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連関資料 :: 教育学

資料:2,233件

  • 教育心理学1
  • 『子どもの「個人差」について述べよ』 現在、日本は少子高齢社会となり、子どもの存在は、国の財産である。将来を担う子どもにとって、それぞれの成長段階に最適な養育をすることが最善である。そのため、多様な選択肢、個人に最も適している方法を選ぶシステムが優れているものと考えられている。 「個人差」とは、知能・学力・性格・適性などの特性についての個人間の差異を指している。例えば、ある集団に知能・学力・性格・適性などのテストを行って、その集団内の個人の得点にばらつきがあれば、それを指して個人差という。このように個人差は、決められた測定尺度によって定められる概念である。  個人差が生じる要因は「遺伝」によるものなのか、「環境」によるものなのか、長い間議論がなされ研究が進められているが、人間の行動に見られる個性の起源は想像以上の早期にあり、誕生して間もない頃にまで遡る。しかし、その後どのような環境で育まれるかによって、大きく影響されることも事実であり、両方の要因が作用していると言うのが、近年明らかにされている見解である。  また、母体内での環境要因も大きく影響しているとされ、胎児の頃よりクラシック音楽
  • 環境 子ども 社会 発達 家族 差別 個人 障害 学習 人間
  • 550 販売中 2009/01/28
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  • 教育心理学2
  • 『子どもの「不適応行動」について述べよ』 1.はじめに 児童生徒の殺傷事件、いじめによる自殺、不登校、校内暴力など世間を騒がせる事件が後を絶たない。これは学校内に留まらず、深刻な社会問題でもある。現在、私は中学校教諭として学校現場で働いている。不適応行動について教師という立場からも述べる。 日本は、社会も人々の生活も豊かになり、次々と新たな欲求が生じ、そしてそれを満たすべく進化し続けている。しかし、現実にはその過程で様々な障害や困難が生じ、子どもから大人まで欲求不満やストレスを感じることが増えているのも事実である。  人間は、このような欲求不満やストレスに対し、「防衛機制」が働いたり、周りの人から援助されたり、自分自身で圧力となっているものを除去したりなどして、解決していく事が出来る。しかし、多くの障害や困難が生じ圧力が強すぎ、自分自身をコントロールできずに適切な解決が出来なかった場合、問題行動・逸脱行動・不適応行動などと呼ばれる障害が生じてしまうのである。 不適応行動は、攻撃性が外に向かい社会的規範に反する「反社会的行動」と、攻撃性が自分自身に向かい他者や社会との接触を拒絶する「非
  • 環境 子ども 社会 教師 学校 いじめ 問題 不登校 家族 家庭
  • 550 販売中 2009/01/28
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  • 教育哲学歴史学
  • 私は不登校を「教育の二律背反問題」として考えました。多くの人は不登校という言葉に対してマイナスのイメージを持っていると思います。私自身も、不登校は絶対によくないから、がんばって学校に行かなくてはいけない、と考えていました。自分が高校生のとき学校に行くのがすごくいやでしたが、学校に行かなくては自分のこの先の人生はどうなってしまうのだろう、と不安になり、我慢をして学校に行きました。そして今はあの時がんばって学校に行ってよかったと思っています。しかし、「東京シューレ物語」という奥地圭子さんの本を読んで、不登校について肯定的に考えることもできるということを感じました。これから、不登校という問題に対する肯定派と否定派のそれぞれの意見を考えていきたいと思います。  まず、否定派の意見について考えていきたいと思います。不登校になるということは勉強などの能力が学校へ行っている子に比べて劣ってしまい、進学などの道が閉ざされてしまうので学校へ行かなければ行けないという考えがあります。また、不登校というのはただ怠けているだけだという考えもあります。社会不適応者として病気のように扱われてしまうこともあります。不登校の子どもを何とか登校させたいと思った親が精神科医などの専門家に相談すると、「それでもあなたは父親か!父として男としてだらしないから、息子が不登校になるのだ。殴っても蹴ってもいいから学校に行かせろ!」などと言われ、親は専門家の言うことだからと、自分を納得させて、先生の意見に従うことなどもあるそうです。
