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連関資料 :: 文化

資料:499件

  • イラクと日本〜文化理解の重要性〜
  • 平和と共生 イラクと日本~文化理解の重要性~   1.イラクについて調べようと思ったきっかけ  私がイラクと日本の関係について調べようと思ったのには、2つ理由がある。まず1つ目は、2003年にイラク戦争が始まり、毎日のようにニュースでイラクのことを放送していたからだ。毎日のように放送されてはいたが、私はほとんどイラクについての知識を持っていなかった。イラクについての知識といえば、イスラム教徒が多いこと・首都がバグダッドだということくらいしか知らなかったのだ。それに、常に紛争が絶えない国というイメージを強く持っていた。  イラクについて調べようと思った2つ目の理由は、日本がイラクへ派遣を行ったからである。日本はあまり自衛隊の派遣をしない国だと思っていた。日本以外の国が災害などで困っているときは、物資やお金の援助はするが人間の援助は他の国に比べあまりしていなかったと思う。そのような日本がイラクには多くの自衛隊員を派遣し、支援していたのには何か理由があるのではないかと思った。今までイラクがどこにあるのかも詳しく知らなかったので、ましてやどのような文化があるのかなどほとんど知らなかった。しかし、日本が自衛隊を派遣したことやイラクに関するニュースを見ているうちに、イラクについて知りたくなり、今回イラクと日本の関係を文化の違いを取り入れながら調べることにした。地図では日本から遠いので、全く共通点のない国だと思っていた。ところが調べていくうちに、日本との共通点もいくつかあり、イラクについて間違った知識を持ってしまっていたことに気づいた。日本がイラクへ自衛隊を派遣したことについて合憲・違憲の点で研究もできるが今回は合憲・違憲は関係なくイラクと日本について研究することにした。 2.自衛隊派遣  まず2003年にアメリカはイラクが大量破壊兵器を保有しているとし、戦争を始めた。イラクは敗戦し、フセイン大統領はアメリカに逮捕されフセイン政権が崩壊した。アメリカは正義の役目をしたような気分になっていたと思うが、イラク国民の生活には多大な被害が出てしまい問題になった。フセイン大統領の時代も苦しかったが、アメリカと戦争を始めてからのほうがもっと苦しいというイラク国民のインタビューを見たことがある。イラク国内はガス・水道が止まり食料も不足していた。また、バグダッド市内では、略奪が横行し秩序が乱れていた。そのため、国際連合はイラクの復興が大切だと感じ、各国は自衛隊を派遣した。日本は海外へ派兵をしない予定だったが2003年7月にイラク復興支援特別措置法を成立させた。これは、イラク戦争後イラク内の非戦闘地域において人道復興支援活動や安全確保支援活動を行うことを目的としたものである。これにより、12月には航空自衛隊先遣隊の一部がクウェートに出発することとなった。  日本では1991年の湾岸戦争のときに、これまでの活動の枠を超えた積極的な国際協力が求められるようになりペルシャ湾に派遣したのが最初の海外派遣である。イラクには12月に先遣隊が出発した後、2004年2月本格的に自衛隊が出発した。 3.自衛隊の活動  陸上自衛隊のサマワでの活動は、主に給水・医療支援・学校など公共施設の復旧整備の3つの分野だった。サマワ宿営地は800メートル四方もの広さがあり最初は何もなかったが、2年半の間に立派な宿営地に変わっていった。高さ3メートルの土塁で囲み、その周りに柵や有刺鉄線を設置して要塞化していった。最初は天幕を張っただけだったが、隊員の宿泊施設や勤務場所は耐弾施設に変えた。これは、銃弾どころではな
  • レポート 国際 文化 イラク 平和 共生
  • 550 販売中 2006/12/18
  • 閲覧(2,278)
  • ロシア宗教思想と文化 カラマーゾフの兄弟
