連関資料 :: 教育学
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教育社会学<第1設題>
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学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行すると教育はどのように変化するかについて学力の視点から述べよ。
学歴社会とよく混同される言葉に、高学歴社会がある。高学歴社会とは、単に「高学歴者の多い社会」を意味する言葉である。具体的には高校卒業後の高等教育機関への進学率が50%を超える社会であるとされる。日本は、アメリカ合衆国、カナダ等とならぶ、数少ない高学歴社会の一つである。
一方、学歴社会とは、当該社会の社会的・職業的地位を決める主たる基準の一つが学歴であるような社会である。社会的地位とは職業的地位と重なる側面もあるが、もっと広い意味であり、具体的には文化的地位なども含む。学歴は配分の基準として考えられるのであり、論理的には「低学歴社会だが学歴社会」という社会もありうるし、「高学歴社会だが非学歴社会」という社会もありうる。つまり学歴社会と高学歴社会とでは、その意味するところが全く異なるのである。重要なことは、学歴社会が、ただ単に教育を重視する社会ではないということである。現在、先進国、発展途上国を問わず、教育の充実は各国家、社会の最重要課題の一つにあげられている。従って、教育を重視
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佛教大学
通信
教育社会学
学歴社会
高学歴化
学力の視点
レポート
550 販売中 2008/11/21
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教育方法学 第1設題
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『従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。』
現代社会での教育の担当者である学校の教師には、単に児童・生徒の発達過程についての心理学の知識や、教科・教材についての専門的な力量や、また学校の運営に関わる管理上の資質だけでなく、これからの社会のあり方と、社会の中での人間の生き方について洞察力を持つことがもとめられる。そのような社会認識、人間認識への広がりをふくめて、これからの「教職教養」は組みなおされていく必要がある。また、学校での授業は学力の育成を目指すものであり、目指す学力によって設計方法や評価などが異なる。
では、ここで従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価と主体的な学習を基本とする授業についての設計と評価の特徴を比較していくこととする。
新教育課程では、4つの学力をバランスよく育てることが大切である。その4つの学力とは、「基礎的な学力A」、「基礎的な学力B」、「発展的な学力」、「実践的な学力」である。その内、前者3つが「教科学習で主にめざす学力」で、最後のものが「総合的学習で主に目指す学力」である。また、前者2つはまさに「不易な学力」であり、主に教師から与えられた課題や問を子ども達が解決すること(「課題習得型学習」)により、計画的、体系的に身に着く学力である。これは、教師が問を出し子どもがそれを答え、正解も唯一の答えがあることが多く、教師はその答をわかっている場合が多い。教師と子どもの関係は「教える―教えられる」の関係で教師は「指導者(教授者)」である。学習する場は学校、特に教室で教科書、参考書といったテキスト(2次資料)を使い、主に「座学」で行われる。そして、「必修教科の学習」に位置づけられ、ペーパーテストやパフォーマンスといった「量的評価法」によって評価される。
一方、後者2つは「流行の学力」であり、それは「自ら考える力」に深く関わり、子ども達が自ら学習課題を発見し、「学ぶための問い」をつくること(「課題発見型学習」)が求められている。これは、自ら考えることを育てるが狙いとされ、自らの興味・関心によって子ども自身によって課題や問が作られる。そのとき、必要に応じて教師や学外の専門家が支援する必要がある。正解は必ずあるとは限らず、むしろ正解がないことが多い。そして、教師にも子どもにも正解がわからない状態で学習が展開されることもたびたび起こる。学習様式に関しては、子ども自身による「自問自答」で行われる。教師と子どもの関係としては「助ける―学ぶ」あるいは「見る―学ぶ」の関係で、教師は「支援者(助言者)」となり、子どもの主体性が高まることとなる。活動場所はフィールドという「生きた現実」で、地域の社会(人々)、自然、伝統文化、といった実物(本物)で、学習者自身が直接集める「一次資料」である。したがって、学習者の問題意識(関心)や視点が重要な意味を持つことになる。また、「体験」を中心とし「総合的学習」、「発展的な選択教科の学習」に位置づけられ、レポート、作品、学習のプロセスを記録したポートフォリオなどの「質的評価法」によって評価される。
それでは、ここからは新しい学力を育てるための工夫を述べていくこととする。基礎的な学力を育てるための学習指導法の工夫では、まず、ティーム・ティーチング(T・T)が挙げられる。複数教師によるT・Tには「クラス内でのT・T」、「同一学年内でのT・T」、「複数学年間でのT・T」
