資料:11,688件
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教育実習レポート
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『私の恩師と私の教師志望』
私は、母親が小学校教諭であったため、幼いころから教師の仕事や学校についてのさまざまな話を聞いて育った。学校での出来事や仕事について語る母親は、とても生き生きしており、教師という職業への憧れが幼いころから芽生えていた。父親からも勉強で分からない所を聞くと、とても分かりやすく熱心に教えてくれて私にとって勉強は楽しいものだった。小学校のころから少しずつ教師になりたいという思いが募っていたが、それを決定的なものにしたのは、高校時代の恩師である中山先生との出会いであった。中山先生は、高校1年の時の担任だった。担任を持っていただいたのは一年間であったが、とても印象に残っている。先生を見ていてすばらしいと感じたところは、教師にとって大切な次の二つの能力である。
一つは、生徒に対する深い愛情と理解である。先生は、職員室にいることが少なかった。休み時間には、さまざまな場所で、たくさんの生徒と会話を交わしていた。会話の内容は、学業のこと、部活動のこと、進路のこと、世間話などさまざまであった。いつも笑顔で接してくれていた先生に勇気づけられる生徒、元気づけられる生徒は多かった。私
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教師への志望と理想の教師像
550 販売中 2008/08/22
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人権(同和)教育
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設 題
戦後の同和教育史を概括し、同和(人権)教育の意義と学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方を論述せよ。
⇒〔戦後の同和教育史〕
戦後の同和教育施策は、同和地区児童・生徒の長期欠席・不就学の解消に向けた取り組みから始まった。「オールロマンス差別事件糾弾要綱」では、教師が部落の児童をさべつすることもある、不就学児童の問題に市は無関心である、といったことが述べられた。当時の同和地区児童・生徒の長欠・不就学率はかなり高く、同和教育創成期における最も重要で緊急な教育課題とされた。
この解消に向け、京都市では同和教育費が導入され、就学奨励事業が始まった。また、教員の有志によって学習に遅れが見られる同和地区児童・生徒に対し、補習学級が実施されることになった。
しかし、高校への進学率はきわめて低く、長欠・不就学の解消の次に、学力・進学保障の取り組みへと進んでいった。すると、同和地区児童・生徒の低学力という課題が浮かびあがってきた。
1964年、同和地区生徒の高校進学率を引き上げるための「進学促進ホール」が開設された。ここで全市の同和地区生徒は夜間登校し、高校入学試験合格のための学
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教育
通信
人権
同和
550 販売中 2008/09/03
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人権(同和)教育
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『同和教育の意義・歴史を統括し、学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方について述べなさい。』
同和教育とは、人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題、すなわち日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である同和問題、そして部落差別について考え、なくすためのすべての教育活動である。部落差別の実態として、同和地区出身者の暮らしが貧しかったり、就職試験や結婚で差別により不当な扱いをされたり、また子どもの進路の限定というものがある。部落差別によって子どもの頃から厳しい生活を強いられ、教育の機会均等が保障されていないなど、現在においても学力に見られる格差が存在している。同和教育活動の中で重要なことはこれらの同和問題・部落差別を
把握・改善することである。
そしてこの同和問題の解決に当たっての教育対策は、人間形成に主要な役割を果たすものとして特に重要視されなければならない。すなわち、基本的には民主主義の確立の基礎的な課題である。従って、同和教育の中心的課題は法のもとの平等の原理に基づき、社会の中に根強く残っている部落差別をなくし、人権尊重の精神を貫くことである。
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人権(同和)教育
佛教大学
レポート
通信