  •  ロシア宗教思想と文化のレポートテーマとなるものは三つあるので、それぞれ一を大審問官の物語によるイワンの世界観、二をゾシマ長老の法話によるアリョーシャの考え、三をイワンとアリョーシャの議論とロシアの時代背景と三つに分け、考え議論していきたい。  まずは一番目のテーマである大審問官の章について考えていきたい。大審問官の話はイワンがアリョーシャに話す内容だが、何故イワンはアリョーシャにこのような話をしたのだろうか。それはイワンとアリョーシャの神に対する考え方の違いである。イワンは神など存在しないと考えており、アリョーシャは神は存在すると考えている。このアリョーシャの考え方を否定し自分の考え世界観を表すために、イワンはアリョーシャに対して大審問官の話をしたのだろう。  大審問官の話は復活したキリストと大審問官なる老人との対話である。しかし対話というよりは、大審問官がキリストに対して様々な問を出しキリストを問い詰めているように感じられる。しかもこの大審問官の問に対してキリストは聞いているのみで反論をしないのでキリストがいかなる考えをもっていたのか分からない部分がある。キリストは以前悪魔に三つの問を迫られたことがあった。一つは、石をパンに変えてみせろ。二つめは、神の子ならばこの場所から飛び降りてみよ、御使に受けとめられるのだろう。三つめは、もしひれ伏し私を拝むならこの全ての国をやろう。キリストはこの三つの問をすべて否定し実行しなかった。一つめの問に対しては、人はパンのみで生きているわけではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きていると。二つめの問に対しては、あなたの主である神を試すものではないと。三つめの問に対しては、退け悪魔よ、主である神を拝し、ただ神のみに仕えよと。この三つの問を大審問官は神秘、奇蹟、権威と表している。 キリストはこの神秘、奇蹟、権威を否定したことになるのである。キリストはこれらの問を退け人に自由を与えたが、大審問官は自由ほど耐え難いものはないと言っている。この両者の意見が食い違うのは人という存在の見方、考え方が違うからではないのか。大審問官は人を無能で卑しい弱き存在だと考えている。その無能な存在に自由などを与えても意味が無いと言っているのであろう。キリストは人を尊ぶあまり人に対してあまりに多くの要求をしすぎた。しかし弱き卑しい人間にはキリストが提示した要求は堪えられるものではなかった。だからこそ大審問官は、悪魔と手を組み、弱き卑しい人を罪意識から解放し、パンによって救済することを主張するのである。この事から奇蹟、神秘、権威こそが必要だと大審問官ないしイワンは考えているのであろう。そして奇蹟、神秘、権威こそ悪魔が満たしてくれるものなのだ。だからこそキリストではなく悪魔についているのである。 この事からイワンの世界観とは神秘、奇蹟、権威を基盤になりたった社会なのだろう。その基盤は悪魔によって出来ているので神の存在は認めずとも、悪魔の存在は認めているのではないだろうか。そして神が存在するからこそ罪というものが存在しており、神さえ存在しなければ全ての行いが許されると思っているのは、悪魔と手を組み罪意識から解放されたと考えているからだろう。確かに人というものは今まで権威の下に存在してきている。誰かが道をつくり指導者となり、その道を多くの人が歩いていく。そして国、社会というものが完成していく。もし誰も道を作らなければ人は前に進んでいけないのではないか。イワンの言う無神論は単に神が存在しないと考えているのではなく、神は途中で過ちを犯した為必要では
  • レポート ロシア キリスト 宗教
  • 550 販売中 2007/02/02
  • 閲覧(3,605)
  • 身近なところから考える日韓文化比較
  • 序論  日本から非常に近い国、韓国。近年日本ではテレビドラマや映画を中心とした韓国ブームが巻き起こった。私は世間の人々や友人たちが韓国ブームに乗り騒いでいるのを見ながらも、自分はそのブームに乗ろうとはしなかった。それはなぜかというと、私には韓国が日本によく似ていて、どちらかといえば韓国のほうが日本より少し遅れている印象を持っていたからだ。似たもの同士なら、より発展している方でいい、という具合で、韓国にはあまり興味を持たなかった。  しかし私が今回このレポートのテーマを日本と韓国の比較にしようと思い立ったのは、同じクラスに韓国人の友人ができたのがきっかけである。彼女と接していくうちに、だんだん韓国を知ることが面白くなり、韓国に興味を持つようになったからである。 このように単純なきっかけからだが、私は調べていくうちに気づいたことがある。それは、すぐに違いが分かる東洋と西洋の比較より、同じ東洋文化圏に属す似たもの同士の比較の方が、より鮮明に各国の特徴を捉えることができるということだ。  では早速、私が見たり聞いたり読んだりすることで学んだ日韓の文化、そして思想について述べたいと思う。
