資料:376件
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基本的人権の尊重について述べよ。
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絶対王政の時代において、憲法は権力の保持者が被治者を統治するためのものであるという意味合いが強かった。しかし、フランス革命やアメリカ独立宣言をきっかけに制定された近代憲法は、統治者・被治者が合意の上で文書化した国家の最高法規であるとされている。近代憲法とは、国民が、国民の代表となる議会を通じて国の政治に参加する「国民主権」、立法・行政・司法を個別の機関に担わせ権力の分散をはかる「三権分立」、すべての人が人としてその存在を認められる「基本的人権の保障」の3つの特徴を備えるものをいう。
日本国憲法では、基本的人権を「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのでききない永久の権利として信託されたもの(第97条)」と規定し、過去たびたび権力者によって侵害されてきたことをかんがみ、「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない(第12条)」としている。また、すべての国民は基本的人権の享有を妨げられることがなく、「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる(第11条)」。
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憲法
福祉
人権
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民法
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宗教
法学概論
550 販売中 2011/08/02
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基本的人権の尊重について述べよ。
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「基本的人権の尊重について述べよ。」
Ⅰ.はじめに
基本的人権とは、人間が一人の人間として人生をおくり、他者との関わりを取り結ぶにあたり、決して侵してはならないとされる人権のことである。人権は、すべての人間が生まれながらにして持っている権利である。
Ⅱ. 基本的人権の歴史
基本的人権の概念は、17・18世紀のヨーロパにおける市民革命において主張され始めたと言われている。主に、人権の中で自由権が主張され、専制政治によって自由が抑圧されたことに対しての対抗として主張された。
この自由権は、財産・政治活動の自由として、資本主義経済発展の下となった。清教徒革命(イギリス1649年)・権利章典(イギリス1689年)・独立宣言(アメリカ1776年)・人間宣言(フランス1789年)などが、その古典的なものである。ところで、18世紀の自由放任経済は、人びとの間に経済的格差を生み、貧困等の社会問題を噴出させた。そこで20世紀的な社会権が成立した。
「ワイマール憲法(1919年)」は世界にさきがけて社会権を保障した憲法典として著名である。
1948年の国際連合総会において、18世紀的・20世紀的な人権を含んだ、「世界人権宣言」が採択された。この宣言は、「すべての国の人民およびすべての国家が達成すべき」人権についての、「共通の基準」であり、基本的人権を30条に亘って規定している。
わが国では、18世紀的な自由権・20世紀的な社会権を内容として保障している「日本国憲法」が1947年5月3日に施行された。憲法第97条は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果である」と表現し、「これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と規定している。
Ⅲ.様ざまな人権
1. 平等原則
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憲法
日本
人権
経済
社会
自由
文化
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基本的人権の尊重について述べよ
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「基本的人権の尊重について述べよ」
1.基本的人権の成立した背景
基本的人権の概念は、17世紀から18世紀のヨーロッパにおいて始まったといわれ、特にイギリスやフランスで生まれたというのが一般的な学説である。当時のヨーロッパは封建的な身分制社会であり、一定の身分に縛られ、身分に応じた生活しか許されなかった。身分が下位の者は、上位の者に対して服従しなければならず、その頂点に君主(国王)が君臨していたのである。君主こそが国家の主人であり、国民はその下僕であるという絶対君主の世の中であった。そして、君主権力の絶対性を擁護する為に、王権神授説という考えが生まれた。
一方、このころのヨーロッパでは、これに異議を唱えるような思想が生まれた。それは、ロックやルソーに代表される社会契約説である。市民は君主に対して異議を申し立て、抵抗することができると主張したものであった。これにより、絶対君主に対する不満が頂点に達したとき、君主の権力に力で抵抗する革命という形で一気に噴出したのである。イギリスでは清教徒革命(1649年)、フランスではフランス革命(1789年)、アメリカではアメリカ独立革命(1765年)が起こった。君主に対して権力を勝ち取った市民は、その勝利の証として、生まれながらに自由で平等であることを高らかに宣言する文書を発布した。アメリカ独立宣言(1776年)は、「すべての人は平等に造られ、造物主によって一定の奪いがたい天賦の権利を与えられており、その中に生命・自由および幸福の追求が含まれていることを信ずる。」と謳っている。また、フランス人権宣言(1789年)は、「人は自由かつ権利において平等なものとして生まれ生存する」と高唱した。このとき、宣言された「自由」と「平等」が、現在の基本的人権の原型として成立したのである。つまり、基本的人権は権力からの自由と自由の享受における社会的弱者の為に生まれた武器なのである。
