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連関資料 :: 教育

資料:11,641件

  • 教育法レポート
  • 1.はじめに   今回、この「教育法」とういう講義を受講した理由としてまず挙げられることが、これまで大学で4年間の受講を経て、大学における教育がそれ以前の小学校、中学校、高等学校で受けてきた授業形態、教育形態とは全く別のものであったことに鑑みて、大学での教育は社会的、また法的にどのようであるべきとされているのか、また国立大学法人化を受けどのように大学が発展していくのかという問題について自
  • 教育法 教育学
  • 550 販売中 2008/03/21
  • 閲覧(1,594)
  • 教育原論テスト
  • コメニウスの教授学や一斉授業について述べ、現在の学校教育における意義を考察せよ。 ●教授学・・・「教育は実に万人に対して必要なものである」。つまりすべての子供が学校に通う事が必要性を説いている。貧富の別、男女の別、身分の別なく全ての子供に学校教育が与えられなければならない。さらに細かく述べれば、教育は幼児期に開始されなければならず、また教育の順序は、子どもの年齢段階と能力に適したものでなければならない。生徒は学年別、学級別で、毎日の学習内容に従って、学習は段階づけられ、最初にくるものが後から来るものへの道を開くように配列する。生徒は規則正しく登校しなければならない。教材では、先ず生徒に身近なものから学ばせる、それから遠くへ。既存のものから未知のものへ(易しいものから難しいものへ)そしてそれが十分に理解されてから記憶されなければならない。子供が自発的に学習するように、子供の内面に働きかけていく。子どもの感覚を通じて教えなければならない。全ての知識は感覚的直感から始まり・記憶力・理解力・判断力の順。全ては直感から始まり、そして五感を育成していくのである。 ●一斉授業・・・またコメニウスは効率的に授業を行う為に、教師1人が共通の教材を使い、多数の生徒に対して一斉に集団的に教授する事を主張する。そして、教師が高い教壇の上に立ち、全生徒をみわたす、教師は全生徒の注意を一点に集め、生徒の感覚に訴えて教授するのである。また教師はしばしば生徒に対して質問を発し、彼らの理解を絶えず確認しなければならない。教材は学年、月、週、日、時間、へと分割し、計画化された学習内容を生徒が学ぶように促さねばならない。そして、全ての学生が平等に教材を学ぶことが可能になる。 ●意義・・・ではコメニウスの教授学や一斉教授の現代的意義はどういうところにあるのだろうか。やはりそれは近代教育の父といわれるように、現代の学校での教育、すなわち学校教育のしくみを構想した事である。今日、日本をはじめ多くの国でみられる同一年齢・同時入学・同一学年・同一内容・同時卒業といったしくみは、コメニウスの構想に発するものだと言える。 また彼は世界初と言われる教育絵本『世界図絵』を完成させた。この本は、絵に言葉が添えられたまさに教育絵本である。言語の暗唱こそ教育と考えられていた当時にあって、この本はまさに革新的な存在であった。つまり、教育に「絵」など不要であり、おそらくは不謹慎とすら考えられた。そういう時代の書であり、またこれを人類共通の財産とすることにより、すべての人が共通の普遍的知識を持つことを目指したのである。それは、視聴覚教育の源流でもあり、共通教科書の原点だとも言えるかもしれない。このように、コメニウスの教育理念の核心は、「すべての人にすべてのことを」わかりやすく教育することである。その現代的意義は学校教育の近代化と、教育の平等、一般化、大衆化の実現ではないだろうか。今や、テレビやラジオ、インターネットが普及している時代であり。一斉授業の光景は時代錯誤という見方があるのも事実である。しかし私は、生徒同士の教えあいや、助け合い、コミュニケーション能力の育成にも、一斉授業の意義があるのではないかと思う。人間関係の薄さや、学力格差が問題になっている今こそ、コメニウスの教育思想が意味のあるものとなるように私は思う。 ソクラテス的対話(産婆術)について述べ、ソクラテスの教育学的意義について考察せよ。 ソクラテスは自分より知恵のある者を探し出そうと何日も何日も歩きまわり、何度も何度も問答を繰り返した。この時代の知