  • レポート 国際関係学 日本 韓国 日韓 文化比較 身近
  • 550 販売中 2006/12/29
  • 閲覧(6,177)
  • 多民族・多言語国家の文化
  • マレーシア、シンガポール、タイ国。 マレー人、華人、タイ人、インド人、それぞれに人種は違っても民族が違っても、風俗や風習が違っても、言語が違っても、私たちは同じ人間であり、地球という一つの惑星の同じ住人であるとしみじみと実感できた。 文化とは、社会構造と対比する場合は、生活の様式や行為のパターンを統御するものと考えられている。文化は、必ずしも見えない文化、意味の体系、経験を秩序づける枠組みの類を指すものではないと思われる。ここでは、文化というカテゴリー自体が曖昧であり、表象化された文化に何を含ませるかは、必ずしも社会の合意はないようだ。 私がこの論文であげた文化とは、いわゆる芸術などの、見える文化ではなく、庶民の日常的にこびりついた彼らの概念とか文化に潜む構造・動態を主眼とした。私は東南アジアのマレーシア、シンガポールそしてタイを例にしたが果たしてこの東南アジアに共通基層文化が存在していたのだろうか。言語的な類縁関係をたどっていても、共通祖語を考えることは不可能とされている。東南アジアの種族分布はモザイクのように入り混じり、種族の多様性からみても、東南アジアに共通する文化があり得るとは考えない考えないのが普通であろうか。東南アジアの歴史からみても、移民文化の宝庫とも言える地域性をもっているが、移民たちは移住した土地に根付いた既存の文化より移民がすてた自分らが生まれ育った土地の伝統社会や伝統文化にこだわりを持っていた。いや、けっして捨てがたい存在であったはずである。それは、伝統社会を支えてきた先祖伝来の規範であるからだ。 この3カ国を研究地域として、それぞれの国の歴史、地理、文化、国民、政治の共通性と相違点を通って、文化の多様性のテーマを研究する。
  • 論文 国際関係学 異文化 多民族 タイ国 シンガポール マレーシア
  • 550 販売中 2005/07/19
  • 閲覧(3,491)
  • オタク文化がメディア芸術に与える影響について
  •  ますます発達していくメディア芸術。これに、オタク文化は多大なる影響を及ぼしている。  見方としては、2つの視点がある。1つ目は商業的な視点。もう一つは、人材の視点。  1つ目の視点。ある傑作が出ると、オタクはそれを真剣に見つめ、専門的な意気までそれを自分の中で分析して噛み砕いていく。それだけ、1つ1つの作品に対する思い入れが強いということの現われなのだが、その表われは作品そのものを盛り上げていく大きな要因となっている。  数年前に社会現象になった庵野秀明監督の新世紀エヴァンゲリオンは、将にオタク文化が盛り上げた産物である。
  • レポート 芸術学 メディア芸術 オタク文化 アニメーション
  • 550 販売中 2005/11/11
  • 閲覧(3,182)
  • ☆日本文化論:ぽち袋
  • 序論   新年を迎えると、街から年末のクリスマス色も抜け、日本らしさが色濃くなる。お正月といえば一番の楽しみであった、お年玉。そのお年玉が入ったぽち袋を、私はいつもどうしても捨てられずに取っていた。お金がもらえるのももちろん嬉しかったが、この小さな袋になぜか魅力を感じていた。たまに、取っておいたぽち袋を目にすると、少し心が暖まるような気がする。  今回、そんなぽち袋について調べてみたいと思い、レポートのテーマを「ぽち袋」にした。まずはぽち袋の始まり、続いてその形状・絵柄について述べていく。また、日本文化と密接な関係がある中国のぽち袋にも触れ、終わりに現在におけるぽち袋についてみて、最後に結論とする。 ぽち袋の始まり  ぽち袋という言葉は、もとは関西地方での言い方である。関東地方では主に祝儀袋、または熨斗袋、散財袋と呼ばれていた。「ぽち」というのは「これっぽっち」「ぽっちり」という言葉からきた、「わずか」とか「ほんの少し」という意味を表している。  「わずか」「ほんの少し」というのは、中に入っているお金のことで、ぽち袋は袋も小さいが、中に入っている金額も小さいということを表していた。それ
  • 日本 日本文化 ぽち
  • 550 販売中 2009/01/12
  • 閲覧(2,011)
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