連関資料 :: 教育
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教育 心理学
(1)あなたが大切なことを記憶するときの、あなたのやりかたについて、文を綴ってみましょう。
英単語を覚えるときのやり方を書こうと思います。
ひたすら紙に書くという方法です。赤シート等で隠してチェックできない教材の場合は、先に単語帳を作っておきます。声を出せる場所にいるときは、その英単語を発音して書いて、発音して書いて、を繰り返します。1個の単語をもういいかなって思うくらい書きます。○個ずつと決めると、数える方に意識がいって、覚えられないからです。それがある程度進んだら、覚えたかどうか、チェックしていきます。覚えていなかったものについては、再度何回か書きます。この作業を全部覚えられるまで繰り返します。大学受験時には、暗記物は寝る前にやるといいという話を聞き、実行するようにしていました。
レポート
教育学
短期記憶
長期記憶
維持リハーサル
精緻化リハーサル
メタ認知
550 販売中 2005/07/17
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社会教育 とは何か
社会教育と学校教育はどのように違うのだろう。なぜ国家は学校教育のみにとどまらず社会教育という概念を造ったのだろうか。日本の「社会教育」に相当する概念として、諸外国では「成人教育(adult education 米、英)」、「民衆教育(Volksbildung 独、education populair 仏)」、「継続教育(further education 英)」、そしてユネスコの提唱する「生涯教育(Lifelong Education)」がある。社会教育とは各国特有のもので各々が教育という営みをどのように考えるかによって発展の仕方が違ってきた。それは歴史とも密接な関係があり、一種の文化とも言えよう。それでは、我が国の社会教育はどのような発展を見せてきたのだろう。
まず、日本の社会教育体制は戦争の終焉を境にだいぶ異なっている。戦前は政府による国民教化であったものが、戦後は国民が自ら考え学習しようと思うようになった。学校教育は大人にとって義務であり、子供にとっては権利である。現代の学校はしっかりとしたカリキュラムが組まれ、さらには期間まで決められている。これは国民に対しとても親切なように見えるが、見方を変えれば「強制」と捉えることもできる。もちろん国民は必要最低限の知識は持っていなければならない。しかし、社会教育とはそういったものではない。社会教育で大切なことは「いつでも、どこでも、誰とでも、なんでも、自由に、無料で」学習ができることである。国民は誰でも学ぶ権利を持っていて、行政や自治体はその要求に応える必要がある。
現在の社会教育の基盤となっているものに戦後提唱された3つのテーゼがある。これらは日本国民が生み出した輝かしいものとして今でも受け継がれ、真の社会教育を実現させる上での大きな指標となっている。
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教育学
学校教育
社会教育体制
社会教育施設
国民教化
核家族化
550 販売中 2005/07/22
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性教育 のあり方について
今回,日本における高校生の危険行動の実態,それに関連している要因について学び,危険行動,特に性行動が加速する前に,学校で性教育を行う必要性を強く感じた。
私が中学生ときの保健の授業での性教育はといえば,保健体育科の教師が教科書にのっている知識だけを講義する…というものであった。与えられた知識は正しい情報なのだろうが,性の問題に直面しはじめている私たち生徒側から見ればあまりにも粗雑であり,あまり自分自身へと残るものではなかった。高校生の頃は,進学校であり受験に関係のないからか,保健は重要視されず,体力をつける目的での体育ばかり優先されていた。実際高2で性教育を受けたのだが,生徒側にとっては遅すぎる,といった印象であったし,教師が一通り教科書を説明した後,にやつきながら,「わかるな、後は想像しとけよ」といって終わってしまっただけであった。今、高校生の間では「付き合ったら性交する派」が主流を占めている。2001年に実施された地方高校生性意識調査によると,高校生の性交を受容している生徒は約8割近くで,中学生の性交さえも5〜6割の生徒が構わないと考えているという(日本の若者の性意識・性行動の現状 第4章若者の性移ろいゆく意識とその実態 健康教育の周辺 いま押さえておきたいトピックス30 54巻66ページ2003年)私が中学生の頃を考えると、交際していてもそこまでに至っている生徒は少なかったが,中には「13歳までには処女を捨てたい」と性行動に走る友人もいた。性に関する意識・行動も各自様々なレベルであるが,「性に関することは自然に覚えるもの」という時代ではないことは明らかである。
