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連関資料 :: 教育

資料:11,677件

  • 教育心理学 設題1
  • 象徴機能の発生について説明せよ(説明には子どもの行動についての具体的研究例も掲示する)。また、教育との関連で大切な点を説明しなさい。  ⇒象徴機能とは、今、知覚しているもので、そこにない物を呼び起こす働きをする機能である。それは、意味するものと意味されるものとを区別して遣うことが可能になるということ、今そこに知覚している物を手がかりにして、そこにない物を思い浮かべ、それに反応することが可能になるということでもある。つまり、具体的な知覚経験をもとに自分なりにイメージを構成し、それを利用してとき・場所を変えて自分なりのやり方で活動するようになるという機能である。それはまた、意味付けをした模倣(ことば等)で表現するということでもあり、前提として、模倣・再現する力の育ち(表象能力)も必要であることは言うまでもない。 子どもは、1歳半から2歳にかけて表象能力を現しはじめる。表象能力の出現を示す初期の活動として延滞模倣が挙げられる。たとえば、中沢の観察によると、ある子どもは「ガアン…、ゴオン…」と言いながら長方形の箱を動かし、ときどき箱を止め、自分のからだの動きも止めて「プシュッ」と言った。電車に乗ったときのイメージをもとに、後日、家の中でその特徴を再現しているのだが、この模倣行為には箱を電車に見立てる活動、箱やからだを動かしたり止めたりして電車に乗っているふりをする活動が含まれている。ここでの箱や子どもの音声・しぐさは、電車という指示対象を意味するもの、すなわち象徴である。 3歳ころには、子どもは、ふりやみたてを複雑に組み合わせて虚構の世界を作り上げるようになる。例えば、3歳児が姉の絵本を何冊もかかえ持ってきて、ほおづえをつきながら、一冊ずつ開いては「ウン、ウン、ウン…だって。おわり」などという様子が観察できる。この場合、子どもはまだ字を読めないのに、いかにも本を読んでいるかのようにみせている。それは単なるモデルの模写ではなく、自分のイメージや知識にもとづいて演技しているのである。やがて、子どもは遊びのなかでの役割を意識し、それにふさわしい動作を思い描き、状況を設定することによってごっこ遊びを展開するようになる。 ガーベイは役割・動作プラン・ものおよび状況の設定の3つの要素に着目してごっこ遊びの構成を分析した。まず、役割対象や動作についての知識の利用である。幼児が最も良く知っているのは家族であり、様々な動物や架空の人物が登場しても、その動作プランは家庭生活における家族の役割にもとづいていることが多い。また、子どもは一日の生活をいくつかの一定のつながりを持った、決まりきった活動の系列としてとらえるようになる。遊びのなかでの動作プランは、こうしたスクリプトに様々なことばを組み入れることによって組み立てられる。さらに、虚構性の表明・調整する手段の上達が指摘できる。遊びを一つのテーマのもと展開させていくためには、子どもどうしが今どのような役割を演じ、どのようなプランのもとに状況を設定しているかを伝え合う必要がある。このようにごっこ遊びの展開は子どもの認知発達によって支えられていると言う。 以上のような認知発達を基に、数概念の獲得や文字の習得につながる。 中沢の研究によれば、子どもは日常生活の中で数を経験する。たとえば、お風呂の中で親が子供を抱いてゆっくり数を唱えて聞かせる。すると、知らぬ間に子ども自身も唱和するようになる。初めは発音は不完全でも次第に一人で唱えられるようになる。また、子どもは生活の中で物を集めたり分けたりするうちに、共通のもののあり方に興味をもつ。
  • 佛大 象徴機能
  • 550 販売中 2008/01/04
  • 閲覧(2,679)
  • 教育心理学設題2
  • 適応・不適応の心理的機制、またそれらから引き起こされる特徴的行動について説明せよ。  ⇒人は、さまざまな環境に対して反応して生活を営んでいる。その環境は、時々刻々変化しているので、人が生きていくためには、その環境と状況に応じた行動をとらなくてはならない。さらに、単なる生命の保全だけでなく、欲求を満たして行動できるように、行動を調整していかなくてはならない。このように、主体としての個人が、欲求を満足させようとして、環境の諸条件を調和するためにとる行動や態度の調整を「適応」と呼ぶ。 また、人間には環境や状況に自己を適合させていくのみならず、能動的に環境に働きかけて変革するといった積極的な「適応」の型がある。