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		<title>タグ“社会”の公開資料</title>
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		<description>タグ“社会”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[犯罪者処遇の権力作用と刑罰や矯正教育の功罪について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18206/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mirai0903]]></author>
			<category><![CDATA[mirai0903の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Jan 2008 13:34:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18206/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18206/" target="_blank"><img src="/docs/983428864901@hc07/18206/thmb.jpg?s=s&r=1200803691&t=n" border="0"></a><br /><br />犯罪者処遇の権力作用と刑罰や矯正教育の功罪について
１、現行の犯罪者処遇の概要
犯罪・非行行為とは、その社会の構成員が等しく認め合う規範に基づき形成された法律を犯したり、犯す恐れのある行為である。その行為は、社会秩序、治安を乱し、社会の構成[356]<br />犯罪者処遇の権力作用と刑罰や矯正教育の功罪について
１、現行の犯罪者処遇の概要
犯罪・非行行為とは、その社会の構成員が等しく認め合う規範に基づき形成された法律を犯したり、犯す恐れのある行為である。その行為は、社会秩序、治安を乱し、社会の構成員の生命危機をも招くのである。社会は、公権力を行使し、犯罪者・非行者の行動を干渉し、その社会の持つ規範を維持しなければならない。それが、社会における安定と発展のための要素である。その公権力を背景とした犯罪者・非行者への干渉が、犯罪者処遇である。
公権力による犯罪者処遇の目的には、①社会の安定、秩序の維持。②犯罪者・非行者にその社会規範の習得を行うこと。③犯罪者・非行者の社会復帰、社会参加への援助等がある。このことは同時に、公共と個人との福祉の維持・発展を意味し、犯罪者個々人に着目した再犯予防策としての犯罪者処遇には、社会防衛的視点が強いといえる。すなわち犯罪者処遇に病気の治療をモデルとした改善処遇をあてはめると、犯罪・非行の負因の除去・軽減を基本に、犯罪に陥ることなく社会生活を営む手段を考え、本人の回復力を基本に、犯罪的負因の除去・軽減そのものよりは..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[間接援助技術の必要性と課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18205/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mirai0903]]></author>
			<category><![CDATA[mirai0903の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Jan 2008 13:34:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18205/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18205/" target="_blank"><img src="/docs/983428864901@hc07/18205/thmb.jpg?s=s&r=1200803649&t=n" border="0"></a><br /><br />間接援助技術の必要性、今後の課題について
１、はじめに
間接援助技術とは、利用者本人に対人的に行う直接援助技術の背景に当たる環境、つまり地域における支援体制作り、社会福祉援助技術の促進や、直接援助技術を有効的に進める為の方法や技術の総称であ[356]<br />間接援助技術の必要性、今後の課題について
１、はじめに
間接援助技術とは、利用者本人に対人的に行う直接援助技術の背景に当たる環境、つまり地域における支援体制作り、社会福祉援助技術の促進や、直接援助技術を有効的に進める為の方法や技術の総称である。
直接援助技術は、利用者の問題解決を直接的に援助するものであり、逆に間接援助技術は、利用者を取り巻く環境を整備し、文字通り間接的に援助していくものである。お金が沢山あっても、お店が無ければ使い道が無い。正に直接援助技術と間接援助技術は表裏一体の関係なのである。
２、間接援助技術の必要性
　間接援助技術の必要性は次の四つである。
　①社会資源の整備：福祉サービスを必要とする人が、その必要に応じて的確な援助を受けるためには、生活する地域に必要な福祉サービスが整備されていなければならない。
　②周知：社会資源が整備されていても、周知されていなければ利用できない。
　③連携：福祉の諸サービスと保健・医療サービスなどとのネットワークが形成され、連携がとれていなければ、的確な援助を行なうことが出来ない。
　④地域社会の組織化：地域住民の福祉に対する理解や協力..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ライフサイクルにおける精神保健について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18207/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mirai0903]]></author>
			<category><![CDATA[mirai0903の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Jan 2008 13:35:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18207/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428864901@hc07/18207/" target="_blank"><img src="/docs/983428864901@hc07/18207/thmb.jpg?s=s&r=1200803724&t=n" border="0"></a><br /><br />「ライフサイクルにおける精神保健について」
１、精神保健とは
広義の意味において精神保健とは、精神の健康を保持、増進させること、即ち心理的にも身体的にも、社会的にもよりよい状態、環境を目指すための諸活動をさす。わが国では1987年に精神衛生[348]<br />「ライフサイクルにおける精神保健について」
１、精神保健とは
広義の意味において精神保健とは、精神の健康を保持、増進させること、即ち心理的にも身体的にも、社会的にもよりよい状態、環境を目指すための諸活動をさす。わが国では1987年に精神衛生法が改正され精神保健法になり、更に1995年の改正で「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律（精神保健法）」と改められた。同法第1条には、精神障害者等の医療・保護、社会復帰の促進、自立と社会経済活動への参加の促進のための援助、発生の予防と共に、国民の精神的健康の保持・増進に努めることによって精神障害者等の福祉の増進と国民の精神保健の向上を図ることが目的として述べられている。
世界保健機関は、「精神保健とは生物学的、医学的、教育的、および社会的な側面から精神的健康を促進し、よりよい人間関係を作ることである」と定義している。
２、ライフサイクルと精神保健
ライフサイクルを小此木は「一人の人間が、生まれ育って青年期を迎え、やがて成人期、そして初老期、老年期へと人生をたどっていく、その一貫した流れと、各年代の段階で、それぞれに特有な精神的な発達課題に出会い、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中国経済の転換]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963373013352@hc08/18138/]]></link>
			<author><![CDATA[ by touka]]></author>
			<category><![CDATA[toukaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Jan 2008 04:15:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963373013352@hc08/18138/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963373013352@hc08/18138/" target="_blank"><img src="/docs/963373013352@hc08/18138/thmb.jpg?s=s&r=1200597311&t=n" border="0"></a><br /><br />中国経済の転換
　1978年の三中全会における経済体制改革が計画経済体制から市場経済体制へ移行させるポイントであったと捉えている。まずこの移行のタイミングがどういう意義があるのか考えてみたい。
　社会主義を捉える上でソ連という国は欠かせない[348]<br />中国経済の転換
　1978年の三中全会における経済体制改革が計画経済体制から市場経済体制へ移行させるポイントであったと捉えている。まずこの移行のタイミングがどういう意義があるのか考えてみたい。
　社会主義を捉える上でソ連という国は欠かせないが中国、というよりも毛沢東の理想とする社会主義がソ連のそれとマッチしていなかったことは大きい。のちに1960年の中ソ対立で明らかになるものであるが、ソ連は労働者階級を意識した社会主義であったのに対し、中国の社会主義は農民を強く意識したものであった。一つには中国の人口に対する農民比が非常に高かったことがある。1976年の毛沢東の死とともにそれらの考えは否定（文..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[体育と安全に関する学習指導の関係]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430040101@hc06/18127/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bd]]></author>
			<category><![CDATA[bdの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 17 Jan 2008 15:32:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430040101@hc06/18127/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430040101@hc06/18127/" target="_blank"><img src="/docs/983430040101@hc06/18127/thmb.jpg?s=s&r=1200551568&t=n" border="0"></a><br /><br />体育と安全に関する学習指導の関係。
学習指導要領を見ると「 学校における体育・健康に関する指導は，学校の教育活動全体を通じて適切に行うものとする。特に，体力の向上及び心身の健康の保持増進に関する指導については，体育科の時間はもとより，特別活[356]<br />体育と安全に関する学習指導の関係。
学習指導要領を見ると「 学校における体育・健康に関する指導は，学校の教育活動全体を通じて適切に行うものとする。特に，体力の向上及び心身の健康の保持増進に関する指導については，体育科の時間はもとより，特別活動などにおいてもそれぞれの特質に応じて適切に行うよう努めることとする。また，それらの指導を通して，家庭や地域社会との連携を図りながら，日常生活において適切な体育・健康に関する活動の実践を促し，生涯を通じて健康・安全で活力ある生活を送るための基礎が培われるよう配慮しなければならない。」と述べられている。
これは学校における体育・健康に関する指導について述べた項であり、総則においてこのように体育と安全を結び付けて表現されていることから、体育・健康に関する指導において安全というものを重要視していることがわかる。同時に、この項目からは安全教育は生命の尊重にかかる自己および他人の安全を確保するために欠かせないことであり、当然学校教育においても非常に重要であると言える。小学校の安全教育については、学習指導要領および安全に関する文部省（現文科省）通達の趣旨に基づい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ボランティア活動の自発性とボランティア活動を推進するＮＰＯの関係について述べよ。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963928667945@hc07/17995/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kotaro523]]></author>
			<category><![CDATA[kotaro523の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Jan 2008 19:37:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963928667945@hc07/17995/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963928667945@hc07/17995/" target="_blank"><img src="/docs/963928667945@hc07/17995/thmb.jpg?s=s&r=1200393446&t=n" border="0"></a><br /><br />　ボランティア活動の自発性とボランティア活動を推進するＮＰＯの関係について述べよ。
これからの社会福祉の充実を考えた場合、ものやお金などの物質的な援助よりも、むしろ人間らしく生きがいをもって生きるための、教育、文化、体育などの対人的サービス[358]<br />　ボランティア活動の自発性とボランティア活動を推進するＮＰＯの関係について述べよ。
これからの社会福祉の充実を考えた場合、ものやお金などの物質的な援助よりも、むしろ人間らしく生きがいをもって生きるための、教育、文化、体育などの対人的サービスの援助が求められることになるだろう。社会福祉ニーズとして求められるものが、単なる金品の援助ではなく、人間的で心の通ったものであるとすると、国や行政が実施する福祉プログラムだけではそのニーズに十分に応えることはできない。なぜならば、国や行政の福祉への努力は、金品の援助や人材確保といった面では貢献しやすいが、その人材の精神的な部分や、福祉援助に対するやる気への配慮においては限界があるからである。また、行政の取り組みは、制度として長期的に継続できるかが重要であり、さまざまな人たちの意見を聞き、どこからも批判が出ないようにプログラムが組まれる。そのため、サービスの柔軟性や機敏性という面で、問題が生じやすい。そこで、自発性・柔軟性を基本のエネルギーとする、「ボランティア活動」が必要となるのである。
ボランティア活動とは、「個人の自由な意思に基づき、金銭や名誉等..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[気候安全保障に関する報告]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17897/]]></link>
			<author><![CDATA[ by caduceus]]></author>
			<category><![CDATA[caduceusの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 15:02:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17897/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17897/" target="_blank"><img src="/docs/983428999201@hc07/17897/thmb.jpg?s=s&r=1200290552&t=n" border="0"></a><br /><br />気候安全保障（Climate Security） 
に関する報告 
平成19年5月 
中央環境審議会地球環境部会 
気候変動に関する国際戦略専門委員会 
気候安全保障（Climate Security）に関する報告 
目 次 
要約 １ 
[254]<br />気候安全保障（Climate Security） 
に関する報告 
平成19年5月 
中央環境審議会地球環境部会 
気候変動に関する国際戦略専門委員会 
気候安全保障（Climate Security）に関する報告 
目 次 
要約 １ 
本文 ７ 
１． 検討の背景 ９ 
２． 気候変動の影響 １３ 
３． 気候安全保障の考え方 １６ 
（１）安全保障の概念の広がり １６ 
（２）気候安全保障の考え方 １７ 
４．気候安全保障の下での国際的な気候変動政策 ２１ 
５．おわりに ２４ 
（別添１）専門委員会委員名簿 ２５ 
（別添２）審議経緯 ２６ 
参考資料 ２７ 
１． グレンイーグルズ・プロセスの概要と気候変動に関する最近の動き ２９ 
２． バイデン・ルーガー決議案 ３ １ 
３． アナン元国連事務総長のステートメント概要 ３ ５ 
４． 国連安全保障理事会での気候変動と安全保障に関する議論概要 ３ ７ 
５． ＩＰＣＣ第四次報告書の概要 ３ ８ 
６． スターン・レビュー概要 ４ ５ 
1
気候安全保障（Climate Security）に関する報告 
（要 約） 
2
3
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自由労働思想の史的展開]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17841/]]></link>
			<author><![CDATA[ by caduceus]]></author>
			<category><![CDATA[caduceusの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Jan 2008 18:30:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17841/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17841/" target="_blank"><img src="/docs/983428999201@hc07/17841/thmb.jpg?s=s&r=1200216633&t=n" border="0"></a><br /><br />第二章「自由労働思想の史的展開」
　　　　　　　　　　　　　　　　　
この章の目的とは？
自由主義ないし功利主義といった社会思想を、アメリカ革命期以降のより大きな歴史的文脈の中においてとらえ直し、そのうえでこの思想が奴隷制反対とどのように関[354]<br />第二章「自由労働思想の史的展開」
　　　　　　　　　　　　　　　　　
この章の目的とは？
自由主義ないし功利主義といった社会思想を、アメリカ革命期以降のより大きな歴史的文脈の中においてとらえ直し、そのうえでこの思想が奴隷制反対とどのように関わるのかを検討している。そして、奴隷制廃止の精神史的な意義やアメリカ自由主義の歴史的な特質を理解できるようにしている。
第一節　共和主義の経済倫理
１　アメリカ革命期の労働思想
ベンジャミン・フランクリンの思想（アメリカ革命期～南北戦争期の社会思想のベース）
1730年代に13の徳［節制、沈黙、規律、決断、節約、勤勉、誠実、正義、中庸、清潔、平静、純潔、謙譲］の定式化
&rarr;これをマックス・ウェーバーと大塚久雄が分析、解釈
ウェーバー・大塚理論：
正当な利潤を天職として組織的かつ合理的に追求するという「資本主義の精神」は、日常の世俗的生活の中で生活の規律化と方法化、神の道具としての生活実践の重視という「世俗内的禁欲」によって生み出された。具体的には、勤労・節約・質素という倫理的態度を実践すること自体が目的として追求されていたが、やがて自己労働の投下による..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[経済学の考え方]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148501@hc05/17836/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kejiro]]></author>
			<category><![CDATA[kejiroの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Jan 2008 16:30:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148501@hc05/17836/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148501@hc05/17836/" target="_blank"><img src="/docs/983432148501@hc05/17836/thmb.jpg?s=s&r=1200209427&t=n" border="0"></a><br /><br />経済学の考え方
戦後の経済学
ケインズ革命
　第二次世界大戦後の経済学はケインズ革命に始まるといってもよい。ケインズは経済学者として、専門家だけでなく一般の人々に対しても、その思考に対して、世界的な次元で影響を与えるとともに他の様々な領域に[354]<br />経済学の考え方
戦後の経済学
ケインズ革命
　第二次世界大戦後の経済学はケインズ革命に始まるといってもよい。ケインズは経済学者として、専門家だけでなく一般の人々に対しても、その思考に対して、世界的な次元で影響を与えるとともに他の様々な領域においても、その一生を通じて天才的な活躍をした。と称えられた。
アメリカの大学とケインズ経済学
　第二次世界大戦を契機として、世界の経済学研究の中心は、イギリスの大学からアメリカの大学に移っていった。経済学の場合このような現象は大きな意味を持つ。アメリカの諸大学が、社会的、政治的、経済学的要因によってかなり直接的に影響を受けやすい制度、組織を持っているため経済学の発展の方向がこのことによってかなりの程度左右されることになってしまったということがあるからである。
マッカーシイズムと経済学
　マッカーシイズムというのは、ウィスコンシン州選出のマッカーシ上院議員が、1940年代終わり頃から50年代前半にかけて激しい反共運動を展開し、一つの政治的、社会的潮流を作り出したことにつけられた名前である。
　マッカーシイズムあるいはその延長線上にある非米活動委員会は、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ドイツ政治社会論レポート課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148501@hc05/17835/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kejiro]]></author>
			<category><![CDATA[kejiroの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Jan 2008 16:28:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148501@hc05/17835/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148501@hc05/17835/" target="_blank"><img src="/docs/983432148501@hc05/17835/thmb.jpg?s=s&r=1200209324&t=n" border="0"></a><br /><br />「ドイツ政治社会論」レポート課題
課題
フランス(ヨーロッパ)と日本を例にとり、両社に共通する、二つの対比的な社会についての考え方が述べられています。それぞれの考え方について、ドイツの例も挙げて記述しなさい。
ここで述べられた社会のあり方に[350]<br />「ドイツ政治社会論」レポート課題
課題
フランス(ヨーロッパ)と日本を例にとり、両社に共通する、二つの対比的な社会についての考え方が述べられています。それぞれの考え方について、ドイツの例も挙げて記述しなさい。
ここで述べられた社会のあり方について、あなたの考えを記しなさい。
　社会という生活のなかで、外国人問題を振りかざす日本人というのは、日本人の純粋性・純潔性を訴えたいです。ある意味では政治的な道具でしょうが、訴えることで自分たちの信条を広めていきたいのでしょう。これはフランスでも日本でも両者に共通して、全く同じような論理なのではないかと思います。ただそういう論理が推し進められると社会はどうなっていくのかと考えると、いろいろな可能性を閉ざす社会になるのではないかと思います。その一点においては、日本にとってもフランスにとってもすごく不利益な考え方だと思います。またドイツは、ヨーロッパ諸国が移民を社会に統合するため何らかの形で血統主義や出生地主義を取り入れていたにも関わらず「われわれは移民国家ではない」と血統主義だけに固執していました。
しかし当時の状況と今の状況を比べると、外国人を取り..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[子どもへの望ましい関わり方]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430135001@hc06/17830/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みるく]]></author>
			<category><![CDATA[みるくの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Jan 2008 12:58:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430135001@hc06/17830/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430135001@hc06/17830/" target="_blank"><img src="/docs/983430135001@hc06/17830/thmb.jpg?s=s&r=1200196728&t=n" border="0"></a><br /><br />　急速に進んでいく我が国の少子化は子ども達だけでなく、社会全体の問題として複雑で様々な問題を含んでおり、国会でも失言が問題になるほど大変重要な課題としてとらえられている。本来「こどもは未来の宝物」昔から言われてきたように、社会全体が未来を持[360]<br />　急速に進んでいく我が国の少子化は子ども達だけでなく、社会全体の問題として複雑で様々な問題を含んでおり、国会でも失言が問題になるほど大変重要な課題としてとらえられている。本来「こどもは未来の宝物」昔から言われてきたように、社会全体が未来を持った子ども達が輝く人生を歩んでいけるようにサポートしていかなければならないのである。しかし昨今は子どもへの虐待や子殺し、いじめ問題、教師の質の低下など実にあらゆる問題を抱えており、子ども達を取り巻く環境は年々悪化してきているといえる。誰もが「子どもへの望ましい関わり方」を知っていればこのような問題は起こらないのではないだろうか。社会全体で子ども達をあらゆる困難から守り育てていくことが使命であるが、まず看護師として小児看護でできることは何か、どのような取り組みができれば子ども達がすくすくと健康に育つことができるのかを考えてみた。小児看護とは一言でいえば「健康な子ども達も疾患や障害を持った子ども達も区別することなく健康を維持し順調に育っていくことを見守る」ことである。またその対象も以前なら出生後より義務教育である15歳（中学３年生）までとされていたが、出..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[個別援助技術の展開]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429713001@hc06/17600/]]></link>
			<author><![CDATA[ by trickster]]></author>
			<category><![CDATA[tricksterの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 09:23:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429713001@hc06/17600/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429713001@hc06/17600/" target="_blank"><img src="/docs/983429713001@hc06/17600/thmb.jpg?s=s&r=1199924592&t=n" border="0"></a><br /><br />　「個別援助技術（ケースワーク）の展開過程について述べなさい。」
１　ケースワークとは
ケースワーク(個別援助技術)は、心理的･社会的な生活課題を抱えている個人や家族に対して、その課題を解決するために個別的に援助する技術である。ケースワーク[352]<br />　「個別援助技術（ケースワーク）の展開過程について述べなさい。」
１　ケースワークとは
ケースワーク(個別援助技術)は、心理的･社会的な生活課題を抱えている個人や家族に対して、その課題を解決するために個別的に援助する技術である。ケースワークは、クライエントとケースワーカーとの専門的で信頼的な人間関係のうえに成立する。
２　個別援助技術の展開過程。