550 販売中 2008/09/08
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教育原論1
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ペスタロッチーの教育学(直観の原理)
について考察せよ
⇒ペスタロッチーは、1746年スイスチューリッヒに生まれました。父を幼少の時に亡くし、母親と家政婦によって育てられました。祖父の影響を受け、牧師となり宗教信仰を以って救済事業に当たる事を生涯の使命とすると決意しました。後政治活動や農業を営み、1774年貧民院を設立し教育活動を始めました。当時のヨーロッパでは産業革命の進行に伴い、民衆の教育を公共の事業とする公教育制度の整備が各国の課題となっていました。その変革の時代は「教育の時代」とさえ言われていたほど教育にとって歴史的時期でした。この時代にペスタロッチーは、革命後のヨーロッパで悲惨な歴史的現実を直視し、民衆の幸福実現に繋がる、より実際的な仕事に携わろうとしたのです。
ペスタロッチーは、子供時代ルソーの「エミール」に衝撃を与えられました。ルソーと同じ啓蒙時代に生き、啓蒙的主義を超克することを自己の課題としました。ルソーと同じく、子供には将来発展する素質が備わっていて、この素質が子供の内から発展するように助成するのが教育であると考えています。動物的衝動を拒絶することが、教育であると
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教育原論
ペスタロッチー
550 販売中 2008/09/09
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教育実習研究
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小学校国語科第4学年「ごんぎつね」の学習指導案を作成しなさい。
指導計画
(1)全文を読み、語句指導をする。(1時間) (2)みんなで学習問題をつくる。(2時間) (3)書き込みをしながら、おおまかな内容をつかむ。
(2時間)
(4)みんなで話しあいながら、内容を読みとっていく。 (6時間)
(5)まとめをし、感想を書く。(1時間)
2、教材について
ひとりぼっちになってしまった兵十とごんは、お互いの境遇を一番理解し合える仲でありながらも、死をもってしか心を通じ合えなかった。この2人の姿は読む者に何とも言うことの出来ない哀しさを伝えてくれる。 優しく、哀しく、描き出されたこの物語を,美しい
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教育実習研究
550 販売中 2008/09/09
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教育相談の研究
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学校カウンセリングの意義、方法および
今後の課題について述べなさい。
⇒近年、社会の構造が複雑化し、人々の抱える問題も複雑化してきました。それ故、人々の悩みも多岐にわたり、悩む人が相談する相手や内容も多様化しています。友達や親兄弟、教師であり、最近では、インターネット上で見知らぬ人へ相談するケースまで出てきました。インターネット上では、知っている人より話がしやすいと思ってしまっているのです。こういった状況で、カウンセリングするということは、教員にとって、又は、様々な関係において、単なる素質や経験だけでは対応出来ないようになってきました。
学校において、カウンセリングとは、教師が行う「教師カウンセリング」と、スクールカウンセラーによる、「スクールカウンセラー」が存在します。
教師は、クラスを運営し、指導を行い、管理し、評価することの共に、カウンセラーとして、子供の様々な悩みを聞き、受容共感し、問題を解決することを必要とされます。しかし、実際に子供は、相談相手として教師を選ばず、友達や家族を選択しがちです。学校によっては、相談室を設置していますが、実際は生徒指導室として使われているの
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教育相談の研究
550 販売中 2008/09/09
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ペスタロッチーの教育学
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『ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ』
Ⅰ.ペスタロッチーの教育方法
ペスタロッチーの考える教育というのは、古い中世教育思想にみられる「外部からの知識の注入」ではなく、本来子どもが生まれながらにして有している内的本性を自然に即した形で伸ばしていくということである。