「適応」とは個人と環境との相互作用において、両者の間に何らかの一致ないしは調和の状態がある場合をいう。そして、人間は適応するために、色々な欲求を充足させようと、目標を定めたり、課題を処理したり学習や訓練を受けたりと、更に時には環境そのものを変化させようと試みるなど、自らの行動を調節するのである。以上のような適応するための行動には、それを引き起こす原因=動機が必ずある。この「動機」によって人間や動物が「目標」に向かってある行動に駆り立てられる心理的な作用である「動機づけ」について説明することとする。 「動機づけ」とは「動機」が活動している状態であるが、一般的には、「動機づけ」ということばの中に「動機」も含まれているものとして扱われる。「動機づけ」を引き起こす様々な「動機」には、「生理的動機」と呼ばれる個体保存の動機・種族保存のための動機の2種類がある。個体保存の動機とは、飢餓動機と渇動機のように固体の生命維持にとって必要で基本的な動機で、一般には「生理的動機」は「内発的動機」と呼ばれる外的報酬を得る事によって解消せず、活動それ自体が報酬となるような動機と「学習性動機」と呼ばれる苦痛や危険から回避、排除するなど経験によって獲得される動機などがある。 次に「社会的動機」について。「社会的動機」には「達成動機」と呼ばれる、高い目標を目指しつつ、困難に対処して、自己に打ち克ち、競争場面において人に優りたいとするものがある。また、「愛着動機」という人間などの動物が、授乳による欲求充足よりも、温かい接触による愛撫や安心感を求める保護への動機があるとされている。 そして高い年齢になって意味を持つ自分の持っている才能や能力、また潜在能力などを開発し、十分に発揮することを意味する自己実現を目指す「成長欲求(または動機)」としての「自己実現動機」が示される。 以上で述べたような各欲求に対し、個人の内部に相反する2つあるいはそれ以上の目標が同時に生じて、しかもそれらに同じくらいの程度の係わり合いを望んでいる自分を感じた時、動きの取れない自己の状況を承認することができる、このような状況を「葛藤」と呼ぶ。 「葛藤」には3つの型があり、まず「接近―接近」型がある。幼児がAとBのどちらか1つの玩具を買うよう選択を迫られるという状況が具体例として挙げられる。つまり目標の選択が決定しても、場合によっては捨てた目標にかなりの未練が残ると推定出来る。 そして「回避―回避」型。例えば、大学生が、勉強はしたくないが留年も嫌だという場合である。これは負の誘意性が大であればあるほど回避傾向が強くなるので、この動きを取れない状況はまさに苦難である。 最後に「接近―回避」型。大学生が単位は取りたいが、授業には出たくないという場合である。この型は固体の目標への接近欲求が強いほど危険や苦痛もいや増すこと
  • 佛大 適応・不適応 教育学
  • 550 販売中 2008/01/08
  • 閲覧(2,442)
  • 基礎心理学と教育のかかわり
  •  私は高校時代、日本史が三年を通して一番成績がよかった。しかし、もともと小学六年生(歴史の授業が始まるのはこのときからなので)のときから、日本史が得意だったわけではなく、どちらかといえば、ただの暗記するだけのつまらない科目だと思い、あまり好きではなかった。  そこで、根っからの歴史好きではなかった自分が、なぜ高校時では歴史が大の得意だと思うほどになったのかを、授業で習った基礎心理学をからめて考えてみたいと思う。 1. 動機づけ  ものごとにおいて、何かうまくなろうとか極めようと思ったきっかけが、そのことが好きだからというのが一番強いと思われる。私の場合は、前にも述べたように、始めは歴史そのものが好きだったわけではない。実のところ、その歴史を教えていた先生が好きだったのである。自分が気に入っている先生の授業であるとなおさらしっかりと聞くようになり、勉強にも身が入るものである。教科書のp155 の8.1.1“内発的動機づけの源泉”には、「内発的動機づけの第一の源泉は、知的好奇心(epistemic curiosity)である。知的好奇心は、拡散的好奇心と特殊好奇心の二つに区別される。拡散的好奇心とは、自分が知らないことやめずらしいことに興味を持つという好奇心である。特殊的好奇心とは興味を持ったものを深く追求し、認識しようとする好奇心である」とかかれている。私が歴史を勉強したきっかけは拡散的好奇心よりは特殊好奇心であると思う。始めは、歴史そのものよりも、自分が気に入った先生だから話をしっかり聞き(よい生徒と思われたい面もあるかもしれない)、そのうちに歴史そのものに興味が移り、授業以外にも、歴史の本やTVを見たりするようになった。  また、自分の好きな先生かつ好きな科目では、テストにも熱が入るものである。特にこの先生の場合、高得点者はクラスの中で名前を読んで発表していた。