個別援助技術の展開過程では、これまで診断主義の立場を取り入れながら、援助の展開過程は，①受理(インテーク)、②調査(ケース・スタディ)、③社会診断、④社会治療という区分で紹介されてきた。また、ほかに機能主義のようなワーカーとクライエントとの関係の活動に重点をおいて、①初期の局面、②中期の局面、③終結の局面という時間的経過による区分もある。しかし、近年は生活モデルの視点から、個人の問題解決能力と取り巻く環境を重視した、より拡大された援助展開がみられるようになってきた。ここでは、①援助の開始期（インテーク・アセスメント・プランニング）、②援助の展開期（インターベンション・モニタリング）、③援助の終結期に区分してまとめる。
Ⅰインテーク（受理）
　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[福祉政策]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429063001@hc07/17582/]]></link>
			<author><![CDATA[ by impact0716jp]]></author>
			<category><![CDATA[impact0716jpの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 03:19:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429063001@hc07/17582/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429063001@hc07/17582/" target="_blank"><img src="/docs/983429063001@hc07/17582/thmb.jpg?s=s&r=1199816368&t=n" border="0"></a><br /><br />福祉政策
私の身近にある福祉問題を考えた時、まず思い浮かんだのが高齢者の福祉であった。人は誰でも歳を取っていく。歳を取っていくことはどう頑張っても止めることは出来なくて、皆平等なスピードで老いていく。
私が高校生２年生の頃までは、父方母方、[356]<br />福祉政策
私の身近にある福祉問題を考えた時、まず思い浮かんだのが高齢者の福祉であった。人は誰でも歳を取っていく。歳を取っていくことはどう頑張っても止めることは出来なくて、皆平等なスピードで老いていく。
私が高校生２年生の頃までは、父方母方、両方の祖父祖母が元気であった。母方の方には曾祖母もいた。しかし、父方の祖父、母方の曾祖母、祖父の順にここ数年でお別れをした。皆、長生きをしてくれて、悲しいことではあるが、仕方がない順序であるとも思った。
人が老いていくと、生活に様々な支障が出てくるのを特に身をもって感じたのが、母方の曾祖母と祖父のことであった。二人とも歳を重ねていたが、自分で歩き、お風呂にも入ったり、生活をするにあたっての最低限のことは出来ていた。しかし、二人とも、ふとしたことでこけてしまい、足を骨折してしまった。よって、二人ともベットの上での生活を余儀なくされた。骨折をしたのは同時期ではなくて、もともと曾祖母、祖父、祖母の３人で暮らしていたので、曾祖母の介護は祖父と祖母、祖父の介護は祖母一人となってしまった。幸い私の家と近いので母が手伝いに行ったりもした。介護といってそう簡単なもの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国連における平和構築の潮流]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17574/]]></link>
			<author><![CDATA[ by caduceus]]></author>
			<category><![CDATA[caduceusの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 08 Jan 2008 22:59:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17574/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428999201@hc07/17574/" target="_blank"><img src="/docs/983428999201@hc07/17574/thmb.jpg?s=s&r=1199800793&t=n" border="0"></a><br /><br />25 外務省調査月報　2006/No. ２
国連における平和構築の潮流
─平和構築委員会設立─
山内　麻里
はじめに
１．平和構築委員会設立の背景 : 国連に於ける平和構築の取り組みの変遷
　　（１）平和構築概念の変遷
　　（２）国連におけ[316]<br />25 外務省調査月報　2006/No. ２
国連における平和構築の潮流
─平和構築委員会設立─
山内　麻里
はじめに
１．平和構築委員会設立の背景 : 国連に於ける平和構築の取り組みの変遷
　　（１）平和構築概念の変遷
　　（２）国連における調整・統合の取り組み
　　　　（イ）国連本部における統合の試み
　　　　（ロ）現場における統合の試み
　　　　（ハ）経済社会理事
会（経社理）による平和構築活動の調整の試み
　　（３）平和構築委員会（PBC）
２．平和構築委員会設置を巡る交渉 : 底流に流れる二つの問題
　　（１）積み残し案件に係る交渉
　　　　（イ）PBC の設置方法
　　　　（ロ）当該国の関与の在り方
　　　　（ハ）報告ライン
　　　　（ニ）PBC の議題設定 
　　　　（ホ）組織委員会の構成
　　（２）二つの根本問題
　　（３）決議採択後の交渉
おわりに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[吉田政権下における日米外交]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428651401@hc07/17218/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 縁]]></author>
			<category><![CDATA[縁の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 03 Jan 2008 18:34:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428651401@hc07/17218/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428651401@hc07/17218/" target="_blank"><img src="/docs/983428651401@hc07/17218/thmb.jpg?s=s&r=1199352845&t=n" border="0"></a><br /><br />吉田政権下における日米外交
　太平洋戦争は終戦を迎え、日本はGHQによる天皇と日本政府を通しての間接統治をされることになる。その間GHQとの間で濃密な交渉が日常的に重ねられていき、戦後日本社会の基礎と骨格が決定された。その中でも戦後日本の国[346]<br />吉田政権下における日米外交
　太平洋戦争は終戦を迎え、日本はGHQによる天皇と日本政府を通しての間接統治をされることになる。その間GHQとの間で濃密な交渉が日常的に重ねられていき、戦後日本社会の基礎と骨格が決定された。その中でも戦後日本の国際的位置を基本的に定めたという点で吉田茂の外交が果たした役割は大きい。
　　講和問題は、ダレスを国務省顧問に任命した。講和交渉が始まると、安全保障に関して二つのことが問題になった。一つは日本の再軍備問題である。吉田は再軍備を拒否する構えでいた。まず再軍備のためには憲法改正をしなければならず、憲法は軽々しく改正するものではない。また再軍備の負担に経済が耐え切れ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[少子化と経済]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428651401@hc07/17216/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 縁]]></author>
			<category><![CDATA[縁の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 03 Jan 2008 18:31:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428651401@hc07/17216/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428651401@hc07/17216/" target="_blank"><img src="/docs/983428651401@hc07/17216/thmb.jpg?s=s&r=1199352719&t=n" border="0"></a><br /><br />少子化と経済
現在日本は未曾有の少子化に直面している。これに加え、政府の予想よりも早く国内人口の減少が始まっているのだから、余計に深刻である。未来の労働人口が少ないということは、国内産業が将来的な危機にさらされるということを示している。ま[356]<br />　　　　　　　　　　　　少子化と経済
現在日本は未曾有の少子化に直面している。これに加え、政府の予想よりも早く国内人口の減少が始まっているのだから、余計に深刻である。未来の労働人口が少ないということは、国内産業が将来的な危機にさらされるということを示している。また現在の日本で行われている年金のシステムも、その根幹から揺るがしてしまうことになる。
どうして少子化が発生したのかというと、晩婚化や未婚化というのは、結婚に対する価値観が変わってきていることから起こる現象のようである。「結婚して出産することが女の幸せ」といわれていた時代は、とうの昔に過ぎている。余計に女性の結婚意欲は期待できないものにな..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生活保護の基本原理]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16872/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Dec 2007 12:00:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16872/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16872/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16872/thmb.jpg?s=s&r=1199070016&t=n" border="0"></a><br /><br />生活保護の基本原理
現行生活保護法は、日本国憲法第25条に基づき、生存権の保障を具体的に実現する重要な制度である。
次の4点が基本原理である。
国家責任の原理
生活保護法の目的を定めた最も根本的な原理であり、生活に困窮する国民の最低生活保障[346]<br />生活保護の基本原理
現行生活保護法は、日本国憲法第25条に基づき、生存権の保障を具体的に実現する重要な制度である。
次の4点が基本原理である。
国家責任の原理
生活保護法の目的を定めた最も根本的な原理であり、生活に困窮する国民の最低生活保障を、国がその責任において行うことを規定したものである。また、自立して社会生活を送ることが出来るように自立援助を図ることも併せて規定している。
無差別平均の原理
救護法及び旧生活保護法においては、生活困窮に陥った原因の内容によって保護をするかしないかが決定されていたが、現在の生活保護法は第2条において、「全て国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[公的扶助の歴史と概念]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16870/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Dec 2007 11:59:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16870/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16870/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16870/thmb.jpg?s=s&r=1199069961&t=n" border="0"></a><br /><br />公的扶助の歴史と概念
わが国において公的扶助といえば、社会保険、家族手当、社会福祉サービスと共に社会保障の制度体系を構成する一つの独立した制度であり、貧困者を対象としその最低生活を保障する個別的制度を指す概念であり、事後的に対応するナショナ[358]<br />公的扶助の歴史と概念
わが国において公的扶助といえば、社会保険、家族手当、社会福祉サービスと共に社会保障の制度体系を構成する一つの独立した制度であり、貧困者を対象としその最低生活を保障する個別的制度を指す概念であり、事後的に対応するナショナル・ミニマムを達成する為の最終的な公的生活保障制度である。世界各国において用いられる社会保障と言う用語は、その意義や内容や範囲について、必ずしも国際的に統一されたものにはなっていない。
公的扶助の中心になっている最も基本的な制度は、生活保護法に基づく生活保護制度である。生活保護法は、四つの基本原則をもとに、四つの保護の原則に基づき、ミーンズ･テストを要件とし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[福祉国家の思想と原理について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16868/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Dec 2007 11:56:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16868/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16868/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16868/thmb.jpg?s=s&r=1199069789&t=n" border="0"></a><br /><br />「福祉国家の思想と原理について述べよ。」
「ゆりかごから墓場まで」という言葉は有名である。福祉国家を象徴する言葉であり、一生国民の最低限の生活を保障するという意味である。それは国民全体の福祉向上の為に国家が法律を作り、貧しい人々の所得を保[356]<br />「福祉国家の思想と原理について述べよ。」
「ゆりかごから墓場まで」という言葉は有名である。福祉国家を象徴する言葉であり、一生国民の最低限の生活を保障するという意味である。それは国民全体の福祉向上の為に国家が法律を作り、貧しい人々の所得を保障し、それにより国民の健康で文化的な最低限度の生活を維持させることにある。福祉国家は第二次世界大戦後の新しい型の社会体制であり、資本主義社会の欠陥を更正するために、国民全体の福祉向上を国家に義務づけた。
そのような福祉国家が挙げる目標は、全ての国民に安定した生活を保障し、最低限度の生活を維持するために、貧困の解消、生活の安定、所得の平等化と、生活費を得る為の就労や、よりよい収入を得る為によい教育を受ける、または技術を身につけるための機会の平等など、自立助長に対する国家責任の原理を定めている。
1942年、英国はベヴァリッジ報告書を提出した。これは、「社会保険及び関連諸サービス報告書」のことをいい、個々人の努力ではどうすることも出来ない一般的生活水準の維持向上と、全ての国民に出来る限りの安定した快適な生活を保障するために、提出されたものである。この成立の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会福祉士の社会的役割]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16865/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Dec 2007 11:53:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16865/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16865/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16865/thmb.jpg?s=s&r=1199069602&t=n" border="0"></a><br /><br />社会福祉士の社会的役割
「社会福祉士及び介護福祉士法」とは、単独の身分法で定められたわが国最初の社会福祉士関係の国家資格であり、それまでの保育士資格や社会福祉主事任用資格に対して、対人サービスの担い手像を明確にした福祉専門職のあり方が模索さ[358]<br />社会福祉士の社会的役割
「社会福祉士及び介護福祉士法」とは、単独の身分法で定められたわが国最初の社会福祉士関係の国家資格であり、それまでの保育士資格や社会福祉主事任用資格に対して、対人サービスの担い手像を明確にした福祉専門職のあり方が模索され、福祉士制度の増設へと結実していくこととなった。
目的として、社会福祉士及び介護福祉士の資格を定めて、その業務の適正を図り、社会福祉の増進に寄与すること。社会福祉事業者を福祉士の有資格者でまとめ、わが国の社会福祉の発展を図ることである。
社会福祉士は、社会福祉士の名称を用いて、専門的知識・技術をもって、身体・精神上に障害がある、又は環境上の理由により日常生..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ボランタリズムの役割と使命]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16863/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Dec 2007 11:49:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16863/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16863/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16863/thmb.jpg?s=s&r=1199069376&t=n" border="0"></a><br /><br />ボランタリズムの役割と使命
「ボタンタリズム」とは、ラテン語を語源とし、自発・自主・任意・自由意志を意味する。市民の自由意志に基づき、自らの資金で報酬無しに社会福祉実施を行う思想であり「自主性」「公共福祉性」「民間性」を特徴とする活動を展開[358]<br />ボランタリズムの役割と使命
「ボタンタリズム」とは、ラテン語を語源とし、自発・自主・任意・自由意志を意味する。市民の自由意志に基づき、自らの資金で報酬無しに社会福祉実施を行う思想であり「自主性」「公共福祉性」「民間性」を特徴とする活動を展開する。
「ボランティア」という言葉が使われ始めたのは、20世紀前半になってからである。19世紀初頭の貧困問題に関心を持ち、隣友運動などの活動を通して、慈善事業を契機として20世紀前半にヨーロッパやアメリカにおいて成立し、発展した。このころCOSやセツルメント活動にボランティアという言葉が使用され始めた。
歴史的に見て欧米と日本のボランティア活動の異なる点は、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ゴルバチョフ、エリツィン、プーチン政権の北東アジア政策について比較検討する]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16823/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tennistennis]]></author>
			<category><![CDATA[tennistennisの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 29 Dec 2007 10:11:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16823/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16823/" target="_blank"><img src="/docs/983431251601@hc06/16823/thmb.jpg?s=s&r=1198890698&t=n" border="0"></a><br /><br />「ゴルバチョフ・エリツィン・プーチン政権の北東アジア政策について比較検討する」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
はじめに
ゴルバチョフからエリツィン、プーチンにいたるまでのモスクワの対中、対北朝鮮、対日政策をそれぞれの政権について分析[354]<br />「ゴルバチョフ・エリツィン・プーチン政権の北東アジア政策について比較検討する」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
はじめに
ゴルバチョフからエリツィン、プーチンにいたるまでのモスクワの対中、対北朝鮮、対日政策をそれぞれの政権について分析比較し、ソ連・ロシアの北東アジア政策がいかなる軌跡を描き、またいかなる成果を収めたか述べる。そして現政権であるプーチン政権の今後の政策や世界の大国の１つとして重要役割を果たすロシアの歩む方向に注目し考察する。
　では、三政権の対中、対朝鮮半島、対日の政策を比較検討していこう。
　
対中政策
　中国に対し、総合的に考えると三政権とも中ソ関係を大事にしているように思う。しかし、小泉とブッシュのような蜜月な関係ではなく、お互いの利益をさぐりあった外交ともいえる。
　まずゴルバチョフは、当初より中ソ関係改善に大いに意欲を持っていた。中ソの関係改善は中国にとって北の脅威を除去する上でも望ましく、ソ連にとっても利益は大きかった。
日本より中国に重点をおいていたと言える。
　はじめはソ連共産党中央委員会国際部の中に中国への接近を極力阻止しようという動きもあったこと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マックス＝ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を社会科学の例をだして論ぜよ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16822/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tennistennis]]></author>
			<category><![CDATA[tennistennisの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 29 Dec 2007 10:07:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16822/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16822/" target="_blank"><img src="/docs/983431251601@hc06/16822/thmb.jpg?s=s&r=1198890446&t=n" border="0"></a><br /><br />「社会科学の主要な役割は説明、理解、批判の３個とよく言われる、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の議論を例にして論ぜよ」
社会科学は社会現象を説明し、解釈し、社会を批判することをその目的としている。社会科学[358]<br />「社会科学の主要な役割は説明、理解、批判の３個とよく言われる、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の議論を例にして論ぜよ」
社会科学は社会現象を説明し、解釈し、社会を批判することをその目的としている。社会科学はこの３つの課題、説明、理解、批判を果たすための学問体系であるといってよい。
　説明とはかくかくじかじかの原因でこういう結果になったのだという類のことを指す。時間の流れとは因果関係がその中では大きな意味を持つ。このような意味での説明は、経験的な社会科学の第一の課題と言ってよい。
　これに対して解釈とは人間の行動の中に潜む意味、動機、理由といったものを読み取る、理解するという作業を指す。このような解釈と言う作業は社会科学が人間を扱う科学である限り、自然科学的な、時に無味乾燥な因果関係の分析に還元できないことが多い。むしろ、心の中の動機を探る、世界観を描きだすことが人間行動の解明に最も重要であることが多い。
　最後の課題として人間社会を批判的な目で見直すことである。自らの価値観や理想と照らし合わせて、距離を置いた観察をする所に社会科学が存在しうる。
　こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代社会の雇用問題と外国人労働者について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16821/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tennistennis]]></author>
			<category><![CDATA[tennistennisの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 29 Dec 2007 10:02:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16821/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16821/" target="_blank"><img src="/docs/983431251601@hc06/16821/thmb.jpg?s=s&r=1198890154&t=n" border="0"></a><br /><br />現代社会の雇用問題と外国人労働者について
　１、はじめに
私が今回「雇用」というテーマに設定したのは、３年生となり将来の仕事について考え始めるようになったからだ。新聞やニュースを見てみて、政治家達が盛んに「格差社会」と発言する根拠がわかって[356]<br />現代社会の雇用問題と外国人労働者について
　１、はじめに
私が今回「雇用」というテーマに設定したのは、３年生となり将来の仕事について考え始めるようになったからだ。新聞やニュースを見てみて、政治家達が盛んに「格差社会」と発言する根拠がわかってきたように思う。新聞でピックアップした記事を読み、調べ、具体的には今どのような問題が起こっているのか述べたい。
２、現代社会の雇用・賃金問題について
　現代の日本では、失業率は高く、派遣、パートやアルバイト、フリーターも増加しており、これらの問題は現代社会の課題となっている。
彼らはコンティンジェントワーカーと言われている。その労働状況は決してよいものではない。「仕事の継続を期待されていない労働者」
、「企業が労働サービス需要の発生地応じて活用する労働者」のことを指す。換言するならば、「企業が求める一時的な仕事をする労働者」ということが言える。大まかには、パートタイマー、アルバイト、契約社員、派遣労働者があげられる。
この中で、パートタイマー、アルバイト、契約社員は「非正規社員」。派遣労働者は「外部労働者」とも言われる。一般的に、非正社員は補助的な仕..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[企業法特講Ⅰ(金融法入門)レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16820/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tennistennis]]></author>
			<category><![CDATA[tennistennisの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 29 Dec 2007 09:59:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16820/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/16820/" target="_blank"><img src="/docs/983431251601@hc06/16820/thmb.jpg?s=s&r=1198889948&t=n" border="0"></a><br /><br />銀行事務の機械化の進展はめざましいものであるが、なかでも現金自動支払機(ＣＤ機)や現金自動入出機(ＡＴＭ)を利用して預金の払い戻し等が可能となり、しかも銀行窓口営業時間に関係なく、さらに預金取引銀行以外の銀行店舗においても払い戻しが可能とな[352]<br />銀行事務の機械化の進展はめざましいものであるが、なかでも現金自動支払機(ＣＤ機)や現金自動入出機(ＡＴＭ)を利用して預金の払い戻し等が可能となり、しかも銀行窓口営業時間に関係なく、さらに預金取引銀行以外の銀行店舗においても払い戻しが可能となるなど預金者にとって多くの利便性をもたらしているところであるが、新たな法律問題も生じている。そのなかでも預金者以外の無権利者によりこれらの機器を利用して預金が払い戻された場合の銀行の免責の問題は、それが民法の予定していない人対機械との取引であるところから多くの問題点を含むものとして議論を呼んでいる。
　平成17年８月10日法律第94号である。「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」、として預金保護法＝偽造カード法が成立した。
この法律は、偽造や盗難されたキャッシュカードが現金自動預払機（ATM）で不正に使用され、預貯金の引出し・借入れが行われた場合、金融機関が原則として全額被害補償するというものである。具体的に金融機関とは、銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、農漁協、郵便局などを指す..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[いじめ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429326001@hc06/16657/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ウタ]]></author>
