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連関資料 :: 人権について

資料:376件

  • 法人の人権享有主体性について
  • 設問1:法人は人権の享有主体になりうるか そもそも、人権とは個人の権利であるから、その主体は本来自然人でなければならない。そこで、法人は自然人ではない以上、人権の享有主体となり得ないのかが問題となる。  これについては、性質上可能な限り法人も人権の享有主体となり得ると考える(性質説)。 その論拠としては、第一に、法人は現代社会において一個の社会的実体として重要な活動を行っていることが挙げられる。現代社会においては、表現の自由のみを取り上げても、マスメディアが重要な部分を担っており、マスメディアたる新聞社や放送局の表現を憲法上保障する必要がある。また、現代におけるわが国の社会的経済的発展には、法人の財産的な保護は必要不可欠である。第二に、法人の活動は自然人を通じて行われ、その効果は究極的に自然人に帰属することが挙げられる。  この点、最高裁も、八幡製鉄政治献金事件判決(最大判昭和45.6.24)において、憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能な限り内国の法人にも適用されると判示している。  それでは、人権保障が性質上可能な限り法人に適用できるとして、そのような人権は何であろうか。これについては、人間個人にとって自然の属性と考えられる領域の人権、つまり、生命や身体を害されない権利、内心の自由、生存権等は、自然人にのみ認められる権利であり、法人には認められないと考える。また、選挙権、被選挙権も権利の性質上法人には認められない。しかし、他の多くの人権保障は法人も享有できる。財産権、営業の自由、居住移転の自由のような経済的自由権はもとより、請願権、裁判を受ける権利のような国務請求権、通信の秘密、適正手続、住居の不可侵、刑事手続き上の各種の権利等が法人には認められる。ただし、法人に対して人権保障が及ぶとしても、その保障の程度は自然人と同じとはいえない。その理由としては、法人は強大な社会権力を持つものが少なくないことから、政策的考慮に基づいて自然人とは異なる規制が必要な場合があることが挙げられる。また、自然人の人権との抵触がある可能性が大きいため、法人の自由や権利に対して必要な限度での規制を認めざるを得ないことから、法人の人権については、自然人よりも広汎な積極的規制を加えることが許されるものと考える。 設問2:会社は、自然人たる国民と同様に、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対する等の政治的行為をなす自由を有するか。  政治的行為は、自然人にのみ認められる選挙権その他参政権の行使と緊密にかかわるため、法人たる会社に政治的行為をなす自由が認められるか問題となる。 これにつき、八幡製鉄事件判決(昭和45.6.24)は、「会社は自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有する。政治資金の寄付もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄付と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない」と判示し、法人の政治的行為の自由を自然人の政治的行為の自由と全く同列のものと解し、政治資金を寄付するという政治的行為をほとんど無限定に認めた。 確かに、会社は納税者たる立場も有することから、国や地方公共団体の施策に対し、支持、推進、反対する等の意見表明やその他の行為をすることを禁じる理由はなく、表現の自由の一態様としての憲法21条で保障される政治行為の自由は認められると考える。 しかし、法人において政治的行為の自
  • レポート 法学 人権享有主体性 法人 人権
  • 550 販売中 2006/12/31
  • 閲覧(14,958)
  • 基本的人権の尊重について述べよ
  • 「基本的人権の尊重について述べよ」 1.基本的人権の成立した背景 基本的人権の概念は、17世紀から18世紀のヨーロッパにおいて始まったといわれ、特にイギリスやフランスで生まれたというのが一般的な学説である。当時のヨーロッパは封建的な身分制社会であり、一定の身分に縛られ、身分に応じた生活しか許されなかった。身分が下位の者は、上位の者に対して服従しなければならず、その頂点に君主(国王)が君臨していたのである。君主こそが国家の主人であり、国民はその下僕であるという絶対君主の世の中であった。そして、君主権力の絶対性を擁護する為に、王権神授説という考えが生まれた。 一方、このころのヨーロッパでは、これに異議を唱えるような思想が生まれた。それは、ロックやルソーに代表される社会契約説である。市民は君主に対して異議を申し立て、抵抗することができると主張したものであった。これにより、絶対君主に対する不満が頂点に達したとき、君主の権力に力で抵抗する革命という形で一気に噴出したのである。イギリスでは清教徒革命(1649年)、フランスではフランス革命(1789年)、アメリカではアメリカ独立革命(1765年)が起こった。君主に対して権力を勝ち取った市民は、その勝利の証として、生まれながらに自由で平等であることを高らかに宣言する文書を発布した。アメリカ独立宣言(1776年)は、「すべての人は平等に造られ、造物主によって一定の奪いがたい天賦の権利を与えられており、その中に生命・自由および幸福の追求が含まれていることを信ずる。」と謳っている。また、フランス人権宣言(1789年)は、「人は自由かつ権利において平等なものとして生まれ生存する」と高唱した。このとき、宣言された「自由」と「平等」が、現在の基本的人権の原型として成立したのである。つまり、基本的人権は権力からの自由と自由の享受における社会的弱者の為に生まれた武器なのである。 2.基本的人権の意義 日本において基本的人権は日本国憲法が保障している。国の最高法規として、第97条では「この法案が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と基本的人権の本質を規定している。すなわち、基本的人権とは、第1に、普遍的に保障された権利であり、一部の国民だけの権利ではない。第2に、人間が生まれながらにして持っており、人間に固有のものである。したがって、誰からも侵されることもなく放棄することもできない不可侵の権利である。第3に、現在のみならず、未来も含めたすべての人間に、等しく与えられた永久の権利である。このように基本的人権は「普遍性」、「固有性」、「永久性」の三つの特徴をもっている。  日本国憲法は日本国内において効力が発揮され、主として日本国民が基本的人権の保障対象となっている。なお、日本国民に該当する者は、第10条で「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」こととされ、国籍法が制定されている。基本的人権は、個人(自然人)を念頭に置いたものであるが、憲法の性質上できる限り、法人にも適用される。外国人が基本的人権の享有できるかについては、マークリン事件(最大判1978年)の判例で、「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。」としている。 日本国憲法が保障している基本的人権は、決して無制限に行使できるものではない。人
