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連関資料 :: 科学とは

資料:334件

  • 行動科学的管理論における動機付けとリーダーシップ
  • 「リーダーシップ」について考えていくに当たり、そもそもの言葉の意味を考えるところからはじめたい。「大辞林」によれば「指導者としての素質・能力、統率力。」と定義されている。特に企業において言えば部下や関係する部署の人たちに対し、動機付けを行えるような影響力のことを言う。  では、リーダーとしての人は、どのようにリーダーシップを発揮して、部下や関係する部署の人たちを動機付けて効率的に働かせるのか?この問題を答える前に、まず、人は何に動機付けられて行動するのかを考えたい。  人の行動は欲求を満足させようという気持ちであるモチベーションによって引き起こされるのである。
  • 企業 リーダー 人間 組織 指導 影響 リーダーシップ 行動 動機
  • 550 販売中 2011/07/06
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  • 科学とは何か--「二つの文化」論から「知のモード」論へ
  • 科学とは何か--「二つの文化」論から「知のモード」論へ 科学の独立と科学者の誕生  英語のscientist(科学者)という言葉が創られたのは1830年代のことであった。すでにscienceという言葉はあったが、philosophyとほぼ同義語として用いられており、ともに広い意味での知的探求(哲学)とその成果としての知識を意味していた。したがって、自然を対象とした知的探求は哲学の一部としての自然哲学(natural philosophy)であり、例えば、ニュートン(1642-1727)は、自然哲学者(natural philosopher)と呼ばれたのである。しかし、19世紀になると、philosophy(哲学)から、自然を対象とし実験や観察を方法とする固有の学問分野としてのscience(科学)が独立し、科学を探究する専門家としての科学者が誕生したのである。  「科学の独立」と「科学者の誕生」は、教育・研究の場としての大学の発展拡大と時期を同じくしていた。中世以来の伝統を有するヨーロッパの大学では、(自然)科学を教え研究する部門はなかったのだが、19世紀を通じて自然科学の教育・研究が次第に拡充強化され、科学者が養成されるようになった。従来の人文的伝統を中心とした大学・知識社会の中に、新しく科学的伝統が加わったったのである。科学は次々に新しい専門分野を開拓して勢力を拡大するとともに、20世紀に入ると技術と深く結びつき、「科学技術」として経済社会や政治に大きな影響を及ぼすに至った。 スノーの「二つの文化」論とクーンの科学論  科学の専門細分化と科学技術の影響力の拡大の結果、深刻な文化的危機が生じつつあるのではないかとの懸念が表明された。1959年、イギリスの著作家C.P.スノー(1905-1980)は「二つの文化と科学革命」と題された講演で、科学革命(20世紀前半における科学技術の発展をスノーは「科学革命」と呼んだ)の結果、西欧の知識人社会に大きな亀裂が生じつつあると論じたのである。すなわち、スノーは人文的文化(その代表としての文学者)と科学的文化(その代表としての物理学者)の間には越えがたい亀裂=溝があり、両者は互いに理解しあうことができず、言葉さえ通じなくなってしまっていると論じ、これは西欧文化における危機だと警鐘を鳴らしたのである。スノー自身、物理学者としての経験をもつ評論家・小説家という特異なキャリアの持ち主であり、文化の分裂に深刻な懸念を抱いたのであった。文化の分裂という危機に対するスノーの処方箋は、科学革命という現実を踏まえて、文系知識人が科学技術に対する基本的な認識と理解をもつよう努力すべきではないか、というものであった。  スノーの講演の数年後、クーンの『科学革命の構造』が出版された(1962年)。物理学者から科学史家に転じたT.S.クーン(1922-1996)は、科学研究は「一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与える」パラダイム(paradigm)を基盤に遂行されると論じ、科学の歴史を「パラダイム・チェンジ=科学革命」の歴史と捉えた。クーンの科学論は従来の累積的・連続的な科学史観を根底からくつがえすとともに、自然科学(の各専門分野)には明確なパラダイムがあるが、人文・社会科学にはパラダイムがみてとれないと論じて、自然科学と人文・社会科学の差異を浮き彫りにし、「二つの文化」の存在を科学論の立場から裏付けた。 総合科学の試み  このように、1960年代には、事態を憂慮するかどうかは
