連関資料 :: 教育学
資料:2,239件
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教育心理学 認知形成のメカニズム
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合格レポートです。
参考文献↓
①保育ライブラリ 子どもを知る 教育心理学 無藤隆 麻生武 ㈱北大路書房 2004年7月30日
②保育教育ネオシリーズ[13]教育心理学の基本理解 中澤潤 株式会社同文書院 2005年2月1日
③コンパクト新心理学ライブラリ7 教育心理学第2版‐より充実した学びのために‐ 多鹿秀継 株式会社サイエンス社 2010年2月10日
④教育心理学ルック・アラウンド‐わかりやすいあなたのための教育心理学‐ 山崎史郎 ブレーン出版株式会社 2005年9月30日
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心理学
教育
認知
子ども
通信教育
550 販売中 2011/07/25
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【教育方法学】学習環境の構築
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学習環境を構築していく際に、施設、設備、情報環境などをどの点に気をつけて設計すべきかを説明せよ。
まず最初に学習環境は、近代から現代にかけて大きく変化を見せた。当初は、受動的、反復的、事務的、統一的な教育が行われていたが、次第には視聴覚を取り入れて、言語中心から感覚・直観へ、静的なものから動的なものへという動きが生まれることで視聴覚教材が多用されるようになった。そして、現代に至り、インターネットやマルチメディアの発達を受けて、一方向的なものから双方向的なものへの動きが生まれ、教育メディアは最早包括的な学習環境を形成するに至ったのである。ここでは、現在の教育メディアの流れの先端である、グラビンガーの提唱するREAL(活動的な学習のための豊かな学習環境)を題材として、学習構築に向けて、どういった留意点が存在するか大きく四つに分けて論じていきたい。
一点目は、生徒が責任と主導性を取れる場を用意するということである。REALの目標は、目的を持った意図的学習者を育てることにある。それにあたっては、未成熟な学習者に対して学び方を学ばせる場を提供することが重要である。また、そうした場を用意するこ
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教育
教授法
550 販売中 2009/10/01
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S8102教育心理学1
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設問1児童期、青年期において社会的認知(社会性の発達、対人関係(親・仲間))の拡がり、自己意識などがどのように変化するかをまとめよ。
われわれ人間は他の動物と異なり広い意味での教育によってのみその社会性を身につけていく。「人は教育によってのみ人となる」(Cmenius,J,A)の言葉の通り教育は現社会にとって無くてはならないものである。生徒を教育の立場から理解し、彼らを現在ある状態より望ましい状態に変革することをめざし、そのための知識、技術を心理学的に研究するのが教育心理学である。
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心理学
小学校
子ども
教師
社会
心理
学校
発達
児童
子供
佛大
レポート
1,100 販売中 2009/11/03
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教育心理学第一設題
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『象徴機能の発生について説明せよ。また、教育との関連で大切な点を説明しなさい』
1, 象徴機能
象徴機能は生後一年半から二年後に発生し始めるとされている。この象徴機能の出現を示す初期の活動として延滞模倣やごっこ遊び等が考えられる。延滞模倣とは、前に経験したモデルの動作や発話をモデルがいなくなった時に模倣する現象である。これは、モデルのしたことが、しばらくの間、心の中にイメージとして保持されていることをあらわす。
初期の例として、小石を飴玉に見立てたり、空き箱を車に見立てて、「ビューン」などと車の出す音を声で真似て遊ぶといったことが考えられる。ここでの空き箱や子どもの発声は、車という指示対象を意味するもの、つまり象徴であり、指示対象と象徴は頭の中のイメージによって結び付けられている。3歳頃になると、子どもはふりやみたてを複雑に組み合わせて虚構の世界を作り上げるようになる。その代表的な例として『ままごと』が考えられる。これは、母親や父親の真似をして遊ぶという大きな模倣行為の中に、空っぽのお茶碗でご飯を食べる真似をする、段ボール箱の中に入ってお風呂に入っているようにするなどの、小さな模倣行為が多数含まれている。
