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連関資料 :: 教育について

資料:11,667件

  • 教育の現場を見て〜教育実習を終えて〜
  • 教育実習は大きく分けて2つのタイプに分類される。教員免許の取得のために単位が必要で教育実習を行う人と、教員になりたくて教育実習を行う人だ。私は明らかに後者だった。しかし教育実習を行い、教師に幻滅した部分もある。すべての教師に対して言えるわけではないし、教師による犯罪もどこか別次元で、つまり自分の見回りでは起こりえないこととして考えていたのだが、感じたことを以下に書きたいと思う。  教育実習に行く前に私は家庭教師や塾の講師など、たくさんの経験をつんだ。いろいろなことがあったけれど、信頼できる人に相談したり、塾長などと直接話すことで問題に取り組んできた。それが過信になっていたのかもしれないが、教育にすばらしさを感じていた私は初心で初授業を迎えた。そして一番初めの授業は「学級活動」だった。学級担任の先生のところへいくと、なんと出張で休んでいるという。どうすればいいのかわからなかったが、隣のクラスの先生に「体育館で自由行動」といわれた。体育館に行ってみると生徒が思い思いの球技をしている。もしくは見学している。とりあえず私は生徒の輪の中に入ろうと思った。全校生徒の前では挨拶をしたが、クラスではまだ自己紹介もしていないのだ。昔やっていた部活の球技だったため、「先生うまい」と言われながら楽しく生徒と遊んだ。しばらくして輪に入れない生徒がいることに気づき、「疲れた」といってそちらに行った。監督の先生がいないことに不安はあったが自分の力がいきなり試され、自由にできたのでとても充実していた。
  • レポート 教育実習 感想 体験
  • 550 販売中 2006/04/13
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  • 人権教育「偏りのない言語教育に向けて」
  • 人権教育レポート 「偏りのない言語教育に向けて」 「国際語としての英語」という考え方がある。グローバリゼーションが進行する中、国際的な対話には英語が必須という認識が高まり、日本の英語教育もついに政策的取り組みに乗り出した。小渕内閣は2000年、「英語の第二公用語化」を提言し、小泉内閣下の文部科学省は2003年に、『「英語が使える日本人」の育成のための行動計画の策定について』を発表した。最近では実用的な語学力を養成するために、小学校から英語を義務付けようとする動きも見られる。 確かに、英語という言語が国際語として機能していることは否定できない。しかし、この「国際語としての英語」は同時に「英語帝国主義」を生む危険性を孕んでいる。「英語帝国主義」とは、世界に何千という言語の中で英語だけを唯一の世界共通語とするイデオロギーであり、英語使用者に多大な権力をもたらし、それに魅了された人々が次々に英語取得に乗り出す現象、すなわち英語支配の世の中をさす(“Wikipedia”より引用)。では、この「英語帝国主義」に翻弄されずに、真の国際(異文化)理解を実現するにはどうしたらよいのだろうか。 まず始めに
  • 日本 英語 人権 文化 言語 国際 語学 政策
  • 550 販売中 2008/02/11
  • 閲覧(1,983)
  • 学校教育との比較からみる社会教育
  •  1、社会教育の概念 わが国において、社会教育は何かという概念は時代とともに変化する傾向があり、定義の一元化は見ていないが、社会教育法第2条には社会教育の定義として、「この法律で『社会教育』とは、学校教育法に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年および成人に対して行われる組織的な教育活動(体育およびレクリエーションの活動を含む)をいう。」とある。そもそも「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」(教育基本法第2条)と規定されているが、ここから学校教育も社会教育もともに、公教育を支える柱の一つであると考えられる。健やかな人間形成を考えたとき、学校における学歴偏重主義の弊害など大きな問題が存在している。豊かな教育というのは、フォーマルな教育(学校制度による教育)、ノン・フォーマルな教育(社会施設など学校制度によらない教育)、そしてイン・フォーマルな教育(生活の中でなされる機能的な教育)がうまくあいまって効果的に行われると考えられる。今後、学校教育とともに社会教育の充実を図ることは重要な観点と考えられる。 2、学校教育との比較に見る社会教育  学校教育との比較から社会教育というものと見てみたいと思う。まず、学校教育と社会教育を比較した時、社会教育の特徴は次のようなものであると考えられる。 ?学習者は個々の目的をもって活動に参加している。 学校教育はあらかじめ内容が決められており、授業が課せられている。 ?学習者は自発的に活動に参加している。 学校教育では、義務教育の場合は意欲に関係なく否応なく行くべきところとされる。 ?一つの学習活動においても、学習者の学歴、年齢、生活の属性は多様である。 学校教育では、学級が同学年の児童生徒で編成されていることが一般的。 ?教育活動の内容が多様で制約されない。
  • レポート 教育学 社会教育 学校教育 学社融合 学校開放
  • 550 販売中 2005/10/23
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  • 教育の原理「教育の歴史」【玉川大学】
