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連関資料 :: 哲学

資料:298件

  • 教育哲学とは?
  • 教育哲学とは? 「教育を哲学する?」――難しそう、理屈ばかりこねていて、現場に役立たない、といった評判が聞こえてきます。しかし、哲学とは決して難解な言葉を用いて議論をすることではありません。「哲学する」ということは、私たちが毎日の生活の中で直面する問題を筋道立てて考えること、私たちがあたりまえと思っていることをいったん立ち止まって考え直すこと、先入観や思いこみにできるだけとらわれることなく合理的・論理的に考えることです。  現在、「教育」には課題満載です。「いじめ」や「不登校」、家庭での親子関係、「教室崩壊」、少年非行、校内暴力、学力低下、道徳教育や総合学習、教育基本法の見直しの問題等々、挙げ
  • 問題 言葉 自分
  • 全体公開 2007/12/14
  • 閲覧(3,696)
  • 実在の哲学
  • 実在の哲学 よく来てくれた。 君のような若者が来るのを待っていたよ。  なるべく簡単に説明するというのが私の方針であるが、ここでは、皆さんを混乱させる議論をしてしまうかも知れない。  力学は「どう動くのか」ということをまとめた学問であるが、「なぜ動くのか」ということについては何も説明していない。 私はそれを知りたいのだ・・・・・。  この世に力なんて物はホントにあるのだろうか?  力というのは、結局、運動量を変化させる現象を見て、「力が働いていると考えよう」として決めた概念である。 力というものを取り出して君に見せることは出来ない。  「見えなくても確かにある」と言うかも知れない。それを感じることは出来るから。それは否定しない。  しかし、それをなぜ感じるかと言えば、もっと深い理由がある。  例えば、風は実在するだろうか? 君は風を肌に感じることが出来る。 しかし、風の正体は空気である。「風」が「在る」のではなくて、空気が移動している現象を「風」と名付けたのである。「風」は結果である。  人間は実在しないものに、ある名前を付けて、あたかもそれが存在するかのように議論することができる
  • 全体公開 2007/12/24
  • 閲覧(2,830)
  • 哲学レポート
  • デカルトのいう、「われ思う故にわれ在り」どのようなものなのか、この言明の意味・意義について考えていく。 「われ思う、故にわれ在り」(私は考える。だから、私は存在する)。これはフランスの哲学者であるルネ・デカルトの有名な言葉だ。  デカルトは、感覚や経験による知識が多くの誤りを含むものとの考えから、真なる知識を求めて、すべてを疑うことから出発した。  まず始めに疑ってみたのは、自分の外部に対する感覚的知識であった。つまり、自分が見たり聞いたりしていることは本当かどうかということであった。 遠くから見ると丸かったものが近くで見ると星型であったりすることがあるように、人間が見たり聞いたりという感覚には錯覚がつきものであり、確実な知識とは言えないのだ。このことから、感覚的知識は疑わしいといえる。  更にデカルトは、自分自身の身体感覚でさえ疑ったのだ。なぜなら、私は今レポートを書いている事を確かに感じているのだが、実はそのような夢を見ているだけかもしれないというのだ。  確かによく考えてみると、私自身も夢を見ているとき、現実との区別がつかないときがある。よって夢と現実の区別はそれほど明確ではない
  • 福祉 レポート 哲学 デカルト 知識 考察 意義 方法 原理
  • 全体公開 2010/03/01
  • 閲覧(28,883)
  • 西洋の哲学