  • レポート 教育学 記憶 動機付け 教育
  • 550 販売中 2006/02/07
  • 閲覧(2,240)
  • 道徳教育の歴史的変換
  •  欧米における道徳教育の歴史的変換を古代・近代・現代の各年代を代表する思想とともに考察する。  道徳教育の本質が、理性的な人間を作り上げ、人格の完成を目指すものであるから、教育の本質と関わるものである。このことは西洋の教育哲学的思想家たちが「教育とは何か」について論じた過程において、道徳教育が深く関わっていることを表している。  まず、古代の道徳教育思想であるが、西洋における道徳教育の起源は紀元前5世紀頃、「徳の教師」と自称するソフィストたちの哲学的思想に求められる。中でもソクラテスとプロタゴラスの思想は道徳教育の本質に関わるものである。  ソクラテスは、道徳教育の本質に関わる問題である「道徳は教えられるか」という疑問に「徳の教師はいない」という結論を出している。というのも、人間は言葉によって教授され、正義について明確に持つことはできるが、それは必ずしも正義を行うこととは一致しない。徳や正義の知見は、教授しようとする瞬間に既にその本質から逸脱しており、実践的な知見を「学ぶため」というよりも「感得する」には、知見をともなったところの行為によってのみ化せられるものである。ゆえに、「徳の教師はいない」のであって、この矛盾性が道徳教育の最も根本的な問題であることが明確にされている。  それに対してプロタゴラスは、「徳は教えられない」という立場にある。つまり、現実の世の中を見たときに存在する懲罰・法などの存在事実に着目し、実際に徳というものはそれらの外的圧力によって他律的に教授され、徳を身に付けていっているという点からの立場である。  ソクラテスの弟子であるプラトンは、前述の両者の立場を折衷した道徳教育の立場である。発達段階的立場に立って、子どもが理性的になるまでは、プロタゴラス的立場、理性的になればソクラテス的立場をとっている。
  • レポート 教育学 道徳教育 歴史的変換 各年代の思想
  • 550 販売中 2006/02/10
  • 閲覧(3,109)
  • S0534 教育相談の研究
  • 2017年5月にA判定をいただいたレポートです。 テキストを理解した上で的確にまとめられていると コメントをいただきました。 丸写しはせずに、レポート作成時の参考にして下さい。 設題 教師が行う教育相談(学校カウンセリング)の 在り方(進め方)について述べなさい。
  • 佛教大学 S0534 教育相談
  • 550 販売中 2017/05/18
  • 閲覧(1,696)
  • 「ゆとり教育」で「生きる力」は育まれるか?
  • 私は家庭教師で2人の中学生を教えているが、時々、自分の頃との違いに驚くことがある。例えば、自分が中学の時に習ったことが、今では習わなくてよくなっていたり、小学校でやるべき内容のことを中学校で習うことになっていたり、ということだ。理科や社会科の教科書を見ても、資料集かと思うくらい写真が多く、活字を読む箇所が極めて少なくなっている。おそらく、「ゆとり教育」をモットーにおいた教育改革、教科書改訂によってそのように変わったのだろう。しかし、私はこの「ゆとり教育」に強い疑問を抱いている。  そもそも、なぜ「ゆとり教育」が必要なのだろうか。様々な記事や本を見ても、たいてい書かれていることは同じだった。それは、「生きる力」を身につけるためである。「生きる力」は、知識を一方的に教え込むのではなく、自ら学び、自ら考えることによって育まれる。そしてそれは「ゆとり」ある教育環境の中で実現可能である、ということだ。本当にそうであろうか。  では「生きる力」とは一体何なのか。調べてみると、「生きる力」はたいてい次のように定義される。
  • レポート 教育学 ゆとり教育 生きる力 学力低下
  • 550 販売中 2006/05/10
  • 閲覧(2,729)
  • 小学校における教育相談の留意点
