連関資料 :: 哲学
資料:296件
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カント哲学
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カント Immanuel Kant 1724〜1804 ドイツ啓蒙期の哲学者。カントは、もっとも影響力の大きかった近代思想家のひとりである。彼は人間の認識能力をみきわめることを追求した。81年、「純粋理性批判」によって、合理主義と経験主義を総合した超越論主義を主張。つづいて、88年「実践理性批判」、90年「判断力批判」を発表し、みずからの批判哲学を完成した。とりわけ、その批判哲学の根幹をなす「純粋理性批判」では、理論的認識の範囲を経験世界(現象界)に限定したうえで、その認識の対象は認識作用を通じて主観によって構成され可能となるのだとした。
「理性について」
まず、カントにおいて『理性』とは何を意味しているのか。カントはこの言葉をその都度特定の様式で使用しているため、「これ」という答えは無いだろう。しかも、理性という言葉は悟性という言葉としばしば同一視されているようにも思われる。カントは純粋理性批判のなかで「しかし、私はここで理性ということで上位の認識能力全体を理解し、このようにして合理的なるものを経験的なものに対置する。」と述べている。一般的には次のようなことが言える。理性や悟性という言葉が表しているのは、思惟する能力であり、概念によって何者かを表象する能力である。理性や悟性は概念の能力であるといえる。では、純粋理性とはなんであろうか。『異質なものが混在していない全ての認識は、純粋と呼ばれる。しかしとりわけ、そもそもいかなる経験も感覚も混入しておらず、従って完全にアプリオリに可能であるような、そういう認識は、端的に純粋であると名づけられる。したがって、アプリオリな認識とは、概念による、端的に経験から離れた認識作用を意味する』・・・*1 したがって、純粋理性とは、対象を端的にアプリオリに認識するための理性であるといえるのではないか。
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レポート
哲学
純粋理性批判
ア・プリオリ
理性
コペルニクス的転回
550 販売中 2006/01/22
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哲学者
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哲学と心理学はとても似ている。哲学を学ぶには心理学が必要とされ、また、心理学を学ぶにも哲学は必要である。そういった観点から、今回は有名な哲学者であるソクラテス・プラトン・アリストテレスについて調べた。
ソクラテス
「無知の知」「汝、自身を知れ」これはソクラテスのもっとも有名な言葉である。「無知の知」とはソクラテスが当時の賢人との対話を通し、自分の知識が完全ではない事に気がつく。言い換えれば無知である事を知っている点において、賢人と自認する相手より僅かに優れていると考えた。また知らない事を知っていると考えるよりも、知らない事は知らないと考える方が優れているとも考えた。ソクラテスは対話を通じて、相手の持つ考え方に疑問を投げかける「 問答法 」により哲学を展開した。その方法は、自分ではなく相手が知識を作り出すことを助けるということで、「産婆術」と呼ばれている。ソクラテスの用いた問答法は、相手の矛盾や行き詰まりを自覚させて、相手自身で真理を発見させた。そして賢人たちにもソクラテスは問答法を行った。賢人たちは自分の無知を露呈され、ソクラテスをひどく憎んだ。それが次第に大きくなり、ソクラテスは「国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」などの、ほぼ言いがかりのような理由で公開裁判にかけられた。ソクラテスは自身の弁明を行い、自説を曲げたり、自分の行為を反省したりすることを決してせず、追放も拒否し、結果的に 死刑 を言い渡される。ソクラテスの愛弟子であったプラトンは逃亡や亡命を勧めた。また、ソクラテスに同情する牢番もおり、彼はいつでも逃げることができた。しかし彼は断然と悪に立ち向かった。彼の中で、逃げることは悪に屈することであったのだろう。彼は断固としてプラトンの勧めを聞き入れなかった。そして毒入りの聖杯を自ら仰ぐのである。彼は、その聖杯に毒が入っていることは、もちろん承知であった。そして毒を飲む直前、プラトンや他の弟子に対し、「汝、自身を知れ」という遺言を残すのである。
プラトン
師匠が目の前で命を落としたとき、弟子プラトンは一体どんな想いだったのか。きっと想像もつかないほどの悲しみ、怒り、憎しみが込み上げてきたのだろう。そしてプラトンは師匠の仇をとることを決意するのである。プラトンは若い頃は政治家を目指していた。しかし当時の政治に幻滅を覚えた。当時の政治は「衆愚政治」で、ただの人気取りでしかないと批判した。師匠はその衆愚政治の犠牲者である。そしてプラトンは、政治は「賢人政治」でなくてはいけないと説いた。そのためにも教育が絶対必要であるとした。そうして著書「国家」のなかで「洞窟の比喩」を説いた。また、プラトンは目に見える「現実界」と、そのもとになる、完全にして真実の世界「イデア界」の二つにわける「イデア論」を展開した。そのためプラトンは、「経験主義」のように、人間の感覚や経験を基盤に据えた思想を否定した。それは、感覚は不完全であるため、正しい認識に至ることができないためである。つまり、人間は生まれたときから現実界と、イデア界を持ち合わせ、そのバランスにより様々なことを感じるのだと考えたのである。経験主義の生まれたときは白紙の状態であり、様々な経験をすることにより、自分の知識となり、自分を形成するという考えを真っ向から否定している。プラトンはそういった教えを広く説くために、学園アカデメイアを設立した。アカデメイアでは天文学、生物学、数学、政治学、哲学などが教えられた。そこでは対話が重んじられ、教師と生徒の問答によって教育が行われた。弟子にあたる
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アリストテレス
プラトン
ソクラテス
レポート
心理学
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カントの哲学
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カントの哲学を、それに至る歴史とともに要約せよ。
イマヌエル・カント(Immanuel Kant)の哲学は批判哲学と呼ばれ、認識についての純粋理性批判、道徳・倫理の実践理性批判、美学の判断力批判からなる。認識・存在はイマヌエル・カントに至るまで全ての哲学者が述べ、合理論か経験論かという議論に二分していたが、イマヌエル・カントの合理論は独断論へ、経験論は懐疑論へと陥る危険性を学び、理性を批判的に考察し理性の可能性と限界を確定し二つの論理を統合した。
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哲学
カントの哲学
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実在の哲学
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実在の哲学
よく来てくれた。
君のような若者が来るのを待っていたよ。
なるべく簡単に説明するというのが私の方針であるが、ここでは、皆さんを混乱させる議論をしてしまうかも知れない。 力学は「どう動くのか」ということをまとめた学問であるが、「なぜ動くのか」ということについては何も説明していない。 私はそれを知りたいのだ・・・・・。
この世に力なんて物はホントにあるのだろうか?