			<category><![CDATA[ウタの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 27 Dec 2007 16:10:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429326001@hc06/16657/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429326001@hc06/16657/" target="_blank"><img src="/docs/983429326001@hc06/16657/thmb.jpg?s=s&r=1198739409&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　現在では少し前の頃に比べ比較的大きなニュースとして取り上げられなくなってきた「いじめ」問題は、学校というものが始まった当初から少なからず存在するものだった。しかし、今はこの「いじめ」によって不登校になったり自殺をしたりする子供ま[358]<br />はじめに
　現在では少し前の頃に比べ比較的大きなニュースとして取り上げられなくなってきた「いじめ」問題は、学校というものが始まった当初から少なからず存在するものだった。しかし、今はこの「いじめ」によって不登校になったり自殺をしたりする子供までいるようになってしまった。
つい最近の事件で北海道の小学校６年生の女児がいじめが原因となり学校で自殺をした。この子のように苦しんでいる子供はたくさんいるのになぜ周りにいる大人達はそれに気付いてやることができないのか、なぜ自殺する前に止めてやることができなかったのか、この事件と学校環境を踏まえて調べていこうと思う。
いじめの実態
では一体どのようなものを「いじめ」と呼ぶのか、そして教師達はそれをどのように対処しているのか例を挙げて見ていく。
まず一つは暴力だろう、いじめと聞いて最初に思うのはこれだろう。もう一つは精神的なものだ。
はじめの暴力のほうは子供の体を見れば明らかになり、比較的解決しやすい。しかしもう一つの精神的なものは一人ひとり感じかたが違うので、ある人はいじめと思わなくとも本人にはとてもひどい苦痛を感じている場合がある。最近起こった事件は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[大学の組織原理をどう再構築するか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16367/]]></link>
			<author><![CDATA[ by galileo]]></author>
			<category><![CDATA[galileoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 24 Dec 2007 17:08:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16367/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16367/" target="_blank"><img src="/docs/963584129802@hc07/16367/thmb.jpg?s=s&r=1198483688&t=n" border="0"></a><br /><br />大学の組織原理をどう再構築するか
--管理運営と教育・研究組織をめぐって-- 
　この研究セッションでは三つの報告とそれに基づく討論がなされた。冒頭で司会の吉田氏が示唆したように、このセッションでは主に二つの論点をめぐって報告・討論がなされ[346]<br />大学の組織原理をどう再構築するか
--管理運営と教育・研究組織をめぐって-- 
　この研究セッションでは三つの報告とそれに基づく討論がなされた。冒頭で司会の吉田氏が示唆したように、このセッションでは主に二つの論点をめぐって報告・討論がなされた。第一に大学の管理運営のあり方、第二に大学における教育組織と研究組織のあり方である。 
　周知のように、日本の大学は、戦前は主にドイツの大学を、また、戦後は主にアメリカの大学をモデルとしながら、日本的にアレンジして、管理運営され、また、教育研究がなされてきた。しかし、学問研究の変化と多様化、また情報化の進展に代表される経済社会の変化の中で、今日、我が国の大学の管理運営のあり方、教育・研究組織のあり方が抜本的に問い直されるに至った。その結果、1991年のいわゆる「大学設置基準の大綱化」を契機として、政府の大学・高等教育に関する政策レベルで大きな変化が生じ、これに応じて個々の大学レベルでも、大学組織の再構築のための模索が試みられているのである。このセッションでは、このような問題意識を前提として、再構築の試みをどのように評価するかををめぐって報告と討論が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ネイチャーズ・エコノミー－－エコロジー思想史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16347/]]></link>
			<author><![CDATA[ by galileo]]></author>
			<category><![CDATA[galileoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 24 Dec 2007 17:04:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16347/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16347/" target="_blank"><img src="/docs/963584129802@hc07/16347/thmb.jpg?s=s&r=1198483496&t=n" border="0"></a><br /><br />Ｄ・オースター『ネイチャーズ・エコノミー－－エコロジー思想史』リブロポート、一九八九年、四八二 + X 頁。
訳者あとがき
　本書の訳業に本格的に着手してから約六年になる。本書訳出のきっかけは、共訳者の一人である中山茂氏の論考「環境史の可能[346]<br />Ｄ・オースター『ネイチャーズ・エコノミー－－エコロジー思想史』リブロポート、一九八九年、四八二 + X 頁。
訳者あとがき
　本書の訳業に本格的に着手してから約六年になる。本書訳出のきっかけは、共訳者の一人である中山茂氏の論考「環境史の可能性」（『歴史と社会』創刊号、一九八二年）であった。この論考の発表を契機にして邦訳出版の話が具体化し、訳出には、中山氏の他、吉田忠氏と成定があたった。諸般の事情から、最終的な訳業の分担は、「はしがき」、「新版への序」、第一章、第二章の前半（五～五一頁）は中山氏、第十章、第十一章（二三五～二七一頁）は吉田氏、それ以外はすべて成定となった。なお、第二部訳出にあたっては、牛山輝代氏（国立音楽大学）が作られた訳稿を活用させていただいた。全体の八割以上を成定が担当したこと、最終段階で中山氏が長期の海外出張に出たりしたことなどから、訳文・訳語の整理も含めて訳業全体のとりまとめには成定があたった。 
　今、訳語の整理と書いたが、この面倒な作業は翻訳にはつきものとはいえ、本書についてはこれが最初から最後まで頭痛の種であった。まず、書名ともなっているnature&#039;s e..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アカデミック・キャピタリズムとアカデミック・フリーダムの間]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16342/]]></link>
			<author><![CDATA[ by galileo]]></author>
			<category><![CDATA[galileoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 24 Dec 2007 17:04:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16342/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16342/" target="_blank"><img src="/docs/963584129802@hc07/16342/thmb.jpg?s=s&r=1198483450&t=n" border="0"></a><br /><br />アカデミック・キャピタリズムとアカデミック・フリーダムの間：大学教授職の再定義をめぐって 
　2004年4月の国立大学の法人化は、我が国の大学の歴史にとって大きな転換点となるだろう。法人化を契機に、大学の理念、社会における大学の機能と役割な[346]<br />アカデミック・キャピタリズムとアカデミック・フリーダムの間：大学教授職の再定義をめぐって 
　2004年4月の国立大学の法人化は、我が国の大学の歴史にとって大きな転換点となるだろう。法人化を契機に、大学の理念、社会における大学の機能と役割などが、当初はそれほど明確ではないが、徐々に、そして決定的に変化していくものと考えられる。 
　国立大学の法人化それ自体は我が国に固有の出来事だが、法人化を促した背景と考えられるニュー・パブリック・マネジメントの導入や アカデミック・キャピタリズム（大学資本主義） の浸透は、知識基盤社会の進展とともに多くの国々に共通してみられる現象である。当然にも、20世紀末から21世紀初頭にかけての大学をめぐる大きな状況変化の中で、教育、研究、管理運営の中心的な担い手としての大学教授職のあり方も、問い直さざるを得ない。 
　以上のような状況認識に基づいて、研究セッション「大学教授職の再定義」というテーマが設定されたと言えよう。セッションでは、3人の報告者を得て、過去、現在、未来という時間軸に沿って大学教授職とは何かが論議された。 
　望田幸男氏は「歴史からみる大学教..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『科学革命の構造』との出会い]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16337/]]></link>
			<author><![CDATA[ by galileo]]></author>
			<category><![CDATA[galileoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 24 Dec 2007 17:03:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16337/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963584129802@hc07/16337/" target="_blank"><img src="/docs/963584129802@hc07/16337/thmb.jpg?s=s&r=1198483416&t=n" border="0"></a><br /><br />『科学革命の構造』との出会い 
一　自分史の中の『科学革命の構造』
　個人的な回想から始めたい。 　指折り数えてみると、筆者がＴ・クーンの『科学革命の構造』 （１） を読んだ のは今から四半世紀も前になる。その頃、筆者は、国立大学の工学部で[346]<br />『科学革命の構造』との出会い 
一　自分史の中の『科学革命の構造』
　個人的な回想から始めたい。 　指折り数えてみると、筆者がＴ・クーンの『科学革命の構造』 （１） を読んだ のは今から四半世紀も前になる。その頃、筆者は、国立大学の工学部で実験研究に携わっていた。 研究テーマは、放射化学radiochemistryという専門分野の中のトピック「放射壊変に伴う原子・分子 のイオン化」であった。すなわち、原子核の内部から、例えば&beta;線（電子）が放出された場合（放射 壊変）、ショックでその原子核を含んでいる原子・分子の外殻電子が多数放出され、原子・分子がイ オン化されるという現象を実験的に検証しようというのであった。 　１価ないし２価のイオン（外殻電子が１個あるいは２個なくなった状態）というのは通常の物理化 学的反応でもみられるのだが、放射壊変に伴って多価イオンが生成される点が特に興味深かったので ある。市販の質量分析計という分析・測定装置を改良して測定に供していた。イオン化された原子・ 分子を電気的に加速した上で、磁気的に弁別し、イオン価数毎に発生頻度をカウントするわけである 。工学的応用可..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ジェンダーとは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16256/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chips]]></author>
			<category><![CDATA[chipsの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Dec 2007 16:44:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16256/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16256/" target="_blank"><img src="/docs/963610296526@hc07/16256/thmb.jpg?s=s&r=1198223076&t=n" border="0"></a><br /><br />ジェンダーとは
１．文法における 性 (Grammatical gender)のこと。
２．生物学的性（Sex:the fact of being male or female）のこと。
３．社会科学の分野において、 生物学 的 性 に対す[230]<br />ジェンダーとは
１．文法における 性 (Grammatical gender)のこと。
２．生物学的性（Sex:the fact of being male or female）のこと。
３．社会科学の分野において、 生物学 的 性 に対する、「 社会 的・ 文化 的な性のありよう」として使われる場合がある。
４．社会学者の イヴァン・イリイチ の用語で、男女が相互に補完的分業をする本来的な人間関係のあり方。イリイチはその喪失を批判している。
先天的 ・ 身体 的・ 生物学 的性別を示すセックス（sex）に対する、 社会 的・ 文化 的性別のことを一般に日本ではジェンダーという（この場合の「ジェンダー」という用語それ自体には、良い悪いの価値判断を含むものではない）。
一方、欧米においては&quot;gender&quot;は、生物学的性の概念を含み、また文化的な差異とも異なるものとして認められる。
語源と用法
語源は ラテン語 のgenus（産む、種族、起源）である。共通の語源を持つ言葉としてgene（ 遺伝子 ）、genital（生殖の）、genre（ジャンル：仏語）などがある。「生まれついての種類」と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[夫婦別姓について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16254/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chips]]></author>
			<category><![CDATA[chipsの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Dec 2007 16:25:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16254/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16254/" target="_blank"><img src="/docs/963610296526@hc07/16254/thmb.jpg?s=s&r=1198221937&t=n" border="0"></a><br /><br />夫婦別姓について
　いわゆる「選択的夫婦別姓法案」が、本年も成立しそうにない。男女雇用機会均等法と並んで、ジェンダー（社会的な性別）をめぐる社会改革の一つの到達点となりうるこの法案がなかなか実現しないのは、それ自体この国の社会の、ジェンダー[358]<br />夫婦別姓について
　いわゆる「選択的夫婦別姓法案」が、本年も成立しそうにない。男女雇用機会均等法と並んで、ジェンダー（社会的な性別）をめぐる社会改革の一つの到達点となりうるこの法案がなかなか実現しないのは、それ自体この国の社会の、ジェンダーに対する意識の希薄さを示すものとして、非難されるべきものかもしれない。
　むろん私はこれについて賛成の立場をとる者である。しかし、そもそも夫婦別姓を何のために実現させるのか、賛成派の意見を見ても、私にはどうも釈然としないものが残る。夫婦同姓（通常は夫側の姓が選択される）が、直ちに性差別を意味するのか、これに別姓の選択肢を与えれば差別が解消されるのか、いやそもそもこれは性差別の問題なのか、考えれば多くの疑問が浮かぶ。（なお、そもそも婚姻制度そのものを廃止すべきとして、夫婦別姓を議論すること自体がナンセンスであるとする立場もある。しかし、これについては別個の論点が絡むので、ここでは議論を割愛する） 　一般的には、夫婦別姓は、主に女性の側から主張される。すなわち、女性は一般的に結婚してから元の姓を名乗れず、社会的に不利益を被るのは性差別である、だから夫婦別..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[新優生学とジェンダー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16249/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chips]]></author>
			<category><![CDATA[chipsの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Dec 2007 16:25:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16249/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16249/" target="_blank"><img src="/docs/963610296526@hc07/16249/thmb.jpg?s=s&r=1198221920&t=n" border="0"></a><br /><br />新優生学とジェンダー
　果たしていわゆる出生前診断において、胎児が障害をもつ場合（あるいは同性愛傾向や性同一性障害と置き換えることも可能であるが）、中絶が許されるか、という問題について、ジェンダー論の立場からはどのような答えが可能なのだろう[358]<br />新優生学とジェンダー
　果たしていわゆる出生前診断において、胎児が障害をもつ場合（あるいは同性愛傾向や性同一性障害と置き換えることも可能であるが）、中絶が許されるか、という問題について、ジェンダー論の立場からはどのような答えが可能なのだろうか。
　このような場合に中絶を許容する考えは、新優生学と呼ばれる。優生学(eugenics)といえば、ナチス・ドイツが推進した、健全なる国民の名のもとに、障害者や同性愛者など、政権により劣位にあるとされた形質の遺伝子を根絶するという、今では悪名高き思想である。しかし、ここで言われているのは、個人の「自由な」自己決定に基づく、あるいはそれを尊重するためのものである。従って、国家によるのでなく、個人の意思決定に基づくなら、優生学は正当化されるか、と問題を言い換えることもできる。
　この場合、自己決定の主体となるのは、生む性としての「女性」である。（なお私はＭＴＦトランスジェンダーとして、妊娠するというより妊娠させる側の身体を持つ、従ってこの問題については当事者ではないことは予めお断りしておく。）なにゆえに自己決定ということが主張されるかといえば、障害をも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ジェンダーは世界最大の暴力装置である]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16234/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chips]]></author>
			<category><![CDATA[chipsの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Dec 2007 16:23:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16234/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16234/" target="_blank"><img src="/docs/963610296526@hc07/16234/thmb.jpg?s=s&r=1198221794&t=n" border="0"></a><br /><br />ジェンダーは世界最大の暴力装置である
蔦森　樹
琉球大学法文学部・立教大学文学部兼任講師
国際基督教大学社会科学研究所・上智大学社会正義研究所共催 2002年度「第22回国際シンポジウム」ステートメント
原稿初出：『日本における正義：国内外[338]<br />ジェンダーは世界最大の暴力装置である
蔦森　樹
琉球大学法文学部・立教大学文学部兼任講師
国際基督教大学社会科学研究所・上智大学社会正義研究所共催 2002年度「第22回国際シンポジウム」ステートメント
原稿初出：『日本における正義：国内外における諸問題』
(国際基督教大学社会科学研究所・上智大学社会正義研究所編) 所収
2003年・御茶の水書房
性は限りなく実体化した可変概念
　一般的には人間には性があり、男でなければ女だと考えられています。生物学的な見地や医学的見地がこれに加わると男性もしくは女性、それ以外の例外に半陰陽があるといわれています。しかしそうなのでしょうか。
　生まれた性と逆の性別で生きるトランスジェンダーの人や、精神病の疾病名称である「性同一性障害」といった個人の状態につけられた新しい呼び名も含めて、男、女、半陰陽もすべてはあとからつけられた「ラベル」なのではないでしょうか。
　性だけではなく、人間につけられたさまざまなラベルの拡充と区別が昨今とても大事にされ、社会的な属性になり、階級形成の根拠に使われ、個人のアイデンティティの一部にも強く用いられています。ただの自分..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「区別」と「差別」を区別する]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16229/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chips]]></author>
			<category><![CDATA[chipsの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Dec 2007 16:22:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16229/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963610296526@hc07/16229/" target="_blank"><img src="/docs/963610296526@hc07/16229/thmb.jpg?s=s&r=1198221726&t=n" border="0"></a><br /><br />「区別」と「差別」を区別する
　「 戸籍訂正とジェンダーフリー 」を拝見しました。
　私の考えでは、戸籍訂正問題とジェンダーフリーと絡めて論じることについての「座りの悪さ」は、 ジェンダーフリーにおいて（例えばラジカル・フェミニズムにも昔か[350]<br />「区別」と「差別」を区別する
　「 戸籍訂正とジェンダーフリー 」を拝見しました。
　私の考えでは、戸籍訂正問題とジェンダーフリーと絡めて論じることについての「座りの悪さ」は、 ジェンダーフリーにおいて（例えばラジカル・フェミニズムにも昔から見られるように）「区別」と「差別」とが区別されていない点に由来するのではないかと思います。
　「差別」とは何かというと、差別の対象があるカテゴリーに属しているとして、そのカテゴリーを不当に「価値のないもの」「劣っているもの」と評価し、それによって相手（差別の対象）を不当に貶めるこ とで自分を相対的に高い位置に置く、ということです。そしてその動機は何かというと、それによって自己のアイデンティティ不安から（差別をするつど一時的に）逃れられるということ、つまりアイデンティ ティ補償にあります。一方、差別に利用されやすいカテゴリーとして例を挙げると、「異教徒」「黒人」 「部落」「在日朝鮮人」、そして「女」というのがあるわけですね。
　これらのカテゴリーは当然、何らかの差異によって「区別」される（カテゴライズされる）ことで生じるわけですが、しかし「差異」や「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民間福祉活動の歴史と今後の課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16192/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 23:58:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16192/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16192/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16192/thmb.jpg?s=s&r=1198076321&t=n" border="0"></a><br /><br />民間福祉活動の歴史と今後の課題
困難なときに人が人を支えるという行為を福祉の原点とするならば、人類の発生と共に福祉は始まり、制度も何もない時代では人々の助け合いが民間福祉活動そのものであったと言える。「博愛の世紀」と言われる1700年代のイ[350]<br />民間福祉活動の歴史と今後の課題
困難なときに人が人を支えるという行為を福祉の原点とするならば、人類の発生と共に福祉は始まり、制度も何もない時代では人々の助け合いが民間福祉活動そのものであったと言える。「博愛の世紀」と言われる1700年代のイギリスの民間慈善事業が源流であるとするのが一般的である。
前近代の社会福祉は、ムラ社会の相互援助、宗教による救済、支配者による政策的救済の3つの形態がある。近代化によって、ムラ社会から都市社会、家系的家族から核家族、経済的には資本主義社会の成立へと向かった。それにより、ムラ社会から都市に流入する大量の労働者によって大都市の隅に多くの貧困者と脱落者が移住するよ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会福祉制度と生存権について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16191/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 23:57:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16191/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16191/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16191/thmb.jpg?s=s&r=1198076276&t=n" border="0"></a><br /><br />「社会福祉制度と生存権について」
近代国家における社会福祉法制の基本理念とは、一言で言えば生存権保障という考え方であり、憲法25条は生存権を規定している。生存権保障を具体化するものとして社会福祉法、社会福祉六法、その他の主要な法律を挙げるこ[354]<br />「社会福祉制度と生存権について」
近代国家における社会福祉法制の基本理念とは、一言で言えば生存権保障という考え方であり、憲法25条は生存権を規定している。生存権保障を具体化するものとして社会福祉法、社会福祉六法、その他の主要な法律を挙げることができる。
日本の社会福祉政策の理念は第二次大戦終了前と後ではどのように変わったのだろうか。第二次世界大戦前は、生存権思想がまだ明確に示されず、特に社会事業は国民に対してうえからの恩恵として与えられるべきものと考えられていた。第二次世界大戦終了後になると、諸法律や社会的政策は、少なくとも理念的には全て憲法25条の精神に根本を発しているものと見なければならな..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地域のおける福祉について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16190/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 23:57:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16190/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16190/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16190/thmb.jpg?s=s&r=1198076221&t=n" border="0"></a><br /><br />「地域のおける福祉について、あなたなりの考えを述べなさい」
近年、福祉に対する国民の関心が高まり、ノーマライゼーション理念が徐々に浸透し始めた。福祉援助を必要とする人を社会福祉施設へ入所させ援護するとうい考え方から、住み慣れた地域の中で家庭[358]<br />「地域のおける福祉について、あなたなりの考えを述べなさい」
近年、福祉に対する国民の関心が高まり、ノーマライゼーション理念が徐々に浸透し始めた。福祉援助を必要とする人を社会福祉施設へ入所させ援護するとうい考え方から、住み慣れた地域の中で家庭を基盤にして、地域社会の人々と交流しながら自らの能力を最大限発揮し誰もが自分らしく誇りを持って社会の一員として暮らしていける社会があるべき姿であるという、住み慣れた地域の中で「共に生きる」という考え方に変化してきている。施設福祉から在宅福祉へと変化するにつれて「地域福祉」が重要視されるようになってきたのだ。重要視される理由として、以下の5点を挙げる。
