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連関資料 :: 哲学

資料:298件

  • ★『デカルト・西欧哲学』 について
  • 『デカルト・西欧哲学』 について                 『デカルト・西欧哲学』について      映画マトリックスで語られる「実はコンピューターの見せる夢で した」という話、起源をたどると17世紀のデカルトの言葉「我思う、故に我在り」になるだろうか。今、生きている世界は夢かもしれない。これを論理的に否定することはできないので、疑ってもしょうがない。よって、まずこれが現実だとしよう。この文章を書いている自分も。  我というものを何によって規定しているのか。「我」を「考えることの出来るもの」とすれば、これは単なる恒心命題のようにも思える。そもそも何をもって「考える」ことを定義するかも疑問である。  デカルトの時代には生起し得なかった問題として、「考えること」と「演算すること」の相違点も論じなければならない。厳密な差異を定義できるのかも危うい。  潜水艦は泳ぐことができるのか。  哲学とは「本当に正しいものを見つけ出す努力」と言える。つまり「真理の探究」である。しかし「本当に正しいもの」を見つけ出すためには、最初にしなければならないことがある。それは徹底的に「疑う」ことである。今、
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  • 550 販売中 2009/01/29
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  • 哲学と人生 レポート問題
  • 哲学とは、「よく生きる」ことを考える学問であることを学んだ。では、生物学的な意味でなく、哲学的な「死」とは何を意味するのであろう。  まず、生物学的な死は紛れも無く哲学的な死に含まれる。哲学とは生命活動を停止したままで成り立つはずが無い。では「生きている」にもかかわらず「死んでいる」状態というものが存在するのかということを考えたとき、私は「記憶」というものに焦点をおいて考えることにした。  私が読んだのは「明日の記憶」という本である。この本は若年性アルツハイマーという難病をテーマにして書いた本で徐々に失われてゆく記憶に恐怖しながらも病と闘いながら向き合っていくという物語である。「自分」という存在がだんだんと壊れていくのを他人に知られまいとして躍起になる主人公と、それを支える周りの人とのやりとりに深い感動を覚えた。そして私は、この本を機に「人格の死」というものについて考えるようになった。  若年性アルツハイマーというのは、世間で言う“記憶障害”とは少し異なる。脳そのものが縮小を始めるため、記憶の喪失とともに五感の喪失、感情の喪失、理性の喪失などが進んでいく病である。現在では、症状の進行
  • 哲学 人生 倫理 府大
  • 550 販売中 2009/10/08
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