このように象徴機能の出現によって、直接的な経験や自分の身体の感覚や運動を通した認識の仕方から、次第に一旦経験を心の中に取り込み、心の中で対象にいろいろな操作を加えて動かしてみる、というような感覚的な思考が可能になってくる。
すなわち象徴機能とは、具体的な知覚経験をもとに自分なりにイメージを構成し、それを利用して時・場所を変えて自分なりのやりかたで活動する機能である。つまり、意味するものと意味されるものとを区別して使うことが可能になるということであり、今そこに知覚している物を手がかりにして、そこにない物を思い浮かべ、それに反応することが可能になるということでもある。
この象徴機能を用いたごっこ遊びは、「役割遊び」として、対人関係の学習に役立つ。さまざまな役を分担し、そのつもりになりきって遊び興じる場合、その子の中に母親像、父親像などが育っていて、その各々の役割を実演できる能力が発達してきたことを示している。やがて役割を交替しても遊べるようになる。この役割交替は相手の立場に立てるようになることで、自己中心性よりの脱却を意味している。自己中心性とは、自分自身を他者の立場においたり、他者の視点に立ったりすることができないという、認知上の限界性を示す用語であり、常に自分の視点から見た様子でしか物事を認識することができず、他人がどう見えるのかということを考えられないことである。
ガーベイは、役割・動作プラン・ものおよび状況の設定の3つの要素に着目してごっこ遊びの構成を分析した。まず、役割対象や動作についての知識の利用である。幼児が最もよく知っているのは家族であり、様々な動物や架空の人物が登場しても、その動作プランは家庭生活における家族の役割に基づいていることが多い。また、子どもは一日の生活をいくつかの一定のつながりを持った、決まりきった活動の系列として捉えるようになる。遊びの中での動作プランは、こうしたスクリプトに様々なことばを組み入れることによって組み立てられる。さらに、虚構性の表明・調整する手段の上達が指摘できる。遊びを一つのテーマのもとに展開させていくためには、子供どうしが今どのような役割を演じ、どのようなプランのもとに状況を設定しているかを伝え合う必要がある。このように、ごっこ遊びの展開は子どもの認知発達によって支えられているのである。
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佛教大学
レポート
教育心理学
象徴機能
550 販売中 2008/04/14
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教育心理学第二設題
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『適応・不適応の心理的機制、またはそれから引き起こされる特徴的行動について説明せよ』
『適応』とは、主体としての個人が、その欲求を満足させようとして、環境の諸条件と調和するためにとる行動や態度の調整のことである。「適応」という言葉は本来生物学で使われるが、この場合は「順応」、ないしは「調節」ということばで言い表されることがある。しかし、人間においては、むしろそれ以上に家庭や近隣、学校や職場といった社会的環境に対しての心理的・文化的「適応」がより重要な意味を持ってくる。そして、人間は適応するために、目標を定めたり、学習や訓練を受けたりと、さらに、時には環境そのものを変化させようと試みるなど、自らの行動を調整するのである。
この適応によって、人は、自己の欲求や願望を実現し、より活発な生の展開を目指して、環境を意図的に変革し、状況を操作するのである。しかし、時として、欲求充足を阻害する障壁や困難にぶつかることもある。それに対処する仕方を働かせる心的機能の基本となる機制、あるいは適応への努力を「適応機制」という。
次に、主な「適応機制」を挙げて簡単に説明してみる。
1,抑圧 自我が不安や破局を起こしそうな衝動やそれに結びついた観念や感情を無意識の中に押し込める働きをいう。「抑圧」された衝動や感情はもつれ合って、「コンプレックス」を形成し、日常生活でのあやまち行為や夢などに現れることがある。過度の「抑圧」は、自我の十分な機能を妨げ、正常で積極的な適応を妨害するもとになる。
2,合理化 「人がいたから、集中できなかった」というように、自分の失敗や欠点に都合の良い理屈付けをすることで自分の立場を正当化し、非難をかわしたり、失敗感や劣等感から逃れようとすること。
3,補償 スポーツが苦手な子どもが、勉強で努力して良い成績をとるといったように、他の面で人より優越することで自分の弱点や劣等感を補おうとすること。
4,代償 本来の目標が得られないとき、獲得しやすいほかの目標によって満足する機制である。海外旅行は高いので、国内旅行にするなどはこの例である。
