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連関資料 :: 問題

資料:1,330件

  • 授業の中の学力問題
  • 収録誌 日本教育学会大会発表要旨集録 Vol.66(20070821) pp. 134-135 日本教育学会 書誌情報 授業の中の学力問題(12-【B】学力問題-その後の展開,1 一般研究発表I,発表要旨) 石井 英真 1 1京都大学 資料提供先: http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN10225682/ISS0000413248_jp.html
  • 全体公開 2008/01/02
  • 閲覧(1,166)
  • 伏見憲明 『欲望問題
  • 伏見憲明 『欲望問題』  「欲望」という言葉に、私はある種の懐かしさを感じる。1980年代後半の、日本のポストモダニズム華やかなりし頃、元ネタはジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリの『アンチ・オイディプス』か、ジャン・ボードリヤールの消費社会論だったと思うが、いわゆる「ニューアカデミズム」の論壇に一時期あふれかえり、消えた言葉として記憶の片隅に残っていたのが、突如呼び覚まされた気がする。 その時代もアメリカはレーガン・ブッシュ(父)の共和党政権、日本は中曽根政権という布陣だったし、この時期すでに差別糾弾型の人権運動には、一般からは共感よりは猜疑の目が向けられていたわけだから、ちょっとした既視感を感じるのは偶然ではないのだろう。でも、そういった時代背景の相似性よりは、このまだごく近過去といえる時代から今日に至るまで、われわれは当時と異なる視座なり方法論を獲得することに失敗してきたのか、それを見極める素材として、私は本書に惹かれたのだ。すなわち、「クィア」をめぐる言説、これはジェンダーやセクシュアリティに関するポストモダニズムと言い換えてもよい、が、なぜ今まで空回りしてきたのか、ということについての例として。註1  冒頭の一節、「少年愛者の痛み」は感動的ですらある。小児愛者「治療」の推進を説く針間克己医師に対して、かつては同じく治療の対象でしかなかった同性愛者としての立場から、小児を愛する行為を禁止すること自体は正当だとしても、「どこか後ろめたさのような感情が拭えない」と記し、「LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)と総称される運動の当事者に、小児愛者は白々しいほどに想定されていない」という伏見氏の言葉には、アウトローな者への共感があふれている。これは、いわゆる性的マイノリティの中で、政治的にある程度組織できたカテゴリ、あるいはマジョリティに対してある程度の折り合いをつけられたカテゴリは、ある程度社会において顕在化することを許されるし、ある程度権利を主張することもできる。一方、そこから外れる者は、逆にアウトロー化される結果を招くような「運動」に対する、つとめて反省的な態度表明のようにも読める。  しかし、伏見氏はジェンダーについては一転、態度を翻す。「欲望」はジェンダー・カテゴリが存在することに*よって*生まれるのであり、ジェンダーを無くすことを指向する「ジェンダーフリー」運動を「不可解」であると切り捨てる。そして、伏見氏はジェンダーフリーにまつわる混乱を、「理論と生活感覚の摩擦」であるとし、後者をほぼ無条件に肯定する態度に出る。すなわち、ジェンダーを無くすことは恋愛やファッションや芸術を一切無くすことであるとする。  なるほど、ステレオタイプ化されたジェンダーフリー論を根拠にすれば、そういう結論も可能である。しかし、性愛はジェンダー・カテゴリによって*のみ*生まれるわけではない。前述少年愛についてもそうであるが、SMやさまざまなフェティシズムを例にあげるまでもなく、ジェンダーによらない性愛はいくらでもある。多様なジェンダーやセクシュアリティが抑圧されることなく、その存在を肯定されるには、異性愛だけが奨励され、二元的な性別観だけが奨励される「生活感覚」を、いくらかでも改める必要がある。伏見氏はなぜジェンダーに関しては矛盾した態度をとるのであろうか。註2  同様の議論は、ゲイ・アイデンティティをめぐっても展開される。伏見氏は、初期の頃は「ゲイというカテゴリ化からの解放が望ましいと考えていました」と語る。しかし、現時点ではそ
  • 全体公開 2007/12/21
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  • スポーツ論入門問題