この内的本性とは「真への認識」、「美への感情」、「善の力」とされ、これらは子どもが将来成長していくための能力、内的素質として彼は重要視した。ところが、子どもは生まれながらに未だ「動物的」であり、この「動物的な力」は粗暴であり、現実社会では機能しないため、中世教育思想ではこの動物的衝動は根絶された。
しかしペスタロッチーは、子どもは単に動物的であるにすぎず、特に幼児の「動物的純真」を人間の成長の起点と示し、そこから生き生きとした直観が働き、人間は純粋に「好意的、感謝的、親愛的」でありうる、と考えた。よって彼は教育者は子どもの内的本性が自ら実現していくのを援助することに専念しなければならないし、子どもの自発的な成長を促すべきであると提唱している。
Ⅱ.直観の原理と直観教授
ペスタロッチーの教育方法の重要な柱として「直観の原理」というものがある。これは前節でも少し触れたが、子どもが既に有している能力であり、非常に人間的で、精神的かつ道徳的なものである。子どもは直観の原理に基づいて事物を感覚として認識し、知識として獲得していくわけだが、子どもの場合その過程に於いて、自由に直観し、感じるため、純粋に人間的な、精神的な、道徳的な文化のすべての要素になりうる。つまり直観とはすべての認識の基礎であると言え、また教えるということは、事物の直観から始まると言ってもよい。よってペスタロッチーは教育も直感的でなければならないと考え、直観の原理に基づいた教育方法を「直観教授」として実践していく。実践していく上で重要な考え方は、曖昧な直観を明瞭な概念にし、それを整理し、明晰なる概念に高めなければならないということである。ペスタロッチーは「我々の認識は混沌から規定へ、規定から明晰へ、明晰から判明へと進むのです」と言っているように、ペスタロッチーの教育方法は段階的・漸次的な教育法であった。そして直観とは「数」、「形」、「語」の三つの根本的要素から成り立っていることを発見し、この三要素は人間の認識の基本的な働きと捉えられるため、この部分を学習することは極めて重要であると述べている。この概念に基づいて、子どもたちの「直観」の為に工夫された教授法が直観教授(直観のABC、直感の術ともいう)である。ただここで気をつけなければいけないのは、子どもたち自身の「直観」に目を向けずに、「直観教授」に関心を抱き、様々な事柄を子どもたちに教え込む教育の実践をしてはならないということである。つまり直観教授(授業)が単に形式化してしまい、子どもたちの直観による「認識」から「明晰」、「判明」に至るまでのプロセスを抑制してしまっては「直感」のための「直観教授」ではないからである。
Ⅲ.「生活、技能の陶冶」と「身近」について
ペスタロッチーは、生活から技能を学び、技能を生活に生かすといういわゆる「技能の陶冶」、「生活の陶冶」がもっとも自然に即した、また「直観」を活かした成長の形であると言っている。それは、人間の能力、つまり万人に備わる意欲(道徳力)、知力(精神力)、能力(技術力)は、「それを使用するという単純な方法によってのみ」発展するのであり、したがって人は、その能力を、ことばや概念の外からの押し付けや注入によってでは
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ペスタロッチー
教育学
直観の原理
レポート
文字数:B5で約8枚分
B5八枚分相当
550 販売中 2008/04/07
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教育原論テスト
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コメニウスの教授学や一斉授業について述べ、現在の学校教育における意義を考察せよ。
●教授学・・・「教育は実に万人に対して必要なものである」。つまりすべての子供が学校に通う事が必要性を説いている。貧富の別、男女の別、身分の別なく全ての子供に学校教育が与えられなければならない。さらに細かく述べれば、教育は幼児期に開始されなければならず、また教育の順序は、子どもの年齢段階と能力に適したものでなければならない。生徒は学年別、学級別で、毎日の学習内容に従って、学習は段階づけられ、最初にくるものが後から来るものへの道を開くように配列する。生徒は規則正しく登校しなければならない。教材では、先ず生徒に身近なものから学ばせる、それから遠くへ。既存のものから未知のものへ(易しいものから難しいものへ)そしてそれが十分に理解されてから記憶されなければならない。子供が自発的に学習するように、子供の内面に働きかけていく。子どもの感覚を通じて教えなければならない。全ての知識は感覚的直感から始まり・記憶力・理解力・判断力の順。全ては直感から始まり、そして五感を育成していくのである。
●一斉授業・・・またコメニウスは効率的に授業を行う為に、教師1人が共通の教材を使い、多数の生徒に対して一斉に集団的に教授する事を主張する。そして、教師が高い教壇の上に立ち、全生徒をみわたす、教師は全生徒の注意を一点に集め、生徒の感覚に訴えて教授するのである。また教師はしばしば生徒に対して質問を発し、彼らの理解を絶えず確認しなければならない。教材は学年、月、週、日、時間、へと分割し、計画化された学習内容を生徒が学ぶように促さねばならない。そして、全ての学生が平等に教材を学ぶことが可能になる。
