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連関資料 :: 教育

資料:11,621件

  • ゆとり教育
  •  最近、ゆとり教育がいい方向に進んでいるとか、ゆとり教育は大切だといわれているが、果たしてそうなのだろうか。もし、そのゆとり教育とやらが大切で、いい方向に進んでいるというならば何故日本の学力低下が問題になるのだろうか。ゆとり教育というものがどのようなものであるか、そしてどうあるべきかを述べていく。  文部科学省は「生きる力」について、「自分で課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」「自らを律し、他人と強調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性とたくましく生きるための健康と体力」と説いている。しかし、理想論ばかり述べているだけで、一向に子供達の成績は下がる一方で家庭でも学校の信用度が下がり、学習塾に行く子供も増えているという。それは受験競争がいまだに激しいという原因も一部関連しているが、それだけでないはずだ。教育機関で授業の内容が三割減少するということがゆとり教育になるとは私は決して思わない。
  • レポート 教育学 教育 ゆとり教育 道徳
  • 550 販売中 2006/03/08
  • 閲覧(4,180)
  • 中等教育
  •  地域の活性化を考えることのできる人材を生み出すために中等教育で私がやるべきことだと思うことは中学、高校での6年間で一人一人の能力や可能性、個性を引き出し豊かな想像力、実行力を身につけていく必要があると思います。  そのためには、生徒自身に学習意欲を起こさせ、自ら考え、判断する能力を身に着けるような指導が必要だと思います。興味があることを見つけたらそれを詳しく説明したり、教科書を読むだけでなく、自分でその現場に行くなどの課外活動が重要になってくると思います。単に知識を詰め込むだけでは視野の狭い物の見方しかできなくなったり、興味を持つことができなくなったりします。  しかし、全教科について言えますが基礎的な知識はどの分野でも必要です。地域はあらゆる分野が相互に作用して成り立っています。たとえば、GATTの自由貿易体制の下での農業保護政策の排除についても農家の人だけの問題ではなく、日本の工業製品の輸出による貿易黒字や住民の健康、輸出国と輸入国での経済力の差など多くの要素が絡んで成り立っています。偏った考え方でなく物事の全体を見ることのできる力をつけていくべきだと思います。  目的意識、意欲、忍耐、感性、知識、経験、判断力があってこそ一つの問題を解決することができると思います。
  • レポート 教育学 人材育成 中等教育 地域
  • 550 販売中 2006/03/25
  • 閲覧(1,762)
  • 情報教育について
  • 情報処理ということで誰もが思い浮かべるのは、やはりコンピュータであると思います。私は現在22歳ですが、私たちの世代というのはコンピュータが身近になった最初の世代であると思います。1983年7月15日に任天堂から「ファミリーコンピュータ」という家庭用ゲーム機が発売されます。これが広く普及した時代というのは、ちょうど私たちの幼少期と重なります。この家庭用ゲーム機の普及というのは、今私が現在パソコンの使い方を学ぶ上で基礎になっているとまではいかないにしても、幼少期に家庭用ゲーム機で遊んでいたことによって、パソコンに関する知識の吸収がよいように感じています。ファミコンの発売以前でもすでにコンピュータは様々なところで使われていましたが、“コンピュータ”という物に、初めて現実に目にすることになります。 しかしながら、当時はコンピュータ≒情報処理という概念はあまり普及していなかったのではないでしょうか。そのころはまだインターネットも普及していませんでしたし、パソコンも今のように普及していない時代ですから当然のことです。それに対して2006年の世の中を見渡してみると、パソコンは一家に一台というくらい普及し、
  • レポート 教育学 情報 教育 パソコン 情報教育 インターネット
  • 550 販売中 2006/07/26
  • 閲覧(1,482)
  • 同和教育
  • 基本的人権は日本国憲法が国民に保障している不可侵の権利である。それにもかかわらず、我が国では差別が残存している。差別の問題は社会全体において取り組まれるべき課題であり、教育においてもまた積極的に差別の解消に向けての取り組みがなされるべきである。 1999(平成11)年7月に人権擁護推進審議会が出した「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進関する基本的事項について」では、同和問題、男女差別、セクシャル・ハラスメント、家庭内暴力、虐待、いじめなど学校、家庭における問題、高齢者、障害者、アイヌ、外国人、HIV感染者に対する差別などが指摘されている。 同和問題とは、封建社会において形成された身分階層構造に基づく差別が現在もなお残存しており、具体的には、教育の機会均等を保障される権利、居住および移転の自由、結婚の自由などの市民的権利が侵害されている状況が続いていることにほかならない。これは、我が国社会が抱えている大きな問題といってよいだろう。これまでもさまざまな施策が講じられてきたが、社会制度を整備するだけでは差別は解消されない。なぜならば、差別には実態的差別と心理的差別とがあり、両差別が相互に因果関係を保ち、相互に作用しあって差別を再生産する悪循環をくり返しているからである。確かに、実態的な差別は社会制度を整備していくことである程度の改善をみることができるであろう。しかし、心理的差別は人々の内面にある差別であり、これは制度を整備するだけでは改善されることはない。それゆえに、教育が重要な意味をもつのである。 江戸時代中期以降、賤民に対する身分差別の政策が次第に強化されていった。
