連関資料 :: 政治
資料:495件
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日本史1(鎌倉幕府と執権政治について)
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『鎌倉幕府と執権政治について』
鎌倉幕府の確立を成し遂げた源頼朝は、正治元年(一一九九年)1月に突然死去した。頼朝の嫡子だった頼家が後を継ぐものの、頼家の専制がひどく、また頼家が若年であったこともあり、政務を任せることに不安を抱いた有力御家人が「十三人の合議制」を築いた。「十三人の合議制」とは頼家に代わって裁判と政務を執行する政治体制である。この合議制の中心にいたのが頼家の外戚にあたる北条氏である。しかし、将軍位を争う血なまぐさい権力闘争の根は絶たれることはなかった。有力御家人らによる権力闘争が現実のものとなり、正治二年(一二〇○年)に北条時政・義時父子は有力御家人であった梶原景時を討伐し、建仁三年(一二○三年)には頼家の外戚に当たる比企能員を殺害した。ここに北条氏の台頭が始まったと言えるだろう。
建仁三年(一二○三年)北条時政は頼家を伊豆の修善寺に幽閉する。そして、元久元年(一二○四年)に頼家の弟にあたる実朝が次の三代目将軍に就くと頼家は時政によって殺害された。時政は将軍の実朝を補佐して「執権」という地位に就き、政治の実権を握ることになる。ここに「執権」制が成立することになる。
翌年の元久二年(一二○五年)に時政は娘婿の平賀朝雅を将軍にしようと試みるが、時政の子の義時と北条政子はこの動きに反発し、有力御家人と連携して時政を引退させると共に、平賀朝雅を抹殺した。この事件で「執権」は時政から義時へと移る。
北条義時は北条氏権力の確立に努めたが、侍所別当の和田義盛が対抗勢力として現れた。政所別当の義時は建保元年(一二一三年)に和田義盛を破り、侍所別当の地位を手にして幕府内における地位を高めることに成功する。
一方、このころ朝廷では後鳥羽上皇が和歌などの芸能を通じて将軍の源実朝と深く結びつき、間接的な幕政の介入を目指していた。また武芸にも深い関心を持っていた後鳥羽は武士団を統率し、かつての後白河のような国政の主導権を発揮しようとしていた。
そのような中、武力紛争の絶えない幕府の状況は、承久元年(一二一九年)頼家の遺児の公暁が将軍の源実朝を鶴岡八幡宮にて殺害するという最悪の事態に陥る。表面的には源家の家督争いだが、その背景には義時の謀略も想定される。幕府は摂関家出身の藤原頼経を将軍に迎え、公武の融和をはかるも後鳥羽は幕府打倒の意思を固める。これが承久三年(一二二一年)の承久の乱へと続く。これは幕府側の勝利に終わり、幕府軍を率いた北条泰時・時房は六波羅に常駐し、六波羅探題が成立する。これにより幕府側の京・西国支配体制が築かれて、国政の主導は完全に幕府へと移行した。
義時の後に「執権」となった北条泰時は、義時や政子といった幕府創業世代の死去による世代交代期の混乱を防ぐために叔父の時房を「執権」の補佐役である連署にあて、有力御家人の最高合議機関である評定衆をおき、集団指導体制を確立する。
承久の乱後、急増した訴訟問題などに対して、貞永元年(一二三二年)に泰時を中心として、理非に基づく合議採決の基準を定めた御成敗式目と呼ばれる武家法が制定される。これは武家による最初の本格的成文法で、以後永く模範とされる。泰時の「執権」期の幕府の体制は、将軍専制政治より執権政治という新たな段階へ移行したと評価することができる。
仁治元年(一二四〇年)に連署時房が、仁治三年(一二四二年)には「執権」泰時が相次いで没し、次の「執権」の北条経時は病弱であったために、北条時頼に「執権」を譲った。この様な状況下、「執権」北条氏に対抗する勢力が将軍頼経周辺に形成されはじめる。当初権力基盤の弱
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日本史
鎌倉幕府
執権政治
佛大
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政治的無関心の三形態についての分析
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政治的無関心の三形態についての分析
はじめに
私は政治に関心をもっているが、なかでも今最も興味があるのは政治的無関心である。政治的無関心とは様々なタイプに分類できるが、中でも
屈折的無関心:本当は政治に参加したいという欲求を持っているが、自分が参加しても大した影響は及ぼせないと考えて政治に距離を置いている状態。
伝統型無関心:政治的な情報・知識を持っておらず、政治は自分と無縁なものと考えるタイプ。
現代型無関心:政治を他人事のようにとらえ、政治に関連したいという気持ちをなくしているタイプ。非行動的で傍観者的な態度。
などがあげられる。国民はどのような政治的無関心に陥っているのか。本調査で分析する。また、上記のように類型はいろいろあるが、本調査ではそこまで調べられないため割愛する。
そして、政治的無関心に陥っている人はどのような環境の人が多く、どのような行動を起こす傾向があるのか。本調査で分析していきたい。
なお、金沢調査のデータは2007年7月29日の参議院議員選挙の約1ヶ月後の8月27日から1週間後の9月3日までの間に本選挙の意識調査を金沢市の有権者を対象に実施した。
金沢調査の概要
母集団
金沢市選挙人名簿
金沢市の有権者36万人から無作為に抽出した1500人を対象
回収方法
「郵送」
回収率
サンプル数:1500人
回収票数:771人
有効回収率:51.4%
1.本調査で求める事柄