●意義・・・ではコメニウスの教授学や一斉教授の現代的意義はどういうところにあるのだろうか。やはりそれは近代教育の父といわれるように、現代の学校での教育、すなわち学校教育のしくみを構想した事である。今日、日本をはじめ多くの国でみられる同一年齢・同時入学・同一学年・同一内容・同時卒業といったしくみは、コメニウスの構想に発するものだと言える。 また彼は世界初と言われる教育絵本『世界図絵』を完成させた。この本は、絵に言葉が添えられたまさに教育絵本である。言語の暗唱こそ教育と考えられていた当時にあって、この本はまさに革新的な存在であった。つまり、教育に「絵」など不要であり、おそらくは不謹慎とすら考えられた。そういう時代の書であり、またこれを人類共通の財産とすることにより、すべての人が共通の普遍的知識を持つことを目指したのである。それは、視聴覚教育の源流でもあり、共通教科書の原点だとも言えるかもしれない。このように、コメニウスの教育理念の核心は、「すべての人にすべてのことを」わかりやすく教育することである。その現代的意義は学校教育の近代化と、教育の平等、一般化、大衆化の実現ではないだろうか。今や、テレビやラジオ、インターネットが普及している時代であり。一斉授業の光景は時代錯誤という見方があるのも事実である。しかし私は、生徒同士の教えあいや、助け合い、コミュニケーション能力の育成にも、一斉授業の意義があるのではないかと思う。人間関係の薄さや、学力格差が問題になっている今こそ、コメニウスの教育思想が意味のあるものとなるように私は思う。
ソクラテス的対話(産婆術)について述べ、ソクラテスの教育学的意義について考察せよ。
ソクラテスは自分より知恵のある者を探し出そうと何日も何日も歩きまわり、何度も何度も問答を繰り返した。この時代の知
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佛教大学
通信
科目最終試験
教育原論
6設題全部
90点合格
800字以上
550 販売中 2008/04/10
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幼児教育と宗教
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幼稚園教育におけるキリスト教の役割~宗教史の観点をふまえた分析~
・年号については、資料に記載されているものとする。西暦を基本とするものではない。
Ⅰ 幼児教育の普及状況
1998年度における就学前教育の普及率は94.2%である。これは過疎地において通園可能な範囲に幼稚園・保育所がない、通園可能な範囲に障害児を受け入れられる幼稚園・保育園がない、通園可能な範囲に共働きなどの家庭に合わせた幼稚園・保育園がないなどの理由が挙げられる。就学前教育の内訳をみると、幼稚園在籍率62.2%に対し、保育園在籍率32.0%となっている。また都道府
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幼稚園
幼児教育
宗教
保育
教育
指導
550 販売中 2008/04/27
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道徳教育の研究
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『現代の道徳教育の課題について述べよ』
小学校の学習指導要領「第一章 総則第1の2」によると、「道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。」とされている。また、「道徳教育を進めるに当たっては,教師と児童及び児童相互の人間関係を深めるとともに,家庭や地域社会との連携を図りながら,ボランティア活動や自然体験活動などの豊かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない。」とある。そして、道徳教育は学校の道徳の授業の時間だけでなく、学校教育全体で行われるようにされなければならないともされ、その存在はとても重要である。さらには、学校だけでなく家庭、地域、社会の場でも行うことが必要である。
これまで、様々な教育改革が行われてきたなかで、時代あるいは社会の変化とともに道徳教育も変化してきた。特に現在は「生きる力」の育成という教育目標が提示され、ますます重要なっている。「生きる力」は、「自ら学び自ら考える力」、「基礎・基本」「個性」がバランスよく響きわたって統合され育成されるという全体構造をもっている。また、「確かな学力」と「豊かな人間性」と「健康・体力」という三つの能力から成る「全人的な力」のことであり、「生きていくための「知恵」」とも言うべきものでもある。「生きる力」の重要な部分を占める豊かな人間性を育むためには道徳教育が必要である。しかし今日、現代の道徳教育には様々な課題がある。それはどのようなものなのだろうか。