  • レポート 教育学 不登校 二律背反 登校拒否
  • 550 販売中 2006/06/21
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  • 教育学入門 1
  • 「教育」を表す言葉(漢語・邦語・英語)の語源の うち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連 させて、あなたの教育観を述べなさい。  「教育」を表す言葉の語源で私が興味をもったのは英語の“education”である。漢語・邦語・英語のいずれの言語でもそれぞれの文化が発展していく段階で「教育」という概念が発生し、確立され発展していっている。その中でも“education”は時代の流れとともに語義を変えてその時代に合った意味を獲得していることが残された文献からみてもわかりやすく興味深い。  英語の「教育」の意味にあたる“education”はラテン語の“educare”を語源とし、本来、植物や動物を「育てる」という意味から由来しており、その後、子どもを養い育てる「養育」の意味で使用されるようになり、しだいに現在の「教育」の意味へと変化していった。OED(オックスフォード大英語辞典)で調べると時代に応じてその用法が変化していく様子がよく見て取れる。最も古い用法では「子どもあるいは人々、動物を養い育てるプロセス」とあるようにラテン語の意味に近いことがわかる。16・7世紀には「マナーや習慣のし
  • 英語 社会 子ども 学校 文化 政治 地域 家族 学校教育
  • 550 販売中 2009/06/01
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  • 教育学入門 2
  • あなたが今日の教育が直面している最も大きな課題 と思うものを一つ挙げ、それと教育との関連につい て述べなさい。  教育は、私たちの日常生活において当たり前の現象として行われており、誰しもが何らかの形で経験をしたことのあるとても身近な事柄である。教育は、人間形成の場として、生まれた直後から受ける家庭教育に始まり、義務教育制度による学校教育を経て、社会に出てもしくはそれ以前から受ける社会教育として人の生涯にわたって関わるものであり、家庭・学校・社会の大きく3つの場に分けて考えることができる。その中でも家庭教育は公的な要素を含まない教育であり、その大半が無意図的な教育スタイルをもち、そして人間形成の大きな基盤をなしている。人が無能な赤子として生まれ自己を獲得していくために最初に受ける教育を担う場である家庭が持つ役割は大きく、現在家庭教育が様々な問題を抱えている現状を見ても見直されるべき教育課題である。  今日の日本の家庭における問題としては、DINKs、「ホテル家族」、育児不安や育児ノイローゼ、家庭内での幼児虐待、ACとその家族間の共依存の関係、摂食障害や孤食、DVや引きこもりなどに挙げられ
  • 子ども 家庭 社会 介護 学校 家族 問題 幼児 学校教育 学習
  • 550 販売中 2009/06/01
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  • 教育社会学 1
  •  学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行す ると教育はどのように進行するのかについて学力の 観点から述べよ。  現在、日本は経済大国のひとつとして成長し、教育においても世界的に高い水準に達しており、小・中学校の義務教育のみならず高等教育機関の進学率も高い水準を誇っている。しかし、日本の社会は学歴社会と呼ばれ「受験地獄」や「偏差値輪切り体制」などという言葉とともに用いられ、人間が内面に持つ本来の資質を考慮せずに、うわべの「勉強ができるかどうか」だけでその人間を評価する理不尽かつ非人間的な社会としてその様相を変えてきている。この学歴を重視した社会は多くの国民にあまり良いイメージとして受け入れられていないのが現状である。そもそも学歴社会とは具体的にどのような社会をいい、高学歴化が進行すると教育はどのように変化していくのかについて学力の視点から考察する。  学歴社会とは「社会における社会的、職業的地位などの配分の基準として学歴が重きを占める社会」とされている。ここで気をつけたいことは、学歴社会が単に教育を重視する社会を表すものではないということである。というのも、先進国、発展途上国を問わ