私の生徒だったとき,先ず,教師が曖昧な態度で逃げるのではなく,もっと性教育の必要性を認識する必要があったと考える。
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教育学
学校環境衛生基準
性教育
危険行動
必要性を認識
情緒面
550 販売中 2005/07/27
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教育 心理学
子どもの「個人差」について述べよ。
同じ親に生まれ、又同じように育てられた兄弟姉妹でさえも、性格、知能、顔つき、体つきなどが異なることは誰もが経験し、知るところである。又母親達が「同じ様に育てたつもりなのに、どうしてこうも違うのかしら…」という会話を聞いた者も多いだろう。
このように、同じ親から生まれた兄姉でさえ違うのであれば、「10人10色」で10人いれば10人、1人ひとり皆違った個性や体つき、知能、考え方をもっている。これらの違いを総称して「個人差」という。
この個人差は、遺伝によるものか、環境によるものかについては心理学において多くの議論がなされてきたが、多くの研究調査により遺伝・環境、両方に影響されながら形成され、独自の「個人差」が形成されると言われている。
例えば子供時代の虐待が反社会的人間を作るとよく言われているが、ある新しい研究の結果、ある種の遺伝子を持つ人にはこれが事実であり、虐待と非行が関連付けられた。しかも虐待を受けていなくても多少反社会的傾向さえあった。そして、虐待を受けた人はそうでない人に比べて4倍の強姦、強盗、暴力の罪を犯していた。しかし、虐待だけでは犯罪の原因にならず、その遺伝子をもつ必要があり、またその遺伝子だけでも犯罪の引き金にならず、虐待の条件が必要であった。
その反面、遺伝的な制約を受けてきた子供であっても、その子を全面的に受け入れ、愛してくれる存在に出会い、辛抱強く教育されていく中で、ずば抜けた知能を発揮し開花していく子ども達もたくさんいる。
私たちは、子どもには個人差があること、その個人差には必ずさまざまな要因があることを理解するとともに、教育者の個人差もまた、子どもたちのパーソナリティ形成のための要因となることを理解し、そして「差は差別の差」ではなく、「差を認識し肯定・受容するもの」であり、その「個人差」を開花させた一人ひとりが協力して「より良い社会」を作り出していく事が出来る事を認識する事が重要である。また、この事を子どもたちにも伝えていかねばならない。私たちが子ども達の「個人差」にしっかりと目を向け向き合わなければならない理由はここにある。
①知能について;一つの運動または学習を行うに当
たって、それを実現するために費やされる時間は、子どもによって個人差がある。このような個人差は、個人的要因により決まる。この個人的要因を説明するために用いられるのが知能である。スイスの児童心理学者の発達的認識論者Jピアジュは、子供の知能や発達に関して、画期的な理論構築を行い、子どもの知的発達が段階を追って進む事を発見し、心理学の発展に大きな影響力を与えた。
①感覚運動的知能期(0-2歳):乳児は、対象の認知を感覚と運動によって行う。やがて、意図的に人や物などの対象に働きかけるようになる。8、9ヶ月以降では、じゃまになるものを退けてボールを取る、というように、手段と目的を結ぶ関係が成立し、この時期の終わりには、見えなくなったものを探すというような行動が起こる。②前操作期(2-7歳)行為が内面化し、「ごっこ遊び」をする様になる。しかし、思考は自己中心的である。③具体的操作期(7-12歳)この時期の間にもろもろの保存が成立し、可逆的操作(例えば、AとBのコップがあり、BのコップはAよりも細長いが、入る量は同じだとしても、『このコップはやせていても、Aのコップと同じくらいビーズが入っている』と判断できる。たとえみかけが違ってもビーズの量は同じであるという思考が働くこと。)も行えるようになる。自己中心性も脱し、他者との相互作用
子供の個人差
東京福祉大
レポート
550 販売中 2008/01/07
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教育 方法論
