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連関資料 :: 社会

資料:4,245件

  • 「病気の社会史」〜文明に探る病因〜 について
  • 「病気の社会史」~文明に探る病因~ について この本の中で著者はまず、なぜ病気の歴史を問題とするのか、ということを明確にしている。 「病気は、紛れもなく「私」という人間の病気である。つまり、病気というものが単独にあるのではなく、病気の人間、として存在するのである。病気が人間のものである以上、人間の属している社会の病気であり、文明の病気である。よって社会に文明に歴史があると同じように、病気にも歴史がある。」 と著者は述べ、以下、なぜ病気の歴史を問題にするのかという問いに対する答えをこのように結論付ける。  「病気は文明がつくり、病気は文明を変え、社会を動かしていく。つまり、病気の歴史は、文明、社会の歴史と非常に深くかかわりをもつ。文明の光と影、歴史の明暗を見極めるうえで、ひとつの鋭いレンズとなるのである。」 私がこれまで読んだことのある歴史に関する文章の中に、このように「病気」を主要なファクターとして、文明、社会の歴史にアプローチを試みたものはなかったように思われる。その点、「医学」に関して多少興味があり、この本を手に取った私は非常に本の内容に引き込まれた。 次に、難解な答えの多いアテナイの都市国家が滅びた原因について、誰にでもわかる原因として疫病をあげ、まとまった記録として史上最初のものである、ツキュディデスの『戦史』を用いて、これについて論じている。ツキュディデスの『戦史』中では、戦争中に史上最大の疫病が発生し、戦死者以上に疫病による犠牲者が発生、アテナイの市民達が日常的な感情を失い、ポリスの生活全面に疫病によってかつてない無秩序が広まり、強力な指導者であったペリクレスをも、疫病によって失い、アテナイは滅んでいったことを述べ、また、患者の病態を実見したところをまとめ、主たる症状を記している。そして著者は、ローマの衰退におけるペストの関わり、ナポレオンのロシア遠征における赤痢による影響等を例に挙げ、様々な戦史を丹念に読むのであれば、戦争で直接に死傷した者をはるかに上回る疫病による犠牲者が常に存在していたこと、そしてそれが戦争を大きく左右する重要な因子であった事実を思い知らされる、と述べている。確かに現代より、非常に衛生環境が劣悪であった中世では、戦争で、直接戦場に赴く人々だけでなく戦時下に置かれた人々の多くの体力、気力は途方もなく奪われ、人々が病に侵される危険性は非常に高かったであろう。おおよそ四人に一人が死に、おそらく非常に信心深かっただろうアテナイの人々が、神々の無力さを痛感し、宗教的な埋葬なども施すことがなくなったというのだから、想像を絶する悲惨さであったことなのだろう。 ギリシャのアテナイについて述べたあと、疫病の発生から見た中世、近世の区切りについて語る。そして著者は中世において人々にもっとも恐れられていた病、ライ病(ハンセン病)についてふれる。驚いたことに、ライ病患者は、紀元前から、旧約聖書の中で、モーセの戒律のひとつとして、社会から隔絶されていた。 「歴史を生き抜く社会集団を維持、前進させるためには、神の恩恵の威力圏において、なおこうしたライ者にたいする規制を設けざるを得なかったのであろう。」 と、著者は推測する。当時の人々に絶大な影響力をもつ、宗教によって、健康な人々を守ろうとしたのであろう。健康な人々を守り、生き抜いていくためにはいたしかたのなかったことなのかもしれないが、強制的に隔絶され、おそらく健康な人々に、気遣われることも少なく、汚れたものとして蔑まれ、忌み嫌われることを導いた宗教的な隔絶は、非常に悲劇的なことである。当時
  • レポート 教育学 病因 社会史 教育
  • 550 販売中 2006/12/06
  • 閲覧(5,218)
  • S0617 社会科教育法
  • 佛教大学社会科教育法の合格レポートになります。 A評価を頂きました。 後半の単元を選んで指導したい内容を記載の部分は都道府県を変えれば適応可能だと思います。 しかし、そのまま提出されますと重複検索に引っかかる等の噂がありますので、自己責任でお願いします。 あくまで参考程度に使って頂ければ幸いです。
  • 佛教大学 環境 歴史 日本 社会 情報 小学校 子ども 文化 学校
  • 550 販売中 2013/10/15
  • 閲覧(2,388)
  • 地域社会の問題ーホームレス問題ー
