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連関資料 :: 科学とは

資料:334件

  • 学習障害児に対する発達科学の支援と今後の課題
  • 学習障害児に対する発達科学の支援と今後の課題 Ⅰ はじめに  学習障害や注意欠陥/多動性障害(ADHD)、自閉症などの発達障害の存在が広く知られるようになって久しい。最近ではテレビ番組や雑誌など、様々なメディアでよく取り上げられ、注目される機会も増えてきたように思う。しかし、こういった名前が騒がれるようになった今日においても、それらについて正しく理解している人は少ないのではないだろうか。これまで「勉強のできない子」「落着きが無く、乱暴な子」とレッテルを貼られて倦厭されていた子どもたちが、今度は代わりに「発達障害」というレッテルを貼りなおされただけであって、世間的な認識はさほど変わっていないという印象すらある。障害を持つ子どもを遠巻きにし、自分の子どもとできるだけ距離を持たせたいと思ったり、自分の子どもに障害があったとしても、それを認めたくないと思ったりする親の心理は依然として存在する。そういった認識が、障害の発見を遅らせたり、改善を妨げたりする原因となっているのは周知の事実であろう。これらの心理的な問題を克服するのは非常に難しいが、発達障害を学び理解する態度を身につけることによって、多少は解消していくのではないか。発達障害を真の意味で理解しようと思ったら、単に子どもの問題行動だけを見て、悲観していてはいけない。その障害をもつ子どもが「現時点でどれだけのことができるのか」、そして「どういった部分での問題を抱えているのか」を明らかにしていくことが必要である。なぜならば、今日までの研究によって、多くの発達障害は適切な指導や介入によって問題の改善が可能であることがわかっており、この適切な指導や介入を行うためには子どもの抱える問題の本質を見極めなければならないからである。この介入は早い時期であるほど改善効果が期待できることもわかっている。子どもたちの将来の可能性を潰してしまわないためにも、発達障害は早期発見によって改善が可能であるという理解を、もっと世間に広めていくことが必要である。このレポートでは、特に学習障害に注目し、近年の発達科学がどのようにして発達障害に対する支援を行ってきたか、また今後どのような発展が期待できるかについて述べたいと思う。 Ⅱ 発達科学の基本的態度 発達心理学、実験心理学、臨床心理学、行動分析学などの諸分野を基礎として近年発展してきた統合的分野としての発達科学は、子どもの「できること」と「できないこと」を明確にした上で、「できること」の範囲をできる限り拡大していくことを目標にしている。そのためには、子どもの抱える問題の原因を、個人的内面的なものに求めるのではなく、子どもと環境との相互作用を改善していこうとする態度が必要である。この態度はスキナーの発見したオペラント行動のメカニズムから示唆を得ている。彼は「人間の行動は環境からのフィードバックによって影響を受ける」という随意的な反応のメカニズムを発見し、これまで人間の奥底にあると思われていた問題も、環境と個人との相互作用を改善することによって乗り越えられるのだという見解を提示した。この基礎的な見解を応用して、今日の発達障害に対する介入は、子どもの反応を改善させるような環境を考え、提示して再び反応をみるという作業に重点をおいている。発達科学は、この他にも様々な分野の研究から基盤となる知識を得て人間の行動についての理解を深め、それをどのように臨床場面で応用できるか考えることによって、より正確な問題把握とその改善により効果的な方法論の確立を目指している。 Ⅲ 学習障害とは  発達科学が具体的
  • レポート 心理学 ADHD 自閉症 発達障害児 支援 トレーニング
  • 550 販売中 2007/10/10
  • 閲覧(8,034)
  • 生活の科学Ⅱ 第2課題 評価S