  • 日本 アメリカ 社会 経済 戦争 学校 学歴 学歴社会 ドイツ 大学
  • 550 販売中 2009/06/01
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  • 教育社会学 2
  •  学力低下は何かを明らかにし、社会階層のような社 会的不平等と学力がどのような関わりをもつのかに ついて述べよ。  近年、2000年初頭から教育界のみならず社会を巻き込む形で学力論争が展開されてきている。「学力低下」に関するさまざまな議論がなされ社会的反響を呼び、教育政策の転換をも動かしてきた。そもそも、学力低下の大きな要因とされているのが昨今の「ゆとり教育」である。80年頃まで続いた「詰め込み教育」が「受験地獄」や「偏差値輪切り体制」などの状況を生み出し、現場で起こるいじめや不登校、非行などの原因となっているとされ、その反省をふまえて適用されたのが、今日のゆとり教育の環境整備であった。この「ゆとり教育」は、基礎学力と生きる力を重視した子どもを教育過剰から解放するものであったが、見方をかえれば、ある程度の学力の低下は目をつむってでもゆとりを優先したともいえる。しかし、結果、諸問題の解決をしないどころか学力の低下をもたらすこととなった。それでは、学力低下とはどのような形として現れてきたのかを明らかにしてみたい。  まず注目され始めたのが、大学生に見られる問題がある。大学生に限ってみれば、
  • 環境 日本 経済 子ども 社会 文化 学校 学力 国際
  • 550 販売中 2009/06/01
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  • 教育心理学 1
  • 象徴機能の発生について説明せよ(説明には子ども の行動についての具体的研究例を提示する)。また、 教育との関連で大切な点を説明しなさい。  象徴機能とは、ものごとや出来事が目の前にない時でも認識する機能であり、イメージを浮かべてものごとを考える機能のことである。つまり、具体的な知的経験をもとに自分なりにイメージを構成し、それを利用して時・場所を変えて自分なりのやり方で活動できるようになるための大切な認知能力である。  その機能の発生について、子どもの発達過程を追って述べることにする。人の始まりは赤ん坊である。新生児は超未熟とも言える無防備な状態で生まれるが、外からの刺激に対して一定の反応を示す原始反射が見られる。それは、周囲の人やものとかかわりを持つための力であり、周囲の刺激を選択的にキャッチし、統合する知覚能力を利用し、感覚運動を通して認識を深めていく。乳児は玩具を握り、それをなめたり、眺めたり、振って音を楽しむ。このとき、乳児は触覚・視覚・聴覚のさまざまな感覚器官からの情報をそれぞれに認識し統合して感じ取っている。ピアジェによると、乳児は主体的な感覚運動活動を通して、自分の内側に周
  • 子ども コミュニケーション 社会 発達 家族 幼児 運動 役割 能力 遊び
  • 550 販売中 2009/06/01
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  • 教育心理学2
  • 子どもの「不適応行動」について述べよ。  適応行動とは、もともと進化論において生体がその存在そのものを保つのに有効であるような構造または行動の変化を意味していた。今日では、生体が環境から要請される行動を行い、不要な行動を除去して環境との間で調和し適合した状態を作り出すことをいう。  人間の場合には、家族や学校などにおける人間関係、文化、制度などへの適応が重要課題となり、そのための行動能力の発達が求められる。  環境の変化に応じてみずからの行動を調節する、課題を解決する、欲求や緊張を解消するなどの行動が適応にかかわるが、人間における適応行動には、受身的なものだけでなく環境に主体的・積極的に働きかけてこれを変革し、それを通じてより高いレベルでの適応を達成する行動が認められる。そのような行動能力の形成は広義の教育の力に待つところが大きいといえる。  不適応行動とは、生体が環境との間で調和し適合した状態になれないことを不適応といい、それが行動レベルで表現されたものを不適応行動という。  子どもの不適応行動には多種類ある。食事、排泄、睡眠など生活行為に関するもの、学習・学力の遅滞や低下にかかわ
  • 環境 子ども 教師 心理 発達 学校 家族 行動 家庭 問題
  • 550 販売中 2009/03/18
