日本最大のレポートサイト HAPPYCAMPUS

検索オプション
  • 私のホーム
  • 私の資料
  • 私のMEMO
  • 資料広場
  • アップロード

連関資料 :: レポート

資料:8,656件

  • イスラエル王国史レポート
  • イスラエル王国史レポート 王国史の資料と内容 申命記派歴史家が“王国史”を記す際、用いた資料・伝承 a「イスラエルの王の歴代志の書(列上14:19)」「ユダの王の歴代志の書(14:29)」   ――イスラエル王国とユダ王国の宮廷で編纂された編年記を資料として作成された歴史書  *列王記に記録された事件以外の各王の事績について、これらの歴史書を参照するよう著者は読者に勧めている(14:19,29)  b各預言者サークルで形成された伝承  ・北王国エリヤ・エリシャ伝承/南王国イザヤ伝承/神殿記録を用いて作成された祭司的資料 シンクロニズム 南北両王国の王に関する記述を交互に配列する方法によって、両王国の歴史を対観的に叙述 年代的枠組 ・各王の治世年数と両国のシンクロニズムが南北両王国の年代的枠組を設定する主要なデータである。 ――しかし年数を単純に加算しても、整合的クロノロジーは成立しない 整合的クロノロジーを得るための四つの問題 1、列王記自身の矛盾 2、列王記と歴代志の記録の食い違い 3、南北両王国間のシンクロニズムに矛盾 4、王国の絶対年を決定するアッシリア・バビロニアの記録と旧約資
  • レポート 旧約聖書 イスラエル王国 聖書学 列王記
  • 550 販売中 2006/11/13
  • 閲覧(2,218)
  • 心理学実験レポート
  • 1)実験方法 左図のように,黄色の紙の中心に十字を書き,十字を残して半分を灰色の紙で覆う.被験者は黄色の紙の中心に書かれた十字を40秒間見つめる.その後、被験者が十字を見つめたままの状態で灰色の紙を取り外す.灰色の紙で覆われていた部分はどう見えるか. 2)実験結果 灰色の紙で覆われていた部分は,覆われていなかった部分よりもやや明るく見えた.しばらくすると,全体が同じ色に見えるようになった.3)考察
  • レポート 心理学 色彩 認知 情報 脳 実験
  • 550 販売中 2006/08/19
  • 閲覧(4,899)
  • 英文学史レポート
  • 今回『オセロー』を読み、考え思ったことを書こうと思う。 ここでは何故オセローはイアーゴーを信じ、デズデモーナを殺害してしまったのかについて考えてみる。 オセローがデズデモーナを疑った理由として、主に「嫉妬」と「オセローのコンプレックス」というものが挙げられる。これらについて違いを明確にしていきたいと思う。 一般的に、嫉妬というものは直接的に相手への疑念に転化される。例えば、自分の付き合っている女性が他の男性と仲良くしていたとしよう。そのとき自分は、「何でアイツは自分の彼女と仲良くしているのか」という“嫉妬”を持つ。しかし、この“嫉妬”は、「もしかしたら彼女は、アイツに気があるのではないか」という“疑念”に発展する。この事に関してみな経験のあることではないだろうか。ある意味ではこの“疑念”も“嫉妬”の一部と言えるかもしれないが、ここではあえて分離して考えていきたい。 また、嫉妬と自身のコンプレックスも明確には分離しがたい。一般的にコンプレックスが嫉妬の原因となる場合が非常に多いと思われるからである。例えば、自分の恋人が浮気をしたとしよう。そのとき自分は何を考えるだろうか。ある人は恋人の性向を一方的に責めるかもしれない。自分に何の欠落した点がないような完全超人や、自己を省みるような殊勝な心を持ち合わせていない人はこのように振舞うだろう。 しかしながら、「自分がこうだったから相手が浮気をしたのではないか」と考える人が圧倒的多数なのではないだろうか。恋人は自分のここが嫌になったのではないか、あのような行動が不味かったのではないだろうか、考えて出てくる答えはそれこそ星の数ほどあるだろう。それも当然のことである。後でも述べるが、これは自身の頭で考えていることであり、答えなど出るはずもないからである。そのようにして見えてくる自分の落ち度、つまりそれがコンプレックスである。コンプレックスの認識の段階で嫉妬という感情が原因になるので、これもまた明確に分離できるものではないかもしれない。しかしここではそれらが違った性質を持ったもの考え、きっちりと区別して考えていきたい。 ここで一旦要旨を整理しよう。オセローはデズデモーナに対しての“疑念”を抱いたわけだが、その理由をオセローの“嫉妬”と“コンプレックス”として考える。そしてその“嫉妬”と“コンプレックス”どのようなものであったために、“疑念”がデズデモーナを殺害するまでの憎しみに変化してしまったのかを考えていきたい。 では早速本論に入っていきたい。まず最初に先程も述べたように、オセローの“嫉妬”と“コンプレックス”の性質の違いについて考えを述べる。 私はこの両者を「他の男性に向けての嫉妬」と「自己の醜さの認識ゆえのコンプレックス」として考えるのが適切ではないかと思う。噛み砕いて説明すると、“嫉妬”というものを自分から外へ向くベクトルを持った負の感情であるとし、“コンプレックス”を自分の内へと向かっていくベクトルを持った負の感情であると考えるのである。 このようにそれぞれが正反対のベクトルを持った同じ性質の感情であると定義すると、面白い考察を得ることが出来る。つまり、この二つの感情が同時にオセローを苦しめたと考えるのである。そのようになったとき、オセローのデズデモーナに対する“疑念”が“憎しみ”へと変わってしまったのではないだろうか。以下でこの両者がどのようにオセローを苦しめたかを詳しく考えていく。 まず“嫉妬”について考えてみる。まず辞典でこの言葉がどのように定義されているのかを確認しておく。 嫉