平成10年に改訂された小学校学習指導要領解説(総則編)においては、計算、技能、文章を読み取る力などはよく身についており、学習に対する関心や意欲も高い。しかし、文章表現力や論理的な思考力が弱いことが問題点とされている。また、日本における児童の算数科、理科の学力は国際的水準では高いが、これらの教科を好む児童は他国と比べると多くなく、多角的なものの見方や考え方が不十分で、道徳教育に関しては、道徳の授業の時間が十分に確保されていないこと、興味・関心を持っている児童の割合が学年が上がるにつれて低下していることが問題点として挙げられている。現在、学校では学級崩壊、校内暴力などが問題となり、ニュースや新聞などにおいても、犯罪の低年齢化、キレやすい子どもの増加など、挙げればきりがないほど子どもに関する問題は山積みである。これは私の実際の経験から言えることであるが、他人のことを考えて行動できる子どもが少なく、自己中心的な考えや行動をする子どもが多いように感じる。これは、子どもだけに言えるのではなく大人もそうである。こいったことは地球規模で言われている環境問題のような大きな問題にもつながっているのではないだろうか。このような問題は年々深刻化しており、子どもの道徳性を養うために次のように授業実践していくべきである。
第1に、道徳教育や特別活動などにおけるボランティア活動や自然体験活動などの体験的な活動の充実、道徳教育における低学年の善悪の判断や社会生活上のルールなど重点的な指導の工夫、障害のある幼児・児童・生徒や高齢者との交流の推進、第3学年からの保健学習の導入など心身の健康に関する教育の充実、社会科における人物・
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道徳教育
教育基本法
学校教育法
学校学習指導要領
人間関係
550 販売中 2008/04/29
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教育課程論
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『教育課程とは何かついて、その基準と編成原理、今日的課題についてまとめなさい。』
教育課程とは,「平成14年度から実施される完全学校週5日制の下で、各学校がゆとりの中で特色ある教育を展開し、児童に豊かな人間性や基礎・基本を身につけ、個性を生かし、自ら学び自ら考える力などの〔生きる力〕を培うことを基本的なねらい」として、豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること。自ら学び、自ら考える力を育成すること。各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めること。を基本方針に改訂された学習指導要領である。
教育課程の基準として、文部省は昭和21年5月から『新教育指針』の配布を始めた。これは法的拘束力を有するものではなく、現場の教師が授業を行う際の手引書扱いに過ぎなかった。そして昭和21年11月日本国憲法が発布され、その下で昭和22年3月教育基本法が制定された。教育基本法及び学校教育法の交付と並行して、昭和22年3月に最初の学習指導要領が制定された。
また教育課程の上でも、「それぞれの学校で、その地域の社会生活に即して教育の内容を吟味し、その地域の児童青年の生活を考えて、これを定めるべきものである。」と述べられ、終身・地理・歴史の代わりとして「社会科」が新設されたこと、及び「家庭」と「自由研究」が新設されたのである。しかし、昭和22年の『学習指導要領 一般編〔試案〕』は、きわめて短期間で作成されたものであったため、昭和26年文部省は学習指導要領の全面改訂を行った。この改訂以降「教科課程」にかわって「教育課程」という語が、「考査」にかわって「評価」という語が用いられることになった。また「自由研究」は「教科以外の活動」に変更された。この教育以外の活動はさらに3つに分類され、第1は、「民主的組織の下に、学校全体の児童が学校の経営や活動に協力参加する活動」であり、第2は学級会などを含む「学級を単位としての活動」であり、第3は「クラブ活動」である。しかしながら、このような経験的カリキュラムはやがて批判にさらされるようになる。なぜなら経験学習によって児童生徒の基礎学力が低下したこと、そして青少年の非行、規律の低下などが問題となり、学校教育においても対応策が求められるようになったからである。これに対して昭和33年3月教育課程審議会は答申を出し、道徳教育・基礎学力・科学技術教育に重点をおくように方針を示した。同年10月には学習指導要領の改訂が行われ、文部省は改訂と同時に同年8月学校教育法施行の一部を改正した。この改正によって、教育課程は4領域に構成された。その4領域とは、各教科・道徳・特別教育活動・学校行事等である。また学習指導要領の名称から「試案」の文字も消滅している。また最も着目すべきは、特設時間「道徳」の設置である。なお「道徳」の設置は、昭和33年10月の学習指導要領改訂を待たず、3月18日文部次官通達によって4月から先行的に実施されるようになった。また10月の改訂においては社会科から道徳教育はなくなる一方で、系統主義的路線は路襲されている。また、算数・国語・理科の教科では授業時間数が増加し、基礎学力の向上が目指されている。