  • 日本 憲法 福祉 アメリカ 自由 イギリス 政治 法律 平等
  • 550 販売中 2007/11/26
  • 閲覧(7,728)
  • 基本的人権の尊重について述べよ。
  • 「基本的人権の尊重について述べよ。」 〈基本的人権について〉  現代憲法は、国民に自由権や社会権を保障する基本的人権の規定をおいている。この基本的人権は、ヒューマニズムや個人主義に基づく個人の尊厳の思想、及び人は生まれながらにして自由かつ平等であるという近世自然法(権)の思想にその基礎をおいている。そして基本的人権の思想は、フランス革命やアメリカ独立戦争において、市民階級が旧勢力と戦う過程で勝ちとられ、人権宣言(権利章典)として成立してきたものである。  このことを憲法第97条は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果である」と表現し、したがって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び未来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と規定している。この第97条は最高法規と題する憲法第10章に規定されているが、同じことを国民の権利及び義務を定める第3章の第11条で繰り返している。これらの自由や権利のうえに眠っているだけでは、権力の側によってこれらが侵されることがあるのは世界が繰り返してきたところであり、したがって国民の不断に努力によってこれらが保持される必要がある(第12条前段)。 〈自由権〉  自由権とは、 基本的人権 の一つで、 国家 から制約を受けまたは強制されずに、 自由 にものを考え、自由に行動できる 権利 のことをいう。 日本国憲法 において、その内容は精神的自由権、経済的自由権、人身の自由に大別することができる。以下にその詳細を述べる。 精神的自由権 精神的自由権には、思想・良心の自由(憲法第19条)や信教の自由(20条)、表現の自由(21条)、学問の自由(23条)などが含まれ、今日ますます大切にされなければならない人間にとっての基本的自由である。 経済的自由権  経済的自由権には、職業選択の自由(22条第1項)や、国籍離脱の自由(22条第2項)財産権の保障(29条)が含まれる。 身体的自由権 身体的自由権には、 奴隷的拘束 や 苦役 からの自由( 日本国憲法第18条 )、法定手続の保障( 日本国憲法第31条 )、 拷問 と残虐な刑罰の禁止( 日本国憲法第36条 )などが含まれている。 〈社会権〉  社会権には、生存権(憲法第25条)、教育を受ける権利(26条)、勤労権(27条)、労働基本権(28条)が含まれている。以下にその詳細を述べる。 生存権は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と条文にあるように、人が生きていく上で必要な最低限度の権利を保障しているといえる。 教育を受ける権利 教育を受ける権利は「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と憲法の条文にあるように、普通教育が現代社会の組織・運営にとって必要不可欠なものであることを示している。  労働基本権  労働基本権とは、労働者が労働に係り持つ権利のことであり、特に雇用者に対し労働条件・労働環境の促進または維持を求める行為に係る基本権を言う。権利の具体的な内容は、自主的に労働することを妨害されない権利、労働組合を作り加入する権利、労働組合加入を強制されない権利、雇用者と団体交渉を行う権利、合法的に争議を行う権利などであるが、実際にどのような権利が保障されるかは国・地域によって様々である。 〈受益権〉  受益権(請求権
  • 法学 日本国憲法 基本的人権 東京福祉大学
  • 1,650 販売中 2008/06/17
  • 閲覧(5,913)
  • 人権(同和)教育W0719
  • 「同和教育の意義・歴史を概括し、学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方について述べなさい。」 Ⅰ はじめに  同和教育とは、同和問題を解決するための教育の営みの総称である。同和教育は、人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である。同和教育の早急な解決は、国の責務であり、同時に国民的課題である。同和教育を概括し、学校における同和教育実践について述べる。 Ⅱ 同和教育の意義  同和教育の中心的課題は、法のもとの平等の原則に基づき、社会のなかに根強く残っている不合理な部落差別をなくし、人権尊重の精神を貫くことである。同和教育は、一人ひとりの教育権を保障するとともに「確かな学力」の定着を目指し、「平和的な国家および社会の形成者として真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な」児童・生徒を育てる取り組みである。  子ども一人ひとりが、激動する社会関係のなかにあり、そのなかで人間の行き方を正しく志向するための基礎を学ぶところに同和教育の意義がある。人間が人間として
  • 佛教大学 通信 レポート 教育 福祉 歴史
  • 550 販売中 2008/09/23
  • 閲覧(1,790)
  • 看護倫理レポート:人権とケア
  • 医療系大学の看護倫理に関するレポートです。身体拘束を例に看護倫理を記述しています。もらった評価はAです。この程度でいいのです。数年経過しているため、レポートによっては古い考えになっているものもあるかもしれません。あくまでも参考にされて、肉づけを行ってくださいね。
  • 看護 看護倫理
  • 770 販売中 2016/09/20
  • 閲覧(15,559)
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