連関資料 :: 教育
資料:11,683件
-
人権(同和)教育
-
『同和教育の意義・歴史を概括し、学校における同和
(人権)教育実践の具体的なあり方について述べなさい。』
【同和教育の意義】
同和教育とは、同和問題を解決するための教育の営みの総称である。同和問題を大枠として、部落差別問題として定義すると、同和教育は部落差別を無くすための全ての教育活動と定義することが出来る。
また、同和教育は単なる一社会問題としてのみではなく、人権教育と「差別を許さない」という共通基盤を持つものである。
【同和教育の歴史】
1:同和教育の始まり
戦後の同和教育は、同和地区児童・生徒の長欠・腐臭学の解消に向けた就学奨励事業から始まった。
1952年、オールロマンス差別事件糾弾要項の「差別は市政の中に」で、同和地区児童・生徒の「不就学児童を無くする対策を即時たてること」を同和教育行政における最重要課題と位置づけた。この糾弾闘争をうけて京都市は「今後の同和施策運営要領」を策定し、これにもとづいて戦後初めての同和教育費200万円が52年度予算として計上された。また、同和教育費は、その後も年々増加されるようになった。
2:高校進学率向上への取組
60年代に入り、同和地区と京都市の生徒間で高校進学率に約40ポイントの格差があったため、京都市の同和教育は長欠・不就学の取組から学力・進路保障への取組へと変化していった。
1964年、京都市は「教育の分野において、それぞれの公務員がその主体性と責任で同和地区児童・生徒の学力向上を至上目標とした実践活動を推進する」という同和教育目標を策定する。その後、進学促進ホール・補修学級・学習センター設置などの試みにより、1997年には京都全市と同和地区間の高校進学率はほぼ比肩するものとなった。
【学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方】
1:矮小化・限定化を避ける
同和(人権)教育は、特別な教育活動として矮小化される傾向がある。差別・人権問題が、被差別者の問題すなわち学習者にとって他人事・他の世界の問題として理解・認識されていることが多い。
学習指導要領改訂により「生きる力」の修得を重要とする中、これらの社会問題を学習者がそれぞれ社会の一員(当事者)であることを自覚して学ぶ必要があり、教育者は学習者にそれを認識させるカリキュラム編成を行わなければならない。
例を挙げるならば、外国の一部に見られる日本人(アジア人)に対しての差別を学習対象とすることである。近年、日本は外国人の数が増えたとはいえ、欧米ほどの他民族国家ではないため、学習者(ここでは日本国籍とする)が人種による差別を受けることは稀である。
しかしながら、海外において日本人が差別を受けることは決して珍しいものではない。教師(この場合筆者)は、日本で生まれ育ったごく普通の日本人ではあるが、親類にシンガポール人がいるため、シンガポールに渡った際、昭南島を例に挙げてその残虐性を持つ民族であると一種の差別を受けたことがある。
この経験を題材として、学習者にディスカッションや研究活動を行わせる場合には、学習者自身も同様の経験をする可能性があることを明確に示して行う。
2:総合的な学習として取り扱う
前項で述べた教師の例は、単なる人権問題としてのみ取り扱う題材ではない。人権(同和)問題は歴史的背景をふまえた上での学習が必須であるといえる。
そのため、人権問題は歴史(日本史・世界史)と統合した形での学習体制を準備しなければならない。逆に言えば、歴史の授業の中に取り込んだ形での学習であれば、突然人権教育の授業を受講するよりも、理解しやすい
-
日本
差別
問題
生きる力
同和
都市
授業
高校
生徒
民族
550 販売中 2007/11/23
- 閲覧(2,831)
-
-
道徳教育の研究
-
『現代の道徳教育の課題』
