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資料:4,431件

  • 【聖徳大学通信】心理学科_心理学研究法 第四課題 評価A
  • 以下の研究テーマ➀・➁のどちらかを選び、因果関係を明らかにする研究計画を立てなさい(テキスト第14章~第17章を参照)。研究計画書の書き方、構成は第14章を参照すること。 研究計画は、以下の条件を必ず満たすこと。 ・仮説および考察に実験の内容や結果から、どのような心理学的解釈が可能なのかが含まれている ・剰余変数の統制のために工夫した点が含まれている。 ・実験室実験が想定されている。 本レポートでは、テーマ➁を選択しています。 「同じ内容でも伝え方が異なると、聞き手が受ける印象も異なるのか」 <評価A> ※本レポートは参考までにとどめていただき、そのままの転用はお控えください。
  • 心理学 心理 聖徳 研究法
  • 1,650 販売中 2023/01/03
  • 閲覧(5,435)
  • 「権力」と「尊厳死」について考える[東京学芸大学・教育学部・日本社会学・評価A
  • ギデンズによれば、「権力」とは「個人ないし集団の成員が、みずからの目的を達成したり、みずからいだく利害関心を促進することのできる能力」であり、「個人や集団がどれほどの権力を獲得できるかによって、他の人たちの願望を犠牲にしながらどれだけ多く自分たちの願望を実行できるかが決まるため、社会における葛藤の多くは権力闘争になる」という。一般的には、「権力」といった場合、国家権力を指すことが最も多いと思われる。  ところで、近年、「尊厳死」という言葉がさかんに使われるようになっている。「尊厳死」とは「安楽死」と並び称されることが多いが、実際には少し異なる。「安楽死」は、患者を死に瀕した耐えがたい苦しみから解放するために、他者が人為的に患者の死期を早めることであるが、「尊厳死」は、助かる見込みのない患者に延命治療をすることをやめ、人間としての尊厳を保ちつつ死を迎えさせることを指す。すなわち、「尊厳死」の場合に大事なのは、「自己決定権」をもとにした患者の「死の権利」の尊重なのである。
  • レポート 社会学 生命倫理 権力 自己決定権 ギデンズ 自己責任
  • 1,100 販売中 2006/02/15
  • 閲覧(2,753)
  • インド思想における死生観:その矛盾と「強者の論理」[早稲田・文学部・インド思想史・評価A
  • インドはあまりにも矛盾に満ちている……。「死生観」というテーマを探りつつ、調べれば調べるほど、私はそう感じたのであった。それは言い換えれば「伝統」に裏打ちされた「多様性」と、徹底した「個人主義」の結果でもあるのかもしれないのだが。  当初私は、『アーユルヴェーダ』にテーマを絞ろうと考えていた。医学というものは「死」に一番近いから、それを調べればなにがしかの「死生観」が浮かび上がるのではないかと期待したからである。しかし、アーユルヴェーダに関する文献を調べても調べても、「死」そのものについて述べられた箇所はついに見つからなかった。  インドにおいては「輪廻」の思想の一方で、「不死」の理想というものもあり、アーユルヴェーダはその「不死」を探究した結果得られた、長寿や健康に有益な方法の体系化なのである。つまり、アーユルヴェーダは西洋医学のように病気から人間を見るのではなく、健康から人間を見る、あるいは直接健康を扱うことができる医学なのである。だから、「死」について考えるということがしにくかったのであろう。  かつてチベット仏教の授業を取り、「死」についてのレポートを書いたことがある。一時日本でもブームになった「死者の書」をはじめ、チベット仏教とそこから生まれたチベット医学には数多くの「死」についての思想がある。「『死』を見つめてこそ、『生』の意味が見いだされる」という考え方が根底にあるからだ。  そういうわけで、きっとインドも似たようなものだろうと軽く考えていた私にとって、この違いは衝撃的であった。しかしそれ以上に、「輪廻」と「不死」の共存に驚いたのだった。  さて、その「輪廻」についてである。日本でもよく知られている通り、人間が死後も存在を続けるというのは、インドではごく一般的な考え方である。ヒンドゥー教徒は人間の本質は霊魂であり、また別の一生へと流転すると信じている。
  • レポート 哲学 インド 輪廻 カルマ ヒンドゥー教 宗教
  • 1,100 販売中 2006/02/27
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  • ナザレのイエス:松永希久夫『歴史の中のイエス像』を読んで[早稲田・文学部・評価A
  • 私がこの本を読んで最も印象に残ったのは、「イエスは神との交わりに対して、常に主体的な決断を迫っていた」という部分である。  イエスはさかんに「神の国」ということを口にした。これは国家や政治形態をもった外面的なものではなくて、内面的、精神的な共同体であり、地上において始まり、終末において完成されるものである。この「神の国」を実現することが、人間の救いであるとイエスは考えていた。よって、イエスが行おうとしたのは、個人の霊魂の救済とは別のものである。  ところで、イエスはこの「神の国」の運動を展開する上で、癒し(奇蹟)とたとえ話を頻繁に用いたが、この2つには大きな共通点があると松永は言う。  癒しの例として、有名な「長血の女」の話をあげてみよう(マルコ5:25〜34)。これは単なる癒し物語ではない。病気が癒されるというだけのことなら、この女がイエスを背後から触れば済むことである。しかし、彼女は病気が治った後も、その場に居続けた。このことが大変重要な意味を持つ。
  • レポート 哲学 聖書 イエス キリスト教 ユダヤ教 宗教
  • 880 販売中 2006/03/08
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  • 古代ローマ時代に関する考察:女性・医療・教育[早稲田・文学部・西洋古代史・評価A
  • 第1章:古代ローマにおける女性 ―結婚制度ほか―  ローマの一般家庭においては、夫婦、子ども、奴隷など(場合によっては解放奴隷も)が一つ屋根の下で暮らしていた。そしてその中で、家長だけが家の財産や、奴隷も含めた家族全員に対して全面的権力を握っていた。家長はその家の財産を守り、次世代に伝えていく役目を担っていた。  女子は生後9日目(男子は8日目)に命名され、これによって正式に家族の一員となる。子供たちは幼年期を通して豪華なトーガを身に付け、お守りを入れたカプセルを首から下げていた。女子はこれを結婚するときに、男子は成人服に着替える17歳頃に取り外す。ギリシアと違い、女子にも初等教育が施される習慣があった。  良家の娘はほとんどの場合、分別のつく年ごろになる前に婚約させられ、12〜16歳ぐらいで結婚した(男子は18歳前後)。それ以後も未婚の場合、老嬢視された。結婚すれば男とほぼ同等の自由が認められた。結婚相手は自由に選べなかった。女性だからではなく、生まれた時から親に従うよう定められていたからである。奴隷や貧しい民衆は同棲生活を送るのみで、合法的な家庭をつくることはできなかった。正式に家庭を営むことができたのは支配階級だけであった。彼らは次のような様々な方法で結婚した。 ?コンファレアチオ:最も厳粛な方式。10人の証人の前で神に生け贄をささげる。 ?コエムプチオ:少なくとも5人の証人をたて、妻を「買い取る」やり方。夫が義父にたいして、娘をもらい受けるお返しをした時代から受け継がれてきたもの。 ?ウースス:事実婚。まる1年の同棲期間の後、そのまま妻は夫の家族の一員となる。  裕福な階級のローマ人たちは、平均すると3回ほど結婚した。女性の死亡率が高かったのと、多くの場合手紙一本で容易に離婚できたからである。
  • レポート 史学 婚姻制度 女性 医療 教育 古代ローマ
  • 1,100 販売中 2006/03/16
  • 閲覧(6,713)
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