連関資料 :: 社会
資料:4,247件
-
毒消し売りの社会史
-
毒消し売りの社会史
近世において、日本では「家」制度の下、生活面でも経済面でも「家」を中心に回ってきた。しかし、近世、近代、現代へと移り変わる中で、その様態はだんだんと変化を遂げてきた。毒消し売りの社会史第二部ではその変化が毒消し売りの家々にも影響を及ぼし変化をさせてきたことがわかりやすく見て取れる。特に、角田浜においてはそれが顕著に現れているように思われる。
私が最も興味を持ったのは、当時の人々、特に女性の家内での仕事である。毒消し売りの家である以上、やはり女性は外に働きに出てさらに家の中の仕事もする時代であったことがよくわかる。昔の女性は、家内の仕事、さらには外での女性の仕事を一手に引き受けていたというのは、本当に大変なことであったと思う。男性が漁に出ていることを考えても、女性の負担はやはり重かったであろう。また、男性が漁にでる、つまり海の近くの漁村とも言うべき地域において農家的生活をして、さらには女性が毒消し売りにでるという職業形態に驚きを感じた。主たる職業が、男性は漁業で女性は毒消し売りなのであろうか。遠い昔に、税金が米で納められていた時代のなごりなのかとも思った。さらに、角田浜のミエさんが典型的な例だと考えると、子供時代から仕事をすることが「女性」の役目であり、「男性」は外の仕事をすることが重視されていたことがわかった。これは当時としては当然ともいえる
ことであり、女性は家に嫁ぐものであり、家内のことはなんでもできるようでないと困ると考えられていたことにも通ずると思う。また、男性は第1子か否かが非常に重要であり、長男以外の男の子供は出稼ぎに行くものであったという。これは、角田浜において近代まで「家」制度が生活の中心であったことによるものだろう。女性は出稼ぎの収入を家にいれたり比較的自由に使えていたように感じられたが、男性の場合はどうなのであろうか。長男に家を継ぐという役目があるように、次男以下にも出稼ぎにいき稼いでくるという役目が定着していたのだろう。子供の教育という面においては、明治時代には角田浜にも小学校があったが、当時学校で勉強することが重視されておらず、むしろ村の生活に重きがおかれていたことにも時代を感じた。学業に専念することこそ、子供の権利義務であり、就学率が100%である今の日本からはとても考えられない光景であろう。女性にも男性にも家内での役目があり仕事の請けもちがあったことを考えると、子供をなかば放任のような形で育てていたということは、学校というものはやはりそれなりに裕福な家庭で教育熱心な家庭のみに与えられていた権利であったのだろうかと考えられる。また、これらの家制度、教育状況は現代の生活と比較するとあまりに対照的である。
また、女性が婚家での働きを期待されていた時代である。嫁にいった先では、やはり女性の家内の仕事があった。最も驚いたのは、角田浜における、今とはまったく異なっている婚姻制度である。結納のことを「キメザケ」(漢字にすると決め酒であろうか)といい、結婚式のことを「祝言」というのは、その時々に行う行為からきているのだろう。今でも、「祝言」という言葉は理解されるが、「キメザケ」という言葉の認知が低いことから考えると、「キメザケ」というのは角田浜の地域の言葉なのだろうか。祝言を挙げたあとにそのまま実家に残り、子供ができてから2~3年してから引き取ったという今とはまったく異なった婚姻形態に本当に驚く。いわゆる足入れ婚の一種だとしても、実家に残り収入の一部を親に渡すというのも独特である。収入が共有されていない点で、夫
-
レポート
日本文学
日本
家制度
婚姻制度と女性
近世
歴史
550 販売中 2007/09/25
- 閲覧(2,817)
-
-
社会調査をするときの必要性
-
社会調査をするときの必要性について「標本と母集団」というのを用いて論じなさい。
社会調査は、コストや時間のかかる全数調査よりも、標本調査と呼ばれる、全数調査よりも少ないデータを得る調査をする場合が多い。よって、調査対象全体の集団である母集団から標本を抽出し、標本調査を行った後、少ないデータから論じるために母集団を推定するという過程が必要なのである。
標準偏差と不偏標準偏差のそれぞれの定義式を記し、後者がなぜ不偏なのかを説明しなさい。
各データの数値をxi(i=1,2,3,……n)、その合計をΣxi、データ数をn、平均値をエックスバー(xの上に線を引くやつ)、標準偏差をSDとしたとき、