  • 佛教大学 通信 科目最終試験 教育原論 6設題全部 90点合格 800字以上
  • 550 販売中 2008/04/10
  • 閲覧(7,977)
  • 幼児教育と宗教
  • 幼稚園教育におけるキリスト教の役割~宗教史の観点をふまえた分析~ ・年号については、資料に記載されているものとする。西暦を基本とするものではない。 Ⅰ 幼児教育の普及状況  1998年度における就学前教育の普及率は94.2%である。これは過疎地において通園可能な範囲に幼稚園・保育所がない、通園可能な範囲に障害児を受け入れられる幼稚園・保育園がない、通園可能な範囲に共働きなどの家庭に合わせた幼稚園・保育園がないなどの理由が挙げられる。就学前教育の内訳をみると、幼稚園在籍率62.2%に対し、保育園在籍率32.0%となっている。また都道府
  • 幼稚園 幼児教育 宗教 保育 教育 指導
  • 550 販売中 2008/04/27
  • 閲覧(9,600) 1
  • 道徳教育の研究
  • 『現代の道徳教育の課題について述べよ』  小学校の学習指導要領「第一章 総則第1の2」によると、「道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。」とされている。また、「道徳教育を進めるに当たっては,教師と児童及び児童相互の人間関係を深めるとともに,家庭や地域社会との連携を図りながら,ボランティア活動や自然体験活動などの豊かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない。」とある。そして、道徳教育は学校の道徳の授業の時間だけでなく、学校教育全体で行われるようにされなければならないともされ、その存在はとても重要である。さらには、学校だけでなく家庭、地域、社会の場でも行うことが必要である。  これまで、様々な教育改革が行われてきたなかで、時代あるいは社会の変化とともに道徳教育も変化してきた。特に現在は「生きる力」の育成という教育目標が提示され、ますます重要なっている。「生きる力」は、「自ら学び自ら考える力」、「基礎・基本」「個性」がバランスよく響きわたって統合され育成されるという全体構造をもっている。また、「確かな学力」と「豊かな人間性」と「健康・体力」という三つの能力から成る「全人的な力」のことであり、「生きていくための「知恵」」とも言うべきものでもある。「生きる力」の重要な部分を占める豊かな人間性を育むためには道徳教育が必要である。しかし今日、現代の道徳教育には様々な課題がある。それはどのようなものなのだろうか。  平成10年に改訂された小学校学習指導要領解説(総則編)においては、計算、技能、文章を読み取る力などはよく身についており、学習に対する関心や意欲も高い。しかし、文章表現力や論理的な思考力が弱いことが問題点とされている。また、日本における児童の算数科、理科の学力は国際的水準では高いが、これらの教科を好む児童は他国と比べると多くなく、多角的なものの見方や考え方が不十分で、道徳教育に関しては、道徳の授業の時間が十分に確保されていないこと、興味・関心を持っている児童の割合が学年が上がるにつれて低下していることが問題点として挙げられている。現在、学校では学級崩壊、校内暴力などが問題となり、ニュースや新聞などにおいても、犯罪の低年齢化、キレやすい子どもの増加など、挙げればきりがないほど子どもに関する問題は山積みである。これは私の実際の経験から言えることであるが、他人のことを考えて行動できる子どもが少なく、自己中心的な考えや行動をする子どもが多いように感じる。これは、子どもだけに言えるのではなく大人もそうである。こいったことは地球規模で言われている環境問題のような大きな問題にもつながっているのではないだろうか。このような問題は年々深刻化しており、子どもの道徳性を養うために次のように授業実践していくべきである。  第1に、道徳教育や特別活動などにおけるボランティア活動や自然体験活動などの体験的な活動の充実、道徳教育における低学年の善悪の判断や社会生活上のルールなど重点的な指導の工夫、障害のある幼児・児童・生徒や高齢者との交流の推進、第3学年からの保健学習の導入など心身の健康に関する教育の充実、社会科における人物・
  • 道徳教育 教育基本法 学校教育法 学校学習指導要領 人間関係
