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連関資料 :: 教育

資料:11,682件

  • 教育技術
  • 言語とは、混沌としたし全世界を秩序化するために形成された記号の総体であり、話し、聞くことのできる人間にとって共通の基盤となるものである。言語は秩序をもたらす記号の総体であるから、それが表現するものとの物理的類似性は全くない。また、外形的なものは、元のものから完全に取り除かれるというのも特徴である。言語それ自体抽象的であるから、他のもの、例えば映像と結合することにより、意味内容を質的に高めるという相乗効果の働きをも果たす。アンケート調査には、「質問紙構成」「実施」「結果分析」の3つの段階がある。  まず、質問紙構成において、質問の意味、回答形式(選択式・記述式)、質問の順序や数といった問題がある。質問の意味が不明確であれば、回答もおのずと不明確となる。回答形式も選択式か記述式かにより結果が異なる。なぜなら、選択式の場合でかつ記述欄がない場合には、選択肢の中に自分の意思と合致する回答がない被験者も不本意な選択を強いられることになるからである。また、同じ選択式でも多数選択と二者択一式の選択とでは結果が異なるのも明らかである。質問の順序で誘導的に回答が導かれたり、質問数の著しい多少は回答に影響を及ぼす。正確な実態把握のためには、質問の意味を明瞭にし、回答形式は、二者択一式よりは多数肢選択式、さらには記述欄付多数肢選択式が望ましい。場合によっては記述式も望ましい。また、誘導的質問順序は、被験者の意識の正確な把握にはならず、思考を束縛するものとなる。 教育において言語利用するのは、ごく日常的で自然なことであろう。しかし、教師は、明快で簡潔な言語表現に努めるべきであるが、学習者の発達程度に応じて、変化を加え単調になることを避けなければならないし、学習者の機構の束縛となるような断言的言語表現は用いるべきではない。
  • レポート 教育学 アンケート調査 言語 抽象体験 授業への応用 断言的言語表現
  • 550 販売中 2005/07/16
  • 閲覧(1,636)
  • 教育効果
  • 斎藤喜博によって定義された「揺さぶり発問」とは、心理的に動揺させる発問である、  そもそも発問とは、教師が学習者に対して質問を投げかけることであり、その特徴は授業の場面において、教授目標達成のためにそれと関連して発せられる点、その「こたえ」を発問者である教師が知っている点である。発問の目的は、思考を深める情報を提供すること、既に有する知識を確認することであり、期待される役割は、教授内容のまとめ、理解度の評価である。  発問は、授業進行の先導の働きをすると同時に、学習者に興味・関心を喚起し、疑問や好奇心を抱かせる働きをする。  揺さぶり発問は、学習者に対し、意表をつく発問を投げかけることで、学習者の一面的な思考を崩壊させ、探究心を喚起する。探究心の芽生えによって、学習者自らに無知であることを悟らせ、そこからさらなる探求をさせることが可能となる。また、否定的・逆説的な問題提起をすることにより、学習者に矛盾、葛藤を生じさせることで、思考の多角化や柔軟化をもたらすことができる。このように、学習者の平板で皮相的な考え方に相革と飛躍を促すのが揺さぶり発問である。  揺さぶり発問は、常識的な解釈や緊張感のない弛緩した平板な授業展開に問題を投げかけ、授業の流れに変化をもたらし、思考に対抗と対立を与えることで緊張関係を作り出すという働きをする。言い換えるならば、学習者に思考してき刺激を与えることで、授業展開に学習者がより意欲的に能動的に参加するように仕向け、授業の主導権を学習者の思考の対抗と対立により、学習者自らに授与しようとするものである。  揺さぶり発問によって探究心や思考の多角化を促された学習者は、さらなる探求やより深い思考を行い、自主性や自発性をも身に付けることとなる。そうした学習者たちによって形成される学習集団においては、授業展開が活発化され、思考の対抗と対立が存在する緊張関係のあるものとなる。揺さぶり発問はそうした学習集団の形成の一助となりうるのである。
  • レポート 教育学 揺さぶり発問 代替経験 授業展開 注意喚起
  • 550 販売中 2005/07/16
  • 閲覧(2,804)
  • 教育原論
