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		<title>タグ“倫理学”の公開資料</title>
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		<description>タグ“倫理学”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[【佛教大学】_80点_倫理学概論_科目最終試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/909497833794@hc25/154520/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gassan]]></author>
			<category><![CDATA[gassanの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Feb 2025 22:10:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/909497833794@hc25/154520/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/909497833794@hc25/154520/" target="_blank"><img src="/docs/909497833794@hc25/154520/thmb.jpg?s=s&r=1740575418&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信の倫理学概論2024年度の最終科目試験に合格（80点）したレポートです。限られた試験時間ですので、参考にしていただき、有効活用いただければと思います。[231]<br />1.Sokratesの「汝自身を知れ」ということについて具体的に論じること。

参考文献：小笠原秀実著2021年5月『倫理学概論』

　Sokratesの「汝自身を知れ」という言葉は、Sokratesの倫理学における出発点のような言葉であり、その哲学の根幹をなす考え方であった。「彼の知ることは彼が何も知らぬということ」が、真の知への始まりであると考えた。デルフォイの神殿に掲げられた「汝自身を知れ」という言葉に深く影響を受けたSokratesは、人間にとって最も重要なのは、自らの無知を知り、そこから学び続けることであると確信した。自然界の性質や起源は知ることができないかもしれないが、人間がどのように生きるべきか、人生の目的とは何なのか、魂の最高善とは何かといった倫理的な問題については探究できると考えた。そのため、Sokratesにとって哲学の本質は倫理学にこそあるとされた。
　Sokratesが目指したことは道徳人、及び市民の義務の研究であった。精神的な教育を求め、善悪、賢愚、正義、不義等の普遍的な意味を定めるために努力をした。そして、教育とは「無いものをつくりだす」のではなく、「有るも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学概論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/912354818963@hc24/153725/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 駆け出しの教員]]></author>
			<category><![CDATA[駆け出しの教員の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 29 Jul 2024 13:37:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/912354818963@hc24/153725/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/912354818963@hc24/153725/" target="_blank"><img src="/docs/912354818963@hc24/153725/thmb.jpg?s=s&r=1722227837&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信教育課程での【倫理学概論】合格レポートです。

設題
カントの「実践理性批判」について、「定言命法」の　　　　　　　　　　　　　　　　特質をまとめ、自分の意見を述べよ。


参考文献
・倫理学概論  小笠原秀美 著[326]<br />倫理学概論
設題　カントの「実践理性批判」について、「定言命法」の特質をまとめ、自分の意見を述べよ。

はじめに
　カントは、人間がみずからの理性を使って真理を探究し、善悪を判断して自律的に行動するところに人間の尊厳があると考えた。そして、人間の理性のおよぶ範囲と限界を見きわめ、理性の能力を吟味する批判哲学を確立した。カントの主要な著書には三つの批判書がある。それは「純粋理性批判」、「実践理性批判」、「判断力批判」である。これらの著書は三大批判書と呼ばれ、カントの哲学的思考の中心的な要素を含んでおり、現代においても重要な位置を占めている。
本レポートでは三つの批判書の中の「実践理性批判」について、その中で提唱されている「定言命法」の特質を考察し、記述していく。

カントは「実践理性批判」において、実践的な道徳の能力を考察した。人間は生物としての自然な側面を持つ限り、さまざまな感情や欲求を持つ。しかし、ただ衝動や欲望のままにふるまっているわけではない。自分の欲求を満たすために友人を裏切ったり、人を傷つけた場合には、心の中で良心の声が「そうするべきではない」と呼びかけてくる。「人間として善..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【慶應通信】2023年～2025年 　倫理学　L065-8902]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/152034/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 過去問解析部]]></author>
			<category><![CDATA[過去問解析部の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 27 Aug 2023 21:45:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/152034/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/152034/" target="_blank"><img src="/docs/918113963787@hc22/152034/thmb.jpg?s=s&r=1693140351&t=n" border="0"></a><br /><br />約4000字です
丸写しはしないでください[54]<br />慶應義塾大学　通信教育課程

倫理学　L065-8902

約4000字

アリストテレスの倫理思想について説明しなさい

アリストテレス（Aristotle）は、古代ギリシャの哲学者であり、幅広い分野において重要な業績を残した人物です。彼の倫理思想は、「ニコマコス倫理学」などの著作に詳しく記されています。アリストテレスの倫理思想は、徳倫理（virtueethics）として知られ、人間の幸福と善に関する考え方を中心に展開されています。

アリストテレスの倫理思想の主要な要点は以下の通りです：

1.**最終目的は幸福（eudaimonia）：**アリストテレスは、人間の最終的な目的は幸福であると考えました。彼にとって、幸福とは「最高の善」であり、人々が追求すべき最終的な価値です。この幸福は、徳（virtue）を発展させることで達成されると考えました。

2.**徳の発展：**アリストテレスは、人間は生まれながらにして徳を持っているわけではなく、徳は習慣や練習によって獲得されるものだとしました。徳とは、適切な中庸の道をたどることによって、人々が優れた状態を発展させるものです。例えば、勇気や正義などの徳があります。

3.**中庸の教義：**アリストテレスは、徳を発展させる際に極端な行動を避け、中庸の道を取ることが重要だと考えました。例えば、勇気に関して、過度な恐怖心から逃れるために無謀な行動をすることも、過度な自信から危険な状況に飛び込むことも避けるべきだとしました。

4.**道徳的選択：**アリストテレスは、倫理的な選択を行う際には理性を用いるべきだと考えました。適切な選択が幸福につながるため、理性を働かせて行動すべきだと強調しました。

5.**友愛（philia）：**アリストテレスは、友愛や社会的関係も幸福に重要な要素だと考えました。友愛は善い友人との関係を通じて発展し、相互の善を追求することで個人の幸福が促進されると述べました。

アリストテレスの倫理思想は、その後の哲学や倫理学に多大な影響を与えました。特に、近代の倫理学の様々な流派や思想家に影響を与え、徳倫理のアプローチは現代でも一部の哲学者や倫理学者によって研究され続けています。

それぞれの項目について

アリストテレスの倫理思想において、「最終目的は幸福」という概念は、彼の倫理学の中核をなす重..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】倫理学　新教材　2023年～2025年（科目コードB10900）課題2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/151079/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 過去問解析部]]></author>
			<category><![CDATA[過去問解析部の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 Apr 2023 19:29:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/151079/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/151079/" target="_blank"><img src="/docs/918113963787@hc22/151079/thmb.jpg?s=s&r=1680344961&t=n" border="0"></a><br /><br />丸写しは避けていただければと思います。  また、最後にまとめとして自分の意見を数行でいいので加えると通過率が上がります。[176]<br />倫理学（科目コードB10900）課題２
新教材
　アリストテレスの幸福についての考え方，ベンサムやミルの幸福についての考え方を説明せよ。

〈ポイント〉
　この課題は教科書「２．幸福」の内容を読んで理解し，適切にまとめることを求めている。キーワードを用いながら説明するとまとめやすいので，キーワードを確認する。自分なりの幸福観を書くことはこの課題の目的ではないので注意すること。
なお単に教科書や参考文献の文章を引き写したリポートは評価の対象にならないので注意すること。また教科書の一部分を単に抜き出したようなリポートも評価の対象にはならないので注意すること。
〈キーワード〉
　理性，幸福主義。快苦，最大多数の最大幸福，功利主義，社会の幸福と個人の幸福

アリストテレスの幸福についての考え方は、彼の主著『ニコマコス倫理学』で詳述されている。彼によれば、幸福は最終目的であるとされ、人間の行動や選択の究極の目的とされる。彼の幸福観は「ユダヤモノス」、すなわち営為の徳によって達成されるという哲学的概念である。営為の徳は、人間の理性を用いて行動することで身につけることができる性質である。

アリスト..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】倫理学　新教材　2023年～2025年（科目コードB10900）課題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/151078/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 過去問解析部]]></author>
			<category><![CDATA[過去問解析部の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 Apr 2023 19:12:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/151078/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918113963787@hc22/151078/" target="_blank"><img src="/docs/918113963787@hc22/151078/thmb.jpg?s=s&r=1680343945&t=n" border="0"></a><br /><br />丸写しは避けていただければと思います。 また、最後にまとめとして自分の意見を数行でいいので加えると通過率が上がります。[175]<br />倫理学（科目コードB10900）課題１
新教材
　倫理学とはどのような学問か説明せよ。

倫理学　課題１
　ポイント・キーワードと参考文献
〈ポイント〉
　教科書「１．倫理学とは」をよく読んで内容を理解すること。また教科書以外に参考文献に記載した入門書などを使って理解を深める。キーワードを用いながら説明するとまとめやすいので、キーワードを確認する。なお単に教科書や参考文献の文章を引き写したリポートは評価の対象にならないので注意すること。また教科書の一部分を単に抜き出したようなリポートも評価の対象にはならないので注意すること。
〈キーワード〉
　倫理学の問題，倫理学の歴史，倫理学の分野

倫理学とは、人間の行動や価値観、道徳的判断に関する学問である。哲学の一分野として位置づけられており、社会や個人が持つ価値観や道徳を理解し、分析することを目的としている。具体的には、善悪の基準や人間の義務、道徳的価値、正義や責任、自由意志など、人間の道徳的営みに関わる様々な問題や概念を扱っている。

倫理学は、歴史的に古代ギリシャの哲学者たちによって始められたとされる。古代ギリシャの哲学者たち、特にソクラ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【星槎大学 共生科学専攻専門科目群】哲学倫理学【合格レポート】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/917927756994@hc22/148727/]]></link>
			<author><![CDATA[ by オドーア]]></author>
			<category><![CDATA[オドーアの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Jun 2022 01:46:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/917927756994@hc22/148727/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/917927756994@hc22/148727/" target="_blank"><img src="/docs/917927756994@hc22/148727/thmb.jpg?s=s&r=1655225217&t=n" border="0"></a><br /><br />問題&rarr;「ソクラテスの弁明」を読んで、考えたことや感じたことをまとめなさい。
星槎大学 共生科学専攻専門科目群『哲学倫理学』のレポート課題です。合格をいただいた内容です。ただし、この内容をそのままコピペしたり丸写ししたりするのではなく、少し[354]<br />哲学倫理学　レポート

