1-8粒子性の正体

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    粒子性の正体
    ええ、確かに、私の考えは異端的だと良く言われますよ。
    軌道の概念を忘れろ
     前回は、波動関数の重ね合わせを使って、粒子性を説明できないかと考えてみた。 しかし粒子に良く似た一箇所に集中した波束を作っても、シュレーディンガー方程式による制限によって徐々に形が崩れてしまってうまく行かないのだった。  だが、諦めないでもう少し考えてみよう。
     そもそも量子力学には粒子の軌道という概念が無い。 観測した時に粒子がどこに見出されるか、ということだけが問題になるのであって、それは確率で決まるのである。
     我々の頭の中には「粒子は軌道に沿って連続的に進む」ものだという思い込みがある。 これは我々の日常の経験のせいだ。 目に見えるマクロな物体を調べている時には、常に物体に光が当たり、空気分子が当たり、ほぼ連続的に観測をし続けているのと変わらないので、物体は位置を確定した状態で進む。 あたかも物体が連続的に移動しているかのように錯覚しているだけなのだ。
     軌道など考えなくても、粒子の位置の期待値の変化の様子が古典力学に従ってさえいれば何も問題はない。 粒子は観測するたびにいつもその期待値の近辺に見出されることだろう。 少々のずれはあっても、多数の観測の平均を取れば気にならない。 これで古典力学とも辻褄が合う。 前に説明したエーレンフェストの定理はこのことを示す大切な概念だったのである。
    波束の収縮
     粒子の軌道を心配する必要がない以上、波束がいつまでもその形を保っていることは必要ではない。 徐々に波形は崩れ、粒子の位置の不確定さは増して行くことになるだろうが、再び観測をした瞬間に、観測の精度の幅と同程度の広がりを持った波束が再び形成してくれればいいのである。
     そんな都合のいいことがなぜか起こるのである。 伝統的な「確率解釈」では波動関数について何と言っていただろう。 「観測する前の波動関数は様々な状態が重なった状態を表しているが、観測の瞬間に、観測されなかった状態は全て消え失せ、観測された状態に確定する」と。 これは上で言ったことの別表現に過ぎない。 所謂、「波束の収縮」と呼ばれる問題であって、量子力学はなぜこのような現象が起こるかについてはいまだに何も説明できていない。
     たとえ粒子の位置を表す波が全宇宙に広がっていようとも、粒子が観測にかかった瞬間にはその波は観測された一点に集まってくる。 波がもし実在だと考えるならこれは大問題である。 観測のその瞬間、実在であるその波にどんな現象が起きてそうなったのかを説明しなくてはならない。 しかし「それは実在などではなく、粒子を見出すただの確率に過ぎないのだ」と言っておけば取敢えずはこの問題から逃げることが出来る。 だから、物質は「波動」としての性質を持つが「粒子」としても観測される、などというよく分からない表現になるわけだ。
     ところで、誰が粒子を見ただろう? 粒子が「一点」にあるのを観察したことがあるだろうか? 精度よく観察すれば、あたかも一点にあるように見えるだろうが、どんな観測をしようとも観測精度には限界がある。 その幅の程度の広がりの中のどこかにあることが明らかになるだけである。 つまり、その幅程度の波を見ているのと同じことなのではないか。
     さあ、我々が粒子と呼んできたものについてもう一度思いをめぐらしてみて欲しい。 それらは本当に「在る」のだろうか。 2重スリットの実験で電子がスクリーンに当たってポツッと光を放つ時、それは何を見たのか? 粒子そのものか? 電子の波が、スクリーン

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    粒子性の正体
    ええ、確かに、私の考えは異端的だと良く言われますよ。
    軌道の概念を忘れろ
     前回は、波動関数の重ね合わせを使って、粒子性を説明できないかと考えてみた。 しかし粒子に良く似た一箇所に集中した波束を作っても、シュレーディンガー方程式による制限によって徐々に形が崩れてしまってうまく行かないのだった。  だが、諦めないでもう少し考えてみよう。
     そもそも量子力学には粒子の軌道という概念が無い。 観測した時に粒子がどこに見出されるか、ということだけが問題になるのであって、それは確率で決まるのである。
     我々の頭の中には「粒子は軌道に沿って連続的に進む」ものだという思い込みがある。 これは我々の日常の経験のせいだ。 目に見えるマクロな物体を調べている時には、常に物体に光が当たり、空気分子が当たり、ほぼ連続的に観測をし続けているのと変わらないので、物体は位置を確定した状態で進む。 あたかも物体が連続的に移動しているかのように錯覚しているだけなのだ。
     軌道など考えなくても、粒子の位置の期待値の変化の様子が古典力学に従ってさえいれば何も問題はない。 粒子は観測するたびにいつもその期..

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