2.基本的人権の意義
日本において基本的人権は日本国憲法が保障している。国の最高法規として、第97条では「この法案が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と基本的人権の本質を規定している。すなわち、基本的人権とは、第1に、普遍的に保障された権利であり、一部の国民だけの権利ではない。第2に、人間が生まれながらにして持っており、人間に固有のものである。したがって、誰からも侵されることもなく放棄することもできない不可侵の権利である。第3に、現在のみならず、未来も含めたすべての人間に、等しく与えられた永久の権利である。このように基本的人権は「普遍性」、「固有性」、「永久性」の三つの特徴をもっている。
日本国憲法は日本国内において効力が発揮され、主として日本国民が基本的人権の保障対象となっている。なお、日本国民に該当する者は、第10条で「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」こととされ、国籍法が制定されている。基本的人権は、個人(自然人)を念頭に置いたものであるが、憲法の性質上できる限り、法人にも適用される。外国人が基本的人権の享有できるかについては、マークリン事件(最大判1978年)の判例で、「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。」としている。
日本国憲法が保障している基本的人権は、決して無制限に行使できるものではない。人
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日本
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平等
550 販売中 2007/11/26
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S0536 人権(同和)教育
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佛教大学通信教育課程 S0536 人権(同和)教育 第一設題
『50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括すること。また、人権(同和)教育の意義と学校における人権(同和)学習のあり方を具体的に論述すること。』
2016年度作成 B判定
参考にしていただければと思います。
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佛教大学
レポート
第1設題
教員
教職
佛大
通信
S0536
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看護倫理レポート:人権とケア
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医療系大学の看護倫理に関するレポートです。身体拘束を例に看護倫理を記述しています。もらった評価はAです。この程度でいいのです。数年経過しているため、レポートによっては古い考えになっているものもあるかもしれません。あくまでも参考にされて、肉づけを行ってくださいね。
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看護
看護倫理
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「人権小国」日本の難民政策
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●難民不認定
9・11テロ事件の後にアフガニスタンでタリバン、アル・カーイダ掃討作戦が行われた際、アフガニスタン人の難民が生じ、受け入れ申請が各国で行われたが、2001年の1年間に日本で難民申請したアフガニスタン人の難民78名のうち、難民として認定されたのは3名のみ。大半は「生命に危険が及ぶので帰国できない。」と訴えながら、強制送還の恐怖にさらされている。
・そもそも難民とは何か
難民の定義や現在における難民制度は、第一次世界大戦、ロシア革命と続く20世紀の戦争と革命の中で、慣例的な形で徐々に制度化され、最終的に、第二次世界大戦後の1951年に制定された難民条約と難民議定書によって、基本的な枠組みが整った。
この条約及び議定書では、次の要件を満たす者を難民とすること、難民条約の締約国は、難民と認めた者を保護し、一定の法的地位を保障し、社会生活・福祉・行政上の援助を与えることとなっている。その条件とは、
○人種・民族・宗教・特定の社会的集団・政治的意見を理由として、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、国籍国の保護を受けることが出来ない者、または国籍国の保護を受けることを望まない者。
というもので、これが難民認定の基本的な定義となっている。国連は、こうした条件にあてはまる難民を保護するために「国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」を設け、具体的な難民救援に当たっている。また、各国の難民情勢についての資料の提供や、あるべき難民認定の方法などについての基準作りなども行っている。
●厳しい認定条件
難民不認定となったからといって、すぐに強制送還となるわけではなく、在留特別許可が認められる場合もある。
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レポート
社会学
難民
政策
人権
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S0536(2014)人権(同和)教育
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京都市における戦後の同和教育行政を時系列に述べ、同和教育の意義、人権教育のあり方を述べる。