生活リ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[本質主義と経験主義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16165/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 01:38:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16165/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16165/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16165/thmb.jpg?s=s&r=1197995929&t=n" border="0"></a><br /><br />「本質主義と経験主義（デューイ）の教育思想の特徴」
「本質」主義とは、学校教育の機能を本質的な文化遺産の伝達の場とみなし、教師はこれまでの文化遺産を子ども達に伝え、若い世代に引き継いでいくというものである。
本質主義の教育原理として、以下の[356]<br />「本質主義と経験主義（デューイ）の教育思想の特徴」
「本質」主義とは、学校教育の機能を本質的な文化遺産の伝達の場とみなし、教師はこれまでの文化遺産を子ども達に伝え、若い世代に引き継いでいくというものである。
本質主義の教育原理として、以下の３点を挙げることができる。
学習は時には辛く、苦しい作業を伴う
勉強の中心は教科書である
学校は、精神訓練を行う場所である
そのような本質主義の特色として、教師から生徒への一方的な教育が挙げられる。生徒は、教師が教えたものを一生懸命理解し、覚えなければならない。そして、本質主義の「本質」は、時代によって変わっていってしまう。そのため、その時代に会った「本質」..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[福祉援助における自立支援について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16163/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 01:38:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16163/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16163/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16163/thmb.jpg?s=s&r=1197995888&t=n" border="0"></a><br /><br />「福祉援助における自立支援について」
「自立」とは、経済的にも社会的にも安定した大人のことを指して言われるものである。では、社会福祉における「自立」とは一体どのようなものなのだろうか。
福祉援助における「自立」とは、福祉の援助を必要とする人[356]<br />「福祉援助における自立支援について」
「自立」とは、経済的にも社会的にも安定した大人のことを指して言われるものである。では、社会福祉における「自立」とは一体どのようなものなのだろうか。
福祉援助における「自立」とは、福祉の援助を必要とする人たちが、自らの意志に基づいて、その人らしいよりよい生活を送ることが出来る、というものである。そしてこのことを「自立の援助」といい、様々な援助や社会資源の活用を通して生活の課題を改善し、自らの意志に基づいて生きていけるよう側面的に支援していくことである。
そのような自立支援が必要となった理由として、各個人が自己の持つ能力を十分に発揮する為に、他者とは必ずしも同..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[能動的学習者を育てるには何が必要か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16161/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 01:36:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16161/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16161/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16161/thmb.jpg?s=s&r=1197995804&t=n" border="0"></a><br /><br />「『能動的学習者』を育てるには何が必要か。」
わが国の教育は、かつては国によって全て定められていた。しかし今日では、子ども達の興味や関心、学習意欲をもたせ、自発的に学習を進める教育の方法を重視している。こうした教育方法は、多くの教育学者が重[358]<br />「『能動的学習者』を育てるには何が必要か。」
わが国の教育は、かつては国によって全て定められていた。しかし今日では、子ども達の興味や関心、学習意欲をもたせ、自発的に学習を進める教育の方法を重視している。こうした教育方法は、多くの教育学者が重要性を主張している。例えばフレーベルは、「教育は受けるものであり、受けさせるものであってはならない」としている。では、どのようにしたら自発的な学習、すなわち「能動的」な学習者を育てられるのだろうか。
「能動的学習者」を育てる方法として、「問題発見・解決学習」がある。これは、子ども達の生活の中で起きた問題を捉え、ただ簡単に理解させるだけではなく、どのように解決..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育学論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16159/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 01:34:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16159/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16159/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16159/thmb.jpg?s=s&r=1197995676&t=n" border="0"></a><br /><br />「わが国の教育基本法（昭和22年）の教育目的について考察し、『学校における教育目的』を具体的に設定せよ」 
第二次世界大戦後、わが国において教育目的を想定した最も基本的な法律が、1947年に公布された「教育基本法」である。この法律は、平和[342]<br />「わが国の教育基本法（昭和22年）の教育目的について考察し、『学校における教育目的』を具体的に設定せよ」
第二次世界大戦後、わが国において教育目的を想定した最も基本的な法律が、1947年に公布された「教育基本法」である。この法律は、平和的な国家及び社会の形成者としての国民の育成を強調し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとすることを信念とし、教育の力を借りてこれを実現することとされている。
教育基本法は、国家･社会の究極の課題と教育の目的とが固く結び付けられており、さらにこの教育の目的は、学校教育法において学校教育を段階別に細分化し、各段階の特徴を生かした目的が設定されている。例えば、小学校では「心身の発達に応じて初等普通教育を施す」高等学校では「心身の発達に応じて高等普通教育及び専門教育を施す」特殊教育であれば「幼稚園、小学校、中学校または高等学校に準ずる教育を施し、あわせてその欠陥を補う為に必要な知識技術を授ける」といった具合である。
しかし、この目的を教育実践として導くには問題がある。例えば、教育基本法の第一条では「人格の完成をめざす」ことが示され..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[注意欠陥多動性障害]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16153/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 蜜]]></author>
			<category><![CDATA[蜜の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 01:24:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16153/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428799301@hc07/16153/" target="_blank"><img src="/docs/983428799301@hc07/16153/thmb.jpg?s=s&r=1197995084&t=n" border="0"></a><br /><br />■注意欠陥多動性障害（多動症）の変遷
1902年　　特定の病気と認められる
1930年代　証拠がないのに微細脳機能障害と定義される
1950年代　活動亢進が注意欠陥多動性障害の定義に使用される
1970年代　注意欠陥多動性障害症に注意欠陥が[320]<br />■注意欠陥多動性障害（多動症）の変遷
1902年　　特定の病気と認められる
1930年代　証拠がないのに微細脳機能障害と定義される
1950年代　活動亢進が注意欠陥多動性障害の定義に使用される
1970年代　注意欠陥多動性障害症に注意欠陥が考慮される
1980年代　注意欠陥や活動亢進がその定義として考慮される
現在　　　　注意欠陥多動性障害、または多動性症候群と呼ばれている
特徴
注意欠陥
多動性
衝動性
■ADHDの原因
ADHDの原因として現在さまざまな可能性が推定されている。
1、遺伝
最も多い原因としてあげられるのが、遺伝である。どのようにして遺伝するのかは、まだよくわかっていないが、ADHDが同一家族の中に多くみられることはわかっている。これは、ADHDをもつ子どもの親の多くもまた、ADHDであることを意味しており、子どもはたいてい両親あるいは片方の親からその状態を受け継いでいるということになるのである。
2、薬物
数は少ないが、薬物が原因となりADHDになったケースがある。妊娠中に不適切な薬物の飲用や妊娠中・出産時の合併症の結果や、胎生期に薬物・アルコールにさらされたことに..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マンガについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963632963955@hc07/16154/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mayu4444]]></author>
			<category><![CDATA[mayu4444の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 01:26:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963632963955@hc07/16154/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963632963955@hc07/16154/" target="_blank"><img src="/docs/963632963955@hc07/16154/thmb.jpg?s=s&r=1197995192&t=n" border="0"></a><br /><br />　　　　　　　　05I031　
　　　　岩崎　麻由
＜目次＞
はじめに
壱　マンガとは？
弐　日本におけるマンガの影響力
参　アメリカ人から見た日本のマンガ
　　　
四　アメリカ人にもオタクがいる！という事実
伍　　結びに代えて
参考文献一[328]<br />　　　　　　　　05I031　
　　　　岩崎　麻由
＜目次＞
はじめに
壱　マンガとは？
弐　日本におけるマンガの影響力
参　アメリカ人から見た日本のマンガ
　　　
四　アメリカ人にもオタクがいる！という事実
伍　　結びに代えて
参考文献一覧
　　　はじめに
先日ブロードキャスターという某テレビ番組のビジネス関係のコーナーを見ていたら&ldquo;日本の少女マンガアメリカでブーム&rdquo;というのが放映されていた。ブームのきっかけは2002年十一月に『少年ジャンプ』アメリカで発売されたことで売り上げは三十万部を突破した。これはアメリカのコミック業界では驚異的な数字である。
それから徐々に少女マンガもアメリカに浸透し始めた。それらはアメリカの少女たちに圧倒的な支持を得た。従来アメリカコミックの主流である「スパイダーマン」や「スーパーマン」のようなアクションものに登場するヒロインたちはたいていナイスバディーのセクシーねーちゃん系のものが多く少女たちが感情移入しにくかったためあまり人気がなかった。ところが、日本の少女雑誌に掲載されている気が強くて可愛く、悩んだり失敗したりする比較的等身大の女の子に近いキャラクタ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ターミナルケアを考える]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15444/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kibayashi]]></author>
			<category><![CDATA[kibayashiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 Dec 2007 02:55:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15444/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15444/" target="_blank"><img src="/docs/983431157801@hc06/15444/thmb.jpg?s=s&r=1196445348&t=n" border="0"></a><br /><br />社会保障論　後期レポート課題
　　　　「ターミナルケアを考える」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　法経学部総合政策学科
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　05A3068Y　長谷川泰史
＜1＞
　私[332]<br />社会保障論　後期レポート課題
　　　　「ターミナルケアを考える」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　法経学部総合政策学科
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　05A3068Y　長谷川泰史
＜1＞
　私は今回「ターミナルケア」について取り上げたいと思う。
　今後、わが国は超高齢化時代に突入していく中で後期高齢者の死亡が急増することが予想されている。具体的な数字で言えば、1993年段階で85歳の死亡が約20万人だったものが、2010年には40万人になるといった具合である。
　こういった時代の中で「ターミナルケア」はますます重要度を増している。誰にでも訪れる最期のときをいったいどうやって迎えるか。
　一口に「ターミナルケア」といってもいろいろな形がある。医療であれば同じ症状であれば患者の体質、年齢の違いはあれどだいたい同じような快方へ向かうための治療が施されるであろう。しかしターミナルケアは違う。例えば40代でガンを患った人もいれば80代で寿命を迎える人も、また若くして難病を患って悲しくも死期を迎えてしまった人もいるだろう。こういった人たちはそれぞれ違..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アジア史2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430621101@hc06/15105/]]></link>
			<author><![CDATA[ by manila]]></author>
			<category><![CDATA[manilaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 14 Nov 2007 21:10:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430621101@hc06/15105/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430621101@hc06/15105/" target="_blank"><img src="/docs/983430621101@hc06/15105/thmb.jpg?s=s&r=1195042230&t=n" border="0"></a><br /><br />『洋務運動・変法運動・革命運動の特徴および各運動の相違をふまえ、各運動が中国の近代化のなかでどのような役割を果たしたのかについて、述べなさい。』
　洋務運動は清朝の封建的な支配を維持し、伝統的な政治・社会体制を守りつつ、西洋の技術・武器を[356]<br />『洋務運動・変法運動・革命運動の特徴および各運動の相違をふまえ、各運動が中国の近代化のなかでどのような役割を果たしたのかについて、述べなさい。』
　洋務運動は清朝の封建的な支配を維持し、伝統的な政治・社会体制を守りつつ、西洋の技術・武器を用いて近代工業化を図ろうとする目的であった。それゆえに、洋務運動の思想は中体西用論と呼ばれる。
洋務運動は、近代的な兵器・艦船およびその造船技術の導入がはじまりであった。また、外国との交流や技術の導入にあたり、外国語に習熟した人や技術者・将校を養成するための様式の学校も設立された。列強による侵略が激しくなる中で、軍事力の一層の強化に迫られ、それに関連する運輸・通信・鉱山などの企業を官督商弁（民間資本を導入し、それを政府が監督する）や官商合弁（民間と政府の共同経営）といった形で設立するなどした。
軍事工業以外は官督商弁や官商合弁であったとはいっても、実際は清朝の封建的な支配を維持することが目的である以上、政府・官僚が支配し、営業独占権や免税特権を有するなど、民間資本による、いわゆる商弁企業の進出と発展は抑えこまれた。
洋務運動は近代工業化とはいうものの、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[公的扶助論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/14861/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 11 Nov 2007 01:28:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/14861/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/14861/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/14861/thmb.jpg?s=s&r=1194712094&t=n" border="0"></a><br /><br />①厚生労働省が、憲法２５条で保障されている国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を守る生活保護制度について、年間５００億円を削減する方針を固めたという（朝日新聞６月２５日付）。不正に大もうけしている大企業、消費者金融、銀行への締め[360]<br />①厚生労働省が、憲法２５条で保障されている国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を守る生活保護制度について、年間５００億円を削減する方針を固めたという（朝日新聞６月２５日付）。不正に大もうけしている大企業、消費者金融、銀行への締め付けには及び腰のくせに、抵抗する術を持たない弱者を徹底していじめ抜く政府の姿勢がまた浮き彫りになった。生活保護費を含む社会保障費の削減は小泉内閣の「目玉」の一つだが、何をやるかと言えばこうした弱いものいじめというわけだ。生活保護受給は、この１０年間で約１．６倍になり、昨年度は１００万世帯を超える勢い。生活保護は「水際作戦」といって役所がなるべく申請させないよ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[パラサイト・シングルについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/14859/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 11 Nov 2007 01:26:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/14859/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/14859/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/14859/thmb.jpg?s=s&r=1194711984&t=n" border="0"></a><br /><br />パラサイト・シングルについて
①課題の目的
現在、親と同居しながら仕事をして暮らしているパラサイト・シングルが年々増加している。確かにパラサイト・シングルは、自分の稼いだお金で好き勝手に使えて食費や居住費は親に払ってもらうといったとても[352]<br />パラサイト・シングルについて
①課題の目的
現在、親と同居しながら仕事をして暮らしているパラサイト・シングルが年々増加している。確かにパラサイト・シングルは、自分の稼いだお金で好き勝手に使えて食費や居住費は親に払ってもらうといったとても楽しい暮らしになると思う。しかし、なぜ今になってパラサイト・シングルが増加していったのかがよく分かりませんでした。今の世の中は不況だから親と一緒に同居していないとやっていけないのかなと自分なりにはそのくらいのことしか考えられないのです。この文献では、パラサイト・シングルの経済的問題や結婚問題など多角的に述べてあるので、パラサイト・シングルについて詳しく知ることができると思ったのでこの文献を選びました。
②内容の概要
・リッチなパラサイト・シングル
　暮らしに対する満足度というのが、1973年では20代が一番低くて、年を重ねるごとに満足度があがっていった。しかし、1997年では中年層が最も低く、20代の満足度が高くなっている。この満足度が増加した理由がずばりパラサイト・シングルの増加である。この豊かな若者の出現には、二つの要因がからんでいる。一つは未婚率の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学級崩壊]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335601@hc05/14454/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuta1109]]></author>
			<category><![CDATA[yuta1109の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Oct 2007 18:43:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335601@hc05/14454/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335601@hc05/14454/" target="_blank"><img src="/docs/983432335601@hc05/14454/thmb.jpg?s=s&r=1192268582&t=n" border="0"></a><br /><br />総合演習レポート
～学級崩壊について～
目次
導入
１、学校崩壊の定義
２、学級崩壊の原因
①先生
②親
③児童
３、学級崩壊の解決方法
①先生
②親
③社会
導入
学級崩壊｡最近、よくちまたで流行となっていると[304]<br />総合演習レポート
～学級崩壊について～
目次
導入
１、学校崩壊の定義
２、学級崩壊の原因
①先生
②親
③児童
３、学級崩壊の解決方法
①先生
②親
③社会
導入
学級崩壊｡最近、よくちまたで流行となっているとまで感じるこの言葉｡この言葉を聞くと自分の小学校時代を思い出す｡僕の小学校時代、といっても ５年、６年のときである。僕のクラスは特殊で、いじめはあったのだが、いつも対象が違っていたのだ。たとえば、昨日までいじめの中心やったやつが今日はいじめをくらっている子になっていたり、前の日までなんもかかわりのなかった子がその日の昼にはいじめをくらっていたり、とある意味平等にいじめがいきわたっていた｡これがいいことか悪いことかよくわからないが、みんな常に立場が変化していっていた｡そして、常に僕らのクラスのどこかでいじめがあった。学級崩壊って言うのがおこったのもその延長だった｡いじめの対象がいつのまにか先生に変わっていったのである｡最初は小さいものだったが、だんだんエスカレートしていったのである｡始めは授業中に先生が問題を間違ったのとかをからかっていたのだが、その次は黒板に落書き。どんどんひど..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会科指導法　第１分冊]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428399701@hc07/14411/]]></link>
			<author><![CDATA[ by himawari1019]]></author>
			<category><![CDATA[himawari1019の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 06 Oct 2007 14:01:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428399701@hc07/14411/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428399701@hc07/14411/" target="_blank"><img src="/docs/983428399701@hc07/14411/thmb.jpg?s=s&r=1191646911&t=n" border="0"></a><br /><br />○「国民生活を支える農業・水産業」のうち、「稲作に従事している人々の工夫や努力」
　５年の社会科では、さまざまな社会的事象を統計的に裏付ける資料としてグラフを正確に読み取り、活用する学習が必要となる。逆に言えば、あるグラフから変化や傾向を読[358]<br />○「国民生活を支える農業・水産業」のうち、「稲作に従事している人々の工夫や努力」
　５年の社会科では、さまざまな社会的事象を統計的に裏付ける資料としてグラフを正確に読み取り、活用する学習が必要となる。逆に言えば、あるグラフから変化や傾向を読み取り、その理由などを予想して調べていく活動を通して、社会的事象の理解をより深めていくことができる。
　この項目の指導に当たっては、導入場面では、まず、基本となる米の生産量の変化に関するグラフを読み取り、その変化に気付かせる。そして、その理由を予想しながら課題を設定し、追及する展開にしていく。
①グラフから同じ広さの田からとれる米の生産量が増えていることに気付き、そのわけを予想しあう。
化学肥料や農薬を使うようになったからではないか。
機械を取り入れて、便利になったからではないか。
田の形を整えて、作業しやすくなったからではないか。
たくさんとれるように、稲を改良したからではないか。
ここでは、グラフの見方を丁寧におさえることと、米の収量を左右する条件を適宜示唆しながら、多くとれるための要因を考えさせることが指導のポイントとなる。
②農家の人たちは、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[青少年の社会的成熟の困難化に関わる教育的問題について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428513601@hc07/14227/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 凛としてニコル]]></author>
			<category><![CDATA[凛としてニコルの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 31 Jul 2007 14:37:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428513601@hc07/14227/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428513601@hc07/14227/" target="_blank"><img src="/docs/983428513601@hc07/14227/thmb.jpg?s=s&r=1185860221&t=n" border="0"></a><br /><br />（1）青少年の社会的成熟とは社会化を目的としたものであり、現代の日本にあっては、平均的には12-3歳（ 小学校 卒業時前後）で肉体的成熟があり、17-8歳（ 労働力 と認識される頃）に 精神的成熟 があり、24-5歳（同 世代 の大多数が、[318]<br />（1）青少年の社会的成熟とは社会化を目的としたものであり、現代の日本にあっては、平均的には12-3歳（ 小学校 卒業時前後）で肉体的成熟があり、17-8歳（ 労働力 と認識される頃）に 精神的成熟 があり、24-5歳（同 世代 の大多数が、社会人となる頃）に、社会的成熟が在るとされる。ただし、これはあくまで平均であって、個人差が大きい（中には、生涯社会的に成熟しない人もいる）。なぜならば社会化の過程は多様であり、どの人間も同じ文化を一律に、同じ段階を踏んで学習するわけではないからである。それがつまり個性の発達に関わっているのだ。社会化とは人間という種に生まれた一人の人間が社会的相互行為を行う中で社会の構成員としてのパーソナリティ体系を形成していくことであり、自己のアイデンティティの認識と、独立した思考と行動をおこないうる能力を発達させていく過程のことである。それは社会変動に影響を受ける。特に経済成長に伴う日本社会の近代化によって生じた変化は多大な影響を及ぼした。