　私が「ソクラテスの弁明」を読んで考えたこと及び感じたことは２つあります。
　1つ目は、「無知の知」についてです。これは、ソクラテスの代表的な理論の1つであり、哲学を知らない人でも聞いたことのある言葉だという印象を受けます。まず、「無知の知」について簡単に説明します。「無知の知」とは、「色々な知識を持っている＝頭が良い」という一見当たり前の理論に一石を投じたものです。そして、「良く知っている」と思うことは、「もっと知りたい」という好奇心を失くしていることに値し、自分は何も知らないと言うのを自覚しつつ「もっと知りたい」と言う考えをしなければいけないという理論です。つまり、無知であることが実は賢いということです。私は、この理論は非常に独自的なアプローチであり、また深みがあるという印象を受けました。知識を持っていることは頭が良いというのは、一見するとごく当たり前のことで疑う余地もないことだと思います。しかし、そういった当たり前のことにも疑問のアンテナを張り、そこから知識を持っていることは好奇心を失うことであるという理論を展開したソクラテスは、まさに唯一無二の哲学者であ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【星槎大学】哲学・倫理学　評価S]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/919105389265@hc22/147365/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nil0000]]></author>
			<category><![CDATA[nil0000の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Jan 2022 20:33:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/919105389265@hc22/147365/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/919105389265@hc22/147365/" target="_blank"><img src="/docs/919105389265@hc22/147365/thmb.jpg?s=s&r=1643369624&t=n" border="0"></a><br /><br />哲学の歴史において、古代ギリシャにおける「魂」と、近世以降における「意識」がそれぞれどのように捉えられていたのかを説明してください。[198]<br />１. 魂について
　人類は30万年以上前に発生し3万年前には今と変わらない姿に進化した。そして、現在よりおよそ5000年から4500年前に、エジプトのナイル川流域のエジブト文明、西アジアのチグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア文明、現在のパキスタンに位置するインダス川流域のインダス文明、そしてそれらの1000年後、今から3500年前に中国の黄河流域の黄河文明が形成された。文明は起こる以前の文化の基本は青銅器文化であり、宇宙や自然、生命などは様々な神に基づくものが多かったが、文明の始まりからそれらの根源や「魂」について人間は考え始めたのである。
　文明によって魂の哲学的相違はあるものの、人間や生命は「魂」が根源であるという認識は共通している。魂について哲学の用語としては、伊藤（2019）によると「世界の内なる『生きているもの』全てがその生命の原理として持っているものであり、この魂の働きの根幹は生命の維持」するためのものとされている。
　では、古代ギリシャの三大巨人と呼ばれる、ソクラテス、プラトン、アリストテレスは「魂」についてどう考えていたのだろうか。
　「哲学の祖」と言われているソ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信 倫理学基礎講読 課題2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143947/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miffy1701]]></author>
			<category><![CDATA[miffy1701の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 27 Apr 2021 21:32:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143947/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143947/" target="_blank"><img src="/docs/921710900850@hc21/143947/thmb.jpg?s=s&r=1619526727&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学通信教育部
2019～2022年度 リポート課題集

『ゴルギアス』を精読し，本作から読み取れる範囲内で，以下の 3 点に答えて下さい。なお，答える際には課題を無視することなく，かならず「課題が要求する答え」をリポートにまとめ[324]<br />ゴルギアスは弁論術を「真にこの世の最高の善きものである」と言っている。
しかし、それに対してソクラテスは、弁論術を醜いものであるとはっきりと述べ
ている。それは何故なのか。 
ソクラテスは技術とは何たるか示す為に、以下のように分類分けを試みる。そ
もそも人間は身体と魂とに分かれ、それを扱う技術もその二つに分かれる。魂を
扱う方の技術は政治術。身体の方は体育術と医術。政治術の中で、体育術に対応
するのが立法術、医術に対応するのが司法術。これを図式化すると以下になる。 
人間-身体-政治術-立法術、司法術 
-魂-体育術、医術 
そして、この技術に対立する&quot;おべっか&quot;を表すと以下になる。 
立法術&hArr;ソフィストの術 
司法術&hArr;弁論術 
体育術&hArr;化粧法 
医術&hArr;料理法 
弁論術とは技術ではなく、うれしさと快を作り出す経験である。ソクラテスに
言わせれば、弁論術とは政治術の中の一部門を真似た模像であると言う。それな
のに、弁論術は、上記四部門すべてを知ったような顔をして、本物の技術にまん
まとなりすましている。そして、善を追い求めるのではなく、ただその時その時
に調子のいいことを言い、相手にでき..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信 倫理学概論 課題2 新教材]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143939/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miffy1701]]></author>
			<category><![CDATA[miffy1701の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 27 Apr 2021 21:12:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143939/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143939/" target="_blank"><img src="/docs/921710900850@hc21/143939/thmb.jpg?s=s&r=1619525569&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学通信教育部
2019～2022年度 リポート課題集

　教科書の第Ⅱ部を精読し，そこで論じられている現代社会の倫理的課題の中から一つを選んで，どのようなことが問題になっているのかを解説し，さらに問題解決へ向けてのあなた自身の考[330]<br />本レポートは、教科書第Ⅱ部課題第 3 章「生命の始まりと終わり」から、現
在問題視される人工授精と安楽死について、一体どうであるべきかを考察したも
のである。即ちこれは、人間は人間の生命を操作することはどこまで許されるか、
という問題である。 
人工授精問題 
人工授精とは、人為的に男女の生殖細胞を接触させ、その間で受精を行わせる
ことである。人工授精の問題点として、精子提供や卵子提供が過度に商業化する
ことへの懸念や、治療費が高額なのに成功率が必ずしも高くないが故の患者に対
する搾取、優生思想の生じる余地への懸念などがあるが、ひとまず倫理学的には、
人工授精という行為それ自体が人間が行うものとして許されるかどうかが問題で
あろう。 
キリスト教では公式な見解として、人工授精や体外受精が禁止されているが、
イエズス会修道士アンセルモ・マタイス氏は 2011 年に NCC宗教研究所で行わ
れたインタビューで、「教会はまだ自然法的、あるいは原則論にこだわる。しか
し、新約聖書の時代には人工授精は誰も考えられなかった。第一イエズスは人工
授精について何も語っていないのに、教会は語りすぎている..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信 倫理学概論 課題1 新教材]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143938/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miffy1701]]></author>
			<category><![CDATA[miffy1701の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 27 Apr 2021 21:12:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143938/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/921710900850@hc21/143938/" target="_blank"><img src="/docs/921710900850@hc21/143938/thmb.jpg?s=s&r=1619525569&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学通信教育部
2019～2022年度 リポート課題集

教科書の第Ⅰ部を精読し，そこで論じられている倫理学理論の中からあなたがもっとも納得できるものを一つ選んで，その要点を解説し，あなたがその理論を選んだ理由を他の理論と比較しな[330]<br />私が教科書第一部の倫理学理論の中からもっとも納得できるものは生の哲学で
ある。このレポートは、生の哲学、特にショーペンハウアーの理論と他の理論を
比較していくものである。 
ショーペンハウアーの思想の要となるのが、意志である。 
「世界は盲目的な意志である」という彼の言葉は、たとえば、細胞がつねに弱
い細胞を駆逐しながら生き延びようとする現象は、そこには存在への欲望がある
だけで目的や意味などはない。ショーペンハウアーは、人間の行動はこのように
意味などなく、ただ存在したいという意志が起こす衝動にすぎないと考えたので
ある。 
意志という絶対的な存在が人間の本質なのだから、人は常に何かを求めようと
する。しかし、一つ手に入ってもまた別の何かが欲しくなる、というように、完
全に満足することはあり得ず、人生は常に不満足の状態である。このように不満
足と苦しみから逃れられない元凶の意志が、理性的で良いものであるはずがない。 
ショーペンハウアーにとっての善とは意志が欲するもの、悪とは意志が欲しな
いもの、意志の欲求の実現を妨げるものを悪いものだとした。そうすると、最高
の善とは意志が決定的に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学ー提供精子人工授精とDI児の「出自を知る権利」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946244097586@hc13/143400/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ♡Sakura♡]]></author>
			<category><![CDATA[♡Sakura♡の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 09 Mar 2021 00:59:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946244097586@hc13/143400/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946244097586@hc13/143400/" target="_blank"><img src="/docs/946244097586@hc13/143400/thmb.jpg?s=s&r=1615219189&t=n" border="0"></a><br /><br />看護学校の「倫理学」授業のレポート課題で作成したものです。
主な内容は下記です。
・非配偶者間人工授精（提供精子人工授精）
・DI児（精子提供で生まれた子供）の出自を知る権利
・精子提供ドナーのプライバシーの配慮と情報開示の是非につ[340]<br />倫理学レポート
提供精子人工授精とDI児の「出自を知る権利」について
「D1（donor insemination）」とは、「提供精子人工受精」あるいは「非配偶者間人工授精」と訳される。夫婦間ではなく、妻の卵子とドナー（夫以外の男性）の精子を用いて人工授精を行い、子供をつくる事である。「AID（Artificial insemination by Donor）」とも言われるが、Artificial（＝人工的な）という言葉が「人工的に子供をつくる」というイメージを強める為、当事者間ではDIの方が好ましいとされる。
DI児の中には自らの「出自を知る権利」を主張する者も居るが、医療機関や精子バンクの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学ーインフォームド・コンセントとパターナリズムについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946244097586@hc13/143262/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ♡Sakura♡]]></author>
			<category><![CDATA[♡Sakura♡の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 26 Feb 2021 02:49:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946244097586@hc13/143262/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946244097586@hc13/143262/" target="_blank"><img src="/docs/946244097586@hc13/143262/thmb.jpg?s=s&r=1614275368&t=n" border="0"></a><br /><br />看護学校の「倫理学」授業のレポート課題で作成したものです。
主な内容は下記です。
・インフォームド・コンセント（IC）
・パターナリズム（父権主義）
・がん告知訴訟について
・インフォームド・コンセントの限界と患者への配慮について[336]<br />倫理学
インフォームド・コンセントとパターナリズムについて
　インフォームド・コンセントは、患者の「自己決定権」を尊重するために、不可欠である。患者は医療を受けるかどうか、またその内容についても選択・決定する権利を持っている。患者の「自己決定権」、「自分の人生のあり方を決める権利」は、憲法第１３条で保障されている「基本的人権」の一部である。そのため医師は患者の権利を尊重し、患者が的確な判断を下せるように、医療の内
容について十分に説明する義務（説明義務）を負う。
　「パターナリズム」とは「父権主義」「保護的温情主義」などとも訳され、具体的には患者のために患者の決定や行動、情報の自由を制限する事..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】倫理学（B10900）課題２【2019~2022年度】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930550912810@hc18/139771/]]></link>
			<author><![CDATA[ by こびぃー]]></author>
			<category><![CDATA[こびぃーの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Feb 2020 03:57:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930550912810@hc18/139771/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930550912810@hc18/139771/" target="_blank"><img src="/docs/930550912810@hc18/139771/thmb.jpg?s=s&r=1582311434&t=n" border="0"></a><br /><br />【日大通信】倫理学（B10900）課題２【2019~2022年度】

倫理学、課題２の合格リポートです。

講評では、「よくまとまっています。」とコメントをいただいております。

丸写しは厳禁です。あくまでリポート作成の参考程度[306]<br />倫理学（科目コード B10900）課題２ 
【課題】 
現代社会において「生命倫理」重視される理由を説明しなさい。 
＜ポイント＞ 
1．医療者と患者の関係に着眼すること。 
2．医療現場における「死の無機質化・均一化」を捉えること。 
＜キーワード＞ 
昔の死と現在の死、パターナリズム、QOL（生命の質）、NBM 
（以下本文） 
まず、インフォームド・コンセントとは、十分な説明を受けたうえで、患者自身が納得
して治療法を選択することである。また、日本ではインフォームド・コンセントというと
「治療法の説明」という段階にとどまっており、説明の良し悪しなどはあまり問題になら
ない。しかし、アメリカでは、医療者が医学用語を駆使してペラペラとまくしたてるよう
な説明は論外であり、「浮腫」は「むくみ」というように素人でも理解可能な言葉での説明
が要求される。このアメリカの考え方は、1960 年代後半、世界的に市民運動が盛んであっ
た時代に、多くの患者たちが「私たちはお客である」という消費者意識を全面に出し、そ
れまでの受身的姿勢から一転して、積極的に医療側に医療内容（商品内容）の説明を求め
る..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】倫理学（B10900）課題１【2019~2022年度】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930550912810@hc18/139770/]]></link>
			<author><![CDATA[ by こびぃー]]></author>
			<category><![CDATA[こびぃーの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Feb 2020 03:57:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930550912810@hc18/139770/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930550912810@hc18/139770/" target="_blank"><img src="/docs/930550912810@hc18/139770/thmb.jpg?s=s&r=1582311433&t=n" border="0"></a><br /><br />【日大通信】倫理学（B10900）課題１【2019~2022年度】