  • オセロー シェイクスピア
  • 550 販売中 2007/11/13
  • 閲覧(2,426)
  • 同時計測レポートup
  • 物理学実験 第2章 同時計測 実験日:2007年11月21日(Wed) 回路入門 原子核物理や高エネルギー物理の実験に用いられる高速論理回路にはNIM(Nuclear Instrument Module Standard)規格という、1966年に原子力エネルギー委員会(AEC)で採用され世界に広まった標準規格が存在する。信号レベル・信号線・コネクター・電源・回路を収めるケース等についての標準規格で、これに従って製作された回路(NIM moduleと呼ぶ)は世界のどの研究所に持っていっても使用可能である。NIM規格では同軸ケーブルの特性インピーダンスは 50 Ωを使用することになっている。 実験 クロック信号発生器(Clock Generator) 概要 クロック信号発生器は論理(logic)パルスを発生させる回路である。ここではゲート・クロック信号発生器のクロック出力を使用する。出力端子は出力パルスに合わせて多数あるが、ここでは一番右下の端子を使った。この端子はTTLパルス発生し、そのON・OFFレベルの時間幅(T1,T2)はそれぞれパネル上部に2段に並んだ2段のボタンで合わせる。これ
  • 2007年度物理学実験【同時計測】
  • 550 販売中 2008/09/18
  • 閲覧(1,803)
  • 倫理学演習レポート
  • 著者・相良氏自身がまえがきにおいて語るように、「日本人の心」は日常生活の中では全くと言ってよいほど意識の及ばない場所である。日本人をひとくくりにして、その心とはこういうものであると定義することは不可能なので、日本人の精神傾向について書かれた著作と見るのが妥当であろう。だが、それにも関わらず、この「日本人の心」という題名は強く日本人を惹き付けるのである。日本人とはいかなるものかという傾向を知ることによって、自らの生きる方向を探ろうとする気持ちが私たちの中に渦巻いているからではないだろうか。日本人として生きるためには、日本の習慣、儀礼など様々なものを自然に受け入れる必要性がある。「郷に入れば郷に従え」である。そのようなある種の制約の中で、日本人が追求しつづけたものは何か。守り続けてきたものは何か。三章では日本人は心情の純粋性・無私性を追求してきて、それが日本的な倫理の基本的な性格であると述べられている。 相良氏は『誠実と日本人』という著作の中で、母子道連れ心中と安楽死に日本人の「他者に対する誠実の欠落」を見ている。授業の中でも幾度か取りあげられたテーマであるが、十分な思考が出来ないまま自分の結論を求めたために、宙ぶらりんな状態のまま放置してしまっていたのでもう一度じっくり考え直してみようと思った。母子道連れ心中は、現代でも頻繁に起こっている事件である。それをテレビのニュースなり、新聞なりで知ったとき、私が一番初めに考えることは、母親はどんなに大きな悩みを抱えていたのだろうか、と言うことである。そしてその悩みが自分に耐えられるものではないと判断すれば、心中は妥当な選択であったと考えるだろうし、理解に苦しむものならば、子どもを不憫に思うだろう。つまり第三者は「自らの考え」もしくは「自ら」に対してのみ誠実なのである。 さて母子道連れ心中における問題は、母親が子どもを他者と見るか、見ないか、ということである。つまり「他者に対する誠実」の有無である。ほとんど全ての母親は子どもを「かわいい」と感じる。そして、彼、彼女に対し誠実であろうとする。自分が相手に対し誠実であれば、相手にとって必ずや良い結果になると信じているからである。このような場合、その誠実な行為がアリガタ迷惑になるということは全く想定されていないことがしばしばである。誠実な行為がアリガタ迷惑になるということは、結果的にその決断が母親自身に対してのみ誠実であったということである。子どもに対して誠実であろうとしても、最終的にその決断は自己満足の域を脱することはできない。  相良氏は、ルース・ベネディクトの『菊と刀』から日本人捕虜の誠実に関するエピソードを引いている。捕虜になった日本人はまず殺せというが、国際法上それはできないというと、やがて日本に対しての爆撃に協力し始めるというものである。相良氏はこの事例は「日本人の誠実には方向性がない」ということを示しているという。だがこれは誠実に方向性がある・ないの問題ではなくて、やはり個々が自身のなかで何に対して誠実であるかという問題である。この爆撃に協力した捕虜はアメリカ軍に対して誠実というより、自らの命に対して誠実であったといえよう。自らの信念に誠実なものであれば、最期まで「天皇万歳」と叫びながら自害するはずである。 誠実というのは古代においては清き明き心、更に正直を経て、近世の誠となった歴史を持っているが、現代における意味は「相手に一番良いように考え、行動すること」と考えて差し支えないと思う。誠実がこのような意味であるとすると、母親が子どもに対して誠実であろう
  • 《レポート》 相良亨「日本人の心」における武士道
  • 550 販売中 2007/12/07
  • 閲覧(3,791)
新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
写真のアップロード
一括アップロード
管理ツールで資料管理
資料の情報を統計で確認
資料を更新する
更新前の資料とは?
履歴を確認とは?