  • 序論 このレポートでは、西洋哲学を中心に哲学と社会のかかわり、互いに与えあっている影響を述べます。いつの時代も互いに影響し合っている出来事があり、それを通して哲学と社会の関係性を見出していくとともに、私が感じたことを示します。  また、本論では近代から現代のニーチェ哲学とハイデガー哲学の思想を中心に展開していきます。 本論  まず、ニーチェ哲学の思想とは、現代思想の最大の源流の思想であり、ポスト・モダニズムに代表されます。彼は「神は死んだ」と称してキリスト教の批判をしました。当時の主流を成していたキリスト教を構成する考えに対応した回答を出していて、「ルサンチマン思想」を批判し、「反ヨーロッパ形而上学」的立場をとりました。ルサンチマン思想とは、物質や心理的なさまざまな場面においての妬みや嫉み、嫉妬などの怨念であります。すなわち、苦悩というそれ自体が人間存在への罰であったという説教ということを述べています。  また、苦悩と矛盾の意識の反動として本当はかくあるべきだという出発点をとるような一切の思考方法、第二に、博愛や絶対平等、ユートピアをその基礎にするような一切の思考方法、第三に、絶対的な
  • 宗教 キリスト教 社会 心理 哲学 思想 人間 世界 ヨーロッパ
  • 550 販売中 2009/06/22
  • 閲覧(2,771)
  • 哲学とは何か
  • 哲学の出発点は紀元前5〜6Cである。哲学以前は古くから詩人たちが世界の始源について神語的に説明し、ギリシャ以前はエジプト・バビロニアで数学や天文学が発達した。そして実用的な経験的知識を得た。哲学の基本的な特徴は特定の領域に制限されない普遍哲学と根底へと深く問う基礎科学がある。自然哲学者たちの基本的態度は、世界は何から形成されたか・いかに発生したかという事を追求し、ある起源の物質を様々に生成変化するかという元のもの(始源・原理)を考える。万物の元のものというのは『水』『無限なもの』『空気』である。考えることにより万物が生じ、直接経験させる現象に対して、『その根本にあるものを問う・合理的に説明しようとする』態度を示し、理論的に考えることにより物事の根本を探求し、本質を見極めることに繋がるのである。そして『知恵の愛』によるこの理論的・原理的態度が西洋の学問一般の重要な特性になる。   哲学の最初の学説とはまず初めに?『水』を世界の原理とする自然論がある。水は万物が発生し存立する資料である。大地は木材のように水上に浮かび、これにより大地が世界の中心に静止する。なぜなら、あらゆる種子が湿った本性を持ち、水こそがその湿り気を持ったものにとって、その本性の元のものだからである。   次に?『無限なもの』を世界の原理とする自然論がある。これは万物がそこから生成され、消滅によってそれに帰還するという資料の無限な量のことである。空間的・時間的に無限で性質的に無規定であり、冷たいもの・暖かいものの性質の反する2つのものから万物が起こるとされている。   最後に?『空気』を世界の原理とする自然論がある。『無限なもの』の説を受け継ぎ、限りなく広がり、不断に運動変化する空気と呼ぼうとした。
  • レポート 哲学 無限なもの 空気
  • 550 販売中 2006/07/05
  • 閲覧(2,813)
  • 国際政治学 哲学 国際政治の哲学について
  • 国際政治の哲学について考える。  まず、哲学とは、「世界・人生などの根本原理を追求する学問。古代ギリシアでは学問一般として自然を含む多くの対象を包括していたが、のち諸学が分化・独立することによって、その対象領域が限定されていった。しかし、知識の体系としての諸学の根底をなすという性格は常に失われない。認識論・論理学・存在論・倫理学・美学などの領域を含む。 各人の経験に基づく人生観や世界観。また、物事を統一的に把握する理念。」という言葉の意味から、私は国際政治の哲学について、国際政治学とは何かという課題をひも解くことによって論じていきたいと考える。  国際政治学とは何か。  国際政治学は、国際関係の変化のうち、政治的な側面の研究である。ただ今日においては政治と経済は連動しており、その境界線を明確にすることは困難な場合が多い。したがって国際政治、国際経済、国際法は渾然一体をなしており、同じ研究対象を別なアプローチで切っている場合も往々にしてあり、しかも観点の違いによって結論も違う場合もありうる。  テキストによると、「国際政治とは一つの国家・国民と別の国家・国民の間になりたつ政治関係のこと
