居住福祉

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     北欧では「福祉は住居にはじまり住居におわる」といわれる。良質の住居なしに福祉は成り立たないと考えられ、その視点から政府も住居の充実に力を注いでいる。他の西欧諸国も似た状況にあるが、日本での住まいに対する政府の認識は想像できないほど遅れている。これまで「福祉」といえば、まず年金やヘルパーや老人ホームなどのお金やサービスや施設を思い浮かべるのが普通だった。むろんそれも必要だが、超高齢社会に入るこれからの時代は、私たちの住んでいる家や町や村や国土そのものが福祉となるような、いわば「居住福祉」の状態にしていく必要があると思う。
     住居は生存の基盤である。人間の生活はひと口に「衣食住」によって成り立っていると言われるが、「衣食」と「住」の間には大きな違いがある。「衣食」に共通するのは、長短の差こそあれ消費的で個人的な生活手段ということである。食物はすぐ消化されるし、衣服も個人が身にまとう一種の消耗品である。それに対して住まいは、前の二つのようにそれを直接消費して生命と生活を維持するというものではない。住居という物理的な「居住空間」の存在が、命を守り、日々の生活行為の場を提供する。人として生まれてきて、豊かな感性をもち、個性を伸ばし、充実した人生を送るには、快適な生活環境が必要である。住宅構造が劣悪で、過密・非衛生な居住条件のもとでは、生まれ出てきた子どもは健康で心豊かな人間に育つことが妨げられる。また、大人と子どもはイライラし、高齢者はゆったりした老後を送れない。個人・家族・社会の健康と調和を得られる居住環境こそは、市民社会の基礎である。
     これらのことは、1995年に起きた阪神・淡路大震災からも学べる。この震災では、約40万世帯にのぼる被災世帯を出したため、避難所に行くことを余儀なくされた人たちがたくさんいた。ここでは小学校が非難所だったときの例をとってみる。何百人もの被災者が身を寄せる体育館では、充分な食料や睡眠、排泄がとれないために、ストレスや体調不良が原因で死に至る人も多かった。医師や看護婦が治療に駆けつけても、室温零度の体育館では抗生物質の効果も上がらないため、医療は本来の役割を果たせなかった。 暖かく安心して眠れる部屋、プライバシー、身体に合った食事、専用のトイレや風呂など、こうした条件があって初めて人は健康を取り戻し病気も治せる。これらの条件はすべて、まともな住居があって初めて成立する、いわば『住居の属性』なのである。ちゃんとした住まいがなければ命と健康は守れないということを、避難所の「住生活」ははっきりと示した。
     しかし、上のような条件がそろえば必ずしも快適な生活を送れるわけでもない。例えば、日照・通風・採光の不良は室内を不衛生にし、呼吸系疾患や骨粗鬆症などの原因となる。他にも、住居構造そのものが直接の原因とならなくても、居住権の侵害などの社会的要因が傷病につながることもある。また、新築の家の場合でも、新建材などの化学物質によって起こる「シックハウス症候群」の問題もある。無理のない生活を送るには、家に対する消費者の知識の向上も不可欠である。
     また、現代のような高齢化社会では高齢者の住生活の状況も問題となっている。多くの高齢者は住み慣れた家と地域の中で人生を継続することを願っている。しかし、それとは裏腹に家族個人の人権意識や生活の尊重、女性の社会進出、核家族の進展など家族介護の条件や可能性は急速に後退している。そのため、近年では老人ホームへの入所希望者数が非常に多い。理由は様々だが、最も多いのは「家庭事情」によるものである。「家庭事情」

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     北欧では「福祉は住居にはじまり住居におわる」といわれる。良質の住居なしに福祉は成り立たないと考えられ、その視点から政府も住居の充実に力を注いでいる。他の西欧諸国も似た状況にあるが、日本での住まいに対する政府の認識は想像できないほど遅れている。これまで「福祉」といえば、まず年金やヘルパーや老人ホームなどのお金やサービスや施設を思い浮かべるのが普通だった。むろんそれも必要だが、超高齢社会に入るこれからの時代は、私たちの住んでいる家や町や村や国土そのものが福祉となるような、いわば「居住福祉」の状態にしていく必要があると思う。
     住居は生存の基盤である。人間の生活はひと口に「衣食住」によって成り立っていると言われるが、「衣食」と「住」の間には大きな違いがある。「衣食」に共通するのは、長短の差こそあれ消費的で個人的な生活手段ということである。食物はすぐ消化されるし、衣服も個人が身にまとう一種の消耗品である。それに対して住まいは、前の二つのようにそれを直接消費して生命と生活を維持するというものではない。住居という物理的な「居住空間」の存在が、命を守り、日々の生活行為の場を提供する。人として生まれ..

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