倫理学、課題１の合格リポートです。

講評では、「よくまとまっています。」とコメントをいただいております。

丸写しは厳禁です。あくまでリポート作成の参考程度[306]<br />倫理学（科目コード B10900）課題１ 
【課題】 
現代社会において「コンピュータ・エシックス」が重視される理由を説明しなさい。 
＜ポイント＞ 
1．コンピュータ（インターネット）を媒介とするコミュニケーションのあり方に注目する
こと。 
2．電子メディアが主導する地球規模の変化や変革を捉えること。 
＜キーワード＞ 
電子デモクラシー、情報強者と情報弱者、著作権、個人情報、データ・バンク 
（以下本文） 
コンピュータの高度化とインターネットの普及は情報のあり方を一変した。それはまた
同時に、私たちの情報の取り扱い方の態度変更を迫るものであった。こうした状況の中で
生じる倫理的な問題、これに対処していこうとするのが、インフォメーション・エシック
ス、インターネット・エシックスである。ここでは、インターネットとコンピュータの両
方に関わる倫理・倫理学を「コンピュータ・エシックス」と呼ぶことにする。 
インターネット上でのルールを示す言葉として、ネチケットがある。これは、ネットワ
ーク・エチケットを省略したものであり、コミュニケーションを円滑に行うために、ネッ
トを使う人が守るべき..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[幸福主義の代表的思想である、功利主義について、説明しなさい。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/139057/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rur1]]></author>
			<category><![CDATA[rur1の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Dec 2019 14:43:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/139057/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/139057/" target="_blank"><img src="/docs/933195464332@hc17/139057/thmb.jpg?s=s&r=1577166239&t=n" border="0"></a><br /><br />評価はBでした。
【参考資料】
・加藤尚武「現代倫理学入門」&lt;講談社　1997.2&gt;
・田上孝一「本当にわかる倫理学」&lt;日本実業出版社　2010.11&gt;
・赤林朗/児玉聡「入門・倫理学」&lt;勁草書房　2018.1&gt;
・児玉聡「功利主[286]<br />人は生まれた以上幸福に生きていきたいものである。幸福主義とは何かの行為を「善い」と「悪い」と評価する際に行為の帰結を重視し、その行為が人々の幸福に与える影響を重んじた思想である。その中で幸福主義を広く他者の幸福までも求める観点で考える思想である功利主義について説明する。
　功利主義の特徴の１つ目に帰結主義があげられる。帰結とは結果の事である。結果論と混同して考えられがちだが、決して結果論ではない。帰結主義の特徴は「Aを選ぶとこういう結果になるであろう。」という予測に基づき、行為が正しい事を評価するものだからである。決して事後を評価する結果論ではないのである。
２つ目に前述でも述べた様に幸福主義である。幸福主義は自由や真理にも価値を認め、それらが人々の幸福を増進するからだと考える。快が増える事が善いものであり、幸福である。苦痛や不快は悪いものであり、苦痛や不快を減らすような行為が正しい事、幸福に繋がると考える。
３つ目に総和最大化という考え方である。功利主義は一個人の幸福を最大化しようとするのではなく、人々の幸福を総和する考えである。掛け算などではなく、単純に足し算して最大になるようにし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会集団としての家族の特質や諸機能　現代家族の諸問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/138422/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rur1]]></author>
			<category><![CDATA[rur1の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Sep 2019 11:15:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/138422/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/138422/" target="_blank"><img src="/docs/933195464332@hc17/138422/thmb.jpg?s=s&r=1569377732&t=n" border="0"></a><br /><br />評価はＡでした。
【参考資料】
・橋本真紀/山縣文治「よくわかる家庭支援論」&lt;株式会社ミネルヴァ書房　2013.3&gt;
・山縣文治/岡田忠克「よくかわる社会福祉」&lt;株式会社ミネルヴァ書房　2012.4&gt;
・神原文子/杉井潤子/竹田美和[304]<br />近 年 、 家 族 間 の 殺 人 や 児 童 虐 待 な ど 、 １ つ の 小 さ な 集
団 で あ る 家 族 に お い て 多 く の 事 件 が 発 生 し て い る 。 家 族
と は 何 か 今 一 度 考 え る べ き だ と 考 え る 。 こ の よ う に 問 題
が 起 き る 家 族 は 、 本 来 あ る は ず の 家 族 の 機 能 が 不 全 で あ
る と 考 え ら れ る 。 そ も そ も 家 族 と は ど の よ う な 機 能 が あ
る の か 、 そ こ に 家 族 間 で 起 き る 問 題 を 知 り う る 事 が 出 来
る と 考 え る 。 そ こ で 、 家 族 の 機 能 や 特 質 を ま と め 、 諸 問
題 に つ い て 述 べ る 。 
機 能 の １ つ 目 に 「 性 的 機 能 」 が あ る 。 性 的 な 欲 求 は 人
が も つ 基 本 的 欲 求 の １ つ で あ る 。 家 族 の 基 本 的 な 構 成 は
夫 婦 と 未 婚 の 子 ど も か ら な る 。 結 婚 に よ り 夫 婦 と い う 間
柄 に な り 、 社 会 的 に 特 定 の 相 手 で あ る 夫 婦 間 の 性 的 関 係
が 容 認 さ れ る 。 性 的 ・ 情 愛 的 な 充 足 と し て 個 人 的 ・ 家 族
的 な 機 能 と 考 え る 。 社 会 的 な 機 能 と し て は 社 会 の 性 の 秩
序 を 維 持 す る 働 き が あ る 。 
２ つ 目 に 「 生 殖 ・ 養 育 機 能 」 が あ る 。 生 殖 機 能 は 夫 婦
の 性 的 機 能 に よ り 、 子 ど も を 産 み 、 社 会 成 員 を 増 や す と
い う 社 会 的 な 機 能 で あ る 。 個 人 的 な 機 能 と し て は 子 ど も
を 持 ち た い 、 子 孫 を 残 し た い と い う 欲 求 の 機 能 で あ る 。
そ し て 、 養 育 機 能 は 生 ま れ た 子 ど も を 慈 し み 、 愛 情 を 注
ぎ な が ら 衣 食 住 を 共 に し 、 子 ど も が 安 全 で 安 心 し た 中 で
育 て て い く ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】【2019〜2022年度課題】倫理学概論　分冊1（新教材）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/934026253949@hc17/138056/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Mace]]></author>
			<category><![CDATA[Maceの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Aug 2019 22:48:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/934026253949@hc17/138056/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/934026253949@hc17/138056/" target="_blank"><img src="/docs/934026253949@hc17/138056/thmb.jpg?s=s&r=1565358502&t=n" border="0"></a><br /><br />日大通信　倫理学概論リポート分冊1の合格リポートです。
リポートを書く際の参考・資料等にお使い頂き、内容の丸写しはやめてください。

課題：教科書の第一部を精読し、そこで論じられている倫理学理論の中からあなたがもっとも納得できるものを[346]<br />教科書で紹介された倫理学理論の中で私がもっとも納得できるのは、アリストテレス的徳倫理学である。なにが善いことなのか、正しいことなのかという問いについて考えるとき、人間が備えるべき資質を考えることなくして答えは導き出せないだろう。私たちが「徳倫理」と呼ぶべきものの原点は、魂の探求者とも云うべきソクラテスにあるが、「徳倫理学」と呼ぶべきものを確立したのはアリストテレスである。本レポートでは、アリストテレス的徳倫理学の要点を解説した上で、他の理論との比較を試みる。
アリストテレスは、ソクラテスの後継者であるプラトンの弟子である。ソクラテスといえば、『ソクラテスの弁明』の中で「魂の探求なき生活は人間にとり生甲斐なきものである」と語るほど、魂への問いかけを重視しながら人間という存在の真理に近づこうとした人である。そして、アリストテレスは『ニコマコス倫理学』において、善をプラトンが考えた「イデア」としてではなく、「目的」としてとらえ直した。私たちにとって幸福とは、求められるに値する目的であり、よって、諸目的は幸福という目的のためにあるという。たとえば、「この人間は善い」と語るとき、それは人間固有の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【佛教大学】倫理学概論　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930922670123@hc18/135741/]]></link>
			<author><![CDATA[ by postaf]]></author>
			<category><![CDATA[postafの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 25 Oct 2018 19:25:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930922670123@hc18/135741/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930922670123@hc18/135741/" target="_blank"><img src="/docs/930922670123@hc18/135741/thmb.jpg?s=s&r=1540463113&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程Q0506「倫理学概論」第一設題のリポートです。
2018年度にA判定で合格済です。
リポート作成の参考にしてください。[182]<br />ア ウグス チィ ヌスの『告白（録 ）』を読 んで、アウグ スチィ ヌスの 神学 的
倫 理観の 特徴 につい て論じ ること 。 
こ の レ ポ ー トは主 として テキス ト第 二編第 一期第 一章「ア ウグス ティ
ヌ スの神 学的 倫理説 」をも とに作 成され た。 
ア ウ グ ス テ ィヌス はロー マ帝国 の末 期に北 アフリ カのカル タゴで 活躍
し たキリ スト 教神学 者、哲 学者で ある 。「 神の国 」「 告白」な どの著 書に
よ り、世俗の 国家 に超越 し、「神 の国 」を出 現させ るた めのも のとし て「 教
会 」とい う中 世ヨー ロッパ の最も 基本 となる 概念を 創造した 。また 、ギ
リ シャ思 想と キリス ト教思 想を密 接に 結合さ せ るこ とで、キ リスト 教の
根 本原理 であ る三位 一体説 を理論 付け 、中世 におけ る神学の 基礎を 築き
上 げた。 
「 告 白 」 は アウグ スティ ヌスの 半生を 綴っ た自叙 伝である 。 9 巻まで
の 前半部 分は 彼が生 まれて から洗 礼を 受けて キリス ト教に帰 依する まで
の 様々な 行為 に対す る半生 と懺悔 、以 降の巻 はヒッ ポの司教 として の 半
生 をもと に時 間論、 聖書解 釈、天 地創 造の前 の神の 有り様 が 綴られ てい
る 。これ によ れば、 アウグ スティ ヌス はその 幼年期 から青年 期にお いて
数 多くの 罪を 犯して いる。 幼年期 には つまら ないい たずらや 窃盗で 周囲
を 困らせ 、青 年期に 入ると それに 加 え て女性 との奔 放な生活 を送る よう
に なる。 その 後気ま まな放 蕩生活 をお くる彼 は、聖 書の教え に失望 して
マ ニ教に 回帰 し、周 囲を勧 誘する とと もに占 星術な どにも熱 中して いく
こ ととな る。 しかし 次第に マニ教 の教 えに疑 問を抱 くように なり、 ミラ
ノ でのア ンブ ロシウ スとの 出会い をき っかけ に再び キリスト 教への 信仰
を 強め、 ついに 33 歳 のと きに 洗礼を 受け、 生涯を 神に捧 げる覚 悟を す
る ことと なる 。 
こ の よ う な 半生に よって 培われ たアウ グス ティヌ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信倫理学概論分冊２ 合格リポート平成29・30年度課題A評価レポート書き方ポイント付き]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/133909/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ポトラッチ]]></author>
			<category><![CDATA[ポトラッチの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 12 May 2018 00:19:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/133909/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/133909/" target="_blank"><img src="/docs/936584963284@hc16/133909/thmb.jpg?s=s&r=1526051945&t=n" border="0"></a><br /><br />日大通信　倫理学概論　分冊２ 合格リポート　平成29・30年度課題A評価レポート

