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連関資料 :: 教育

資料:11,641件

  • 国語科教育
  • 「やまなし」の教材研究を行うとともに、事例(p.142-170)の児童の発言を考察しなさい。  教材としての「やまなし」  「やまなし」という作品は、実際にテキストにもあるように、作品の一節に使われている言葉から「初めて聞いたんだけど、何か体の中ではもう知っていたかのような、不思議な言葉・・・」と評す児童がいる。このことからもわかり、私も感じたことが、この作品はどこか懐かしい雰囲気のある作品であるということと同時に、不思議な作品であるという印象を受けた。 また、この作品には聞いたことのない独特の比喩表現が多数使われていたり、「五月」と「十二月」など対比も使われていたりする。さらには、この作品の情景や色などが直接、感覚器官に訴えてくるような表現が使われており、教材としても素晴らしい作品ではないだろうか。そして、作者独自の造語である「クラムボン」や「イサド」などの単語が使われており、それらは小学校6年生の児童にとって、様々な創造をさせ、読むことの楽しさを覚えさせ、宮沢賢治が作り出した「やまなし」という世界に入り込みやすくすることができると考える。 しかし、この作品を教材として扱うときには注意しなければならない点がある。それは、宮沢賢治が法華教という仏教の中のひとつの宗教の教えを深く信仰しており、「やまなし」の中にも仏教を敬った考えがところどころに入っていること、この作品が宮沢賢治の身近なものや周囲の環境が例になっていることである。こういったものを考えながら授業を展開すると、時間的にもかなり厳しいといえる。  単元目標  この単元の目標は「『五月』と『十二月』の世界の違いや共通するものを考えることで、生きることの意味を感じ取る。」と「賢治の描いた世界を読み味わい、『自然』や『生命』などについても考える。」の2つである。  ここからは学習指導要領の「内容」と照らし合わせていくこととする。 「話すこと・聞くこと」に関して考えると、級友同士でこの作品中の表現について意見を言い合ったり、発表し合ったりすることによって、いろんな人の考えを知ることができる。  「書くこと」に関しては、「話したり、聞いたりしたことをイメージしたこと」、「五月」、「十二月」、「クラムボン」や「イサド」を「絵として書く」という表現が自分なりにできる。  「読むこと」に関しては、宮沢賢治の独特な情景や色を表す言葉や、比喩表現によって様々な想像をすることができ、個々の考えができるようになるのではないだろうか。   第3節 授業計画  この作品の特徴は、すでに書いているように独特の比喩表現と、造語である。しかも、テキストにもあるように「私は、あまりこういうわけのわからない文章は好きじゃない、というより嫌いです。」と言っている児童もいる。このような作品を理解するには時間がかかる可能性がある。これを解消するにはまず、音読という方法が最も効果的なのではないだろうか。最初の方の授業では音読を中心に行い、興味や関心を持たせることが重要である。また、宮沢賢治の他の作品や、「やまなし」を執筆していた当時の環境についても調べることも良い方法になると考える。  次に、音読を繰り返し行い、感じたことから想像を広げ、自分の考えを持つことが重要になる。  そして、この作品の世界をよく理解し、級友と意見の交換や、自分が文章を読んで感じたことを発表し、それについての意見を級友に意見してもらうという作業もしても良いと考える。さらには、単元目標のところでも書いたが、文章中に登場する造語や表現を絵として書き表しても良い。そう
  • 環境 小学校 児童 学校 学習指導要領 仏教 授業 学習 言葉 指導
  • 550 販売中 2008/03/10
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  • 学校教育課程論
  • 『教育課程とは何かについて、その基準と編成原理、今日的課題についてまとめなさい。』 教育課程とは、学校教育法により定められた、学校の教育目的や教育目標を達成するために配慮してつくられる、児童生徒の発達を保障するため学校が計画的、組織的に編成した教育プログラムである。教育課程を編成するとき、学校の教育目標を掲げ、指導内容の組織や授業時間の割り当てを基本とし、検討する必要がある。そのときに、考慮しなければならない4つの原則がある。その4つの原則は次の通りである。 ①法令及び学習指導要領のしめすところに従うこと ②児童・生徒の人間としての調和のとれた育成を目指すこと ③地域や学校の実態を考慮すること ④児童・生徒の心身の発達段階や特性などを十分考慮すること このような原則で編成している教育課程だが、今日に至るまでには様々な社会の変化に対応して、変化してきている。日本では、これまでに3回の教育改革が行われた。 最初の教育改革は明治時代の学制発布である。これは国民に教育を受ける機会を保証することが大きな柱となっていた。