  • ・課題(第2課題第1設題) 第6章は生活の中の不思議として、水、光、電気などを扱った。 これらの基本的知識は児童教育にとっても大切な内容である。 身の回りの自分の興味のある自然現象について述べ、それらについてテキスト中において述べられた四層構造を参考にして説明を試みよ。 ・講評 雷という自然現象について詳しく調べ、まとめて平易に解説しています。四層構造的な見方もよく理解していて、見事に分析しています。とても良く出来ました。 ・参考文献 『生活の科学Ⅱ』 木下昭一 聖徳大学通信教育部 2007.10.1 『おもしろサイエンス 雷の科学』 妹尾堅一郎 日刊工業新聞社 2008.10.6 『解明 カミナリの科学』 岡野大祐 ㈱オーム社 2009.5.25
  • 聖徳 通信
  • 550 販売中 2014/03/11
  • 閲覧(5,518)
  • 遺伝子組換え植物の問題点とその科学的考察
  • 遺伝子組換え植物の問題点とその科学的考察 遺伝子組換え技術はバイオテクノロジーの中核をなす技術であり、20世紀に開発された最も影響力を持つ技術の一つと言える。遺伝子組換え技術を否定する人の中には、遺伝子組換え技術そのものを敵視する人がいる。しかし、この技術によって、発生、分化、老化、免疫、ガン発生などの生命現象や、遺伝病を含むいろいろな病気が起こる機構などが解明されてきたことは忘れてはならない。感染症を起こす病原体や他の生物の構造や機能も、分子のレベルで明らかにされつつある。生物薬品の生産や疾患の治療法にもこの技術から得られた知見が役立っている。医学生物学の分野に及ぼした影響は計り知れない。また、近未来で起こる人口爆発による食糧危機や、現在も存在する10億人以上の飢えた人たちを考えると、遺伝子組換え作物が彼らの救いとなる可能性は大きい。将来の飢餓を避けるためには、多くの人たちに遺伝子組換え技術への理解を求めることが必要である。そのためにも遺伝子組換え技術がもつ問題を解決することが課題となる。ここでは健康面、環境面、倫理面の問題について論じる。 健康への影響 一般の人々は、食品は完全に安全か危険かの二つの判断基準でしか見ていない。しかし実際は、危険度がゼロの食品はありえない。全ての食品は微量ながらも人に有害な物質を持っている。ダイオキシンのような外来性の汚染物と、ジャガイモのソラニンのような内在性の有害物質である。そうした有害物質が問題とならないのは、微量であるため深刻な障害が起こらないからである。食品の加工過程でその作用が減毒することもあるし、また我々の体にはこうした有害物質を解毒化する機構も備えている。よって少量含まれる毒素などは無害そのものである。 それに加えて、市場に出ている遺伝子組換え製品は厳格な安全審査を通過したものである。殺虫成分などの新規の遺伝子産物を含んだ作物については、急性毒性試験などの多くの動物実験がなされてきた。安全性が確認された組換え作物については、全ての試験で問題のなかったことが分かっている。例えば殺虫作用の高いBT毒素を含んだトウモロコシにおいて、人が食べる量に換算して2000万倍以上のBT毒素をマウスに与えても悪影響は出ていない。同様のジャガイモにおいても顕著な悪影響は出ていない。科学者の見地から見たとき、これなら十分な安全性があるといえる。たとえ若干の毒性に関する問題があっても、トウモロコシや大豆は生では食すことはなく、加熱によって殺虫毒素や他の新規に導入されたタンパク質はその作用を失う。また急性毒性試験では上記のように大量の毒素を与えても影響を受ける動物がいない、こうしたものに慢性毒性が現れることはない、という認識が広くなされている。しかし、物事を科学者の共通認識だけで進めると、予期せぬ事態が招くこともある。 環境への影響 遺伝子組換え作物が環境によからぬ影響を与えるのではないかと言う疑念は、多くの人々が唱えている。有名なものとしては、殺虫毒素を作るトウモロコシの花粉が蝶を殺した、除草剤耐性の雑草が生まれた、殺虫毒素の効かない害虫が増えた、などの報告がある。 殺虫毒素を作るトウモロコシの花粉が蝶を殺したというのは、蝶が昆虫である以上十分考えられる。逆にいえばなぜ害虫以外の虫がその毒素で死なないのかが不思議な話で、昆虫類は確実に影響を受ける。ただし、このことが直接昆虫の生息に大きな打撃を与えるということにはならない。自然環境に出た場合、トウモロコシの花粉密度は、トウモロコシからの距離が遠くなれば低下する。また、花粉