  • 550 販売中 2008/04/29
  • 閲覧(3,558)
  • 同和教育
  • 『同和教育の意義・歴史を概括し、学校における同和(人権)教育実践の具体的なあり方について述べなさい。』 同和教育とは同和問題を解決するための教育の営みの総称である。そしてそれは、部落解放運動や同和行政などの同和問題を解決すための教育以外の取り組みであり、お互いが密接に関連し総合的に取り組まれた結果、解決に向けた一定の成果が生まれてきたのである。 それではなぜこの同和問題が重大な社会問題とされるのであろうか。それは1965年8月に出された「同和対策審議会答申」の中で、同和問題は人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる問題である。同和問題は日本社会の歴史過程において形成された身分階級に基づく差別において、過去、現代においても、経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、基本的人権を侵害されている。こういったことから重大な社会問題として取り扱われるのであろう。 この同和問題を未解決に放置することは断じて許されることではないし、国を挙げて早急に解決すべきものであり、それと同時に国民的課題になるべきものである。 日本国憲法には教育権・義務教育が条文化されている。教育基本法にもすべての国民が能力に応じて教育を受ける機会を与えられなければならないと記されているが、部落差別により、雇用面・居住面において「貧困」「劣悪な環境」での生活が余儀なくされていた。その結果、同和地区の子供たちに十分な教育を受けさせることができず差別の悪循環を生み出し、実態的差別がさらに、心理的差別を助長し同和問題の解決をさらに遅らせることにつながっていたのである。同和教育はいうまでもなく同和地区の子供たちの教育権を保障するという課題の克服を目指して取り組まれたのである。 次に同和教育のはじまりについて、京都では戦後、民生局に移管された同和係は、1951年、同和地区の生活実態調査を実施した。その結果に基付き、住宅改良事業に着手する等、積極的に同和予算確保に努めた。また市の予算に同和対策費として年度ごとに特別経費を計上するなど、戦後の同和行政は、地方レベルから国政レベルへと急速に推し進められたのである。 同和教育の施策はまず、同和地区児童・生徒の長期欠席・不就学から始まる。この不就学問題は、同和教育創世記における最も重要であり、緊急的な課題である。なぜなら、同和地区の小学校・中学校共に不就学率が全体平均の10倍という効率だからである。さらに同和地区にあることにより学校全体が差別され、そのことによってその学校に赴任することを拒否する教師もいるくらいである。このことにより、同和教育を就学奨励事業から始めた。学校においてその具体的に行われたものに抽出促進と呼ばれる授業形態がある。基本的に、国語・数学・英語を中心に1~3人程度が別室でマンツーマンに近い形で学習を進め最終的には原学論での学習に戻ることを目指すものであった。その結果一応の成果は確認できたが、一方的な知識の教え込みという傾向が強く、集団の中で教育的刺激や仲間との交流によって培われる力が育たず、生徒が先生を頼りすぎることにより、独り立ちしなければならなくなった時、自己解決できなくなってしまうといった短所が見られた。この課題の改善策として分割授業へと転換されていった。マンツーマン形式ではなく、教育的刺激が得られる適切な人数にして、小集団の中で自立の促進と格差の是正を身につけることを目的としたものである。1クラスの人数が半分になることにより、生徒の発現や発表の回数が倍に増えるといった長所がある。ただ、少
  • 佛教大学 レポート 同和教育 同和問題 人権
  • 550 販売中 2008/05/01
  • 閲覧(2,616)
  • ゆとり教育世代