  • スポーツ論入門 1 水質汚染の指標の一つである、BODについて記述しなさい。   水の汚染度、水質を表すためにDO、BOD、CODという単位が用いられている。そのうちの1つであるBODとは、生物化学的酸素要求量のことであり、海水中で汚染物質が微生物によって無機性酸化物とガスとに分解し、安定化される時に必要な酸素量のことで、ppmで表す。この値が大きいほど、その水中の汚染物質が多く、その水質が汚濁していることを意味する。 なお、正確には、バクテリアが一定時間内、水中の有機物を酸化分解させて浄化するのに消費される酸素の量をppmで表した数である。一般河川に魚が住める汚濁の限度は5ppmで、10ppm以上になると、魚は異臭を放つ。水質汚濁の環境基準では、簡易水道用水のBODは1ppm以下となっている。 2 運動にともなう人体の酸素負債とその消費とについて記述しなさい。 5月午後   人が生きてゆくためには、細胞が消費するエネルギーの発生に酸素が必要である。通常は呼吸によって、外気から酸素を摂取している。しかし、身体運動を行うと、多くの酸素が必要になってくる。ここで、ある運動を行って旧態に回復するまでの全過程において消費する酸素量を、その運動に対する酸素需要量という。 運動時には筋収縮のために発生した乳酸を酸化するため、多くの酸素が必要であるが、軽度の運動では、乳酸の酸化は運動中にも行われるが、強度の運動の場合は、運動中に酸化しきれない乳酸が蓄積されていき、運動を終えた後にも引き続いて激しく酸素をとり、乳酸を処理する。これを酸素負債と呼ぶ。すなわち、運動中における酸素需要量と、その間に摂取した酸素の量との差が酸素負債である。 3 心臓、瞳孔、胃腸壁に対する交感神経、副交感神経の働きについて記述しなさい。   自律神経系の働きは、興奮の刺激を伝達する交感神経と、興奮を抑制する指令を伝達する副交感神経からなる。この両神経は常に一定の緊張状態を保っているが、互いに相反する作用を持っているので、その興奮状態の差によって一方の神経の作用としての働きが生まれる。両神経が正しいバランスを保つことは、健康維持のために重要なことである。  交感神経は主に内臓や皮膚などに広く分布し、生体を活動的に支配する働きをしている。つまり、激しい運動などをした時に活性化する。交感神経が活性化している時、心臓は血圧や心拍数が上がり、瞳孔は散大する。また、胃液の分泌は減少し、胃腸壁の粘膜に血液が行渡りにくくなるため、粘膜が弱くなる。 副交感神経は呼吸器、消化器、循環器などを支配し、心臓に対しては抑制的に、胃腸の運動に対しては促進的に作用し、また瞳孔縮小などを司る働きをしている。 4 人の動作がなされたときの協同筋と拮抗筋との係わり合いについて記述しなさい。  ひとつの方向への運動は、いくつかの主動筋とそれに協力的に働く協同筋の働きで行われる。またひとつの間接で、その動きと反対方向への運動にも働くいくつかの筋が必ず対応している。これらの筋を前の協同筋に対して、拮抗筋という。  例えば、肘をまげるためのいくつかの協同筋に対して、肘を伸ばすための筋が拮抗筋であり、逆に肘を伸ばす動作から言えば、肘を伸ばすための筋が協同筋であるのに対し、まげるための筋群が拮抗筋である。また、非常にすみやかに一方に動く時には、協同筋はどれもすみやかに収縮し、拮抗筋はすみやかに脱力し、ゆるやかに動かす時には協同筋は段々に収縮し、それに調子を合わせて拮抗筋は適度に緊張しつつ段々に脱力していくのである。なお、間接を動
  • 佛教大学 通信 科目最終試験 問題 解答
  • 1,100 販売中 2008/01/18
  • 閲覧(2,540)
  • 大学生の学力低下問題について
  •  学生の学力低下の象徴として、大学生の2割が簡単な分数計算もできないことをあげている。しかし、この調査結果は信頼性があるのか疑問である。なぜならば、ケアレスミスをする確率を補正してあるのか。また、小、中、高校生、社会人にも同じ問題を出したのか。もし小中高と学年が上がるに連れて間違える割合が減っているならば、これは教育の成果とも言えるだろう。  また、分数計算ができるかできないかというのが学力を図る試金石となり得るかどうか疑問である。確かに分数計算は簡単な計算であり、通分などの方法を覚えれば簡単にできる。しかし、分数という世界の概念を知っている人はどれだけいるのだろうか。  例えば、1/5÷3/4 で、なぜ3/4をひっくり返してかけるのかを正確に説明できる人はどれだけいるのかということである。
  • レポート 教育学 大学生 学力低下 分数
  • 550 販売中 2006/01/11
  • 閲覧(3,421)
  • 憲法改正問題の変遷
  • 憲法改正問題の変遷 現行の日本国憲法は、1946(昭和21)年11月3日に公布され、47年5月3日に発効した。それから半世紀を超える歳月が流れたが、一度も改正されないまま今日に至っている。この点は、同じ第二次世界大戦の敗戦国ドイツが、社会情勢の変化に対応して、40回以上も憲法(ドイツ基本法)を改正してきたのと対照的である。実は、1889(明治22)年に公布された大日本帝国憲法も1946年10月の帝国議会で日本国憲法として全面改正されるまでの57年間、一度も改正されていない。日本では、戦前から憲法を「不磨の大典」として押しいただく傾向が強いのである。  
  • 日本国憲法 九条 安全保障 日本 アメリカ 鳩山一郎 吉田茂 自衛隊 押しつけ憲法 政治学
  • 550 販売中 2008/02/18
  • 閲覧(2,183)
  • 教育心理学問題
