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連関資料 :: レポート

資料:8,673件

  • 体育レポート
  • ?種目選択理由   私はバレーボールを選択した。もちろんバレーボールが好きだからである。本当はボードセイリングが良かった。なぜなら私は海が大好きで、スキューバーダイビングのライセンスを持っているぐらいである。海の中もいいが、海の上のスポーツであるボードセイリングなるものを一度やってみたかったからである。しかしお金がなく、泣く泣くあきらめた次第だ。しかし、今になって正解だった。後期に留学する私は、後期の健康とスポーツ実習の講義が受けられないのだ。ところが後期集中種目の中には留学に行く前に終わってしまうものもある。前期に集中講義を取っていたらこれが取れなかったところだ。 それに何しろバレーの授業は楽しかった。   中学生時代にバレーボール部に所属していたせいもあり、女子特有のボールに対する怖さもなく、球技自体も好きだった。 それならばソフトボールや、テニスでもいいのではないか?と言われそうだが、高校生時代にソフトボール部だった私は少々飽きていた。それに、守りの時はともかく、攻めの時には、ほとんどの人は動かないで、暇なスポーツである。応援はもちろんするが、やっぱり常に動いていることが好きな私は、バレーボールのほうが向いていた。さらにソフトボールは外でやる。寒かったり、梅雨に影響される。梅雨が明ければ、日本の夏はいつも暑い。それほどではなかったのは、1992年の冷夏といわれた時だけである。今年は特に猛暑で多くの人が熱中症にかかっているぐらいである。横浜市では去年の8倍だそうだ。結果論に過ぎないが、外でやるのは、暑くて、まぶしくて、だれそうだったので嫌だった。 テニスは、テニスサークルに所属していたので、これもそれほど魅力を感じなかった。 最後に一番迷ったのがバドミントンであるが、バドミントンは個人で地区センターなどに行ってできるので、大学で、皆でできるのはバレーボールしかないと思って、バレーボールを選択した。
  • レポート スポーツ科学 スポーツ 健康 体育 運動
  • 550 販売中 2005/07/26
  • 閲覧(6,454)
  • ゼミ レポート
  • 論評 メアリー・カルドー「新戦争論」  冷戦後、戦争の形態は劇的に変化しており、今までの戦争のイメージでは今世界に存在する「新しい戦争」は理解することができない。地球規模の諸紛争を分析し、この「新しい戦争」を概念化しているのが「新戦争論」である。 筆者は「新しい戦争」の特徴を序論で3つ述べているが、その中で「新しい戦争」はグローバリゼーションの影響を強く受けている、という点に大変共感した。第2章で「旧い戦争」について述べられ、「新しい戦争」と対比されているが、それらを踏まえて考えると「新しい戦争」はグローバリゼーション抜きでは考えられないと思う。 「旧い戦争」によって経済と政治の区別や民事と軍事の区別、また戦争と平和の区別などが生じるようになったが、それらは「新しい戦争」では区別がつきにくくなっている、と筆者は第2章で述べている。これはグローバリゼーションの影響によって国内のノー・ボーダー化も起こっているからだと考える。 また、グローバリゼーションの中心的関心は「世界的な相互連繋が近代国家の将来に対してどのような意味を持つのか」ということであるが、アフリカ、東欧またその他の国々における
  • 平和 国際
  • 全体公開 2008/01/18
  • 閲覧(2,198)
  • 水俣病レポート
  • 1・はじめに  かつては日本でも水俣病やカネミ油症、森永ヒ素ミルクなど多くの公害が発生した時期があった。今でもアスベスト問題が起きている。『国立水俣総合研究センターのHP』を見てみると、世界での水銀の汚染状況などもわかった。中国でもそれ以上の事態が発生しているようである。今回は水俣病に焦点をあてて、レポートを書いてみたいと思う。 2・水俣病が示しているもの  『海洋生物(魚貝その他)にカドニュウムや水銀などの重金属が蓄積され、日本人がそれらを好んで食べている事は周知の事実です。』  先日TVで北極圏に住むイヌイット(エスキモウ)たちの食べているクジラや白熊が上記の重金属に汚染されている事がわかり、北極圏に医療関係者がクジラや白熊を食べないように指導している、と言う事を放送していた。  このようにして海洋投棄したごみが自然に分解されて海藻や微小プランクトンになり、それを小魚が食べ、小魚を中型の魚が食べ、さらに大型の魚やクジラが食べ、最後に人間が大小かまわず魚貝や海藻を食べる。そしてまたごみとして海洋投棄をする。  これを繰り返していって、人類の体内に重金属が蓄積されていく。  このまま海洋投棄や大気汚染を放置しておけば、このあと全人類がどうなっていくかは「水俣病」や四日市ゼンソクが示しているのではないだろうか。 3・水俣病に関する、様々な文献を読んで  水俣病に関する様々な文献を読んで、私がまず驚いたのは、その大きな被害についてである。以前から水俣病の事は知っていたが、これほどまでにひどい物だということを改めて知った。  国や、加害者であるチッソのとった体制も驚くべきことだった。水俣病の場合、チッソによる戦後のアセトアルデヒドの生産開始から10年もたたないうちに有機水銀が原因とみられる奇病が発生していた。
  • レポート 社会学 水俣病 環境 公害
  • 550 販売中 2006/01/25
  • 閲覧(17,210)
  • 観察レポート