  • 《ゆとり教育世代》  「ゆとり教育」の導入、学校週5日制が現在16歳の人が生まれた年から導入された制度であり、24歳くらいまでの世代が学生の時に変化を遂げていった制度である。また、この世代が「ゆとり教育」真っ只中の世代であり、今様々な議論がなされている教育制度である。私は、ゆとり教育は政策が中途半端なままぬ踏み切られた、「教育の失敗」だと考えている。 では、ゆとり教育の概要・現状について述べていく。 ゆとり教育の目的を簡単に説明すると、「各学校のスタッフが、自分たちで知恵を出し合って特徴豊かな教育を行う」、「生徒の学ぶ勉強範囲を絞る事でその負担を減らし、浮いた時間は生徒個人の自主的な勉強の時間にあてる」、「生徒自身が、【自分で物事を考える力】を育てる事ができるよう導く」などであると考えられる。つまり、生徒個人の自主性を伸ばす事に、目的を置いた教育だと言う事ができるだろう。 ゆとり教育がこのように、生徒の自主性の伸長に重点を置いているのは、やはり詰め込み教育の反省による所が大きいようである。基礎知識を徹底的に頭の中に詰め込むやり方では確かに、生徒の自由な想像力は伸ばせない。しかし、ゆとり教育に移行後、生徒の自由で豊かな発想力や想像力が伸びたというデータは、今のところない。 ゆとり教育の内容をより具体的にまとめると、①勉強内容の選択、②総合的な学習の時間、③選択学習、④問題解決力を養う学習、⑤学校週5日制 のようなポイントに絞る事ができる。順に説明を加えていく。 ①生徒が学校から与えられた勉強を能動的にこなすのではなく、自主的に教科を選択する事をいう。こうすることで生徒の学習意欲が上がり、より学習効率とそのクオリティが上がるという考え方から来ている。 ②各学校がその創意工夫によって独自の学習カリキュラムを組み、バラエティに富んだ学習機会を生徒に与えようというのが、総合学習の狙いである。農家に行って芋掘りの体験学習をさせたり、英語や中国語を教えたり、ごみ拾いなどでボランティア精神を養わせたりと、学校によって多くの試みがなされているとされている。しかし現実には、英語などの言語学習にあてる学校が多いようである。 ③選択学習とは主に高校などで実施されているが、生徒の習熟度に合わせてより発展的な内容を扱うことが可能である事を指している。つまりより生徒個人に焦点を合わせた学習機会を与えようというわけである。 ④問題解決を養う学習とは例えば、「観察や実験」「プレゼンテーション」「ディベート」のような問題を解決するのに時間と思考力を必要とする学習を指す。ゆとり教育の目的である「考える力を養う」を実現するためには、まさに打ってつけの分野といえるだろう。 ⑤これまでの理念的な内容とは少し離れるが、ゆとり教育を実践するための手段として学校週5日制の導入も含まれる。これは、「土曜日は休みにするので、日ごろの疲れを取ってください」というわけではなく、空いた時間で生徒が自主的に学習する機会を与えようとしているのである。 さらに、ゆとり教育の利点として、文部科学省は考える力を養う・生きる力を養う・豊かな人間性の点をあげている。 実際には、上記のような理想が成立するばかりではない。週5日制の実施に伴い、生徒の土日の居場所作りが求められたが、教育現場の体制が十分に整わないままに実施されたため、土日のよりよい居場所が確保できない生徒が生み出された。 また、教員も以前より多忙になったという声が多い。完全週5日制になったことで、平日に授業の準備や事務の量が増加し、加えて長期休暇中の勤務管理
  • 教育 ゆとり教育 教育改革 教育問題 教育政策
  • 550 販売中 2008/05/08
  • 閲覧(4,306)
  • 教育社会学
  • 『学歴社会とは何かを明らかにし、高学歴化が進行すると教育はどのように変化するのかについて学力の視点から述べよ。』  最初に、「学歴社会」とは何なのかを述べたいと思う。 「学歴社会」というのは、学歴によって、職業選択、給与体系、出世速度などが左右される社会のことである。すなわち、良い学校を卒業したものはそれだけで優秀とみなされ、たいしたことのない学校ならそれなりの目で、中卒などになると白い目で見られることも少なくはないのである。バブル崩壊以降、実力主義や能力主義の社会を迎え、いわゆる有名一流ブランドという学歴社会はなくなり、個人の資質、能力を平等に評価することが大切だと思われてはいるが、現在の日本はまだまだ学歴社会のままである。 学歴社会の現状で、企業
  • 教育社会学 学歴社会とは何か 学歴 高学歴化 社会 教育
  • 550 販売中 2008/06/30
  • 閲覧(1,894)
  • これからの大学教育について