生徒の立場にたっての分かる(分からせる授業)を最近の教授・学習理論、教材研究、児童・生徒理解を観点にして述べよ。
新しい学習指導要領は、平成14年度(2002年度)から実施される完全五日制の下、ゆとりの中で一人一人の子ども達に「生きる力」を育成する事を基本として改訂され、「わかる授業、楽しい授業の実現」させ、学校が子どもたちにとって真に楽しい学びの場となることが期待されている。
子ども達の学習状況を見ると、全体としてはおおむね良好であると言えるものの、多くの知識を詰め込む授業になっていること、ゆとりをもって学習できずに教育内容を十分理解できない子供が少なくないことが指摘されている。子供たちの「学校生活の満足度」「学校の授業の理解度」を見ると、学年が上がるにつれて、満足度、理解度とも低下しているという傾向が見られる。
対策として①授業数を週当たり2時間位時間縮減➁全ての子供が学ぶ内容は、社会生活を営む上で必要とされる基礎的・基本的な内容に厳選され、教育内容は概ね三割程度削減された。➂各学校では、子どもたちが授業内容を確実に身に付けることが出来る様、分かりやすい授業を展開し、一人一人を大切にしたきめ細かい授業を展開する。④中学校で選択教科の種類を拡大するなど、子ども達が次自分の興味・関心に応じた教科や課題の学習に主体的に意欲を持って取り組めるようにし、学ぶことの楽しさや成就感を味わうことが出来るようにする事、などが実施される事となった。
そのためには、第一に「自分もやれば出来る」と言う自信を持たせる事。そして第二に「先生と生徒の間に信頼関係を築く」事が重要になる。教師は、児童・生徒の個性をあるがままに受け入れ、お互いに信頼し合える人間関係を築く努力が必要である。また教師は、日頃から、児童、生徒の生活上の興味・関心に目を向け、彼等の生活に関連あることを出来るだけ取り入れる様に心がけなければならない。
土台の無い所に家が建たぬ様に、この様な土台があって始めて生徒を指導し教えていく事が出来る。生徒は信頼を寄せた先生の言う事には従い、その先生の授業が好きになり、そして好きになった教科の学習意欲は高まる。しかし、近年第二にあげた「先生と教師の信頼関係」を結ぶ事が困難な状況にある。それは、家族関係が崩壊し、家庭で子供を教育する事が困難な家庭が増えている事で、本来家庭で教えるべき倫理道徳観を知らない子や人間関係の基本が築けない子供達が増え、学校で先生が一から指導しなければならず、多くの先生が精神的に追い詰められている現実がある。
そこで日本でも一部の地域で始まっている「学校と地域の融合」を提案したい。これは学校と地域との風通しを良くし、地域と教職員が共に未来社会を担う子供達を育てると言う試みである。核家族の世代が広まり、地域のコミュニケーションも少なくなり、少子高齢化が進む中で「家族」だけで子育てを担っていくのは大きな負担がある。無論「夫婦」が子育ての責任を負う事は基本であるが、地域の力を借りて、多種多様な人と触れ合いながら、親も子も共に学び成長していく機会が与えられる事を通じて、家庭で学べない子も学んでいく事が出来るのではないか。
また、従来までの教育方法は、「教師中心主義」であり、授業において教師が中心になって、教科書に書いてある知識をただ一方的に教えるという知識詰め込み型であった。しかし、これからは、問題発見能力や問題解決能力といった総合的な能力を伸ばすことが求められている。そのためには、「児童中心主義」に基づいて、児童・生徒が中心となった体験・参加型
最近の教授方法
学習理論
教材研究
東京福祉大
レポート
550 販売中 2008/01/08
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ペスタロッチーの教育 学
「ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ。」
「私はむしろ、人間本性の本質の中にあって、すでにそれ自体真理であり、この人間本性そのものの自主性の作用である教育の出発点を認めております」
と述べているように、ペスタロッチーもルソーと同様に、子どもには将来発展する素質が備わっており、この素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育と考えている。
