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連関資料 :: 教育

資料:11,641件

  • 教育実習(幼稚園)を終えて
  • 「 教育実習を終えて ①自分はどのような幼稚園教諭をめざしているか。  4週間の実習を終え、子どもの視線に沿った先生を目指したいと思いました。子どもと一緒に遊びこむ。きちんと5領域を捉え、すべてのことが関連しているのでその5領域のそれぞれの視点からも見られるようになって行きたいです。  すべての子どもに目を行き届かせ、子どもたちにあった発達課題を見つけていくことが大切であり、達成感を与えていくことも必要であることを理解しました。そういくことができる先生になっていきたいです。  子どもたちと沢山遊び、季節を楽しみ、「明日もやろうね。」「楽しかった。」「次は~したい。」「明日も幼稚園に来たい。」な
  • 子ども 保育 教育実習 地域 幼稚園 遊び 視点 仕事 実習 保育園
  • 550 販売中 2009/03/19
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  • 学校教育課程論
  • 「教育課程とは何かについて、その基準と編成原理、 今日的課題についてまとめなさい。」   教育課程とは、望ましい学習が展開されるように配慮してつくられている、学校の教育内容の組織である。学習指導要領を基準とし、教科・科目などの指導領域を設け、教材を選択・配列することによって編成される。しかし、その基準となる学習指導要領は常に一様であるわけではなく、その時代に求められるニーズが盛り込まれ、それが教育課程として現場に反映されていく。指導要領を左右するのは、「見る・聞く・話す」を中心とした「経験主義」か「読み・書き・計算」を中心とする「系統主義」のどちらを重視するかである。文部省が教育課程審議会の答申を受けて制定し、各学校はその基準に従って、教育課程を編成し実施する。  当然のことではあるが、このような教育課程の編成や教育方針は、社会の変化とともに変遷している。わが国ではこれまで大きく3回の教育改革がなされてきた。1回目の教育改革は、国民に教育を受ける機会を保障することが大きな柱となった、明治の学制発布に伴う教育改革であった。2度目の改革は、戦後の義務教育及び民主教育の発足に伴う改革であった。これにより、子ども達の進学率が大幅に上昇し、教育が大衆化された「大衆教育社会」の到来であり、同時に受験戦争が加熱することになったのである。そして、3度目である教育改革が、中央教育審議会や臨時教育審議会を中心として提唱された現行の教育改革である。学歴のインフレ化に伴って、学校のなかで起こったいじめ、不登校、学級崩壊などいわゆる教育の荒廃の原因が、受験戦争によって加熱化した学歴社会であると、学歴社会そのものを「悪の枢軸」とつるし上げ、新しい学力観に基づく「ゆとり教育」の転換が始まったのである。教育基本法及び学校教育法の公布と平行して、昭和22年3月に最初に学習指導要領が制定された。教育課程の上でも、「それぞれの学校で、その地域の社会に即して教育の目標を吟味し、その地域の児童青年の生活を孝へて、これを定めるべきものである」と述べられ、教科教育中心の個人のための教育に転換し、修身の廃止を決定した。これをふまえて小学校の教育課程で大きく変化したのは9科目を設け、修身・歴史・地理の代わりとして社会科、家庭科、自由研究が新設されたことである。家庭科に関しては、戦前の家庭科の流れを汲むが、男女共学の理念の下で女子だけではなく、男子にも課せられるようなった。昭和26年改訂では領域ごとに合科的な授業を行うことが意図され、きわめて柔軟なカリキュラムになった。また、自由研究は教科以外の活動と変更になり、児童が学級活動、学校行事に参加して協調性・社会性を育むことになった。昭和33年改訂では、経験学習によって基礎学力が低下し、青少年の非行や、規律の低下が問題になった。そして、系統学習的な教育課程が求められ、道徳教育の徹底、基礎学力を重点におくような方針を徹底した。1960年代からは高度成長に伴い、経済成長を担う人材育成を教育に求める声が高まった。昭和43年の改訂では知識の量が近代の科学技術の進展によって膨大になったため、授業時間の表記が「最低時間数」から「標準時間数」に変わった。また、能力の差によって生徒を分けて授業を行う能力主義が導入されたが、教室内の競争を助長するものとして批判された。昭和52年の改訂では能力主義への反省からゆとりある学校生活が目標に挙げられた。ここでの特徴は授業時間数の削減であり、各教科の難解な内容は削除され、ゆとり路線が敷かれた。そして、平成元年改訂を得て、現行の平成