  • レポート 農学 遺伝子 組み換え 遺伝子組み換え 遺伝子組換
  • 550 販売中 2006/11/27
  • 閲覧(7,843)
  • 競争に勝つ大学 科学技術システムの再構築に向けて
  • 澤田裕・寺澤達也・井上悟志(編著) 『競争に勝つ大学 科学技術システムの再構築に向けて』 東洋経済新報社、2005年、312頁。  大学教員になったばかりの頃、欧米の、特にアメリカの大学では、「発表せよ、さもなくば破滅だ」(Publish, or perish.)という言い方がある、と聞いた。研究成果を次々に論文として発表し続けなければ、研究者としてやっていけなくなる。大学教員となっていても、テニュア(終身在職権)をもらえず大学を追われてしまう、たとえテニュアを持っていても居づらくなってしまうということであった。ずいぶん厳しい世界だと感心した。いくつかの偶然が重なって大学教員(助手)になったものの、さしたる抱負も野心もなかった評者は、競争心や向上心に欠ける自らの性格を顧みて、意気地のない言い方だが、「アメリカの大学人でなくて良かった」と胸をなでおろしたものである。日本の大学の場合、近年は任期付き雇用という形態が増えてきているとはいえ、どのような職階であれ、就職した時点でテニュアを付与されたも同然だからである。しかし、本書を読むと、アメリカの大学は、「発表せよ、さもなくば破滅だ」よりも、はるかに厳しい状況にあることが分かる。  研究成果を挙げ、論文を発表するためには、研究のためのなにがしかの資金が必要である。自然科学分野では最新の設備や優秀なスタッフも不可欠である。しかるに、アメリカの大学では、日本の国立大学のように(2004年春の国立大学の法人化以降、大幅に減額されたとはいえ)毎年支給される一定額の研究費のようなものは存在しないし、教授であれば設備やスタッフが自動的にあてがわれるということもない。さらに、多くの場合、給与も大学からは9ヶ月分しか支給されない。そのため、アメリカの大学人は、設備を購入しスタッフを雇用するための資金はもちろん、自らの生活費の一部も、政府機関や財団から提供される研究費(グラント)を獲得することによって賄わねばならないのである。「発表せよ、さもなくば破滅だ」以前に、「グラントを獲得せよ、さもなくば破滅だ」ということになる。  したがって、グラントをめぐる獲得競争は激烈にならざるを得ない。個々の研究者にとって死活問題であるだけではない。研究者の所属する大学にとっても、どれだけのグラントを獲得できるかは死活問題だからである。というのも、グラントにはオーバーヘッド(間接経費、グラントの約半額とのこと)が伴い、それが大学にとって重要な資源となっているからである。大学はオーバーヘッドとして得た資金で、研究に必要な設備や備品の充実にあてるだけでなく、戦略的に重要と思われる部門を重点的に強化し、その大学の特色とする。また、獲得したグラントの数と金額は大学のランキングに大きく影響する。したがって、大学は教員人事にあたっては、グラントをとれそうな教員を鵜の目鷹の目でさがしてヘッドハンティングする。  このような状況の下では、ランキング上位の大学といえども安穏としていられないし、下位の大学にとってはチャンスがあるということになる。本書によれば、アメリカの大学システムに見られる、この競争的環境こそ、アメリカの大学の活力の源泉であり、その結果、アメリカの科学技術は世界トップレベルとなり、アメリカの経済的繁栄が可能になっている、ということになる。  日本の大学でも一昔前と較べると、毎年定常的に支給される研究費が少なくなり、一方で科学研究費補助金に代表される外部からの競争的研究資金の比重が大きくなってきた。その結果、日本の大学でもアメリカの
