連関資料 :: 日本史
資料:448件
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【玉川大学】日本史「聖武天皇」
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※このレポートは、玉川大学通信教育部・科目名「日本史」平成24年度課題の合格済レポートです。
教員による評価・批評は以下の通りです。
<評価>
A(合格)
<批評>
大仏建立は国家プロジェクトです。現代においては、このような国家プロジェクトがあるのでしょうか?
当時の社会の状況をふまえなければ評価はむずかしいように思います。
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課題
「なぜ、聖武天皇は庶民の生活を圧迫してまで遷都を繰り返し、国分寺・国分尼寺や大仏を造らせたのか。また、世の中の乱れを仏教(宗教)の力で解決できると考えたのか」
一、 なぜ、この課題を発見したか
聖武天皇による度重なる遷都や、国分寺・国分尼寺や大仏の建立は庶民の生活をかなり圧迫した。世の中を治める目的のためとはいえ、国分寺・国分尼寺や大仏を造らせた結果、庶民を苦しめ、世の中を乱したのではないかと思った。なぜ、国分寺・国分尼寺の建立に留まらず、あれほどの巨大な大仏を造ることにこだわったのだろうか、また、世の中の乱れを仏教(宗教)の力で解決できると思ったのはなぜなのだろうかと疑問に思った。政治や経済の力ではなく、宗教で解決できると思ったのはなぜだろうかと。現代感覚からすると、宗教で解決できるとは思えなかったからである。
二、 何をどのように調べたか。
前述の課題に対して、「古代は、政治と宗教が、分けることのできない、密接な関係にあった時代であった」「政治力がなかったため、宗教の力に頼る他なかった」という仮説を立てて調査した。
「聖武天皇」「国分寺」「国分尼寺」「大仏建立」のキーワードを百科事典、歴史辞典、インターネット、市立図書館所蔵の専門書や一般書で調べた。
三、 どのような結論を得たか。
聖武天皇は仏教による鎮護国家思想によって様々な不安を乗り切ろうとしたため、遷都を繰り返し、国分寺・国分尼寺や大仏を建立した。
聖武天皇の仏教信仰は厚かった。「聖武天皇が出家して沙弥勝満と称したことは「続日本紀」やその他の史料によって知られている」(岸 俊男一九九六)とあるように、聖武天皇は最終的に出家していることからも信仰の厚さを伺うことができる。
聖武天皇が統治していた六世紀なかばの天平時代は、仏教…
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日本史
歴史
日本
宗教
政治
仏教
問題
天皇
思想
課題
国家
玉川
通信
990 販売中 2015/07/03
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近大通信【日本法制史】
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本レポートは、「近大通信」の使用期間「平成27年4月1日~平成29年3月31日」のレポート設題集に基づき提出し合格したものです。レポートの内容は、私に著作権がありますので、皆さんがレポートを作成される際の参考資料として下さい。また、添削される先生方も、他人のレポートの剽窃・盗用を許さないと考えますので、ご注意願います。(2015年10月)
【日本法制史の設題】
設題 以下の設題から一つ選択して論述せよ。
4「家」制度とは何か。その成立と現代社会への影響について述べなさい。
【補足説明】
本科目の設題は、5設題から1設題を選択して論述する形式です。
本レポートは、4番の「家制度」を選択し作成したものです。
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日本法制史
近畿大学
通信
法学部
2単位
第二類選択
近畿大学通信
近大通信
550 販売中 2016/07/22
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日本文学史 設題1
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上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。
文学史上残っている最古の文学的文献は和同五(七一二)年に成立した『古事記』とされる。日本文学史は『古事記』より始まったといえよう。上代の文学の特徴は、大陸からもたらされた漢字と、漢字を表音文字的に利用した、「万葉仮名」が用いられるようになったことである。
『古事記』は、日本文学史上最古の歴史書であり、上・中・下の三巻より為る。その内容は、神代における天地の始まりから推古天皇の時代に至るまでの神話や伝説を収録している。また数多くの歌謡を含んでいるのが特徴である。『古事記』成立の経緯を記している「序」によると、稗田阿礼が暗唱していた『帝紀』と『旧辞』を太安万侶が記録し、編纂したものとされる。『日本書紀』のような勅撰の正史ではないが、序文に天武天皇が「帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽りを削り実を定めて、後葉に流へむと欲ふ」と詔していることから、勅撰と考えることも出来る。『古事記』に登場する神々が、多くの神社で祭神として祀られ、今日に至るまで日本の宗教文化に多大な影響を与えている。
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日本文学史
佛教大学
通信
550 販売中 2009/02/05
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日本史 第一設題
