資料:11,683件
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教育相談の研究
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『学校カウンセリングの意義、方法および今後の課題』
今日においては、家庭や地域の教育力が低下してきているといわれるように人間としての基本的な生活習慣や、対人関係を構築・維持していくための方法などを習得していない児童・生徒が増加しています。また、いじめや不登校・非行などの問題は深刻で、それは学校だけの問題でなく社会現象として広くとらえられています。
このような、いじめや登校拒否などの深刻な状況を踏まえる時、教員一人一人が子供の心を理解し、その悩みを受け止めようとする態度を身につけることはとても大切であると考えます。教育的かかわりのみでなく、カウンセリング的かかわりの重要性がさけばれ、学校におけるカウンセリングの重要性・必要性が今日特に注目されてきています。
カウンセリングとは、広義の意味では人間が日常生活を営む上で生じる悩みに対して相談や指導をすることと捉えられます。そういう意味では誰にでもできることかもしれません。同僚や友達が、同じ仲間の相談にのることを、ピアー・カウンセリングと呼びますし、先輩や上司など縦の人間関係に対し指導や助言などとを行うことをライン・カウンセリングと呼びます。このように、カウンセリングの専門家でない者でも、その本質的な意味で、その人の人格を統合するための相談や助言であれば、すべてカウンセリングであると言えます。しかし、心理的に深い悩みをもつ人の場合は、専門家によるカウンセリングが必要となります。
カウンセリングには大きく分けて2種類あります。一つは治療的カウンセリングであり、もう一つは発達援助的カウンセリングです。治療的カウンセリングの対象は主に神経症(ノイローゼ)の患者であり、自我の中で意識よりも無意識が強く、意識で考えていたことと無意識で決定された行動にずれが生じた場合、そのずれをなくすため、意識と行動を一致させ意識の方が無意識よりも強くなるよう変えることにより、神経症を回復させようとするカウンセリングです。
しかし、このような考え方は心の中の三重構造と呼ばれる、超自我、自我、イドの三者の大小関係の比率が固定・完成されている成人した大人に対する考え方です。これに対して、発達援助的カウンセリングは、先述の心の中の三重構造である超自我、自我、イドの三者の大小関係の比率が流動的であり、未発達である児童・子どもを対象に考えられ、学校カウンセリングといえば、多くの場合、この発達援助的カウンセリングをさす場合が多いと言われています。
「学校カウンセリング」とは、一般的に考えると「学校で行われるカウンセリング」というように理解できますが、「誰が」「どのように」「学校のどの場所で」行うかが、とても重要であり、教師に課せられる役割が肥大化を辿る昨今の状況の中、ひとりの教師が教科指導や特別活動、生徒指導などのさまざまな公務を行いつつ、空いている時間に一方で、カウンセラーとして、子どもたちのさまざまな悩みや相談を聞き、受容し共感することを通して、問題の解決を図るというのは至難を極めることだと思います。教師がカウンセリングを行うことを「教師カウンセラー」と呼びますが、いじめ、不登校、非行などの子どもたちの問題が複雑・多様化すればするほど、より深い生徒理解や援助の方法が必要になり、カウンセリング的な理論や技法の必要性はますます高くなっていくと思われます。
そして、教師とは全く異なった「臨床心理士」という資格を持った人がスクールカウンセラーとして専門的にカウンセリングを行うことをスクールカウンセリングと呼びます。学校関係者ではない、まった
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学校カウンセリングの意義
方法および今後の課題
550 販売中 2008/03/06
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ペスタロッチーの教育学
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『ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ』
Ⅰ.ペスタロッチーの教育方法
ペスタロッチーの考える教育というのは、古い中世教育思想にみられる「外部からの知識の注入」ではなく、本来子どもが生まれながらにして有している内的本性を自然に即した形で伸ばしていくということである。
この内的本性とは「真への認識」、「美への感情」、「善の力」とされ、これらは子どもが将来成長していくための能力、内的素質として彼は重要視した。ところが、子どもは生まれながらに未だ「動物的」であり、この「動物的な力」は粗暴であり、現実社会では機能しないため、中世教育思想ではこの動物的衝動は根絶された。
しかしペスタロッチーは、子どもは単に動物的であるにすぎず、特に幼児の「動物的純真」を人間の成長の起点と示し、そこから生き生きとした直観が働き、人間は純粋に「好意的、感謝的、親愛的」でありうる、と考えた。よって彼は教育者は子どもの内的本性が自ら実現していくのを援助することに専念しなければならないし、子どもの自発的な成長を促すべきであると提唱している。
Ⅱ.直観の原理と直観教授
