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連関資料 :: 教育について

資料:11,683件

  • ジョン・ロックにおける子どもの教育
  • 『ジョン・ロックにおける子どもの教育論、特に習慣形成や賞罰法を中心に述べよ。』 ジョン・ロックは、タブラ・ラサ(精神白紙説)をとなえた。タブラ・ラサとは、心の中には生まれながらに刻み付けられた観念や理念はないという考えである。この考えに従えば、子どもは生れた時はまだ何の観念も持っていないということになる。すなわち、子どもは成長するにつれて、教育によって様々な観念を獲得するようになるのであり、これは経験主義的な考え方だと言える。  ロックは、子どもの教育はまず感覚的訓練から始めるよう主張した。感覚を通して様々な知識や観念が、我々の真っ白な心に入り、そして我々はその知識と観念を記憶し、一つ一つの名前を教わる。このような過程を経て、一つ一つの知識や観念が植え付けられる。しかし、幼児期に誤った複合観念を持たせてしまえば、その子は一生誤った観念を持つかもしれない。それゆえに正しい観念を持つよう正しい方法で教育することが重要なのである。生得的な性質を重視しないロックの人間観から、教育さえすれば子どもは立派な人間にすることができるという楽観主義的教育観が導き出される。そして彼は習慣づけと訓練(身体的訓練と精神的訓練)を重視した。 上記のことを踏まえ、ロックの教育論について述べる。 教育と政治との関係 親が子どもの教育に責任を持つということこそ、政治論においてロックが家族について最も重要視した点である。ロックは家族における父の権威が権利ではなく、むしろ義務―子どもを教育し理性的自由に到達させる義務を負うことであり、この義務が果たされるとともに子どもは父の権威から独立し、自由な個人として根本契約に参加して国家を支える者となる、と考えた。子どもの教育は、自然状態において成立している家族の最も重要な営みであって、それによって人は理性的自然法に従いうる、十分な意味での人間、となるのである。 習慣形成   ロックの教育論は一般的に紳士教育といわれている。紳士は、健全な身体と道徳知識を持っているべきであるとした。ロックは当時の親たちが幼児期の子どもを教育するに際して子どもをあまりに可愛がるあまり、必要な訓練がなされていないことを嘆いた。理性的に適した事柄にしか同意しないように、精神を正しくすることが教育において重要なのである。そのように精神を鍛錬することによって、子どもは自分の欲望を我慢し、その欲望が色々な方向に動いても、理性が最善と示すものに純粋に従えるようになる。よって、両親は子どもが非常に小さいときから両親の意思に従うように教育すべきである。  身体の訓練:ロックは子どもの健康を保つため、できるだけ自然のままの生活をするようにすべきと考える。そしてそのために、甘やかしの排除を主張する。具体例を挙げると、厚着をさせない、予防のために薬を与えない…など、このような細かな規則の習慣化によって健康が獲得されると考えた。 精神的訓練:適切な礼儀を習得することは社会生活上必須である。しかし、作法に関しても規則によるよりは実例で習得されるべきである。叱られるだけでは子どもは作法を身に付けない。むしろ、何をすべきかを示し、動作を繰り返して何が適切でふさわしいかを、前もって練習させることである。そして何よりも重要なことは、子どもに善良な性質と親切さの原理を持たせることである。 また、道徳教育も重要視した。道徳教育といっても道徳について教えるのではなく、「徳」すなわち「自制力」をもたせることである。「徳」とは、自らの欲望を制して理性のいうところに従う能力である。そして幼い子どもの場合、理
  • レポート 教育学 ジョン・ロック 賞罰法 教育原論 習慣形成
  • 550 販売中 2007/01/26
  • 閲覧(34,655)
  • S0528  道徳教育の研究
  • A判定のリポートです。 「生きる力」の育成と道徳教育について述べよ。 今日の日本は、国際化や情報化が進み、社会は目まぐるしい早さで変化している。こうした中、変化の激しい社会において主体的に生きていくための「生きる力」の育成は、学校教育の使命であり、この「生きる力」の重要な要素である「豊かな人間性の育成」において、道徳教育は重要な役割を担っている。
  • 日本 情報 社会 子ども 生きる力 道徳 学校 文化 健康
  • 550 販売中 2010/12/22
  • 閲覧(1,360)
  • 07804 教育の制度と経営(1)
  • 玉川大学通信教育学部の課題レポートです。 【略題】教育改革と学校制度 【課題】①1970年代以降の日本の教育改革について「行財政改革と教育改革」、「初等・中等教育の充実と改革」、「学校制度の改革」、「地方分権と学校の自主性・自律性」の観点からそれぞれ簡潔にまとめなさい。 ②課題①を踏まえた上で、今日の教育改革に関して自身の見解を示しなさい。 【評価】A
  • 玉川 玉川大学 通信 通信教育 2018 教職 教育の制度と経営 教育 制度 経営 1
  • 550 販売中 2018/06/18
  • 閲覧(3,915)
  • 「ゆとり教育」で「生きる力」は育まれるか?
  • 私は家庭教師で2人の中学生を教えているが、時々、自分の頃との違いに驚くことがある。例えば、自分が中学の時に習ったことが、今では習わなくてよくなっていたり、小学校でやるべき内容のことを中学校で習うことになっていたり、ということだ。理科や社会科の教科書を見ても、資料集かと思うくらい写真が多く、活字を読む箇所が極めて少なくなっている。おそらく、「ゆとり教育」をモットーにおいた教育改革、教科書改訂によってそのように変わったのだろう。しかし、私はこの「ゆとり教育」に強い疑問を抱いている。  そもそも、なぜ「ゆとり教育」が必要なのだろうか。様々な記事や本を見ても、たいてい書かれていることは同じだった。それは、「生きる力」を身につけるためである。「生きる力」は、知識を一方的に教え込むのではなく、自ら学び、自ら考えることによって育まれる。そしてそれは「ゆとり」ある教育環境の中で実現可能である、ということだ。本当にそうであろうか。  では「生きる力」とは一体何なのか。調べてみると、「生きる力」はたいてい次のように定義される。
  • レポート 教育学 ゆとり教育 生きる力 学力低下
  • 550 販売中 2006/05/10
  • 閲覧(2,755)
  • 「汝自身を知れ」から教育を考える
  •  「汝自身を知れ」とは、デルフォイのアポロン神殿に刻まれていた、ギリシアの七賢人の一人であるスパルタのキロンの言葉である。  ソクラテスはデルフォイの神殿においてもたらされた「ソクラテスより賢いものはいない」との神託を聞き、神託を否定するために賢者とされている者のところへ赴いたが、そこで彼は、相手が「知らないのに何か知っているように思っている」ことに気づき、自分の方が自らの無知についての知があることを悟った。自らの無知を自覚することは、彼が無知の知を真の知へと至らしめようとする出発点となった。  ソクラテスは、対話のなかで、この言葉をよく用いた。例えば、知恵ある者とは何か、美とは何か、というように問いかけていた。ソクラテスの探究の根底には常に「自分自身とは何か」という問いがある。  近年の学校教育をめぐる議論においては、文部科学省の進める「ゆとりの教育」に対する批判からか、「知識は力である」という意見が優勢であるように感じられる。
  • レポート 哲学 教育学 ゆとり教育 生きる力
  • 550 販売中 2006/05/11
  • 閲覧(2,915)
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