日本最大のレポートサイト HAPPYCAMPUS

検索オプション
  • 私のホーム
  • 私の資料
  • 私のMEMO
  • 資料広場
  • アップロード

連関資料 :: 社会

資料:4,235件

  • 情報化社会の進展と知の変容
  • 情報化社会の進展と知の変容 一 二つの文化論からモード論へ 二つの文化論とパラダイム論  一九五九年、イギリスの著作家C・P・スノーは「二つの文化と科学革命」と題された講演で、科学革命----二○世紀前半における科学技術の発展をスノーは「科学革命」と呼んだ----の結果、西欧の知識人社会に大きな亀裂が生じつつあると論じた。すなわち、スノーは人文的文化(その代表としての文学者)と科学的文化(その代表としての物理学者)の間には越えがたい亀裂=溝があり、両者は互いに理解しあうことができず、言葉さえ通じなくなってしまっていると論じ、これは西欧文化における危機だと警鐘を鳴らしたのである (1) 。スノー自身、物理学者としての経験をもつ評論家・小説家という特異なキャリアの持ち主であり、文化の分裂に深刻な懸念を抱いたのであった。文化の分裂という危機に対するスノーの処方箋は、科学革命という現実を踏まえて、文系知識人が科学技術に対する基本的な認識と理解をもつよう努力すべきではないか、というものであった。  スノーの講演の数年後、クーンの『科学革命の構造』が出版された(一九六二年)。物理学者から科学史家に転じたクーンは、科学研究は「一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与える」パラダイム(paradigm)を基盤に遂行されると論じ、科学の歴史を「パラダイム・チェンジ=科学革命」の歴史と捉えた (2) 。クーンの科学論は従来の累積的・連続的な科学史観を根底からくつがえすとともに、自然科学(の各専門分野)には明確なパラダイムがあるが、人文・社会科学にはパラダイムがみてとれないと論じて、自然科学と人文・社会科学の差異を浮き彫りにしたのである。「二つの文化」の存在を科学論の立場から裏付けたともいえる。  学問は二つ(文系と理系)に分断されているだけではない。学問の高度専門化に伴って、文系と理系それぞれの内部で際限のない専門細分化が進行していった。アカデミズム科学の発展は、知識社会に「二つの文化」を、さらには「百の文化」を作り出したのである。   大学紛争とその後  その一方、一九六○年代末、世界的規模で生じたいわゆる大学紛争は、大学のもつ知的権威を根底から揺るがした。大学紛争の原因や背景はもちろん一様ではなかったが、世界的に共通した要因として、専門細分化した学問研究とそれに埋没している学者研究者に対する批判があった。山積している社会的に重要な問題に有効に対処できない大学の学問に対する苛立ちが大学紛争というかたちで噴出したのである (3) 。裏返せば、大学とその学問に対する強い期待の表明でもあった。欧米の大学では、大学紛争を契機に、大学運営に学生の参加を認めたり、女性やマイノリティに配慮したカリキュラムが設けられるなど一定の制度的改革がなされたようである。しかし、我が国にあっては、大学紛争は見るべき成果を挙げることがないまま終結し、徒労感だけが残った。急速に大学改革のエネルギーは衰退していき、大学および大学人に対する期待は急速に消失した。そして、国家財政の逼迫を理由に、一九七○年代以降、長年にわたって、国立大学に対する予算は極力抑えられた (4) 。当然のことながら、大学は財政的困難に直面した (5) 。一九六○年代中葉に我が国の大学教育がマス段階(大学・高等教育進学者が十八歳人口の十五%を越える)に達し、これ以降、「教養主義」が急速に没落したという指摘もある (6) 。  これらのことが相まって、大学紛争後、特に我が国にあっ
  • 全体公開 2007/12/24
  • 閲覧(3,216)
  • 社会福祉援助技術論 ⑧-1
  •  一般的に信頼の言葉の意味について概観してみると、そこでは人が信頼と言う言葉を二つの異なる意味で使用していることに注目できる。つまり、相手の行動や態度について頼りにするという意味での信頼と、相手の善意を頼りにするという意味での信頼である。信頼とは、信じて頼りにすること(広辞苑)、信じて頼りにすること、信用してまかせること(旺文社国語辞典)とある。一般的な人間関係における意味と、社会福祉援助の場面においての意味自体が変わるといったことは無いであろう。しかし、信頼関係(ラポール)という意味を考えた時、一般的な人間関係(家族・友人)と、社会福祉援助場面における信頼関係は、一線を引いて考えなければならないものである。家族や友人との間における信頼関係は、過ごした時間などによって既に構築されたものであるのに対し、社会福祉援助の場面においてはその一からの構築から始まる。また、人間関係に基づくパートナーであるのものに対し、援助者は契約に基づくパートナーとなる。この違いは似て非なるものではなく、比較した際の明らかなる違いなのである。  では、社会福祉援助技術における信頼関係とはいかなる状況を言うものであ
