国際政治学2

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数1
閲覧数330
ダウンロード数5
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

     日本社会における第二次世界大戦における議論は大体において、次の二つの「文脈」のいずれかに沿ってなされることが多い。その第一は、「道義」と「贖罪」である。この文脈に基づく議論は以下の3つの命題を中心に構成される。?さきの戦争は、日本が犯した「取り返しのつかない罪過」であった。?このような罪過に対してわれわれは深く反省しなければならない。?われわれの行為によって損害をこうむった人日に対してわれわれは心からの謝罪と、出来る限りの償いをしなければならない。である。一方、さきの戦争に関して、それとは異なる語られ方もある。「権力」と「利益」の文脈がそれである。この文脈に基づいた議論では、さきの戦争は「国家間の権力闘争」と位置づけられる傾向が強い。この文脈にたつと先の戦争は大東亜共栄圏の確立などの目標に対する「失敗」であり、「罪過」とはならない。
     ここでは、戦争直後の日本人がさきの戦争を「権力」・「道義」のどちらを重視したかを解明することで「日本人にとっての戦争賠償」とは何かを解明していくものである。ここで実際に日本人の戦争賠償への捉え方を考察する。
     (1)ポツダム宣言と賠償原則の確立を考える。アメリカ(連合国)によって、「中間賠償計画」なるもの(日本の産業力の制限等・・・)が日本に対して突きつけられた。このようなけ威嚇が立てられた背景に、アメリカの非武装化構想があったことは言うまでも無く、すなわち、その経済力や工業力の水準を押し下げることで、日本を無力化し、従来の東アジアのパワーバランスを変えてしまおうというのが、当時のアメリカ政府であり賠償もその手段とされていた。この点に注目するならば、当時のアメリカ政府はもっぱら、東アジアにおける力関係(権力の文脈)という観点から見ている。しかし、そこに「道義」の文脈が欠けていたわけではない。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    国際政治学 
    第2章 戦争賠償と日本の世論
     日本社会における第二次世界大戦における議論は大体において、次の二つの「文脈」のいずれかに沿ってなされることが多い。その第一は、「道義」と「贖罪」である。この文脈に基づく議論は以下の3つの命題を中心に構成される。①さきの戦争は、日本が犯した「取り返しのつかない罪過」であった。②このような罪過に対してわれわれは深く反省しなければならない。③われわれの行為によって損害をこうむった人日に対してわれわれは心からの謝罪と、出来る限りの償いをしなければならない。である。一方、さきの戦争に関して、それとは異なる語られ方もある。「権力」と「利益」の文脈がそれである。この文脈に基づいた議論では、さきの戦争は「国家間の権力闘争」と位置づけられる傾向が強い。この文脈にたつと先の戦争は大東亜共栄圏の確立などの目標に対する「失敗」であり、「罪過」とはならない。
     ここでは、戦争直後の日本人がさきの戦争を「権力」・「道義」のどちらを重視したかを解明することで「日本人にとっての戦争賠償」とは何かを解明していくものである。ここで実際に日本人の戦争賠償への捉え方を考察する。
    ..

    コメント2件

    inoshishi5 購入
    参考になります
    2007/01/23 19:32 (9年10ヶ月前)

    wakky613na 購入
    もう少し、日本に対する「戦後の個人補償」の要求についての記述が欲しかったと感じました。
    2008/10/21 0:24 (8年1ヶ月前)

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。