5,置き換え ある対象に向けられていた感情や態度が、別の代理の対象に向けて表現されること。会社の上司に対する不満や敵意を、部下に当たったりすることなどがこれである。
6,反動形成 抑圧された欲求や願望とは正反対の傾向を持つ行動や態度をとろうとする機制。過度に親切であったり、丁寧であったりすることの背後に、憎悪や敵意が現れることへの強い不安があることがある。
7,投影 自分でも認めがたい自らの欲求や衝動、或いは弱点などを他人の中に見いだし、それを指摘したり非難することによって、不安を解消しようとすること。自身の無い人ほど、他人の欠点を批判したりする。
8,同一視 対象の望ましい属性を、あたかも自分自身のものであるかのようにみなし、同じように考え、感じ、行為することによって、満足や安定を得ようとすること。チームでの優勝を自分自身の優越性のように感じて、それを誇示するなどがこの例である。
9,退行 精神分析の理論において、現在の状態より以前の状態へ、あるいはより未発達な段階へと逆戻りすることである。
10,逃避 不安や緊張、葛藤などをもたらすような状況を回避することによって、一時的にせよ自分を守ろうとすること。学校を無断で欠席して引きこもったり、実際とはかけ離れた空想や白昼夢の世界で欲求を満足させようとすることもこれに含まれる。
11,昇華 社会的に認められない欲求や衝動が生じたとき、芸術やスポー
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佛教大学
レポート
教育心理学
適応
不適応
550 販売中 2008/04/14
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教育社会学第一設題
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「学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行すると教育はどのように変化するのかについて学力の視点から述べよ。」
学歴社会とは、「社会における社会的・職業的地位などの配分の基準として学歴が重きを占める社会」を意味する言葉であると考えられている。学歴は配分の基準として考えられるのであり、論理的には「低学歴社会だが学歴社会」という社会もありうるし、「高学歴社会だが非学歴社会」という社会もありうる。つまり学歴社会と高学歴社会とでは、その意味するところがまったく異なるのである。
重要なことは、学歴社会が、ただ単に教育を重視する社会ではない、ということである。現在、先進国、発点途上国を問わず、教育の充実は各国家、社会の最重要課題の一つにあげられている。教育を重視する社会が「学歴社会」であるのなら、「学歴社会」でない社会などこの世には存在しないことになってしまう。ただ単に、教育を重視するという意味以上のものが、学歴社会の中の教育にはあるのである。
一方、学歴社会とはよく混同される言葉に、高学歴社会がある。高学歴社会とは、単に「高学歴者の多い社会」を意味する言葉である。
学歴社会は、なにも日本だけでの特徴ではありません。欧米の先進国諸国や、最近ではお隣の中国や韓国の方が、学歴獲得競争の激化した社会です。企業が採用する大学を指定していて、そうでない大学生は就職試験を受けることさえもできないという状況まであるようです。
日本の学歴社会は、学歴を獲得したあとの不平等が問われることがあっても、それ以前の不平等を問題視する議論はこれまであまりされてきませんでした。言い換えれば、18歳までの不平等には目をつぶってきたのです。高い学歴を取得するまでに、みんなが同じ条件で競争していることが表面上は自明視されており、したがって、成功した人はそれまでの努力が報われたと解釈するのが日本型学歴社会の特徴であったのです。つまり、高度な職業に就こうとすれば高度な学歴を所持していなければだめだという、機能主義にもとづく考え方があります。「技術機能主義理論」と言いますが、こうした社会のあり方は、日本型の学歴社会にとってはとても都合のいい考え方でした。ランドールコリンズはこれに反論します。すなわち、取得された学歴と個人のもつ本当の実力は乖離しており、生まれながらにもっているさまざまな不平等が学歴取得以前にすでに存在していることが技術機能主義では隠されてしまいやすいというのです。このような社会を容認してしまうと、高度な職につけなかったのは日本人の努力不足のせいであって、そこには何も言い訳をできなくしてしまうのです。今の日本社会は、一部の人間にとって都合のいいシステムになっているといわざるをえません。現実をみれば、職業の世襲が始まっているのです。
一方、高校教育進学率をみると、2004年では約70%(大学・短大・専門学生も加えた場合)にもなっているのです。アメリカの社会学者マーチン・トロウは、その大学進学率が15%までを「エリート段階」、50%までを「マス段階」、それをこえると「ユニバーサル段階」と定義しました。トロウ・モデルによると、ユニバーサル化の段階をも大幅に超えています。まさに学歴のインフレ状態が起こっているのです。