丸写しはさけて、参考にしたり、学習に役立てたりしていただければと考えております。
資料としてお使いください。

教材名
著者名等
倫理学概論[318]<br />倫理学概論（科目コードP30500）分冊２合格A評価リポート
、〈課題〉　教材の第４章から最終章までを熟読し、「われわれ現代人に要求される倫理観の確立」について、最近の社会的な出来事や事件を引き合いに出しながら叙述しなさい。ただし、その叙述の中には、教材の本文からの引用が必ず含まれていなければなりません。〔※引用箇所がはっきりわかるように、引用文は「」で括り、その文が存在する頁を（　）で括って明示してください〕、〈ポイント〉　テキストの記述内容を、現在われわれの社会で起こっている倫理的な問題や事象に結びつけて具体的に考察すること。
、
、
書き方ポイント
①われわれ現代人に要求される倫理観の確立について、
②最近の社会的な出来事や事件を引き合いに
ということなので単純な例では芸能人の不倫とか安倍政権と野党メディアの対立がありますが、自分の問題に引き寄せるには陳腐な気がします。ポリティカルコレクトネスが原因で大統領に選ばれたトランプ。イギリスのEU離脱ブレグジットなどは良いような気がします。僕は違う題材を選びましたが、なぜ選ばれてしまうのかを自分の問題に引き寄せて考えると文章も高度になる..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信倫理学概論 分冊１平成29・30年度課題A評価合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/133908/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ポトラッチ]]></author>
			<category><![CDATA[ポトラッチの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 12 May 2018 00:01:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/133908/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/133908/" target="_blank"><img src="/docs/936584963284@hc16/133908/thmb.jpg?s=s&r=1526050914&t=n" border="0"></a><br /><br />日大通信　倫理学概論　分冊1 合格リポート　平成29・30年度課題A評価レポート

丸写しはさけて、参考にしたり、学習に役立てたりしていただければと考えております。
資料としてお使いください。

教材名
著者名等
倫理学概論
小林　利裕[324]<br />倫理学概論（科目コードP30500）分冊１合格A評価リポート
、〈課題〉　教材の第1章から第3章までを熟読し、そこに記されている社会的な「倫理」の成立・発展過程や、各所に示唆されている倫理上の諸問題について、あなた自身の体験や身の回りの出来事を引証しながら叙述しなさい。ただし、その叙述の中には、教材の本文からの引用が必ず含まれていなければなりません。〔※引用箇所がはっきりわかるように、引用文は「」で括り、その文が存在する頁を（　）で括って明示してください〕
、〈ポイント〉　テキストの記述内容を、自分自身の人生経験や生活体験に結びつけて具体的に考察すること。
、
論述ポイント＝①社会的な「倫理」の成立
②社会的な「倫理」の発展過程
③各所に示唆されている倫理上の諸問題について
、
哲学倫理学の問題だからと言ってあまり人間とは何かとか、世界とは何かといった問題のように大風呂敷を広げすぎると書きにくいので、「自分自身の人生経験や生活体験に結びつけて」とあるのに従った方良いです。これは書きにくいだろうからわざわざつけてくれているみたいです。その上で教科書の引用やカントやニーチェ、マルクス、正義..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【慶應通信】文学部レポート 倫理学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937792097189@hc16/130065/]]></link>
			<author><![CDATA[ by autoFunk]]></author>
			<category><![CDATA[autoFunkの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 Jul 2017 15:44:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937792097189@hc16/130065/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/937792097189@hc16/130065/" target="_blank"><img src="/docs/937792097189@hc16/130065/thmb.jpg?s=s&r=1500533081&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学、2単位
レポートテーマ： ユダヤ・キリスト教の倫理思想について説明しなさい。
注意：このレポートを自分のものとして提出することを禁じます。ご自身のレポート作成の参考としてください。[276]<br />序
ユダヤ・キリスト教における倫理思想は、人間の知性では到底およばない超越的な神を受け入れることを出発点とし、イエスの愛の倫理により完成されることになる。
本レポートでは、ユダヤ・キリスト教の倫理思想に関して、ヘブライムズの伝統の中でヘブル人およびキリスト教徒がどのように倫理を求めたのかを上述に従って詳説する。あわせて、ユダヤ教とキリスト教の違いについても言及する。
ヘブライズムにおける神と人とのかかわり
ヘブライズムとは、旧約聖書に記された思想であり、旧約聖書の時代にパレスチナ地方で起こったものである。その思想は旧約聖書で述べられている神がイスラエルの人々を自分の民として選び、契約を結び、律法を与え、罪の中から救いに導く主であるというところに特徴がある(1)。
ヘブルの民にとって神は中心的な存在であるが、一方で、「あなたは隠れた神です[アーター・エール・ミスターテール　イザヤ45:15]」という言葉があるとおり、神が人間には見えない分からない存在である、神と人間の間には、人間の知性によっては捉えられないほどの隔絶した距離があるととらえていた。この隔絶した距離、つまり超越した神の存在により、人間的次元での相対的正義の問題が、神の立場での絶対的な正義の問題に取り込まれ、問題の意義をなくすことになる。ユダヤ・キリスト教における倫理思想の原点はここにあり、超越的な神を受け入れることが、神を知ることであり、旧約聖書の信仰であった。また、超越した隠れた神は民と共にあると考えられており、このことがヘブル人の神に前では不正を犯すことを畏れるという倫理的行動を裏打ちしていた(2)。
ここまでは神と人との関わりを思想的な面でみてきたが、へブル思想では神と人の関わりは具体的に契約を結ぶことで成立すると考えられた。このように契約を宗教思想の根本とするのは、イスラエル宗教の特徴である(3)。
神が人に与えた契約にはさまざまなものがあるが、モーセに与えたシナイ契約は、神がイスラエルに与えた十戒を中心とした倫理的、精神的契約であった。この十戒のうち第一から第四までは、神と人間との関係についての命令、禁令であり、内容としては、第一に別の神々を持ってはならない、つまり唯一神教、第二に偶像崇拝の禁止、第三に主の名を唱えてはならない、第四に安息日を清めるとしている。また、第五から第十までは、自らが..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代倫理学の諸問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937792097189@hc16/129538/]]></link>
			<author><![CDATA[ by autoFunk]]></author>
			<category><![CDATA[autoFunkの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 28 May 2017 09:34:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937792097189@hc16/129538/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/937792097189@hc16/129538/" target="_blank"><img src="/docs/937792097189@hc16/129538/thmb.jpg?s=s&r=1495931696&t=n" border="0"></a><br /><br />現代倫理学の諸問題、4単位
レポートテーマ： テキストの主張内容について批判的に吟味する。
注意：このレポートを自分のものとして提出することを禁じます。ご自身のレポート作成の参考としてください。[285]<br />序
例えば、会社内の会議において、ある方策や決定について議論する場合、その方策や決定の正当性や本質を冷静な分析を経て見極めていくことが建設的であり重要であるが、多くの場合が否定的な意見の応酬となり、冷静な分析とは程遠い結果となってしまう。このことに似た事例は日常生活において少なからず経験する。このような問題は、本来であれば会議や話し合いにおいて、物事に検討を加えて、判定及び評価すること、つまり物事を批判的に吟味することが重要であり、必要なことであるにもかかわらず、時間が経つと相手の意見に対し否定的な意見を繰り返したり、自分の意見と違うものに対して非難を行ったり、あるいは当事者であることを放棄し、第三者的な意見に終始するといった、本来の目的が達成できない状態となっているという点にある。
以上のような日常でも起こりうる問題を踏まえ、本レポートでは、レポート課題である一節を「第二部　倫理学の学問的基礎条件について、Ⅰ批判の問題、一　批判という言葉」に設定し、第一章にてテキスト内容の整理を行い、第二章にてテキストの主張内容について批判的に吟味する。
第一章　テキスト内容のまとめ
批判という営み..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[65倫理学概論第3課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126353/]]></link>
			<author><![CDATA[ by misohan]]></author>
			<category><![CDATA[misohanの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 16 Sep 2016 13:08:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126353/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126353/" target="_blank"><img src="/docs/936153742693@hc16/126353/thmb.jpg?s=s&r=1473998932&t=n" border="0"></a><br /><br />メタ倫理学の主張について述べよ。[48]<br />メタ倫理学の主張について述べよ。
倫理学には規範倫理学とメタ倫理学がある。正義とは何か、道徳的な行いとは何か、死刑制度は廃止すべきであるかなどの内容について具体的に考えるのが規範倫理学であり、メタ倫理学は正義とはどういうことか、道徳的とはどういうことか、死刑制度とはどういうことかという、道徳的な判断の内容ではなく、その形式を研究する学問のことであり、規範倫理学を英語でstudy of ethics となるが、メタ倫理学はstudy about ethics　となる。
規範倫理学とメタ倫理学の違いは、規範倫理学では考えたことを実践できるが、メタ倫理学ではその実践は何であったかと、問題を提起できる..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[64倫理学概論第2課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126352/]]></link>
			<author><![CDATA[ by misohan]]></author>
			<category><![CDATA[misohanの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 16 Sep 2016 13:05:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126352/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126352/" target="_blank"><img src="/docs/936153742693@hc16/126352/thmb.jpg?s=s&r=1473998705&t=n" border="0"></a><br /><br />カントにおける道徳と幸福の関係について述べよ。[69]<br />カントにおける道徳と幸福の関係について述べよ。
イマヌエル・カントの倫理学は厳格な印象があり、幸福について論じたのではなく道徳や義務を論じたと言われるが、実は幸福とは何かを重視し、深く考えていたとされる。
彼は貧しい市民の子に生まれ、父は馬具職人、母は信仰心の厚い人物であったが、その家庭に育ったことを感謝していた。彼は「母親について語るたびごとに、その胸が感動におののき、その目は輝き、そしてその一言一言には、母に対する子としての心からの敬慕の念があらわれていた」と伝えられるほど大変幸福な少年時代を送ったが、彼が13歳のときに母を、22歳のときに父を亡くしてしまう。20代、30代では知識欲旺盛に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[慶應通信　倫理学　『アリストテレスとカントの倫理思想』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945301191346@hc13/125439/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Saki_izm]]></author>
			<category><![CDATA[Saki_izmの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 15 Jul 2016 22:32:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945301191346@hc13/125439/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945301191346@hc13/125439/" target="_blank"><img src="/docs/945301191346@hc13/125439/thmb.jpg?s=s&r=1468589530&t=n" border="0"></a><br /><br />評価A
アリストテレスとカントの倫理思想を比較し、共通点と相違点を明らかにしています。
約3500文字[139]<br />倫理学
はじめに
　古代ギリシアの時代から現代に至るまで、人間がよりよく生きるには何が必要なのかということの考察がなされてきた。古代ギリシアの哲学者、アリストテレスの倫理思想は、中世ヨーロッパにおいて再度支持されている。そこで、まずアリストテレスの倫理思想を述べ、次にその影響を受けたカントの倫理思想について述べていく。
アリストテレスの倫理思想
最高善
　人間の生きる目的、人間がより善く生きるということを考えるとき、「より善く」ということが何を意味するのかということが重要となる。そこでアリストテレスは、万物が目指す目的は「善さ」であり、その中でそれ自体として望まれ他のものの手段として望まれるものが「最高善」であると考え、それは幸福であるとしている(1)。アリストテレスの最高善の条件として、次の3つのことを挙げている。
①大所高所に立つ最高能力が追求する望ましさである。
②手段としてではなく、それ自身として望ましいものでなくてはならない。
③卓越性よりも卓越性の活動でなければならない(2)。
最高善を明らかにすべくアリストテレスは、この３条件を満たす能力は「魂の卓越性」であると考えた。そ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学：運命論レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956637529202@hc10/95326/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kurowassan]]></author>
			<category><![CDATA[kurowassanの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 26 Jul 2012 02:58:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956637529202@hc10/95326/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956637529202@hc10/95326/" target="_blank"><img src="/docs/956637529202@hc10/95326/thmb.jpg?s=s&r=1343239118&t=n" border="0"></a><br /><br />大阪芸短の倫理学の「運命論」について述べよのリポートです。[87]<br />「運命論」は、「宿命論」とも呼ばれ、未来は神または超越的存在によってあらかじめ定められているとする考え方のことである。
運命や、宿命とは、元から定められている巡り合わせのことである。実験などでは、同じ方法をとれば必ず同じ結果が出るといえる。この事により「原因が同じであれば必ず同じ結果が出る。」と言うことが分かる。
これは「過去の姿（原因）が決まっているならば、未来の姿（結果）も決まっている。」と言い換えることができる。この考え方が、「運命論」なのである。
　人はうまくいかない時、運命のせいにしたりすることがよくある。
　また、人は、自らの力ではどうにもならない時、運命のせいにしたりする。
　そして、人は、まるで運命が意志を持っているかのように語るのだ。
　果たして運命とは何なのだろうか。運命。これほど便利な言葉はないだろう。あれも運命、これも運命、そう思えば自らの失敗を直視しなくてすむ。まずは順を追って運命というものを考えてみたいと思う。
　「運命」とは何であろうか。辞書的な見地で言うと、「巡り合わせ」であり、「人生で出会う吉凶禍福」であるらしい。だが、こういう意味で「運命」と言う言..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】倫理学概論（科目コードP30500）分冊２ 合格リポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942371061485@hc14/124574/]]></link>
			<author><![CDATA[ by olyolyolyoh]]></author>
			<category><![CDATA[olyolyolyohの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Apr 2016 18:10:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942371061485@hc14/124574/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/942371061485@hc14/124574/" target="_blank"><img src="/docs/942371061485@hc14/124574/thmb.jpg?s=s&r=1461229828&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学概論（科目コードP30500）分冊２
〈課題〉
　教材の第４章から最終章までを熟読し、「われわれ現代人に要求される倫理観の確立」について、最近の社会的な出来事や事件を引き合いに出しながら叙述しなさい。ただし、その叙述の中には、教材[340]<br />倫理学概論（科目コードP30500）分冊２
〈課題〉
　教材の第４章から最終章までを熟読し、「われわれ現代人に要求される倫理観の確立」について、最近の社会的な出来事や事件を引き合いに出しながら叙述しなさい。ただし、その叙述の中には、教材の本文からの引用が必ず含まれていなければなりません。
　現在、われわれ日本人の最も強い関心ごとのひとつに、安全保障関連法案がある。日本における集団的自衛権の行使について、政治にたずさわる者に求められる倫理性、また、国民の側に求められる公共性という倫理について考えてみたいと思う。
&nbsp; 2014年7月1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされた。これは、同年5月27日の「安全保障法制整備に関する与党協議会」で提出された報告書にある15事例（武力攻撃に至らない侵害への対処3事例、国連PKOを含む国際協力等4事例、集団的自衛権8事例）を、政府の立場として公式に認め、個別法の改正に道筋をつけるためのものである。報告書にある事態に自衛隊が対応するためには、内閣が自衛隊法などの改正法案を国会に提出しなければならない。しかし、政府による従来までの憲法解釈のまま、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】倫理学概論（科目コードP30500）分冊１ 合格リポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942371061485@hc14/124573/]]></link>
			<author><![CDATA[ by olyolyolyoh]]></author>
			<category><![CDATA[olyolyolyohの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Apr 2016 18:10:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942371061485@hc14/124573/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/942371061485@hc14/124573/" target="_blank"><img src="/docs/942371061485@hc14/124573/thmb.jpg?s=s&r=1461229827&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学概論（科目コードP30500）分冊１
〈課題〉
　教材の第1章から第3章までを熟読し、そこに記されている社会的な「倫理」の成立・発展過程や、各所に示唆されている倫理上の諸問題について、あなた自身の体験や身の回りの出来事を引証しなが[336]<br />倫理学概論（科目コードP30500）分冊１
〈課題〉
　教材の第1章から第3章までを熟読し、そこに記されている社会的な「倫理」の成立・発展過程や、各所に示唆されている倫理上の諸問題について、あなた自身の体験や身の回りの出来事を引証しながら叙述しなさい。ただし、その叙述の中には、教材の本文からの引用が必ず含まれていなければなりません。
&nbsp;我々は、普段の生活のなかで、例えば休日に突然仕事が入ったり、知人が突然訪ねてきたり、病気や怪我をしたりと、予想外のことが常に起こって、せっかく立てた自分の計画が狂ってしまうことがある。しかし、このことについて困惑する前に、果たして計画的に生きることは可能なのか、また、それはより良い生き方なのか、ということを考える必要がある。&nbsp;あるものが◯◯であると決まっていたとき、◯◯はそのものの本質と言える。三角形は三本の直線が交わったものであり、それが三角形の本質である。コップは水を入れられるものであるから、水を入れられることがコップの本質である。では、人間の本質とは何かというと、それについては明確な答えを見つけることはできない。
&nbsp;実存哲学者の代表者の一人であるサ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信 平成27~28年度 B10900 倫理学 分冊2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943372473152@hc14/122939/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 天羽 真]]></author>
			<category><![CDATA[天羽 真の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Dec 2015 06:38:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943372473152@hc14/122939/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943372473152@hc14/122939/" target="_blank"><img src="/docs/943372473152@hc14/122939/thmb.jpg?s=s&r=1450042738&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学通信教育部(日大通信)、平成27~28年度用の報告課題集に準じた、「B10900 倫理学 分冊2」の合格レポートです。
レポート内容と共に、報告課題内容, ポイント, キーワード等も載せています。