550 販売中 2008/05/25
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教育方法学(第2設題)
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『現在の情報社会さらには知識社会と呼ばれているが、その社会にあっては知識を扱う教育はきわめて重要である。基礎基本の学力と教育格差と経済格差との関連について論ぜよ。また格差問題を解決するうえで教育方法はどのようにあるべきか。』
現在、情報社会さらには知識社会と呼ばれているので、いかに多くの知識・情報を、適切な時期に、適切なものを再度取り出せるか、また、あふれる情報の中で、自分に必要なものを取捨選択し、その情報の真偽を追究できるかが、今後必要な力となるであろう。様々な面で、教師が自らの能力を高め問題解決に立ち向かい、教職専門性について発展しているのかどうかが問題となり、教職においても、子どもたちに情報通信技術によって新しい知識を伝達し、国際的にも通用する専門的知識を創出することが期待されている。つまり、教師の側も現状を把握し、問題意識を持ち、そして切磋琢磨して様々な場面でも対応し、またそれを子どもにも対応させられるような教育をしていかなければならない。
今後の教育の変動の将来を予測すると、従来の知識詰め込み型の教育方針より、「子どもが意欲・興味・関心を持って物事に臨むべきだ」という傾向が、ますます強くなると予想させる。
指導方針も中央指導型から現場指導型に大きく転換しているので、それぞれの場所で、特色ある、個性的で創意工夫にみちた、地域や子どもに合った教育ができる。教育は基本的に「受けさせられるもの」ではないので、子ども主体の教育がなされなければならない。
基礎基本の学力と教育格差のことを鑑みても、「読み、書き、計算」などの学習の基礎は、学校教育ばかりでなく、子どもたちの将来の社会生活の基礎となるものである。今後の学習指導要領で現行のものよりは学習時間・内容等が増えるにせよ、基礎基本を定着させるための時間の確保は、今後も多くは望めないだろうと予測される。しかし、そのような中でも基礎基本の学力は身につけさせなければならないので、特設時間の設定や、興味付けなど、考慮しなければならないことがたくさんある。
もうひとつの、目標と内容に基づく教科等の基礎的な学力は、具体的な目標を明確にし、子どもの将来に有益な教育をしていくべきだ。ブルームの言う、「子どもたちみんなに学ばせるのだ」という意識を忘れてはならない。
ここで、教育格差が発生してしまうのは、基礎基本の定着度合いと、学校や教師の裁量で決まってしまう発展的・実践的学力の内容についても考えられる。これらの学力は、いくらでも伸ばすことがき、その名の通り、実践的な面もある。ティーム・ティーチングなど、様々な方法をその場に応じて使い分け、基礎基本、発展的な学力、実践的学力の三つの学力をバランス良く身に付けさせるのが理想である。しかし、学校現場の現状と、紙資料による教育方法論とはうまく連動しない場合も多々あるかもしれない。このように、「理想追求だけだ」と発展の門扉を実践する前から閉ざしてしまうのではなく、周りに成功事例があれば自分の場合に置き換えて実践を試みたり、何か方法を思いついた場合、他の先生と協力しあったりして、コミュニケーションを図り、他と連携を取っていくことも教育格差を無くしていくことにつながると思う。
教育格差と経済格差の点から見ても、今後ますます経済格差が広がり、経済的に余裕のある家庭において、今以上に子どもへの期待が高まり、教育に対する期待感は膨らむばかりである。最終学歴のことなどまで視野に入れ、私立学校に進学させることを考える選択肢も増えている。
学校の選択肢を論に加えないとしても、裕福な家庭の
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教育方法学
佛教大学
レポート
550 販売中 2008/06/04
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教育心理学第1設題
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象徴機能の発生について説明せよ(説明には子供の
行動についての具体的研究例を提示する)。
また、教育との関連で大切な点を説明しなさい。
「象徴機能」について
記号的意味作用において、あるものを、それとは異なるもので代表させる働きを「象徴機能」、もしくは「代表化機能」という。前者は指示対象、後者は象徴、または象徴体と呼ばれる。両者が異なるものでありながら指示関係をもつのは、「象徴体」と「指示対象」のそれぞれについての表象が心内において形成され、結びつけられるからである。従って信号や標識(指標)による記号的意味作用は乳児初期から成立するが、「象徴機能」の発現、表象の形成と同じ、生後1年半頃を待たねばならない。
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教育心理学
象徴機能の発生
660 販売中 2008/06/06
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教育方法学 第2設
