連関資料 :: 哲学
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生きる 生命 哲学 仏教 恋愛
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『なぜ生きる』(監修;高森顕徹、著者;明橋大二、伊藤健太郎、一万年堂出版)
テーマ「永遠の旅人としての人間」
8月上旬、この『なぜ生きる』を読んだ。読後の正直な感想は、仏教的な解説が全体的にやや多いという印象をまず受けた。しかし、生と死、そしてなぜ生きるかという問いが頭の中に根を張ったかのような感覚が私のなかにしばらく残った。なぜ生きるのか。なぜ私は生きるのか。なぜ私は生まれてきたのか。一言ではとても言い尽くせない哲学的で、宗教的である問いである。20年間の人生を通じて私のなかでその問いが根付いたのは今回が初めてではない。たしか中学2年の時にそのテーマに取りつかれたことがある。なぜ私は生まれたのか。なぜ人は生きるのか。人の生きる意味とは。死ぬというのはどういったことか。そしてそこから派生してなぜ人を殺してはいけないかということにも考えが及んだ。結論としては未だに絶対的であると断定できる答えが見つかっていないのが現状であるし、おそらくその答えが見つかっている人少ないと思われるし、または絶対的な答えが存在するということすら疑問である。なぜ中学生の私にその問いが浮かんだのかはわからない。特別
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宗教
生きる
仏教
問題
人間
思想
生命
中学
目的
学生
660 販売中 2009/06/16
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『哲学ファンタジー』第5章を読んで
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私は本稿で『哲学ファンタジー』第5章に書かれているシンプリカスの「僕は、この木を楽しんでいるんです。」という言葉をめぐって繰り広げられる議論について感想を述べていく。
私の率直な感想を述べると、本文中の議論のやりとりは大変ばかばかしい。シンプリカスは木を楽しんでいるのだから、ただそこには木という物質があって、またそれとは別にその木を楽しむシンプリカスの心もあるということ以上、事を複雑に考える必要はないと思うし(私の考えを位置づけると短絡的な二元論だろう)、また議論している人たちの間にどんな利益があるのだろうと私は思った。特に始めの哲学者による脳や神経系を絡めた見解や、神秘的唯物論者によるシンプリカスを宇宙と絡めた見解は、事を大変複雑とし、頭がこんがらがるだけで、正直読むのが嫌になった。このような考え方はただの屁理屈であると私は思う。ただ「僕は、この木を楽しんでいるんです」というたった一言の言葉をめぐって形而上学、神学、認識論、倫理学をめぐるまで多くの見解が述べられている点については、一つの物事にここまでいろんな意見を述べることができるのかと非常に驚いた。
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レポート
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