2回目の教育改革は、戦後の義務教育制及び民主教育の発足に伴う改革である。これにより、子どもたちの進学率が大きく上昇し、教育が大衆化された。そして「大衆教育社会」の到来と同時に、受験戦争が過熱することとなった。3回目の教育改革は中央教育審議会や臨時教育審議会を中心として提唱された現行の教育改革である。学校でのいじめ、不登校、学級崩壊など、いわゆる教育の荒廃の原因が、受験戦争によって過熱化した学歴社会であると、新しい学力観に基づく「ゆとり教育」への変換が始まった。  教育基本法及び学校教育法の公布と並行して、昭和22年3月に最初の学習指導要領が制定された。これは教育課程上、「それぞれの学校で、その地域社会の社会生活に即して教育の目標を吟味し、その地域の児童青年の生活を考へて、これを定めるべきものである」と述べられ、現場の裁量にゆだねられていた。着目すべきは、修身・歴史・地理の変わりに「社会科」が新設、及び「家庭」と「自由研究」が新設されたことである。国のための教育から個人のための教育へと変革を目指した。  昭和26年に文部省は学習指導要領の全面改訂を行った。小学校では以前の9教科に変わり、「主として学習の技能を発達させるに必要な教科」(国語・算数)、「主として社会や自然についての問題解決の経験を発展させる教科」(社会科・理科)、「主として創造的要素を発達させる教科」(音楽・図画工作・家庭)、「主として健康の保持増進を助ける教科」(体育)の4つの領域へと再編された。4領域ごとに合科的な授業を行うことが意図され、きわめて柔軟なカリキュラムであった。しかしながら、この経験学習的なカリキュラムはやがて批判にさらされた。なぜならば、これにより児童生徒の基礎学力が低下し、非行、規律の低下が問題となったからである。  この対応策として、教育課程において系統学習的要素が取り入れられる試みがなされた。その試みは三層四領域という。そのため、昭和33年3月に教育課程審議会は答申を出し、道徳教育・基礎学力・科学技術教育に重点をおくように方針を示し、10月に学習指導要領の改訂が行われた。これにより教育課程は、各教科、道徳、特別教育活動、学校行事などの4領域に構成された。また、学習指導要領の法的拘束力が強化されたことも着目しなければならない。さらに着目すべきは、「道徳」の設置である。そして、国語、算数、理科の授業時間が増加し、基礎学力の向上が目指されている。  1960年代
  • 小学校 学校 社会 戦争 発達 学習指導要領 道徳 体育 健康 学習
  • 550 販売中 2008/03/12
  • 閲覧(4,645)
  • 環境教育(1分冊)
  • 私たちの生活は、物質的に恵まれ、便利で快適な生活をしている。しかし、この便利で快適な生活のために、社会を支え続けてきた自然のしくみを破壊してきたことに行き着く。今の私たちの社会は、自然のしくみを大規模することで過剰に自然の資源を得て、大量生産、大量消費を行い、二酸化炭素や窒素化合物、環境ホルモンなどのごみを大量廃棄して、さらに自然のしくみを大きく破壊することで成り立っている。人間・社会の飛躍的な発展によって、生態系における各種生物の地位や役割を乱してしまったり、循環されない物質の生産をすることで発生した諸問題を、今までの歴史の中で認識し、その解決のためにはどのようにしていったらよいのかを考えていくことが重要である。自然を破壊してきた人間・社会の活動と果たして役割を考え、今度の人間の役割を考えていくことが重要なのである。 <実践可能な環境調査について>  私たちの生活が便利になるにしたがって工業化が進み、公害問題が発生していることを考えていく。このような消費生活を送っていくあたり、生活とごみの問題は切り離せない問題になっている。そこで、ごみという身近な環境問題について調べていくこととする。 公害とは? 小学校社会科等で、公害について学習する機会がある。 そこから、公害があると環境が破壊されていることに気づき、公害の発生が人間の健康被害をもたらすという点だけでなく、日本の高度経済成長によってもたらされた公害の歴史についても触れていく。 身近なごみと公害って関係あるの?(身近なごみ調査) 自分たちの生活圏内で、ごみに関する問題点や公害につながっていくと思われるごみの実態について、周りの大人に聞いたり、自分たちで近所を歩いて見つけたことや疑問に思ったことを発表していく。「近所で、ごみを燃やしている人がいるけど、それってどうなのかな?」「自動車を山にすてられているのを見たよ」「ごみを分別しないで捨てている人がいたよ」等、子どもたちが普段の生活で感じたごみに関する疑問から、公害につながっていく“流れ”を考えていく。ごみを燃やすと煙が出て、この煙が大気汚染の原因にもなること、不法投棄が自然を破壊していること、ごみの分別をしないがために、資源の再利用ができず、そこから新たな森林破壊につながることやごみの減量化ができず余計な人件費・処理費がかかることなど、ちょっとしたことでも大きな問題につながっていくことを知っていく。 