1945年4月戦前の行政機構である厚生局厚生課に同和係が設置され、程なく終戦を迎え京都市の行政も新憲法のもと同和係は民生局に移管された。1950年不良住宅地改良法による住宅改良事業に京都市は着手した。一戸あたり12.5坪(約40m2)とかなり広く画期的であった。同和係は1951年京都市同和地区生活実態調査を実施し、市は各種の改善事業を計画する。同年生起したオールロマンス事件によりそれら事業の多くは前倒し実施され、京都市の同和行政は一気に加速された。
1951年部落解放委員会京都府連合会はオールロマンス差別事件糾弾要綱で「差別は市政の中にある」と断じ、行政区分における差別性を指摘し、同和地区児童生徒の「不就学児童を亡くす対策を即時に立てること」を同和教育行政における最重要課題と位置づけた。具体的には「生活困窮家庭の児童、生徒への学用品の無料支給、無料で完全な給食の実施」の要求を京都市に行った。この糾弾闘争を受けて京都市は「今後の同和施策運営要領」を策定し、戦後はじめての同和教育費200万円を52年度予算として計上し、その後も年々増額する。当時、同和教育予算の多くを占めた同地区児童、生徒に対する特別就学奨励費はその後も長期間同和地区家庭に給付され、同和地区児童、生徒の長欠、不就学率の更なる減少が期されることになる。事件当時同和地区の長欠児童生徒数は小学校で6.5%(0.6%以後括弧内は京都市)中学校では28.7%(2.8%)と数字がと跳ね上がる。どちらも京都市平均の10倍である。10年後の1962年度、同和地区の長欠児童生徒数は、小学校で2.8%(0.6%),中学校で、5.1%(1.0%)と大幅に減少する。こうして、明治初期の学校創設期以来、同和地区が抱え続けてきた長欠、不就学問題は、行政が予算を伴った具体的な教育施策を実施して、ようやく解決の方向に向うことになった。
オールロマンス事件を契機として同和地区児童生徒の教育環境の充実が要望され、戦前から自主的な活動として行われていた補習教育が1955年補習学級として制度化された。1964年教育委員会は"補習学級の制度化以来同和地区児童、生徒の学力は一定の向上を見てきたものの(同和教育の概要1964)"と概観したが、十分なデータに基づくものではなく、高校進学率が全市水準の50%以下という明らかな格差が当時の同和地区児童、生徒の学力の実態を表し、補習学級制度事業は10年間で十分な成果を上げていなかった。
この実態の克服を目指し、1963年度補習学級から独立した進学促進ホールが制度化され、補習学級の取組も強化された。翌1964年学力、進路保障こそが、同和問題の解決に寄与する教育の営みとして最優先されなければならないという決意のもと「『学力向上』を至上目標とする」京都市同和教育方針が策定された。
1965年同和対策審議会答申において、同和地区の劣悪な実態が差別を再生産していることが指摘され、市民権利を保障させる闘いが、1969年の 同和行政の法的、経済的支柱となる「同和対策事業特別措置法」公布施行へと結びついた。
1969年京都市同和対策長期計画(第一次試案)が策定された。様々な同和対策事業が急ピッチで進められてはいたものの住環境はまだまだ劣悪なものであった。6畳一間に八人家族の八軒長屋が残る中、同和地区生徒が進学促進ホールや補習学級に参加した。1960年代、同和地区の地域改善事業は改良住宅建設のラッシュを迎えていたが、京都市内の改良住宅の建設が一応終了するのはこの20年後に当たる。
学習するための公共施設である学習センターが1971年 錦林、楽只両地区に建設されて以来12年間に14の学習センターが京都市内の同和地区に建設された。京都市教育委員会の直轄施設として指導主事が常駐し、センターの管理運営に当った。補習学級や、進学促進ホールといった義務教育の保障に関わる同和教育施策はもとより、高校生学習会、識字学級なども開設された。
1963年京都市の半分にみたなかった同和地区生徒の高校進学率は、10年後1973年92.8%(93.9%)と京都市と飛躍的に向上し、その後最大格差10ポイント未満と高い水準で推移する。
高校進学率の倍増という数字を追うならば、行政主導による同和教育施策プロジェクトとしては世界的にも類を見ない成功例といえる。ただ、保護者をはじめとする同和地区住民の期待と応援、それを背負った子供たち自身の頑張り、学校教員の献身的な指導、それらを機能的に働かせた同和施策が短期間のうちに驚異的とも言える数字を作り上げたともいえる。
77年度の「学校指導の重点」で「主体的条件の確立」が明記され、「同和地区出身者としての自覚や部落差別の現状認識(不足の自覚)を通して児童生徒自ら学力意欲を高める」取組が始まった。具体的には、80年度から幅広い学力の定着を目指した「すその学習」が取り組まれ、基礎学力定着対策としての中学年対策、個別指導、責任指導体制などが取り組まれていく。90年度には「同和問題解決の主体者として、社会の様々な分野に進出し自らの個性と能力を発揮し、豊かな生活を築くと共にあらゆる差別をなくす人間として成長する子供」を同和地区児童、生徒の「あるべき姿」と規定し、「自立促進と格差是正」が示され、取組の見直しが進められていく。
それでもなお、1977-96年の20年間の同和地区の大学進学率の平均は25%(43%)と明らかな格差があり、高校の中退者は3倍、中学校段階で顕著化する学力の落ち込みなどの「同和地区児童、生徒の低学力問題」は、解消されずに残されている。
同和問題は、日本国憲法に保障された基本的人権に関わる問題であり教育基本法第三条(教育の機会均等)において、「すべての国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機械を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は、門地によって、教育上差別されない。国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的利用によって就学困難な者に対して、奨学の方法を講じならなければならない」と記されており、同和教育は、まさにこの条文に記された理念の実質化を目指した実践であった。日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく部落差別に起因して、奪われてしまった教育を受ける権利の保障、とりわけ、教育の結果としての学力・進路の保障、そして、差別の悪循環を次世代に引き継がせないこと、「実態的差別」が生み出す「心理的差別」の解消、同和問題をはじめとするあらゆる差別の解決のために行動できる子どもの育成など同和教育の意義が実際に実践され、成果を挙げてきた。