講評では、「要点をもらさず、よく[314]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信 平成27~28年度 B10900 倫理学 分冊1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943372473152@hc14/122938/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 天羽 真]]></author>
			<category><![CDATA[天羽 真の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Dec 2015 06:38:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943372473152@hc14/122938/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943372473152@hc14/122938/" target="_blank"><img src="/docs/943372473152@hc14/122938/thmb.jpg?s=s&r=1450042737&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学通信教育部(日大通信)、平成27~28年度用の報告課題集に準じた、「B10900 倫理学 分冊1」の合格レポートです。
レポート内容と共に、報告課題内容, ポイント, キーワード等も載せています。

講評では、「要点をもらさず、よく[314]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[変装するということは悪か　倫理]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938802403969@hc15/122595/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 合図よし！]]></author>
			<category><![CDATA[合図よし！の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Nov 2015 13:21:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938802403969@hc15/122595/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938802403969@hc15/122595/" target="_blank"><img src="/docs/938802403969@hc15/122595/thmb.jpg?s=s&r=1447302114&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学の講義で書いたレポートです。
タイトル通りの内容です。ジェンダーにも少し触れてると思います。[145]<br />私は、「変装するということは悪か？」という問いを立てた。私の家の近所には中年男性で、夕方や休日に女子高生の制服を着ている方がいる。変な人というわけではなく、女子高生よりも礼儀正しいし、服装を除けば普通の人である。私は、最初見た時は驚いたが個人の自由であるし、表現の自由は認められているのでよいと思った。しかし同時に次のような疑問がわいた。それは「変装は自分だけが満足すれば良いのか？」ということだ。特に、公共の場でする際は、周りの目というものもある。私自身は、周囲が認めることで初めて変装が成立すると思い、今回このような問いを立てた。
　さて変装について、佐伯順子は「女装と男装の文化史」の中で「人生は『芝居』－人間はその社会的立場に応じて様々な〝役〟を演じて生きている。この人間の存在の〝演劇性〟についての認識は、異性装を作品にとりいれたシェイクスピアの人間観にも通じている。（第2部４～6）。職業や、母親父親といった家族成員としての役割を演じることと、女性や男性を演じることは、本質的に同じことなのであり、どれが異常でどれが正常と差別化できるものではない。」と述べている。
　私は、このように変..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【玉川大学】倫理学概論Ⅰ「社会規範における道徳・習俗・法・宗教の関係」「倫理学と人生論的諸問題との関係」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951608480399@hc11/120993/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hatosaburou]]></author>
			<category><![CDATA[hatosaburouの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Jul 2015 21:44:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951608480399@hc11/120993/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951608480399@hc11/120993/" target="_blank"><img src="/docs/951608480399@hc11/120993/thmb.jpg?s=s&r=1436186643&t=n" border="0"></a><br /><br />※このレポートは、玉川大学通信教育部・科目名「倫理学概論Ⅰ」平成23年度課題の合格済レポートです。