  • いじめは学校における最も深刻で、かつ日常的に起こりうる問題の一つである。被害者の心身の苦痛は計り知れず、長期にわたって後遺症を残すことも多い。加害者にとっても、葛藤やストレスを攻撃という形で解決することは、そいじめは学校における最も深刻で、かつ日常的に起こりうる問題の一つである。被害者の心身の苦痛は計り知れず、長期にわたって後遺症を残すことも多い。加害者にとっても、葛藤やストレスを攻撃という形で解決することは、その後の人格形成において悪影響を及ぼす。また傍観者と呼ばれる周囲の子たちのなかにも、仲間のいじめに対し、苦痛や恐怖を感じている子が少なくない。いじめは多くの子に不利益をもたらす。ゆえに、それぞれの子どもが自分の悩みや困難を解決し、生活によりよく適応し、人格の成長をしていくための援助が欠かせない。そういう意味でも、教育相談の果たす役割は大きい。 いじめでまず重要なのが、早期発見である。いじめの長期化は、行為の深刻化を招き、被害者のダメージが増大するために避けなければならない。しかし、加害者の多くは、自分の行為が良くないことであると認識しているため、巧妙に隠しながらいじめを続ける。
  • レポート 教育学 小学校 教育相談の留意点 いじめ
  • 550 販売中 2006/05/15
  • 閲覧(2,595)
  • 教育原論 第一設題
  • 『ペスタロッチーの教育学(直感の原理など)について』 ペスタロッチーはルソーと同様に、子どもには将来発展する素質が備わっており、この素質が子どもの内から発展するように手助けするのが教育だと考えている。 彼は古い教育観(子どもは生まれながらには未だ動物的であるにすぎず、この動物的衝動を根絶することが教育である)に真っ向から反対している。 真への認識、美の感情、善の力、これらは全て子どもが生まれながらに有しているものであり、教育者は子どもの内的本性が自ら実現していくのを援助することに専念し、子どもの内的本性に備わっていないものを外部から注入することは、教育にふさわしくない、としている。 すなわち、子どもの本性は白紙ではなく、既に将来成長する能力を内的に有しているのであり、この能力を自然に即した形で伸ばしていくことが重要であると考えている。ペスタロッチーはこの教育観を「有機的・発生的」と呼んでいる。つまり、子どもの内的素質を重視するという点で「有機的」であり、自発的な成長を促している点で「発生的」でもあるというのだ。 またペスタロッチーは「直観の原理」を教育方法の重要な柱として考えている。直観は全ての認識の基礎であるので、教育方法はまず直観的でなくてはならない。しかし直観によって受け取ったものはまだ曖昧で混乱している。そのような曖昧な直観を明瞭な概念にすることが次に求められる。つまり直観はまだ材料に過ぎず、概念的には不明瞭であるので、直観を分離・結合し、秩序を与え、明晰判明な概念にまで高めることが求められるのである。それゆえペスタロッチーの教育方法は事物の直観から始まり、その印象が明瞭となるとともに、その事物の名称が教えられ、そしてそれについでその形や性質が討議され比較されて、最後に事物の基本的な性質を引き出してこれに対する定義を下す、といった段階的・漸次的な教育方法でもあった。 さらにペスタロッチーは直観が三つの根本的要素から成り立っていることを発見し、その三要素の基礎的部分を学習することが重要であるとした。そしてその三要素とは☞☞☞☞☞ (Ⅰ)如何に多くの、また幾種類の対象が、その眼前に漂っているか(=数) (Ⅱ)どんなに見られるか、その形と、その輪郭は何か(=形) (Ⅲ)どんなにそれらは呼ばれるか。如何にして子どもは、その各々を、一つ一つの音により、語によって再現することができるか(=語) の三つである。ペスタロッチーによるとあらゆる事物は        この三つの要素を有しているため、子どもの教育においてはこの三要素から始めなければならない。  このように教育方法を根源的要素にまで遡って単純化し、その要素から確実性を有す合自然的な教育の実行が可能とされる。これが「直観のABC」という考えである。彼はいっさいの知識を明瞭にする手段として、この三要素を取り上げ、これらの個々の部分における教授をあらゆる教授の出発点としたいわゆる「基礎教授」は、人間の素質と能力とを最も自然な形で開発できる最高のものと考えたのである。  ペスタロッチーは教育方法を根源的要素に単純化する方法を、技術教育においても主張している。また彼が「生活が陶冶する」と述べていることに見られるように、技能の陶冶も実生活に即して行われるべきと考えている。生活から技能を学びまた、技能を生活に活かすことができるようになる。つまり技能の陶冶では、単に知識を得るだけでなく、知識を自分の体験として行動することが必要である。  ペスタロッチーは道徳的・宗教性の陶冶を重視するのであるが、彼は母子愛が最も
  • 佛教大学 レポート 教育言論 ペスタロッチー 直観の原理
  • 550 販売中 2007/12/10
  • 閲覧(2,656)
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