  • 全体公開 2007/12/24
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  • 書評:「科学革命」とは何だったのか--新しい歴史観の試み
  • S・シェイピン(川田勝訳)『「科学革命」とは何だったのか--新しい歴史観の試み』 白水社、一九九八年、二二二 + Lvii頁。  本書は「科学革命というようなものはなかった、これが本書の主張である」(九頁)という衝撃的な書き出しで始まり、「「科学革命」という文化遺産は最終的には否定されるべきなのだ」(二○八頁)という、これまた衝撃的な結論で終わっている。  なぜ衝撃的なのか? かつてH・バターフィールドは「それ〔科学革命〕は、キリスト教の出現以来他に例を見ない目覚ましい出来事なのであって、これに比べれば、あのルネサンスや宗教改革も、中世キリスト教世界における挿話的な事件、内輪の交替劇にすぎなくなってしまうのである」と書いた(『近代科学の誕生』(渡辺正雄訳、講談社学術文庫、一四頁)。バターフィールドのこの問題提起によって、科学史研究は歴史学の一分野として確立することになったのであった。実際、科学史研究の末端に連なる評者も、その昔、バターフィールドの原著を読むことから科学史の勉強を始めたのだった。しかしシェイピンが言うように、科学革命などなかったとすれば、科学史研究の大前提は崩れることに
  • 歴史 キリスト教 科学 哲学 自然 産業革命 革命 研究 キリスト
  • 全体公開 2007/12/24
  • 閲覧(3,967)
  • 生活の科学Ⅰ 第2課題第5設題
  • 合格 評価S  身近な自然の中で生物の冬越しの様子を観察し、まとめなさい。 冬越しの様子を観察するにあたって、まず自分の周りにいる生物を見つけるため、注意深く探した。 参考文献 生活の科学Ⅰ 土橋永一 聖徳大学 平成13年4月1日 虫たちの冬ごし 矢島稔 さ・え・ら書房 1985年12月
  • 課題 生物 変化 昆虫 観察 自分
  • 550 販売中 2015/10/07
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  • 生命科学 独身女性のAIDに対する法規制の必要性について
  • 独身女性のAIDに対する法規制の必要性について 1.女性の進出  働く女性が年々増えている。最近、テレビや雑誌などで独立・起業する女社長の話もよく聞く。また、男女の役割を交換し、女性が大黒柱となって暮らすライフスタイルも出てきた。昨年の内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」によると、「夫は外で働き、妻は家を守る」という考え方への賛否が47%と同率で、賛成が5年前の調査に比べて約11ポイント減少し、男女の役割分担よりも共同参画の意識が
  • 法学 生命倫理 ジェンダー
  • 1,100 販売中 2008/03/21
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  • 西洋で生まれた科学技術の特徴と日本の自然観を比較する
  • 西洋で生まれた科学技術の特徴と日本の自然観を比較する  西洋では17世紀の科学革命によって宇宙観や思想が一新された。当時は自然研究に宗教的な動機が伴っていたのである。その動機とは、ユダヤ・キリスト教にみられる「神の世界創造」つまり神が世界(自然)を作ったので、自然を通して神を理解しよう(=自然神学)というものであり、18世紀後半、その仮説が不要になっても近代科学は自然神学の延長であった。  しかし近代科学では人間が自然を超越し、支配しようとしていた。神が創ったために神と同等であるとされた自然を超越するということは、完全に神の存在を自然から切り離したから可能になったのだろう。近代自然哲学者(=科学者)は、自然の研究は神から与えられた「自然という書物」を読み解くことと考えた。これは宗教的動機に基づいていたと言える。それはこの時点では、まだ科学技術とキリスト教(神)の複雑な関係があったのだ。それはガリレオの弾劾に見て取ることができるだろう。  今日西洋の「科学技術」は神への信仰と自然探求を完全に切り離し、宗教的動機が消え、人間の進歩のために利用するようになった。聖俗革命では「神−自然−人間」という図式から「自然−人間」という図式へ移行したのだ。また西洋の自然研究では数学が用いられた。  一方、日本において「自然」とは本来「おのずから」という意味であったが、西洋文化の投入により、natureの翻訳語としての「自然」も含むようになった。日本における自然観は西洋のものとはかなり異なっていた。  日本の古代世界において人間と自然は共通の生命の中で互いに対応しており、人間と自然の分離がなかった。人間は自然の一部であったのだ。  古代末期及び中世では、中国の仏教や芸術に刺激を受けた。