  • これまでの日本の大学は、受験生が多かったため、入試により学生を選ぶ「売り手市場」の立場にあった。しかし、高校卒業者人口の減少により立場が逆転して、生徒が大学を選ぶ「買い手市場」へと変わった。必然的に、良質な学生は、よい就職ができる良質な大学を選ぶようになる。その結果、人気のない大学は、大学教育にふさわしくない学生ばかりが集まり、教室崩壊が起き、教育が成り立たなくなる。  そのため、大学は生き残りをかけて、より良質な学生を獲得する方法を探している。しかし、現代の教師たちは、あいかわらず教室でうつむいて、小さな声でボソボソと、使い古したノートを読む、退屈な授業を行っている場合が多いため、大学側は講
  • 教師 社会 国際 科学 大学 授業 学習 高校 学生 能力
  • 550 販売中 2008/07/10
  • 閲覧(2,437)
  • 教育論レジュメ
  • 「教科書」のカラクリ教えます。 扶桑社の「ルール違反」 扶桑社は検定終了前は外部に出してはいけないはずの白表紙(検定用申請本)を教育関係者に配布したことで、文部科学省に説明を求められており、市民団体からは公正取引委員会に排除措置を求める申告書が提出された。しかし、ルール違反をしている扶桑社に文科省は実効力のある処分をしていない。  もうひとつ、「新しい歴史教科書をつくる会」はパンフレットの中で他社の名前を出して教科書内容を批判し、それを全国の教育関係者に配ったり、販売していた。本来これらは文科省、公正取引委員会によって禁止されている行為であるが実際には行われている。  今回の教科書採択の一部で、上からのごり押しで教科書を選ばせるという風潮がでてきた。杉並区の採択では、区長が自分の意向に沿わない教育委員を更迭している。また、都内のある区では来年度から使用する5教科すべての教科書を変え、採択に協力している先生たちの意見を無視した形になった。従来の先生の意見重視から、現在のトップダウンの傾向が出てきたことが問題である。 「一発検定」の恐怖感  教科書作りの流れ 中心になるのは教科書執筆経験の豊かな大学の先生。1分科会15~20人ほどの委員がいて、そこに教科書会社の編集担当が入り、議論しながら内容を詰める。このとき、もとになるのは学習指導要領の「解説書」で、それに従い、分担して書く。それをまとめた白表紙(検定用申請本)を文科省に提出する。  学習指導要領を具体的に説明した「解説書」がある。執筆者は「解説書」を読み、やっと教科書に何を書けばいいかわかる。「解説書」は法的拘束力を持つわけではないが、書く側にすれば、「解説書」は文科省の印刷物として出されている上に、検定に携わる人が解説しているため、それに従い教科書を作らなければ、検定で不合格になってしまうのではないかという恐怖感がある。1990年度からはそれまでの「条件付き合格」が無くなり「一発検定」になり、余計「解説書」に沿う流れになっている。 「発展」で目立ちたい  「ゆとり教育」を進める2002年4月からの新学習指導要領により、学習内容が3割削減された。ところが文科省はこれを「最低基準である」として、2003年12月には指導要領の一部を改訂した。指導要領は「発展」に関して一切規制をしていないため、各社「発展」の解釈がばらばらになっている。派手な見開きを掲載した教科書もあれば、読み物程度の教科書もあり、明確に分かれている。今までと同じように授業を進めたいという教師にあわせた後者のような教科書と、「発展」が認められたのだからとことんやろうという前者の教科書ができたというで、それは編集方針の差であり、どちらがいいとも悪いとも言えない。  教科書会社の立場では、いままで指導要領で内容がすべて縛られていたのが一変して、「発展」によって初めて他者との差がつけられるので、目立とうという意気込みがあるのは当然と言える。  文科省の立場としては、指導要領は「最低基準」だから、すべての子どもに理解させることが大事であるし、現場の先生にしても、すべての子どもを「おおむね満足」のレベルに引き上げたいと思っているわけで「発展」よりも、「補充的な学習」に力をいれてほしいというつもりであった。しかし、教科書には「補充」という項目は設けられていない。 検定するのは二流学者か  検定から先のプロセス 検定の合否は最終的に教科用図書検定調査審議会が決定するが、実際は各教科2,3人ずつの文科省の教科書調査官が全部の教科書を見て判断する。
  • 教育
  • 550 販売中 2008/07/14
