせろ。二つめは、神の子ならばこの場所から飛び降りてみよ、御使に受けとめられるのだろう。三つめは、もしひれ伏し私を拝むならこの全ての国をやろう。キリストはこの三つの問をすべて否定し実行しなかった。一つめの問に対しては、人はパンのみで生きているわけではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きていると。二つめの問に対しては、あなたの主である神を試すものではないと。三つめの問に対しては、退け悪魔よ、主である神を拝し、ただ神のみに仕えよと。この三つの問を大審問官は神秘、奇蹟、権威と表している。 キリストはこの神秘、奇蹟、権威を否定したことになるのである。キリストはこれらの問を退け人に自由を与えたが、大審問官は自由ほど耐え難いものはないと言っている。この両者の意見が食い違うのは人という存在の見方、考え方が違うからではないのか。大審問官は人を無能で卑しい弱き存在だと考えている。その無能な存在に自由などを与えても意味が無いと言っているのであろう。キリストは人を尊ぶあまり人に対してあまりに多くの要求をしすぎた。しかし弱き卑しい人間にはキリストが提示した要求は堪えられるものではなかった。だからこそ大審問官は、悪魔と手を組み、弱き卑しい人を罪意識から解放し、パンによって救済することを主張するのである。この事から奇蹟、神秘、権威こそが必要だと大審問官ないしイワンは考えているのであろう。そして奇蹟、神秘、権威こそ悪魔が満たしてくれるものなのだ。だからこそキリストではなく悪魔についているのである。 この事からイワンの世界観とは神秘、奇蹟、権威を基盤になりたった社会なのだろう。その基盤は悪魔によって出来ているので神の存在は認めずとも、悪魔の存在は認めているのではないだろうか。そして神が存在するからこそ罪というものが存在しており、神さえ存在しなければ全ての行いが許されると思っているのは、悪魔と手を組み罪意識から解放されたと考えているからだろう。確かに人というものは今まで権威の下に存在してきている。誰かが道をつくり指導者となり、その道を多くの人が歩いていく。そして国、社会というものが完成していく。もし誰も道を作らなければ人は前に進んでいけないのではないか。イワンの言う無神論は単に神が存在しないと考えているのではなく、神は途中で過ちを犯した為必要では
  • レポート ロシア キリスト 宗教
  • 550 販売中 2007/02/02
  • 閲覧(3,662)
  • ☆日本文化論:ぽち袋
  • 序論   新年を迎えると、街から年末のクリスマス色も抜け、日本らしさが色濃くなる。お正月といえば一番の楽しみであった、お年玉。そのお年玉が入ったぽち袋を、私はいつもどうしても捨てられずに取っていた。お金がもらえるのももちろん嬉しかったが、この小さな袋になぜか魅力を感じていた。たまに、取っておいたぽち袋を目にすると、少し心が暖まるような気がする。  今回、そんなぽち袋について調べてみたいと思い、レポートのテーマを「ぽち袋」にした。まずはぽち袋の始まり、続いてその形状・絵柄について述べていく。また、日本文化と密接な関係がある中国のぽち袋にも触れ、終わりに現在におけるぽち袋についてみて、最後に結論とする。 ぽち袋の始まり  ぽち袋という言葉は、もとは関西地方での言い方である。関東地方では主に祝儀袋、または熨斗袋、散財袋と呼ばれていた。「ぽち」というのは「これっぽっち」「ぽっちり」という言葉からきた、「わずか」とか「ほんの少し」という意味を表している。  「わずか」「ほんの少し」というのは、中に入っているお金のことで、ぽち袋は袋も小さいが、中に入っている金額も小さいということを表していた。それ
  • 日本 日本文化 ぽち
  • 550 販売中 2009/01/12
  • 閲覧(2,051)
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