教員による評価・批評は以下の通りです。

＜課題＞
１、社会規範における道徳・習俗・法・宗教の関係を1200字程度でまとめよ
[324]<br />このレポートでは、まず、社会規範における道徳・習俗・法・宗教の関係についてまとめる。
次に、倫理学は人生論的諸問題とどのように関係しているかをまとめる。
＜１、社会規範における道徳・習俗・法・宗教の関係＞
社会規範とは、人間の行為を統制する人間行為の規範であり、習俗・道徳・法・宗教のことを指す。これらの関係は、習俗がその形式を残しつつ道徳と法に分化。道徳を超越するものとして宗教が存在している。言い換えれば、習俗が道徳と法の先行形式であり、宗教は道徳を超越した関係である。
習俗は、道徳や法の母胎である。やがて一方では道徳へ発展し、他方では法律や法制度へと発展する。分化する一方で、習俗は習俗として、分化した後においても、衣食住における基本的伝承、冠婚葬祭における社会形成的伝承、年中行事や祭りにおける厚生的文化伝承として、習俗は道徳や法と並存している。
また、習俗的段階の経験は道徳への前段階であることから、予備教育としての機能を持っていると言える。時代の推移とともに少しずつ変化していく性質のある習俗であるから、予備教育の意味では、習俗の評価や修正を適宜行う必要がある。このように、習俗は道徳..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[京都議定書について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949301282622@hc12/99643/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryohui]]></author>
			<category><![CDATA[ryohuiの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 27 Dec 2012 06:22:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949301282622@hc12/99643/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949301282622@hc12/99643/" target="_blank"><img src="/docs/949301282622@hc12/99643/thmb.jpg?s=s&r=1356556927&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学の授業の京都議定書についてのレポートです。
出席日数0回でA評価をいただきました。[126]<br />京都議定書について
京都議定書とは、温室効果ガスのうち、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、亜酸化窒素 (N2O)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) について、先進国における削減率1990年を基準として各国別に定め、共同で約束期間内に目標値を達成することを定めたものである。
京都議定書は、私が、中学受験の勉強をしていた頃からなじみの深い言葉である。一時は、CO2ばかりがクローズアップされ、メタンや、亜酸化窒素などの温室効果ガスについては、規制が無いとの報道を受けていたので、その有効性に疑いをもっていた。実際問題、温..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学　第２回　（１）カントの倫理学　　 評価A＋　２０１１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951529072374@hc11/94431/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ganma_ray]]></author>
			<category><![CDATA[ganma_rayの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Jun 2012 19:13:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951529072374@hc11/94431/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951529072374@hc11/94431/" target="_blank"><img src="/docs/951529072374@hc11/94431/thmb.jpg?s=s&r=1340273589&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学　第２回　（１）「カントの倫理学について」のレポートです。 評価はA+でした。2011年度の問題です。参考にしてください。[178]<br />倫理学
2011/04/05 
第2回 (1)　カントの倫理学について
要点：カントの倫理学の要点は、「厳格主義」と呼ばれるその性格において、その特徴をなす。カントは、道徳性において、完全義務と不完全義務をわけ、その意志において、自己愛が含まれていないことを真の道徳として規範化しようとした。それは表面的な道徳行為を許さず、内面においても行為との一致を求める姿勢から現れたものであった。そして、この段階に留まらず、カントは極悪人などは、その悪性のコントロールができない哀れな人間という考えから、適法的行為をしている人間は、その道徳的他律において&ldquo;より&rdquo;悪性であることを暴露し、またそういったことを自覚し、道徳を自律化した人間においてさえ、その自己愛が消えず、自己を社会において保存したい欲求があることを捉え、人間の根源悪としていかなる人間もその自己愛からのがれえることはできないとした。そういった前提から、道徳における道徳自身への尊厳をもち、自己愛を棄却しつつ、道徳を常に自律的かつ理性的にふるまうことができれば、それは真の道徳的行為になるとした。こぅいった人間の道徳的行為を内面から縛り付けることに..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学　第1回　（１）アリストテレスの倫理学　　評価A＋　２０１１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951529072374@hc11/94420/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ganma_ray]]></author>
			<category><![CDATA[ganma_rayの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Jun 2012 17:17:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951529072374@hc11/94420/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951529072374@hc11/94420/" target="_blank"><img src="/docs/951529072374@hc11/94420/thmb.jpg?s=s&r=1340266623&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学　第1回（１）「アリストテレスの倫理学について」のレポートです。評価はA+でした。2011年度の問題です。参考にしてください。[184]<br />倫理学
2011/04/05 
第1回　 (1)　アリストテレスの倫理学について
要点：アリストテレスは、国家 (ポリス)は最高善であり、倫理学と政治学は切り離せないと考えた。それは共同体社会において、人間の最高善は実現されるのであって、ポリスの定めに従って生きることは人間を人間たらしめるからである。人間社会のなかにいない人間は「善とはなんであるか」といったことを考えることや、徳を実践する機会があたえられず、それは人間的であるとはいえない。であるから、人間もポリスもアリストテレスの定義によれば、目的である「善」を追求し、ポリスは人間の個々の倫理的課題における助力をすべきであるとアリストテレスは言う。では彼の言う、倫理的、徳、善といったことは具体的にどういったことか。
アリストテレスの倫理の中心は徳、アレテ一である。徳は二種類に分けられる。一方は知的徳であり、もう一方は倫理的徳である。知的徳は理性能力に関するもので、端的にいえば、感情に流されず、考察を入れることができる人間的能力のことだと考えられる。倫理的徳は、その理性を用いる際における尺度基準 として考えられるが、アリストテレスはそこ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代倫理学入門]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950916438721@hc11/89156/]]></link>
			<author><![CDATA[ by りんりんrinn]]></author>
			<category><![CDATA[りんりんrinnの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 29 Dec 2011 21:30:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950916438721@hc11/89156/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950916438721@hc11/89156/" target="_blank"><img src="/docs/950916438721@hc11/89156/thmb.jpg?s=s&r=1325161834&t=n" border="0"></a><br /><br />看護学校において、倫理学の課題図書のレポートです。[75]<br />現代倫理学入門
この本は各章ごとに現代のジレンマや難問を中心にして組み立てられている。各章にあるような問題に直面した時、どのように考えていったらいいのか、その考えを示唆してくれる本である。
　第1章
キケロは誰もが認めざるをえない自分の基本的な利益を守るため、相手を救うため、暴力や詐欺から身を守るため、相手が誠実でない時には嘘をついてよいという。しかし、カントは嘘をつくこと自体許されないという。嘘をつけばその結果に責任を取らなければならないが、真実を語ればその結果に責任を負うことはない。結果は偶然的であって、義務をひたむきに守ろうとする純粋な動機に道徳性があると考えている。
　第2章
生存率最大の原則が生存率や自己決定権より優先されるのが問題である。誰かを犠牲にすることを前提にするならば、その恐怖そのものが功利主義を否定するものになり得る。
　第3章
平等原理を優先させれば、均等に分ける。最大多数の最大生存を優先させるのならば、くじ引きや、功績主義、自由市場、道徳的根拠に基づいて配分することになる。平等原理と最大原理は一致しないのである。平等という原理を実現するためには、それだけの豊か..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[カント]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952319336367@hc11/85757/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぷーやん]]></author>
			<category><![CDATA[ぷーやんの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Sep 2011 15:01:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952319336367@hc11/85757/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952319336367@hc11/85757/" target="_blank"><img src="/docs/952319336367@hc11/85757/thmb.jpg?s=s&r=1315634473&t=n" border="0"></a><br /><br />合格レポートです。
参考文献&darr;
①カントはこう考えた‐人はなぜ「なぜ」と問うのか　石川文康　株式会社筑摩書店　1998年8月30日
②岩波哲学小辞典　粟田賢三　古在由重　株式会社岩波書店　1979年11月8日
③倫理学　佐藤俊夫　財団法人東[324]<br />カントは自然界に自然法則(原因、結果の必然的法則)が存在しているように、人間には従うべき道徳法則(自らの意思で尊重する法則)が存在していると考えた。例えば、嘘をつくことが自分にとって明らかに有利な場合でも、私たちは心の奥で「嘘をついてはいけない」と思う。これこそ道徳法則の命ずる命令である。
カントはこの道徳的命令を発しているものは、私たち自身の理性であると考えた。理性とは、人間一人ひとりのうちに存在するものでありながら、その一人ひとりの特殊なあり方に依存しない能力であり、その働きは普遍性を持っている。この人類共通の普遍的な理性が、様々な欲望に流されやすい個々の人間に対して下す命令、「人間ならば誰でも当然こうすべきである」という命令、「~(す)べし」「~(する)べきでない」という、命令文で表される法則こそ、道徳法則なのである。
したがって、道徳法則は私たちに、「嘘をつくな」「人を殺すな」「盗みをするな」という形で語りかけてくるが、それが本来命令していることはただ一つ、個人的な損得や好き嫌いにとらわれることなく、普遍的に立って行為せよということなのである。
カントは理性の命令(命法)を仮言..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[真の「自由」とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81503/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 19 May 2011 15:45:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81503/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81503/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/81503/thmb.jpg?s=s&r=1305787556&t=n" border="0"></a><br /><br />真の「自由」とは
　現在、私たち日本人は、日本国憲法において基本的人権の尊重などの国民の自由というものが認められており、他の国においても、「自由」という概念は、人間ひとりひとりが主張するものであると考えられている。しかし、私たち人間は「自由」を主張しているが、果たして本当の「自由」を手に入れることが出来ているのであろうか。また、真の「自由」とは、どのようなものなのであろうか。
　まず、私たちが主張している「自由」とはどのようなものであるか考えてみたいと思う。私たちは、常日頃から「自由」を求めている。それは、人間誰もが様々な欲求を持っているため、人間はその欲求を満たすための「自由」を求めているのではないかと考える。では、なぜ人間はこれほどまでに「自由」を求めているのだろうか。私は、この人間が「自由」を求める背景には、フロイトが提唱した精神分析論が非常に関わっているのではないかと思う。フロイトが提唱した精神分析論とは、人間は生まれた時点では、本能的な欲求(エス)の塊であり、社会と触れるにつれて自我が芽生え、この本能的な欲求を自我がコントロールし、自我がコントロール出来ないような欲求を超自我..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生命倫理　生きるとは何か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81446/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 May 2011 13:40:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81446/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81446/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/81446/thmb.jpg?s=s&r=1305693648&t=n" border="0"></a><br /><br />「生命倫理　～生きるとは何か～」
　私は、このレポートにおいて、医療が発達してきた現代における「生死」について、自分の経験等もふまえながら、考察していきたいと思う。
　まず、人々は母親と父親が成立したうえで「生」を受けるのだが、この「生」の受け方についても、現代においては、以前とは様変わりをしている。なぜならば、胎児が母親の子宮内に「生」を受けたことが、以前よりも早い段階で知ることが出来、医療技術の発達によって、母親の子宮内の状態が手に取るように分かるようになった為、「生」の選択が出来るようになったからである。「生」の選択とは、人工妊娠中絶や人工授精、着床前診断や出生前診断等が出来るということである。この「生」の選択は、何を意味するのかというと、私達人間が妊娠、出産といった自然の流れに介入し、操作するということである。本来ならば、生命というものは、自然の流れの中で誕生し、周囲の人間がその生命の誕生を受け入れ、ひとつの命としてこの世に生まれてくるものである。これは、人間以外の生物においても同様のことがいえるだろう。しかし、人間の世界においては、この自然の流れに逆らうことが容易に出来てしまうため、生命が訪れることが出来ないカップルが子供を望み、「生」を誕生させてしまうことが可能となり、逆に、誕生した「生」を人間の手によって摘み取ることも可能となってしまうのである。人工授精には、莫大な費用もかかってくるが、言い換えれば、本来ならば決して買うことの出来なかった「生」を買うことが出来るのである。また、自然の流れで誕生した「生」は、周囲の人間の感情ひとつで摘み取ることが可能なのである。この誕生した「生」に対する取捨選択は、周囲の人間の出産、育児に対する不安から行われる場合もあるが、医療技術の発達によって出生前に障害の有無や性別等が分かるようになった為、一層、胎児の取捨選択が行われるようになっている。
　このような状況は、一見すると便利な世の中として捉えられるかも知れないが、はたしてこのような状況は便利な世の中の助けとなっているのだろうか。私は、このような状況が必ずしも便利な世の中を作り出しているとは、到底思えないのである。なぜなら、本来ならば、「生」を受けることは人間の力を介入させることが出来ない領域だった為に、人間が「生」を受けることが出来た時には、非常に大きな喜びを感じ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国士舘大学 倫理学概論（後期）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kino77happy]]></author>
			<category><![CDATA[kino77happyの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 10 May 2010 22:15:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960471950769@hc08/66828/" target="_blank"><img src="/docs/960471950769@hc08/66828/thmb.jpg?s=s&r=1273497318&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学概論（後期）
