連関資料 :: 社会
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「格差」をめぐる中国インターネット社会
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中国の成長が凄まじい。そう言われて早十数年が経つ。90年代以降、経済成長率は年10%前後で推移し、北京や上海などの都市は大きく経済発展を遂げた。政治においては社会主義を維持しながら、経済において市場経済を推進する。鄧小平の掲げた社会主義市場経済は、経済発展という大きな果実を実らせ、中国をGDP世界第二位の地位まで押し上げた。
このような経済成長に歩調を合わせるかのように、中国国内におけるインターネットの普及も急速に進んでいる。2000年には約2200万人であったインターネットの利用者数は、2012年には5億6000万人を突破した1。近年、その増加率には一定の落ち着きはあるものの、年数千万人規模で利用者は増加し続けている。
世界が情報化社会といわれて久しい昨今。中国社会も例に漏れず、情報化社会への階段を登っている。しかしながら、急激な経済成長と情報化の裏側で、インターネット社会に蔓延する問題が大きく取り沙汰されるようになった。それは、政府による検閲の問題であったり、インターネット世論の持つ影響力の大きさであったり、都市と農村の情報格差であったり、人肉捜索をはじめとした倫理の問題などであった。
このような諸問題の背景には一体何が潜んでいるのだろうか。その全貌を明らかにすることは叶わないが、一つの手掛かりとして「格差」というキーワードを挙げることができるように思う。というのも、現代の中国社会を語る上で、「格差」という問題は無視することができないからである。そこで本稿では、注目すべきいくつかの「格差」を取り上げ、それら「格差」と中国インターネット社会が抱える問題との関連を考えてみたい。
本稿の構成は以下の通りである。まず、「中国国内と海外との情報格差」を中国政府による検閲問題から考える。続いて、「都市と農村の情報格差」を経済格差との関係を考えてみたい。最後に、「インターネット利用者の年齢層の格差」からインターネットにおける倫理や世論形成の問題について考える。以上を通じて、情報化社会中国が抱える問題に少しでも光を当てることができればと思っている。
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教師が関係する日本の社会問題
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これから日本が解決していかなければならない問題の中で教師が積極的に関わりうるものは少年犯罪問題である。少年犯罪はいつの時代にもあり、いま増加し凶悪化したわけではない。少年犯罪は社会の鏡といわれるように、社会を映すものであるから表面的な形態は違っても子供たちから社会への信号・警告であることは変わらない。
もちろん、教師は生徒を犯罪に走らせないように努力すべきである。そしてそのためには彼らの「信号」に向き合わなければならない。
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「社会福祉の法体系についてまとめよ。」
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1.はじめに
(1)社会福祉法規と憲法25条との関係
日本国憲法はあらゆる法の根本的規範であり、国の最高法規である。社会福祉法規の同じく憲法25条を根拠として成り立っている。憲法25において国民の生存権及び国の努力義務が定められており、社会福祉法規はこれを具体化したものである。
(2)社会福祉の概念
社会福祉法規の体系づけは、社会福祉という言葉の不明確で、定義しにくく、必ずしも周知されているものではないとされている。そのため、社会福祉の概念規定は統一的でなく、広義、狭義の解釈の仕方が多様なものとなっている。昭和25年社会保障制度審議会によると、社会福祉は「国家扶助の適用を受けている者、身体障害者、児童その他援助育成を要するものが、自立してその能力を発揮できるよう必要な生活指導、更生補導その他の援護育成を行うこと」と定義している。ここでは、社会福祉の対象が明記されており、少なくともこの定義に依拠して考える限り社会法規の範囲を見出すことは可能となる。それは「援護育成を要する者」が社会福祉の対象であり、これらの対象者に対する援護育成の具体的取り決めを個別的に定めたものが社会福祉法規の体系を示したものである。
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国際化社会への対応と教育
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近年の世界における相互依存の発展、国際交流の拡大は、さまざまな分野での国際化を進展させている。社会経済を動かす金、物、情報、それを扱う人が国境を越え、広く行き交い、世界的規模にまで広がっている。アメリカの経済の動向が日本の経済を左右したり、日本の多くの企業が外国で物を生産したり、海外からの留学生の急増などを見ればよくわかる。国際化に関わる問題は国家間だけでなく、いまや個人、企業、地域など、我々にとって身近な問題として存在する。
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現代社会における家族の変化・変動
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第一次的な福祉追求集団である家族は、原始から現代に渡る長い間に、社会の発達、変遷に伴う変化を迎えて来たが、今日では画一的、固定的だった社会が多様化・流動化という変化の兆しを見せ、加速化しつつあり、家族集団もその影響を多分に受け、変容を遂げて来ている。
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日本人の知らない格差社会について考える
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日本人の知らない格差社会について考える
始めに
石川町駅の東側と西側では全く雰囲気が違う。東側、横浜中華街は人でごった返し、どの店に入れば良いのか悩むほど活気に満ちた店が立ち並んでいる。歩行者天国の車道を歩くのも大変なほどの賑わいだ。しかし、西側の寿町は閑散としている。強い日差しを避けるためか歩道の日陰で休んでいる高齢者や障害者が目に付く。同じ車道を歩くにしても、よそ見をして歩いていた中華街と違い、若者が歩いているのが珍しいのか、服装の違いでよそ者だと分かるのか、痛いほどに視線を感じるためまっすぐ前を見て足早に歩く。寿町の中央に近づくほど、異臭を強く感じるようになった。店も小さな飲食店がまばらに在るが、一度も客が出入りしている所は見なかった。