  • 2013年度の教育原論レポート課題 ・ペスタロッチーの教育学 (直観の原理など)について考察せよ。 ・ジョン・ロックにおける子どもの教育論、特に習慣形成や賞罰法を中心に述べよ 評価はともにAでよくまとまっています、良いレポートですといった所見をいただきました。 どのようなながれでレポートを書けばいいかわからないどのような内容をテキストから抽出すべきかわからないといった方のレポート作成の参考としていただけたらなと思います。 参考文献につきましてもしっかりと出典を明記しておりますので 図書館等での資料入手にも役立つかと思います。
  • 佛教大学 S0101 教育原論 2013 第1・2設題セット A判定
  • 550 販売中 2013/09/10
  • 閲覧(1,984)
  • 福祉と教育
  •  私はこれから、日本とアメリカの教育制度差異を検証して、真に能力を伸ばす教育とはどのようなものかを考えたいと思う。しかし、教育という括りでは広範囲となるため、ここでは学校教育を中心に話を進めることにする。 まずは日本の学校教育制度から検証したいと思う。日本の学校教育では、私立の場合、小学校から受験があるが、公立では入学試験がなく、小学校6年間(初等教育)の後は中学校3年間までは自動的に進級できる。(小中学校は私立も公立も義務教育のため、必ず就学し卒業をしなければならない)その後は私立でも公立でも受験をし、合格者だけが任意教育の高校3年間(中学校・高校は中等教育)または高等専門学校5年間(高等教育)へ進学でき、更に専門学校2年から4年間、短期大学2年、大学4年間、大学院2年以上(高等教育)とそれぞれの形態の学校を受験して進学するのが一般的である。そして6−3−3制の初等中等教育をはじめるとするこれらは、文部科学省の指針に基づいて全国統一の展開をされており、学年度は、4月から翌年3月までの1年間である。中学校までは落第がなく順調に卒業できるが、高校からは必ず一定期間の就学条件のもとで単位取得をしなければ、進級も卒業もできないのである。高校への進学は、ペーパーテストによって行ける学校のレベルが決定するため、少しでも偏差値を上げる暗記学習を行なっている。その理由は少しでもレベルの高い学校に入学できれば、レベルの高い大学にも入学できる可能性があり、そしてレベルの高い大学へ進学すれば大手企業などへの就職でき、終身雇用制度に守られて将来を約束され、高収入を得られると考えられてきたからだ。また、勉強は自主的というよりは親から言われて頑張っているといった傾向にある。学力を見た場合は、世界と比較しても平均よりまだ高い位置にある。これは、ほとんどの生徒が義務教育を受けた後に高校までは卒業している結果といえ
  • レポート 教育学 日本の教育 アメリカの教育 学力を伸ばす教育
  • 550 販売中 2005/07/31
  • 閲覧(2,271)
  • 福祉と教育
  • 「福祉と教育」を学ぶことの意義について述べよ  1、はじめに  これからの時代に求められるのは、問題発見、解決をするための思考力や分析力を備えた人材である。福祉の現場でも、突然起こる問題を冷静且つ客観的に的確に捉え、解決していくことが望まれる。福祉と教育での共通点は、相手を思いやる気持ちで接することやコミュニケーション能力、また多様なニーズにこたえる能力を備えていること等が挙げられる。しかし、支援者、教育者だけの意思疎通のない一方通行型の介護や教育が行なわれる場合もあり、要介護者や学生のニーズに答えられずに、様々な問題が生じている。せれでは、どうすればこのような能力を持った人材を養成することが出来るのであろうか。本レポートでは教育のあり方ついて、福祉と教育で共通する原則、問題解決能力の重要性等を中心に考察し、最後に現場で働くものとして、「福祉と教育」を学ぶことの意義について考察する。 2、日本の教育の現状について  わが国では小学校から大学まで、思考力を養成する教育はほとんど行なわれず、暗記重視の教育が行なわれてきた。高校や大学入試の合否はペーパーテストで決まるため、少しでも高得点が取
  • 環境 福祉 日本 企業 社会 介護 学校 問題 大学 分析
  • 550 販売中 2008/10/20
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  • 教育と福祉
