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連関資料 :: 教育

資料:11,682件

  • 英語教育のあり方について
  • 経済の発展や科学技術の進歩にともない、現代社会は情報化・国際化が急速に進み、国家間におけるさまざまな交流が増加している。このような変化にともない、国際社会の中で日本人としての自覚を持ち、主体的に生きていく上で必要な資質や能力を養うことが求められている。現代の教育では、人間性や個性が重視されるようになり、そして「生きる力」をはぐくむ教育が求められるようになってきた。その中でも、最も必要とされるのは、コミュニケーション能力だと私は考える。そして、今やコミュニケーションを必要とする相手は、日本人だけにとどまらない。 現行の学習指導要領によると、「生きる力」を育成することのねらいの一つに、「豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること」がある。国際社会の中で生きていくために必要なことは、お互いに尊重し、受け止め、共に理解しあって生きていこうとする姿勢である。その場その場に応じて、自ら相手に関わろうとし、自ら判断し対応していけること、そして、誰にでも思いやりの心をもって接していけることが大切だと考える。また、「国際社会に生きる日本人」を育成するためには、英語教育は必須である。日本人は読むことや書くことにおいては、ネイティブスピーカーも驚くような高度な文章でも可能なのに、聞くこと、話すことができない、と言われている。 そこで、文部科学省では、平成15年に「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」を策定し、平成20年までに英語教育の抜本的な改善を図ることを目標に、国として取り組むべき施策をまとめた。この行動計画における、「英語が使える日本人」の育成の目標は、まず、国民全体に求められる英語力として、「中学校、高等学校卒業後、英語でコミュニケーションができること」、次に国際社会で活躍する人材に求められる英語力として、「大学卒業後、仕事で英語が使えること」を目標として、英語力を身につけることを目指している。 そして、「英語が使える日本人」の育成のための行動計画のポイントは、英語の授業の改善、英語教員の指導力向上及び指導体制の充実、英語学習へのモティベーションの向上、入学者選抜等における評価の改善、小学校英語活動の支援、国語力の向上、実践研究の推進の7つの柱からなっている。 まず、英語の授業の改善とは、中学・高等学校の英語の授業の大半は英語を用いて行い、[聞く]、「話す」、「読む」、「書く」の総合的なコミュニケーション能力を身につけることを目標にしている。しかし、実際には大半の学校が授業で英語を用いることは半分またはそれ以下と答えており、この点においてはまだ課題が残る。さらに、先進的な英語教育を推進するため、スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(セルハイ)や大学教育改革支援事業を実施している。 次に、英語教員の指導力向上及び指導体制の充実は、概ね全ての英語教員が、英語を使用してコミュニケーション能力の育成を図る授業を行うことができる英語力及び教授力を備えることができるよう、全ての中・高等学校の英語教員が集中的研修を受けることを推進している。また、中・高等学校の英語の授業に週1回以上はネイティブスピーカーが参加できるよう、外国語指導助手(ALT)の活用を促進している。 次に、英語学習へのモティベーションの向上とは、毎年10,000人の高校生が海外留学することを目標として、高校生留学交流団体を通して海外留学する生徒1,000人に対し渡航費の一部を支援するほか、同団体が実施する情報提供事業について支援している。平成18年度では4
  • レポート 教育学 英語教育 英語 英語が使える日本人
  • 550 販売中 2007/02/02
  • 閲覧(2,528)
  • 道徳教育の研究
  • 「生きる力」の育成と道徳教育について述べよ。  第15期中央教育審議会第一次答申は時代を超えて変わらない価値あるものを大切にするとともに、社会の変化に的確かつ迅速に対応する教育を実現するために、「生きる力」の育成という新しい教育の目的を提示した。「生きる力」とは、3つの能力から構成される全人的な力である。1つ目は、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力、つまり確かな学力ということである。2つ目が、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性である。そして、3つ目が、たくましく生きるための健康や体力である。 しかしここで重要なのは、「生きる力」が人間存在の構造的把握と相互連関的なものにならなければならないということである。では、人間存在の構造的把握とは何であるのか以下に述べてみる。 人間が「生きる」ということは①生物学的(身体的)「生命」と②文化―社会的「生(活)」と③道徳的-人格的-宗教的「いのち」の3つの次元で生きているということである。この3つの次元は相互に密接に連関して、1つの全体を成し、そ
