資料:11,683件
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ペスタロッチーの教育学
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ペスタロッチーはチューリッヒの医者の子どもとして生まれ、幼児期に父親を失い、青年時代にはフランス啓蒙主義、特にルソーの影響を受けた。チューリッヒの大学を出てからは、従来の志望であった法律家を断念し、1768年からは農場を経営し、1774年からは子供の学習と農場労働を一体化した貧民学校の経営に取り組んでいた。しかしながら、いずれの事業にも行き詰まり、貧窮と失意の中で友人のすすめに応じて発表したのが『隠者の夕暮』(1780)であった。特に「王座の上にあっても木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質からみた人間、そも彼は何であるか」という冒頭の一文は有名である。
ついで、『リーンハルトとゲルトルート』(1781)という教育小説を世に送り、その中で民衆の抱えている最大の問題の根源は貧困にあり、民衆の経済的自立の必要性を主張し、そのためには民衆教育が不可欠であることを力説している。さらに彼は、『探求』(1797)、『シュタンツ便り』(1799)、『ゲルトルート児童教育法』(『ゲルトルートはいかにその子らを教えるか』1801)と数多くの著書を残している。
『ゲルトルート児童教育法』によれば、彼は教育の目的を、子どもが精神的(頭)、道徳的(胸)、身体的(手)に調和のとれた発達をするように援助するところにおいている。
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レポート
教育学
直観の原理
ペスタロッチ
コメニウス
メトーデ
開発教授
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美術教育のあり方
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教育には、大きく分けて二つの側面がある。一つは知識や技術の習得である。そしてもう一つは、人として望ましい方向に成長、発達させるものであり、美術教育もその一端を担っている。美術教育は、知的教育・技能教育というよりは自発的な創作を通して自由に自己を表現することによって豊かな人間へと成長、発達することを援助するといった意味合いのほうが強い。よって、幼児期から児童期にかけては子どもの創造的な自己表現活動を中心に育てることが望ましい。しかしながら「自由に自己を表現させる」ということが「知識や技術を指導してはいけない」といった誤解を招いてきた。
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教育学
美術教育
幼稚園指導要領
図画工作
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人権(同和)教育
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「同和教育の意義・歴史を概括し、学校における 同和(人権)教育実践の具体的なあり方について 述べなさい。」
同和教育とは、同和問題を解決するための教育の営みの総称である。同和問題を大枠として部落差別問題として定義すると、同和教育は部落差別を無くすための全ての教育活動と定義することが出来る。
なぜ部落差別問題が学校教育の中で重要視されるのかは、部落問題が日本国内に居住する同じ国民であるにもかかわらず、日本人が日本人を差別してきたという日本の歴史上重要な部分を占めているため、そして解決のための教育が行われてきたが、今なお根強くこの問題が残っており、真の解決に至っていないからである。
「同和問題の解決に果たす同和教育の役割」の第一は、部落差別によって奪われていた教育を受ける権利の保障、とりわけ、教育の結果としての学力・進路の保証であり、「差別の悪循環」を次世代に引き継がせないことである。第二は、「実態的差別」が生み出す「心理的差別」の解消を目指した取組であり、同和問題認識を深め、同和問題をはじめとするあらゆる差別の解決のために行動できる子どもたちを育てる学習の推進である。
同和教育は「差別を許さない」という共通基盤を持つ人権教育と互いに重なり、ともに発展していかなければならないものである。そのためには、同和問題を単なる被差別部落の歴史的な遺産として捉えるのではなく、世界においても同様に、歴史的な発展の中で差別が創られ、今日でもなお不合理な問題として残っているということを認識しなければならないと考えられる。
京都市を例として同和教育施策の歴史、具体的取組と成果を挙げる。
京都市における戦後の同和教育は、同和地区児童・生徒の長欠・不就学の解消に向けた就学奨励事業から始まった。1952年、オールロマンス差別事件糾弾要項の「差別は市政の中に」で、同和地区児童・生徒の「不就学児童を無くする対策を即時たてること」を同和教育行政における最重要課題と位置づけた。この糾弾闘争をうけて京都市は「今後の同和施策運営要領」を策定し、これにもとづいて戦後初めての同和教育費200万円が52年度予算として計上された。また、同和教育費は、その後も年々増加されるようになった。 60年代に入り、同和地区と京都市の生徒間で高校進学率に約40ポイントの格差があったため、京都市の同和教育は長欠・不就学の取組から学力・進路保障への取組へと変化していった。1964年、京都市は「教育の分野において、それぞれの公務員がその主体性と責任で同和地区児童・生徒の学力向上を至上目標とした実践活動を推進する」という同和教育目標を策定する。その後、進学促進ホール・補修学級・学習センター設置などの試みにより、1997年には京都全市と同和地区間の高校進学率はほぼ比肩するものとなった。
このように、多大な成果が認められる一方で、高校進学内容、高校卒業率、大学進学率等における格差がいまだ課題として残っている。これらの残された課題の解決のために新たな取組が必要であるという総括のもと、これまでの「格差を是正する取組」から「同和地区児童・生徒と同和地区外児童・生徒が共に学び、共に伸びる取組」への変革が行われている。
京都市における同和教育の特徴として、一斉授業についていけない子どもを対象とした抽出促進授業や習熟度別分割授業、学習センターにおける補習学習や家庭訪問による学習指導などがあり、徹底した個別指導と「学んだ知識、身につけた力」を活かすための「自立した学習」が行われてきた。2002年度から学校週5日制が完全実施される
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日本
子ども
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生徒
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教育実習を終えて
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教育実習を終えて
高校での2週間の教育実習が終了した。この教育実習を通じて、実に多くのことを学び、教師という職業の奥の深さを考えさせられたと同時に、人間としても一回り大きくなれたような気がする。この実習で学んだことをまとめておきたい。
