連関資料 :: 教育
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沖縄における言語教育と歴史
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近代化と言語教育
明治から戦前までの琉球方言と標準語、言語教育について調べました。
言葉を操作することは、それを話す人間自身を操作することにつながる。
統一国家のできあがる過程、あるいは統一国家の中に組み入れられる過程で共通する言語に関心が寄せられるのは沖縄だけに限られる特殊な現象ではない。
しかし沖縄その中でも際立って特徴的である。『普通語』『共通語』という熟語を教育的、社会的に熟させたのは沖縄県がどの国よりも早かったのである。
『なぜ早かったのか?』・・・・それは近代化を急ぐ沖縄積極的前向き思想とそういう思想を生み出した社会基盤に起因している。
1 沖縄の言語
沖縄の言語生活は重構造になっている。まず島ごとの各地の方言があり、その上に方言間の共通語である首里語がかぶさり、さらにその上にほぼ東京の言葉を指標にした共通語が重なっている。歴史の流れとともに共通語は様々に変化していくが、それは言語生活の表層にある文化語であって、基礎には沖縄諸方言の中の共通語である首里語が存在していた。独特な歴史を持つ沖縄は、他の日本の地域よりも毅然とした母国語とよそ者である共通語に隔たりの意識があるのかもしれない。
2 標準語教育の始まり
明治13年(1880年)「会話伝習所」という言語機関が発足したのがきっかけに始まる。
それ以前・・・政治、経済、文化の上で直接している薩摩語をヤマトゥグチ(大和口)間接的な江戸語をウフヤマトゥグチ(大大和口の言葉)として伝習しているがそれは主として交易に従事する那覇役人たちが職務上の必要から習得したもので一般化したものではなかった。
明治12年(1879年) 明治政府は軍隊・警察を派遣して、首里城の藩王府を接収し、琉球藩の解体と沖縄県設置を布告。廃藩置県以後一般のための言語教育が普及していく。
翌年明治13年(1880年)に小学校が設置される。
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最近の数学教育の動向について
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『小学校学習指導要領解説算数編』によれば、算数の目標は次のようになっている。「数量や図形についての算数的活動を通して、基礎的な知識と技能を身に付け、日常の事象について見通しをもち筋道を立てて考える能力を育てるとともに、活動の楽しさや数理的な処理のよさに気付き、進んで生活に生かそうとする態度を育てる」。この教育的特長を端的に表すのには、「ゆとり教育」と「問題解決型学習」という表現が最適であろう。これは無論、昨今の中央教育審議会(中教審)答申を鑑みれば算数科教育のみならず、他教科にも当てはまるものであろう。しかし、こうした国家的規模での教育方針の転換に際して、習熟度別学習やT・T指導などといった独自の対策をいち早く導入したという点で、数学教育は評価されて然るべきである。したがって以下では、近年の算数教育の代表的特長として、?ゆとりの中での基礎・基本の確実な定着と、?個に応じた指導という二点を取り上げたうえで論じていきたい。なぜなら、この二点が、現行の学習指導要領が目指す「生きる力」、すなわち「確かな学力」を育てる学習指導を進めていくために必要不可欠なものだと考えるからである。
まず、ゆとりの中での基礎・基本の確実な定着に関してであるが、ここでいう「ゆとり」とは何であろうか。ゆとりのある学習とは、子どもが時間的にも、精神的にもじっくりとおこなえる学習であるから、子どもたちはゆとりのある学習のなかで、いろいろな作業的・体験的な活動などに取り組み、数学的諸事象についての意味を理解し、感覚を豊かにしていくことができるようになる。例えば、やhaという単位は体験を通して実感を伴ってとらえることができるし、表やグラフを日常生活の場面に結び付けたりすることもできる。このようにして、基礎・基本の確実な定着を図ることは非常に重要なことであると言えよう。
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道徳教育の理論と方法
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道徳教育の理論と方法 科目コード T21300
道徳教育の研究 科目コード T21400
平成27-28年度の合格レポートです。
中学校における現行の「道徳教育」全体の目標に若干言及しつつ、それに沿って「道徳の時間」の目標、内容、指導方法について論述しなさい。(1600字以下は不可です)
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道徳教育の理論と方法
道徳教育の研究
平成27-28年度
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公民科教育法
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21世紀は、極めて複雑な時代であることは否めない。「豊かになることはいいことである」という考え方が21世紀でも基本的な哲学として生き続けるであろう。しかし、資源問題に関連し、自然破壊や公害の問題が発生するだろうし、地球的な規模で考えると南北の問題、先進国と発展途上国とのズレや、国際的な政治、経済の問題が頻発するだろうと考えられる。
こうした21世紀を生き抜くために、学校教育で子供たちを「自分で考える」人間に育て上げることが必要だ。自分の頭で分析し、推論し、判断し、行動できるように指導していくことが、21世紀を迎えるための我々の課題であり、道徳教育に課せられた最も大きな仕事である。
学習指導要領において、中学校では、道徳の狙いとして「人間としての生き方の自覚」をかかげ、この段階は「自己の生き方について感心が高まる時期である。・・・自ら考え、行動する主体の育成を目指して、効果的な指導」が行われるように切望している。中学校学習指導要領「道徳」の「指導計画と内容の取り扱い」において、「道徳の指導に当たっては、全ての内容項目が、人間としての生き方についての自覚に関わるようにする」と指示している。
一方、高等学校においては「自らの行動を選択し、決定していくことのできる主体の育成を目指す人間としての在り方生き方に関する教育を進めることにより、道徳教育の充実を図る」と述べられている。道徳が目指すものは、小・中・高校の一貫教育なのであり、人間としての在り方生き方がそのメイン・テーマであることはいうまでもない。
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貝原益軒と近世の教育
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近世の教育には、近代の学習原理とは全く異質な原理にたつ学習文化が存在した。その近世の社会の中で、無自覚のうちに蓄積されてきた教育と学習の文化を明確な形で言語化したのが貝原益軒であった。ここでは、貝原益軒の思想に見られる近世教育の注目すべき点について考えていく。
まずは、近世の教育機関として有名な手習塾(寺子屋)について見てみる。手習塾は文字通り手習い=文字を書くことを学ぶ塾である。江戸時代は文字の読み書き能力がないと不利益を被る社会システムであった。それ故江戸時代の庶民たちは、可能な限り読み書きそろばんの習得に向かったのである。手習塾への入門は、ほぼ7,8歳であるが、特に定まった時期はない。また手習塾という教育機関に入学するというのではなく、ある手習師匠に弟子入りするという意味を持つのである。重要なことは、どの師匠を選択するかはあくまでも学ぶ側にあるということである。制度としてではなく一種の人格的関係としての教える者−教えられる者の関係である。それ故手習塾における学習法は、個別の学習と指導、そして自学自習である。決まった登校時間もなく、手本もそれぞれの個人で異なっていた。そこでは原則として競争原理はない。また師匠は手本を示すだけで、言葉で教えるのではない。学ぶ者がそれを模倣し習熟するのである。手習塾は近代学校教育の原理とは全く異質な原理によって成り立っているのであり、決して近代に成立した「近代学校」の概念としての「小学校」ではない。
また、近世において学問といえば儒学であったが、儒学を学ぶ場としては学問塾や藩校がある。儒学の学習とは最初から最後まで「経書を読む」という作業に終始する。そこでは素読、講義、会業の三課程の段階が分けられるが、学習原理としては手習塾と同じである。自学自習であり決まった登校時間があるわけではない。
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