  • ※このレポートは、玉川大学通信教育部・科目名「教育の原理」平成23年度課題の合格済レポートです。 教員による評価・批評は以下の通りです。 <評価> C(合格) <批評> 近代教育に大きな影響を与えたとされる主な人物について触れられています。 ただ、字数オーバーになっています。指定された字数でまとめることも重要です。 _________________________________________________ このレポートでは、古代ギリシアの教育からペスタロッチの教育までの歴史的な流れを説明する。その際、特に重要と思われる人物の思想にポイントを置いて述べる。 古代ギリシアの教育は、スパルタとアテナイに特徴を見ることができる。スパルタは軍国主義であったため戦士を育成する教育を、アテナイは民主主義であったため人格の円満な発達を目的とした教育であった。 民主主義国家では弁証法が必要であったためソフィストと呼ばれる者が教育にあたった。知識の詰め込み教育であったソフィストの教育に相反する教育を提唱したのがソクラテスである。教育は手助けすることであると考え、自らの力で考え答えを出させるために、相手をことごとく論破する方法をとった。 西ローマ帝国滅亡後、歴代のローマ皇帝によってキリスト教が国教となり、教育においてもギリシア・ローマ的教育からキリスト教的教育へと変化していった。キリスト教は教会組織を発展・拡充させていくとともに、教会教育を発展させ、学校制度を確立した。12世紀頃には都市統治や商業・農業のための法研究機関という役割を担い大学が成立した。 気候の温暖化により商業が栄え、ゆとりがでてくると、神から離れ現世のものを尊重し、自由・個性を尊重するルネサンスという風潮が生まれた。教育においても、古代ギリシア・ローマの文化に立ち返る古典主義、個人を尊重する人文主義が見られる。すなわち、子どもの興味のあることを教える興味の原理や学習意欲の尊重、また、個人差の尊重や体罰の廃止、学校を自主的に運営させる自治の尊重といった教育原理がこの期の教育特徴である。 ルネサンスの風潮はキリスト教カトリック教徒にまで及び、教皇さえも含む聖職者の墜落を生み出した。1517年ドイツのルターが「九五か条の論題」を発表し、信仰のよりどころを聖書にのみ求めてローマ教皇レオ10世の免罪符販売と教会の腐敗とを批判したことから宗教改革が始まった。 イギリス国教会では、教会組織や教義上の改革が不徹底であったことに対して、フランスのカルヴァンの「二重予定説」「運命決定論」の影響のもと、教会改革をさらに徹底しようとするピューリタン(清教徒)が現れた。 しかし、次第にピューリタンに対する弾圧が始まり激化すると、自らの教義に即した社会の実現を図ろうとす…
  • アメリカ キリスト教 子ども 学校 社会 発達 文化 科学 自然 教育の原理 玉川 通信
  • 990 販売中 2015/07/02
  • 閲覧(3,411)
  • 教育方法論「教育指導と支援について」
  • 「教育指導と支援について」  平成元年に学習指導要領が改訂されて以降、「新学力観」という言葉が教育界のキーワードになった。そして、授業のあり方が問われ、「指導」と「支援」のあり方に変革を求めたのである。  指導とは、教科指導や教科外指導を含め、教育的な働きかけのことである。つまり、教え導くことである。  一方の支援とは、教師による一方的な教え込み出はなく、子どもの考え方や発想を肯定的にとらえる中で、その思いや願いが実現できるように援助することである。  新学力観とは、知識理解や技能などだけではなく、関心・意欲・態度や思考・判断・表現などの観点を、学力の重要な側面とするものである。そして、一人
  • 550 販売中 2009/01/28
  • 閲覧(1,553)
  • 宗教教育なしに道徳教育は可能か?
  • 「なぜ人殺しをしてはいけないか?」あるいは、「なぜいじめをしてはいけないか?」と生徒に聞かれたら、その生徒が納得できるように答えることができますか? …世の中の大切なことのほとんどが論理では説明できないのだと思います。 先日、友人のイギリス人と話していて、どの宗教を信仰しているかという話題になったとき、私を含む現代の日本人の多くは無宗教だ、と言ったら大変驚かれた。なぜなら、イギリスや他の多くの欧米諸国は宗教によって子供に道徳やモラルなどの規範を教えるからだ。だから彼は、宗教なしに道徳的な規範を教えることが可能なのか、と思ったのだろう。 同じような話が、新渡戸稲造の「武士道」の序文にもあったことを思い出した。「あなたがたの学校では、宗教教育というものがないのか?」と尋ねるベルギーの法学者ラブレーに対して、新渡戸が「ありません」と返事をすると、ラブレー氏は驚きのあまり突然歩みをとめ、「宗教がないとは、一体あなたがたはどのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか」と繰り返した、といったことが書かれている。
  • レポート 教育学 道徳 宗教 教育
  • 660 販売中 2006/11/04
  • 閲覧(3,082)
  • 幼児教育と学校教育のあり方の違い
  • 幼稚園教育は、「環境を通して行う教育」である。 環境とは、物的環境と人的環境、さらには幼児が接する自然や過ごす時間などをさす。物的環境は設備、遊具などのことで、人的環境は保育者や仲間の幼児たちのことである。保育者は、幼児の発達のために地域や園の状態をふまえた指導計画を立て、それに基づいて物的環境を用意しなければならない。そして自身も人的環境として幼児に接しなければならない。  そこで、どのように指導計画を立てるかが重要になってくる。幼稚園の目的は、学校教育法第77条に次のように定められている。
  • レポート 教育学 幼児教育 学校教育 物的環境 人的環境
  • 550 販売中 2006/04/19
  • 閲覧(5,643)
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