力というのは、結局、運動量を変化させる現象を見て、「力が働いていると考えよう」として決めた概念である。 力というものを取り出して君に見せることは出来ない。 「見えなくても確かにある」と言うかも知れない。それを感じることは出来るから。それは否定しない。 しかし、それをなぜ感じるかと言えば、もっと深い理由がある。
例えば、風は実在するだろうか? 君は風を肌に感じることが出来る。 しかし、風の正体は空気である。「風」が「在る」のではなくて、空気が移動している現象を「風」と名付けたのである。「風」は結果である。
人間は実在しないものに、ある名前を付けて、あたかもそれが存在するかのように議論することができる
全体公開 2007/12/24
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国際政治学 哲学 国際政治の哲学について
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国際政治の哲学について考える。
まず、哲学とは、「世界・人生などの根本原理を追求する学問。古代ギリシアでは学問一般として自然を含む多くの対象を包括していたが、のち諸学が分化・独立することによって、その対象領域が限定されていった。しかし、知識の体系としての諸学の根底をなすという性格は常に失われない。認識論・論理学・存在論・倫理学・美学などの領域を含む。 各人の経験に基づく人生観や世界観。また、物事を統一的に把握する理念。」という言葉の意味から、私は国際政治の哲学について、国際政治学とは何かという課題をひも解くことによって論じていきたいと考える。
国際政治学とは何か。
国際政治学は、国際関係の変化のうち、政治的な側面の研究である。ただ今日においては政治と経済は連動しており、その境界線を明確にすることは困難な場合が多い。したがって国際政治、国際経済、国際法は渾然一体をなしており、同じ研究対象を別なアプローチで切っている場合も往々にしてあり、しかも観点の違いによって結論も違う場合もありうる。
テキストによると、「国際政治とは一つの国家・国民と別の国家・国民の間になりたつ政治関係のこと
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歴史
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政治
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国際
戦争
社会
哲学
国際政治
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哲学(1分冊)
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アリストテレスは経験的事象を元に演繹的に真実を導き出す分析論を重視した。このような手法は 論理学 として、 三段論法 などの形で体系化された。 アリストテレスの死後、彼の論理学の成果は『オルガノン』(Organon)として集大成され、これを元に 中世 の学徒が論理学の研究を行った。
経験論とは、人間の全ての知識は、我々の経験の結果である、とする 哲学 上または 心理学 上の立場である。
経験論は我々の 理論 は 直観 や 信仰 よりむしろ世界についての我々の 観察 に基礎に置くべきだとする近代の科学的方法の核心であると一般的にみなされている。その方法とは、 実験 による調査研究、 帰納 的 推論 、 演繹 的 論証 である。
アリストテレスの演繹的に真実を導き出す分析論に対して、データから理論を導き出す帰納的推理は ベーコン によって始められ、 J.S.ミル 『論理学体系』においてある程度体系化され、その後近代 論理学 や 統計学 と結びついて研究されている
ベーコンは、旧来のアリストテレス論理学関係の諸研究(オルガノン)を批判し,新しい論理学の方法を提唱して諸学問近代化への途を開いた
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実験
科学
分析
人間
自然
方法
近代
アリストテレス
論理
研究
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哲学~ルネサンス考察~
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1900字程度のレポート。ルネサンスにおける哲学の目標は何だったのか?ルネサンスは社会にどのような影響を及ぼしたのか? ルネサンス精神がどのようなものかを説明した後、プラトンの思想についても触れ、哲学者がどのような考えを持っていたのかをまとめた。
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社会思想史
ルネサンス
哲学
550 販売中 2011/08/05
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★『デカルト・西欧哲学』 について
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『デカルト・西欧哲学』 について
『デカルト・西欧哲学』について
映画マトリックスで語られる「実はコンピューターの見せる夢で
した」という話、起源をたどると17世紀のデカルトの言葉「我思う、故に我在り」になるだろうか。今、生きている世界は夢かもしれない。これを論理的に否定することはできないので、疑ってもしょうがない。よって、まずこれが現実だとしよう。この文章を書いている自分も。
我というものを何によって規定しているのか。「我」を「考えることの出来るもの」とすれば、これは単なる恒心命題のようにも思える。そもそも何をもって「考える」ことを定義するかも疑問である。
デカルトの時代には生起し得なかった問題として、「考えること」と「演算すること」の相違点も論じなければならない。厳密な差異を定義できるのかも危うい。
潜水艦は泳ぐことができるのか。
哲学とは「本当に正しいものを見つけ出す努力」と言える。つまり「真理の探究」である。しかし「本当に正しいもの」を見つけ出すためには、最初にしなければならないことがある。それは徹底的に「疑う」ことである。今、
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哲学
デカルト
自分
定義
生活
西欧
西洋
チェック
550 販売中 2009/01/29
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