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連関資料 :: 教育について

資料:11,665件

  • 人権(同和)教育
  • 佛教大学のS0536人権(同和)教育のレポートです 2017年度に再提出したものですがA評価でした。 良かったらどうぞ。
  • 佛教大学
  • 550 販売中 2019/04/22
  • 閲覧(2,704)
  • セクソロジー教育の研究
  • セクソロジー教育の研究 レポート2  今回、先生の講義を受けて、今まで考えたこともなかった「障害を持つ方々への性教育」という概念について知り、いくつかの事例から性教育の学校への導入時期や方法について考えることができたのは、とても有意義でした。授業で紹介されたことがらや、そこから考えたことについてまとめ、今後、日本の性教育がどのように変わっていけばいいのかについて考えたことを述べようと思います。 1.七生養護学校での性教育から考えたこと  2003年、東京都の七生養護学校で、模型を使った性教育を行っていた先生が“模型を使うのは過激すぎる”と東京都から指導され、同校の校長も降格処分されたことを授業で聞いた時は、日本の性に関する考えへのタブー感を改めて感じ、悲しくなりました。 この事件についての話を聞いたあと、先生から障害者の自慰行為などについて考えるための質問がいくつかありましたが、人は皆、性欲を持ち、それは障害の有無に関わらず同じだということ、そして障害者を持つ方だからこそきちんとした教育により性に関する意識を高めていかなければいけないのだ、ということをますます感じました。 現代社会では、性の情報が氾濫しています。自らの性がいかに守られるべきか、自己決定力をつけるための知識も持たず、性の商品化に巻き込まれる子どもが健常者である私たちの中にもいます。性交年齢の低年齢化、性感染症の蔓延、性被害・加害、性搾取の実情など、子どもたちの性を巡る事態は深刻です。このような状況の中で、子どもたちに性の情報を与えないように垣根を作ることは、今の時代ではもはや不可能だと思います。情報の受け手に適切な判断能力を備えさせることで、有害情報から自己を守るようにするしかありません。薬物については、国民にその害を知らせ、子どもたちにも「覚醒剤の害」を教え、たばこの害についても、真っ黒になった肺の写真などを保健室の前に貼ったりしています。「性に関して教えるのは寝た子を起こすから止めたほうがいい」という理論で考えてみると、このように酒や薬物、たばこについての情報を子供たちに提供していくことは、それらへの子どもの関心を高め、法を犯す子どもが出てくることに繋がってはいかないでしょうか。なぜ、性に関してだけ、その意味を科学的に知らせることができないのでしょうか。子どもたちの疑問に応えず、視野から隠そうとするのはやはりおかしいと思います。  このように性をタブーとする既成観念が日本にはあります。性について人の前でおおっぴらに語ることは、少しとはいえ後ろめたさを感じてしまう人がほとんどではないかと思います。既婚男性ははばかることが賢明でしょうが、未婚の男性が、風俗みたいなものに行くのにも人目を気にしてしまう、そんな世の中です。日本は性についてかなり閉鎖的だと思います。  そのことが、親や学校を含めた日本の子どもへの性教育にかなり影響を及ぼしていると思います。 幼いながらの好奇心で、親に性に関する質問をする子どもは少なくないでしょう。「私はどこからきたの?」「お父さんにはペニスがあるけどお母さんにないのはなぜ?」など、例をあげればきりがないでしょう。性の概念がない子どもにとっては、しょうがないことだと思います。僕は、小さい頃から、子どもに体や性に関する認識をつくっていくことは、軽んじてはいけないことだと思います。子どもは、小さい頃から、自分で自分のことを発見し、さまざまな概念を勉強し、その中で自分の体についても認識をします。親の教育によって知識を深めます。多くの親たちは、手や足、顔などの体
  • レポート 教育学 セクソロジー 障害者 教育
  • 550 販売中 2007/02/16
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  • 人権同和教育