  • 学校教育課程論 レポート リポート 佛大 佛教大
  • 550 販売中 2008/02/01
  • 閲覧(2,837)
  • 教育の方法・技術論
  •  授業とは過熱した受験競争のためか、知識授受の場として一般的には捉えられている傾向がある。確かに、上述した点は間違いではないが、授業とはそれだけではない。教師は子供との関係を築き上げたり、子供たちが自立的で協同的な学習を形成させたり、教師自身のあり方や生き方といったものも問い直し築く場でもある。上級学校になればなる程、このような点は薄れていると感じるが、これより「授業」をよりよいものにするにはどのような方策を打ち立てていけばよいかという点について述べていくことにする。  授業とは授業時間を消化することではなく、最も効果的にその時間を有効活用し、学習目標の達成とどのような学習課題が重要であるかを考えることが第一である。それには様々な技術、方法が存在するが、その中でも基礎となるのが、学習指導案である。  学習指導案とは単元の目標を達成するために、今回の授業で何をどのような順序や方法で指導し、またどのように児童・生徒を評価するかについて、一定の形式にまとめたものである。そして、学習指導案には「単元の指導案」「週案」「時案」等に分類される。  「単元の指導案」とは、教材での一つのまとまりのこと
  • 日本大学 通信 分冊1 教育の方法・技術
  • 2,200 販売中 2008/02/11
  • 閲覧(2,003)
  • 教育方法学①
  • 従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について、設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。 現代の教育は生涯教育ばかりでなく、学校教育も含めて「受けさせられるもの」から、人々がそれぞれの目的に合わせて「選んで受けるのも」へと姿をかえつつあり、それにあわせ、教育のあり方も変化してきている。  現代社会の教育者、とりわけ学校の教師には、単に児童・生徒の発達過程についての心理学の知識や、教科・教材についての専門的な力量や、また学校の管理上の資質だけでなく、これからの社会のあり方と社会の中での人間の生き方について、しっかりとした洞察力を持つことが求められる。教師の任務は知識や技術を教えることだけでなく、児童・生徒がこれから社会で人間らしく生きていくことができるように、人柄を教育することでもある。  ここで教育論をいくつか踏まえ、近代と現代の教育について比較していきたい。教育方法学の課題として、不可能に挑戦していくといった場面が必ずある。単順に、今ある可能性を現実のものにしていくことだけが、教育方法学の課題ではない。常識的には「不可能」と思われている側にも課題を求めて、挑戦していく。そこに教育の課題があり、教師の仕事の気概はそこにあるのである。  「40人クラスの児童・生徒のうち、いったい何人に本時のねらいを学ばせることができるだろうか。」このような戸惑いは、やがて「せめて3分の2ぐらいの子どもに学ばせれば上出来である」というような居直りに変わってしまうことが多い。 ブルームはそういった教師に対して「私たちの子どもたちみんなに学ばせるのだ」といっており、受けもったクラス全員に学ばせ、それができない教師はプロとはいえない。ブルームは現代の教師たちにこういった課題をつきつけている。  落ちこぼれを出してはいけないとわかっていても、40人を標準とする学級編成では実際には無理なことだと言われるかもしれないし、確かに困難なことではある。しかし、不可能に見えることであっても、だからといってそれを乗り越えることは教育法法学の課題にはならないといってすませるわけにもいかない。むしろ教育方法学の課題がこれまで現実的に可能なことの範囲内でしか設定されていなかったことに問題があるのではないだろうか。 「能力別指導」はその典型的な例である。能力別指導は、一斉指導で取り残されてしまう子どもに対して、子どもたちの能力の差に合わせて、グループごとに指導の内容と方法を変えていくことである。