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		<title>タグ“平和教育”の公開資料</title>
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		<description>タグ“平和教育”の公開資料</description>
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		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[名古屋大学教育学部付属高等学校における「総合人間科」の取り組み]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/10139/]]></link>
			<author><![CDATA[ by junskymaker]]></author>
			<category><![CDATA[junskymakerの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 30 Jul 2006 21:29:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/10139/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/10139/" target="_blank"><img src="/docs/983431203101@hc06/10139/thmb.jpg?s=s&r=1154262540&t=n" border="0"></a><br /><br />なぜ、平和教育において「何をどれだけ学んだのか」ということに対して敏感にならざるを得ないのかというと、戦後の日本は、共産主義者と朝日新聞によるプロパガンダと歪んだ「平和主義」キャンペーンによって歴史の真実がひた隠しにされ、平和問題について正[360]<br />平成8年度高校2年次必修科目
｢国際理解･人権･平和｣ ｢ どぅ宝‐沖縄の心から平和を学ぶ｣
‐名古屋大学教育学部付属高等学校における「総合人間科」の取り組み‐
総合人間科
当校がつけた独自の名称
必修科目‐中1～高3すべてにわたって設置 隔週土曜の3,4限
選択科目‐高校2,3年に設置
目指す生徒像「現代の課題を､様々な体験を通して自らの問題とし､主体的に学びながら､表現し､友人とともに学びあうことができる」
｢自分の人生を社会と重ね合わせて考え､未来に向けて自覚的に行動していく｣
設置の経緯
学校教育法施行規則の一部改正(H11)により、高等学校において平成15年度から新教育課程「総合的な学習の時間」が導入されることとなった。これに先立ち、当学校は研究開発校として文部大臣の認可と委嘱を受け、教科「総合人間科」を設置することにより、総合的な学習の時間の研究と開発に取り組むこととなった(H7)&hellip;と考えられる。
平成8年度高校2年次必修科目「総合人間科」の展開&rArr; 別紙
今後の課題
評価対象‐グループ、個人 の扱い
評価の主体者‐教師、生徒、生徒同士･･･どう総合するか
評価と評定‐成績表..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[平和教育の方向性について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6950/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 23:35:08 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6950/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6950/thmb.jpg?s=s&r=1140014108&t=n" border="0"></a><br /><br />平和教育の方向性について
 人類史上最初の原爆投下を含む悲惨な戦争体験の国民的反省と平和の価値への覚醒とが、戦争放棄の平和憲法と平和的人間の形成を目ざす教育基本法とを生み、それらによってその後の日本の教育が平和教育でなければならぬという原[354]<br />平和教育の方向性について
　　人類史上最初の原爆投下を含む悲惨な戦争体験の国民的反省と平和の価値への覚醒とが、戦争放棄の平和憲法と平和的人間の形成を目ざす教育基本法とを生み、それらによってその後の日本の教育が平和教育でなければならぬという原則が確立されたという点に、戦後わが国の教育の根本的特色があるのである。それは侵略戦争への単なるざんげをこえて、人類の未来の教育を先どりしたものでもあった。
　これは1976年に創刊した『季刊平和教育』の第１号に書かれている言葉である。この文章を読むと複雑な想いがする。平和の概念が構造的暴力の克服も含めた積極的平和へと進歩しているのに対し、その大前提となる平和..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[これからの平和教育について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6944/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 23:25:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6944/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6944/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6944/thmb.jpg?s=s&r=1140013506&t=n" border="0"></a><br /><br />○　まずは大人・教師の平和学習を
戦前、つまり1945年8月15日の敗戦、そして日本国憲法・教育基本法の制定に至るまで、日本の教育の目標に平和のための教育というものはなかったという。ならば、戦後わずかの間に日本では戦争がない状態の「平和」[342]<br />これからの平和教育について
○　まずは大人・教師の平和学習を
戦前、つまり1945年8月15日の敗戦、そして日本国憲法・教育基本法の制定に至るまで、日本の教育の目標に平和のための教育というものはなかったという。ならば、戦後わずかの間に日本では戦争がない状態の「平和」という概念は完全に一般化されたことになる。当然歴史的背景が関係しての結果だが、これは今後、構造的暴力と積極的平和を前提とした「平和」の概念も一般化される可能性があることを意味しているのではないだろうか。しかしそのためには、まず教育者たる大人の平和学習が必要である。