彼は、子どもは生まれながらには未だ動物的であるにすぎず、この動物的衝動を根絶することが教育なのであると考える古い教育観に真っ向から反対するものである。真への認識、美の感情、善の力、これらは全て子どもが生まれながら有しているものであり、あたかも植物が発芽し成長し花を咲かせ実となっていくのと同様に、教育者は子どもの内的本性に備わっていないものを、外部から注入することは教育にふさわしくない。したがってわれわれはロックのようなタブラ・ラサ説とは異なる教育観をここに見出すことができるのである。すなわち、子どもの本性は白紙ではなく、既に将来成長する能力を内的に有しているのである。この能力を自然に即した形で伸ばしていくことが重要であり、ペスタロッチーはこの教育観を「有機的・発生的」と呼んでいる。さらに彼は、
「本能はその力を失うことなく、認識に変わるべきですし、経験はその無邪気とその汚れのない感覚を、あらゆる形態における自然の観察のための犠牲とすることなく法則に変わるべきですし、また法則はその厳密さを緩めることなく、愛に変わるべきであります」
とも述べている。つまり、子どもの内的素質を重視するという点で「有機的」であり、また自発的な成長を促している点で「発生的」でもあるというわけである。
またペスタロッチーは「探求」において、人類の進化を4つに分けている。その順序は、
(1)自発的状態、
(2)社会的状態、
(3)道徳的状態
である。最初無邪気さが現れるが、次第に我欲のために粗暴になる。そのため社会には我欲を抑える法秩序が求められる。さらに我欲が完全に抑えられ、人間性が達成される時、道徳的状態に到達することができるのである。ここでも人間を自然な形で道徳的状態にもたらすことが教育の目的とされていると言えよう。そして、ペスタロッチーは道徳性・宗教性の陶冶を重視するのだが、彼は母子の間で育まれる信頼・感謝・従順・忍耐の心が道徳的生活の基になるのだというのである。
またペスタロッチーの教育論の重要な柱として、直観の原理を挙げることができるが、直観の原理とはどのようなものか。彼はこう述べている。
「直観と感情とは、子どもの内的な能力の所産としてすでに本源的に人間的で、精神的かつ道徳的であります。人間は直観と感情をまず最初に知覚し、まさにそのことによって直観と感情それ自体と人間の内的なるものとを知覚する外界の対象から分けて、純粋に自由に直観され、感ずるのです。直観と感情とは児童と人類の純粋に人間的な、純粋に精神的な、また純粋に道徳的な文化のすべての単純な、不変の要素となり、そしてまた要素であるのです」
つまり、直観はすべての認識の基礎であるので、教育方法はまず直観でなくてはならないとされる。しかし直観において受け取ったものはまだ曖昧で混乱している。そのような曖昧な直観を明瞭な概念にすることが求められる。また、
「この直観の内にある混乱を止揚し、諸々の対象を相互に分け、相似たもの、互いに関係したものを、その表象において再び結合し、そうして、それらのものを我々に明らかにし、それらのものを完全な明白さにかたどって
佛教大学通信
教育原理
ペスタロッチー
1,100 販売中 2008/01/08
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科学と教養教育
-33-
高等教育ジャーナル─高等教育と生涯学習─11(2003) J. Higher Education and Lifelong Learning 11(2003)
科学と教養教育
北 村 正 直
*
北海道大学名誉教授
Science in Liberal Education
Masanao Kitamura
*
Hokkaido University, Professor Emeritus
1. はじめに
「今日の焦眉の課題の一つは人類の文化の中での科
学の位置づけである。」これは科学史,科学哲学の分
野でのリーダーの一人であるハーバード大学のホル
トン教授が最近の著書“Einstein, History, and Other
Passions”(Holton 1997)の序文において最初に記した
言葉である。アメリカでは70年代頃より人文学,社
会学の分野で科学批判が強まってきた。しかし,この
批判は非科学的傾向から更に反科学,反理性的な様
相をもつようになってきた。このような傾向を彼は
憂慮し彼は93年に“Science and Anti-science”(Holton
1993)を著し,この問題を取り上げていた。ここでは
更に科学に対する批判を広く取り上げアメリカの大
学における一般学生の科学教育の問題点と共に論じ
ている。
実は彼はすでに60年代に欧米の知識階級の間に在
る科学に対する批判的な傾向に気付いていた(Holton
1964)。彼は後になって当時の傾向を“Romantic
Rebellion”と呼んでいる。この科学批判の一つは,現
代科学に対する感情的な不満から発しているものであ
る。このような批判者は非常に深く科学を理解しては
いるが,現代科学の新しい概念は感情的に受け入れ難
