連関資料 :: 算数
資料:419件
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算数科教育法
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算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ。
算数科教育の将来のあり方を考えていくうえで大切なのが今までの算数科の歴史に目をむけることである。そのことにより、現代の算数科教育の現状やこれからの方向性が見えてくるのである。このリポートでは、戦前から現代までの算数科教育の変遷をたどりながら、教育内容などをまとめていきたいと思う。
国定教科書制度導入(1890-1910)
この時代富国強兵制度のもと日本の教育制度は、着々と整えられていった時代であった。就学率は、1910年には約98.14%と高い数値であった。さらに教育制度を整えるために国定教科書制度が導入されることとなったのである。1905年に藤沢利喜太郎によって第一期国定教科書・黒表紙教科書が出された。内容は、数え主義による数計算中心であった。
子どもの教育への関心の高まり(1910-1940)
大正自由教育運動によって子ども
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歴史
日本
子ども
戦争
社会
教師
学校
学習指導要領
生きる力
学習
B評価
550 販売中 2009/06/30
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算数科教育法
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『算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ。』
国定教科書「尋常小学算術書」ができた1905年、教育の国家統制が強まる中、算数教育は全国的な制度として一元化されていった。「尋常小学算術書」は、表紙の色が黒いため、「黒表紙教科書」とも呼ばれる。黒表紙教科書の内容は、藤沢利喜太郎によって、厳格な「数え主義」のもと、数と計算を中心に構築された。これまで行われていた幾何教育は、ユーグリッド言論をもとにした内容を中学校でのみ扱い、小学校では計量の計算問題の一部として取り上げられるだけとなった。黒表紙教科書は、国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであり、子どもの認識の発達を考慮したものではなかった。また、子ども自ら考えるというよりは、教師が教え込むスタイルであった。
明治~大正にかけ、黒表紙教科書は数回の改訂を受け、1935年には新しい尋常算術書が発行された。表紙が緑色だったため、「緑表紙教科書」とも呼ばれる。それまでの黒表紙教科書と違い、子どもの認識を重視した構成で、計算、数、
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レポート
算数科教育法
黒表紙教科書
緑表紙教科書
水色表紙教科書
単元学習
現代化
ゆとり
550 販売中 2009/09/18
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算数科教育法
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『算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。』
江戸時代の学校は、「武士のための学校」と「庶民のための学校」があり、前者は幕府直轄の官学と諸侯設立の藩校、後者は私塾、寺子屋があった。官学では数学に関する内容はほとんど無かったが、藩校では当初こそ違ったものの、徐々に算術を含む実学指向が強まっていった。また、寺子屋では親の職業に合わせて、学習内容が決められており、読み、書きについで算数(算用)が重視され、算盤を用いた珠算を中心に実学指向の算数が行われていた。
明治時代に入ると学制が制定され、国家による学校教育が始まった。明治時代初期の代表的な教科書として、文部省編纂の「小学算術書」が発行された。これは、数と計算に終始しているが、珠算を使用せず、筆算を基本とする洋算が中心となり、江戸時代の算数教育とは大きく方向変換している。幾何に関する内容が扱われた教科書も発行され、自由な雰囲気を持っていたが、徐々に規制の方向へと向かうようになった。後に、幾何の教科書は姿を消していった。この時代の教科書は欧米の翻訳本が主流で、日本の研究者が自らの手で作り上げていこうとする気運はまだ無かった。
明治時代後期になると学制改革、大日本帝国憲法発布、教育勅語発布と、日本の教育制度は国家により整えられ、教育内容も一元化された。算数の内容としては「数え主義」を導入した藤沢利喜太郎によって数と計算問題を中心に構築された。一方、幾何教育は中等学校でのみ扱うこととなり、小学校では計量の計算問題の一部として(平行四辺形、台形といった図形が説明も無く登場し、面積の求め方のみが示されていた。)取り上げられた。このように、黒表紙教科書は子どもの認識の発達を考慮したものではなく、国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであった。