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『現在は情報社会さらには知識社会と呼ばれているが、その社会にあっては知識を扱う教育はきわめて重要である。基礎基本の学力と教育格差と経済格差との関連について論ぜよ。また格差問題を解決するうえで教育方法はどのようにあるべきか。』
現代の社会は「情報社会」ともいわれ、さまざまな情報にアクセスする機会や、教育を受ける機会は、これまでのどの社会とを比べても格段と広がっている。もはや学校だけが教育の場ではない、という認識は、すでにわたしたちの間で常識となっている。人々の学習をさまざまな方法で支援するシステムを整えてきている。一方では、学校教育はこれまでの仕組み大きく変えられようとしている。今までは、全国一律の基準を定め、どの地域の学校でも、同じような内容・レベルの教育を実施させてきた従来の仕組みを変え、それぞれの地域と学校の意欲を引き出し、特色ある、個性的で創意工夫に満ちた教育活動を実施させていく仕組みへと変わってきている。
知識社会では高度な専門知識を身につけた人が活躍し、知識管理をすることが重要となるなどが知識社会の「常識」として、しばしば語られている。しかし今日、変化が日々おこるような時代であるので、これらの常識はすぐに古くなる。そこで必要なのは、常に「その先」を読むことである。変化する時代に対応し、順応すること、「新たな常識」を身につけることが重要なのである。
そして知識社会では、単なる「専門的な知識」が価値を失っていく。その理由は、「専門的な知識」がすぐに陳腐化してしまう為、そして、情報社会において「専門的な知識」を誰でも容易に手に入れることができるようになっていくからである。知識社会において本当に価値をもつのは、「専門的な知識」ではなく「知恵」である。それは「分析力」「直感力」「発想力」というような「何々力」と呼ばれる能力や知恵のことである。
その特徴は第1に「自立」、もう1つが「個性」だ。そして「豊かな経験」よりも「深い体験」が価値をもつようになる。豊かな経験を深い体験にするためには、経験から学び得る知恵を徹底的に取ることだ。
それにより平成10年に学習指導要領は改訂され、この改訂において主に2つのことが変わった。一つ目は、年間授業時数の縮小と教育内容の削減である。完全学校週5日制が実施され、それに伴い年間授業時数が大幅に削減されたのである。二つ目は、「総合的な学習の時間」の新設である。この総合的な学習の時間は従来の教科の枠を超えて、「生きる力(自ら考え、自ら学び、主体的に判断する資質や能力を育てる)」を身につけるための時間として設定されたのである。また、教育は、生涯教育ばかりではなく、学校教育もふくめて、単に「受けさせるもの」ではなく、人々がそれぞれのニーズに合わせて、「選んで受けるもの」になりつつある。それにともない、教育のあり方は、一般の製品の品質や価格がそうであるように、供給者の側にも、間接的ながら、決定権があたえられてきている。
教育方法学の課題には、不可能に挑戦するという面が必ずある。単に、今ある可能性を現実のものにしていくことだけでなく、常識的には「不可能」と思われていることのがわにも課題を求め、挑戦していくところに課題がある。ひいては教師の仕事の気概があるといってもよい。仮に不可能に見えることであっても、だからといって、それを乗りこえることは教育方法学の課題にはならない、といってすませるわけにはいかない。むしろ、教育方法学の課題がこれまで現実的に可能なことの範囲内でしか設定されてこなかったことに、問題があるのではないか。
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教育方法学
第2設
レポート
佛教大学
合格
格差
550 販売中 2008/07/03
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教育方法学 第1設題
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「授業の設計と評価において、その前提となるのはカリキュラムである。わが国では学習指導要領が重要な役割を果たしているが、一方では地域の実態や子どもの状況に応じたカリキュラムが求められている。そのときの教育方法と技術はどのようにあるべきかを述べよ。」
学校の授業の中で、設計というものは学習指導案として、学習指導要領を元に教師が作り、それにそって生徒を指導する。
その指導は、研究授業で教員が評価したり、授業中での生徒の反応がよかったりといったことで評価されるため、教師の立場からの評価、生徒の立場からの評価は違うことが多い。
教師は、授業の中でたくさん教えたり、分かりやすく教えたりということで評価される。
また、生徒は分かりやすかったり、面白かったりといったことで授業の評価をする。
教師の中でも大きく分けると、客観主義と構成主義という主義主張がある。
そして、それによって授業の構成も大きく変わってくる。
客観主義は知識をたくさん教えるタイプで、個人の経験や生活を取り除くことにより、意志・意識を作るのである。
この主義は教育の中で長い間主流とされてきたのは、受験がその大きな原因である。
知識
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教育方法学
第1設題
佛教大学
通信教育
550 販売中 2008/07/06
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教育社会学 第二設題