ペスタロッチーの教育方法の重要な柱として「直観の原理」というものがある。これは前節でも少し触れたが、子どもが既に有している能力であり、非常に人間的で、精神的かつ道徳的なものである。子どもは直観の原理に基づいて事物を感覚として認識し、知識として獲得していくわけだが、子どもの場合その過程に於いて、自由に直観し、感じるため、純粋に人間的な、精神的な、道徳的な文化のすべての要素になりうる。つまり直観とはすべての認識の基礎であると言え、また教えるということは、事物の直観から始まると言ってもよい。よってペスタロッチーは教育も直感的でなければならないと考え、直観の原理に基づいた教育方法を「直観教授」として実践していく。実践していく上で重要な考え方は、曖昧な直観を明瞭な概念にし、それを整理し、明晰なる概念に高めなければならないということである。ペスタロッチーは「我々の認識は混沌から規定へ、規定から明晰へ、明晰から判明へと進むのです」と言っているように、ペスタロッチーの教育方法は段階的・漸次的な教育法であった。そして直観とは「数」、「形」、「語」の三つの根本的要素から成り立っていることを発見し、この三要素は人間の認識の基本的な働きと捉えられるため、この部分を学習することは極めて重要であると述べている。この概念に基づいて、子どもたちの「直観」の為に工夫された教授法が直観教授(直観のABC、直感の術ともいう)である。ただここで気をつけなければいけないのは、子どもたち自身の「直観」に目を向けずに、「直観教授」に関心を抱き、様々な事柄を子どもたちに教え込む教育の実践をしてはならないということである。つまり直観教授(授業)が単に形式化してしまい、子どもたちの直観による「認識」から「明晰」、「判明」に至るまでのプロセスを抑制してしまっては「直感」のための「直観教授」ではないからである。
Ⅲ.「生活、技能の陶冶」と「身近」について
ペスタロッチーは、生活から技能を学び、技能を生活に生かすといういわゆる「技能の陶冶」、「生活の陶冶」がもっとも自然に即した、また「直観」を活かした成長の形であると言っている。それは、人間の能力、つまり万人に備わる意欲(道徳力)、知力(精神力)、能力(技術力)は、「それを使用するという単純な方法によってのみ」発展するのであり、したがって人は、その能力を、ことばや概念の外からの押し付けや注入によってでは
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ペスタロッチー
教育学
直観の原理
レポート
文字数:B5で約8枚分
B5八枚分相当
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幼児教育と宗教
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幼稚園教育におけるキリスト教の役割~宗教史の観点をふまえた分析~
・年号については、資料に記載されているものとする。西暦を基本とするものではない。
Ⅰ 幼児教育の普及状況
1998年度における就学前教育の普及率は94.2%である。これは過疎地において通園可能な範囲に幼稚園・保育所がない、通園可能な範囲に障害児を受け入れられる幼稚園・保育園がない、通園可能な範囲に共働きなどの家庭に合わせた幼稚園・保育園がないなどの理由が挙げられる。就学前教育の内訳をみると、幼稚園在籍率62.2%に対し、保育園在籍率32.0%となっている。また都道府
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幼稚園
幼児教育
宗教
保育
教育
指導
550 販売中 2008/04/27
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教育課程論
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『教育課程とは何かついて、その基準と編成原理、今日的課題についてまとめなさい。』
教育課程とは,「平成14年度から実施される完全学校週5日制の下で、各学校がゆとりの中で特色ある教育を展開し、児童に豊かな人間性や基礎・基本を身につけ、個性を生かし、自ら学び自ら考える力などの〔生きる力〕を培うことを基本的なねらい」として、豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること。自ら学び、自ら考える力を育成すること。各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めること。を基本方針に改訂された学習指導要領である。
教育課程の基準として、文部省は昭和21年5月から『新教育指針』の配布を始めた。これは法的拘束力を有するものではなく、現場の教師が授業を行う際の手引書扱いに過ぎなかった。そして昭和21年11月日本国憲法が発布され、その下で昭和22年3月教育基本法が制定された。教育基本法及び学校教育法の交付と並行して、昭和22年3月に最初の学習指導要領が制定された。