  • 歴史 アメリカ 政治 経済 国際 戦争 社会 哲学 国際政治
  • 550 販売中 2009/03/16
  • 閲覧(2,194)
  • 哲学入門レポート
  • 理系学部の学生という性質上、どうしても科学について書かねばならないと思ったので記す。 「科学」の意味は違えとも、結局のところ、理系である私が目指さねばならない「科学」も哲学上の「科学」の中に含まれるであろう。文系でも「科学」を扱うことには変わりはないだろうが、理系とあれば扱う「科学」は「自然科学」だ。 哲学上の「科学」もそうであるが、「自然科学」は常に理論による塗り壁を必要とする、というよりは「自然科学」自体が理論の集合体で、「自然科学」は「自然科学」によって構成されていると感じる。積もる所、「自然科学」をいくら掘り返そうとも「自然科学」しか現れない。つまり、某「自然科学」の理論の原因を探れば、それもまた「自然科学」の理論にたどり着くだけに過ぎない。そのような学問であるから仕方ないのだが、堂々巡りに感じることがしばしばある。特に、アインシュタインの相対性理論などを学ぶと、事実の物理学者の中にも人間である限り極限の究明はできない、などとおっしゃる方もいるくらいだ。ここが理系の不安になるところであり、欠点でもある。「自然科学」を進めるものである限り、この点からは逃れられないのであろうか。
  • レポート 哲学 理系の哲学 自然哲学
  • 550 販売中 2006/02/12
  • 閲覧(6,036)
  • 哲学と不条理な人生
  • この論文では、哲学と不条理な人生の関係について考察していこうと思う。最近は何かと「哲学」という言葉には、無駄に重苦しいというか近寄りがたいイメージが付着して、哲学とはなんであるかということさえ考える人が少なくなってしまったような気もする。そこで、ここはまず原点に戻りアリストテレスの著から哲学についての記述を以下に引用する。「一般に、高次の精神は低次の精神なしには存し得ず、高次の生は低次の生の凡てを含んでその上に発展する。かくの如く段階的発展的に見られた生の存在論もしくは精神の現象学に於いて、その最高の段階を現すものは学、特に哲学である。・・(略)・・手仕事をする大工よりも設計をする棟梁がより智者であると云われている。しからば最も勝れた意味に於いて智者と考えられるのは如何なるものであるか。物を個別的に知っているというのではなくて凡てを知っている者が智者である。・・(略)・・智者の有すべき智慧はこのようにして普遍的なもの、究極的なものに関する知識でなければならぬ。この知識はあらゆる他の知識の上に位し、他の目的のためでなくそれ自身のために求められる。眞に智慧の名に値するのは第一原理と第一原因に就いての知識である。かような「智慧」は最高の学たる哲学に属している」( 『アリストテレス形而上学』三木清岩波書店全集9) かつて、純粋思弁を繰り返し人智の最高レベルに到達する哲学は、あらゆる学問の王であった。アリストテレスも「学」と「技術」を区別し、「学」を、「技術」を司る王座に地位させている。また現代直前までの例えば2000年という歴史的時間においては、それが確かに強烈な権威を保っていて、人類社会に圧倒的なる実力を有していた。秦の始皇帝の焚書坑儒をはじめとして日本の昭和時代の前半にまで残っていた治安維持法などは、純粋哲学思想(形而上学)がいかに実力を有し、為政者を煩わせ苦しめたかの例証であろう。  2002年7月6日朝、伊藤琉介ちゃん(2歳)という一人の赤ちゃんが急性心不全で亡くなった。琉介ちゃんは心臓移植手術を受けるため7月15日に渡米する予定だった。生後7ヶ月で心臓の収縮機能が低下する難病の拡張型心筋症を診断されていた。
  • レポート 哲学 不条理 人生
  • 550 販売中 2005/07/30
  • 閲覧(2,393)
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