  • 戦後の同和教育史を概括し、同和(人権)教育の意義と学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方を論述せよ。 同和問題に対して国が配慮をするようになったのは1932年のことであった。当時の文部省が融和対策として、農業恐慌によって貧窮を極めていた、被差別部落の農民を救済するための施策を行ったのが始まりである。しかし、戦争によって全ての教育が軍事主義に染められ、同和教育もまたその中に埋没していく運命をたどったのである。 戦後になると、いちはやく心ある教師らによって同和教育は、自主的な教育活動として取り組まれた。そして1946年、非民主的な同和問題、封建制の残害ともいうべき同和問題を解決し、明朗民主日本を建設しようという決意のもと、京都府同和教育研究会が結成された。そして続いて滋賀県、奈良県、岡山県でもそれぞれ同和教育研究会が発足した。しかし1951年、京都市で起こったオールロマンス差別事件によって、同和問題への行政の責任が激しく問われ、それまでの同和教育も、精神面を強調した取り組みから、部落の子どもたちや親が置かれている教育環境や教育条件の実態が問われるようになった。 その結果、先進的な地方自治体の教育委員会によって同和地区住民の子弟や女性を対象とした様々な取り組みが行われるようになっていった。そして教育現場では、度重なる差別事件により部落の子どもや親の置かれている教育環境の実態が明らかになり、それぞれの教育委員会においても、よりいっそう劣悪な実態解消を目指す具体的施策や事業が展開されるようになった。このように戦後の同和教育は、自主的な教育活動として地道に取り組まれてきており、同和教育研究会の組織も全国的な規模にまで達している。しかし、それをもって同和教育の発展とみなすことはできない。 なぜなら同和教育は実践に結びついた教育活動で無ければならないからである。どれほど同和問題についての知識や理論を深めたとしても、それが日常の生活に結びつかない、つまり、実際の行動として実践できない限り意味をなさないのである。したがって同和教育はとは、学んだ反差別の知識を実践化・行動化できるまでに高めることを重視した教育活動でなければならないのである。  学校で行われる同和教育の目的は、同和問題の解決にむけて考えることで児童の人格形成に大きな役割を果たすものと考えられている。同和問題は、日本における民主主義の確立の基礎的な課題であり、社会に今なお根強く残っている不合理な部落差別を撤廃し、人権尊重の精神を育てることが求められている。 今日の学校における同和教育には、大きく分けて3つの課題が存在している。まず1つ目の課題として挙げられるのは、反差別の思想が言葉や知識の上だけの理解にとどまっていて、行動化できるまでには高まっていないことである。そのため差別をしてはいけない、差別は悪いことだと頭では分かっていても、差別の現実に直面すると差別を許さないとする行動が取れないのである。ただ差別はいけないと教えるだけではなく、差別をされている実状を知り、差別される側の気持ちになって自分自身のこととして考えることが重要である。そうした心の教育が今日求められている。 2つ目の課題は、同和教育の学習内容および学習方法が子どもの発達段階に適合して実践されているかどうかである。ほとんどの同和教育の授業は、部落差別に関する映画やビデオの鑑賞、プリント学習、そしてそれらを教材としたグループ討論や感想文の作成など、パターン化されたものになっているそうだ。 私自身が受けた小学校や中学校の頃の同和教育の授
  • レポート 教育学 教育 人権 同和
  • 550 販売中 2007/08/02
  • 閲覧(2,826)
  • 教育原論1
  • 『ペスタロッチーの教育学(直観の原理など) について考察せよ』  ペスタロッチーはスイスの大教育者であり、近代教育の父である。教育実践と思想は、ルソーや他の啓蒙思想家に影響を受けた深い人間愛・ヒューマニズムに立脚している。その生涯とはどのようなものだったのだろうか。1746年にチューリッヒに生まれ、父を早くに失い、兄妹とともに母と家政婦によって育てられた。幼少期に女性によって育てられたことによって、後年教育における女性の重要性を説いたことに大きく影響していると考えられる。牧師であり、貧しい人々の救済のために働いていた祖父の影響を受け、宗教的信仰を以て救済事業にあたることを生涯の使命とした。1763年大学入学のはじめに神学を学んだが、貧民救済の為には宗教ではなく法学を学ぶことが重要と悟り、法学も学んだ。1769年農業改革による人々の救済を目指して荒地を耕して殖産興業を志し、1771年農園「ノイホーフ」を開くも経営に失敗する。1774年には困窮のなか、貧しい家の子供や孤児のための学校・貧民院を設立するが、経済上の理由で閉鎖されてしまう。このときの教育実践を新聞紙上で紹介し、『隠者の夕暮れ』(1780年)、『リーンハルトとゲルトルート』(1781年)の二作品が世間で好評を得る。ここから彼の教育的省察が始まったのであった。  