いようであった。彼等の言い分を一言でまとめると
「中世には,人々は有機的な世界像があり,哲学者も
文学者もそれが“理解”できた。しかし,現代の科学
は自然の微小な各構成部分について調べ,全体につい
ては扱おうとしない。その結果,科学は人類から生き
Abstract─We are living in a weird period, a postmodern era, where any established, objective knowl-
edge is denied and replaced by subjective opinion, even a scientific theory is labeled as a social con-
struct. In this paper we try to trace the origin of such queer ideas and examine the prevailing claims
presented by some proponents, and conflicts between them and their critics, mostly from science. Fi-
nally, science in liberal education for the new era is discussed, since such ideas have permeated science
and mathematics education throughout the world, including Japan, and it is increasingly
アメリカ
科学
哲学
文学
問題
大学
現代
理解
全体公開 2008/01/14
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社会教育 レポ
「社会教育の歴史的返還、問題、今後の可能性について」
まず始めに、社会教育と学校教育はどのように違うのだろうか。なぜ国家は学校教育のみにとどまらず社会教育という概念を造ったのだろうか。日本の「社会教育」に相当する概念として、諸外国では「成人教育(adult education 米、英)」、「民衆教育(Volksbildung 独、education populair 仏)」、「継続教育(further education 英)」、そしてユネスコの提唱する「生涯教育(Lifelong Education)」がある。社会教育とは各国特有のもので各々が教育という営みをどのように考えるかによって発展の仕方が違ってきた。それは歴史とも密接な関係があり、一種の文化とも言えよう。それでは、我が国の社会教育はどのような発展を見せてきたのだろうか論じていくことにする。 まず、日本の社会教育体制は戦争の終焉を境にだいぶ異なっている。戦前は政府による国民教化であったものが、戦後は国民が自ら考え学習しようと思うようになった。学校教育は大人にとっては義務であり、子供にとっては権利である。現代の学校はしっかりとしたカリキュラムが組まれ、さらには期間まで決められている。これは国民に対しとても親切なように見えるが、見方を変えれば「強制」と捉えることもできる。もちろん国民は必要最低限の知識は持っていなければならない。しかし、社会教育とはそういったものではない。社会教育で大切なことは「いつでも、どこでも、誰とでも、なんでも、自由に、無料で」学習ができることである。細かく説明すると、四つの特徴が挙げられる。①学習者は個々の目的をもって活動に参加している。学校教育はあらかじめ内容が決められており、授業が課せられている。②学習者は自発的に活動に参加している。学校教育では、義務教育の場合は意欲に関係なく否応なく行くべきところとされる。③一つの学習活動においても、学習者の学歴、年齢、生活の属性は多様である。(学校教育では、学級が同学年の児童生徒で編成されていることが一般的。)④教育活動の内容が多様で制約されない。以上の四つであり、国民は誰でも学ぶ権利を持っていて、行政や自治体はその要求に応える必要があるのだ。
先にも述べたように、日本の社会教育は戦前、国民教化であったものだが、戦後は歴史的に見ても社会教育は時代と共に変化する傾向がある。現代の社会教育の基盤となっているものに戦後提唱された社会教育の概念がある。これらは日本国民が生み出した輝かしいものとして今でも受け継がれ、真の社会教育を実現させる上での大きな指標となっている。社会教育の概念の定義の一元化は見ていないが、社会教育法第2条には社会教育の定義として、「この法律で『社会教育』とは、学校教育法に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年および成人に対して行われる組織的な教育活動(体育およびレクリエーションの活動を含む)をいう。」とある。そもそも「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」(教育基本法第2条)と規定されているが、ここから学校教育も社会教育もともに、公教育を支える柱の一つであると考えられる。