最近の日本の若者は付き合う人の範囲が、親や一部の仲良しに限定されており、地域との関わりをまったくと言っていいほどもたなくった..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[インドの情報政策]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428560701@hc07/14204/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gla0323]]></author>
			<category><![CDATA[gla0323の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 29 Jul 2007 23:58:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428560701@hc07/14204/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428560701@hc07/14204/" target="_blank"><img src="/docs/983428560701@hc07/14204/thmb.jpg?s=s&r=1185721088&t=n" border="0"></a><br /><br />社会と情報最終課題
インドの情報政策
インドの情報政策
　インドは年間５０億ドル近い外貨を稼ぎ出すソフトウェア輸出大国である。ではインドはどのようにして、このようなＩＴ大国になったのであろうか。
　インドは、国での政策として９０年以降にソフ[352]<br />社会と情報最終課題
インドの情報政策
インドの情報政策
　インドは年間５０億ドル近い外貨を稼ぎ出すソフトウェア輸出大国である。ではインドはどのようにして、このようなＩＴ大国になったのであろうか。
　インドは、国での政策として９０年以降にソフトウェア産業の成長を促すため、ソフトウェア輸出用の機器輸入に対する関税率を１１０％から２５％におお幅に減税し、継続的に輸入関税を引き下げ続けた。また外資に対する４０％の出資制限も撤廃し、国を上げてＩＴにより経済的発展を求めてきた。こうした政策の他に、インドでは高等教育の発達を目指し、多くの有能なＳＥを育てた。もともと低賃金で英語が堪能なうえに、しかも有能であるという強みを手に入れたインドが他国に注目され、ＩＴサービスの輸出において発達するということは当然なのかもしれない。しかしここまで急成長をとげたのには他にもまだまだ理由があるのではないか。
　インドのＩＴサービス輸出は、プログラム・コーディングの下請けなどのロー・エンド業務が多かった。しかし今では、アプリケーションソフトや通信ソフトなどのソフトウェア開発が主流である。アプリケーションソフトの輸出が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[第三次産業になり求められる能力が変わった]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428560701@hc07/14125/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gla0323]]></author>
			<category><![CDATA[gla0323の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 22 Jul 2007 19:35:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428560701@hc07/14125/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428560701@hc07/14125/" target="_blank"><img src="/docs/983428560701@hc07/14125/thmb.jpg?s=s&r=1185100508&t=n" border="0"></a><br /><br />求められる能力の変化
　戦後の復興より日本では、第１次産業が下降し、鉱業や製造業、建設業などの第２次産業が機械化にともない飛躍的に発展してきた。１９６０年代の生産比率ではあ１９７０年代よりサービス業や小売業などの雑多な部門が集まった第三次産[358]<br />求められる能力の変化
　戦後の復興より日本では、第１次産業が下降し、鉱業や製造業、建設業などの第２次産業が機械化にともない飛躍的に発展してきた。１９６０年代の生産比率ではあ１９７０年代よりサービス業や小売業などの雑多な部門が集まった第三次産業が発展をし始めてきた。その後第三次産業は、発展を続けていった。その分第１次産業と第２次産業は、低下をしていった。このような、第２次産業が発展をしていった時代と第３次産業が発展した今現代の日本の就業形態と生活様式を考えてみる。
　第２次産業が発展していった時代の就業形態として日本は、ほぼ終身雇用制をとっており、年功序列、男性中心の社会であった。その時代と比べ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[今日そして今後の家族のあり方について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428616701@hc07/14042/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ayaboo610]]></author>
			<category><![CDATA[ayaboo610の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Jul 2007 12:53:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428616701@hc07/14042/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428616701@hc07/14042/" target="_blank"><img src="/docs/983428616701@hc07/14042/thmb.jpg?s=s&r=1184471614&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに　私が思う今の日本の家族の問題。それは家族と社会の関わり合いを根本的に問い直さざるをえない新しい状況の出現。従来の家族観とは変わってきており、敗戦によって日本は軍事国家から経済国家へ変身し、高度経済成長期以後には人々の帰属意識は企[358]<br />はじめに
　私が思う今の日本の家族の問題。それは家族と社会の関わり合いを根本的に問い直さざるをえない新しい状況の出現。従来の家族観とは変わってきており、敗戦によって日本は軍事国家から経済国家へ変身し、高度経済成長期以後には人々の帰属意識は企業から私的な生活へと移り変わっている。
社会変動による家族の変化
私が思う従来の家族観は、「家族一体」や「夫婦は一心同体」であるという意識があり、社会の中で生きるには、家族の構成員であることが必要で、生計上も家族から離れてひとりで暮らすには困難である。しかし今日では、一体など相互依存的なものではなく、個人プレーの自立的、独立的な家族間の関係である。
まず、私が注目した点は社会の変化。農業社会から工業化社会という変化である。農業社会では、たくさんの労働力が必要となり、子どもの労働力が必要不可欠であるため大家族になりやすい。また農業は共同作業が多いため家族の一員であることが重要である。それにかわって工業化社会は労働が工場や会社に勤務し機械や情報の操作となる。大家族である必要はなくなり、またそれを養えるだけの給与もない。それによって核家族化が進んでいるので..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[原子力をめぐる社会的選択]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430251501@hc06/13588/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 如月　侘助]]></author>
			<category><![CDATA[如月　侘助の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Apr 2007 03:38:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430251501@hc06/13588/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430251501@hc06/13588/" target="_blank"><img src="/docs/983430251501@hc06/13588/thmb.jpg?s=s&r=1176575887&t=n" border="0"></a><br /><br />原子力をめぐる社会的選択「ファウストの取引」
原子力の何が問題か
事故の環境・人体への影響　チェルノブイリ事故が示すとおり
放射性廃棄物をどうするか　&rarr;処分方法はいまだ未定
推進側にとってのリスク　　巨大な建設コスト　　　　　　　　　　　　[352]<br />原子力をめぐる社会的選択「ファウストの取引」
原子力の何が問題か
事故の環境・人体への影響　チェルノブイリ事故が示すとおり
放射性廃棄物をどうするか　&rarr;処分方法はいまだ未定
推進側にとってのリスク　　巨大な建設コスト　　　　　　　　　　　　　
建設までの時間がかかりすぎ、中止になる場合も
紛争処理のコストがかかる　
＝アメリカ「脱原発」のひとつの理由
電源の多様化を阻害
　　＊これだけの莫大な費用と社会的コストがかかる技術は、国のバックアップによって推進されてきた
なぜ原子力を使うのか－ほかに方法がない？
ａ．エネルギーの安定供給－原子力は&ldquo;国産&rdquo;
「石油、石炭などの化石燃料は枯渇する」・・ウ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[組織と権力と統治]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430251501@hc06/13587/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 如月　侘助]]></author>
			<category><![CDATA[如月　侘助の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Apr 2007 03:29:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430251501@hc06/13587/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430251501@hc06/13587/" target="_blank"><img src="/docs/983430251501@hc06/13587/thmb.jpg?s=s&r=1176575380&t=n" border="0"></a><br /><br />組織・権力・統治　
（ギデンズ　12章「現代の組織），14章「統治と政治」）
組織と民主主義
●ロベルト・ミヘルス「寡頭制の鉄則 the iron law of oligarchy」
「組織なしには民主主義は考えられない。・・（中略）・・エ[292]<br />　組織・権力・統治　
（ギデンズ　12章「現代の組織），14章「統治と政治」）
組織と民主主義
●ロベルト・ミヘルス「寡頭制の鉄則 the iron law of oligarchy」
「組織なしには民主主義は考えられない。・・（中略）・・エネルギー最大節約の原理にもとづいた組織は、強者との闘争において弱者に与えられた武器であって、同じ利害をもった人々が連帯することによってはじめて作り上げることのできるものである。」
しかし・・
「組織について語ることは、寡頭制への傾向について語ることだ。組織の本質のうちには、根深い少数者支配への傾向がある。・・組織は、すべての党または労働組合を、指導する少数..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「過去の事例から学ぶメディア問題とその対策」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429678501@hc06/13484/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hideaki0511]]></author>
			<category><![CDATA[hideaki0511の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 23 Feb 2007 08:30:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429678501@hc06/13484/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429678501@hc06/13484/" target="_blank"><img src="/docs/983429678501@hc06/13484/thmb.jpg?s=s&r=1172187049&t=n" border="0"></a><br /><br />　　　　「過去の事例から学ぶメディア問題とその対策」
　
　
＜目次＞
１）はじめに
　　①メディアと私たち
　　　②問題点
　２）過去の事例
　　　①いきすぎた「演出」
　　　②過剰報道～ＪＲ福知山線事故～
　３）読売新聞社へのフィールド[340]<br />　　　　「過去の事例から学ぶメディア問題とその対策」
　
　
＜目次＞
１）はじめに
　　①メディアと私たち
　　　②問題点
　２）過去の事例
　　　①いきすぎた「演出」
　　　②過剰報道～ＪＲ福知山線事故～
　３）読売新聞社へのフィールドワーク
　　　①報道の概要
　　　②事故が報道されるまでの仮定
　　　③問題点
４）まとめ
＜サマリー＞
　私たちはマスメディア機関の発展により情報に触れる時間が多くなってきた。そのなかで報道内容に疑問を持ちたくなるような報道が増えてきている。しかし我々には真実を知る権利があるのではないか。そして過去の事例から学び現在に生かせるよう、メディアが持つ本来の役割というものを問いつめていく。また読売新聞へのインタビューにも行きメディアの役割と問題の対策の参考にした。
１）はじめに
①メディアと私たち
現在の私たちの生活の中で、テレビや新聞・雑誌、インターネットなどによって、メディアは大変身近な存在となっている。
2000年のNHK国民生活調査によれば、日本人が平日にテレビを見る時間は平均3時間25分である。仮に75年間このペースで過ごせば、人生のまる10年..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人が幸せになるためには]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431396501@hc05/13460/]]></link>
			<author><![CDATA[ by いもっち]]></author>
			<category><![CDATA[いもっちの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 15 Feb 2007 23:59:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431396501@hc05/13460/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431396501@hc05/13460/" target="_blank"><img src="/docs/983431396501@hc05/13460/thmb.jpg?s=s&r=1171551582&t=n" border="0"></a><br /><br />　バブルが崩壊してからというもの、猛烈な人べらしリストラ、職場ではサービス残業と長時間労働、そして低賃金のパートタイマーがリストラされた人員の仕事を補ってきた。その結果、正社員としての仕事が減り、契約社員としての仕事が主流になってしまった。[360]<br />　バブルが崩壊してからというもの、猛烈な人べらしリストラ、職場ではサービス残業と長時間労働、そして低賃金のパートタイマーがリストラされた人員の仕事を補ってきた。その結果、正社員としての仕事が減り、契約社員としての仕事が主流になってしまった。そのように、強者が生き残り、弱者が切り捨てられるような日本社会。私たち健常者の間でも広がる貧富の格差であるが、その中でも今回のビデオは、障害者など、さらなる弱者が悲鳴を上げているようなビデオだったように思う。今回はそのなかで障害者を例に挙げて、人の幸せについて述べていこうと思う。
　障害者というのは、いったい何をもって定義されるのであろう。例えば足が不自由である人。足が不自由であるというだけで障害者と定義されるであろうか。医学的な見解ではそうであるかもしれない。しかし、足が不自由なままでは一人で食事をしたり、トイレに行ったり、身の回りの事を全て一人でやって、自立していく生活というのは難しいが、そこに車いすがあるとその人の生活は一変するだろう。車いすは、その人の足となり、食事をする時も、トイレに行く時も、車いすが足代わりとなってくれるであろう。このよう..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[都市社会とリスク]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428971601@hc07/13441/]]></link>
			<author><![CDATA[ by grasshopper]]></author>
			<category><![CDATA[grasshopperの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 15 Feb 2007 22:16:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428971601@hc07/13441/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428971601@hc07/13441/" target="_blank"><img src="/docs/983428971601@hc07/13441/thmb.jpg?s=s&r=1171545388&t=n" border="0"></a><br /><br />1.
２章について
19世紀と２０世紀末が似ている&rarr;自然増加がマイナス
どちらも都市のリスクが反映されていると言えるが、
19世紀末&rarr;伝染病の流行
20世紀末&rarr;自己変容の結果
　　　　 そして流入した人々は下層社会という共同体の中で都市生活[330]<br />1.
２章について
19世紀と２０世紀末が似ている&rarr;自然増加がマイナス
どちらも都市のリスクが反映されていると言えるが、
19世紀末&rarr;伝染病の流行
20世紀末&rarr;自己変容の結果
　　　　 そして流入した人々は下層社会という共同体の中で都市生活を送ることが可能
&rarr;20世紀には共同体が徐々に崩壊&rarr;階層が同質化し、その中の個々がよりよい生活を求めた
&rarr;生活単位を縮小させるという自己変容
&rarr;近年の人口減少（リスク）
そこで、この自己変容の結果人口減少とそのリスクから離脱をするということを目標にしたときを考える。20世紀においてはある程度の都市社会が共同体を失い、個々がその生活改善を考える余裕と、実際にそ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[コミュニティ・ワーク]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429865101@hc06/13227/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 0405minato]]></author>
			<category><![CDATA[0405minatoの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Feb 2007 15:52:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429865101@hc06/13227/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429865101@hc06/13227/" target="_blank"><img src="/docs/983429865101@hc06/13227/thmb.jpg?s=s&r=1170917556&t=n" border="0"></a><br /><br />　
コミュニティワーク
　　　　　　　レポート
　私たちの国は戦後からさまざまな発展を遂げてきた。科学技術の進歩、都市化の進展や社会構造の変化に伴い、人々の価値観の多様化や生活の変化も見られ、その中で安全・安心が確保される地域社会の基盤的機[354]<br />　
コミュニティワーク
　　　　　　　レポート
　私たちの国は戦後からさまざまな発展を遂げてきた。科学技術の進歩、都市化の進展や社会構造の変化に伴い、人々の価値観の多様化や生活の変化も見られ、その中で安全・安心が確保される地域社会の基盤的機能の低下も見られるように思う。原因として産業化・都市化と高度情報化、さらには核家族化と少子高齢化の進展など様々な要因が考えられる。それによって、地域の住民同士の連帯感、繋がりが希薄化してきているように思える。特に大都市部においては、中心部の再開発などにより住宅も高層化し、また住民もライフスタイルや価値観が多種多様な人々で構成されており、加えて住民の流動化も激しいことから、地域の住民同士の繋がりを感じることが難しくなっている。このような現在の中でコミュニティの再生にはなにが必要なのか考えてみた。
　コミュニティの再生には、基本的には、戦後、社会構造と価値観が大きく変化する中で失われてきた住民同士のコミュニケーションや触れ合いを活発化させることによって形成された助け合い、支え合いの精神を、新しい社会に対応した形で構築していくことが重要である。そのためには..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会福祉援助の技術と援助過程について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431486201@hc05/13218/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 川野さかな]]></author>
			<category><![CDATA[川野さかなの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Feb 2007 13:03:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431486201@hc05/13218/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431486201@hc05/13218/" target="_blank"><img src="/docs/983431486201@hc05/13218/thmb.jpg?s=s&r=1170907416&t=n" border="0"></a><br /><br />　社会福祉援助の技術と援助過程について
　ソーシャルワークは、社会福祉における援助の中核をなすものとして重要な位置を占めている。歴史的にみれば、19世紀後半にイギリスで萌芽し、20世紀初頭にアメリカ合衆国で発達し、体系化したものである。
　[348]<br />　社会福祉援助の技術と援助過程について
　ソーシャルワークは、社会福祉における援助の中核をなすものとして重要な位置を占めている。歴史的にみれば、19世紀後半にイギリスで萌芽し、20世紀初頭にアメリカ合衆国で発達し、体系化したものである。
　この諸援助技術は、「直接援助技術」、「間接援助技術」、「関連援助技術」、と三つに大きく分類されている。またこれらはさらに12個に分けられている。では、以下に社会福祉援助技術について述べていく。
　1. 直接援助技術
　(1)個別援助技術(ケースワーク)
　個別援助技術は、メアリー・リッチモンドによって理論化された伝統的な援助技術であり、主として個人やその家族に対して、直接的に働きがけが行われる。
　個別援助技術の展開過程は、①開始期、②展開期、③終結期と大きく三つに分けることができる。
　①開始期は、クライエントとワーカーが面接によって問題点を明確にし、ラポール（信頼関係）を築くところから始まる。これをインテーク（受理）と呼び、初めてクライエントと出会う場となる極めて重要な場面である。
　次に情報収集と分析をおこなうアセスメント（事前評価）を行い、具..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「国家と宗教」を読んで]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429316301@hc06/12733/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 4104097z]]></author>
			<category><![CDATA[4104097zの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 21 Jan 2007 18:56:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429316301@hc06/12733/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429316301@hc06/12733/" target="_blank"><img src="/docs/983429316301@hc06/12733/thmb.jpg?s=s&r=1169373413&t=n" border="0"></a><br /><br />宗教社会学
「国家と宗教」を読んで
私の宗教に関する知識ははなはだ脆弱である。世界史の歴史の教科書で学んだ知識だけで、それを文面どおりに受け取り、受験用にせっせと暗記しようとするだけで、宗教について考えてみようとしたことはほとんどなかった。[356]<br />宗教社会学
「国家と宗教」を読んで
私の宗教に関する知識ははなはだ脆弱である。世界史の歴史の教科書で学んだ知識だけで、それを文面どおりに受け取り、受験用にせっせと暗記しようとするだけで、宗教について考えてみようとしたことはほとんどなかった。私の周りに宗教性は乏しく、自分の家は埋葬するときは何宗によるのかというのも覚えていない。そして極めつけは、宗教について深く考えもせずに、宗教というのはなんとなく胡散臭いもので、社会に対しては害となることが多いと考えていたことである。宗教を害悪と考えてしまうのはともかく、宗教を普段から意識せず、宗教に対して無関心でいるのは、戦争に負けて政教分離が推し進められた日本では珍しくないのではないか。そして宗教は政治や文化と切り離された文脈で語られることが多くなった。しかし日本でも宗教と政治、文化、歴史を分けて考えるべきではなく、むしろ積極的に、「比較文明論の立場から宗教を文明全体の中に有機的に位置づけて」いくべきだとするのが、本書中での筆者の一貫した主張である。
本書はまず現代西洋世界の主流であるキリスト教の歴史と政治とのつながりを概観する。次に、現代において..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中山間地域における精神障害者小規模作業所づくりについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12647/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 17 Jan 2007 20:17:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12647/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12647/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/12647/thmb.jpg?s=s&r=1169032657&t=n" border="0"></a><br /><br />「中山間地域におけるコミュニティワークを活用した精神障害者小規模作業所づくり」
・目的
　社会資源の乏しい中山間地域の小規模ABC地域における精神障害者小規模作業所設立支援を通して、設立に至る要因を分析することにより、コミュニティワーク[346]<br />「中山間地域におけるコミュニティワークを活用した精神障害者小規模作業所づくり」
・目的
　社会資源の乏しい中山間地域の小規模ABC地域における精神障害者小規模作業所設立支援を通して、設立に至る要因を分析することにより、コミュニティワークの重要性について探る。
・地域の概況
　社会福祉協議会は、ABC地域(A町・B町・C町・D村)を管轄し、四国の中央部に位置しており、山に囲まれた森林原野が89.6％、農用地1.4％を占める農林山村地域である。人口は、2005年には１万７１９５人に減少している。現在は、少子高齢化と人口減少が同時進行し、人口減少に歯止めがかからなくなっているし、二人に一人が高齢者という現象がみられる。
　障害者福祉サービスの供給が遅れている現実がある。障害者自立支援法が平成18年4月からスタートしたが、介護保険の場合は、社会福祉協議会が福祉サービス供給主体としてある程度は用意されたが、障害者福祉サービスは頼るサービス事業所もなく、10月からの障害者居宅サービスを受けようにもサービスが存在しないという状態が危惧される。以下のように、少子高齢化、人口減少などの様々な悪化を前提と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[男女差別について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12622/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 15 Jan 2007 20:03:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12622/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12622/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/12622/thmb.jpg?s=s&r=1168858981&t=n" border="0"></a><br /><br />男女差別について