  • ラポール 面接
  • 550 販売中 2008/01/08
  • 閲覧(2,590)
  • ドイツ政治社会論レポート課題
  • 「ドイツ政治社会論」レポート課題 課題 フランス(ヨーロッパ)と日本を例にとり、両社に共通する、二つの対比的な社会についての考え方が述べられています。それぞれの考え方について、ドイツの例も挙げて記述しなさい。 ここで述べられた社会のあり方について、あなたの考えを記しなさい。  社会という生活のなかで、外国人問題を振りかざす日本人というのは、日本人の純粋性・純潔性を訴えたいです。ある意味では政治的な道具でしょうが、訴えることで自分たちの信条を広めていきたいのでしょう。これはフランスでも日本でも両者に共通して、全く同じような論理なのではないかと思います。ただそういう論理が推し進められると社会はどうなっていくのかと考えると、いろいろな可能性を閉ざす社会になるのではないかと思います。その一点においては、日本にとってもフランスにとってもすごく不利益な考え方だと思います。またドイツは、ヨーロッパ諸国が移民を社会に統合するため何らかの形で血統主義や出生地主義を取り入れていたにも関わらず「われわれは移民国家ではない」と血統主義だけに固執していました。 しかし当時の状況と今の状況を比べると、外国人を取り
  • 歴史 日本 宗教 社会 文化 政治 ドイツ 問題 言語
  • 550 販売中 2008/01/14
  • 閲覧(2,639)
  • 未履修問題の社会的要因
  •  高校における必修科目の未履修が全国で次々と発覚している。この未履修問題にはどのような社会的要因が存在するのだろうか。  現代人は高い社会的地位を得ることを強く志向する傾向があり、その基準として、一流の企業に就職すること、そしてそのために一流の大学に進学することに高い価値が置かれる。一昔前までは、受験戦争に勝つためには高校での勉強だけでは不十分で、良い大学に行くためには塾や家庭教師など受験対策に特化した教育機関を利用する必要があった。しかし経済的に余裕のない家庭の子供はこのような学校外の受験教育を受けられない。そのため経済格差によって大学受験に有利不利が生じ、結果として階級を再生産してしまうと
  • 社会学 未履修問題 必修科目 階級の再生産 階層 格差 受験
  • 550 販売中 2008/01/16
  • 閲覧(2,111)
  • 脳死についての諸問題 医療社会学
  • 脳死にまつわる諸問題  現代医療における様々な問題について、私は「脳死」という観点から、それにまつわる諸問題として、「臓器移植」について論ずる。 1)脳死とは  脳死について広辞苑によると、“脳幹を含めた脳全体全ての機能が非可逆的に停止した状態。臓器移植などの医療技術の進歩に伴って問題とされるに至ったが、脳死を確実に診断する方法と基準および脳死を即固体の死と見なし得るか否かについて、日本ではなお種々の意見があり一致していない。”と記されている。脳死と言っても様々な脳死が存在し、脳幹だけが死んだ脳幹死と、大脳・小脳を含め全ての脳が死んでしまった全脳死がある。心臓が停止すれば脳への血流が止まり、酸素が供給されなくなるため、必然的に全脳死となり、その生物は完全に死亡するに至る。また心臓は生きていて血液が供給されていても、脳が壊れるような怪我や病気により脳幹がダメージを受け脳幹が破損してしまった場合、心臓は動いていても脳死となり、その生物は完全に死亡する。心臓死ではない脳死の場合、死亡してもなお心臓は動いているが、心臓を動かす脳である脳幹が死んでいるので、そう遠くない将来に心臓も拍動を停止する。ここで「脳死」を含むいくつかの言葉について記述する。 ・臨床的脳死:診察・検査結果などから、明らかに脳死であろうと判断された状態。脳幹の死亡が確認された状態の脳死。脳波計などにより診断が可能である。これを直接的には脳死と呼ばず、“脳死状態”ということも多くある。いわゆるマスコミ用語でもある。 本来ならば臨床的な脳死=法律的な脳死で無ければいけないはずであって、マスコミ側からの造語による指摘はもっともであり、臨床か法律のどちらかの判断基準が誤っているのである。  ・法律的脳死:日本における臓器の移植に関する法律(臓器移植法)でいうところの脳死。 後者の法律的脳死については、あとで「臓器移植」に関する問題と一緒に触れたいと思う。  人間の死については、一般に、脳、心臓、肺すべての機能が停止した場合(三兆候説) を「死」と見なす。そのため、医者は脈や呼吸などを確認する。機能の停止の順序として は肺機能の停止、心臓機能の停止、脳機能の停止という過程を辿るようになっている。し かし、現代医療技術の発達により、脳が機能しなくなっていても(そのため自発呼吸 ができなくなっている状態でも)、人工呼吸器により呼吸と循環が保たれた状態が出現する こととなった。すなわち、脳幹機能の停止 本来ならば心臓機能が停止するはずだけれども、 人工呼吸器により呼吸が継続される、心臓機能も維持されるという過程の結果生ずる状態 がまさに「脳死」である。  ここで「脳死」と「植物人間」の違いを、図を用いて説明したい。 (参照:http://www.okayama-zouki.or.jp/noshi.html) 人の脳は大脳、小脳、脳幹(中脳、橋、延髄)からなっており、このうち、どの部分が障害を受け、機能を失っているかで、全脳死、脳幹死、植物状態と分類される。それぞれの働きとしては、大脳が知覚、記憶、判断、運動の命令などの高度な動きを、小脳が運動や姿勢の調整、脳幹が呼吸・循環昨日の調節や意識の伝達など生きていくために必要な動きをつかさどっている。 上の図は、脳死(全脳死)の状態である。 脳幹を含む全脳の機能の不可逆的な停止、回復する可能性はない(一般には心臓は動いているが、人工呼吸器を装着しても通常数日以内に心臓は停止してしまう)、自力で呼吸ができない状態にある。 一方この図は、植物状態の脳の図である。脳
  • 脳死 臓器移植 移植法 現代医療 問題点 社会学
  • 550 販売中 2008/01/21
  • 閲覧(6,119)
  • ★PB1020社会 単位1・2セット
  • ご観覧頂きありがとうございます。 明星大学のレポート課題、 社会の合格レポートです。「どう書けばよいかわからない・・・」という方、参考にしてみて下さい★ 問題なく一発で合格したレポートです。まとめるのが少し大変な課題でしたが、よくまとまっていると良い評価をいただきました。 【単位1】 1 現代社会における社会科の必要性と任務について整理しなさい  講評 実際の授業で扱う教材も視野に入れておくと、より深い理解が得られると思います。 2 次の語について、それぞれ調べなさい  講評 各項目とも調べてあり、要約も充実しています。 【単位2】 1 中学年の社会科の内容の整理し、前後の学年との関連を考察しなさい  講評 生活科と高学年も意識している様子です。 2 社会科の歴史を、学習指導要領の変遷を中心にまとめなさい  講評 社会科の流れについて、理解が得られました。今後の動向などにも目を向けておいてください。
  • PB1020 社会 明星大学 合格済みレポート 単位1 単位2 セット
  • 770 販売中 2016/12/08
  • 閲覧(2,592)
  • 個別援助技術における社会福祉援助について
  • 個別援助技術とは、福祉援助サービス利用者の主体性を尊重し、個別に展開されることであり、利用者が福祉サービスを活用して自分の問題解決に取り組んでいくこと(ワーカビリティ)を援助することである。ワーカビリティとは、?動機づけ:問題解決に取り組む意欲があるか?能力:問題解決に取り組む能力があるか?機会:問題解決に取り組む条件が整っているかということである。ワーカビリティ要素に着目し、援助者は利用者が直面している問題の中で重要なものは何かを考え、最初に取り組んでいく課題を確認する。課題中心のアプローチの枠組は、社会福祉援助の新しい発展方向を示すものである。そこで、直接援助技術の展開を留意点も含め、ケースワークの開始期・展開期・終結期にまとめてみる。  開始期とは、申請者と援助者とが問題を明確にし、申請者の解決への意思形成や援助手順、目標の確認が行われ、信頼関係を築く段階である。一般には、面接によるインテーク(受理)、資料収集や分析によるアセスメント(事前評価)、具体的な援助実施計画や当面の目標を設定するプランニングが行なわれる。  ?インテークでは、申請者が機関の援助者と初めての面接であり、不安と緊張で「自分の言いたいことを聞いて理解して貰いたい」と思っている。そこで、援助者は申請者の主訴を傾聴し、そのニーズを的確に把握しなければならない。そして、提供できるサービスの内容や機能を明示して、申請者のニーズと関連させて詳細に分かりやすく説明し、さらに申請者の選択と自己決定を重要とする。