  • 1.知能および創造性について、それぞれの概念を明らかにし、またその違いを説明せよ。  知能とはなにか。よく言われるような頭が良いとか賢いという話では、学校における成績も関係しているようだが、もっと広い精神的機能を意味する場合が多い。そこでは、時には知識量であったり、また時には推理力や適応能力について言っている場合もある。  学者は様々な説を
  • 佛教大学 通信 科目最終試験 教育心理学 問題と解答
  • 550 販売中 2008/03/03
  • 閲覧(3,132)
  • 日本の地域社会の問題について
  • 工業化とは、産業革命以来の工業の発展によってもたらされた、様々な社会の変動をいう。伝統的社会では、牛馬のような生物的動カに頼り、比較的低度な技術により生産が行なわれていたが、近代社会では化石燃料や電力による機械的動力と高度な技術を用いて生産が行なわれるようになった。生産は分業により能率よく行なわれ、商品は市場にて売買される。活動も第1次産業〜第2・3次産業へ移り、農業も家業だけでなく産業として経営されるようになった。以上のような変動を工業化あるいは産業化と呼ぶ。 。
  • レポート 福祉学 日本 地域社会 問題
  • 5,500 販売中 2006/01/14
  • 閲覧(4,127)
  • 現代の子どもに起きている問題
  • 始めに  「子供と自然」には霊長類の進化や、生態の研究から、現代の子供たちや家族環境について多くのことが書かれていた。現代の子供たちの問題と最も関係していることは家族であろう。子供が一番深く人間関係を結ぶのは親であり、その子の将来を方向づけるのに影響を及ぼす上でもそうであろう。また教育も子供の人格形成において多大な影響を持っている。そこでこの本から学んだことから、家族関係と教育に関する現代の子供たちの問題について考えていこうと思う。 家族関係  まず、家族制度について考える必要がある。戦前、男は夫、父親、戸主としての三つのステータスを担い、法的・社会的に男性優位社会が築かれていた。ところが、戦後アメリカの占領下において、民主主義が強力に進められていった結果男女同権という画期的な方策の下に、従来の家族制度は崩壊してしまった。そして新しい家族の作り方は個人次第となったのである。欧米の家族モデルなども参考にされたが、個人主義も弱く、従来の家族制度が色濃く残る中、所詮それは参考程度であり、家族の理想的な姿の模索が続いたのである。  戦後の苦しい時代を乗り越え、高度成長期を経て、日本は驚異的な経済成長を成し遂げたのである。その間、女性の解放はどんどん進んでいき、社会への進出も積極的に行われていった。その一方男性は父親として、経済的に家族を支えるために忙しく、育児や教育は母親まかせとなった。  家族形態の変化において、最も大きな変化は核家族化と少子化であろう。子供が一人か二人でしかも余暇時間をたっぷり持つようになった母親はそのエネルギーを子供の保護活用につぎ込むことになる。それが行き過ぎた現象が過保護というものである。昨今自発的に細かい行動ができない子供が現れたといわれる。こういう子供は幼時から母親が身の回りのことを何でもしてくれるがために、自発性が乏しい。
  • レポート 教育学 教育 子ども 教育問題
  • 550 販売中 2006/01/24
  • 閲覧(8,896)
  • 博物館、美術館における「資料」の問題について
  •  博物館は専門領域とする範囲内の数多くの博物館資料を基盤とし、各博物館が収蔵する独自の資料を媒介とする社会教育機関であることはいうまでもない。伝達者である学芸員の研究成果は直ちに一般の人たちの知的財産になるのであるから、影響力が大きく重大な責任感が要求される。その中で、1つの博物館資料には1つしか情報がないと思われがちな問題がある。1つの資料には様々な情報を包含しているというのを、一般の人たちに理解してもらうのは重要なことではないだろうか。  博物館資料と一言にいっても、そこには考古学資料・歴史資料・文献資料・民俗資料・美術資料などをはじめとする人文系資料や、動物資料・植物資料・地学飼料などの自然系資料と、各博物館がそれぞれの専門領域とする範囲内で多岐に及ぶ資料が介在し合っている。これらの各学問分野の資料は、博物館に収蔵されることにより一般に博物館資料と呼ばれるものとなり、博物館に収蔵された考古学資料は博物館資料と認識されることとなる。しかし、ここで確認しなければならない点は、博物館に収蔵された資料の具体的状況であって、ただ単に博物館にあるから博物館資料との名に値するものでないことだ。つまり、まずその博物館の収集の理念の基づき収蔵された資料であり、さらに博物館の展示、研究、保存、といった主な機能に積極的に関与した資料が博物館資料であると考えられるとこらから、博物館とは各種学問領域資料と基盤は同じであるが、さらにそれに博物館学的取り扱いが加わったものであると言える。また、従来の歴史、民族、美術、風俗などの学問分野における博物館資料に、博物館学資料が加わることも考えられる。博物館学資料とは、博物館法制定から時を経る中で発生した博物館の諸機能に関する所産を示すものである。
  • レポート 芸術学 博物館 美術 学芸員
  • 550 販売中 2006/01/26
  • 閲覧(5,787)
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