また教育課程の上でも、「それぞれの学校で、その地域の社会生活に即して教育の内容を吟味し、その地域の児童青年の生活を考えて、これを定めるべきものである。」と述べられ、終身・地理・歴史の代わりとして「社会科」が新設されたこと、及び「家庭」と「自由研究」が新設されたのである。しかし、昭和22年の『学習指導要領 一般編〔試案〕』は、きわめて短期間で作成されたものであったため、昭和26年文部省は学習指導要領の全面改訂を行った。この改訂以降「教科課程」にかわって「教育課程」という語が、「考査」にかわって「評価」という語が用いられることになった。また「自由研究」は「教科以外の活動」に変更された。この教育以外の活動はさらに3つに分類され、第1は、「民主的組織の下に、学校全体の児童が学校の経営や活動に協力参加する活動」であり、第2は学級会などを含む「学級を単位としての活動」であり、第3は「クラブ活動」である。しかしながら、このような経験的カリキュラムはやがて批判にさらされるようになる。なぜなら経験学習によって児童生徒の基礎学力が低下したこと、そして青少年の非行、規律の低下などが問題となり、学校教育においても対応策が求められるようになったからである。これに対して昭和33年3月教育課程審議会は答申を出し、道徳教育・基礎学力・科学技術教育に重点をおくように方針を示した。同年10月には学習指導要領の改訂が行われ、文部省は改訂と同時に同年8月学校教育法施行の一部を改正した。この改正によって、教育課程は4領域に構成された。その4領域とは、各教科・道徳・特別教育活動・学校行事等である。また学習指導要領の名称から「試案」の文字も消滅している。また最も着目すべきは、特設時間「道徳」の設置である。なお「道徳」の設置は、昭和33年10月の学習指導要領改訂を待たず、3月18日文部次官通達によって4月から先行的に実施されるようになった。また10月の改訂においては社会科から道徳教育はなくなる一方で、系統主義的路線は路襲されている。また、算数・国語・理科の教科では授業時間数が増加し、基礎学力の向上が目指されている。
1960年代には経済界から経済成長を担う人材育成を教育に求める声が高まった。これは教育を人的資本のための投資とみなす考え方である。これにともない小学校学習指導要領は昭和43年7月11日に改訂された。この内容を見ると、以前の4領域から3領域へと編成され、その3領域とは各教科と道徳と特別活動である。特
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佛教大学
レポート
教育
教育課程論
550 販売中 2008/05/01
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同和教育①
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『同和教育の意義・歴史を概括し、学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方について述べなさい。』
同和教育とは同和問題を解決するための教育の営みの総称である。そしてそれは、部落解放運動や同和行政などの同和問題を解決すための教育以外の取り組みであり、お互いが密接に関連し総合的に取り組まれた結果、解決に向けた一定の成果が生まれてきたのである。
それではなぜこの同和問題が重大な社会問題とされるのであろうか。それは1965年8月に出された「同和対策審議会答申」の中で、同和問題は人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる問題である。同和問題は日本社会の歴史過程において形成された身分階級に基づく差別において、過去、現代においても、経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、基本的人権を侵害されている。こういったことから重大な社会問題として取り扱われるのであろう。
この同和問題を未解決に放置することは断じて許されることではないし、国を挙げて早急に解決すべきものであり、それと同時に国民的課題になるべきものである。
日本国憲法には教育権・義務教育が条文化されている。教育基本法にもすべての国民が能力に応じて教育を受ける機会を与えられなければならないと記されているが、部落差別により、雇用面・居住面において「貧困」「劣悪な環境」での生活が余儀なくされていた。その結果、同和地区の子供たちに十分な教育を受けさせることができず差別の悪循環を生み出し、実態的差別がさらに、心理的差別を助長し同和問題の解決をさらに遅らせることにつながっていたのである。同和教育はいうまでもなく同和地区の子供たちの教育権を保障するという課題の克服を目指して取り組まれたのである。
次に同和教育のはじまりについて、京都では戦後、民生局に移管された同和係は、1951年、同和地区の生活実態調査を実施した。その結果に基付き、住宅改良事業に着手する等、積極的に同和予算確保に努めた。また市の予算に同和対策費として年度ごとに特別経費を計上するなど、戦後の同和行政は、地方レベルから国政レベルへと急速に推し進められたのである。