道徳教育とは小・中学校学習指導要領「第一章 総則」によれば「教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。」とされており、また道徳教育を進めるに当たって,「教師と児童及び児童相互の人間関係を深めるとともに,家庭や地域社会との連携を図りながら,ボランティア活動や自然体験活動などの豊かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない。」と記されている。また、道徳教育は学校教育活動におけるあらゆる機会、あらゆる場所において実現することが求められているのは当然であり、学校の場だけでなく、家庭・社会の場で総合的に行なうことも求められている。道徳教育は、子ども一人一人が幸福になることを前提として、個々の豊かな能力を見つけて伸ばす為にも行われなければならないのである。
今日、さまざまな教育改革を行なってきた中で、社会の変化に的確かつ迅速に対応する教育を実現するために、「生きる力」の育成という教育の目的を提示した。「生きる力」とは、「確かな学力」と「豊かな人間性」と「健康・体力」という三つの能力から成る「全人的な力」のことである。この「生きる力」の核となる豊かな人間性を育むためには道徳教育が必要不可欠であるが、現代の道徳教育には課題が残っている。それについてこれから述べていく。
小学校学習指導要領解説(総則編)では道徳教育について、道徳の時間が十分確保されていないこと、道徳の時間に興味・関心を持っている児童の割合は学年が上がるに従って低下していることなどが挙げられている。文部科学省の調べによると、道徳の時間を「楽しいあるいはためになる」と感じている児童生徒がどの程度いると思うかと教師に質問したのに対して、ほぼ全員または3分の2ぐらいという答えの合計は、小学校低学年で87.9パーセント、高学年では60.7パーセント、中学校では39.7パーセントに下がる。しかし、これは教師に質問した結果であって、生徒自身に質問すればもっと低い数字になることが予想される。一定の社会体験を積み、現実に道徳を説いていた政治家などが様々な不祥事を起こしている現代社会の実態を見る中で、言わば型にはめて上から押し付けるような道徳教育というのは受け入れられないのである。さらに自分が学校の中で大切にされていないと感じる子供が七割いるというような調査もある。そういう自分の人権が大切にされていないと感じている子供に対して、学校が人権の大切さを説いても心に響かないのは当然であり、まずは全ての子どもが自分の人権が大切にされていると感じることが出来るような学校づくりが必要なのである。枠にはめて上からかぶせるような道徳教育というものは現代の道徳教育には適していないのである。では、どうすればよいのだろうか。
学校は、子どもたちが豊かな人格を形成していく場であり、それは現代の学校においても当然変わることは無い。つまり、子どもたちが友達や教師と共に学び合い活動し、自分がかけがえのない一人の人間として大切にされ、頼りにされていくことを実感でき、存在感と自己実現の喜びを味わえるようにしていくのが学校であり、それを理解させるのが道徳教育なのである。つまり、道徳教育と
-
佛教大学
レポート
道徳教育の研究
550 販売中 2007/12/10
- 閲覧(1,830)
-
-
幼児教育の問題
-
幼児教育の問題
★『人間であるべき姿』の基礎は幼児期にあり!
★『人間たらしめる脳』、『脳は人間そのもの』
★『幼児教育』と『脳科学』の関係究明進行中、実証も続々・・
★『人間性を追究』する『年齢混合学級編成教育』の実践園。
今や教育問題が大きく叫ばれるようになってまいりました。学力からいじめや非行まで、その原因は?大人が首をかしげるのではなく、大人自身がよく考えることが問題解決の早道です。
ロダンの「考える人」になってみては如何でしょうか?