  • 「日米の教育の差異と真に能力を伸ばす教育について」 日米の教育制度の違いを考える時に、日本特有の「大学入試制度」を抜きには考えられない。そしてこの事が日本の初、中等教育の質の高さ、学習到達度、勤勉さを生み「世界の脅威」とされてきた。しかし一方、日本のこの「受験勉強」を主体とした小中高の主教育目的は、一つでも偏差値や又知名度の高い大学に入学にさせる事になった結果、大量の知識をたたみ込み、苦手な教科は歯を食いしばってでも克服させる事を通じて辛抱強く社会に耐えていく事が出来る「根性論的教育」が横行した。「良い一流の就職先」を得る為には、「良い一流の大学」を卒業する事が絶対条件であり、この熾烈な受験勉強に勝利した者達だけが「将来保障され安定した生活を生涯送る事が出来る」切符を手に入れる事が出来る「社会構図」がほぼ(壊れつつあっても)出来上がっている。最近は大学側も生徒数が激減し、2008年には「全入時代」が到来する事を踏まえて大学入試形態は変わりつつ あるが、所謂「一流の大学」を入学しようとする場合、根強く残っている試験の方法として「センター入試」の様な一日二日の試験でふるい分けされ、ある意味「人生が決定」されてしまう。こういった体制が、不登校、引きこもり、ニート(職にも就かず学校にも行かない青年達)の激増、大学生の基礎学力の低下など「負の遺産」をもたらした事は否定できない。政府も子供に「(生きる力)と(ゆとり)を」キャッチフレーズとした文部省提出の教育改革構想を掲げ、1996年に「知識を一方的に教え込む事になりがちであった教育から、子供達が自ら学び、自ら考える教育への転換を図る」とし、学校週五日制の実施、学習指導要領の削減などを計って来た。しかし2004年12月に出された二十五カ国の地域の小学四年と四十六カ国・地域の中学二年の計三十四万人が参加した「国際数学・理科教育動向調査」の結果が国際教育到達度評価学会から公表され、日本は小4の理科と中二の数学が九十五年の前回調査よりいずれも学力低下の傾向が見られ、先月の経済協力開発機構(OECD)の国際調査結果が公表された日本の高校一年生の読解力が大幅に低下と続いた事に受けて、文部科学省は削られ続けてきた標準授業時間(学習指導要領に規定された授業時間)の見直しを思案中である。又大学教育においても変革の時代を迎えている。先に述べた学生数の減少による「全入時代」が到来するが、実際的には「全入」にはならず定員を割るほどの志願者が減り、経営崩壊する大学が出てくる。そして教室に何百人もの学生を詰め込んで、十年一日のごとく同じ講義ノートを読むだけの一方通行の講義が展開してきた大学や大学生の質の低下が問題になった事に加えて、グローバル化により優秀な人材が海外の大学や研究機関に流出し、「日本の大学では人材を育てられない」という危機感が教育界を覆った。そこで登場したのが国立大学の再編・統合、国立大の法人化、COE(Center of Excellence 卓越した研究拠点の略)の国公立私立大を通じて、学問分野別に世界的な研究教育拠点を形成する為に02年度より実施する事等である。 一方アメリカの小中等教育において注目すべき事は「識字率の低さ」である。今から役20年前、米国政府は義務教育が普及し親の世代に五十パーセントだった高校の卒業率が七二%にも関わらず、子供達の平均的学力が親のそれを下回り、高卒の非識字率が二十%を超えた教育問題を「国家の存続に関わる緊急かつ最重要問題」と定義した。原因は家庭崩壊とそれに伴う無秩序にあると世論は固ま
  • 日米の教育の差異 能力を伸ばす教育 東京福祉大 レポート
  • 550 販売中 2008/01/07
  • 閲覧(1,749)
  • 教育行財政
  • 教育行政の基本原理について述べよ。 ⑴基本原理の基礎にあるもの 教育行政を含むあらゆる教育制度のあり方を規制する現行教育法制の根本原則についてふれておく必要がある。 ①教育を受ける権利;教育を受ける権利は、「…ひとしく教育を受ける権利を有する。」という日本国憲法26条に明文的根拠を持つ権利である。この教育を受ける権利ゆえに、国民は教育の条件設備などを得ることができる。その権利主体は「国民」一般であるから、学校のみならず社会教育など、社会的で公共的な性格の教育や学習が広くその範囲に含まれる。  教育を受ける権利は、現在、それが国民にとって受動的な権利ではなく、人間としてふさわしい成長発達を促す、有意義な教育を求める権利であることを強調して、「学習権」としてとらえなおすことが多い。  ②学習の自由;学問の自由は、知的探求の自由、その発表・表現の自由、及び学問的成果を教授する自由を含むというのが一般的理解である。その様な学問の自由について我が国の現行憲法では、「学問の自由は、これを保障する。」と規定し、教育基本法は、同法一条に掲げる教育の目的を達成するためには「学問の自由を尊重」しなければならない(二条)と定めている。  これは学校教育の中でも、学問研究が政治的、行政的または宗教的権威により干渉されることなく、自由に行われるべきだという面と、学校教育の過程においても、学問の自由が民主主義政治を維持する為に不可欠な要件で、国家社会の発展上、学問の自由の尊重がいかに大切であるかということを、教育内容としてあらためて注目するに値することであると思う。 ⑵教育行政の法律主義 教育行政の法律主義の意義 戦後、国民を教育の主人公とする新しい体制の中で教育行政を行うために、法の支配の原則の下で、行政は法律にもとづき、法律に従って行わなければならないという、近代法事国原理たる「法律による行政」原理の教育行政への適用であり、また、いわゆる教育法規の命令主義にかわる教育法規の法律主義(一般市民の権利義務に関係のある法規範を意味し、この意味における教育法規を法律という法形式で定めること)を基盤とする、戦後日本における新しい積極的原理である。  これを実現するために、法律を守る中で教育の理念が尊重されなければならないことへの認識とともに、教育という営みが自由な人間の精神活動に関するものである限り、本質的に法律になじみにくい部分も確かであることを理解し、「法律絶対・万能」の考えを持つべきでなく、教育行政の法律主義にはこの意味における制約があることを注意すべきである。 ⑶教育行政の地方自治と独立性 教育行政の地方自治  日本国憲法は、地方自治、地方的業務事務について国の官庁の関与を排除し、地方公共団体に任せ、地方人民自らの意思に基づいて処理することをいい、人民自治と団体自治の統合の上に成り立つ。現行の日本国憲法は、この意味における地方自治こそ民主主義の基礎であり、その地盤を培いその健全な発達を図るために重要な意義をもつものだとして、地方自治制度を地方自治法として憲法上に保障した。  教育行政の地方自治とは、右に述べた現行憲法の定める地方自治が教育行政にも適応されるとともに、教育事務を原則として地方の事務とし、そのような法制度の下で教育行政を行うことをいう。 教育行政の独立性  教育行政の地方自治の中で、その一つの具体的な実現形態として「教育委員会制度」があり、この制度は、教育に対する不当な支配の禁止、国民全体に対する直接的責任、公正な民意の尊重、地方の実情に応じた教育行政の実施に
  • 教育行政の基本原理 東京福祉大 レポート
  • 550 販売中 2008/01/07
  • 閲覧(2,408)
  • 教育相談
  • 「今日の多くの学校や相談所相談室では、来談者中心療法と行動療法のカウンセリング技法が活用されている。この2つを基礎的な理論面、技法面、長所短所等を比較しながら述べよ。」 カウンセリング(counseling)とは、来談者(クライエント)が、専門家(カウンセラー)との話し合いを通じて自分の問題を相談したり、それについて助言を受けたりすることを指す。ただの相談ではなく、カウンセラーは、専門的な技法を用いており、その技法として「来談者中心療法」と「行動療法」2つのカウンセリング技法が活用されている。 「来談者中心療法」とは、カール・R.ロジャース(Rogers,C.R.)の「クライエント中心カウンセリング」 (非指示的カウンセリング)の理論が元になっている。ロジャースは、それまでの指示的な療法や忠告・説得を行うといった、治療者が一方的に患者の病気を治す、医学的な療法では、根本的な援助にはならないと考えた。これはカウンセラーに、クライエントが依存してしまうという理由がある。つまり助言によって問題解決なされることが続くと、クライエントは自分で問題の解決方法を考えなくなる恐れがある。したがってクラ
  • カウンセリング 心理 問題 クライエント 学習 行動 言葉 評価 援助
  • 550 販売中 2009/02/11
  • 閲覧(1,789)
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