イギリス経験論
ヒューム
人間は、社会的存在であり、社会的共存である。
人間の知覚は印象と観念の二つに分けられる。印象と観念には、それぞれ単純と複雑があり、全ての単純な観念は単純な印象から生まれるとした。
人間の本性は、感情であり、理性は、第二義てきなものであるとした。
感情には個人的なもの、社会的なものがあり、社会的な生活の中で、共感を得ることができるとした。
共感は、社会的利益と効用であり、道徳的判断、善悪に関わるものとした。
社会契約は強制力と統制力があるとした。
アダム・スミス
人間には利他心、利己心かあると考えた。人間は他人の視線を意識し、同感したり、同感を得られたりするよう行動するとした。同感という同類感情を基にし、他人である第三者を観察者とみなし、自分を行為者とみなして自己規制をかけるとした。社会的統合にも繋がり、自己規制は、神の見えざる手によるものであるとした。それにより、重商主義を批判した。
啓蒙主義
ルソー
独学で自分の思想を確立し、カトリックへの現実批判をした。
「自然に帰れ」という言葉を残し、自然状態というのは、自然権があることだとした。自然..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『戦争におけるプロパガンダに存在する悪についての考察』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961811159546@hc08/52697/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pippy]]></author>
			<category><![CDATA[pippyの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 19 Jul 2009 02:25:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961811159546@hc08/52697/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961811159546@hc08/52697/" target="_blank"><img src="/docs/961811159546@hc08/52697/thmb.jpg?s=s&r=1247937901&t=n" border="0"></a><br /><br />『戦争におけるプロパガンダに存在する悪についての考察』
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　戦争におけるプロパガンダに存在する悪とはなんだろうか？
１、戦争プロパガンダ
　始めに、アーサー・ポンソンビー（1871－1946）という[328]<br />『戦争におけるプロパガンダに存在する悪についての考察』
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　戦争におけるプロパガンダに存在する悪とはなんだろうか？
１、戦争プロパガンダ
　始めに、アーサー・ポンソンビー（1871－1946）という平和主義者によって提唱された、戦争プロパガンダの１０の法則というものを紹介したい。彼によると、あらゆる戦争において共通する法則があるという。それは以下に挙げるものである。
Ⅰ，「われわれは戦争をしたくはない」
Ⅱ，「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
Ⅲ，「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
Ⅳ，「われわれは領土や覇権のためではなく偉大な使命のために戦う」
Ⅴ，「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為に及んでいる」
Ⅵ，「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
Ⅶ，「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」
Ⅷ，「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」
Ⅸ，「われわれの大儀は神聖なものである」
Ⅹ，「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」
これは、第１次世界大戦中にポンソンビーが戦争プロパガンダの分析を行う上で、法則を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『現代家族の合理性についての考察と、その先にある家族解体』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958975975936@hc09/51059/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sadaji0422]]></author>
			<category><![CDATA[sadaji0422の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Jun 2009 01:59:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958975975936@hc09/51059/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958975975936@hc09/51059/" target="_blank"><img src="/docs/958975975936@hc09/51059/thmb.jpg?s=s&r=1244825988&t=n" border="0"></a><br /><br />『現代家族の合理性についての考察と、その先にある家族解体』＜主題と視点＞以前の家族は、生産、娯楽、教育、生活保障など幅広い面で、自給自足的な機能をもっていた。しかし、人口が流動的になるにつれ家族は縮小していき、時代とともに、家族がそ[352]<br />『現代家族の合理性についての考察と、その先にある家族解体』
＜主題と視点＞
以前の家族は、生産、娯楽、教育、生活保障など幅広い面で、自給自足的な機能をもっていた。しかし、人口が流動的になるにつれ家族は縮小していき、時代とともに、家族がそれまでもっていた多様な機能は、社会の機関や企業に流出、還元されていく。
その流出は、生産、娯楽から、育児、教育、介護に及び、さらに現代では、代理母出産の実現により、社会は「子供を産む」という機能までを家族から奪う可能性がある。
全ての機能を家族から社会へ流出させることは、すなわち、家族機能の不必要を意味する。少なくとも、家族機能が働かなくとも、社会はその代理を担ってくれるだろう。さらにその先には、家族の解体も考えられる。
しかし逆に、家族から、社会やその他のものにどうしても還元、流出出来ないものがあるとしたら、それは家族のみが果たしうる役割とは考えられないだろうか。
このレポートでは、上の問いを考察していきながら、家族のみが果たしうる役割を探っていくが、ここで、「家族」という言葉を定義しておきたい。
「家族」・・・夫婦の配偶関係や親子・兄弟などの血縁関係..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[哲学概論　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36252/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kazukichan]]></author>
			<category><![CDATA[kazukichanの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Feb 2009 00:45:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36252/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36252/" target="_blank"><img src="/docs/kazuki/36252/thmb.jpg?s=s&r=1234194320&t=n" border="0"></a><br /><br />「テキストを読み進む内に生じる自分なりの疑問、批判を明確に述べよ。」
テキストを読み、存在論に興味を感じ、倫理学との対比において、疑問や批判を考えた。またｐ６８～「世界」においては、世界の創造について、プラトンとアウグスティヌスの哲学的対[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[応用倫理学とは何か。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960173240770@hc09/34673/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rickmanty]]></author>
			<category><![CDATA[rickmantyの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 23 Jan 2009 16:54:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960173240770@hc09/34673/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960173240770@hc09/34673/" target="_blank"><img src="/docs/960173240770@hc09/34673/thmb.jpg?s=s&r=1232697299&t=n" border="0"></a><br /><br />応用倫理学とは、何か。そんな問いを投げかけられた時に、ある学者はこう答えた。実際の生活で登場してきた問題を取り上げて倫理基準を作ったり、倫理学的に分析したりする領域、それが「応用倫理学」だと。何か特定の倫理を利用したものではないため、「応用[360]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[世代間倫理]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961153856032@hc08/25601/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Robert]]></author>
			<category><![CDATA[Robertの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 01 Oct 2008 00:59:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961153856032@hc08/25601/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961153856032@hc08/25601/" target="_blank"><img src="/docs/961153856032@hc08/25601/thmb.jpg?s=s&r=1222790344&t=n" border="0"></a><br /><br />問題　科学技術のめざましい発展のなかで、いわば自然を手中におさめてしまったとでも言える現代の人類が、未来の世代に対してすべきこととは何だろうか。
　地球温暖化という問題に直面している現代の人類は、スーパーコンピューターなどを駆使して未来の地[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自然状態とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/22422/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Jul 2008 16:45:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/22422/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/22422/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/22422/thmb.jpg?s=s&r=1215935154&t=n" border="0"></a><br /><br />「自然」について
　　　　
「自然」ということについては、さまざまな哲学者によって取り上げている。それらの「自然」をまとめながら、自分なりの「自然」というものに対する考えというものを述べていきたいと思う。
　まず、ソフィスト的な「自然[348]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学概説１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20086/]]></link>
			<author><![CDATA[ by きんぞう]]></author>
			<category><![CDATA[きんぞうの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Mar 2008 17:12:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20086/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20086/" target="_blank"><img src="/docs/983427442401@hc07/20086/thmb.jpg?s=s&r=1204445559&t=n" border="0"></a><br /><br />私は、実践とは、目的を定め、目的へ到達する手段をいくつも考え、可能であるものを選択する、以上が本人の頭の中で計画したことであるが、これらの計画がうまくいく可能性はともあれ、現実化することが実践の意義であると考えた。アリストテレスのニコマコス[360]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学概説２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20087/]]></link>
			<author><![CDATA[ by きんぞう]]></author>
			<category><![CDATA[きんぞうの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Mar 2008 17:13:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20087/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20087/" target="_blank"><img src="/docs/983427442401@hc07/20087/thmb.jpg?s=s&r=1204445611&t=n" border="0"></a><br /><br />私が思う平和の理念とは、「秩序が維持され続けていること」である。したがって、戦争の反対が平和であるというだけではないといえる。なぜなら、国内で起こる、民族紛争や、カルト集団のテロ、強盗や暴行といった不法な行為といった人災や、地震や台風といっ[360]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学概説（論文試験）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20088/]]></link>
			<author><![CDATA[ by きんぞう]]></author>
			<category><![CDATA[きんぞうの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Mar 2008 17:14:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20088/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983427442401@hc07/20088/" target="_blank"><img src="/docs/983427442401@hc07/20088/thmb.jpg?s=s&r=1204445663&t=n" border="0"></a><br /><br />現代社会の新たな倫理
　この数年間で、携帯電話やインターネットをはじめとする情報通信技術が飛躍的な進化をとげてきた。インターネットは、パソコンを始め携帯電話やオーディオなど多くの機器が接続できる。これによって現実社会とは別に、ネットワーク[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ジョセフ・フレッチャーの「状況倫理」の長所とその問題点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430304901@hc06/11467/]]></link>
			<author><![CDATA[ by revelation]]></author>
			<category><![CDATA[revelationの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 13 Nov 2006 09:36:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430304901@hc06/11467/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430304901@hc06/11467/" target="_blank"><img src="/docs/983430304901@hc06/11467/thmb.jpg?s=s&r=1163378165&t=n" border="0"></a><br /><br />ジョセフ・フレッチャーの「状況倫理」の長所とその問題点
倫理的一般原則が、様々な文化的価値観や歴史的文脈を無視したかたちで設定される時に、それは人を束縛するだけの命令となる。「愛と律法は矛盾する」などという言い回しで表現されるときの律法は[356]<br />ジョセフ・フレッチャーの「状況倫理」の長所とその問題点
倫理的一般原則が、様々な文化的価値観や歴史的文脈を無視したかたちで設定される時に、それは人を束縛するだけの命令となる。「愛と律法は矛盾する」などという言い回しで表現されるときの律法はそれに近い。フレッチャーの状況倫理は、愛の原則によって世界を相対的に捉えて決断を下していくため、現実世界の人々の価値観や方法論、歴史などが無視されることはない。現代のように価値観が多用し、急速に変化する歴史状況の中では通り一辺倒の原理原則では対応できない状況に遭遇することも少なくない。そこにおいて、フレッチャーの状況倫理の用いられる意義があるであろう。
しかし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理モデル「生命中心主義と「動物権利主義」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/10429/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rasuta2525]]></author>