“幼児教育の問題点”
1965年頃からの幼児教育の場に現れた「自由保育」が初期の意味とは全く違った意味に捉えられて、それが何時しか『放任保育』へと進化
-
日本
保育
いじめ
問題
人間
進化
意味
全体公開 2007/12/14
- 閲覧(3,931)
-
-
ペスタロッチーの直観教育
-
ペスタロッチーが推奨した“直観教育”とは如何なるものかを考えたい。
ペスタロッチーは直観、そして直観で感じ取ったものを重視した。しかし、直観において受け取ったものは、それだけではまだ曖昧で混乱しているので、それを秩序化すること、概念化することが必要とされる。私たちが直観で受け取ったもの、すなわち認識したものは『混沌から規定へ、規定から明晰へ、明晰から判明へと進む(1)』という考え方が彼の考え方の根本にはあったのである。それは、たとえば直観の三要素の一つである“語”でいうと、発音から単語・名称を経て言語に至るといったようなものである。すなわち直観教育とはまず理念や知識が先行して行われる教育ではなく、直観という身体的で心的なものが先にあり、そこから段階的・漸次的に進行していく教育法なのである。
しかしここで押さえておくべきことは、その直観とは白紙状態において為し得るものではないという事実である。『すでに彼が理念においてあらかじめ持っていたものを「感覚で捉えること」として「直観」は付与されるのである(2)』とあるように、直観は既に自身が内面に有している理念から出たものだということである。
-
レポート
教育学
ペスタロッチー
直感教授
生命活動
550 販売中 2005/11/02
- 閲覧(4,979)
-
-
宗教教育の是非について
-
『「いただきます」をいうことが宗教教育にあたるか』という命題について「宗教教育にあたらない」という立場で述べてゆきたい。そしてこの命題には判例ともいうべきものが存在するため、その判例を紹介しそれとともに私論を書いてまとめてゆきたい。
その判例が起きたのはオウムが世間を賑わせた後のことである。一通の手紙が教育委員会に届いた。内容は『「昼食時に当番の合掌に合わせてみなで合掌し、いただきますと斉唱すること」が宗教教育にあたるのではないか』というものだ。具体的には石川県のある中学生の父母が『恐怖を覚えた』というものであり、その経緯は小学校に上がった息子の父親が、息子の学校の様子を聞くにあたって投書したものである。
これに対し、文部大臣は以下のように批判した。決して宗教の一環としておこなっているのではなく、むしろ生命に対する畏敬の念を起こさせるために行っており、加えてそのようなことは慣習として日本の奥深くに内在化しているために容易に排除は出来ないとしたものであった。そのため、宗教的な側面が根底にあるとしてもそれが直接宗教教育に繋がるわけではないというものだ。加えてお昼の時間に「いただきます」と言うことは決して宗教を助長するものではなくむしろ、日本人の潜在的な部分に内在化する文化なのだ、と述べた。つまるところ、宗教と宗教教育の違いを述べたのだ。その違いはこの場合そのスコープの大きさである。宗教は日本の全国民にあてはまるが、宗教教育に関してはほとんど教育者と被教育者、そしてせいぜいその関係者に限定される。
父母が申し立てをしたのは教育基本法の解釈の違いからかもしれない。教育基本法第9条は、国立や公立の学校において児童および生徒に特定の宗教を教えることを禁ずるものであるため、一見すると宗教そのものを締め出そうとする条文に見えるかもしれない。
-
レポート
教育学
宗教教育
道徳
宗教
550 販売中 2005/11/12
- 閲覧(2,385)
-
-
教育原理1
-
余計な表現や、回りくどい説明等を省き、読みやすくまとめました。学習の参考にしていただければ幸いです。
-
明星
小学校
レポート
合格
550 販売中 2016/12/09
- 閲覧(2,114)
-
-
教育原理2
-
余計な表現や、回りくどい説明等を省き、読みやすくまとめました。学習の参考にしていただければ幸いです。
-
明星
小学校
レポート
合格
550 販売中 2016/12/06
- 閲覧(2,038)
-
-
パソコン教育のあり方
-
私の初めてのパソコン体験は学校の授業だった。初めてのパソコンの授業はスライドを使い一枚一枚絵を描きそれを絵本にして皆で一人ひとりの作品を見ていくことだった。この授業を私は大変気に入り、それはそれは楽しく取り組んでいたことを覚えている。
私の中学の頃はまだパソコン自体がそんなに普及していなかったので週に一度くらいしか授業がなかった。しかし現在は授業でいつものように必要とさせるようになってきている。それはとても間違えているように私は思う。確かにパソコンは便利だ。検索をかければたいていのことが分かるし、漢字だって自分が覚えていなくともパソコンが覚えていてどの漢字か分からなくなったときなんかはそばに
-
学校
授業
パソコン
子供
知識
中学
絵本
自分
学生
550 販売中 2009/04/12
- 閲覧(1,942)
-
-
教育工学1
-