しかし、健やかな人間形成を考えたとき、学校教育には学校における学歴偏重主義の弊害など大きな問題が存在している。日本は学歴偏重主義の学歴社会である。学歴社会とは、社会における待遇をその人の学歴によって評価し、決定する傾向の強い社会のことである。あるいは、多くの人びとがそうであると信
社会教育
全体公開 2008/01/14
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教育 相談の研究
『学校カウンセリングの意義・方法および今後の課題について述べなさい』
カウンセリングには大きく分けて二種類ある。一つは治療的カウンセリングであり、もう一つは発達援助的カウンセリングである。学校カウンセリングは発達援助的カウンセリングをさす場合が多い。
では、何故学校現場においてカウンセリングが必要なのだろうか。
現在、学校では、いじめ、不登校、非行、学級崩壊などのさまざまな教育的問題が数多く起こっている。そういった問題行動を引き起こす子どもは、心や家庭になんらかの問題を抱えている場合がほとんどである。そういった悩みをカウンセリングによって解決することで、社会問題となってしまった教育問題を減らしていくことが学校カウンセリングの一番の意義である。また、「ゆとり教育」によって引き起こされた学力低下や学力の二極化から、いわゆる「落ちこぼれ」になってしまった生徒への対応としても学校カウンセリングは有用なのではないだろうか。さらに、将来、子どもたちが自立した時、豊かな社会生活が送れるように心身の発達を促し、必要なライフスキルを身につけさせるという側面も持っている。
次に学校カウンセリングの方法について考えてみる。一般的なカウンセリングは次のような流れで進んでいく。 まず相手の思っていることをしっかり聞くことから始める。直接的な指示をするのではなく、クライエントの立場に立って話を聞いてくれる人であるということが、クライエントに伝わるように聞いていくのである。その結果、徐々に自分から進んで話をするようなっていく。さらに、カウンセラーがクライエントを無条件で受容し共感することで外向的になり、自己表現が出来るようになる。次に、仲の良い少数の友人と遊びや運動などを通して交わるよう指導するとともに、その時の様子や気持ちを共感的に聞いていくのである。ここまでくれば、クライエントの環境適応能力は改善され、自分の悩みや問題を解決する力がついてくる。
発達援助的カウンセリングは治療的カウンセリングと違い、症状や悩みや問題を解決することが目的ではない。あくまでも、クライエントに症状や悩みや問題を解決する力の発達援助をすることが目的なのである。つまり、生徒自らが抱えている問題を解決出来るように手助けすることが発達援助的カウンセリングの真の目的なのである。では、学校現場ではどのようなカウンセリング方法が考えられるだろうか。
学校カウンセリングでは、対面でのカウンセリングによる個人へのアプローチは基本であるが、授業、学級経営、学校全体の取り組み、家族や友人への働きかけなど様々なアプローチを総合的に実施することで、相乗的な効果を引き出すことができる。学校生活の場・日常生活の場で行われるため、随時、実施する機会がある。休憩時間、放課後、行事や授業など様々な場面を利用し、児童生徒の自己管理や他者理解を深めさせ、自己コントロール力や対処スキルを向上させることができる。具体的な方法として、開発的カウンセリング・予防的カウンセリング・問題解決的カウンセリングの援助段階に分けて考えることができる
開発的カウンセリング
開発的カウンセリングは、生徒の心理的な発達を促進し、社会生活で必要なライフスキルを育て、困難な問題に対処する力やストレス耐性を高める活動である。これらは、生涯にわたる発達課題達成の支援であり、全ての生徒が対象となる。教科学習、特別活動、総合的な学習などの学級、学校全体の教育活動を通して実施する。主な活動内容としては、「人権教育」、「ライフスキル教育」、「キャリア教育」などがある
佛教大学
レポート
教育相談
カウンセリング
550 販売中 2008/01/21