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『学力低下とは何かを明らかにし、社会階層のような社会的不平等と学力がどのような関わりをもつかについて述べよ』
現在の子どもの学力について、多くの人が「低下」していると答えるだろう。経済協力開発機構(OECD)が、2003年に世界各国の15歳の生徒を対象に行った学習到達度調査(PISA)で、日本の順位が下がったことから、マスコミで盛んに「ゆとり教育で学力が低下した」と報道されることになった。このように、学力低下の原因としてしばしば『ゆとり教育』が挙げられるが、一概にそうであると決め付けることもできない。もちろん、ゆとり教育によって空いた時間は、多くの子どもがテレビを観たり、テレビゲームをしたり遊びの時間として費やされる傾向にあるため、原因の一つであることは間違いない。しかし、OECDによる学習到達度調査(PISA)において、全ての項目で日本を上回ったフィンランドでは、授業時間は日本より少なく、週休二日制である。また、日本の『総合的な学習』に当たる時間も日本より多い。このことから、『ゆとり教育』が学力低下を引き起こしているとは完全には言いにくい。
学力低下の他の理由として「教育の質の低下」が考えられる。小学校の理科では、制限・禁止事項があったり、算数・数学では削減されるもの、教える時期が遅らされるものがかなりあるという。さらに、中学校英語で必修とされる英単語や、小学校で教えるべき漢字の激減など各教科とも学習内容が大幅に削減されている。これに付随して、教師の質の低下も叫ばれている。
また、日常生活における誘惑の増加も考えられる。つまり、テレビ、漫画、ゲームなどに熱中するあまり、勉強が疎かになってしまうということである。それを正す家庭環境にも問題があり、親が子どもに対する躾=教育をしっかりとしていない結果が学力低下に結びついているのではないだろうか。
さらに、大学の乱立も学力低下の原因の一つではないだろうか。この20年間で大学の数は2倍弱に膨れ上がっているという。しかし、質の高い大学が増えたのではなく、質の低い大学が急増したため、結果的に大学生の学力低下を招いたとも言えるのである。一部の大学においては、学力低下以前の問題が起きている。それは、学生に学習する習慣が無いのである。かつての大学であれば、少なくとも学校教育で展開される日々の学習に適応する生徒が進学していたはずである。しかし、現在は、大学進学は易化し、少なからぬ大学ではほぼフリーパスに近い状態であり、学習習慣を身につけていない大学生が大量に発生することになる。表面的な現象としての学力低下よりも、この学ぶことへの価値付けの低下のほうが問題であるのかもしれない。
このような学力低下が単に教育の世界での問題に留まらず、基幹労働力の質の低下、技術開発のポテンシャルの低下などを引き起こし、中期的に国家・社会の国際競争力、経済的地位に影をおとすことになりかねないのである。ただ、問題はそれだけではない。そこで、学力低下が社会にどのような影響を及ぼすのかを次に述べる。
最近、『キレる』子どもの話題がニュースなどでよく取り上げられるが、これも学力低下が関係しているのではないだろうか。もちろん、学力低下が直ちに情緒の不安定に結びつくわけではないが、知力と体力・情緒が互いに関連しあうことが人間にとって大事な能力であることは言うまでもない。しかし、ゆとり教育によってこのような教科の学習機会を失ってしまうと、身につくべき能力が発達しないまま成長することになる。その結果、情緒の不安定に繋がるということである。
また、学歴
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佛教大学
レポート
教育社会学
学力低下
550 販売中 2008/03/10
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教育学概論Ⅰ(1分冊)
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はじめに、教育という意味について考えていく。
教育とは、辞書によると一般的には社会で生活するための知識や技能が身につくように教え育てることである。広い意味で解釈すると、私たちの身の回りすべてのものが、すでにある一定の教育の意味を持ち、私たちと何らかの教育的な関係を持っている。自然環境、文化遺産なども、私たちは無意識ではあるが、私たちにとって教育的効果をもつものである。
しかし、自然環境や文化遺産などは、私たちに教育的効果をもたらしてくれるものであっても、実際に人間に意識的に教育意図を持ってかかわり合うわけではない。非個人的存在であるが故に、教育するものと教育される側の相互作用が生じることはない。教育という作用は教育するもの、教育されるものを導くにせよ、教育されるものが何かを抽き出されるにせよ、その主体にも客体にも人間存在をおいて考えなくてはならないだろう。そのため、ここでは、教育する人間、教育される人間との優位的・人格的・主体的な関係での中の教育関係を考えるものとする。
教育という言葉を考えていくくにあたり、「教」と「育」という語句の関係も考えていくものとする。「教」とはもとも
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環境
子ども
社会
文化
人間
平等
言葉
自然
自由
550 販売中 2008/03/18
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