能力の異なる子どもに、それぞれのペースにあわせ効果的に学習させるという、現実的な指導方法ではあるが、現実には、子どもたちの学力差を縮めるのではなく、広げてしまっている。そればかりでなく、能力別に分けること自体が、子どもの心に良くない影響をもたらすという指摘は、これまでもしばしばなされている。  また早期教育の必要性についても以前にまして叫ばれている。どうして大器晩成ではいけないのか。大器に成っていくためにも早期から教育をはじめたほうが有利だということからの意見である。しかし、それにも問題点があり、全員のスタートラインが同じとは限らないという点である。スタートラインはゴールラインのように、今のところ調整や統制の対象にはなりえない。そこで競争は学齢前へと下降し、学校外へと拡散していく。早期教育論は、開発能力の名のもとで、そうした競争をあおる議論になりかねない。そして、もうひとつの問題点が早期「教育」の中身である。貝
  • 教育方法学 佛大 現在は情報化社会さらには
  • 550 販売中 2008/02/19
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  • 学校教育相談論
  •     フロイトの理論について                          精神分析とは、フランスで精神科医としてヒステリー(不安症状)の治療をしていたフロイトが考案した精神的な病気を治療する心理療法である。フロイトは最初「意識、前意識、無意識」という心の三層構造を考え出す。この中で、意識は日常感じ取れるもの、前意識は非常に努力をしないと感じ取れないもの、無意識は決して感じ取れないものとして、無意識を広大な領域に、意識を狭い領域として考え出した。彼は無意識の心的精神過程がヒステリーに影響を与えていると考え、その中で「防御」と「抑圧」という2つを打ち出す。このうち防御とは自分の心の状態を無意識が守ること、抑圧とは実際には受け入れがたい考えを無意識の中で押しとどめて、そのための感情を意識から追い出すことを指す。フロイトはこれに基づき、ヒステリーは耐えがたい考えから身を守ろうとして、ある程度の考えを抑圧するために起こると考えた。  そして十数年後「イド・自我・超自我」が構成する人格理論へと変更していく。イドは欲求を満足させるために、とりあえず現実を無視して、その場にあるものを手に入れよ
  • フロイト
  • 全体公開 2008/02/26
  • 閲覧(1,950)
  • 教育学 学級崩壊
  • 教育学 学級崩壊 現代の子どもと向き合うには 1.現在の子どもたち ・学校が荒れる → これまでは一部の「不良」と呼ばれる子どもたちによるもの、現在の「荒れ」は、一部の子どもではなく、「普通の子」によるもの。 ・学校の吸引力    これまでの子どもたちの「荒れ」 → 受験競争からはじき出されたこと、「落ちこぼれ」ることが原因となって、自己存在を不安定にしたもの。(学校社会への強い囚われ) 学校の持つ聖性自体が喪失。(新しい発想) 「落ちこぼれ」る不安から「荒れる」。よりも、する意味の分からなくなってきた勉強・授業が、強制力を持ち得ないという側面。 ・親の世代    子どもがパニックになる→親からの愛情不足などが原因。 「新人類世代」少年・青年期をすでに今日の消費・情報化社会で過ごしてきた。 モラトリアム傾向。個人主義的な行動様式。 (これまでの世代には理解できないような)   彼らが少年期を過ごした70年代 → 子どもの「発達の危機」。受験圧力が急速に高まった時代。その結果、「落ちこぼれ」。「非行」。現在いわれる「教育問題」の原型。 ・消費社会の子どもたち   今日を生きる子どもたち → 成熟しきった情報化・消費化社会のただ中。 2.子どもたちと関わるということ ・どのように向き合うのか   今の若者→楽しさ、ノリの良さが、場の雰囲気を構成。 高度な主体性が必要。自分の世界観の形成、認識論的な成熟と平行した形で、自分が何をするのかを決めていける創造的な主体性が必要。  小学校・中学校の教室で、子どもが授業中に立ち歩く、騒ぐ、パニックを起こす、教師の注意にも耳を傾けない、授業が成立しなくなってきた、いわゆる「学級崩壊」がいわれて久しい。「学級崩壊」という言葉は、元々はマスコミから生まれた言葉であり、文部省はこのように形容されることを遺憾であるとしてきたが、最近では、認めざるを得ないような状況が生まれてきている。