同和教育の施策はまず、同和地区児童・生徒の長期欠席・不就学から始まる。この不就学問題は、同和教育創世記における最も重要であり、緊急的な課題である。なぜなら、同和地区の小学校・中学校共に不就学率が全体平均の10倍という効率だからである。さらに同和地区にあることにより学校全体が差別され、そのことによってその学校に赴任することを拒否する教師もいるくらいである。このことにより、同和教育を就学奨励事業から始めた。学校においてその具体的に行われたものに抽出促進と呼ばれる授業形態がある。基本的に、国語・数学・英語を中心に1~3人程度が別室でマンツーマンに近い形で学習を進め最終的には原学論での学習に戻ることを目指すものであった。その結果一応の成果は確認できたが、一方的な知識の教え込みという傾向が強く、集団の中で教育的刺激や仲間との交流によって培われる力が育たず、生徒が先生を頼りすぎることにより、独り立ちしなければならなくなった時、自己解決できなくなってしまうといった短所が見られた。この課題の改善策として分割授業へと転換されていった。マンツーマン形式ではなく、教育的刺激が得られる適切な人数にして、小集団の中で自立の促進と格差の是正を身につけることを目的としたものである。1クラスの人数が半分になることにより、生徒の発現や発表の回数が倍に増えるといった長所がある。ただ、少
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佛教大学
レポート
同和教育
同和問題
人権
550 販売中 2008/05/01
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ゆとり教育世代
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《ゆとり教育世代》
「ゆとり教育」の導入、学校週5日制が現在16歳の人が生まれた年から導入された制度であり、24歳くらいまでの世代が学生の時に変化を遂げていった制度である。また、この世代が「ゆとり教育」真っ只中の世代であり、今様々な議論がなされている教育制度である。私は、ゆとり教育は政策が中途半端なままぬ踏み切られた、「教育の失敗」だと考えている。
では、ゆとり教育の概要・現状について述べていく。
ゆとり教育の目的を簡単に説明すると、「各学校のスタッフが、自分たちで知恵を出し合って特徴豊かな教育を行う」、「生徒の学ぶ勉強範囲を絞る事でその負担を減らし、浮いた時間は生徒個人の自主的な勉強の時間にあてる」、「生徒自身が、【自分で物事を考える力】を育てる事ができるよう導く」などであると考えられる。つまり、生徒個人の自主性を伸ばす事に、目的を置いた教育だと言う事ができるだろう。
ゆとり教育がこのように、生徒の自主性の伸長に重点を置いているのは、やはり詰め込み教育の反省による所が大きいようである。基礎知識を徹底的に頭の中に詰め込むやり方では確かに、生徒の自由な想像力は伸ばせない。しかし、ゆとり教育に移行後、生徒の自由で豊かな発想力や想像力が伸びたというデータは、今のところない。
ゆとり教育の内容をより具体的にまとめると、①勉強内容の選択、②総合的な学習の時間、③選択学習、④問題解決力を養う学習、⑤学校週5日制 のようなポイントに絞る事ができる。順に説明を加えていく。
①生徒が学校から与えられた勉強を能動的にこなすのではなく、自主的に教科を選択する事をいう。こうすることで生徒の学習意欲が上がり、より学習効率とそのクオリティが上がるという考え方から来ている。
②各学校がその創意工夫によって独自の学習カリキュラムを組み、バラエティに富んだ学習機会を生徒に与えようというのが、総合学習の狙いである。農家に行って芋掘りの体験学習をさせたり、英語や中国語を教えたり、ごみ拾いなどでボランティア精神を養わせたりと、学校によって多くの試みがなされているとされている。しかし現実には、英語などの言語学習にあてる学校が多いようである。
③選択学習とは主に高校などで実施されているが、生徒の習熟度に合わせてより発展的な内容を扱うことが可能である事を指している。つまりより生徒個人に焦点を合わせた学習機会を与えようというわけである。
④問題解決を養う学習とは例えば、「観察や実験」「プレゼンテーション」「ディベート」のような問題を解決するのに時間と思考力を必要とする学習を指す。ゆとり教育の目的である「考える力を養う」を実現するためには、まさに打ってつけの分野といえるだろう。
⑤これまでの理念的な内容とは少し離れるが、ゆとり教育を実践するための手段として学校週5日制の導入も含まれる。これは、「土曜日は休みにするので、日ごろの疲れを取ってください」というわけではなく、空いた時間で生徒が自主的に学習する機会を与えようとしているのである。
さらに、ゆとり教育の利点として、文部科学省は考える力を養う・生きる力を養う・豊かな人間性の点をあげている。
実際には、上記のような理想が成立するばかりではない。週5日制の実施に伴い、生徒の土日の居場所作りが求められたが、教育現場の体制が十分に整わないままに実施されたため、土日のよりよい居場所が確保できない生徒が生み出された。
また、教員も以前より多忙になったという声が多い。完全週5日制になったことで、平日に授業の準備や事務の量が増加し、加えて長期休暇中の勤務管理
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教育
ゆとり教育
教育改革
教育問題
教育政策
550 販売中 2008/05/08
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教育~スクールカウンセラー
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教育~スクールカウンセラー
アメリカの対児童サービス体制を解説した。
日本の状況と対比し、日本の学校における対児童サービス体制の長所、並びに短所について論じなさい。
日本の対児童サービスはとても歴史が浅く、スクールカウンセラー(以下SC)の人数も学校の数と比例していないのが事実である。