  • 観察レポート 観察者:          観察年月日:21年6月4日 20:00~20:06  観察対象:飼い犬2匹(アメリカンコッカースパニエル・ペキニーズ)  アメリカンコッカースパニエルを茶、ペキニーズを白と記す。 20:00〈えさ準備の時間〉 白・茶:人の気配に気づき、えさの時間を察知したかのように、いきなり動き出す。(それまではまったりすごしていた。) 茶:部屋側のドアに飛びつき、はねる→部屋の中をぐるりと一周早歩きでまわり、再びドアに飛びつき、つめを立ててドアのガラスをカリカリと引っかく。(催促?)口を横に開けて、舌をだし、息が少し荒くなる。(興奮) 白:茶の行動を眺めつつ、部屋側
  • アメリカ ニーズ 時間 行動 観察 食事
  • 550 販売中 2009/10/07
  • 閲覧(2,226)
  • 茶々レポート
  • 映画「茶々 天涯の貴妃」のシナリオについて  映画「茶々 天涯の貴妃」を見て、この作品のシナリオでは、登場人物の心情の変化があまりていねいに表現されていないという印象を受けた。 例えば、茶々が秀吉殺害を試みるものの、結局殺せなかったという場面があるが、こうなるに至った茶々の心境の変化が観客には伝わってこないのである。その直前の、秀吉を殺すつもりで聚楽第にやって来た茶々に、秀吉は大坂城の模型を見せるシーンで、秀吉が茶々に対して以前から愛情を持っていたことが理解できるが、それを茶々がどのように受け取って、秀吉に対する殺意を失うに至ったかを観客に示すには不十分である。また、その後、茶々は他の側室に嫉
  • 茶々 秀吉 文学
  • 550 販売中 2008/04/23
  • 閲覧(1,370)
  • チャペルレポート
  • そのあと、牧師が聖書のコリントの使徒の手紙二、六章一、二節331ページを朗読。“わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。なぜなら、「恵みのときに、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた」と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。”という内容の説だった、朗読をして説明があったけれども、自分には何が言いたかったのかはよくわからなかった。強いて言えば“救いの日”というところを強調したかったのは唯一わかったと思う。なぜならばそのあと“救いの日”と“救いの時”という言葉を何度も繰り返し言っていたからである。 そして、メッセージに入って何故かいきなり日本のプロ野球の話でパリーグとセリーグがあると言いだした、ただ牧師は、あまり野球は知らないとも言った。そのとき自分は自分が知らないことを人に説明するのは無理では?またこの年代の人で野球を知らないて、いったい子供のころはいったいどんなことをしていたのだろうかと少しだけ疑問に思った。それで話を出したけれども特に何も語ることはなく、牧師が聞いた約40年前、東京ドームでのビリーグラハムが話した、アメリカのメジャーリーグの話を始めた。その内容というのはナショナルリーグとアメリカンリーグの優勝チームとでやるワールドシリーズの話であった、またそのチーム名は、1つはジャイアンツであるというのは聞き取れたがもう1つのチーム名は聞き取ることができなかった。
  • レポート 聖書 礼拝 チャペル 賛美歌
  • 550 販売中 2005/07/18
  • 閲覧(5,709)
  • 捕鯨に関するレポート
  •  捕鯨に賛成するか、反対するか。この議論の底にある根本的な問題は文化の違いである。私は正直、捕鯨よりも鯨を保護する事の方に重点を置いてもらいたい。これは率直に、鯨がかわいそうであると思ったからだ。しかし、これは私達の感情的な理由に過ぎない。鯨を捕獲し、食べるという食文化を受け継いできた人々が実際にいる。その文化をただ単にかわいそうだからといって否定するのは良くない。よって私は、捕鯨という文化を否定するべきではないという理由で捕鯨に賛成する。  文化であるならば、なにもかもが許される。こう言っている訳ではないが、捕鯨という文化を放棄する必要は無いと思う。度々、捕鯨の問題で衝突するのが日本と欧米である。欧米の主張も感情的なものが多い。かわいそうであるとか、知的な動物を食べるのは野蛮であるとか、このような主張が主だ。私はこれらの主張を理解できる。しかし、逆に聞きたいことがある。私達が日常食べている牛、豚、鳥などはかわいそうではないのだろうか。野菜であっても、元は植物というひとつの生命だ。鯨とこれらの生物との間には、どれほどぼ大きな差があるのだろう。なにかの犠牲の上で成り立っているこの自然界の中で、果して捕鯨は間違っているだろうか。  鯨の使用用途にも文化の違いが挙げられる。昔、欧米人も捕鯨をしていた。しかし、それは食用の為では無かった。鯨油を採取して、残りは廃棄する。これこそ、無駄で野蛮な行為である。それに比べ日本は鯨を余すところなく使う。使用用途の違いをもっと明確に他国に示すべきだと私は思う。  現在、科学的に見ても鯨の数は増えている。だからといって、乱獲は絶対にしてはいけない。私達は今、鯨を捕らなくても生活できる。しかし、文化として捕鯨が残っている地域がまだあるならば、続けていくべきである。そして、捕鯨をする上での制限やルールをしっかりと守って欲しいと私は願う。
  • レポート 捕鯨 環境 動物愛護
  • 550 販売中 2006/01/03
  • 閲覧(10,616)
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