(1)なぜ政治的無関心は起こるのか。
(2)政治的無関心に陥っている人はそれぞれに際立った際は見られるか。またそこから映し出される日本の政治的無関心の問題点は何か。
2.分析
(1)‐1 概要
まず政治的無関心の概要を知るためにQ8の棄権理由を使用する。
[表1] 棄権した人の棄権理由
棄権した人
パーセント
用事
35
11.9%
病気
21
7.1%
面倒
15
5.1%
無関心
28
9.5%
情報不足
25
8.5%
選挙のしくみ不明
5
1.7%
投票しても結果同じ
23
7.8%
無風
10
3.4%
無期待
53
18.0%
変わらない
62
21.1%
その他
17
5.8%
294
100%
政治的無関心である屈折的無関心、伝統的無関心、現代型無関心は上の表でおのおの
①屈折的無関心:「投票しても結果同じ」「無風」「無期待」「変わらない」の4つ
回答数148(多重回答可) 全体の回答% 50.3%
②伝統的無関心:「情報不足」「選挙のしくみ不明」の2つ
回答数30(多重回答可) 全体の回答% 10.2%
③現代型無関心:「面倒」「無関心」の2つ
回答数43(多重回答可) 全体の回答% 14.6%
に分けられる。これからの分析・考察はQ8の棄権理由でどこに回答したかで政治的無関心の3つの形態に分けたものを使う。なお、用事、病気、その他は政治的無関心に関連がないため省くとする。
(1)-2こるのか
まず、屈折的無関心は何によるものなのか。説明変数に屈折的無関心、被説明変数にQ18年齢を掛け合わせてみる。そしてカイ2乗検定・クラマーのV係数を用いる。
[表2]屈折的無関心と年齢のクロス集計表
年齢
20-29歳
30-39歳
40-49歳
50-59歳
60-69歳
70-79歳
80歳以上
NA
合計
屈折的
無関心
度数
11
20
20
24
7
6
3
1
92
%
20.0%
22.0%
19.8%
13.4%
4.4%
4.6%
5
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伝統的無関心
現代型無関心
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ウイルソン大統領が提唱した (西洋政治史 分冊2)
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ウィルソン大統領が提唱した「14か条」提案について考察しなさい
第一次世界大戦末期の1918年1月8日、アメリカ合衆国大統領ウッドロー・ウィルソンは、第一次世界大戦後の世界平和実現に向けての構想、いわゆる「14か条」演説を発表した。これは、パリ講和会議の基本原則となった。その提案について詳しく見てみよう。
第一次世界大戦の勃発に際して、アメリカ合衆国は中立を宣言したが、大統領ウイルソンは中立国としての合衆国が講和を斡旋し、これを通じて権力政治を廃した自由主義的な新しい国際秩序を樹立することをめざした。彼は腹心のハウスをイギリス、フランス、ドイツに派遣して和平工作を行わせ、国際連盟設立を提唱し、直接交戦国に講和会議開催を呼びかけ、また1917年1月 “勝利なき平和“を訴えた。合衆国の参戦(1917年4月)後も、自由主義的な講和を連合国の戦争目的たらしめることを望んだが、折しもロシア十一月革命がおこり、ソヴィエト政権が交戦国人民に帝国主義的な現政権を打倒して平和を回復するよう訴えると共に、ドイツと単独講和交渉に入る自体が生じた。ここにウイルソンは彼の構想する戦争目的に連合国を結集させ、
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法人の目的の範囲(八幡製鉄政治献金事件)
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本件で主に争点となったのは以下の3つである。まず、目的の範囲(43条)とは何の範囲を定めたものなのか、言い換えると、何を制限したものなのかということである。次に、「目的の範囲」という文言の中の「目的」の意味についてである。さらに、政治献金は会社の目的の範囲内であるかということである。
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八幡製鉄事件
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「現代デモクラシーとマスメディアの日本政治における関係と今後の課題」
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現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割・問題点を、特に政治の観点から列挙し、両者の密接な関係性を示す。さらに、メディアの情報は、本来何を目的として発信され、社会にどのような影響を及ぼすべきなのかを考え、そこから今後のマスメディアと市民との付き合い方を、メディア・リテラシーという視点を元に述べる。
マスメディアは、情報を提供する機能を持つが、その機能は現代社会において様々な役割を担っている。この役割については、三つの要素が挙げられる。
現代社会におけるデモクラシーは、マスデモクラシーとも呼ばれ、社会だけではなく、それに関わっているメディアも大規模なものになっている。普通平等選挙においても、その膨大な有権者数に対して候補者の政策を伝えるために、マスメディアは不可欠なものである。
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