  • 講義を通じて、国や行政の力が必要とされている部分が意外にも私の身近にも存在することがわかった。助けを必要としている人々のなかでも、ビデオで見た知的障害者や精神的に問題を抱えている人が同じ悩みを抱える者同士支え合って問題を克服して行こうとする姿が印象的だった。今回のレポートでは地域や社会のサポートを受けながら社会復帰をしている路上生活者や、その人々を支えるボランティア団体に注目してみた。彼らもまた、総合失調症の問題を抱える人々のように克服した者が地域と一緒になりそうでない人々を支え、また自分たち自身も支えられ生きているのである。 私が路上生活者、いわゆるホームレスの支援団体を知るきっかけとなったのは去年の冬である。千葉にある実家の近くには大きな公園がある。ある日、その公園で母が冷たい雨の降る夜に公園でじっと寒さを耐えている老人を見かけたことが始まりだった。歳もそこそこの老人だったので生活保護の申請が取れるのではないかと思ったが、一人では解決することが困難だと感じ、いろいろと調べたところ「ホームレスを支援する100の方法」という本に出会った。この本には地域でできるホームレス支援の方法が細かく書かれている。また本の最後には‘全国ホームレス野宿者支援グループリスト’が載せてあり、各地域の支援グループへの連絡先が記されていた。その中で一番近いと思われる市川の支援グループにコンタクトを取ると千葉市の福祉課に連絡をとってくれた。 私と母が見かけた老人は古橋さんと言い、当時68歳だった。彼は路上生活者となる前は川崎製鉄所の下請け会社に勤務しており、きちんと収入のある普通の労働者だった。しかし、会社が倒産後それまで住んでいた家の立ち退きを迫らせ家を出てから次に住む家のあてもなく路上生活の身となってしまった。当時は年金ももらい当分の生活費にも困ることなく生活をしていたが、住所不特定者となってから年金の支給が止められてしまい路上生活を余儀なくされてしまったのだ。本人にはなぜ年金の支給が止められたか分からず、知識もなかったため支給の再開ができなかった。私の母は古橋さんに元の生活を戻すことができると確信し、千葉市の生活保護団体と一緒になって彼の定住先を探した。定住先を見つけることのできた古橋さんは年金の再開もあり、今までの普通の生活を取り戻すことができた。 古橋さんの社会復帰への段階ではいくつかの問題点があがった。最初、母は個人的に千葉市の福祉課へ古橋さんの状況と解決策を持ちかけたのだが、あまり積極的に取り合ってもらえなかった。こういった市の対応に疑問を持つ。ホームレスの中には働きたくても働けない、社会復帰をしたいけれどつてがないといった方も多くいるという。しかし、一個人として福祉課に相談にいったとしても対応は遅くあきらめてしまうケースが多い。それ以前にどこへ頼っていいのか分からないといった古橋さんのような知識のない方が大半なのが現状である。古橋さんの定住先が早々に決まったのには訳があり、最初に連絡を取った市川のホームレス支援グループの方がたまたま千葉市でホームレス対策に力を入れている市議会委員と親しかったため話しが通りやすかったのだ。母が個人的に福祉課へ問いかけた時の対応とは違い市議会委員からの要請であれば早急に動くといった対応は行政のあり方に疑問を持たずにはいられない。もう一つの問題点は、住所不特定になってから社会復帰をするために部屋を借りなければならないが、それがとても大変だということだ。部屋を借りるために保証人が必要となった時、彼らには保証人となってくれる人が周り
  • レポート 総合政策学 NPO ホームレス 自立支援
  • 550 販売中 2007/02/04
  • 閲覧(3,814)
  • 昭和40年代の社会保障の状況
  • 昭和40年代の社会保障の状況 我が国経済は昭和39年から昭和40年にかけて、当時戦後最大と言われた不況に陥ったものの、昭和40年代には昭和30年代を上回るような高度経済成長を続けた。欧米の企業と対等に競争していくために、昭和35年の「国民所得倍増計画」を受けて、昭和37年に全国総合開発計画が策定された。我が国の国際競争力は急速に強化され、昭和40年代に入ると、戦後一貫して赤字だった国際収支にも黒字基調が定着するようになった。昭和43年には自由主義諸国の中で国民総生産が第2位の経済大国となった。 しかし、このような高度経済成長に伴う社会の変動は、さまざまな新しい問題を生むことにもなった。大気汚染
  • レポート 福祉学 社会福祉 社会保障 歴史
  • 550 販売中 2007/02/05
  • 閲覧(1,564)
  • 高齢化時代の社会保障改革
  • 高齢化時代の社会保障改革  高度経済成長期を通じて、我が国の社会保障制度は制度的には西欧諸国と遜色のないものとなった。昭和48年の第一次石油危機による石油価格の高騰は、物価を急上昇させるとともに、企業収益を圧迫し、高度経済成長の終焉をもたらした。我が国経済は、主として輸出の増加を通じて安定成長に移行することとなった。 この時期において、人口高齢化の速度は早まっていった。また、高度経済成長期を通じて家庭の扶養機能が低下したことから、老人扶養の問題が低所得階層のみならず一般世帯においても大きな問題となっていった。年金費用を含む社会保障給付費が増加し、その負担も増加することが予測され、将来の社会保障
  • レポート 福祉学 社会福祉 社会保障 歴史
  • 550 販売中 2007/02/05
  • 閲覧(1,733)
  • アイデンティティにおける日本とボディにおける社会化の違い