1910年以降、国民の生活が経済的に安定したことを受け、子どもの教育への関心が高まったり、大正自由教育運動によって教育のあり方が再度問い直されたりしたことにより、日本の研究者が欧米の数学教育改造の運動を学び取り、少しずつそれを研究・実践していく。これは、教育を大人の立場からではなく、子どもの側から創りあげようという姿勢を生み出すこととなった。これらに見合った教科書の作成が行われようとするが、藤澤利喜太郎の数え主義の影響が強く、改訂は中途半端なものとなった。一方、幾何教育は小学校においても図形を扱う内容が見られたが、日本における幾何教育を自らの手で体系化するまでには至らなかった。
昭和時代には、緑表紙教科書が発行され、子どもの認識を重視した構成となり、内容は計算問題ばかりでなく数と量と図形をバランスよく学習することがよいとされた。
第二次世界大戦中には水色表紙教科書に改訂されるが内容は緑表紙教科書とさほど大きな差は見られなかった。発展が見られたのは当時の新しい数学を導入したり、理科との結びつきを強め実測・実験を重視したりしていることであった。しかし、それらが実在から図形を抽出し、図形の性質を考察し、さらにはそれを実在へと生かしていくものではなかった。
第二次世界大戦後は急速に民主主義が浸透し、最後の国定教科書として『第六期国定教科書』が発行された。この教科書は、算数教育の「1年ずつ足踏み」が行われ、算数を生活
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算数科教育法 第1設題
550 販売中 2008/03/06
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算数指導案「割り算」
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1.日時 (略)
2.単元名 「『1人ぶん』を求めてみよう」
3.本時の目標
除法における等分除の意味と、それに関する用語・記号を理解し、具体的操作を通したうえで用いることができるようにする。
4.本時の教材観・生徒観・指導観
教材観‥これまでの1・2年の学習では、乗法の意味を理解し、九九の構成と倍概念の理解及びその活用をおこなってきた。それを受けて3年では、乗法と積との関係、また乗法の交換法則についても学習している。これらの学習を踏まえたうえで、本単元の学習へとつなげる。本時はその導入部である。
除法には大きく分けて2種類がある。すなわち「ある数量を等分したときにできる1つ分の大きさを求める場合」(等分除)と、「ある数量がもう一方の数量のいくつ分にあるかを求める場合」(包含除)である。ここで、本単元においては等分除で導入する。理由は、具体物で置き換えた場合には、包含除の方が順に取り去っていけば容易に求められるのであるが、日常生活でより多く経験するであろうと考えられる等分除を先に導入したほうが、「等分」のための「除法」の必要性を認識させやすいと考えたためである。
また、「分配」作業には、具体物を「等しく分ける」場合があり、「単に分ける」こととは異なる「分配」方法がある。これは実生活においても直面することの極めて多い解決課題である。この解決法を考えていくとこで、除法の必要性を体感させ、除法の意味理解へとつなげ、抽象化による理解へとつながる。なお、等分除の場合の答えは、等分の操作を九九に結びつけることによって求められることも、効率的な解決法を探るなかで見えてくる。ここで、除法の答えを見出すのに乗法が必要であることと、除法と乗法との関係性についても捉えることができるようになる。
本単元の学習を踏まえたうえで、3年では「あまりのある除法」の学習につなげる。
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レポート
教育学
算数
指導案
導入
わり算
550 販売中 2005/12/13
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算数指導案「角」
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1.日時 (略)
2.単元名 「だれのぼうしかな?」
3.本時の目標
角の定義として、「1点から出ている2本の半直線でできる形」という認識ができるようにするとともに、辺の長さと角の大きさとは関係性がないことを理解させる。
4.本時の教材観・生徒観・指導観
教材観‥基本的な図形や、その構成要素である角などについての指導系統は、第1学年「C 図形」の「(1)ア ものの形を認めたり,形の特徴をとらえたりすること」や、第2学年「C 図形」の「(1)イ 三角形,四角形などについて知り,それらをかいたり作ったりすること」などによって重点的に指導された後、学年を追って理解を深めていくこととなる。これらを踏まえたうえで、第3学年においては、それまで図形を構成する一要素としての認識だった「角」に焦点を当て、その概念についてとらえる学習が必要となる。
角の概念の導入に当たっては、?1点から出る2本の半直線でできる形、という静的な考え方、?1つの点の周りを半直線が回転したときにできる形、という動的な考え方の2種類が考えられる。ここでの導入においては、既習の基本的な図形や図形の構成要素等を土台とすること、第4学年の「B 量と測定」の「(2)ア 角の大きさを回転の大きさとしてとらえ,その単位と測定の意味について理解すること」によって量としての角を扱うこと、などを考えると、静的な扱いから入ってしだいに回転の角へと概念を広げていくことが望ましいと考える。
本学年での学習を踏まえたうえで、第5学年での「並行や垂直」の概念の導入、さらには第6学年での立体図形の理解などにつながる、長期的な系統性をもった図形認識の一段階として、本時の学習は欠かすことができない。