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教育 実習を終えて
四週間の教育実習では連立方程式の文章問題を教え、研究授業では一次関数の導入だったため、私が中学生のころと比べて「新指導要領」に差はありませんでした。そこで塾や家庭教師で教えていて困ったことについて述べます。
以前は「不等式」は中学三年生で習ったのですが、現在は高校で習う単元となりました。そこで変域を求める問題が解けなくなりました。教科書の範囲では一次関数のグラフを書くことによって、変域を求めることができます。しかし宿題で渡るプリントには難しいものもあり、文章題を連立方程式で解くとき、同時に値域を求めさせる問題も出ています。これは不等式を習えばすぐに解けますが、習っていないのでひとつずつ順を追って考えさせなければなりません。これだと、数学が得意な生徒は問題が変わっても理解できますが、ほとんどの生徒は問題が変わると解けなくなってしまいます。ただでさえ生徒は文章題を嫌がります。生徒は飽きやすいので理解できないとやる気もなくしてしまいます。
中学校は四週間あるため、学校の面白いところと悪いところの両方が見えてきます。道徳の授業を担当したとき、指導教官に題材や目的、授業の進め方を伝えました。そのあとで指導を請うと、「あなたは理工学部ですよね。教育学部でしっかり教育されていない人が教師になるなってかんじなんですよー。」と言われました。今思うと本気で教師になりたいのかを試していたのかもしれませんが、当時の私はショックで返す言葉もありませんでした。どちらかというと人間関係では生徒とよりも教師とで苦戦しました。教師の年齢はばらばらで、年配の教師が若い講師の陰口を言っていたり、その逆もあったり。学活の時間に何をやっているのか聞いたところ、「そんなのてきとー。」と言われたり、なぜ教師を目指しているのかを尋ねたところ、「給料がいいから。」と言われたり。
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教育実習
体験談
教師
550 販売中 2006/01/20
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教育 実習を終えて
私は中学2年生の歴史を担当するということを事前に聞かされていたので、中学の歴史教科書に目を通す程度の下準備をした。しかし実際に実習の1週目などは、授業見学に当てられることを知っていたこと、またどの範囲から行うかなどについては未定だったために、特別な準備はしなかった。
実習が始まると、他の先生方や実習生の授業を見学し勉強すると同時に、教材研究を行っていく。この教材研究が曲者で、やりこめばやりこむほどどんなに時間があっても足りないものだった。自分が教えることをイメージしながらの教材研究は、あれはどうなんだろう?これはどうなんだろう?というように、自らの授業に対して自己評価することで再三改善しなければならなかった。指導教員の先生だけでなく、実習生にもアドバイスをもらったりと1回目の授業を行うまでは、落ち着きのない時間をすごしていた。
そしてむかえた1回目の授業。おそらく大学生活で最も緊張した50分間だったのではないだろうか。
レポート
教育学
教育実習
教職
教員
550 販売中 2006/02/08
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新しくなった ハッピーキャンパスの特徴
写真のアップロード
ハッピーキャンパスに写真の アップロード機能ができます。 アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt .gif .jpg .png .zip
一括アップロード
一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
管理ツールで資料管理
資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
資料の情報を統計で確認
統計では販売収入、閲覧、ダウンロード、コメント、アップロードの日別の推移、アクセス元内訳などの確認ができます。
資料を更新する
一度アップロードした資料の内容を変更したり、書き加えたりしたい場合は、現在アップロードしてある資料に上書き保存をする形で更新することができます。
更新前の資料とは?
一度アップロードした資料を変更・更新した場合更新前の資料を確認することができます。
履歴を確認とは?
資料のアップロード、タイトル・公開設定・資料内容説明の変更、タグの追加などを期間指定で確認することができます。