  • レポート 教育学 同和教育 いじめ 人権 差別
  • 550 販売中 2006/07/29
  • 閲覧(2,529)
  • 教育原論
  • S0101 教育原論・科目最終試験対策 過去問を調べ、佛教大学通信教育部の2010~11年度の科目最終試験対策として作成しております。 教科書を参考に要点をまとめて、効率よく試験勉強できるように作成しています。 制作にはかなり時間を要しましたが、この資料のお陰で一度も不合格なく、免許取得に至りました。 皆さんのお役に立てれば、幸いです。 試験は4科目受験するとして・・・これらの資料があれば、約一週間前から勉強すれば間に合うと思います☆ この資料を元に、ご自身が覚えやすいように資料を作り直していただけたらと思います。 他にも格安で、レポート・科目最終試験対策を公開しています。
  • 佛教大学 科目最終試験対策 ソクラテス ルソー 子供 教師 人間 コメニウス
  • 550 販売中 2011/10/21
  • 閲覧(2,573)
  • 教育評価
  •  まず、私たちが評価と聞いて思い浮かぶものは、やはり「通知表」・「テスト」ではないだろうか。   ここで、学校でテストを行ったとしよう。私たちは、点数をとるためだけに必死に勉強し、多くのものを覚え、それを頭に詰め込み、テストに臨んでいた。しかし、そのときの得点はどんな性質の数値であろうか。まず、0点を取ったからといってそれが必ずしも、テストで測定しようとしている内容についてまったく理解していないということにはならないだろう。そして、1問1問には配点というものがあるが、ある問いの1点1点の違いはそれに見合った理解の程度の違いを反映するものでもないだろう。また、配点を固定して考えれば、得点の大小は順序の違いを示すことになる。しかし、その得点が確たる根拠を持っているとは言いがたい。したがって、テストの点は順序尺度による測定の結果である。  通知表については、小学校のころは、「よくできました」・「ふつう」・「がんばりましょう」の3段階、中学校・高校のころは「5」・「4」・「3」・「2」・「1」の5段階、というような評価を受けていた記憶があるが、同様に、通知表の数値・記号・語句もこのテスト結果に基づいて決定されるものであれば、順序尺度による測定結果ということになる。  そうやって考えると、私たちが受けてきた「評価」という活動は、実は単に測定の一種にすぎないことがわかる。 では、「評価」は私たちの何を測定してきたのだろうか。私は、教師の定める目標を集団という枠組みの中でどれだけ理解し、その目標に近づけたかを測定していたように思う。教師がここを解ってほしいと思う部分がテストという形で出題されるため、必死になってそこを暗記し、テストで点数をとるように努めていた。そして、集団内での個人点数の位置づけから「5」・「4」・「3」・「2」・「1」の評価がつけられていたのではないだろうか。
  • レポート 教育学 教育 評価 学校 成績
  • 550 販売中 2006/02/27
  • 閲覧(2,275)
  • ゆとり教育
  •  1980年(昭和55年)から施行された「ゆとり」学習指導要領。それから2002年度に実現した学校教育の教科内容の3割削減(新学習指導要領)という打撃を受け、日本の普通教育は一段と衰滅への歩調を加速するのではないか。このままほっておけば、いっそう貧しい教育が日本全土でこれからの日本を支え、創っていく子供たちの才能をたち枯らせてしまう。教育は本当にゆとりでいいのだろうか。  今日、教育改革のキーワードが「ゆとり教育」と「生きる力」であり、そのために学習内容の大幅な削減がされ、同時に「学力」の低下をもたらしたと言える。その中でもっと重要な学習内容の大幅な削減は1992年実施の指導要領に比べても「小学校6年間で511時間、ゆとり教育開始の1980年指導要領比718時間、最も初等中等教育が充実していたと言われる1971年実施指導要領比では1000時間もの削減」注1)となっている。中学でも同様の状況なので、中学を卒業した段階で身につけている学習内容は当時と今では相当違うことが分かる。  日本人の多くは気がついていないが、日本の教育は、世界の国々に対して大きな遅れをとっている。「現在の日本の子供たちは、先進国やアジアの発展途上国の中で、最も内容の薄い教科書を用い、最も少ない授業時間によって主要科目を学習している。」注2)信じられないことに、現行の学習指導要領下では、中学三年生の数学と理科の学習時間をみてみると、アメリカの同学年に比べて半分、オーストリアに比べると4割しかない。その他の多くの国々に比べても、学習時間が大幅に少ない。果たしてこのままで日本は大丈夫なのであろうか。  私を含め、現代の人の多くが円周率は3となったと思っているかもしれないが、それは間違いであり、新学習指導要領に「円周率としては3.14を用いるが,目的に応じて3を用いて処理できるよう配慮するものとする。」注3)とある。