  • 閲覧(1,896)
  • 教育原論1
  • 設 題  ⇒「ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ。」  今回のレポートで、ペスタロッチーの教育学について考察する前に、ペスタロッチーという人間の生涯をまとめておこうと思う。 「世界の教育者」と呼ばれるヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチーは、1746年スイスのチューリッヒで生まれた。ペスタロッチーは、母スザンナと、家政婦バーベリーの全身全霊の愛を受けて育つ。そして、ラテン語学校、コレギウム・フマニタティス(人文大学)、コレギウム・カロリヌームに在籍。その後さまざまな過程を経て1774年貧民院(貧民学校)を設立し、教育活動を開始した。ペスタロッチーは初めて貧困、あるいは大衆の子供を教育の対象として位置付けた。大衆の子供たちは教会に作られた学校に通っていたが、文字を覚えたり、本を読んだりしていただけである。この時代の本とは聖書のことである。人格形成まで考えた組織的教育であるのならば、初めて大衆も子供たちを位置付けたのがペスタロッチーである。その後、ペスタロッチーは「隠者の夕暮れ」「リーンハルトとゲルトルート」「人間の発達における自然の歩みについての私の探求」「シュタンツ滞
  • 佛教大学 通信 レポート 第一設題 教育原論
  • 550 販売中 2008/07/15
  • 閲覧(1,950)
  • 教育史1
  • 設 題  ⇒「藩校について述べよ。」  昌平坂学問所が設立されていくのと前後して、諸藩においては藩学、藩校と言った藩立の学校が設けられていった。藩学と言う名称は、明治4年の廃藩置県によって県学校が出現したため、それ以前の学校を一括して呼ぶようになった。  藩校には、広狭の2種の意味がある。藩士の子弟に対して、主として漢字による文字の学習や教養を学ばせるための学校として、また武芸稽古所、武官、武学校なども含めて藩校と、さらに広く医学校、洋学校、国学校、兵学校などを含める場合の藩校である。以下、ここでは前者である狭義の意味での藩校について考察する。  藩校が成立してくる過程として、石川松太郎は4つの類型をあげている。 第1は、藩士を対象とした公開解釈のために設けた講堂から出立したものである。この場合、藩主が儒者を招いて講義を受けたものを、やがて側近のものや、役付の武士まで聴講を許すようになり、やがて一般の藩士をその対象とするようになった。  第2は、儒官の家塾をひきあげて藩校に組織したものである。この類型の場合である家塾を改組して藩校にした例は数多く存在する。  第3は、聖堂をたてて孔子祭
  • 佛教大学 通信 レポート 第一設題 教育史
  • 550 販売中 2008/07/15
  • 閲覧(2,222)
  • 教育相談の研究
  • 学校カウンセリングの意義、方法および今後の課題について述べなさい。 カウンセリングとは、悩みを抱えた人に対して、その悩みを聞き、原因の所在を明らかにして、どう対処すればよいかを考え、患者にあった方法で対処し、最終的に悩みを解消するように働きかける行為である。カウンセリングを行うには、以下のような心的構造・発達過程を理解し、段階に則したものとする必要がある。乳児期は、イド(快楽原則)が心の全てであるが、幼児前期に入ると、イドの中から、自分の行動を決定する自我(現実原則)が芽生える。幼児後期になると、自我とイドの関係性の中から、超自我(理想)が生まれる。身体の成長とともに心的構造であるこれらの三者は成長し、その関係性は変化を繰り返す。この三者のバランスが取れているとき、心理状態は最も安定した状態となる。 カウンセリングには、大きく分けて二種類ある。一つは、治療的カウンセリング、もう一つは発達援助的(開発的)カウンセリングである。治療的カウンセリングは、神経病の患者が対象である。このカウンセリングは、患者に対してカウンセラーが専門的な知識と技術を用いて、患者の症状や病気を治療するものである。
  • 佛教 大学 通信教育 レポート 教育相談
  • 550 販売中 2008/08/20
  • 閲覧(1,741)
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