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  • 教育心理学1
  • 子どもの「個人差」について述べよ。 1.はじめに   子どもは、生まれてから順序を追って成長発達するが同じ日に生まれた子が同じ日に首が据わったり、ハイハイができるわけではない。個人差があるのである。 子どもの個人差には、身体的・精神的・社会的な側面からかかわっていくことで個別性がうまれると考える。それが知能・性格・遺伝と環境・教育・発達に様々な影響を与えているのではなかろうか。 2.知能  知的行動には個人差があり、それぞれの子どもで特徴があることが認められている。知的行動の特徴は、それぞれの子どもが育てられてきている環境のあり方によって規定されるが、子ども自身の内部にある個人的要因によって規定される。そして、このような知的行動における特徴をもたらす個人的要因を説明するために用いられている概念が知能である。  知能の定義について、いろいろな学者が唱えてきているが、大きく分けると次のような3種類にまとめることができる。 ①知能とは、抽象的な思考能力である:ターマン(Terman,L.M)など ②知能とは、学習する能力である:ディアボーン(Derborn,W.F.)など ③知能とは、新し
  • 環境 子ども 社会 発達 心理 学校 家庭 性格 学習 課題
  • 550 販売中 2009/03/18
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  • 教育社会学テスト
  • いじめの原因についてまとめ、それが学校だけの問題ではないことについて説明せよ。  いじめの原因について、大きく4つに分類。 ①機会原因説 いじめの発生はきっかけにすぎず、所属している集団の状況や雰囲気によって左右されるという説。例えば、何をするにも遅い子どもがいても、集団によってはいじめは発生しない。ここで問題となるのは故人のどのような特性もがいじめの標的になることである。我々の特質は他者に許容される一定の幅を持つ。そこから外れる場合にいじめの標的になるのである。ここでは「普通」であることが求められ、違いがあると排除の対象になる。最近では成績が良すぎる、容姿が良すぎるなどプラス面もいじめの発生原因となる。 ②性格原因説 いじめの原因を、被害者や加害者の性格に起因させる考えかたである。たとえば加害者の特徴として「落ち着きが無い」「無神経である」、被害者の特徴として「小心者」「依存的性格」などの見方がある。つまり、性格を直せばいじめは回避できるというものだが、短絡的な説である。③いじめの4層構造論 いじめを学級集団全体の問題ととらえ、加害者・被害者だけでなく観衆や傍観者の存在を指摘した説である。この説によると、観衆や傍観者が容認態度をとるといじめがエスカレートするとされている。 ④ストレス原因説と規範意識欠如説 いずれも加害者の視点から論じた説である。いじめの背景には加害者のなんらかのストレスや欲求不満が関係しているとしている。規範意識欠如説では、子どもの規範意識の崩壊などがいじめの発生に関わっているとされる。加害者がいじめることを面白い、何も感じないと表現することが増えたが、その背景にはゲームなどの影響がある。 ここでは、中国について述べる。1990年代の改革として、学生数の増加、教育における市場原理の導入、素質教育の実施を行った。 教育と科学技術によって国の振興をはかるため、まず学生数を多く増加した。中等教育・高等教育共に大きく学生数が増え、非識字率も低下した。しかし、就学率の面でみれば日本と比べてもまだ低いと言える。また、日本の戦後の教育で大学進学率などが向上したことと類似しているとも言える。 次に、素質教育の実施について述べる。中国では教育を受けることが奨励されたが、激しい受験戦争が起こり、また所得の格差も起こった。これもまた日本の数十年前の歴史と類似している。中国でも日本と同じく受験戦争が問題視され、素質教育への転換がいわれるようになった。素質教育では、知的面だけでなく徳育や体育、美育などを有機的に統一することが求められた。そして学生の全面的な発達を目指した。 次に教育における市場原理の導入について述べる。中国では1990年代に社会主義市場経済体制の確立が提唱されたが、これに伴い教育にも競争原理が導入された。これにより、学校設置主体が多様化した。民営学校が多数出現し、また公立学校に民営の管理方式を導入して効率化をはかるという改革もなされた。これにより資源の使用効率を高めた。これらは、日本において私立学校が台頭してきた歴史と類似していると言えるだろう。 しかし依然、中国では厳しい受験戦争は終わっていない。日本においても受験戦争が叫ばれ、ゆとり教育導入やそれに対するさまざまな批判などがあったが、未だ大学入試などは厳しい競争が続いているし、教育格差問題などもある。 国家が近代化すればおおよそ同じようなプロセスを経ていくのかもしれないが、日本と中国では文化や風土が違うので、必ずしも日本と同じようになるとは限らないため、注目していくべきだろう。  国