なかなか私たちには実感しづらいのであるが、それだけ、現場における子どもの「荒れ」が顕著になってきているということであろう。 「荒れる」ということは、子どもたちが何らかの苦しみや、いらだちを抱いているということであるが、そのような状況において、子どもたちと接していかなくてはならない教師たちもまた、悩みの渦中にいる。教師が、ストレスから体調を壊したり、登校拒否に陥る例も現れているのだという。   学校が荒れるといえば、これまでは一部の「不良」と呼ばれる子どもたちによるものがいわれたが、現在の「荒れ」は、一部の子どもではなく、「普通の子」によるものであるから問題が複雑化するのだろう。今日の子どもたちが生きる社会・文化の諸条件を見てみることにする。  これまでの子どもたちの「荒れ」は、ごくおおざっぱに言えば、受験競争からはじき出されたこと、「落ちこぼれ」ることが原因となって、自己存在を不安定にしたものであると考えられる。裏を返せば、それだけ学校社会への強いとらわれがあったということであるが、最近では、その学校そのものの吸引力の低下が指摘されている。元来、公教育は、高度産業社会の形成をめざして導入されたものであり、目標が現実となった今日、学校の持つ聖性自体が失われているのだ、というのである。受験圧力がなくなったとは思えないが、最近の不況、就職難も手伝ってか、高学歴神話は崩れつつあり、必死になってがんばるよりも、適当にやって今を楽しんだ方がいい、という発想が子ども・若者たちの間で広がってきていることも事実であるように思える。つまり、
  • 子ども 情報 社会 学校 教師 文化 発達 問題 授業
  • 550 販売中 2008/03/03
  • 閲覧(2,567)
  • 教育心理学問題
  • 1.知能および創造性について、それぞれの概念を明らかにし、またその違いを説明せよ。  知能とはなにか。よく言われるような頭が良いとか賢いという話では、学校における成績も関係しているようだが、もっと広い精神的機能を意味する場合が多い。そこでは、時には知識量であったり、また時には推理力や適応能力について言っている場合もある。  学者は様々な説を
  • 佛教大学 通信 科目最終試験 教育心理学 問題と解答
  • 550 販売中 2008/03/03
  • 閲覧(3,341)
  • 養護教育学(test)
  • <養護教育学> 1、児童生徒等の心身や生活行動における不適応現象について考察せよ。 Ⅰ、不適応行動の実際 ⑴子供の成長・発達をめぐる問題 ①心の問題が主に身体を通じて表れる。気管支喘息・発作・食欲不振・嘔吐・チック・点頭けいれん・高血圧・心拍増etc.②神経症的問題。偏食、拒食、過食、不眠・夢中遊行・夜驚・悪夢etc. ⑵家庭における問題 ①被虐待児の増加。被虐待児は、後に反社会的行動(犯罪や暴力行動)を起こす確立が一般児童よりも高いという報告が発表されている。(入所児童の約六割(不明・無回答を除く)が被虐待児を持っていることが明らかになる。平成12年3月国立武蔵学院が発表した全国の児童自立施設調査報告)母親が地域社会に仲間が少ないなど社会とのつながりの薄さ、母親になりきれない母親の増加や父親の育児不参加などから育児ストレスを溜め込み、発展すると幼児・児童虐待へつながる。 ②家庭に居場所がない子ども達。両親の共働きや母子、父子家庭の増加で、両親からの愛情を一番欲している時に得られない事や健全な家庭環境を構築できない夫妻の増加からくる、精神的・情緒的に不安定な子供たちの増加。 ⑶学校生活における問題。不登校、学業不振、攻撃行動、薬物、性の乱れ、いじめなど。 ①性の乱れ;「10代の性が乱れている」と言われてどの位たっただろうか。特にここ数年で、子どもたちの性は商品化され、低年齢になるほど価値は高まり、それを知った子ども達がお金欲しさに自らを売る(援助交際・売春)、まったく性の知識のないまま、不特定多数の人間とコンドームなしのセックスを繰り返す、又性感染症にかかっても、ひどくならない限り病院で治療を受けることはない子ども達が急増している。今の教育現場では「性教育」がまだまだタブー視され、踏み込んだ教育が出来てない実情がある。これは、早急に改善し取り組んでいかなければならない課題である。 ②不登校、背景としては「不安など情緒的混乱」「複合(集合的な理由によりいずれかの理由が主であるか決めがたい)「無気力」、中学においては「あそび・非行」の割合が高い状況にある。