  • レポート 社会学 科学技術 自然観 西洋
  • 550 販売中 2005/11/21
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  • 書評:エリック・アシュビー講演集 科学技術社会と大学
  • E.アシュビー著(宮田敏近訳)『エリック・アシュビー講演集 科学技術社会と大学』 玉川大学出版部、2000年、246頁。  本書は、名著『科学革命と大学』(島田雄次郎訳、中央公論社および玉川大学出版部)の著者として有名なアシュビーの講演集である。これらの講演は、最も古いもので1959年、最も新しいもので1972年になされたとのことである(本書「序文」による)。原著Adapting Universities to a Technological Societyは1974年に出版されている。  アシュビーは1904年生まれのイギリスの生物学者であった。とはいえ、彼の知的好奇心と活動範囲は、一生物学者として留まるにはあまりに広かった。イギリスの大学で学んだ後、ドイツやアメリカに留学し、オーストラリアの大学で教えたこともあれば、第二次大戦中は(オーストラリア公使館)科学顧問としてモスクワに滞在した、といった具合である。また、アシュビーは1950年、北アイルランドのベルファスト大学の学長に就任するなど、大学管理者としての経歴を歩み始め、1959年から75年までケンブリッジ大学クレア・カレッジの学寮長を務めるとともに、1967年から69年まではケンブリッジ大学の学長も務めた。アシュビーは、イギリスの大学をその中枢にあって経験するとともに、世界各地の大学の実状に通じるという希有な経歴の持ち主であったわけである。  元来生物学者であったアシュビーは、大学を生物との比喩で考えており、このことは原著のタイトル(直訳すると、『技術社会への大学の“適応”』)にもみてとることができる。また、本書の随所で開陳されている。例えば、次の通り。    生物の共同体のなかでは、そして大学の共同体のなかでは、新しい品種が現れるとき、そこに革新と交配という出来事がおこります。(17頁)  大学は生物のように遺伝(伝統)と環境の産物であります。大学の伝統は明白であり、大学が何を標榜するかについて大学人のあいだにはコンセンサスがあります。つまり、卓越性、客観性、理性の陶冶、知識の内在的価値であり……このコンセンサスは、……力強い内部論理をつくりだします。大学環境とはそれをささえる社会的、政治的システムです。それは二つの主要な力によって作動します。二つの力とは入学しようとする志願者の圧力(顧客ニーズ)と卒業生を引き出す雇用者からの吸引力(人的資源に対するニーズ)です。……それゆえ、すべての大学において内部論理、圧力、吸引力という三つの力のあいだに動的な平衡状態が存在します。(173頁)    すなわち、アシュビーによれば、大学は内部論理と圧力と吸引力という三つの力ないしはベクトルのせめぎあいと均衡の中から変革のエネルギーをくみ取ってきたのである。その結果、大学は中世に誕生して現代に至るまで、また、ヨーロッパから発して世界の至る所に、さまざまな変異種を生み出しながら、存続し発展を遂げてきたのである。換言すれば、大学には「知的専門職のための学校という機能に、紳士をつくるための教養学校、研究機関、共同体のための奉仕場所……」といった多様な機能が加増され、現代の大学は「多目的機関」となった(222頁)。  ところが、大学は、単なる「危機」というよりは、これまで経験したことのないような「文明の転換期」に遭遇している、とアシュビーは考える(224頁)。だとすれば、大学は、科学技術の急速な発展によってもたらされた「文明の転換期」を、これまで成功してきた「適応」戦略によって、これまでと同様に乗
  • 全体公開 2007/12/24
  • 閲覧(1,775)
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