読書ノート(ジャーナリズムの法理について)

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    ジャーナリズムの法理-表現の自由の公共的使用 2010年 駒村圭吾 確かに、個人の自律的選択に与えられる切り札的保護のようにあらゆる社会的利益を覆してでも擁護されるような強度の保障は、表現の自由の公共的使用には原則として認められないが、すでに述べたように、表現活動の「脆弱性」に対する配慮の観点から、規制に対してはなお敏感でなければならない。
    したがって、情報秩序を組み立てる際には政府規制はできるかぎり避けることが賢明である。つまり、まずは、個人の自律的表現行為の積み重ねから多様な情報の流通という社会状況が実現できるか、が問われなければならない。
    「放任」ではそれが実現できない場合、直ちに政府規制によるのではなく、自主規制機構などの設置・運営を通じてなお情報流通過程の自律的調整が追求されるべきであろう。そして、それでも多様な情報の流通という公益が実現できない場合に政府規制が導入されることになる。その際、多様な情報の流通の実現と言う規制目的を明示し、政府の採用する規制手段がこの規制目的と高度の合理的関連性を有すべきことが要請されることになる。
    表現の自由という制度目的の意味するところとして..

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