チェコ現代史

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    チェコ現代史
    (1)チェコスロヴァキアにおける社会主義体制成立(1948年)
     1945年、ソ連軍の進攻によってナチス・ドイツは東欧から敗走し、チェコは解放された。これに伴い、スロヴァキア東部の都市コシツェで、「コシツェ綱領」が発表され、エドヴァルド・ベネシュを中心とするロンドン亡命政府と共産党との連立政府、チェコスロヴァキア人民共和国が発足した。
    1946年の選挙で共産党はチェコで38%の得票を得て第1党となったものの、過半数を得るには至らず、またスロヴァキアにおいては第2党に留まったものの、共産党の指導者、クレメント・ゴットワルトを首班とする内閣が成立した。
    1947年にチェコスロヴァキアはマーシャル・プランへの参加を表明したが、ソ連の圧力によって撤回の止む無きに至った。このように、戦後のチェコスロヴァキアを含む東欧の国々は、徐々にスターリン率いるソ連を盟主とする共産主義陣営に組み入れられつつあった。

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    チェコ現代史
    (1)チェコスロヴァキアにおける社会主義体制成立(1948年)
     1945年、ソ連軍の進攻によってナチス・ドイツは東欧から敗走し、チェコは解放された。これに伴い、スロヴァキア東部の都市コシツェで、「コシツェ綱領」が発表され、エドヴァルド・ベネシュを中心とするロンドン亡命政府と共産党との連立政府、チェコスロヴァキア人民共和国が発足した。
    1946年の選挙で共産党はチェコで38%の得票を得て第1党となったものの、過半数を得るには至らず、またスロヴァキアにおいては第2党に留まったものの、共産党の指導者、クレメント・ゴットワルトを首班とする内閣が成立した。
    1947年にチェコスロヴァキアはマーシャル・プランへの参加を表明したが、ソ連の圧力によって撤回の止む無きに至った。このように、戦後のチェコスロヴァキアを含む東欧の国々は、徐々にスターリン率いるソ連を盟主とする共産主義陣営に組み入れられつつあった。
    こうした流れの中で、1948年に共産党によるクーデターが起きる。2月、非共産党系の閣僚がベネシュ大統領に辞表を提出し、ゴットワルト内閣の総辞職を目論むが、これに対抗した共産党は労働組..

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