ごみ処理の実態を探る(ごみ処理場での調査) ごみ処理場を見学し、ごみ処理の実態に触れていく。市で出たごみはどのように処理されていくのだろうか、資源の再利用は実際にどの程度はかられているのか、ここで、ごみ処理場では住人の公害を心配する反対意見などもあり山奥に設置されていること、ごみをしっかり処理するために高温で焼ききるように工夫していること、資源の再利用化のために分別する人件費をかけ、人員を多くして分別作業を徹底していることなどを施設の人に聞いたり、実際に見学することで学習していく。 ここで、ごみ全体の中で家庭ごみは1割ほどであるのに対して、9割が産業廃棄物・事業系廃棄物であることをおさえていく。 産業廃棄物とは?  産業廃棄物の実態を探っていく。都心部は工場や会社が多いことから産業廃棄物がどうしても増えてしまうこと、産業廃棄物は都会から地方へ流れ出ていることなどを調べていく。空いている地域があるからというだけで、ごみとは無関係なところに捨てていることもある。 産業廃棄物の問題とは?  産業廃棄物問題を考えるときに、産業廃棄物の不法投棄が山や海を汚
  • 環境 歴史 日本 子ども 環境問題 社会 問題 自然 化学 人間
  • 550 販売中 2008/03/18
  • 閲覧(2,155)
  • 環境教育(2分冊)
  • 〔食文化の系譜と伝承の重要性〕 食は、人間らしい生活や生き方を築いていく上で大きな役割を果たしている。食は人間の命や生きる力を生み出すものであり、人と人とのつながりをつくり、集団の文化や共同体を維持発展させる力を持った生活様式でもある。しかし、今日の生活環境や生活様式の変動により、食に乱れが生じている。子どもたちは食に関心がないため、偏食であることを気にも留めず、食べ物で遊んだり、平気で残したり、食の大切さを十分に理解していない。そこで、食の重要性を伝えていく必要がある。 それぞれの地域には独自の食文化がつくられている。日本の食文化“和食”は、近年世界中で見直され、健康によい料理と高い評価を得ている。この“和食”は、日本各地でそれぞれ特色ある“郷土料理”をもっている。  様々な文化の中でも生きることと最も密接な関係を持っている“食文化”は、私たちにとって最も身近で最も重要な文化である。各地域で継承されてきた食文化を学び、食の大切さや地域について認識を高めることにより、子どもたちの視点から食文化の大切さを見直し、伝承する手立てを考えていくことにもなる。各地域の食文化伝承者から、四季折々の郷土料理や保存食について主体的に学んでいく。その土地を知り、地域の特性や歴史、また、食文化が育まれた背景や由来等を踏まえながら実際に体験をすることで、意欲的な地域学習にもつながり、より郷土を知り、より郷土を愛するということにもつながる。育てる苦労や思いを受け止めながら食べることができるようにもなる。 本物の食文化を伝え、地元の人の生き方や心を感じ取ることによって、子どもたちは食事と自分の関係を豊かに作っていくことができる。人間にとって食とは農業とともになくてはならない多くの価値や教育的意味や役割を発揮する。食文化は、人と人とは結び合い、共同体や共同する社会力を豊かにし、人との結び合いの中で、自分らしい自分を形成確立させる力を持っている。 社会が発展していったことで、お金があれば何でも手に入る豊かな時代は、ともすれば人間の成長発達を阻害してしまう。仲間とともに自分らしく生きるために自然・社会・文化・人間等、事物そのものを学ぶ機会を作ることが重要である。そのためにも、食農教育の実践が重要視されているのである。 〔学校園での実践例〕 ここで、地域の食文化を生かした食農教育の学校園での実践例をあげていく。 まず、郷土料理を知り、地元でどんな作物が作られているか、また地元の豊かな自然環境がいかに大切であるか、地元の郷土料理の歴史はどのようなものであったかなどを学習していく。ここでは、茨城の食文化、納豆について取り上げて学習していくこととする。 家族、地域の人への質問、図書館、インターネット等を駆使し、自分たちが住んでいる地域について、また納豆がなぜ茨城の特産であるのかを調べていく。 茨城県水戸の納豆が有名になったのは、茨城が小粒大豆の産地であったこともあげられる。小粒大豆は極早生で3カ月で完熟し、鹿島地方や那珂川流域が水害の多い地域であったことから、台風シーズン前に収穫できる小粒の大豆の栽培が多くおこなわれていた。昔からこの地域で栽培され、台風や水害等にも強い品種の「小粒大豆」を用いたことが、今日の“水戸納豆”の風味づくりに結びついたと言われている。 また、常陸国が宿駅として栄えていたことにより、永和3年(1083)、奥州平定に向かう八幡太郎(源)義家の軍勢が宿営し、義家は宿駅の駅長だった渡里の里(水戸市郊外)の一盛長者の屋敷に泊った。この時、家来が馬の飼料に作った煮豆の残り
  • 環境 歴史 日本 文化 子ども 社会 学校 発達 地域
  • 550 販売中 2008/03/18
  • 閲覧(2,833) 1
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