  • 全体公開 2007/12/24
  • 閲覧(1,516)
  • 書評:エリック・アシュビー講演集 科学技術社会と大学
  • E.アシュビー著(宮田敏近訳)『エリック・アシュビー講演集 科学技術社会と大学』 玉川大学出版部、2000年、246頁。  本書は、名著『科学革命と大学』(島田雄次郎訳、中央公論社および玉川大学出版部)の著者として有名なアシュビーの講演集である。これらの講演は、最も古いもので1959年、最も新しいもので1972年になされたとのことである(本書「序文」による)。原著Adapting Universities to a Technological Societyは1974年に出版されている。  アシュビーは1904年生まれのイギリスの生物学者であった。とはいえ、彼の知的好奇心と活動範囲は、一生物学者として留まるにはあまりに広かった。イギリスの大学で学んだ後、ドイツやアメリカに留学し、オーストラリアの大学で教えたこともあれば、第二次大戦中は(オーストラリア公使館)科学顧問としてモスクワに滞在した、といった具合である。また、アシュビーは1950年、北アイルランドのベルファスト大学の学長に就任するなど、大学管理者としての経歴を歩み始め、1959年から75年までケンブリッジ大学クレア・カレッジの学寮長を務めるとともに、1967年から69年まではケンブリッジ大学の学長も務めた。アシュビーは、イギリスの大学をその中枢にあって経験するとともに、世界各地の大学の実状に通じるという希有な経歴の持ち主であったわけである。  元来生物学者であったアシュビーは、大学を生物との比喩で考えており、このことは原著のタイトル(直訳すると、『技術社会への大学の“適応”』)にもみてとることができる。また、本書の随所で開陳されている。例えば、次の通り。    生物の共同体のなかでは、そして大学の共同体のなかでは、新しい品種が現れるとき、そこに革新と交配という出来事がおこります。(17頁)  大学は生物のように遺伝(伝統)と環境の産物であります。大学の伝統は明白であり、大学が何を標榜するかについて大学人のあいだにはコンセンサスがあります。つまり、卓越性、客観性、理性の陶冶、知識の内在的価値であり……このコンセンサスは、……力強い内部論理をつくりだします。大学環境とはそれをささえる社会的、政治的システムです。それは二つの主要な力によって作動します。二つの力とは入学しようとする志願者の圧力(顧客ニーズ)と卒業生を引き出す雇用者からの吸引力(人的資源に対するニーズ)です。……それゆえ、すべての大学において内部論理、圧力、吸引力という三つの力のあいだに動的な平衡状態が存在します。(173頁)    すなわち、アシュビーによれば、大学は内部論理と圧力と吸引力という三つの力ないしはベクトルのせめぎあいと均衡の中から変革のエネルギーをくみ取ってきたのである。その結果、大学は中世に誕生して現代に至るまで、また、ヨーロッパから発して世界の至る所に、さまざまな変異種を生み出しながら、存続し発展を遂げてきたのである。換言すれば、大学には「知的専門職のための学校という機能に、紳士をつくるための教養学校、研究機関、共同体のための奉仕場所……」といった多様な機能が加増され、現代の大学は「多目的機関」となった(222頁)。  ところが、大学は、単なる「危機」というよりは、これまで経験したことのないような「文明の転換期」に遭遇している、とアシュビーは考える(224頁)。だとすれば、大学は、科学技術の急速な発展によってもたらされた「文明の転換期」を、これまで成功してきた「適応」戦略によって、これまでと同様に乗
  • 全体公開 2007/12/24
  • 閲覧(1,905)
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