また不登校との関連で新たに指摘されている課題として「学習障害(LD)」、注意欠陥」「多動性障害(ADHD)」などがある。これらの児童生徒は、周囲との人間関係がうまく構築されない、学習のつまずきが克服できないといった症状が進み、不登校に至るケースがある。さらに、保護者による幼児虐待、登校を困難にするような事例も含まれ、要因や背景は特定できないことも多い。 2、「子供理解」を深めるための方法をのべよ。  子供たちは一人一人違った能力、適性、興味、関心等を持っており、家庭環境も複雑である。したがってきめこまかい観察を基本としつつ、日頃から子ども達との触れ合いの機会を大切にしたり、教育相談日などを活用した相談を行ったりなど、客観的、総合的に認識する必要がある。  子ども達は日々成長するものである。固定的に児童生徒理解を捉えるのではなく、新しい情報を加えるとともに、その場面に応じて子供の心情を理解するように努めることが必要である。この場合、子どもたちの気持ちを共感的に理解しようとする姿勢が大切になる。  また、児童生徒理解はそれが目的ではなく、指導に生かしてことが大切である。子供達を 共感的に理解することを通じて、教職員と子ども達との信頼関係が確立できるようにする事が大切である。  ポイントとしては、①子ども達のよさを多面的に捉えるようにする。教職員自身が自己の価値基準を見つめ直し、子供の良さ見落とさないよう
  • 養護教諭 児童生徒の心身や生活行動 学習障害児 東京福祉大 テスト
  • 550 販売中 2008/03/06
  • 閲覧(3,878)
  • 学校教育課程論
  • 『教育課程とは何かについて、その基準と編成原理についてまとめなさい』  学習指導要領は、第二次世界大戦後から現在にかけてほぼ10年ごとに改訂され、その時代が要請する教育目標と内容を示し、日本の教育の方向性を変化させてきました。最初に、改訂のそのときどきの社会情勢、教育問題、学力問題などを追っていきたいと思います。 第二次世界大戦後の教育課程の改革では、戦意高揚に関する記述をなくすことを目的として修身科を廃止し新たに「公民科」を設置しました。また、「社会科」や「強化外活動」の構想も考えられました。 昭和22年3月に最初に学指導要領が「試案」として制定されました。その頃はまだ、現場の裁量に委ねられていた部分も多くありましたが、一定の基準として以下のような基準を設けました。小学校の教育課程は、国語・算数・理科・社会・音楽・体育・家庭・図工・自由研究の9教科であること。着目点は民主主義的な社会形成のための良識や性格を一人ひとりが見につけるべく「社会科」「家庭」「自由研究」が新たに設置されたことです。また、中学校の教育課程は必修科目と選択科目に分かれ、必修科目には国語・習字・社会・国史・数学・理科・音楽・図工・体育・職業の10科目、選択科目には外国語・習字・職業・自由研究の4科目でした。高等学校は「高等普通教育を主とする学校」と「実業を主とする学校」に分けられました。 昭和26年、それまで「試案」という形で試行されていた学習指導要領が大幅に改訂されました。小学校の教育課程では、以前の9科目にそれぞれ大まかな4つの枠組みへと編成することにより、その枠組みでの合理的な授業を行うことが意図され、きわめて柔軟なカリキュラムが組まれていました。また、児童が学級活動・学校行事に参加して、協調性・社会性が培われることを目的に「自由研究」は「教科外の活動」に変更されました。中学校の教育課程は、体育が保健体育に、国史が日本史に、自由研究が廃止され特別教育活動に変更されました。必修科目は国語・社会・数学・理科・音楽・図工・保健体育・職業の8科目、選択科目は外国語・職業・その他の3科目でした。高等学校に関しては学習指導要領の改訂と同時に高等学校設置基準が設置されました、その中で「普通教育を主とする普通科」と「専門教育を主とする学科」とに分けられました。しかしながら上記のごとき経験学習的なカリキュラムはやがて批判にさられました。それは、経験学習によって児童生徒の基礎学力が低下したこと、そして青少年の非行、規律の低下などが問題となりました。そのため、教育課程において系統学習的要素を取り入れられる試みがなされるようになります。 昭和32年、教育課程審議会は答申を出し、道徳教育・基礎学力・科学技術教育に重点をおくように方針を示しました。そして翌年33年上記の経過を踏まえて学習指導要領の改訂が行われました。この改訂によって、教育課程は4領域に構成されました。4領域とは、各教科(国語・社会・算数・理科・音楽・図工・家庭・体育)、道徳、特別教育活動、学校行事です。最も着目すべきは、特設時間「道徳」の設置で、青少年の非行の増加などが社会問題化したため、その抑止に効果が期待されました。また、国語・算数・理科の教科では授業時間数が増加し、基礎学力の向上が目指されました。 昭和40年代から日本は高度経済成長期を迎え、経済成長を担う人材育成を教育に求める声が高まっていきます。「教育投資」の名の元、能力主義へと移り変わろうとします。科学技術の進展に伴い、知識量が膨大に増加したため、授業時間の増加や、とく