しかし、元来日本の学校教育では担任教員や、養護教諭がSCの役割を果たしてきたのである。これは、アメリカのように職務を細分化せずに普段から児童の姿を見てきた、担任教員が相談に乗り解決していたのである。また、担任教員は学校外で起こった問題をも教員として対応してきた。
これは、日本ならではの状況であるといえ、長所と
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日本
アメリカ
学校
カウンセリング
社会
教員
クール
問題
児童
サービス
550 販売中 2008/04/10
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道徳教育の研究
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『現代の道徳教育の課題について述べよ。』
我が国の道徳教育は、戦前までは為政者の支配の道具として利用されてきたという経緯がある。為政者たちにとって国民は支配の対象であり、道徳教育は国民教化の手段であり、国民を締め付ける道具に過ぎなかったためだ。第二次世界大戦の戦中においても教育勅語の根底にあるのは天皇の神格化であり、あくまでその下での道徳教育という位置づけであった。
被教育者である子供の立場を十分に考慮していたとは言えない、このような為政者のための道徳教育が大きく変化を迎えるのは、戦後の教育基本法の成立においてである。米国の考えを色濃く取り入れた教育基本法によって、ようやく民主主義的な人間関係の探求が可能となった。もっとも戦後しばらくは「勅語」と「教育基本
法」の異なった二つの教育理念が学校現場で教えられていたが、昭和23年の「教育勅語等排除に関する決議」「教育勅語等の失効に関する決議」により、「勅語」には完全に終止符が打たれることになる。
かくして教育基本法に基づいた道徳教育が始まったが、それは上から教訓的に説教をするものではなく、各自が自発的行動することに力点が置かれたものとなり、これは今日の道徳教育の萌芽と言える。このような「個人」を中心として「自主的精神」が求めていく道徳教育が、その後様々な視点から見つめ直されるものの、現在までの道徳教育の根底にあり、基礎になっていると言える。
しかしながらその後の日本の道徳教育が順風満帆に進んだかといえば、もちろん必ずしもそうとは言えず、時代を反映しながら様々な問題をはらんできた。とりわけ近年においての問題は児童の犯罪や自殺など、自他の生命に敬意を払うことができない児童の増加であろう。
そのような問題に対して、これからの教育で欠くことができないのが「生きる力」の育成である。「生きる力」とは漠然としているが、現在「確かな学力」と「豊かな人間性」と「健康・体力」という三つの能力からなる「全人的な力」と定義されている。ではその「生きる力」を育てるために、道徳教育と道徳の時間はどうあるべきなのか、また教師としてどのように取り組むべきなのかを考察してみようと思う。
まず「確かな学力」であるが、私は学校教育において、授業が学校生活の多くの時間に充てられていることからも、やはり全ての中心に位置するものだと考えている。特に小学校時代の授業はその後の生徒の「学ぶこと」に対する関心を大きく左右することになるので、教師が如何に各科目に対して真剣に取り組み、生徒の興味を引き出せるかということが、教師に対する大きな課題であると思う。それはただ単に「教科書の知識を吸収して、テストで点が取れるようにさせること」といった意味ではなく、授業で得た体験や知的好奇心が、生徒の「生きる力」に大きく関わってくると思うからだ。すなわち「学ぶ喜び」「新しいことを発見する喜び」「できる・わかることに対する喜び」を感じることができれば、それは必ず明日への希望や活力につながると思うのである。最近になって「ゆとり教育」の見直しが取りざたされているが、私もこれには賛成だ。家にこもってゲームに興じる子どもが多いことは想像がつくし、やはり生産的だと思えない。それであれば学校の教員の努力で子どもに好奇心を与える授業をするほうが、子供にとってプラスに思えるのだ。ただ注意すべきは、「授業=知識の詰め込み」というというところに授業の価値を大きく置いてしまっては、一昔前のようなひずみを生んでしまう。「授業=生きる力の育成」といった図式を常に頭の中に持っているよ
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現代の道徳教育の課題
550 販売中 2008/04/14
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
- 資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
- 資料の情報を統計で確認
- 統計では販売収入、閲覧、ダウンロード、コメント、アップロードの日別の推移、アクセス元内訳などの確認ができます。
- 資料を更新する
- 一度アップロードした資料の内容を変更したり、書き加えたりしたい場合は、現在アップロードしてある資料に上書き保存をする形で更新することができます。
- 更新前の資料とは?
- 一度アップロードした資料を変更・更新した場合更新前の資料を確認することができます。
- 履歴を確認とは?
- 資料のアップロード、タイトル・公開設定・資料内容説明の変更、タグの追加などを期間指定で確認することができます。