　成人の平和学習が重要な意味を持つ理由として、第一に「成人が政治的権利をもっている」こと、そして第二に「成人が親であるか、あるいはやがて親となる存在」であることが挙げられる。政治的権利を正しく行使するためには平和学習は欠くことができず、また、親は子どもたちによりよい環境を残す責任がある。さらに平和のための教育は幼児期から行われなければならない以上、家庭における平和教育者として親が平和学習を行うことが必要なのである。子どもたちだけではなく、大人たちの間にも蔓延する「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[長崎の平和教育の現状]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6931/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 22:27:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6931/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6931/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6931/thmb.jpg?s=s&r=1140010022&t=n" border="0"></a><br /><br />　長崎は行政の圧力によって被爆地としての地域性を無視された平和教育が進められてきた。違うのは、市も県と同様の立場ということである。しかし市長の影響もあり、平和教育の考え方も少しずつ変わってきているようである。
　長崎県被爆教師の会が結成され[358]<br />長崎の平和教育の現状
　長崎は行政の圧力によって被爆地としての地域性を無視された平和教育が進められてきた。違うのは、市も県と同様の立場ということである。しかし市長の影響もあり、平和教育の考え方も少しずつ変わってきているようである。
　長崎県被爆教師の会が結成されたのは1970年である。8月9日を「原爆の日」として原爆教育に取り組み、数々の書籍を出版した。その中でも1972年に刊行した全４冊からなる『ナガサキ原爆読本』は、平和教育の資料が乏しかった当時の教師たちにとって基調な教材となり、全国各地に浸透していった。
　しかし、1977年5月、長崎市内の小学校で校長が150冊の『原爆読本』を図書室から無断で校長室に持ち去るという事件が起こった。これに対し県教組などは「平和教育への弾圧」、「現代版の焚書」と一斉に反発、平和教育論争が巻き起こった。これがいわゆる「『原爆読本』隠し事件」である。市教委がその反省を見せたのは21年後の1998年であった。
この事件をきっかけに、長崎市教育長は『教育問題研究委員会』を設置し、平和に関する教育の基本原則を諮問した。同委員会は翌1978年2月、「平和に関す..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[広島の平和教育について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6930/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 22:16:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6930/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6930/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6930/thmb.jpg?s=s&r=1140009406&t=n" border="0"></a><br /><br />○　長田新に始まる広島の平和教育
　戦後、再び悲惨な戦争を繰り返さないために教育の目標には「平和」が大きく掲げられた。その最前線だったのが世界で最初に原爆による攻撃を受けた広島である。被爆した教師らが中心となり、その後の日本の平和教育の原[356]<br />広島の平和教育について
○　長田新に始まる広島の平和教育
　戦後、再び悲惨な戦争を繰り返さないために教育の目標には「平和」が大きく掲げられた。その最前線だったのが世界で最初に原爆による攻撃を受けた広島である。被爆した教師らが中心となり、その後の日本の平和教育の原点を生み出した。中でも、自らも被爆者である教育学者、長田新の功績が大きいと言われる。
　長田は1887年長野に生まれ、1910年、広島高等師範学校を卒業。その後、1919年には同校教授となりペスタロッチ研究に情熱を注ぐが被爆。医師から死を宣告されたものの、12月には広島文理科大学（現在の広島大学）学長となり、後に日本教育学会会長も務めた。1961年に亡くなるまで数々の平和運動に参加し、1951年に出版された『原爆の子』は世界各国で翻訳され、日本では映画化もされた。
長田は、今日の日本の教育者たちの切なる願いとして「子供たちが皆んな揃って、平和な世の中をつくり出すような人間になってもらいたい。平和を築くことを、人間としての最高の道徳と考えるような人間になってもらいたい」として、平和教育の基礎を作りあげた。また、戦争の惨禍を体験した..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[平和教育とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6862/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mackey88]]></author>
			<category><![CDATA[mackey88の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 17:35:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6862/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430754801@hc06/6862/" target="_blank"><img src="/docs/983430754801@hc06/6862/thmb.jpg?s=s&r=1139992547&t=n" border="0"></a><br /><br />日本国語大辞典
　平和を実現し守るための教育。国民国家成立以来の国家と国民に対する忠誠を中心とする教育の限界を反省し、国民間の敵意や憎悪を取り除き、人類としての普遍的自覚を育てることを主眼とする。
新教育学大事典
〔定義〕
　国際理[344]<br />平和教育とは
まず「平和教育」を国語辞典と教育大辞典で調べてみる。
日本国語大辞典
平和を実現し守るための教育。国民国家成立以来の国家と国民に対する忠誠を中心とする教育の限界を反省し、国民間の敵意や憎悪を取り除き、人類としての普遍的自覚を育てることを主眼とする。
新教育学大事典
　〔定義〕
国際理解を深め、戦争を防ぎ、平和を維持するための教育活動。学校教育の一領域として扱われるが、広く家庭教育・社会教育にもつながり、平和の実現という観点から、教育の内容や方法を問い直す機能をももっている。したがって教育運動の面ももつ。
〔内容〕
（１）直接的な教育内容
拡張や支配のための戦争、抑圧のための武力や暴力の行使は絶対許されないことについての理解――明確な、情動面に影響するほどの（そのために戦争犠牲者の状況についての具体的資料が必要）――、戦争や武力行使は、諸国諸民族間の緊張のもとになる経済的政治的諸要因さらに民族や文化についての偏見・無知によって引き起こされる、ということについての理解（理解にいたるまでの分析が必要）、国際協力や世界平和の発展に対する現実の障害についての同じように分析を通しての..]]></description>

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