  • 教育課程とは何かについて その基準と編成原理についてまとめなさい
  • 550 販売中 2008/03/06
  • 閲覧(2,346)
  • 算数科教育
  • 『算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。』  江戸時代の学校は、「武士のための学校」と「庶民のための学校」があり、前者は幕府直轄の官学と諸侯設立の藩校、後者は私塾、寺子屋があった。官学では数学に関する内容はほとんど無かったが、藩校では当初こそ違ったものの、徐々に算術を含む実学指向が強まっていった。また、寺子屋では親の職業に合わせて、学習内容が決められており、読み、書きについで算数(算用)が重視され、算盤を用いた珠算を中心に実学指向の算数が行われていた。  明治時代に入ると学制が制定され、国家による学校教育が始まった。明治時代初期の代表的な教科書として、文部省編纂の「小学算術書」が発行された。これは、数と計算に終始しているが、珠算を使用せず、筆算を基本とする洋算が中心となり、江戸時代の算数教育とは大きく方向変換している。幾何に関する内容が扱われた教科書も発行され、自由な雰囲気を持っていたが、徐々に規制の方向へと向かうようになった。後に、幾何の教科書は姿を消していった。この時代の教科書は欧米の翻訳本が主流で、日本の研究者が自らの手で作り上げていこうとする気運はまだ無かった。  明治時代後期になると学制改革、大日本帝国憲法発布、教育勅語発布と、日本の教育制度は国家により整えられ、教育内容も一元化された。算数の内容としては「数え主義」を導入した藤沢利喜太郎によって数と計算問題を中心に構築された。一方、幾何教育は中等学校でのみ扱うこととなり、小学校では計量の計算問題の一部として(平行四辺形、台形といった図形が説明も無く登場し、面積の求め方のみが示されていた。)取り上げられた。このように、黒表紙教科書は子どもの認識の発達を考慮したものではなく、国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであった。  1910年以降、国民の生活が経済的に安定したことを受け、子どもの教育への関心が高まったり、大正自由教育運動によって教育のあり方が再度問い直されたりしたことにより、日本の研究者が欧米の数学教育改造の運動を学び取り、少しずつそれを研究・実践していく。これは、教育を大人の立場からではなく、子どもの側から創りあげようという姿勢を生み出すこととなった。これらに見合った教科書の作成が行われようとするが、藤澤利喜太郎の数え主義の影響が強く、改訂は中途半端なものとなった。一方、幾何教育は小学校においても図形を扱う内容が見られたが、日本における幾何教育を自らの手で体系化するまでには至らなかった。  昭和時代には、緑表紙教科書が発行され、子どもの認識を重視した構成となり、内容は計算問題ばかりでなく数と量と図形をバランスよく学習することがよいとされた。  第二次世界大戦中には水色表紙教科書に改訂されるが内容は緑表紙教科書とさほど大きな差は見られなかった。発展が見られたのは当時の新しい数学を導入したり、理科との結びつきを強め実測・実験を重視したりしていることであった。しかし、それらが実在から図形を抽出し、図形の性質を考察し、さらにはそれを実在へと生かしていくものではなかった。  第二次世界大戦後は急速に民主主義が浸透し、最後の国定教科書として『第六期国定教科書』が発行された。この教科書は、算数教育の「1年ずつ足踏み」が行われ、算数を生活
  • 算数科教育法 第1設題
  • 550 販売中 2008/03/06
  • 閲覧(3,043)
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