教育におけるコンピュータやインターネットの役割と今後の課題を論じなさい。
戦後、まもなく日本は高度成長期を迎え目覚しい発展をとげ経済大国となる。そして80年代バブルが崩壊する。このように、ここ数十年をみただけでも日本経済は目まぐるしく変化をしている。今後、高度成長期で築かれた、終身雇用制度の崩壊、また男女雇用均等法制定などにより、雇用やライフコースの多様化になり、社会がますます変化する事は容易に想像ができる。また通信機器や交通機関の発展によりより国際化・グローバル化が進み日本だけでなく世界に目を向けて考えていかなければならないだろう。近年急速に普及してきたインターネットは今や利用者は世界で約1億人、日本国内では約1200万人とも言われるなど情報通信メディアの大きな柱となってきており、今後、電子商取引、テレワーク、遠隔治療、電子行政サービスなど、社会・経済・生活全般にわたって重要な役割を担う事が予想される。また他諸国でみてみてもアメリカは「2000年迄に全米の教室をインターネットで結び、12歳でみんながインターネットにアクセスできるようにする」など国をあげてこの課題に取り組んでいる。他に
-
教育
コンピューター
PC
インターネット
役割
課題
550 販売中 2009/05/07
- 閲覧(2,196)
-
-
幼稚園教育の基本
-
1450字のレポートです。内容→『幼稚園教育の目的は幼児にふさわしい環境を用意して、そこで幼児の生活を展開し心身の発達を望ましい方向に促進するように指導することである。ひとつめに幼児期にふさわしい生活の展開として、まず大切なのは、依存からの出発である。幼児には安定した情緒の下で自己を十分に発揮することが不可欠である。自己発揮によって自立と共同が生まれ、自律の精神が芽生えるのである。』
-
環境
発達
幼児
保育
人間
自立
指導
遊び
幼稚園
生活
550 販売中 2009/05/08
- 閲覧(3,157)
-
-
人権(同和)教育
-
設 題
⇒50年に及ぶ戦後の同和教育を概括し、同和(人権)教育の意義と学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方を論述せよ。
戦後の同和教育司
戦後の同和教育施策は同和地区児童・生徒の長期欠席・不就学の取組に始まる。1952年のオールロマンス事件当時の京都市における同和地区児童・生徒の長期欠席・不就学の児童・生徒の割合は京都市平均のそれに比べて10倍という高率であった。同年、部落解放委員会京都府連合会はオールロマンス差別事件糾弾要綱に「差別は市政の中に」で同和地区児童・生徒の「不就学児童無くする対策を即時たてること」を最重要課題とした。この糾弾活動をうけて京都市は「今後の同和施策運営要綱」を策定し、これに基づいて戦後初めて同和教育費200万円が52年度予算として計上されることになった。そしてこの同和教育費はその後年々増額されることになった。1962年の同和地区長期欠席・不就学児童・生徒の割合は大幅に改善された。ここに、行政の具体的な予算を伴う同和教育施策は一定の成果を挙げたと言えるであろう。しかし、この時期の同和地区生徒の高校進学率は京都市平均の半分以下であった。このような実
-
佛教大学
人権教育
合格済
550 販売中 2009/05/12
- 閲覧(2,546)
-
-
教育相談のありかた
-
近年、臨床教育の必要性が重要視されているが、教師はカウンセリングの基本的な考え方や方法、知識などを踏まえた上で、教師として教師にしか出来ない臨床教育を行っていくべきである。教師が行う学校カウンセングは、その子にはその子なりの「心のテーマ」があり、それを一緒に探求し、その子の心の居場所を一緒に探すように進めるべきである。そのために教師は、日々一般的な技術や方法論などを学ぶとともに、学校内部やスクールカウンセラー・家庭・地域などとの連携を強化し、学校内外の生徒の生活全般に渡って密接な関係を築き、「その子なりの個性」を理解できるようにしなければならない。
-
レポート
教育学
臨床教育
教師
カウンセリング
生徒指導
教科指導
550 販売中 2006/03/07
- 閲覧(1,580)
-
新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
- 資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
- 資料の情報を統計で確認
- 統計では販売収入、閲覧、ダウンロード、コメント、アップロードの日別の推移、アクセス元内訳などの確認ができます。
- 資料を更新する
- 一度アップロードした資料の内容を変更したり、書き加えたりしたい場合は、現在アップロードしてある資料に上書き保存をする形で更新することができます。
- 更新前の資料とは?
- 一度アップロードした資料を変更・更新した場合更新前の資料を確認することができます。
- 履歴を確認とは?
- 資料のアップロード、タイトル・公開設定・資料内容説明の変更、タグの追加などを期間指定で確認することができます。