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「鎌倉幕府と執権政治について」
鎌倉幕府、執権政治の順に、考えて見る。
まずは、鎌倉幕府について考えてみる。
鎌倉幕府は、1192年(建久3年)に源頼朝が征夷大将軍に任官されて始まったとされていた。
しかしながら、源頼朝の権力・統治機構はそれ以前から存続していたために、現在ではこの説は支持されていない。
また、「日本で初の武家政権」とされたこともあったが、今日では平氏政権に次ぐ武家政権として位置づけられている。
平氏政権はあくまで朝廷内において、実権を掌握するにとどまることから、朝廷から独立した本格的な武家政権としては鎌倉幕府が最初と考えられている。
鎌倉幕府の成立時期については諸説ある。
その理由としては、鎌倉幕府がその武家政権としての体制を整えるまでにはいくつかの段階を経ていることがあげられる。
まず1180年(治承4年)に大倉に御所が置かれ、また幕府の統治機構の原型ともいうべき侍所が設置されて武家政権の実態が形成されたといえる。
そして権大納言兼右近衛大将に叙任され、公卿に列し荘園領主の家政機関たる政所開設の権を得たことで、いわば統治機構としての合法性を帯びるようになっ
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日本
政治
資質
集団
指導
政権
統治
司法
裁判
権力
日本史
第一設題
仏教大学
鎌倉幕府と執権政治について
550 販売中 2009/02/10
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日本史 第二設題
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「初期会議から日清戦争にかけての政党について。」
政党とは、政治において政策や主張に共通点のある者同志が集まって、意見の集約と統一された政策の形成を図り、政策の実現に向けての活動として、政権を担当もしくは目標とし、議会の運営の基本単位になるなどを行う組織または団体のことを指す言葉である。
それでは、初期会議から日清戦争にかけての政党について考えてみたいと思う。
元来、日本に置いては、党とは、私党を意味するものであった。
また児玉党や村上党などというように武士団を呼ぶ用語であったとも考えられている。
幕末から明治維新にかけて、国内的には、「土佐勤王党」などの公論を主張した党派の誕生、対外的には欧米列強の政治体制に触れる中で議会政治における政党システムに着目するようになり、党という用語の意味が変貌を遂げる。
安政6年(1859年)福澤諭吉が英国議会を傍聴した際には、議会内では激しく論戦合戦を繰り広げていた与野党の議員が、議場の外では、和やかに談笑していることに驚いたことを紹介しており、議会政治と政党に触れた当時の日本人の視点を良くあらわしていると考えられている。
明治7年(1874年)征韓
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憲法
日本
戦争
政治
政党
自由
政策
思想
明治
日本史
第二設題
仏教大学
初期会議から日清戦争にかけての政党について
550 販売中 2009/02/10
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日本・北欧関係史に関する一考察
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日本・北欧関係史は五つの時代区分に分けられる。
第一期は江戸時代初期から第二次世界大戦までを指す。両地域の政治関係は、オランダ商館に滞在していたコイエットやトウンベリの存在や、また大黒屋光太夫や津太夫などの北欧を訪れた日本人漂流民の存在に始まった。明治初期には岩倉使節団がヨーロッパに派遣されているが、彼らは訪欧中にデンマーク・スウェーデンなどの北欧諸国も訪問し、その国家としての成熟度に注目している。こうして日本とつながりのあった北欧であるが、明治を経て近代国家化していく過程で日本は大国イギリスやアメリカなどをモデルに掲げ北欧からしだいに離れていくことになり、第二次世界大戦が始まるとついに国交断絶に至ってしまう。では、この第一期に日本の抱いていた北欧のイメージはいかなるものであったか。そこには分裂した二つの分裂した二つのイメージが存在していた。一つは一般日本国民が抱いていた理想主義的イメージである。内村鑑三などは戦争に敗北しながら軍事国家に屈せず国力を回復したデンマークを称え、平和的な北欧のイメージを世に広めた。もう一つのイメージは政策決定者達の持っていた現実主義的イメージである。これは北欧がその地理的位置から、日露戦争や第二次世界大戦時に日本の諜報活動の拠点となったためであった。
こうした日本−北欧の関係史を見てみて、北欧がいかに日本に色々な影響を与えてきたかを初めて実感した。しかし五つの時代区分を追っていく過程で、長い間日本にとっての北欧とはヴェール越しに見た、実態の掴めない地域だったように感じる。それは時代区分によって日本が抱く北欧のイメージが180度転換したりするためである。現在私が見る限り、これほど親しみやすく、かつこれから自国の政策を考えていく過程でこれほど興味を惹く地域はないのではないだろうか、と思う。私自身そうであるが、もっと日本人一般が北欧に対して積極的に、多角的にアプローチしてみるべきではなかろうか。
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レポート
国際関係学
北欧
日本外交史
日本・北欧関係
550 販売中 2005/07/30
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新しくなった
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