  • レポート 福祉学 個別援助技術 社会福祉援助 ケースワーク
  • 5,500 販売中 2006/01/14
  • 閲覧(4,388)
  • 戦後の社会福祉の展開と今日の課題
  • 1945年、日本は第二次世界大戦に敗れ、敗戦国となり、生活困窮者が短期間に増加し、社会は泥沼化された。戦前の公的援助の原型といわれた救護法(1929年)、健康保険法(1922年)や、家族や隣人、宗教家、篤志家、恩腸財団等では救済することが出来ない状況であった。  社会全体が敗戦によるインフレ、食糧や住宅不足によって社会混乱状況のなか、政府は「生活困窮者緊急生活援護対策要綱」を定めた。対象は、失業者・戦災者・海外引揚者・在外者留守家族・傷痍軍人及びその家族ならびに軍人の遺族などとしたが、救済を「施し「恵み」と考えるようなもので、十分な援護はおこなわれなかった。  この状態を打破するためGHQは、非軍事化、民主化政策を進めるとともに社会福祉施策が社会の安定を図ると判断し、1946年2月27日、政府に対して「社会救済」に関する覚書を示した。これは「福祉の四原則」と呼ばれ、戦後の日本の社会福祉を方向づけることとなった。その内容は、?救済の国家責任の原則=政府は全国的なネットワークを備えた政府機関を設置する責任があり、食料・住宅医療などの援助などを実施する義務がある、?公私分離の原則=政府の救済責任を民間団体に委任・譲渡してはならない、?無差別平等の原則=救済は差別的優先的取り扱いをすることなく、平等に行わなくてはならないこと、?必要充足の原則=困窮を防止するために必要な総額の範囲内では、給付される救済額に上限を設けないこと、である。  1946年10月、政府はこの四原則をもとに、「(旧)生活保護法)」を施行したが、法律的にも実施体制的にも不備な点が多かった。1947年5月に日本国憲法が施行され、25条に最低生活保障と社会福祉の増進が国の責務として明確にされ、生存権の考えに基づく生活保護制度の確立が求められた。
  • 戦後の社会福祉 社会福祉の歴史 社会福祉 今後の課題
  • 550 販売中 2006/01/21
  • 閲覧(3,401)
  • 自殺率の上昇と高度経済社会
  •  近年中高年の自殺率の上昇が問題となってきている。経済が発展し、近代化が進み、人々の生活は十数年前と比べても格段に利便性のあるものとなってきた。それなのに、なぜ人は自殺という道を選ぶのか。デュルケムの自殺論を基に考察したい。  高度経済成長下において、急激な生活水準の上昇に伴う新環境への適応が求められる現代、それは人を自殺に追いやりかねない単純アノミーを生む。人間の欲望は無限であるにもかかわらず、常に限りある充足しか得られないから、社会的歯止めとなる規範が必要となる。規範によって無限ともいえる欲望には制約が課せられる。そして、人は足りるということを知るのである。アノミーとは、この規範や拘束力が弱体化した状態のことをいう。しかし、経済発展によって生活水準が上昇すれば、人はさらに高いものを望み、その欲求を満たす困難性はますます増大する。一方、異なった水準の生活はそれぞれ欲望を制御する規範も持っている。その内容は状況に合わせて異なっているため、生活水準が変わると人は新環境の新たな規範を受け入れなくてはならない。その時、それまでの旧規範と新規範の間には葛藤が生まれ、人は激しい心理的緊張を感じる。しかし、人間はこのような心理的緊張に永く耐えることはできず、自殺に追い込まれることもありえる。現代の日本はまさにこの状態にあるといえる。さらに深刻なものとして、その生活の変化における非対称的ともいえる二重構造が挙げられる。十数年前には高嶺の花であった自動車やカラーテレビなどの商品が安価で入手できるといった生活の一面が上昇する反面、一方では公害や交通渋滞、住宅問題などによって安全性、利便性、快適性の維持が困難になる。また、インフレによる物価の上昇にも同じようなことが言える。これらは消費生活の上昇と感じることもできるだろう。
  • レポート 社会学 自殺 高度経済成長 デュルケム 自殺論
  • 550 販売中 2006/01/24
  • 閲覧(4,537)
新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
写真のアップロード
一括アップロード
管理ツールで資料管理
資料の情報を統計で確認
資料を更新する
更新前の資料とは?
履歴を確認とは?