  • 道徳教育の研究 生きる力 育成
  • 550 販売中 2009/08/31
  • 閲覧(1,757)
  • 幼児教育について(前半)
  • 幼児教育について ◇日時     平成13年2月6日 13:30〜16:00 ◇場所     奈良市法蓮町757−2「春日野荘」(畝傍の間) ◇発言のポイント  I 意見交換(幼児教育について) 子どもの幸せを第一義に、親の楽しみは二の次に 幼稚園を通して社会参加を、親も子も成長のチャンス早急に地域の持つ教育力の再構築を現在の家庭状況では体験できないものを保育園、幼稚園で保育園、幼稚園では基本的な社会性についてのしつけを厳しく保育園、幼稚園の教育においても、両性の視点が必要女性の社会進出としつけ。専業主婦の役割の再検討子育てに対する社会的理解を一時保育の充実、子どもとの遊び方、接し方を教える地域に開かれた保育園、幼稚園を 母親の活力を地域の行事に活かせ幼児教育における父親の役割の再認識親は子育てに自信を持て保育所、幼稚園、保健所の連携及び保育所、幼稚園、小学校の関係の見直しをプロジェクト的・実験的に実施する。 親の監護力を育てる支援策を新たな地域社会づくりの核にPTA I 意見交換(幼児教育について) 【会長】  前回、基調提言をいただいた幼児教育について意見をいただきます。  (子どもの幸せを第一義に、親の楽しみは二の次に) 【委員】  子供というのは、はっきり言いまして、親の責任といいますか、親の生活をしていく力、これが子供たちに直接返されてきているように思います。 入学してくる子たちが、その親の保育というか、養育の仕方によりまして自分の力を学校で発揮できない、できる、そういうことに直接かかわってくると思います。  昔の親が子供たちにどういう教育をしたのか、この辺はわからないわけですけれども、今は大人がやはり自分の生活をまずエンジョイするというか、楽しむというか、自分も幸せにならなければというのを第一義に考えて、子供は第二義的な扱いをしているように感じて仕方がありません。やはり親は、こんなことは私の口からもう申すまでもありませんが、自分の楽しみはこれはもう二の次にして、子供の幸せ、これをまず第一義に考えるべきです。  学校のほうでは家庭教育学級とか、あるいは、授業参観の後の学級懇談、あるいは全体の教育講演会などをたびたび計画をするわけです。しかし、そういう場に出席していただける人は少ないです。また参加していただける人は、ふだんそういうことを勉強されている方か、考えておられる方、悩んでおられる方でありまして、本来、参加していただきたい人には参加していただけません。  そういう親を持った子たちを学校はどういうふうにして育てていくか。学校では、親ができないからいたし方ないんだというのではなく、親のできない分も含めてというか、親ができるできない部分を含めて子供たちをどのように養育していくか、これを考えなければならない。それで情操面において音楽、読書、それからもう一つは、やはり厳しいしつけというところも忘れてはならないと思っております。  子供たちはやはり純粋ですから、学校の教員側、教師側のやはり考え方あるいはしつけの仕方によってある程度どうにでもなると思います。  返事はきちっとする、それから、集会・朝会等のときにはやはりきちっと立たせる。 もっと胸を張って堂々と歩きなさい、前かがみになって歩いてはいけないということしつけとし徹底していこうと思っています。  ところで10時になってもまだ外へ親が子供を連れ出して歌を歌いに行ったりしているというのを聴きましたが、これはもう私も現に目撃をいたしました。10時を過ぎているのにお
  • 日本 子ども 保育 女性 企業 子供 文化 地域
  • 全体公開 2007/12/14
  • 閲覧(2,867)
  • インターネット教育
  •  今、世界中で情報化が進んでいます。インターネットを使って、家にいながら世界中の情報をホームページから手に入れられたり、電子メールでいろいろな人と情報のやりとりができるようになりました。今後ますますこのような動きはどんどん進んでいくでしょう。そうなると、インターネットが使えるとことや、情報活用能力はこれからの社会で必要な力となっていきます。  「情報活用能力」とは情報をじょうずにあつかえるようになることのことです。しかし、あくまで情報そのものをじょうずにあつかうことで、コンピュータなどの機器をじょうずにあつかうことではありません。つまり、必要な情報を本やインターネットなどの情報手段を使って集めたり、情報をまとめたり、相手に自分の考え(情報)をじょうずに伝えたりする力を身につけなければいけないのです。  学校の中にはインターネットが急速に整備されています。2001年度までにすべての公立学校がインターネットに接続されることになっており、2005年までにはすべての普通教室からインターネットに接続できるように計画されています。そうなると、すべての学級、すべての授業でインターネットが利用でき、子供たちにとってインターネットが当たり前の存在になってきます。  このように学校のIT化が進んでい目的は、子供たちに情報活用能力を身につけさせ、将来の情報格差をなくし情報化社会の中で活躍できる人材を育成することなのです。  これまで学校でコンピュータを使った学習は、子供たちに操作を覚えさせることが目的とすることを情報教育だという間違った考え方が一部の教育関係者の間にありました。また、算数の時間に計算問題がコンピュータの画面に次々に現れ、子供たちが答えていくといった使い方がありますが、このように子供たちが情報そのものをあつかうような学習に使っていない場合も情報教育に含めて考えられていました。