			<category><![CDATA[rasuta2525の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 12 Aug 2006 13:46:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/10429/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/10429/" target="_blank"><img src="/docs/983431363901@hc05/10429/thmb.jpg?s=s&r=1155357971&t=n" border="0"></a><br /><br />1970年前後を境にして、環境や生命に対する倫理の問題が、盛んに提起され始めた。中でも環境問題については、オゾン層破壊による温暖化現象など、私たちの日常に深く関係し、かつ実感できる問題については、個人・企業・団体にかかわらず一般常識として把[352]<br />1970年前後を境にして、環境や生命に対する倫理の問題が、盛んに提起され始めた。中でも環境問題については、オゾン層破壊による温暖化現象など、私たちの日常に深く関係し、かつ実感できる問題については、個人・企業・団体にかかわらず一般常識として把握し、それぞれの範囲でこれの改善に取り組んでいる。
　ところが、環境問題と同じように生物保護の問題について取り組んでいるかというとそうではない。これは、情報や認識が不足しているともいえる。がしかし、例えば主婦や子供であっても、絶滅に瀕した生物種の名前のひとつぐらいは答えられるであろうし、医療の開発において動物実験が行われていることは、認識としてもっているであ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アリストテレス「目的論」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429794701@hc06/10159/]]></link>
			<author><![CDATA[ by meleto]]></author>
			<category><![CDATA[meletoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Jul 2006 03:10:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429794701@hc06/10159/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429794701@hc06/10159/" target="_blank"><img src="/docs/983429794701@hc06/10159/thmb.jpg?s=s&r=1154283056&t=n" border="0"></a><br /><br />アリストテレスやプラトンは、人間の行為は目的の追求であるとした。目指すは究極の目的、すなわち最高善である。以下、アリストテレスの言う「目的論」、「徳」に対して、私見を述べたいと思う。
アリストテレスは、行為には目的があり、その目的にもまた[356]<br />基礎倫理学　４学期末レポート
　アリストテレスやプラトンは、人間の行為は目的の追求であるとした。目指すは究極の目的、すなわち最高善である。以下、アリストテレスの言う「目的論」、「徳」に対して、私見を述べたいと思う。
　アリストテレスは、行為には目的があり、その目的にもまたさらなる目的があるとした。そしてその目的手段の連鎖の果てが最高善だと考えた。しかし、全ての行為がその連鎖を持つとは限らないではないか、という意見もある。目的の連鎖は終わらなければならないとアリストテレスは言うが、そもそも連鎖自体が必ずしも存在しないのではないか、と。例えば「食べる」という行為。この行為の目的は「空腹を満たす」である。ではなぜ「空腹を満たす」のか。空腹が続けばやがて餓死してしまう。すなわち「生きる」ためだ。ではなぜ「生きる」のか。この問題は、そもそも行為論における最初の問題であり、私たちは振り出しに戻ってしまうことになる。つまり、「食べる」という行為においては目的を連鎖させることができない、と言えないだろうか。このように、「さらなる目的を待たない目的」しか持たない行為は多く存在すると思う。なぜなら、「さら..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人が殺されない権利と自己決定権]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430980201@hc06/9198/]]></link>
			<author><![CDATA[ by monagiko1114]]></author>
			<category><![CDATA[monagiko1114の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 25 Jun 2006 14:04:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430980201@hc06/9198/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430980201@hc06/9198/" target="_blank"><img src="/docs/983430980201@hc06/9198/thmb.jpg?s=s&r=1151211841&t=n" border="0"></a><br /><br />　世界中の民主主義国家においては、全ての国民に対し生まれながらにして基本的人権が認められており、当然、他者から不当に殺害されない権利がある。これは自明の論理といえる。「他者から自己」に対する殺害は法律により罰せられるが、「自己から自己」に対[360]<br />「人が殺されない権利と自己決定権」
　世界中の民主主義国家においては、全ての国民に対し生まれながらにして基本的人権が認められており、当然、他者から不当に殺害されない権利がある。これは自明の論理といえる。「他者から自己」に対する殺害は法律により罰せられるが、「自己から自己」に対する殺害いわゆる自殺は道徳的倫理、宗教的倫理という観点から見れば咎められるものであるが、実際に法律により罰せられることはない。そこには自己決定権というものが存在しているので認められるのだろう。では、なぜ安楽死は自己決定権の範疇にあるとして単純に認められないのかを考察していきたい。
　以下に、安楽死の種類と定義をまとめる。
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 倫理学通論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9117/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 21 Jun 2006 21:06:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9117/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9117/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/9117/thmb.jpg?s=s&r=1150891584&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、日本人は資格の違いに関係なく、ある枠によって集団が作られている場を大切に考えるといわれる。ここでいう場とは、具体的に言うと、その個人の住む地域や所属機関などを表している。日本人は、自己紹介するときに、「私は大学に通っています。」とか「[360]<br />倫理学通論
前にメディアで、日本の終身雇用制度がなくなるかもしれないというニュースを聞いたことがある。終身雇用制度とは、一度会社に入ってしまえば、退職までずっとその会社で働くことが出来るという制度である。この制度は他の国では理解されがたい。なぜなら、この制度には日本の伝統的な倫理観が表れているといえるからである。日本人の倫理観について雇用制度の面から考えてみる。
まず、日本人は資格の違いに関係なく、ある枠によって集団が作られている場を大切に考えるといわれる。ここでいう場とは、具体的に言うと、その個人の住む地域や所属機関などを表している。日本人は、自己紹介するときに、「私は大学に通っています。」..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[倫理学　日本の倫理思想に対する仏教影響について述べよ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5688/]]></link>
			<author><![CDATA[ by asuka0708]]></author>
			<category><![CDATA[asuka0708の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Jan 2006 19:18:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5688/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5688/" target="_blank"><img src="/docs/983430995501@hc06/5688/thmb.jpg?s=s&r=1138097891&t=n" border="0"></a><br /><br />　日本における倫理思想は、日本人の民俗、習俗に加えて外来の思想（儒教、仏教、西洋思想）の需要と展開を軸にしながら展開されてきた。
　日本の古代国家は4世紀から5世紀にかけては、大和朝廷に見られる宗教的一体で「律令」による国家体制へと変化し[352]<br />倫理学
「日本の倫理思想に対する仏教の影響について述べよ」
　日本における倫理思想は、日本人の民俗、習俗に加えて外来の思想（儒教、仏教、西洋思想）の需要と展開を軸にしながら展開されてきた。
　日本の古代国家は4世紀から5世紀にかけては、大和朝廷に見られる宗教的一体で「律令」による国家体制へと変化していった。そのあと、朝鮮半島との国交とうしてもたらされた「論語」と仏教の伝来という歴史的事実から、この儒・仏教思想が具体化されてきた。
　まず聖徳太子は人を君・臣・民の態度などや人の和の心をもっとも重視した「論語」の強調する道徳規律の遵守精神である。
　聖徳太子のあと、律令国家へと移行し中世になって正法・像法・末法という仏教的歴史の「末法」説くに置ける危機意識を契機として仏教の日本に定着していった。
　末法思想とは普通、仏滅1500年から2000年のあとにおける。
仏法は末世末法であるという危機感である。末法は時代が汚れ天災地変や戦乱など社会悪もろもろの邪悪な思想や見解がはびこる様々な精神的悪徳があふれる。
　人々の性根が低下する、人間の寿命が次第に短くなるという「五蜀」の世であると説く。その..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ いくつかの国の脳死判定基準の内容とその比較検討]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/5283/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rasuta2525]]></author>
			<category><![CDATA[rasuta2525の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 22:25:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/5283/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/5283/" target="_blank"><img src="/docs/983431363901@hc05/5283/thmb.jpg?s=s&r=1137245147&t=n" border="0"></a><br /><br />　いくつかの国の「脳死の判定基準」は現在において、国によって機関によって異なり、また「不可逆性を決定する再検査までの時間」に対する対応も一定ではない。これはひとえに、医学的にも生物学的にも未知の領域が残されている『脳死』を前に、その死は判定[360]<br />　いくつかの国の「脳死の判定基準」は現在において、国によって機関によって異なり、また「不可逆性を決定する再検査までの時間」に対する対応も一定ではない。これはひとえに、医学的にも生物学的にも未知の領域が残されている『脳死』を前に、その死は判定はなく解釈に過ぎないとの結果ではないか、と考えるものである。
　まずいくつかの国が共通して判定基準としている項目は、（深昏睡・無呼吸・瞳孔散大・脳幹反射消失）の4項目である。心臓死の判定基準として一般的に広く認められている三兆候説のうちの2つである無呼吸・瞳孔散大に加えて、顔面に疼痛刺激を与えて反応の有無を確かめる深昏睡、そして体中の生体活動を統合する機能を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[エネルギー世界論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618501@hc05/3723/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ground]]></author>
			<category><![CDATA[groundの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 07 Dec 2005 19:27:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618501@hc05/3723/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618501@hc05/3723/" target="_blank"><img src="/docs/983431618501@hc05/3723/thmb.jpg?s=s&r=1133951264&t=n" border="0"></a><br /><br />　最近いろんな人の論文やら、文献やらに目を通していると「世界は意識によって成り立っている」という意見をちらほら目にする。少なくとも生物に限って言うのであれば私も一理あると思うが、しかしそれでは生物以外のもの――例えば物質などについてはどうし[360]<br />　最近いろんな人の論文やら、文献やらに目を通していると「世界は意識によって成り立っている」という意見をちらほら目にする。少なくとも生物に限って言うのであれば私も一理あると思うが、しかしそれでは生物以外のもの――例えば物質などについてはどうしても納得できない。というかそれ以前に、「意識とは何か？」と質問したい。意識については最近の脳科学の研究でも「意識とは何か」が問題になっており、正確な定義すらされていないのである。それぐらいあいまいなものによって世界を定義しても、あまり意味がない。　では世界は何によって成り立っているのだろうか？
　そもそも意識となんだろう？　私が考えるにそれはひとつのエネルギーである。物理の運動エネルギー（物体の移動する速さと重さに依存し、早さや、重さが大きくなるとエネルギーも大きくなる）や、熱エネルギーなどいったものと同じように意識も精神エネルギーとも呼ぶべきエネルギーなのである。
　物理には「物質を動かすものは物質である。」という基本原理がある。だがこれはおかしいと思う。なぜかというと、では人間を動かす物質とは何であるか？　という疑問が残るからだ。　人に限らずこれ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アリストテレス]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2896/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:13:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2896/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2896/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2896/thmb.jpg?s=s&r=1131254028&t=n" border="0"></a><br /><br />アリストテレス
ポリスと家
実践の学
　・学問研究の方法
　　プラトンの影響を受けながらも、事物の変化や運動に関心を向ける。
　　　プラトン　　　　万物の秩序づけを哲学と善のイデアによって行おうとした。
　　　アリストテレス　万[336]<br />アリストテレス
ポリスと家
実践の学
　・学問研究の方法
　　プラトンの影響を受けながらも、事物の変化や運動に関心を向ける。
　　　プラトン　　　　万物の秩序づけを哲学と善のイデアによって行おうとした。
　　　アリストテレス　万物の秩序づけは経験に傾斜していると考えた。
この違いは
　　　彼が独自の形而上学に基づいて四つの原因についての考察を行ったためである。
・学問の分類
「それ以外の仕方においてあることのできないもの」
理論学・・・数学、自然学、神学
　　　　「それ以外の仕方においてあることのできるもの」
　　　　　倫理学・・・人間の良き行いにかかわる
　　　　　実践学・・・政治学、家政学
　　　　　制作学・・・変化する素材を使って一定の作品を作り出す
　　　　このうち、政治学は実践学の一つであるが、それは理論学のように厳密な知識を与えるものではなく、具体的な状況の中で良い行いをするための実践的能力、思慮を培うことを目標にする学問であった。
　　　　こうした学問の分類は近代まで欧州の学問の共通の基盤であった。
　・政治と倫理との結合関係
　　　人間の行為の目的は善の実現であり、最高..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生と死について考えるということ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/292/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fearless]]></author>
			<category><![CDATA[fearlessの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 13 Jun 2005 13:27:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/292/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/292/" target="_blank"><img src="/docs/983432388301@hc05/292/thmb.jpg?s=s&r=1118636833&t=n" border="0"></a><br /><br />今求められているのは、現代医学にはないホスピスや補完療法等の、「癒し」や「人と人とのつながり」、現代には欠けてしまっている共生の理念のようなものである。それは、患者との日々のコミュニケーションであったり、自分という人間をもう1度振り返るため[358]<br />総合科目「生と死について考えるということ」　　　　 
人間は誰でも一度生死について考える。それは何故だろうか。それは死が誰にでもやがて訪れ、受け入れなくてはならない事実だからである。死を見つめる事は、かけがえのない命の意味を問いかける事であり、互いにいのちを尊重しあうことに繋がるのである。
本講義により亡き祖父から聞いた言葉を思い出した。「色即是空」と「空即是色」の二つである。「色即是空」には全てのものは儚く、永遠に存在する事はなく、いつかは死んでしまうという「死」のイメージが、そして後の「空即是色」には、実体のないところから、全てのものが生み出されるという「生」のイメージが感じられるのである..]]></description>

		</item>

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