  • 「アイデンティティにおける日本とボディ社会における社会化の違い」 まず、ボディ社会におけるアイデンティティの特徴といえば、モラレの存在である。しかし、日本にもモラレに似たようなものがある。それは、英才教育である。英才教育とは、 「すぐれた才能をもつ者に対する特別な教育」(広辞苑)とあるが、現実には、すぐれた才能をもっていなくても、お受験という言葉が代表されるように、我が子には是非とも○○の能力を身につけてもらいたいと望み、そのためのカリキュラムを組んでいる英才教育が多いのではないだろうろうか。その例として、子どもを進学校に行かせ、良い会社に勤められるようにするものや、スポーツを小さい頃からやらせ、プロにさせる。というようなエリートコースを歩ませるために親は、必死に子どもを教育するというものがある。では、どこがモラレと英才教育が似ているのだろうか。それは、他者の敷いたレールに沿って歩む人生である。具体的に述べると、英才教育では、他者(親)が将来子どもに期待するレール、例えば前述のとおりエリートコースというような親の期待であるレールを敷き、子どもがそのレールに沿って人生を歩むというものであ
  • レポート 社会学 教育 ボディ 教育社会学
  • 660 販売中 2010/10/18
  • 閲覧(2,455)
  • 社会福祉援助技術論Ⅰ
  • 「社会福祉援助の技術と援助過程について述べよ」  社会福祉援助技術とは、利用者の生活をトータルに、それを構成するあらゆる領域や観点から、しかも統合的に支援するところに特徴があり、利用者の生活を援助するための体系化がはかられている。そこで、社会福祉援助の技術を直接援助技術、間接援助技術、関連援助技術に区分すると共に、各援助技術の概要についてまとめることとする。  社会福祉援助技術は、さまざまな特徴をもって利用者のニーズに対応するように体系化されていかなければならない。その構成は大きく分け、直接援助技術・間接援助技術・関連援助技術にわけられる。  直接援助技術は、個別援助技術(ケースワーク)と集団援助技術(グループワーク)から成り立つ。  間接援助技術は、地域援助技術(コミュニティワーク)、社会福祉調査法(ソーシャルワーク・リサーチ)、社会福祉運営管理(ソーシャル・ウェルフェア・アドミニストレーション)、社会福祉計画法(ソーシャル・ウェルフェア・プランニング)、社会活動法(ソーシャルアクション)から成り立つ。  関連援助技術としては、ケアマネジメント、ネットワーク、スーパービジョン、カウ
  • 福祉 社会福祉 社会 援助 技術 援助技術 地域 問題 サービス
  • 550 販売中 2008/12/07
  • 閲覧(3,616)
  • 社会科教育法 A判定☆
  • 『3年生の地域学習について、具体的な指導案を作成しなさい。』 1.対象学年 第3学年 2.単元名 「店ではたらく人々のしごと」 3.単元目標   (1)身近な地域の販売活動に携わる人々の様子に関心を持ち、見学や調査活動を通して、自ら働きかけて意欲的に調べようとする。 (関・意・態) (2)身近な地域の販売活動に携わる人々は、消費者の願いに合わせて工夫していることを考えることができる。 (思・判) (3)身近な地域の販売活動に携わる人々の様子をインタビュー等で具体的に観察・調査し、見学メモやカード等にわかりやすく表すことができる。 (技・表) (4)身近な地域の販売に関わる仕事にはそれぞれ特色があり、それに携わる人々は工夫や努力をしていることを理解する。 (知・理) 4.児童観  児童は、これまでに校区探検で調べ学習をしたり、校区の地図を使ったりして地域の学習をしてきた。また、施設見学や聞き取り活動を行い、児童は興味を持ちながら活動してきた。  児童は、地域の店舗の閉店や開店など変わっていく様子を知っている。しかし、買い物に関しては家の人が行っている場合が多く、家の人が買い物をする時、ど
  • 地域学習 3年生 指導案 販売活動 消費者 仕事 社会科 佛教大学
  • 550 販売中 2008/12/20
  • 閲覧(1,756)
  • 教育社会学1_Z1104
  • 「学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行すると教育はどのように変化するのかについて学力の視点から述べよ。」  学歴社会とは、当該社会の社会的・職業的地位を決める主たる基準のひとつが学歴であるような社会である。社会的地位とは職業的地位と重なる側面もあるが、より広い意味であり、具体的には文化的地位なども含む。  歴史的に見ると、明治初期、「富国強兵」に代表される欧米へのキャッチ・アップを意図した国家目標の達成の為、優れたリーダー・人材を質量両面で安定的に養成する為に、これまでの士農工商のような身分に依存したシステムに代わり、その要望を満たすものと当時考えられたのが学歴社会・主義であった。学校という場にできるだけ広い諸階層の子供を集め、一定のルールに基づき子供を競わせる。そしてそこでのパフォーマンスに応じて社会的・職業的地位を割り振るというわけである。良い成績をあげ良い学校を出れば出自によらず良い将来が約束される。ここから学歴社会が根付いていったのである。  学歴社会は、一方では国民の精神的・知的統合や識字率の向上など文化的基盤を整備する役割を果たし、他方では多方面にわたるリーダーを質
  • A判定 佛教大学 佛大 通信 教育社会学 Z1104
  • 550 販売中 2008/12/30
  • 閲覧(1,613)
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