（女性労働者の差別）
①課題の目的
　はじめに、なぜこのテーマにしたかというと、僕は、男女雇用機会均等法という法律ができたにもかかわらず、男と女とでは社会的にはどうしても男が優位に立っているという現状にとても疑問を感[348]<br />男女差別について
（女性労働者の差別）
①課題の目的
　はじめに、なぜこのテーマにしたかというと、僕は、男女雇用機会均等法という法律ができたにもかかわらず、男と女とでは社会的にはどうしても男が優位に立っているという現状にとても疑問を感じております。会社では上司のほとんどが男で女性はほとんど平社員であるし社長になるのも男ばかりである。政府の頂点である内閣総理大臣も女になったことはない。会社の採用においても女より男のほうが有利になるし、給料においても男のほうが高額になっていくのに対し女のほうはなかなか給料が上がらない。僕は、このような女性労働者の差別がなぜ起こっているのかということについて興味があったのでこのテーマにしました。この文献を選んだ理由は、男女差別について、特に労働の差別について、なぜ女性労働者の状況が、男女雇用機会均等法という法律ができたにもかかわらず、いつまでたっても変わらないのかを述べてあるし、どうしたら女性労働者の差別がなくなるのかも述べてあったので選びました。
②内容の概要
・なぜ女性労働者の状態はかわらないのか。
　男女雇用機会均等法ができたのに、なぜ日本の働く女性の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育権・学習権をめぐる権利・義務関係について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12619/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 15 Jan 2007 19:39:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12619/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12619/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/12619/thmb.jpg?s=s&r=1168857584&t=n" border="0"></a><br /><br />①教育権・学習権をめぐる権利・義務関係について。
　すべての国民は、等しく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位または門地によって、教育上差別されないのである。そして[356]<br />①教育権・学習権をめぐる権利・義務関係について。
　すべての国民は、等しく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位または門地によって、教育上差別されないのである。そして、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする。
　国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。そして、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
　子どもが、幸福な生活を送り、かつ、自己と社会の福利のためにこの宣言に揚げる権利と自由を享有することができるようにするため、この子どもの権利宣言を公布し、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[福祉レクリエーション支援者の役割]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12617/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 15 Jan 2007 19:24:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12617/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12617/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/12617/thmb.jpg?s=s&r=1168856697&t=n" border="0"></a><br /><br />福祉レクリエーション支援者の役割
レクリエーションといえば、楽しい時間を過ごすこと、生活の中で、笑顔を増やすための活動と認識されている人が多いですが、それだけではありません。高齢者、障害者にとっては、一般の人とは異なる意義があります。生活[356]<br />福祉レクリエーション支援者の役割
レクリエーションといえば、楽しい時間を過ごすこと、生活の中で、笑顔を増やすための活動と認識されている人が多いですが、それだけではありません。高齢者、障害者にとっては、一般の人とは異なる意義があります。生活の改善へと導くため、さまざまな目的をもって行われるものなのです。その目的のひとつが、身体機能が低下している高齢者、病気や事故の後遺症がある人、先天性の障害のある人のリハビリテーション、残存能力の維持・向上をはかり、自立した生活ができるようにすることです。とはいっても、訓練を目的として行う運動や体操は、決して楽しいものではありません。楽しくなければ長続きしません。その点、レクリエーションであれば訓練という意識を持たず、楽しんで行うことができます。たとえば、ただ手を前に伸ばすだけの体操では面白みがありませんが、紙飛行機を飛ばして遊べば、楽しみながら同じ身体的効果が得られます。遊びながら、自然に筋力を強化できるわけです。また、身体機能だけでなく、考えたりスリルを味わうなどして脳を刺激することで、認知症予防も期待できます。
レクリエーション活動によって、身体機..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[精神科リハビリにおける薬物治療について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12611/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[のんちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 15 Jan 2007 18:17:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12611/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429150501@hc07/12611/" target="_blank"><img src="/docs/983429150501@hc07/12611/thmb.jpg?s=s&r=1168852679&t=n" border="0"></a><br /><br />精神科リハビリにおける薬物治療について
1．薬物維持療法
　精神分裂病や重度感情障害の症状憎悪や再発を最小限に抑えるために薬物維持療法が重要であることは議論がつくされている。ライフ・イベントや高レベルの感情表出といった社会心理学的な要因[350]<br />精神科リハビリにおける薬物治療について
1．薬物維持療法
　精神分裂病や重度感情障害の症状憎悪や再発を最小限に抑えるために薬物維持療法が重要であることは議論がつくされている。ライフ・イベントや高レベルの感情表出といった社会心理学的な要因が再発を誘発することがよくあり、薬物の維持投与による抑制的作用がなければ再発の危険が増すこともよく知られている。したがって心理社会的なアプローチと薬物治療とを組み合わせることによって、最良のリハビリテーション効果が生み出される。この二つの介入方法は、それぞれの役割を補完するものと見るべきであり、拮抗するものと捉えてはいけない。
　長期間にわたるマネージメントにおいては薬物の使用は安易に行われてはならない。薬物を処方する医師は、薬の作用、禁忌や副作用を熟知していなければならないし、個々の症状に応じて、リスクと効果のバランスを慎重に評価することが重要である。薬物の種類と用量が適切であるにもかかわらず、障害と苦悩をもたらす症状が持続しているときにこそ、こうした評価が大切である。精神分裂病者の25％が従来型の抗精神病薬にあまり反応しない、治療抵抗性とみられている..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[情報社会の弱い面]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432361901@hc05/12548/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ni6571]]></author>
			<category><![CDATA[ni6571の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 10 Jan 2007 18:33:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432361901@hc05/12548/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432361901@hc05/12548/" target="_blank"><img src="/docs/983432361901@hc05/12548/thmb.jpg?s=s&r=1168421597&t=n" border="0"></a><br /><br />戦後、アメリカの下で日本は見事に、情報化社会として変貌を遂げたのだと思います。１９９０年代半ば以降、急激なインターネットや携帯電話の普及は誰の目からみても明らかであるのではないかと思います。私も、毎日のようにインターネットや携帯電話を使用し[360]<br />戦後、アメリカの下で日本は見事に、情報化社会として変貌を遂げたのだと思います。１９９０年代半ば以降、急激なインターネットや携帯電話の普及は誰の目からみても明らかであるのではないかと思います。私も、毎日のようにインターネットや携帯電話を使用しています。たとえば、何かを調べたい時、たとえば誰かと連絡を取りたい時や、最新ニュースを知りたい時や、過去のニュースを知りたい時、企業の情報をえたい時、海外のニュースや情報をえたい時等に、私はインターネットや携帯電話などを使用します。その上、大きな企業や団体は、いまや、自社のＨＰを持っていることがあたりまえのようになっています。むしろ、それがどれだけこっているかの方が企業の発展具合を象徴するような面もあります。そして、今や首相官邸ＨＰや政党のＨＰ等も存在する時代でもあります。歳をとったおじいさんおばあさんでも携帯電話を使おうか、ラップトップは一家に一台は当たり前、むしろセカンドラップトップが必要だ、という時代なのです。他にも、ネット上でお金の送金や、株の購入が出来たり、とにかく何でもインターネットさえ出来れば、家にいても出来てしまう時代なのです。そして..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[防災と社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/12019/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cattyann320]]></author>
			<category><![CDATA[cattyann320の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 12 Dec 2006 00:03:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/12019/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/12019/" target="_blank"><img src="/docs/983431757301@hc05/12019/thmb.jpg?s=s&r=1165849405&t=n" border="0"></a><br /><br />防災学概論　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2006年1月12日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
去年の暮れ、１つのニュースが大きな社会問題となった。いわゆる&ldquo;姉歯ショック&rdquo;姉歯元一級建築士による耐震偽装問題である。私[340]<br />防災学概論　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2006年1月12日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
去年の暮れ、１つのニュースが大きな社会問題となった。いわゆる&ldquo;姉歯ショック&rdquo;姉歯元一級建築士による耐震偽装問題である。私はこの一連の騒動の中に、このレポート課題のヒントが見出せるように思う。どうしてこのような問題が起こってしまったのか。それの一因は、国民の耐震に対する意識の低さであろう。実際ニュースなどでこの事件に関わる人へのインタビューを見て、それを痛感した。彼らは少しのコスト削減のために、建物にとって最も重要であるべき「耐震」を当たり前のようになおざりにしていた。これもお金のためなら耐震などどうでもよいという、現在の国民意識の低さがたまたま設計士や建築会社の方で露見しただけであり、国民全体でも意識の低さは問題である。
しかしながら、最近、防災への人々の関心は高まっているかのように見える。しかしこれも、現状では満足のいくものではない。その理由は、現在特に関心が高まっているのは、防災、耐震というよりは、災害、震災がおこったあとにどうするか、という点であり、そこにばかり..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ブログと社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/12015/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cattyann320]]></author>
			<category><![CDATA[cattyann320の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 11 Dec 2006 23:56:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/12015/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/12015/" target="_blank"><img src="/docs/983431757301@hc05/12015/thmb.jpg?s=s&r=1165848987&t=n" border="0"></a><br /><br />経験社会学Ⅰ期末レポート
ブログと社会
　　　　　　　　　学生番号、学部学年、名前
１　はじめに
　ネット社会の展開、の項で、少しブログについて触れるところがあった。私の知り合いでも何人かブログを書いていることもあり、ブログについて興味を持[352]<br />経験社会学Ⅰ期末レポート
ブログと社会
　　　　　　　　　学生番号、学部学年、名前
１　はじめに
　ネット社会の展開、の項で、少しブログについて触れるところがあった。私の知り合いでも何人かブログを書いていることもあり、ブログについて興味を持ったので、これについて深く掘り下げてレポートにしようと思う。具体的には、ブログをもう少し分析した上で、その問題点や可能性についても考えていきたい。
２　本論
まず初めに、ブログについて少し定義したい。
ブログ（ウェブログ、Blog、Weblog）とは狭義にはWorld Wide Web(Web)上のウェブページのURLとともに覚え書きや論評などを加え記録(Log)しているWebサイト。現在、より頻繁に用いられている広義には作者の個人的な体験や日記、特定のトピックに関する必ずしもWebに限定されない話題などのような、時系列で比較的頻繁に記録される情報についてのWebサイト全般を含む。　（ウイキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/Weblog）
というのが、一般的なブログに関する定義であろう。また他にもブログの特徴として、コ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ネット掲示板についての問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429369501@hc06/11599/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genbaku]]></author>
			<category><![CDATA[genbakuの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Nov 2006 15:19:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429369501@hc06/11599/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429369501@hc06/11599/" target="_blank"><img src="/docs/983429369501@hc06/11599/thmb.jpg?s=s&r=1164089955&t=n" border="0"></a><br /><br />　　　　　　　　　　ネット掲示板による問題
あるネット上の掲示板で少しあらしが始まっている。この掲示板の内容にも問題がある。あらしによる問題はいろいろある。あらしが進んでいくと、あらしにより意見交換を妨害され、その掲示板での意見交換ができな[358]<br />　　　　　　　　　　ネット掲示板による問題
あるネット上の掲示板で少しあらしが始まっている。この掲示板の内容にも問題がある。あらしによる問題はいろいろある。あらしが進んでいくと、あらしにより意見交換を妨害され、その掲示板での意見交換ができなくなってしまう。私が以前使っていた掲示板で実際起きたことなのだが、初めは軽いあらしだったが、次第にエスカレートしていき、最終的にはその掲示板を閉鎖することになってしまった。実際にあらしはどのようなことをするのか。あらしのすることは、個人に対してや、その掲示板に対してのひどい悪口である。あらしの起こる原因は、いたずらだったりするが、一番の原因は、互いに掲示板の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学校における人権教育のあり方について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429403301@hc06/11455/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みん]]></author>
			<category><![CDATA[みんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 13 Nov 2006 03:13:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429403301@hc06/11455/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429403301@hc06/11455/" target="_blank"><img src="/docs/983429403301@hc06/11455/thmb.jpg?s=s&r=1163355199&t=n" border="0"></a><br /><br />人権教育の現状と課題について考察すると共に、学校における人権教育のあり方についてあなたの考えを具体的に述べよ。
　人権とは、人間の尊厳に基づいて個人が持っている固有の権利であり、社会を構成する全ての人々が個人としての生存と自由を確保し、社[356]<br />　　　人権教育の現状と課題について考察すると共に、学校における人権教育のあり方についてあなたの考えを具体的に述べよ。
　人権とは、人間の尊厳に基づいて個人が持っている固有の権利であり、社会を構成する全ての人々が個人としての生存と自由を確保し、社会において幸福な生活を営むために欠かすことのできない権利である。人権尊重の理念とは、権利の行使に伴う責任を自覚して、人権を互いに尊重し合うこと、つまり人権共存の考え方である。
　その中でも、人権教育の意義と目的が最近では問われている。人権教育とは、『人権教育・啓発推進法第２条』で「人権尊重の精神を作り上げることを目的とする教育活動」と意味し、「国民が、その発達段階に応じ、人権尊重の理念に対する理解を深め、これを得ることができるよう」にすることを旨とされている。
　また、社会教育については、生涯学習の視点に立ち、学校外において、老若男女問わずそれぞれのライフサイクルにおける多様な教育活動を展開していくことを通じて、人権尊重の意識を高める教育を行っていく。
　こうした学校教育及び社会教育における人権教育によって、人々が、自らの権利を行使することの意義..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育の場としての家庭・学校・社会の関係の考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429478901@hc06/11351/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 06030568yuji]]></author>
			<category><![CDATA[06030568yujiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 07 Nov 2006 17:03:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429478901@hc06/11351/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429478901@hc06/11351/" target="_blank"><img src="/docs/983429478901@hc06/11351/thmb.jpg?s=s&r=1162886620&t=n" border="0"></a><br /><br />教育の場としての著者の考察をみていくにあたっては、近代社会から現代社会にかけての家庭・学校・社会の関係を整理してみていくことにする。近代社会から現代社会にかけてのそれぞれの関係はどうであったのか、そしてそれを踏まえて今後どのようにしていくべ[360]<br />教育の原理　第二分冊　＜教育の場としての家庭・学校・社会の関係＞
　教育の場としての家庭・学校・社会の関係にかんするテキストの著者の考察を、その論点を整理しながら解説しなさい。
　教育の場としての著者の考察をみていくにあたっては、近代社会から現代社会にかけての家庭・学校・社会の関係を整理してみていくことにする。近代社会から現代社会にかけてのそれぞれの関係はどうであったのか、そしてそれを踏まえて今後どのようにしていくべきなのかということについての著者の考察を解説していく。　
　では、最初に近代社会において、教育の場としての家庭・学校・社会の関係についての著者の考察を解説していく。
近代は、家庭の教育的役割についての概念が変化しているときであった。養育、訓育、しつけといったものが、家庭教育における重要な役割であるという認識は存在しながらも、学校教育にそれらを求めるようになってきたのである。そのため、学校は、家庭での教育的役割を分担していくことになった。
　続いて、近代社会と学校の関係についてであるが、近代社会は封建的社会より自由度の高い社会秩序で構成されており、その中で学校教育は、１人ひと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[心身障害の基礎]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429616101@hc06/10968/]]></link>
			<author><![CDATA[ by aquair]]></author>
			<category><![CDATA[aquairの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Sep 2006 19:27:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429616101@hc06/10968/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429616101@hc06/10968/" target="_blank"><img src="/docs/983429616101@hc06/10968/thmb.jpg?s=s&r=1158834461&t=n" border="0"></a><br /><br />１．障害者を理解するには同立場になって徐々に理解していくことが大事である。一方で、障害者本人は、障害があっても何が出来なくても自分が好きだという感覚をもったほうがよい。これが障害受容なのである。また、社会のあり様というのは障害者の成長に重要[360]<br />心身障害の基礎
障害者を理解するには同立場になって徐々に理解していくことが大事である。一方で、障害者本人は、障害があっても何が出来なくても自分が好きだという感覚をもったほうがよい。これが障害受容なのである。また、社会のあり様というのは障害者の成長に重要なものであり、特に親との関係は最も重要なものとなってくる。社会との関係、つまり周りとの関係（他者との相互作用）が障害者にたいする影響は個々による対応によって変化していくのである。大事なのは、相手を認め合うことで、それが出来たのならその時点で障害は関係なくなってしまうのである。
　　　　感想；障害があっても何が出来なくても自分が好きだという感覚を得..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 現代社会と家族]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429616101@hc06/10966/]]></link>
			<author><![CDATA[ by aquair]]></author>
			<category><![CDATA[aquairの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Sep 2006 19:20:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429616101@hc06/10966/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429616101@hc06/10966/" target="_blank"><img src="/docs/983429616101@hc06/10966/thmb.jpg?s=s&r=1158834049&t=n" border="0"></a><br /><br />近代、工業生産の比重が増大し、分業の進展、市場の発達、機械化、技術の進歩等から社会の産業化が急速にすすんだ。産業革命よって生物エネルギーから非生物エネルギーへの転換が行われ、人一人が行える情報処理が限界に達したために組織革命がおき、巨大なピ[360]<br />現代の社会と家族
近代、工業生産の比重が増大し、分業の進展、市場の発達、機械化、技術の進歩等から社会の産業化が急速にすすんだ。産業革命よって生物エネルギーから非生物エネルギーへの転換が行われ、人一人が行える情報処理が限界に達したために組織革命がおき、巨大なピラミッド型組織ができた。このピラミッド型組織は官僚制の元に発展し、共通の目的を求めて、支配の正統性を裏付け、人を規則によりコントロールして、人間と組織の分離を図った。この官僚型ピラミッドは第二次産業革命の進展に伴い、二十世紀に飛躍的に拡大した。なぜなら、第二次産業革命がもたらしたものは今まででは考えられない規模での大量生産であり、それを行うには効率性がひつようであり、それには規則によるコントロールを行った官僚型ピラミッドが最適であったためである。
　こうして成立した官僚制は社会構造を大きく変えることとなった。官僚制の進展に伴い、都市化が進んだことで従来の村落共同体・家族共同体は解体して、組織の元での社会関係が構築されたのである。従来の村落、家族共同体は人格的関係でつながっており、その相互の関係は非限定（ゲマインジャフト）であったのに..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[メディアリテラシーは必要か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429678501@hc06/10888/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hideaki0511]]></author>
			<category><![CDATA[hideaki0511の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 03 Sep 2006 17:53:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429678501@hc06/10888/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429678501@hc06/10888/" target="_blank"><img src="/docs/983429678501@hc06/10888/thmb.jpg?s=s&r=1157273622&t=n" border="0"></a><br /><br />＜概要＞