エックス
-
レポート
社会学
社会調査
標準偏差
標本
母集団
550 販売中 2007/07/05
- 閲覧(3,166)
-
-
子どもの社会性の発達
-
社会性が社会的関係性を意味する人と人との関わり方である点を考慮すると、子どもにとっての社会性の発達も例外なく、人との関係によって発達すると思われる。
子どもが母胎から生まれるという揺ぎ無い事実から鑑みても、子どもの社会性の発達の基盤となるのは、やはり母親との関係であるといえる。そして、その関係は子どもが胎児の時から始まっている。胎児は六ヶ月頃から母親の体内で母親の心音をききとり、母体の動きを感じとっている。そして乳児は誕生と共に母親との直接的で高頻度な接触をはじめるのである。母親が授乳時に語りかけたり、名前を呼んであやしたりする時、乳児はどのような場面にどのような人物がどのように関わっているかを知り始め、その人との関係やその場の状況を巧みに感じとることができるようになるのである。こうしたことから、いかに早い時期から母親との接触が重要な意味を持つかが理解できる。
逆に言うならば、乳児期の確実な母子間関係の形成がなされなければ、愛着形成やコミュニケーション技術の獲得、価値の伝津などがなされず、その後の幼児期の発達にも何らかの弊害がもたらされるのである。
-
レポート
教育学
子ども
社会性
発達
関係性
550 販売中 2005/11/02
- 閲覧(5,623)
-
-
私の社会教育の体験
-
私は今までに数多くの社会教育施設を利用してきた。そこで、まずはこれまでに利用してきた経験について、社会施設別に書いていこうと思う。
最初は公民館である。公民館は比較的、数多くある社会教育施設の一つである。私の家から公民館は歩いて5分という、とても近い場所にあり、昔から身近な施設であった。小学校のいろいろな行事が公民館で行われていて、公民館に足を運ぶことが多かった。また、町内会の行事でも公民館に行く機会が何度もあった。例えば、演奏会を聞きに行ったり、お茶会を開いたり、クリスマスやお正月のパーティーなどに、公民館は使われていた。私の母も書道を習いに公民館に通っていた。また地元の友人たちも剣道や少林寺拳法などを習いに行っていた。私の地元ではお祭りも開催されていて、特に小学生の間で公民館活動が盛んであった。
それとは反対に、私の地元に住んでいなかった友人は、小学校の時はよく公民館に併設されている公園に遊びに行ったものだが、公民館の記憶はあまりないと話していた。なぜなら扉にはいつも鍵がかけられていて入ることができなかったからだそうだ。なぜ、その公民館は開放されていなかったのだろう。公民館に常駐する人がいなかったためであろうか。それとも公民館の活動は田舎になるほど盛んなのだろうか。どちらかはわからないが、先ほど「社会教育とは何か」でも述べたとおり、社会教育施設が上手く働くには施設側と住民側、双方の努力が必要である。
図書館も身近な社会教育施設の一つである。図書館は公民館とは対照的に学校の行事では行ったことがなかった。また図書館の宣伝というものも見たことがなかったので一度行くまでには抵抗があった。しかし、たった一度でも足を運んでみると、とてもよい場所だということに気が付いた。無料で本やビデオ、またCDなどを借りることができ、しかも好きなときに返却できる。
-
レポート
教育学
社会教育施設
公民館
図書館
科学館
植物園
550 販売中 2005/07/22
- 閲覧(2,072)
-
新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
- 資料の中から管理したい資料を数件選択し、タグの追加などの作業が可能です。
- 資料の情報を統計で確認
- 統計では販売収入、閲覧、ダウンロード、コメント、アップロードの日別の推移、アクセス元内訳などの確認ができます。
- 資料を更新する
- 一度アップロードした資料の内容を変更したり、書き加えたりしたい場合は、現在アップロードしてある資料に上書き保存をする形で更新することができます。
- 更新前の資料とは?
- 一度アップロードした資料を変更・更新した場合更新前の資料を確認することができます。
- 履歴を確認とは?
- 資料のアップロード、タイトル・公開設定・資料内容説明の変更、タグの追加などを期間指定で確認することができます。