1960年代には経済界から経済成長を担う人材育成を教育に求める声が高まった。これは教育を人的資本のための投資とみなす考え方である。これにともない小学校学習指導要領は昭和43年7月11日に改訂された。この内容を見ると、以前の4領域から3領域へと編成され、その3領域とは各教科と道徳と特別活動である。特
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佛教大学
レポート
教育
教育課程論
550 販売中 2008/05/01
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教育相談の研究
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『学校カウンセリングの意義、方法および今後の課題について述べなさい。』
学校カウンセリングとは、わりに良く使われる言葉である。では学校カウンセリングとは一体どういう意味を持っているのであろうか。一般に考えれば,“学校で行われるカウンセリング”というように理解でき、このカウンセリングを教師が行うものされている。とすると、教師は生徒に対し授業やテストをして成績をつけ、それと同時にカウンセリングを行うカウンセラーでもあり、両方の役割を担うことになるのである。このようなことが学校ではよくある事だと感じている人たちが多いが、事はそう簡単なことではないのである。そこで今回はこの学校カウンセリングの持つ意義やその方法、今後の課題について述べていきたい。
まず、カウンセリングとは心的構造における,イド〔快楽を求める心〕・自我〔自分の行動を決定する心〕・超自我〔理想の姿を求める心〕のアンバランスを修正することである。またカウンセリングには治療的カウンセリングと発達援助的カウンセリングの2類がある。前者はプロフェッショナル・カウンセリングということができ、患者に対して、セラピストが専門的な技術や知識を用いて、患者の症状や病気を治療するものであり、主に成人対象の一般カウンセリングといえる。これに対して後者は開発的カウンセリングともいうことができ、このカウンセリングは治療すなわち症状や病気を治すことが目的ではなく、子供の人格がバランスよく発達を遂げるよう援助することが目標である。それゆえ、学校カウンセリングといえば、多くの場合、この発達援助カウンセリングをさす場合が多い。
人間には多様な発達段階があり、その発達段階に応じて解決していかないといけない課題があり、その発達課題が未解決のまま成長していくと、後の段階までその課題を引きずることになり、さまざまな不適応を引き起こす可能性があるのである。例えば児童期に関して言えば、同世代との遊びが課題となっている。この児童期では、母親からの分離がなされ、子供たちだけの世界・遊びがその主要な生活空間となる。この同世代との小集団から、より親密な友人関係、さらに異性への意識といった同世代との付き合い方がこの時期は重要な発達課題となる。この同世代との遊び、関係がうまく取れない子供にとって、同世代だけで構成されている学校のクラスという集団は非常に居心地が悪く、教室に入れなかったり、さらには不登校に陥るということも考えられる。
次に思春期に関しては、存在感の感知が課題となっている。思春期は心理面において非常に不安定な時期である。また身体的な変化とともに、子供の時期から大人に向かう急激な変動、混乱の時期であり、ある意味でこの時期は自分の存在感が希薄になる時期であると考えられる。さらに言えば、自分というものが非常につかみにくくなり、感受性の高まりとともに心の繊細さ、傷つきやすさ、脆弱性も高まり、ちょっとしたことで心のバランスを崩し、傷つき自分の存在感に自信が持てなくなる時期なのである。
こういった発達段階における課題解決が困難な生徒や児童対し、安心感、自信、評価、自分の居場所等を与えてあげ、彼らの存在を認め、存在を感じとれるきっかけを作ってあげることこそが学校カウンセリングの意義であるといえる。
現在、カウンセリング技法の発展や対象の拡大に伴い、カウンセリングには多くのカウンセリングの応用ともいうべき技法が存在している。例えば、単独あるいは少人数の治療者が多くのクライエントを扱う集団的カウンセリングや、絵画・音楽など非言語的手段を主に用いる
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佛教大学
レポート
教育相談の研究
550 販売中 2008/05/01
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
- 資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
- 資料の情報を統計で確認
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