それでもなお残る格差に対し、各校においては、常に目の前の子供の実態から出発し、その実態を生み出している背景の理解の上に立って、そうした子供たちの課題に焦点を当て、主体的努力を引き出し、社会の中でその個性と能力を発揮し自立して生活できるように支援していかなければならない。全ての人権が尊重され、あらゆる差別を許さない社会にしていくために、単に知識を与えるのではなく、常に子供の心を揺さぶり、自らの言動を振り返らせ、子供たちの生き方を高めることを目指しながら、人権尊重という普遍的な視点に立った指導と、それぞれの人権問題固有の歴史的経過や社会的背景課題をふまえた指導、発達段階に応じた人権に対する認識を育てる指導の適切な推進によって、こどもたち一人一人に人権尊重の精神を養い、人権問題解決に向けた実践態度を培う必要がある。
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S0536
2014
人権教育
同和教育
550 販売中 2014/06/24
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法人の人権享有主体性について
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設問1:法人は人権の享有主体になりうるか
そもそも、人権とは個人の権利であるから、その主体は本来自然人でなければならない。そこで、法人は自然人ではない以上、人権の享有主体となり得ないのかが問題となる。
これについては、性質上可能な限り法人も人権の享有主体となり得ると考える(性質説)。
その論拠としては、第一に、法人は現代社会において一個の社会的実体として重要な活動を行っていることが挙げられる。現代社会においては、表現の自由のみを取り上げても、マスメディアが重要な部分を担っており、マスメディアたる新聞社や放送局の表現を憲法上保障する必要がある。また、現代におけるわが国の社会的経済的発展には、法人の財産的な保護は必要不可欠である。第二に、法人の活動は自然人を通じて行われ、その効果は究極的に自然人に帰属することが挙げられる。
この点、最高裁も、八幡製鉄政治献金事件判決(最大判昭和45.6.24)において、憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能な限り内国の法人にも適用されると判示している。
それでは、人権保障が性質上可能な限り法人に適用できるとして、そのような人権は何であろうか。これについては、人間個人にとって自然の属性と考えられる領域の人権、つまり、生命や身体を害されない権利、内心の自由、生存権等は、自然人にのみ認められる権利であり、法人には認められないと考える。また、選挙権、被選挙権も権利の性質上法人には認められない。しかし、他の多くの人権保障は法人も享有できる。財産権、営業の自由、居住移転の自由のような経済的自由権はもとより、請願権、裁判を受ける権利のような国務請求権、通信の秘密、適正手続、住居の不可侵、刑事手続き上の各種の権利等が法人には認められる。ただし、法人に対して人権保障が及ぶとしても、その保障の程度は自然人と同じとはいえない。その理由としては、法人は強大な社会権力を持つものが少なくないことから、政策的考慮に基づいて自然人とは異なる規制が必要な場合があることが挙げられる。また、自然人の人権との抵触がある可能性が大きいため、法人の自由や権利に対して必要な限度での規制を認めざるを得ないことから、法人の人権については、自然人よりも広汎な積極的規制を加えることが許されるものと考える。
設問2:会社は、自然人たる国民と同様に、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対する等の政治的行為をなす自由を有するか。
政治的行為は、自然人にのみ認められる選挙権その他参政権の行使と緊密にかかわるため、法人たる会社に政治的行為をなす自由が認められるか問題となる。
これにつき、八幡製鉄事件判決(昭和45.6.24)は、「会社は自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有する。政治資金の寄付もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄付と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない」と判示し、法人の政治的行為の自由を自然人の政治的行為の自由と全く同列のものと解し、政治資金を寄付するという政治的行為をほとんど無限定に認めた。
確かに、会社は納税者たる立場も有することから、国や地方公共団体の施策に対し、支持、推進、反対する等の意見表明やその他の行為をすることを禁じる理由はなく、表現の自由の一態様としての憲法21条で保障される政治行為の自由は認められると考える。
しかし、法人において政治的行為の自
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レポート
法学
人権享有主体性
法人
人権
550 販売中 2006/12/31
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
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- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
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