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レポート
教育学
算数
指導案
導入
角
550 販売中 2005/12/13
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算数科教育の歴史について
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「算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。」
1はじめに
時代の変遷と共に、変化を遂げていく教育方法の特徴やねらいを汲み取り、今現在の時代背景を考慮した上で、求められるべき算数の知識・教育方法について考察する。
2算数教育の変遷
明治38年、日本で最初の国定算術教科書は、「黒表紙教科書」と呼ばれ教育のねらいは日常計算の習熟・生活上必須な知識・思考の精密化であった。その中でも日常計算の習熟が一番の主軸であり、一方的に計算方法の例題を示し、練習問題を課すことで計算の熟練をはかる方法をとった。生活上必須な知識の題材は、租税・利息・株式・度量衝など生徒の日常生活とはかけ離れていたが、学校を卒業して役立つような職業教育的算数教育だった。思考の精密化では暗算を通して思考力を養成することが目的だった。この教科書は3回修正されたが根本的な変化は無く、鍛錬によって知識を身に付ける数学教育が行われたと言える。結局、全体が抽象的で生徒の心理に対する配慮が払われていないという批判が多かった。事実、計算編重で生活に触れた事実問題が少な過ぎたのだろう。
昭和10年に改訂された教科書は、「緑表紙教科書」と呼ばれ掲げた目標は、数理思想を開発し日常生活を数理的に正しくするとした。主な特徴を3点挙げる。①児童中心主義への配慮―多くの挿し絵が入っている。一年生の教科書は絵のみで構成された。生徒の興味・関心に訴える配慮が汲み取れる。②学習過程の転換―従来の過程は数から始まったがこの過程は、具体的生活問題から始まり数理的問題に繋げ、練習を積んだ後、さらに具体的生活問題の解決に取り組む流れが考慮された。③作業を通しての学習―数を頭の中と紙の上で扱うのではなく、体を動かして数理的体験を深める生活教学が重視された。
昭和16年、算術は算数と改められ理科とともに理数科の一科目とされた、「水色表紙教科書」が登場する。内容は、「緑色表紙教科書」と大きな差は見られないが、軍国調の強い内容になっている。特徴は、この頃から図形・幾何教育において直観力の育成の要素が現れ始めた。
昭和22年、理数科は解体され算数は再び単一教科になった。算数科の目的は日常の現象に即して数・量・形の観念を明らかにし現象を考察処理する能力と科学的な生活態度を養うことだったが、実際は生活経験中心の教育観に基づく「生活単元学習」が強調された。この教育のねらいは、社会を理解し良くし優れた文化を作り出すことだった。小学算数は生活指導が中心で社会科のような印象を受ける。この頃から学力低下などの問題が出始めた。
昭和33年、それらの批判を受けて文部省は、算数科を「生活単元学習」から「系統学習」へ移行した。その教科目標は、数学的な考え方の育成であった。
1960年代から1970年代にかけて世界的な「数学教育の現代化運動」(数学教育の内容の刷新を図る運動)が起こる。日本でも、昭和43年学習指導要領が改訂され生活を基本とした題材は「現代化」によってほぼ姿を消した。系統学習の方向はさらに強まり集合・確立の内容が取り入れられたが算数・数学の教育内容のレベルが高く難しくなり、生徒が授業についていけない等の問題が起こり批判される。昭和52年、「現代化」の反省を踏まえてゆとりと基礎基本がテーマとなる。現代数学の多くが整
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レポート
教育学
算数科
黒表紙教科書
緑表紙教科書
550 販売中 2007/09/20
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算数科教育の歴史
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『算数科教育の歴史(黒表紙教科書、緑表紙教科書、水色表紙教科書、単元学習、現代化、ゆとり)について述べ、それらの教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。上記を踏まえ、2002年度完全実施の学習指導要領(算数科)の特徴について述べ、その教育内容を自分の視点で考察せよ(4枚程度)。』
社会の変容に伴って、現在、算数教育のあり方が問われている。私たちは、そうした現在に見合った新たな算数教育を創り上げていかなくてはならい。その際、重要なことは、現在の社会状況を的確に判断することと、日本におけるこれまでの算数教育の変移を詳細に見直すことであろう。ここで、明治時代初期から現代に至る算数教育に登場した教科書の変移について考えたい。
まず明治時代初期の算数教育からさかのぼる。明治時代初期は欧米の様々な教科書が翻訳・紹介され、多様な教科書を用いて、比較的自由な算数教育が展開されていた。日本の教師や研究者らが、自らの手で創りあげていこうとする気運はそれほどなかった。