ペスタロッチーもルソーと同様に、子どもは将来発展する素質が備わっており、この素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育であり、そのために教育者は子どもの内的本性が自ら実現していくことに専念しなければならないし、逆に子どもの内的本性に備わっていないものを、外部から注入することは教育にふさわしくないと考えていた。子どもの本性は白紙ではなく、既に将来成長する能力を有しているのであり、この能力を自然に即した形で伸ばしていくことが重要であり、ペスタロッチーはこの教育観を「有機的・発生的」と呼んでいた。子どもの内的素質を重視するという点で「有機的」であり、また自発的な成長を促している点で「発生的」でもあるのだ。またペスタロッチーは『探求』(1797)において、人間性を自然的、社会的、道徳的という三段階の区別を立て、我欲が完全に抑えられ、人間性が完全に達成される道徳的状態に達することができると説き、ここでも人間を自然な形で道徳的状態にもたらすことが教育の目的と考えられている。  またペスタロッチーは「直観の原理」を教育方法の重要な柱として考えている。直観は全ての認識の基礎であるので、教育方法はまず直観的でなくてはならないとされる。しかし、直観において認識したものはまだ曖昧であり、直観を分離・結合して秩序を与え、明晰判明な概念まで高められることが求められる。  さらにペスタロッチーは直観が三つの根本的要素から成り立っていることを発見し、その三要素の基礎的部分を学習することが重要であるとした。調和的に発達した人間が持っている頭と心と手が調和を保っている人間の形成にあり、つまり知育と徳育と技術・体育であり、知力の形成においては「数と形と語」が基本的要素をなし、その結合体としての思考を錬磨する術を探求した。この「数と形と語」が直観の三基本要素であり、ペスタロッチーの基本陶冶の「直観のABC」である。「心」の形成については、親心・子心を軸として愛と信仰による道徳的法則に至る道を示した。「手」の形成にあたっては、労働を重視し、こどもは生活の資を確保する技術を習得するだけでなく、基本的テーゼに「生活が教育・陶冶する」 とあるように、基本的な動作を繰り返
  • 子ども 女性 人間 思想 家庭 自然 ペスタロッチ 技術 影響
  • 550 販売中 2007/11/09
  • 閲覧(2,882)
  • 教育実習に期待すること
  • 教育実習は、教育職員免許法第6条に規定されている必須科目である。それは一定期間、教育の場での実地体験をとおして、教師として必要な知識、技能、態度、心構えなどを修得するために行われるものである。私は今春、母校の高校に教育実習に行く予定である。その来たる教育実習に私が期待することについて述べていく。 教育実習は、教育現場における教育の実際を観察し、また体験し,さらに経験や体験を積むことにより、教育の意義についての体験的認識と理解を深め、教師としてのあり方を学ぶことが目標である。すなわち、大学での学問研究の成果を、教育の実践的体験を通じて主体的に再構成し、教育現場に適用させることにその目的がある。大学における学問研究では修得することのできない教育の実際を、生徒との全身的接触のなかで啓発的経験活動を通じて修得するとともに、プロの教師である教育実習指導教員による指導を通じて実践的指導力の初歩を修得することが期待されている。また、これらの活動をとおして、教育実践への限りない意欲や情熱をわきたたせる機会でもある。 この教育実習に私が母校の高校を選んだのには理由がある。それは私の尊敬する先生方がいるということである。私は中学生のとき数学が苦手で、どう考えてもまったく理解ができなかった。
  • レポート 教育学 教育実習 教員免許 教師
  • 550 販売中 2006/04/26
  • 閲覧(8,860)
  • 学校・教育の原義
  • 教育はいつ始まったのだろうか?教育とはあらゆる文化活動につきものである、文化活動の始まりをはっきりさせるのは至難の技であるから、教育の始まりも正確なところはわからない。初期に近い教育関連の事例として、ソクラテスの問答法、プラトンのアカデメイア、アリストテレスのリュケイオンがあげられる。中世のヨーロッパでは、ギルド内の職人教育(いわゆる徒弟制度)が行われていた、職業(社会活動)と教育が直結していたのだ。
  • レポート 教育学 コメニウス 原義 教育 教育課程 カリキュラム
  • 550 販売中 2006/05/14
  • 閲覧(2,197)
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