日本最大のレポートサイト HAPPYCAMPUS

検索オプション
  • 私のホーム
  • 私の資料
  • 私のMEMO
  • 資料広場
  • アップロード

連関資料 :: 社会

資料:4,245件

  • 現代社会における河童の生き方 鹿児島県の場合
  •  妖怪にまつわる話を聞き書きする、ということで、私は地元・鹿児島に住む祖父に話を聴くことにした。もちろんすぐに地元に帰って直接話をすることはできなかったので、電話でインタビューしたのだが、意外にも会話が盛り上がり、大変興味深い話を聴くことができた。では早速祖父の話してくれた妖怪話を紹介しよう。御年86歳、今年の年末に米寿を迎える祖父は、戦時中を除いてずっと鹿児島に住んでいる。そんな祖父が幼いころのエピソードだ。  子供時代の祖父は悪名高いガキ大将で、近所の子供たちを引き連れては朝から晩まで走りまわり、いたずらを繰り返していたという。その日も家からしばらく歩いた山の中にある沢で仲間たちといつものように遊んでいた。その沢は近くを流れる小川の源流のような場所で、一部を除けば足が着くほどの深さで、近所の子供たちの格好の遊び場となっていた。夕方になり、みんな次第に帰っていったが、祖父ともう一人の友人は残り、もうしばらく遊ぶことにした。残った二人で水を掛け合い、小さな沢を泳ぎまわり、そろそろ帰ろうと思ったころ、事件は起きた。沢の深くなっている場所を泳いでいると、突然足を引っ張られたような感覚に襲われ、泳ぎの上手な祖父が溺れてしまったのである。それを見た友人はすぐに助けを呼びに行き、戻ってみると祖父はいつの間にか水際に横たわっていた。おぼれた直後に意識をなくし、気付いた時には水際にいたそうだ。  祖父はその出来事を「ガラッパどんの仕業やっど。」と言いきった。「ガラッパ」とは一般に言う河童のことで、鹿児島ではそう呼ばれている。本人の考えでは、沢に棲んでいたガラッパがいたずらで祖父の足を引っ張ったが、本当におぼれてしまったので、焦ったガラッパは仕方なく祖父を水際まで運んだ、ということだそうな。
  • レポート 社会学 鹿児島 現代の河童 日本の妖怪
  • 550 販売中 2006/01/12
  • 閲覧(1,607)
  • 月曜3限国際社会と日本レポート
  • 「ガンダーラで結ばれた仏教文化とローマ文化」 1.研究に当たっての動機  ガンダーラ地方はシルクロード上であり、多種多様な文化が混ざり合ってきた。仏教文化とギリシャ・ローマ文化が融合したガンダーラ美術はどちらにも分類することができない新たな宗教美術のフィールドを作りあげるに至った。その過程や特徴、源流の仏教美術・ギリシャ・ローマ美術の類似点まで遡り、ガンダーラ美術の魅力に迫る。 2.研究方法  研究に当たって、以下の書籍を参考にした。 ・ガンダーラ美術の見方(里文出版) 山田樹人=著 ・世界の歴史3 古代インドの文明と社会(中央公論社) 山崎元一=著 ・ガンダーラ仏の不思議(講談社) 宮治 昭=著 3.研究 ガンダーラ美術の誕生と発展  アレクサンドリア大王の遠征後に残留したギリシャ人たちが建てた国バクトリア。彼らは土地の文化に同化せず、自分たちのヘレニズム文化を守りながら暮らしていた。前3C末に西北インドへ進出したのをきっかけにヘレニズムの技法と仏教思想が出会うこととなった。クシャーナ朝時代の1C後半から発達し、その技術は西域から中国、更には日本にまで及び、現在においてもその技法を確認することができる。 ヘラクレスと仁王  ヘラクレスは言わずと知れたギリシャ神話の登場人物。そんな人物と阿形・吽形として日本人にもなじみの深い仁王には意外な接点がある。ヘラクレスはゼウスを父に、人間の王女アルクメネを母に持つ。彼といえばその怪力が有名で、多くの神話がある。ゼウスの浮気に嫉妬したヘラが浮気によって生まれたヘラクレスに与えた12の試練を次々にクリアしていく姿は英雄そのもの。英雄に対する尊敬のまなざしは世界共通なのだろう。  ヘラクレスの像がガンダーラでも発掘されていることをご存知だろうか。そしてそれらの多くは金剛杵(こんごうしょう・ヴァジュラ)と呼ばれるものを握っているため、執金剛(ヴァジュラ・パーニ)と呼ばれる。執金剛は常に釈迦の脇にいる守護神で、見た目や持ち物などヘラクレスとの共通点が多く、源流がヘラクレスにあると言われてきた。アフガニスタン・ハッダにあるタパ・エ・ショートル寺院跡から出土した執金剛は、ライオンの皮を肩に掛けて金剛杵を手にしている。へラクレスから執金剛への変遷が良く分かる彫像である。  この執金剛は先にも述べたように、釈迦の守護神である。