世の中は、メディアを通しては語りきれないほどの矛盾を抱え、限りなく混沌とし、真実はとらえどころがないほど複雑である。「メディアはウソをつく」とひと言で片付けるのはたやすいが、メディア社会に生きる私たちは、メディアがもたらす利点と[356]<br />１）　　メディア・リテラシーとは何か。
２）　　「現実」が変えられてしまう現実。
３）　　なぜ「現実」は変わるのか
４）　　メディア・リテラシーは必要か
　　　　　＜概要＞
　世の中は、メディアを通しては語りきれないほどの矛盾を抱え、限りなく混沌とし、真実はとらえどころがないほど複雑である。「メディアはウソをつく」とひと言で片付けるのはたやすいが、メディア社会に生きる私たちは、メディアがもたらす利点と限界を冷静に把握し、世の中にはメディアが伝える以外のことや、異なる見方が存在することを理解し、社会に多様な世界観が反映されるよう、メディアと主体的に関わっていく責任が私たちにはある。
メディア・リテラシーは、メディアが送り出す情報の仕組みや影響を理解し、私たちとメディアのよりよい関係を築きあげる上できわめて重要な考え方である。
１）メディア・リテラシーとは何か
メディア・リテラシーとは、一言で言えば、メディアが形作る「現実」を批判的（クリティカル）に読み取るとともに、メディアを使って表現していく能力のことである。最近では、コンピュータを使いこなす意味での「コンピュータ・リテラシー」や「情報..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 非合理性が生む合理的な近代〜ウェーバー研究を中心にして]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/10390/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sugiyama]]></author>
			<category><![CDATA[sugiyamaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 09 Aug 2006 11:35:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/10390/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/10390/" target="_blank"><img src="/docs/983432196501@hc05/10390/thmb.jpg?s=s&r=1155090927&t=n" border="0"></a><br /><br />「非合理性が生む合理的な近代〜ウェーバー研究を中心にして」

１問題意識
　私は今回のレポートを作成するにあたってマックス・ウェーバーとエミール・デュルケームを取り上げる。19世紀の急速な近代化を受けて、社会学が政治学や経済学と並ぶ社[344]<br />「非合理性が生む合理的な近代～ウェーバー研究を中心にして」
１問題意識
　私は今回のレポートを作成するにあたってマックス・ウェーバーとエミール・デュルケームを取り上げる。19世紀の急速な近代化を受けて、社会学が政治学や経済学と並ぶ社会科学の一員として成立したが、その時代に社会学をリードしたのがこの二人だ。近代化の中で、資本主義が加速し、都市化や宗教的価値観の衰退により伝統社会が崩壊していった時代に、それに対する危機感や知的関心の中で、近代社会の分析を行い、近代社会学を創っていった人物たちであると、私は講義で聞き、深く関心を持った。私は以前より「近代」という時代に関心を寄せていたからだ。ルネサンス、宗教改革、産業革命、市民革命と様々な政治、経済、社会的な大変動を経て、次第に成立していった近代社会。その近代社会の中で、資本主義の発展や帝国主義など様々な歴史の変遷がおこり、様々な論争はあるが今の私たちの住む社会もそのような近代社会の延長線にあるのは間違いない。今の私たちは近代的な価値観の中で物事を知見し、判断している。近代という枠組みの中で、私たちは生きているのだ。私は自分が生きている、さら..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アラーの風刺画について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/10359/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sugiyama]]></author>
			<category><![CDATA[sugiyamaの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 07 Aug 2006 15:13:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/10359/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/10359/" target="_blank"><img src="/docs/983432196501@hc05/10359/thmb.jpg?s=s&r=1154931182&t=n" border="0"></a><br /><br />現在の国際社会には欧米社会とイスラム社会の対立や軋轢といった問題は実にさまざまに存在していて、残念ながら例を挙げるのに事欠かないほどである。そのなかでも今回はアラーの風刺画問題について考えてみたい。この問題の特徴として考えられる事柄としては[360]<br />『アラーの風刺画問題について』
　現在の国際社会には欧米社会とイスラム社会の対立や軋轢といった問題は実にさまざまに存在していて、残念ながら例を挙げるのに事欠かないほどである。そのなかでも今回はアラーの風刺画問題について考えてみたい。この問題の特徴として考えられる事柄としては、これがイスラム社会とヨーロッパ全体の対立になったことである。事の発端はデンマークの新聞社がアラーの風刺画を掲載したことであるが、その後イスラム社会の抗議が本格化してくると、デンマーク以外にもフランスやノルウェーなど他のヨーロッパ諸国のマスコミもアラーの風刺画を転載し始めた。ヨーロッパ側の論理は、イスラム社会の抗議の圧力で、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[イギリスの社会保障について、わが国と比較して述べなさい]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430164501@hc06/9464/]]></link>
			<author><![CDATA[ by torute]]></author>
			<category><![CDATA[toruteの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 09 Jul 2006 11:53:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430164501@hc06/9464/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430164501@hc06/9464/" target="_blank"><img src="/docs/983430164501@hc06/9464/thmb.jpg?s=s&r=1152413632&t=n" border="0"></a><br /><br />イギリスの社会保障について、わが国と比較して述べなさい　　　社会福祉国際比較

1.社会保障の概要
社会保障とは、国家が国民の生活を保障することであり、イギリスなど欧米では、「社会保障」という言葉は、現金を給付する所得保障制度を指す。[344]<br />イギリスの社会保障について、わが国と比較して述べなさい　　　社会福祉国際比較
1.社会保障の概要
社会保障とは、国家が国民の生活を保障することであり、イギリスなど欧米では、「社会保障」という言葉は、現金を給付する所得保障制度を指す。所得保障のほかに医療保障や社会福祉、それに雇用、住宅、教育を含めた概念として、「社会サービス」がある。ここでは、イングランドの所得保障、医療保障を中心に論じることにする。
2．ベヴァリッジ報告とその具体化
　イギリスによる社会保障の創設は、1911年制定された「国民保険法」であり、その後、第二次世界大戦にだされた「ベヴァリッジ報告」により、イギリス型福祉国家の基本を確立したのであった。ベヴァリッジ報告が目指したものは、貧困の除去でありそのための最低生活保障であった。これを実現させるために行われたのが「社会保障計画」である。この計画は所得保障中心に設計されており、基本的ニーズを満たす制度として社会保険、特殊なニーズを満たす制度に国民扶助(公的扶助)、基本的ニーズを超えるものに対する制度に任意保険がある。ミーンズテストつきの選択的保障に頼らなくてもよいだけの最低..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[公民科のあゆみ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431064501@hc06/9394/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nikuokue]]></author>
			<category><![CDATA[nikuokueの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Jul 2006 09:55:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431064501@hc06/9394/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431064501@hc06/9394/" target="_blank"><img src="/docs/983431064501@hc06/9394/thmb.jpg?s=s&r=1152147325&t=n" border="0"></a><br /><br />戦前の日本には社会科という名称の教科は存在していなかった。日本の近代学校制度を最初に法制化したのが「学制」とそれに基づく「小学教則」であった。地理の分野で「地学大意」や「地理学の大意」、歴史では「史学輪講」、公民の分野では「国体学」、「政体[360]<br />　戦前の日本には社会科という名称の教科は存在していなかった。日本の近代学校制度を最初に法制化したのが「学制」とそれに基づく「小学教則」であった。地理の分野で「地学大意」や「地理学の大意」、歴史では「史学輪講」、公民の分野では「国体学」、「政体大意」の教科を設置した。1886年になると尋常中学校制度が成立し政治的内容を含む公民的教科は当時の自由民権運動の活発化という状況の下で、生徒を政談から遠ざけるという思惑によって全面的に廃止された。大正期に入ると「法制及経済」が必修となったこれは立憲主義の拡張と男子普通選挙制度が実施されたことの影響で公民教育が強化された。中学校のみならず勤労青年を対象とする実業補修学校でも公民教育が重視された。昭和期に入ると国家的・軍国主義的風潮は教育界にも強く浸透し地理は自国中心主義の傾向が明瞭となりはじめ、歴史においては国体や国の歴史の特殊性を掲げそれに収束させようとする教育内容が重視されるにいたった。公民科は1943年に「中等学校令」が制定されたことにより廃止された。地理歴史の教育はますます「皇国の使命を自覚」するという目的に奉仕するものとされ、その学問的・科..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ アルツハイマー病などの認知症をきたす病気の特徴]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430638701@hc06/9383/]]></link>
			<author><![CDATA[ by diegoam10]]></author>
			<category><![CDATA[diegoam10の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Jul 2006 05:04:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430638701@hc06/9383/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430638701@hc06/9383/" target="_blank"><img src="/docs/983430638701@hc06/9383/thmb.jpg?s=s&r=1152129872&t=n" border="0"></a><br /><br />アルツハイマー病などの認知症をきたす病気
の特徴を述べなさい。

　認知症とは脳や身体の疾患を原因として、記憶障害や判断力の低下、見当識障害などが起り、普通の社会生活が送れなくなった状態をいう。認知症は脳が病的に障害されて起り、その原[348]<br />귺깑긟긪귽뷲궶궵궻봃뭢뤗귩궖궫궥뷲딠궻벫뮙귩뢲귊궶궠궋갃봃뭢뤗궴궼귘릆뫬궻렱뒽귩뙱덓궴궢궲갂딯돬뤳둙귘뵽뭚쀍궻믟돷갂뙥뱰렞뤳둙궶궵궕딳귟갂븕믅궻롊됵맯뒋궕몭귢궶궘궶궯궫륉뫴귩궋궎갃봃뭢뤗궼궕뷲밒궸뤳둙궠귢궲딳귟갂궩궻뙱덓궴궶귡뷲딠궼갂벆둟볙궻뷲딠궸귝귡귖궻갂릆뫬궻뷲딠궸귝귡귖궻궶궵궫궘궠귪궇귡갃궢궔궢갂뫝궘궼귺깑긟긪귽뷲궴뙆듖뤳둙궸귝귡봃뭢뤗궳궇귡갃귺깑긟긪귽뷲궼갂뙱덓궼븉뼻궬궕갂볙궳궠귏궡귏궶빾돸궕딳귟갂궻똮띢뺼궕똽궸뙵귟갂궕뷲밒궸댻뢫궢궲뛼뱗궻뭢믟돷귘릐둰궻뺯됹궕딳귡봃뭢뤗궳궇귡갃귚궯궘귟궴뵯뤗궢갂룞갲궸닽돸궢궲궋궘궕갂룊딖궻뭝둏궳궼벍뻸귘뒾둶뤳둙궶궵궻똮뤗륉궼딳궖궶궋갃귏궫갂릐궼뷲딠궬궴..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[高度情報化社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430149501@hc06/9271/]]></link>
			<author><![CDATA[ by seoseo]]></author>
			<category><![CDATA[seoseoの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 30 Jun 2006 19:19:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430149501@hc06/9271/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430149501@hc06/9271/" target="_blank"><img src="/docs/983430149501@hc06/9271/thmb.jpg?s=s&r=1151662761&t=n" border="0"></a><br /><br />＜はじめに＞
　デジタル、マルチメディア時代に向けて情報化社会が急速に進展しており、その主役を担うパソコンの普及は目を見張るばかりである。民間調査機関の調べでは、９８年度の国内パソコン出荷台数は７６６万５千台となり、前年を１０．１％上回り[356]<br />高度情報化社会
＜はじめに＞ 　デジタル、マルチメディア時代に向けて情報化社会が急速に進展しており、その主役を担うパソコンの普及は目を見張るばかりである。民間調査機関の調べでは、９８年度の国内パソコン出荷台数は７６６万５千台となり、前年を１０．１％上回り過去最高を記録した。また、このパソコンの普及に伴ってインターネット利用も急増しているのである。郵政省の通信白書などによると、９８年の利用者は１７００万人と見られている。アメリカに比べると、インターネットの普及率はまだまだ低いが、主婦層も気軽に利用する傾向にあり、また発信される情報が多種多様になっており、これからもインターネットは右肩上がりの普及を続けると見られている。この利用者が急上昇するインターネットでは、ホームページやメールマガジン・インターネット放送による情報提供だけではなく、新たなるかたちのコミュニケーションとしてメール・メーリングリスト・掲示板、それからインターネットでのショッピング、また株や投信売買などの電子商取り引きなどさまざまなことを可能にしている。そして、これからも益々可能にしていくだろう。この情報化社会においてどうい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[福祉専門職者に必要な倫理と能力についてまとめ、自分なりの見解を述べよ。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431486201@hc05/8965/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 川野さかな]]></author>
			<category><![CDATA[川野さかなの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Jun 2006 20:31:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431486201@hc05/8965/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431486201@hc05/8965/" target="_blank"><img src="/docs/983431486201@hc05/8965/thmb.jpg?s=s&r=1150198283&t=n" border="0"></a><br /><br />「福祉専門職者に必要な倫理と能力についてまとめ、自分なりの見解を述べよ。」

　介護者が老人ホームで老人を殺すといった事件が今までに何度か起きている。もし、福祉に携わる者、それ以前に人としての倫理観を持ち得ているならば決して起きない事件[352]<br />　「福祉専門職者に必要な倫理と能力についてまとめ、自分なりの見解を述べよ。」
　介護者が老人ホームで老人を殺すといった事件が今までに何度か起きている。もし、福祉に携わる者、それ以前に人としての倫理観を持ち得ているならば決して起きない事件だと思われる。それは、逆に言えば福祉の専門職者には人としての倫理以上のものを持ち合わせていなければならない、ということになる。
　さて、ソーシャルワーカーの行なうあらゆる活動は、「専門職の価値と倫理」、「専門的な知識」、そして「専門的な技術」を基盤としている。つまり、この三つの要素を理解することはソーシャルワーカーの提供する社会福祉援助活動、つまりソーシャルワークを理解することであるのだ。では、具体的にはどのようなものなのか順にまとめてみたい。
　まず、福祉専門職者に必要な倫理としてソーシャルワーカーの倫理綱領に次のように記されている。「われわれソーシャルワーカーは、すべての人が人間としての尊厳を有し、価値ある存在であり、平等であることを深く認識する。われわれは平和を擁護し、人権と社会正義の原理に則り、サービス利用者本位の質の高い福祉サービスの開発と提供..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[  社会における計測の役割について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430557301@hc06/7948/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zasada]]></author>
			<category><![CDATA[zasadaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 15 Apr 2006 02:14:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430557301@hc06/7948/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430557301@hc06/7948/" target="_blank"><img src="/docs/983430557301@hc06/7948/thmb.jpg?s=s&r=1145034887&t=n" border="0"></a><br /><br />社会における計測の役割というものは、計測の対象である計量における定められた基準に則って、測定を何度も繰り返し行われるものである。その事によって、現在の社会の発展につながるのであり、そして人間にとって価値のある社会がより育まれていく、と考えら[360]<br />社会における計測の役割について、
　社会における計測の役割というものは、計測の対象である計量における定められた基準に則って、測定を何度も繰り返し行われるものである。その事によって、現在の社会の発展につながるのであり、そして人間にとって価値のある社会がより育まれていく、と考えられている。
現代の日本のように、個人中心の考えのまま、限りのある資源を好き勝手に使って成立しているような状態では、構成されている社会の中に存在する個人の思惑が変化するにつれて、社会自体も変革の期を向かえる事となってしまうのではないかという危惧が存在している。
他者との関わりを今まで以上に大切にしようと行動して、個人が自分の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 株式会社の特色]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431731201@hc05/7917/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tomonori4]]></author>
			<category><![CDATA[tomonori4の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 13 Apr 2006 10:55:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431731201@hc05/7917/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431731201@hc05/7917/" target="_blank"><img src="/docs/983431731201@hc05/7917/thmb.jpg?s=s&r=1144893355&t=n" border="0"></a><br /><br />まず初めに、株式会社の説明に入る前に会社の種類について説明したい。日本の商法は、会社を、合名会社、合資会社、株式会社の３種類としている。さらに有限会社法が有限会社というものを認めているので、法律上は４種類の会社が存在していることになる。この[360]<br />「株式会社の特色」
　まず初めに、株式会社の説明に入る前に会社の種類について説明したい。日本の商法は、会社を、合名会社、合資会社、株式会社の３種類としている。さらに有限会社法が有限会社というものを認めているので、法律上は４種類の会社が存在していることになる。この中でも株式会社は、大衆資本を動員し、大規模・永続的な事業を行うためには最も適したものといえる。なぜなら株主は間接有限責任しか負わず、しかも株式は単純化され、かつ譲渡も自由なものなので、参加を希望するものは容易に株式会社に参加できるうえ、逆にいつでもその株式を譲渡して投下資本を回収できるからである。
　株式会社とは、株主の地位が株式という細分化された割合的単位の形をとり、株主が、会社に対して各自の有する株式の引受価格を限度とする出資義務を負うだけで、会社債権者に対しては責任を負わない会社である。したがって、「株式」と「社員の有限責任」が株式会社の根本的特質ということになるが、「資本」の制度も大きな特質としてあげることができる。
　資本とは会社財産を確保するための基準となる一定の金額を計算上定めたうえ、この額を公示するとともに、この..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ クリティカルシンキングについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431254101@hc06/7588/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tetsu0125]]></author>
			<category><![CDATA[tetsu0125の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Mar 2006 15:06:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431254101@hc06/7588/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431254101@hc06/7588/" target="_blank"><img src="/docs/983431254101@hc06/7588/thmb.jpg?s=s&r=1142402775&t=n" border="0"></a><br /><br />　我々が、日常生活を送っていて出てくる問題には、すでに起こってしまった過去の問題、これから起こる可能性の高い未来の問題、そして目標（期待、理想、願望）と現状（実際、現実、結果）のギャップである現在の問題の３つがある。これらの問題を解決するた[360]<br />クリティカルシンキングについて
　
我々が、日常生活を送っていて出てくる問題には、すでに起こってしまった過去の問題、これから起こる可能性の高い未来の問題、そして目標（期待、理想、願望）と現状（実際、現実、結果）のギャップである現在の問題の３つがある。これらの問題を解決するために、人はどのような行動をとるのか。まず最初に、人は次の４つを考える。
何が起こったのか&hellip;問題の認識、細分化、優先順位付けなど、状況を把握する。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
なぜ起こったのか&hellip;因果関係、発生過程
どうすればよいのか&hellip;解決方法の選択、責任の所..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 携帯電話のメリットとデメリット]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7116/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 26 Feb 2006 18:40:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7116/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7116/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/7116/thmb.jpg?s=s&r=1140946853&t=n" border="0"></a><br /><br />　携帯電話が普及してから長くは経っていないが、その間には色々と問題が生じている。ここでは携帯電話を使うことによってのメリットとデメリットとは何かを述べていく。
　最近の調査では日本の携帯電話普及率は71.6%、加入件数で表すと9147万件[338]<br />　携帯電話が普及してから長くは経っていないが、その間には色々と問題が生じている。ここでは携帯電話を使うことによってのメリットとデメリットとは何かを述べていく。
　最近の調査では日本の携帯電話普及率は71.6%、加入件数で表すと9147万件であり、世界の普及国TOP5は、一位はルクセンブルク119.4%で、二位は香港114.5%で、三位はイタリア109.4%で、四位はチェコ105.3%で五位はイスラエル104.7%といずれも100%を超えているということは2台以上持つ人が多い事になる。加入件数ではやはり人口の多い中国がTOPで3億3482万件であった。自分の周りでも携帯電話を持っている人が多いの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生涯学習社会における教育への取り組み]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/6821/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fwjb7]]></author>
			<category><![CDATA[fwjb7の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 13:03:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/6821/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/6821/" target="_blank"><img src="/docs/983430823801@hc06/6821/thmb.jpg?s=s&r=1139976209&t=n" border="0"></a><br /><br />　「乳幼児から老年にいたるまでの教育のあり方を、旧来のように家庭教育、学校教育、社会教育という具合に分けてばらばらに考えるのではなく、実社会と遊離しがちな学校教育を社会に結び付いたものにするとともに社会の諸制度を教育的に整序しつつ、両者のも[360]<br />生涯学習社会における教育への取り組み
「乳幼児から老年にいたるまでの教育のあり方を、旧来のように家庭教育、学校教育、社会教育という具合に分けてばらばらに考えるのではなく、実社会と遊離しがちな学校教育を社会に結び付いたものにするとともに社会の諸制度を教育的に整序しつつ、両者のもつ教育的機能・作用を、人間の発達・成熟の過程・段階に応じて統合し、教育の組織化を進めるべきであるとする」のが生涯教育の考えであるらしい。生涯学習という言葉は新聞やテレビでしばしば目にして、市民の学習活動はいかにも盛んになっているように見えるが、その反面、地域における地道な学習活動はかつての活気を失っているように思える。以前は地域における生活課題解決と結びついた形で盛んであった学習活動は、さまざまな社会状況の変化の中で、そのあり様も変化してきたようである。
現在の社会の変化は大変著しい。科学技術の高度化や高齢化や所得水準の増加や自由時間の増加などいろいろあるが、変化の大変著しいものに社会の情報化がある。情報の伝達手段の発達や情報量の大規模化により、情報が絶えず新しいものへと変わっていく。そのために、学校で習うような情..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中根千枝・著『タテ社会の人間関係』の再考察［東京学芸大学・教育学部・日本社会学・評価A］]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6795/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kenjiro55]]></author>