ランドマークタワーから横浜の町を見下ろすと高いビルが立ち並び、経済が発展しているのが一目で分かる。その中に突然ぽっかりと穴の開いたような空間が目に付く。そこが寿町であった。空虚な空間というのか、ここが日本であることが信じられなかった。
なぜ、これ程までに格差が生じたのだろうか。
1.横浜中華街の形成と発展
幕末に日本が開国し、横浜の港が開かれると、大勢の商人が横浜を訪れ、外国人居留地として設けられた「居留地」に商館を開いた。中国人は漢字によって日本人と筆談できたため、西洋人と日本人の間に立ち、取引現場に必要不可欠な存在になっていった。その後関帝廟、中華会館、劇場などを設け中華街を築いていく。だが、関東大震災により壊滅的な打撃を受ける。人心が乱れる中で日本人による中国人虐殺という悲劇が起きる。ようやく立ち直った矢先に日中戦争勃発。反中国感情の高まりや華僑の帰国により客足が途絶えてしまう。それでも戦死者追悼会に代表を送るなど、地元との関係を保つ努力を続け、戦時下の辛い日々を耐えた。1945年5月29日、大空襲で中華街は一面焼け野原となる。終戦と共に復興が始まり、トタンバラック前の路上で、進駐軍の配給物資の小麦粉、砂糖、油でドーナツを揚げ、それ目当ての人々が集まり行列が出来るようになっていった。
中華街は日本人と中国人が共生し、中国人が飲食店、日本人が食材を供給する形で分業している。1960年代から始まる高度経済成長と横浜港周辺の経済構造の変容が、中華街に変化と発展を促した。また、首都高速道やJR根岸線などの開通、東京オリンピック開催が中華街に活気をもたらした。
日本の中華街の特徴は来街者の95%が中国人ではなく、日本人がとても多いという事である。他国とちょうど逆の状態である。
2.寿町の形成
寿地区とは、大阪の釜ヶ崎、東京の山谷と並ぶ日本3大寄せ場の一つである。
寿地区を含む横浜は、1859年に横浜港が開港し、界隈埋め立ても行われ、以来貿易関連業や各商工業が発達。その後、寿地区に当たる土地も埋め立てられ、問屋や港湾労働業が活況を呈した。1945年10月、横浜港は米軍に接収され、住人が戦中・戦後住んでいたバラックも立ち退きを命じられ、住人は再び住まいやその土地を追い出された。一方で、横浜港は、米軍の軍需物資と穀物輸入の集積港として栄え、港湾の労働需要が高まる。これに伴い、全国から多くの労働者が横浜に仕事を求めて来るようになった。特に、1950年~53年の朝鮮戦争では、日本の軍需産業が活発なり、港湾労働の需要は一層高まり、さらに労働者が流入した。そのため過度の労働者数で宿泊所が不足、川岸にはしけを改造した「水上ホテル」が建設された。1956年米軍の接収が終了し、横浜港そして寿町地区を中心とした埋め立て地区は
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レポート
中華街
寿町
ワーキングプア
貧困
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60年代のアメリカ社会と文化
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60年代のアメリカ社会と文化
はじめに、「ベトナム反戦運動」・「カウンター・カルチャー」・「アメリカン・ニューシネマ」この3つの言葉について、知らない事だらけなので、まずは、この3つの言葉について調べよう。
ベトナム反戦運動
1960年~75年の北ベトナム・南ベトナム解放民族戦線とアメリカ・南ベトナム政府との戦争への反戦運動。当事国だけではなく、世界中に広がって混乱を招いた。 (広辞苑より)
カウンター・カルチャー
若者が牽引する反体制的な文化の総称。今までに形作られてきた文化のメイン・ストリームに対する反発であると同時に、その背景にある強固な モダニズム 的価値観への批判という側面を持ち、特に先鋭的なものは「アンダー・グラウンド(アングラ)」と呼ばれることもある。一般に、「カウンター・カルチャー」として真っ先に想起されるのは、1960年代後半のアメリカにおける若者文化である。
(arts capeより)
アメリカン・ニューシネマ
1960年代後半~70年代にかけてアメリカで製作された、反体制的な人
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ベトナム反戦運動
カウンター・カルチャー
アメリカン・ニューシネマ
ゴットファーザー
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社会福祉制度と生存権について
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「社会福祉制度と生存権について」
まず始めに、わが国における生存権について説明する。
生存権とは、日本国憲法第25条の「すべて子国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定が、生存権の根拠となっている。
日本国憲法はその前文において、三大原理、①国民主権、②基本的人権の尊重、③平和主義を示している。生存権とは、基本的人権の尊重の原理に基づく権利である。
生存権は、今日のわが国を支える重要な理念である。しかし理念は理念として存在するだけでは意味がない。そこで、実際に国民の生活に反映させるために、具体的な社会福祉制度として具現化されているのである。そして、この生存権を端的
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福祉学
生存権
朝日訴訟
生活保護
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社会福祉援助活動における倫理について
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「社会福祉援助活動における倫理について」
社会福祉専門職の専門性には、「知識・心・技術」という3つの要素がある。倫理とは、ここでいう「心」の部分である。
社会福祉専門職に求められる知識とは、次のものである。
①自らの専門分野に対する深い専門知識。②社会福祉全般に対する幅広い知識。③社会福祉の隣接領域に関する知識。④その他の知識。
社会福祉専門職に求められる技術とは、次のものである。
①社会福祉援助技術。②コミュニケーションの技術。③その他の技術。
社会福祉専門職に求められる心とは、次のものである。
①倫理性。②職業倫理。③行動規範。④人権意識。⑤豊かな人間性。⑥福祉絵の誇りや情熱
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福祉学
日本社会福祉士会
利用者に対する倫理責任
実践現場における倫理責任
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
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