  • 佛教大学 通信 科目最終試験 6設題全部 問題と解答 参考までに
  • 550 販売中 2008/05/20
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  • 教育方法学①
  • 従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について、設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。 現代の教育は生涯教育ばかりでなく、学校教育も含めて「受けさせられるもの」から、人々がそれぞれの目的に合わせて「選んで受けるのも」へと姿をかえつつあり、それにあわせ、教育のあり方も変化してきている。  現代社会の教育者、とりわけ学校の教師には、単に児童・生徒の発達過程についての心理学の知識や、教科・教材についての専門的な力量や、また学校の管理上の資質だけでなく、これからの社会のあり方と社会の中での人間の生き方について、しっかりとした洞察力を持つことが求められる。教師の任務は知識や技術を教えることだけでなく、児童・生徒がこれから社会で人間らしく生きていくことができるように、人柄を教育することでもある。  ここで教育論をいくつか踏まえ、近代と現代の教育について比較していきたい。教育方法学の課題として、不可能に挑戦していくといった場面が必ずある。単順に、今ある可能性を現実のものにしていくことだけが、教育方法学の課題ではない。常識的には「不可能」と思われている側にも課題を求めて、挑戦していく。そこに教育の課題があり、教師の仕事の気概はそこにあるのである。  「40人クラスの児童・生徒のうち、いったい何人に本時のねらいを学ばせることができるだろうか。」このような戸惑いは、やがて「せめて3分の2ぐらいの子どもに学ばせれば上出来である」というような居直りに変わってしまうことが多い。 ブルームはそういった教師に対して「私たちの子どもたちみんなに学ばせるのだ」といっており、受けもったクラス全員に学ばせ、それができない教師はプロとはいえない。ブルームは現代の教師たちにこういった課題をつきつけている。  落ちこぼれを出してはいけないとわかっていても、40人を標準とする学級編成では実際には無理なことだと言われるかもしれないし、確かに困難なことではある。しかし、不可能に見えることであっても、だからといってそれを乗り越えることは教育法法学の課題にはならないといってすませるわけにもいかない。むしろ教育方法学の課題がこれまで現実的に可能なことの範囲内でしか設定されていなかったことに問題があるのではないだろうか。 「能力別指導」はその典型的な例である。能力別指導は、一斉指導で取り残されてしまう子どもに対して、子どもたちの能力の差に合わせて、グループごとに指導の内容と方法を変えていくことである。能力の異なる子どもに、それぞれのペースにあわせ効果的に学習させるという、現実的な指導方法ではあるが、現実には、子どもたちの学力差を縮めるのではなく、広げてしまっている。そればかりでなく、能力別に分けること自体が、子どもの心に良くない影響をもたらすという指摘は、これまでもしばしばなされている。  また早期教育の必要性についても以前にまして叫ばれている。どうして大器晩成ではいけないのか。大器に成っていくためにも早期から教育をはじめたほうが有利だということからの意見である。しかし、それにも問題点があり、全員のスタートラインが同じとは限らないという点である。スタートラインはゴールラインのように、今のところ調整や統制の対象にはなりえない。そこで競争は学齢前へと下降し、学校外へと拡散していく。早期教育論は、開発能力の名のもとで、そうした競争をあおる議論になりかねない。そして、もうひとつの問題点が早期「教育」の中身である。貝
  • 教育方法学 佛大 現在は情報化社会さらには
  • 550 販売中 2008/02/19
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