まず授業について述べておくことにする。私の担当教科は国語で、今回の実習では現代文の授業をさせていただいたのだが、まず最初に授業をしてから指導教諭に指摘されたのは、「授業」は大学の「講義」とは違うということである。おまえの授業はただ自分の解釈を一人でしゃべっているだけで、生徒に作業をさせていない、それでは生徒の国語力はつかないということを言われた。自分でも以前から、授業は生徒との対話でなければいけないと考えていたはずであったのに、実際言われてみると確かにその通りで、やったことといえば生徒へのいくつかの発問くらいで、あとはほとんど自分一人でしゃべっていたと思う。確かにそれでは生徒に国語の能力がつかないばかりか、授業自体非常に退屈なものになってしまう。そのことに気付き、実習中のそれ以降の授業では、「生徒を動かす」ということを一番意識するようにした。
実際や
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教育相談の研究
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学校カウンセリングの意義、方法および今後の
課題について述べなさい。
はじめに
“学校カウンセリング”とは、よく使われる言葉であるが、しかし一体これはどういう意味であるか。一般的に考えれば、「学校で行われるカウンセリング」というように理解できるが、では「誰が」行うのか?いつ始まったのかについて少し考えてみたい。
テキスト第2章によると、学校カウンセリングという制度を発展させるきっかけとなったのは1995年度からスタートした文部省のスクールカウンセラー授業であり、
学校において教師が行うカウンセリングを教師カウンセリングといい、スクールカウンセラーの行うカウンセリングをスクールカウンセリングという。
学校カウンセリング(教育相談)と成人対象の一般カウンセリングにはどのような違いがあるのか、テキスト「学校カウンセリング入門」を参考にして、以下にまとめていく。
一般カウンセリングと学校カウンセリング
カウンセリングには大きく分けて2種類あり、一つは“治療的カウンセリング”であり、もう一つは多くの場合学校で行われる“発達援助的カウンセリング”である。
われわれ大人は自分にとっていやなことで
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佛教大学
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教育相談の研究
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インターネット教育論
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今、世界中で情報化が進んでいます。インターネットを使って、家にいながら世界中の情報をホームページから手に入れられたり、電子メールでいろいろな人と情報のやりとりができるようになりました。今後ますますこのような動きはどんどん進んでいくでしょう。そうなると、インターネットが使えるとことや、情報活用能力はこれからの社会で必要な力となっていきます。
「情報活用能力」とは情報をじょうずにあつかえるようになることのことです。しかし、あくまで情報そのものをじょうずにあつかうことで、コンピュータなどの機器をじょうずにあつかうことではありません。つまり、必要な情報を本やインターネットなどの情報手段を使って集めたり、情報をまとめたり、相手に自分の考え(情報)をじょうずに伝えたりする力を身につけなければいけないのです。
学校の中にはインターネットが急速に整備されています。2001年度までにすべての公立学校がインターネットに接続されることになっており、2005年までにはすべての普通教室からインターネットに接続できるように計画されています。そうなると、すべての学級、すべての授業でインターネットが利用でき、子供たちにとってインターネットが当たり前の存在になってきます。
このように学校のIT化が進んでい目的は、子供たちに情報活用能力を身につけさせ、将来の情報格差をなくし情報化社会の中で活躍できる人材を育成することなのです。
これまで学校でコンピュータを使った学習は、子供たちに操作を覚えさせることが目的とすることを情報教育だという間違った考え方が一部の教育関係者の間にありました。また、算数の時間に計算問題がコンピュータの画面に次々に現れ、子供たちが答えていくといった使い方がありますが、このように子供たちが情報そのものをあつかうような学習に使っていない場合も情報教育に含めて考えられていました。
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レポート
教育学
教育
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情報
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生命倫理教育
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まえがき
生命倫理については、大学1年の頃から興味を持っていた。そのため一般教養や演習でも履修してきた。また、生命倫理と同時に、教職科目にも興味を持ち、大学1年から教職コースの履修に励んだ。大学4年次には教育実習も経験し、実際の教育現場に触れることで、ますます教育にも興味を抱き、今回「生命倫理教育」について取り上げることとする。来年度から教鞭をとる私自身にとって大変興味深い分野であるためである。
子どもの問題行動が取り上げられるたびに、学校教育の課題が指摘されている。そして、一学級内の人数削減、ティームティーチングの導入、不登校の児童・生徒への対応、「こころの教育」の強調、文部科学省によるスクール・カウンセラーの学校現場への派遣、カリキュラム・授業時間の削減などが思案される。
このなかで私は「こころの教育」に注目し、その中で「生命倫理教育」をすすめていっては、という疑問を投げかけた。そこで、生命倫理教育の登場から、実践、今後の展望を考えていくこととする。
今現在の日本は、諸外国の就学率よりもはるかによく、教育のいきとどいた国となった。しかし、日本の子どもたちの様子は、すべてが善い人間になっているとは言えない面が多く感じられる。むしろ、子どもたちが悪い方向に向かってしまっているように思えてならない。いじめの多発や、各種の暴力・乱暴などがそうした例として言えるであろう。簡単に言えば、思いやりの欠如を感じる。これは子どもだけの問題ではない。大人の思いやりのなさが子どもに影響を及ぼしているのかもしれない。
このような現状は、一人ひとりの人間のかけがえのなさ、一つひとつのいのちを軽視しがちな点に原因があると思えてならない。私は、一人ひとりの人間が、お互いのかけがえのなさを思い、お互いの生命の大切さを思うならば、もっと温かい社会になっていくと思う。
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論文
教育・心理学
倫理
生命
教育
こころ
生きる力
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新しくなった
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