それがインドから中国に渡った時に二体神になったようだ。それが今の日本にある金剛力士(阿形)と蜜迹力士(吽形)なのである。 アスラ(阿修羅)  阿修羅といえば奈良・興福寺の阿修羅像を思い浮かべる人が多いだろう。爽やかな少年のようでありながら、眉間に皺をよせるその表情は自らの宿命を真摯に受け止めているかのように感じる。  阿修羅の語源であるアスラとは天地・太陽神などの上に立つ最高神であったが、原始宗教だった頃には姿かたちはないものと思われていた。このような思想を持っていたのは前1500年頃中央アジアから南下してきたアーリア人たちであった。中央アジアというのは今のイランを含む地域である。イランの前身ともいえるペルシアにおいてアスラはアフラ・マズダと呼ばれており、ゾロアスター教(前7C頃に興る)では悪の神アーリマンと対立する善の神ということになっている。  しかし、バラモン教下のインドにおいてアスラはインドラ神の敵役として登場させられてしまう。ゾロアスター教において最高神の地位を確立したアスラだったが、仏教においては善神と鬼神が混在し、武人の格好になっている。ガンダーラにおいて姿のないアスラはヒンドゥー教の中
  • 《レポート》 ガンダーラで結ばれた仏教文化とローマ文化
  • 550 販売中 2007/12/07
  • 閲覧(2,321)
  • 福祉国家の思想と原理について 社会福祉原論
  • 社会福祉原論  福祉国家の思想と原理について  福祉国家の思想と原理について述べていく上でまず、福祉国家とは、どのような国家を指すのかを考えていきたい。  福祉国家とは、「ゆりかごから墓場まで」と言われているように、すべての国民の安定した生活を保障しようとする国家的な取り組み、包括的な社会制度を行い、国民の幸福を保障しようとする国家のことである。また、国民全体の福祉面における向上のために国家が法律を作り、いわゆる社会における「金持ち」に税金をかける制度を定め、それによって得たお金を貧しい貧困者に分配し、生活に困った人々を助けるなど、社会的弱者層の人々の生存の権利(生存権)を守ることなどを行う国家を福祉国家というのである。  このような福祉国家を最初に創ったのは、イギリスとされている。ここからは最初の近代福祉国家がどのように生まれたのか背景を述べていくこととする。イギリスにおいて、第二次世界大戦下、国民の生活の困窮状況は個々の人々の自助努力ではどうすることもできない状態であった。このような状況下において、一般的生活水準の向上とすべての国民に安定した生活を保障するために、1942年にベウ゛
  • 福祉 社会福祉 社会 社会保障 イギリス 医療 国家 法律 家族 サービス 東京福祉大学 社会福祉原論 ベヴァリッジ報告書 5大悪 8枚レポート 福祉国家における思想と原理について 福祉国家における 思想 原理 について
  • 550 販売中 2009/06/04
  • 閲覧(5,273)
  • 発達心理学「社会環境と発達病理」
  • 「社会環境と発達病理」  発達病理を単に、「ある個人の発達状況が病理」というには曖昧さがでてきてしまう。例えば、登校拒否の出現率が将来50%を越えるようであれば、それは病理ではなく文化と捉える方が適切である。このように、社会の変化などによって曖昧さを伴うため、厳密な定義づけは難しいのである。しかし、ここでは、ある年齢段階にいるものに対して社会が要求する行動が常識的と考えられる枠から逸脱しており、しかもそうした行動特性が社会現象として認知される場合を「発達病理」と呼ぶことにする。「発達病理」の内容は、時代背景、文化、個人によって変化しえる。つまり、発達病理の背景には何らかの社会病理が存在しているということである。そして、個人あるいは集団の発達病理が、発達病理と呼べるか否かの診断は、成熟した発達心理学者によって、議論の中で決定されるべきである。本レポートでは、子ども(児童期まで)の発達病理について社会環境の面から述べたい。  人の一生をライフサイクルという言葉で表現することが多い。しかし、人の一生の中でも、「子ども」の時期と「大人」の時期では有様がことなる。「子ども」の時期は、「つくられ
  • 550 販売中 2009/01/28
  • 閲覧(1,757) 1
新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
写真のアップロード
一括アップロード
管理ツールで資料管理
資料の情報を統計で確認
資料を更新する
更新前の資料とは?
履歴を確認とは?