  • レポート 教育学 ゆとり教育 学習 教育 指導
  • 550 販売中 2006/03/04
  • 閲覧(3,732)
  • イギリスの教育
  • イギリスの教育 イギリスのユニークな学校教育は、一人一人が自分の資質を発見し、目覚め、それを伸ばすことで豊かな人生を送ることが出来るように多くの機会を与えることを目的として作られています。教師は事実を生徒に教えるだけではなく、生徒が自分で考え、生きていく上でそれを使えるような指導をすることが要求されます。 イギリスの教育の根本は、小学校から「社会の中でどう生きるか」を教えることにあります。チャレンジすることから自信が生まれ、その繰り返しにより、子どもたちは自立の基礎を作っていきます。本来「子どもだから許される」というものは社会にはなく、しかし大人でも子どもでも「間違いから学ぶ」ことは出来るとい
  • イギリス 教育 日本 文学 課題
  • 550 販売中 2009/06/09
  • 閲覧(2,195)
  • 教育課程
  • 教育課程論 1 江戸時代の教育課程 江戸時代中期になり経済が発展してくると、商人や農民の間でも商売のための手紙のやり取りや田畑の仕事の記録、娯楽として読書が普及してきたため、読み書きの能力が求められるようになった。これらの要求に応じて子どもたちに教育を受けさせる機関として「寺子屋」が各地に生まれ、広まっていった。 寺子屋は庶民を対象とした教育機関で、男子でも女子でも行きたい人は通うことができ、寺子屋に行くか否かは個人の任意によるものであった。寺子屋の教育目的は、生活していくうえで必要な読み書きの能力や数字の知識等を身につけることであり、教育内容は文字や数字の学習等、基本的には実学的なものであったと言われている。授業は今のような一斉授業の形式ではなく、生徒一人一人に応じて往来物や師匠によるお手本を用いて行う個人学習であり、その方法は授業というよりは、むしろ「受業」と呼ばれるべきもので子どもたちは師匠に与えられた課題をこなして初めて次の段階へ進むことができ、新しいことを習うことができた。この寺子屋に対して、江戸時代には「藩校」もあった。寺子屋が庶民を対象とした学びの場だったのに対し、藩校は家臣の子弟、男子のみに開かれた機関であり任意によるものではなく、ほぼ強制的なもので、家臣の子弟が家を継ぐ力を身につけることを目的として創設された。そこで教育されていた内容としては実務的な事務的能力を習得することよりも、上に立ち庶民に尊敬されるような人格を備えるために教養を身につけることに重点が置かれていた。子どもたちは理由や意味を説明されることなしに、理解することなしに中国古典である四書五経を何度も何度も読み覚え、「読書百遍意自通」と言われるような学習法を強いられていた。寺子屋とも共通している部分であるが、江戸時代の子どもたちは授業を受けるのではなく「とにかく覚える」そんな方法で学んでいたといえる。 2 明治~昭和期の教育課程 19世紀後半、欧米列強によるアジア植民地化が進む状況の中で開港をせまられた日本にとって国の統一・近代化、富国強兵制度を推し進めるための国民教育制度の確立は緊急を要する課題であった。1871(明治4)年に文部省が創設され、翌1872(明治5)年には「学制」が公布されて国民皆学の方針が維新政府によって示された。この「学制」は欧米先進国の教育制度をモデルとしたもので教育行政のシステムはフランスの中央集権的な公教育制度から、教育方法はアメリカの功利主義的思想からの影響を大きく受けていたといわれている。 国民を忠良なる臣民から主権者に育て上げるために、教科書は絶対化され、与えられた教科書をいかに効率よく子どもたちに覚えさせるか。それが当時の教師の役割であった。一斉授業が始まったのも明治時代からで、これまでの手作り・手作業の授業から一転、規格化され、大量生産を行う教育工場のようになってしまった。1947年、日本国憲法が制定されてから学習指導要領が出される。より賢い主権者を育てるため、問題解決学習、自治活動、課外活動が取り入れられ、経験主義の教科内容が提案された。この学習指導要領においては「児童や青年の興味・自発性」が重視されていた。 しかしその後、児童生徒の基礎学力の低下、青少年の非行、規律の低下などが問題となり、学校教育においても何らかの対応策が求められるようになった。そのため1958(昭和33)年の学習指導要領の改訂では道徳教育・基礎学力・科学技術教育に重点が置かれるようになった。共産主義に対する盾として、また高度経済成長を支えていけるような人材養成
  • 教育課程 仏教大学 佛教大学 課題 学習指導要領 寺子屋
  • 1,650 販売中 2008/06/27
  • 閲覧(3,117)
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