			<category><![CDATA[kenjiro55の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 02:19:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6795/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6795/" target="_blank"><img src="/docs/983430795301@hc06/6795/thmb.jpg?s=s&r=1139937596&t=n" border="0"></a><br /><br />私が中根の理論に興味をもち、『タテ社会の人間関係』を初めて読んだのは、実はかなり前のことである。日本の大学に在籍しているにもかかわらず、こんなことを言うのは問題があるかもしれないが、私自身は決して日本の学校教育、社会システムにすんなり馴染め[360]<br />中根千枝・著『タテ社会の人間関係』の再考察
　私が中根の理論に興味をもち、『タテ社会の人間関係』を初めて読んだのは、実はかなり前のことである。日本の大学に在籍しているにもかかわらず、こんなことを言うのは問題があるかもしれないが、私自身は決して日本の学校教育、社会システムにすんなり馴染める人間ではなかった。この本に初めて出会った時、私は今まで自分自身が直面し、疑問に思ってきた事柄を、中根が全てすっきりと言い切っていることに驚き、感動すら覚えたのだった。
　私は中学生の頃、「いじめ」をきっかけに不登校をした。勉強だけは好きだったので、何とか高校に入学したものの、そこにも馴染めずにまた不登校をした。私が馴染めなかったのは、一言で言えば、「場」への帰属意識を求める感覚を、どうしても理解できなかったからであった。もちろん、私もいろいろな人と仲良くやっていくことを望まないわけではない。それが人生にとって大事な要素であることも承知している。しかしながら、日本の学校教育において求められる「協調性」とは、私からすれば「協調性」からは程遠い、反対の概念にすら感じられたのである。それは、中根の言う「場による..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[フリーターを作っているのは誰だ。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430829001@hc06/6495/]]></link>
			<author><![CDATA[ by capslock82]]></author>
			<category><![CDATA[capslock82の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Feb 2006 02:48:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430829001@hc06/6495/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430829001@hc06/6495/" target="_blank"><img src="/docs/983430829001@hc06/6495/thmb.jpg?s=s&r=1139507309&t=n" border="0"></a><br /><br />（１）はじめに
　現在、日本社会において急激に議論が繰り広げられている&ldquo;フリーター&rdquo;。彼らのフリーターでいる理由は様々だ。本当にやりたいことを見つけるためにフリーターという生き方を選ぶ者、自営業の行き詰まりによりフリーターになる事を余儀な[356]<br />（１）はじめに
現在、日本社会において急激に議論が繰り広げられている&ldquo;フリーター&rdquo;。彼らのフリーターでいる理由は様々だ。本当にやりたいことを見つけるためにフリーターという生き方を選ぶ者、自営業の行き詰まりによりフリーターになる事を余儀なくされた者、どんな仕事も続かずにフリーターでしかいられない者･･･。彼らの生活と、それを取り巻く企業・日本社会の現状を伝えるドキュメンタリー番組であった。
（２）番組概要
フリーターの著しい増加は社会問題となっているが、中でも製造業におけるフリーター数は100万人を超える。製造業では、たいていの仕事は機械に任せているが、携帯電話などモデルチェンジの激しい業界では、そのたびにモデルに合わせた機械を作ると採算が合わず、コストがかさむのだ。フリーターを積極採用する事で20％のコストダウンになるという。
また、フリーターと企業をつなぐ事業務とした『請負会社』がある。企業に&ldquo;人材&rdquo;を派遣する派遣会社に対し、請負会社はあくまで&ldquo;仕事&rdquo;を丸ごと請け負う形で業務を遂行するため、企業側のニーズに応え続けるためには、仕事量に合わせた臨機応変な人員調整・異動が必要なのだ。
こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会福祉援助]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430883301@hc06/6080/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuaisho]]></author>
			<category><![CDATA[yuaishoの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 01 Feb 2006 03:08:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430883301@hc06/6080/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430883301@hc06/6080/" target="_blank"><img src="/docs/983430883301@hc06/6080/thmb.jpg?s=s&r=1138730897&t=n" border="0"></a><br /><br />1950年代〜1960年代は、アメリカで社会福祉援助技術が専門職として内面からの反省と同時に、社会的影響を強く受けて、いわば外側からも揺さぶられて、新しい発展を始めた時期であるといえよう。また、アメリカでは、1953年にＮＡＳＷ（全米ソーシ[336]<br />1950年代～1960年代は、アメリカで社会福祉援助技術が専門職として内面からの反省と同時に、社会的影響を強く受けて、いわば外側からも揺さぶられて、新しい発展を始めた時期であるといえよう。また、アメリカでは、1953年にＮＡＳＷ（全米ソーシャルワーカー協会）が結成され、専門職団体の統合化が進められた。これにより、分野や方法によらず、全て同じソーシャルワーカーを確立する基盤ができた。
第２次世界大戦後、20世紀後半はまさに激動の時代ともいえる。政治・経済・国際関係をみても予測しがたい状況が生まれ、国際基盤は揺らぎ、多くの人々がたえず不安と危機意識にみまわれている。その間に社会福祉に関する考え方も..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マルクス＝レーニン主義について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164401@hc06/5071/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 817xyz]]></author>
			<category><![CDATA[817xyzの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 00:38:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164401@hc06/5071/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164401@hc06/5071/" target="_blank"><img src="/docs/983431164401@hc06/5071/thmb.jpg?s=s&r=1137080314&t=n" border="0"></a><br /><br />　マルクス＝レーニン主義が共産主義といわれていますが、はじめから共産主義だったわけではなく、市民的自由主義から急進的な民主主義観に至り、それをしだいに共産主義に移行していったのです。共産主義に到達するまで、根本問題となっていた普遍的、人間的[360]<br />設問１、マルクス＝レーニン主義について
　マルクス＝レーニン主義が共産主義といわれていますが、はじめから共産主義だったわけではなく、市民的自由主義から急進的な民主主義観に至り、それをしだいに共産主義に移行していったのです。共産主義に到達するまで、根本問題となっていた普遍的、人間的解放の問題を解くために政治的、社会的側面から把握し、ヘーゲル法哲学批判からこの問題の取り組みを始めました。ただ、ヘーゲル法哲学批判ではまだ共産主義に到達しておらず、ようやく、人間は社会が共同的本質を本質とすることによって解放されるはずである急進的な民主主義観に到達したばかりなのです。そして、急進的な民主主義観から共産主義に移行が完成したのは、２つの論文「ユダヤ人問題によせて」と「ヘーゲル法哲学批判」の両方で完成した。
１（第１の論文「ユダヤ人によせて」にさしあたってマルクスは人々を孤立的、利己主義的諸個人に変え、また人々が幻想的な方法だけで共同的な生活をいとなむ国家に、かれらの本質、共同的本質を外化するように人々を陥れる私的所有によって、社会と国家との間の矛盾がどのように条件づけられているかを明らかにし、それゆ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会学レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432243301@hc05/3485/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syokudou]]></author>
			<category><![CDATA[syokudouの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 29 Nov 2005 20:46:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432243301@hc05/3485/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432243301@hc05/3485/" target="_blank"><img src="/docs/983432243301@hc05/3485/thmb.jpg?s=s&r=1133264812&t=n" border="0"></a><br /><br />?家族形態と家族関係について
・家族･･･定義&rarr;夫婦関係を基にして、そこから派生する親子・兄弟関係に派生する系譜を基にした基礎関係。
家族形態と家族関係とは
・家族形態の変遷は、従来型家族形態から近代型，現代型へと遷移する過程において[346]<br />社会学Ⅰ
最終レポート
１
家族形態と家族関係について
家族･･･定義&rarr;夫婦関係を基にして、そこから派生する親子・兄弟関係に派生する系譜を基にした基礎関係。
家族形態と家族関係とは
家族形態の変遷は、従来型家族形態から近代型，現代型へと遷移する過程において，その構成員の数が減少してきている。（例：サザエさん家族&rarr;ちびまる子家族&rarr;クレヨンしんちゃん家族）要するに、拡大家族から核家族への変化が起こった。
家族関係では、夫婦が家族の主たるものであったが、今では子どもが家族の主たるものへと変遷している。（例：①サザエさんの波平とカツオの関係･･･完全な上下関係がある。&rarr;夫婦中心家族・家父長権的。②クレヨンしんちゃんのみさえとしんのすけの関係･･･親と子が同列となっている。&rarr;現代家族の域をも超えた、子ども中心家族である）
　　　　家族形態と家族関係について（私見）
私の家族は、３人家族である。母は５人家族を経験し、父も５人家族を経験している。確かに授業で習ったように、家族形態は変遷し人数も減り、その関係も多種多様化している。私の家庭では、クレヨンしんちゃんのようなことはないが（コンビニに行ったと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本文化　&amp;#8226;　日本人についてのイメージ　&minus;　日本女性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2291/]]></link>
			<author><![CDATA[ by love you]]></author>
			<category><![CDATA[love youの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 04 Oct 2005 15:54:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2291/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2291/" target="_blank"><img src="/docs/983431978601@hc05/2291/thmb.jpg?s=s&r=1128408870&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに

『日本人といえば、どんなイメージを持っていますか？』友たちに聞いた。
『日本女性はかわいくて、とでも優しいと思いますよ。でも、地位がちょっと低いと感じていますね、香港の女性に比べると。』友人はそう言った。
ある日、講義の[344]<br />中間課題：『日本文化　&middot;　日本人についてのイメージ』
はじめに
『日本人といえば、どんなイメージを持っていますか？』友たちに聞いた。
『日本女性はかわいくて、とでも優しいと思いますよ。でも、地位がちょっと低いと感じていますね、香港の女性に比べると。』友人はそう言った。
ある日、講義のために、友たちに調査をしてみて、多分以上のイメージを答えた。それに、私も、３年間ぐらい日本語を勉強しているけど、また、日本女性の地位が香港女性のより低いと思っている。このエーセイは、日本女性に向かうイメージをめぐって簡単に討論する。
日本女性に向かうイメージ
日本女性というと、どんなイメージを持っているかと問う私は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[EXPERIMENTS ON ANIMALS]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432231401@hc05/1448/]]></link>
			<author><![CDATA[ by avx28993]]></author>
			<category><![CDATA[avx28993の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2005 12:16:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432231401@hc05/1448/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432231401@hc05/1448/" target="_blank"><img src="/docs/983432231401@hc05/1448/thmb.jpg?s=s&r=1122261390&t=n" border="0"></a><br /><br />Experiments on animals have been carried out for more than 300 years, and the numbers of animals used for these experime[120]<br />EXPERIMENTS ON ANIMALS
Experiments on animals have been carried out for more than 300 years, and the numbers of animals used for these experiments are increasing every year. However, many doctors and scientists say &quot;We don&#039;t need experiments on animals.&quot; They say we cannot apply the data of animals to human beings. In fact, in 1997, 52 people died of side effects of a certain medicine. The medicine was sold in Europe after doing experiments on various kinds of animals. These experiments led many..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[小学校２年生と共に創る総合学習]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432282701@hc05/1241/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumin]]></author>
			<category><![CDATA[yuminの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Jul 2005 20:47:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432282701@hc05/1241/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432282701@hc05/1241/" target="_blank"><img src="/docs/983432282701@hc05/1241/thmb.jpg?s=s&r=1121860044&t=n" border="0"></a><br /><br />小学校２年生と共に創る総合学習について考えてみたい。まず、小学校２年生はどのような行動をとり、何に興味をもつのだろうか。「教職総合演習　小学校編資料」にもあるように、小学生はまちまち・バラバラである。また、教科書の絵にもあるように、それぞれ[360]<br />　小学校２年生と共に創る総合学習について考えてみたい。まず、小学校２年生はどのような行動をとり、何に興味をもつのだろうか。「教職総合演習　小学校編資料」にもあるように、小学生はまちまち・バラバラである。また、教科書の絵にもあるように、それぞれが自分の関心のあることに集中し遊ぶため、全員が似たような行動をとることはない。この絵では動物や植物などの自然に興味をもっているが、他にも小学生の身の回りの社会や環境、あるいは自分のことについて興味をもってもらいたい。今回は「小学校学習指導要領」をもとに、小学生と身近な社会・地域に関心をもち、各自の生活について考えさせるとともに生活上必要な技能を身に付けさせ、活動に主体的に取り組んでもらうことを目標とする。
　国・私立の小学校ではなく、私が通っていたような公立小学校をモデルにして総合学習を考えてみる。公立小学校で低学年の児童の場合、子供だけで電車に乗ることは非常に少ない。そこで、クラス全体を５～６人のグループに分け、班ごとに小学校の最寄駅から２つ目の駅へ行ってもらうことにする。その際、到着時刻を設定して計画性をもたせる。班の中には班長を決めて責任をも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会の変化に見る専業主婦のこれから]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432260601@hc05/859/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuuki62k]]></author>
			<category><![CDATA[yuuki62kの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 11 Jul 2005 12:24:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432260601@hc05/859/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432260601@hc05/859/" target="_blank"><img src="/docs/983432260601@hc05/859/thmb.jpg?s=s&r=1121052289&t=n" border="0"></a><br /><br />歴史の流れにそって社会は変化していく、それによって人間の生き方も変化し多様化している。その中で、専業主婦はどのように変化していくのであろうか。これまでの「変化」を大まかにとらえ、あらゆる面から「専業主婦のこれから」を考えていこうと思う。
[356]<br />２００２年
基礎演習レポート
タイトル
「社会の変化に見る
　　　　　専業主婦のこれから」
０２１９９６　　久保田　裕気
　　社会の変化に見る専業主婦のこれから
０２１９９６　久保田　裕気
Ⅰ　はじめに
歴史の流れにそって社会は変化していく、それによって人間の生き方も変化し多様化している。その中で、専業主婦はどのように変化していくのであろうか。これまでの「変化」を大まかにとらえ、あらゆる面から「専業主婦のこれから」を考えていこうと思う。
Ⅱ　社会の変化にともなう、家族構造・家事労働の変化
日本の家族構造は、歴史の流れを大きく三つに区切って考えることができるのではないだろうか。
まず１つ目は、人間の歴史が始まってから太平洋戦争以前までを期間とする「農耕社会」における大家族の形態である。農耕社会では、労働対象が土地であり、土地によって人間の生活が規定された。また、家庭が生産の場であったため家族全員で生産労働に従事しなければならない時代だった。そして、どんな成人も働き手として同居させえた。このことが大家族を形成する要因になった。
２つ目は、高度経済成長以後からコンピュータの登場以前までの「工..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[科学とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432278301@hc05/850/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hotmailcom]]></author>
			<category><![CDATA[hotmailcomの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 10 Jul 2005 21:04:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432278301@hc05/850/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432278301@hc05/850/" target="_blank"><img src="/docs/983432278301@hc05/850/thmb.jpg?s=s&r=1120997062&t=n" border="0"></a><br /><br />科学とは身の回りの出来事、事象が一体どんな仕組みで成り立っているのかを探求する学問と言えるだろう。つまり、科学とはある現象に理屈を付ける作業のことである。
私達の身の回りの現象は科学によって成立しているわけではない。科学はなくてもその現象[356]<br />１．はじめに　～科学とは？～
　『人間にとって、科学とは何なのか？』この問いを考えるにあたって、まず科学とは何かを考えてみたい。ひとまず辞書を引いてみる。
　　かがく［科学］①一定の方法のもとに、対象を組織的・系統的に研究し、実験し、調査する学
　　　　　　　　　　問。サイエンス。
　　　　　　　　　②自然科学。
また、インターネットで「科学」という言葉を調べてみたところ、以下のような記述があった。
自然や社会など世界の特定領域に関する法則的認識を目指す合理的知識の体系または探究の営み。実験や観察に基づく経験的実証性と論理的推論に基づく体系的整合性をその特徴とする。研究の対象と方法の違いに応じて自然科学・社会科学・人文科学などに分類される。狭義には自然科学を指す。
　科学とは身の回りの出来事、事象が一体どんな仕組みで成り立っているのかを探求する学問と言えるだろう。つまり、科学とはある現象に理屈を付ける作業のことである。
私達の身の回りの現象は科学によって成立しているわけではない。科学はなくてもその現象は存在するであろう。私達人間が考えるまでもなく、宇宙は存在するし、その中に地球があり、..]]></description>

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			<title><![CDATA[脱学校の社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432321601@hc05/660/]]></link>
			<author><![CDATA[ by twenty3]]></author>
			<category><![CDATA[twenty3の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 30 Jun 2005 06:39:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432321601@hc05/660/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432321601@hc05/660/" target="_blank"><img src="/docs/983432321601@hc05/660/thmb.jpg?s=s&r=1120081174&t=n" border="0"></a><br /><br />現在誰もが当たり前のように通っている学校。義務教育と呼ばれる小学校と中学校をあわせた９年間を卒業し、それぞれ高校に進学したり就職したりする。このごく当たり前のことをイリッチは著書の中で痛烈に批判している。私も普通に、小、中、高と進んできたの[360]<br />脱学校の社会について　
現在誰もが当たり前のように通っている学校。義務教育と呼ばれる小学校と中学校をあわせた９年間を卒業し、それぞれ高校に進学したり就職したりする。このごく当たり前のことをイリッチは著書の中で痛烈に批判している。私も普通に、小、中、高と進んできたのだが、この著書を知りまた新たな見方が生まれた。そもそも、我々は何故、学校に行くのか？みんなが行っているから？法律できまっているから？初等教育の始まりと言われている寺小屋は初歩的なそろばんや読み書きを学ぶために開かれていたとある。確かに必要な教育であると思う。ここでイリッチが言いたかったのは義務としての教育が不必要というわけではなく、今の社会における学校社会への依存性への排除を促したかったのだと思う。大体９～１０歳ぐらいの子供に年齢を聞くときほぼ大人は「今何年生？」と聞いている。社会は学歴を気にかける。こうした事がすでに学校への依存なのだ。昔、伝記であの発明王のエジソンが学校に行ってなかった事を知りかなり印象に残ったのを覚えている。しかし彼は学ぶという事に積極的であった。学びへの積極性。著書の中に「学校は人々に自らの力で成長する..]]></description>

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			<title><![CDATA[イラク&minus;政権の反米、人々の反米]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432345101@hc05/582/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ikula2810]]></author>
			<category><![CDATA[ikula2810の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 00:29:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432345101@hc05/582/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432345101@hc05/582/" target="_blank"><img src="/docs/983432345101@hc05/582/thmb.jpg?s=s&r=1119540574&t=n" border="0"></a><br /><br />当初からアメリカはアラブ諸国にとって「敵」ではなかった。むしろソ連と共に、英仏の植民地主義に
対する対抗者としてアラブ地域に影響力を行使できる新たなアクターかも、という期待感さえあった。

＜政権レベルでの認識の展開＞
＊	&ldquo;国策上[342]<br />導入・着眼点
アラブ社会におけるアメリカ観がどのような形で変容し、それが激しい反米意識まで発展していった過程を探っている。
フセイン政権の「反米」とイラク国民の「反米」のギャップに注目。
イラクを中心としたアラブ諸国における対米感情の変遷を、とりわけ政権の「反米」と大衆の「反米」の落差に注目して論じている。
１　アラブ社会におけるアメリカ観
当初からアメリカはアラブ諸国にとって「敵」ではなかった。むしろソ連と共に、英仏の植民地主義に
対する対抗者としてアラブ地域に影響力を行使できる新たなアクターかも、という期待感さえあった。
&rsquo;60s&ldquo;障害&rdquo;発生　アメリカの対イスラエル支援政策とアラブ・ナショナリスト革命政権に対する忌避姿勢を示す。アメリカは一層鮮明なイスラエル寄りの姿勢を示していく。
◎ Q. なぜか？　
A. &rsquo;50年代後半のアラブ諸国における民族主義共和制政権をアメリカが嫌ったから。
かつ、冷戦期だったため同政権の影響力拡大を阻止しようとしたから。
◎ 当時の共和制政権は圧倒的な大衆の支持をもとに成立していた。(ex.エジプト・ナセル政権)
&there4;　政権の「反米」と国民の「反米」が一..]]></description>

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