  • レポート 教育学 教育 インターネット 情報
  • 550 販売中 2006/01/14
  • 閲覧(1,963)
  • 教育相談のありかた
  •  近年、臨床教育の必要性が重要視されているが、教師はカウンセリングの基本的な考え方や方法、知識などを踏まえた上で、教師として教師にしか出来ない臨床教育を行っていくべきである。教師が行う学校カウンセングは、その子にはその子なりの「心のテーマ」があり、それを一緒に探求し、その子の心の居場所を一緒に探すように進めるべきである。そのために教師は、日々一般的な技術や方法論などを学ぶとともに、学校内部やスクールカウンセラー・家庭・地域などとの連携を強化し、学校内外の生徒の生活全般に渡って密接な関係を築き、「その子なりの個性」を理解できるようにしなければならない。
  • レポート 教育学 臨床教育 教師 カウンセリング 生徒指導 教科指導
  • 550 販売中 2006/03/07
  • 閲覧(1,571)
  • セクソロジー教育の研究
  • セクソロジー教育の研究 レポート2  今回、先生の講義を受けて、今まで考えたこともなかった「障害を持つ方々への性教育」という概念について知り、いくつかの事例から性教育の学校への導入時期や方法について考えることができたのは、とても有意義でした。授業で紹介されたことがらや、そこから考えたことについてまとめ、今後、日本の性教育がどのように変わっていけばいいのかについて考えたことを述べようと思います。 1.七生養護学校での性教育から考えたこと  2003年、東京都の七生養護学校で、模型を使った性教育を行っていた先生が“模型を使うのは過激すぎる”と東京都から指導され、同校の校長も降格処分されたことを授業で聞いた時は、日本の性に関する考えへのタブー感を改めて感じ、悲しくなりました。 この事件についての話を聞いたあと、先生から障害者の自慰行為などについて考えるための質問がいくつかありましたが、人は皆、性欲を持ち、それは障害の有無に関わらず同じだということ、そして障害者を持つ方だからこそきちんとした教育により性に関する意識を高めていかなければいけないのだ、ということをますます感じました。 現代社会では、性の情報が氾濫しています。自らの性がいかに守られるべきか、自己決定力をつけるための知識も持たず、性の商品化に巻き込まれる子どもが健常者である私たちの中にもいます。性交年齢の低年齢化、性感染症の蔓延、性被害・加害、性搾取の実情など、子どもたちの性を巡る事態は深刻です。このような状況の中で、子どもたちに性の情報を与えないように垣根を作ることは、今の時代ではもはや不可能だと思います。情報の受け手に適切な判断能力を備えさせることで、有害情報から自己を守るようにするしかありません。薬物については、国民にその害を知らせ、子どもたちにも「覚醒剤の害」を教え、たばこの害についても、真っ黒になった肺の写真などを保健室の前に貼ったりしています。「性に関して教えるのは寝た子を起こすから止めたほうがいい」という理論で考えてみると、このように酒や薬物、たばこについての情報を子供たちに提供していくことは、それらへの子どもの関心を高め、法を犯す子どもが出てくることに繋がってはいかないでしょうか。なぜ、性に関してだけ、その意味を科学的に知らせることができないのでしょうか。子どもたちの疑問に応えず、視野から隠そうとするのはやはりおかしいと思います。  このように性をタブーとする既成観念が日本にはあります。性について人の前でおおっぴらに語ることは、少しとはいえ後ろめたさを感じてしまう人がほとんどではないかと思います。既婚男性ははばかることが賢明でしょうが、未婚の男性が、風俗みたいなものに行くのにも人目を気にしてしまう、そんな世の中です。日本は性についてかなり閉鎖的だと思います。  そのことが、親や学校を含めた日本の子どもへの性教育にかなり影響を及ぼしていると思います。 幼いながらの好奇心で、親に性に関する質問をする子どもは少なくないでしょう。「私はどこからきたの?」「お父さんにはペニスがあるけどお母さんにないのはなぜ?」など、例をあげればきりがないでしょう。性の概念がない子どもにとっては、しょうがないことだと思います。僕は、小さい頃から、子どもに体や性に関する認識をつくっていくことは、軽んじてはいけないことだと思います。子どもは、小さい頃から、自分で自分のことを発見し、さまざまな概念を勉強し、その中で自分の体についても認識をします。親の教育によって知識を深めます。多くの親たちは、手や足、顔などの体
  • レポート 教育学 セクソロジー 障害者 教育
  • 550 販売中 2007/02/16
  • 閲覧(1,539)
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