明治時代中期になり欧米諸国の後を追って富国強兵政策のもと、学制改革(1886)、大日本帝国憲法発令(1889)、教育勅語発令(1890)と、日本の教育制度は着々と国家による統制の態を整えていくことになる。1905年には、藤沢利喜太郎らによって第一期国定教科書『尋常小学算術書(黒表紙教科書)』が編纂される。藤沢はこの中で、数え主義による数計算中心の算数教育を実現することになる。これらは、国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであったが、当時の子どもの認識の発達を考慮したものではなかった。
大正時代になり、教育を大人の立場からではなく、子どもの側から創りあげていこうという姿勢を生み出すこととなった。そして、それに見合った教科書の作成が行われようとするが、改訂は中途半端なものであった。
昭和時代前期になり、第四期『国定教科書(緑表紙教科書)』が発行されるようになった。この教科書により、数学、生活、そして子どもの認識という3者を踏まえて内容を設定するという、非常にバランスを持った発想で系統性を構築していった。それは、これまでの数え主義を中心した教育を記してきた黒表紙教科書からの脱皮を意図したものであった。
次に、第二次世界大戦の中に第五期『国定教科書(水色表紙教科書)』が登場する。その内容とは、前回の『緑表紙教科書』の内容とそれほど大きな差は見られないが当時の新しい数学を導入したり、理科との結びつきを強め実測・実験を重視するなど、内容面においていくつかの発展が見られた。そして、戦火の中ということもあって、ファシズムの影響を少なからず受けたものでもあった。
続いて敗戦後の時期を見ていくと、1949年教科書の国定制度が廃止され検定制度が行われることとなった。その制度による教科書の中は、大きくは「課」に分かれており各課は算数科の内容項目を示している。その課の中の項目が「単元」となっていて、単元名は全てが生活場面の内容を示している。よって、この時期の教科書の内容とは、場面設定を明確にして、その中で生じてきた問題を解いていくという形で構成されており生活場面の問題を解決する「道具」として、算数を学習していた。
敗戦後という時期であり、新教育がアメリカからの影響を多分にもったものであること、日本に子どもを対象として作られたものではないが故に、教育現場で数多くの矛盾が生じてくるなどの問題もあった。そして、科学技術社会からの要請による数学教育の急速な変貌へとつながっていったのだ。
「数学教
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教育学
算数科教育
学習指導要領
歴史
550 販売中 2007/04/18
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算数科教育法
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算数科教育法
① 第一期国定教科書(黒表紙教科書)時代の算数科の教育内容について述べ、それをもとに2002年完全実施の学習指導要領(算数科)の教育内容を考察せよ。
・明治初期「黒表紙教科書」の時代である。
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日本
小学校
子ども
教師
学校
学習指導要領
内容
算数
表紙
学習
3,300 販売中 2009/04/13
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算数科教育法
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現在の小学校の算数科の内容について学習指導要領では、「数と計算」「量と測定」「図形」「数量関係」の4つに分かれている。歴史的にも、明治時代の黒表紙教科書には、「数と計算」の内容が多く占められていた。この時代には、小学校令に学齢児童の就学が父母後見人等の義務であることが明記されたこともあり、就学率が劇的な増加をみせた。また、算数の内容は厳格な数え主義のもとで「数と計算」を中心に構築されていったが、それは国家としての教育制度を確立する上で強力な推進力を担うものであったが、当時の子どもの認識の発達を考慮したものではなかった。
大正時代になると、国民の生活が経済的に安定してきたことを受け、子どもの教育への関心が高まってくるようになった。さらに大正自由教育運動によって、教育のあり方が再度問い直されるようになった。それは教育を大人の立場からではなく、子どもの立場から創りあげていこうという姿勢を生み出すこととなった。しかし、数え主義の影響は強く、固定教科書の内容が大幅に変わるということはなかった。それでも除々に子どもの立場で教育を考える姿勢が浸透していき、1935年には緑表紙教科書が発行された。この教科書は、数学・生活そして子どもの認識という3者を踏まえて教育内容を設定しており、日本の算数教科書史において、その斬新さと内容の充実の度合いは群を抜くものであった。また黒表紙教科書と比べて編纂方針も、計算技術や数量だけでなく、図形なども取り入れ数理的な思想を養う傾向になった。さらに訓練・注入的な指導方も、子どもの認識を重視し、自発的な活動を主とする指導方へと変化していった。
1930年代の日本は、満州事変や5.15事件・2.26事件がある中、植民地の拡大とファシズムという方法で、こうした局面を打開しようとするようになっていた。学校教育もこうした社会の変動に大きく左右されることとなる。
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550 販売中 2006/07/08
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