しかし、近代化するにつれて、教育が学歴エリー地を峻別する社会から大衆教育社会へと移行することは、時代の必然でもありました。大学や学歴が、エリートの所有物から大衆のものへと変化したのです。ここに矛盾が生じます。学歴貴族性を解体しようとする社会的な風潮がある一方で、
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佛教大学
レポート
教育
教育社会学
学歴社会
550 販売中 2008/05/01
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教育社会学第二設題
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「学力低下とは何かを明らかにし、社会階層のような社会的不平等と学力がどのような関わりをもつのかについて述べよ。」
今日、議論されている「学力低下」は、過去の議論とは明らかに質が異なるからである。つまり、新しい世代の学力が前の世代の学力に及ばない、縮小再生産の過程が始まったのではないかという疑念があるところに、根本的かつ深刻な問題があるわけです。高学歴化が起これば「大学生」というカテゴリーに入る人々の平均学力は確かに低下です。一部の大学においては、すでに学力低下以前に学生に学習する習慣がないのです。かつての大学であれば、少なくとも学校教育で展開される日々の学習に適応する生徒が進学していたはずです。そうでなければ大学入試には受からなかったはずです。しかし、現在は、そして今後一層、大学進学は容易になっていき、ほぼフリーパスに近い状態が到来し、学習習慣をほとんど身に付けていない学生が大量に発生することになると考えられています。
もちろん、社会人・主婦の学生など学習の場から離れていた学生もいます。こういった学生も学習する習慣をかつては身に付けていたかもしれませんが、現時点では失っているかもしれません。しかし、伝統的年齢層の学生が異なるのは、学習することに対する価値付けが低いという点にあります。表面的な現象としての学力低下よりも、この学ぶことへの価値付けの低下が問題であると考えられます。
また、社会学的な視点からみても、社会階層間の学習意欲・学習時間の格差(インセンティブ・デバイド)が拡大しています。
学力低下をめぐる議論には、いくつかのタイプがあります。ここでは、一応4つの類型にわけてみます(もちろん、学力低下をめぐる議論は多岐にわたるものですから、この4つの類型にすべての議論が収まるわけではありません)。
タイプⅠ…「国家・社会の観点」から「ゆとり教育」に肯定的なもの。『教育過剰論・新自由主義的教育論』。このタイプの意見は保守層に広くみられます。いわゆる現代の教育問題の原因は、教育過剰にあるという見解です。政府の供給するべき公教育には適正規模があり、それを超えると望ましくない事態が生じるという考えをもとに、高学歴社会を批判的にみる人びとがこれに当てはまります。このタイプの議論は、多かれ少なかれ、学校に適応しない、あるいは適応しようとしない児童・生徒を無理して学ばせなくてもいいという議論であり、その資源を優秀な児童・生徒の教育に回して有効活用しようという趣旨のようです。ある意味で学力低下そのもの、ゆとり教育、現行の改革そのものの是非よりも、教育資源をいかにして有効活用するかという議論のひとつであると考えるべきかもしれません。また、すべての児童・生徒が学校で組織化された形で勉強し続ける必要はないともいえます。自分に適合する学習形態を選択し、学習すればいいのであり、定型化された形ではない、学校で教えられない形の知識・技術などは学校外で学習せざるをえないのです。現在の子どもの生活において学校の占めるウエイトが大き過ぎるので、家庭や地域社会と連携して子どもの教育にあたるべきものであり、学校教育をもう少しスリム化すべき、そして分岐型教育システムにするべきという主張もこのタイプの論者にはみられるわけです。
タイプⅡ…「国家・社会の観点」から「ゆとり教育」に否定的なもの。『国際競争力低下論・学習意欲論・階層論』。このタイプの意見は、学力低下が一国のあるいは当該社会の活力(ことに経済力)の減退につながるという見解です。オイルショック以降の欧米諸国が例として取り
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佛教大学
レポート
教育社会学
学力低下
社会階層
550 販売中 2008/05/01
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
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- 管理ツールで資料管理
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